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「プーと大人になった僕」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
プーと大人になった僕.jpg
ディズニーが熊のプーさんの後日談を実写映画化しました。

これはディズニーの作品としては、
趣味的な感じのする小品で、
作り手が作りたい作品を作った、
というその意味では愛すべき映画です。
そもそもヒットを狙った感じではなく、
公開後1週間の映画館もガラガラでした。

元々アニメ化されたプーさんは、
かなりアメリカナイズされたもので、
公開当時には原作者サイドから批判のあったようです。

それを意識したものかどうか、
今回の実写映画は、
原作通りにイギリスを舞台にしていて、
時代も1949年に設定され、
非常にノスタルジックな感じのする物語になっています。

原作は7歳のクリストファー・ロビン少年が、
ぬいぐるみのプーさん達との生活に、
別れを告げることで終わるのですが、
今回の映画はその場面から始まって、
その後大人になり仕事人間となってしまったクリストファー・ロビンが、
20年ぶりにプーとその仲間たちに再会する、
というドラマになっています。

ロビンがなくした仕事の書類を、
彼の娘とプーさん達森の仲間が、
届けようと旅をするのがクライマックスですから、
とてもとても地味なお話しなのですが、
原作のキャラクターを忠実に再現した細部には、
かなりのこだわりが感じられます。

ロビンは総合商社のカバン部門を指揮している、
と言う設定で、
お金持ちのバカンス用のカバンを作っていたのですが、
戦後すぐという時代で、
お金持ちもバカンスをするような余裕はなく、
カバンが売れなくなってしまいます。

それでボンボンの2代目社長(?)からは、
コストを20%削減しなければ、
カバン部門を廃止すると宣告されてしまいます。

困ったロビンは家族との約束を反故にして、
旅行もキャンセルしてその削減案の書類を作るのですが、
プーさんとその仲間が書類を失くしてしまうのです。

書類もなしに会社の会議に行ったロビンは、
果たしてどのようなプランを出すのでしょうか?

皆さんはどう思いますか?

要するに、
「家族でディズニーランドで遊ぼう。そうすれば経済も廻って上手くいくよ」
というディズニーに都合の良い結論になるのですが、
その道徳的な結論が、
にわかに首肯出来ないものの、
「なるほど、これが1つの今の時代の正解とされることなのか」
とそう思うと興味深くも感じます。

原作を知らない方には、
汚れたぬいぐるみがそのまま動くビジュアルは、
ちょっと異様に感じるかも知れません。
ただ、これが原作の通りなのです。

まあ、ぬいぐるみが本物の動物と一緒に、
森で楽しく暮らしているという物語を、
そのまま実写で表現する、
というのはかなり無理がありますよね。

童話をそのまま実写にするというのは、
今のような高度の技術をもってしても、
基本的に無理のあることなのかも知れません。

そんな訳でかなり観客を選ぶ作品だと思いますが、
ディズニーとしては本気で趣味に走ったと思える1本で、
人によってはかつての「不思議の国のアリス(アニメ版)」のように、
偏愛の対象となる作品となるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「累 かさね」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
かさね.jpg
松浦だるまさんの人気コミックスを、
職人タイプの佐藤祐市さんが監督し、
人気者の土屋太鳳さんと芳根京子さんが主演した、
ホラースリラー映画を観て来ました。

楳図かずおの「洗礼」みたいな話ですが、
「デスノート」的テイストが取り入れられ、
もっとスタイリッシュで今風です。

これはちょっと拾いもの、といった感じの映画でした。

長大なコミックスの、
第3巻の途中までのほんの入り口の部分だけを、
それも人物関係などをより整理して、
ニナと累という「魔法の口紅(笑)」で顔が入れ替わる2人の女性の、
因縁と対立のみに絞って、
シンプルに映像化したことが成功しています。

ただ、ラストは舞台の終演で、
無理矢理終わり感を出しているのですが、
あらゆることが決着しないままですから、
ちょっと苦しいな、という感じはしました。

フジテレビ印の映画で、
スタッフもその多くはテレビドラマ出身ですから、
クオリティもテレビドラマの水準を、
大きく出るものではありません。
ただ、テレビドラマと映画の違いも良く心得ているので、
テレビの連続ドラマのように、
スピード感と密度と先延ばしで乗り切るのではなく、
より物語の構造をシンプルにして、
少数の登場人物を掘り下げることにより、
また別の世界を成立させています。

美と醜の相克を、
「ガラスの仮面」的な演劇成り上がりストーリーと、
絡ませた辺りがアイデアの面白さで、
原作より演劇の場面が多く、
前半はチェホフの「かもめ」、
後半はワイルドの「サロメ」が、
比較的忠実に上演されてストーリーに絡まります。
顔の瞬時に入れ替わる映像表現も、
そう目新しいことをしているという訳ではないのですが、
なかなか自然に出来ていました。

主役2人はなかなかの熱演で、
テレビドラマではあまり見せない顔を、
見せているという点も良いと思います。
累の母親役の檀れいさんが、
怪物的で不気味な伝説の大女優を、
それらしく演じていて凄みがありました。
檀さんはこうしたものが良いと思います。

総じてもう少しグロテスクで先鋭的にして欲しかったと思いますが、
一般向けの映画としては、
かなり無難な着地をしていて、
退屈なく観ることが出来る映画です。

もしお時間があればどうぞ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「寝ても覚めても」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
寝ても覚めても.jpg
芥川賞作家の柴崎友香さんの長編小説を、
新鋭の濱口竜介監督が脚色演出し、
東出昌大さんと唐田えりかさんが主演した、
ちょっと不思議な雰囲気の恋愛映画を観て来ました。

これは唐田えりかさん演じる、
ちょっと捉えどころのない感じのする女性が、
東出昌大さん演じる、
同じ顔を持ち性格は対象的な2人の男性の間を、
揺れ動くというドラマです。

これは原作も読みました。
原作はなかなか独特の感性で面白いんですよね。
全編女性の主人公の視点で展開されるのですが、
詩的な短文を連ねたような、
短いエピソードの集積のような作りになっていて、
世界を全て断片に分析して俯瞰するような表現で、
そうしたうつろで無機的な感じが、
そのまま主人公の内面でもあるのですね。

ただ、ラストの展開のみかなり唐突で、
それが全体のバランスを乱しているような感じがあります。
シンプルに考えれば、
主人公が過去の突然いなくなった恋人の呪縛から、
ゆっくりと解けてゆく、
というような感じでも良かったように思うのですが、
それだけだと凡庸という気もしますし、
その辺りが難しいところです。

映画はそのバタバタしたラストだけをフィーチャーした感じのもので、
原作の持つ独特の雰囲気とは無縁で、
主人公の人格設定も全く異なり、
基本的に原作をリスペクトした感じのものではありません。

そんな訳で個人的には納得のゆく映画ではありませんでした。
原作の良いところは全てなくしていて、
それに代わる映画的な魅力が、
そう多くあるとは思えないからです。

以下ネタバレを含む感想になります。

ただ、謎めいた設定にも思えますが、
実際には特に謎はなく、
物語の展開にも意外性やひねりのあるようなタイプの、
作品ではありません。

これは映画を観ると、
全く同じ顔を持つ男が2人いて、
何故かその2人に出会ってしまい恋に落ちるという、
因縁話的な物語に思えるのですが、
実は原作は全くそうしたものではなくて、
最初は過去の恋人そっくりと思った男が、
その過去の執着から逃れてみると、
大して似ているとも思えない程度だった、
というような記憶の不確かさを扱った作品なのです。

佐藤正午さんの「永遠の2分の1」という小説があって、
それと同じパターンですよね。
あれも自分そっくりの悪い男がいて、
間違われて酷い目にあうのですが、
実際に会ってみると、
それほど似ているとは思えなかった、
というような話です。

ただ、こうした話は記憶の曖昧さや改変を扱ったものなので、
映像化はしにくいですよね。
ほぼ不可能と言っても良いかも知れません。
それで今回の映画では、
2人の男を同じ東出昌大さんが演じているのですが、
それだと原作とは全く違う話になってしまうのですよね。

これはもう確信犯的な改変だと思うのですが、
それなら同じ顔を持つ2人の男と恋をする話として、
成立していないといけないのですが、
実際にはそうなってはいないように思います。

元々原作の筋立ても、
記憶は主人公の頭の中で改変されてしまうので、
その意味でご都合主義になっているのですが、
映画は更に唐突感とご都合主義感が増し、
原作とは設定が変わっているので、
よりその不自然さが増している、
という結果になっています。

たとえば過去に姿を消した恋人が、
俳優でスターになっているのですが、
もし全く同じ顔であれば、
主人公ばかりでなく、
周囲が皆それに気が付く筈でしょ。
それなのに誰も気が付かないというのが極めて不自然に感じます。
これは原作も同じ設定なのですが、
実際には「ちょっと似ているという程度」が現実であったので、
それでも良いのです。
この辺は設定を変えたことで、
物語がかなり破綻していると思います。

主人公が昔の友人の女性と再会する場面で、
友人が整形していると告白するところがあります。
これは原作ではポイントの1つで、
一瞬見ただけでは分からないほど、
顔が変わっていて、
それが2人の恋人の顔が同じ、
ということの対比として使われているのです。
映画にはその場面自体はあるのに、
演じている役者さんの顔は全く変わっていないので、
何が言いたいのか不明の、
奇怪な感じになっています。

映画版は主人公の職業などの設定も変わっていますし、
原作には全くない友達が難病のALSになるという設定や、
東日本大震災が男女を結び付けるという設定などを入れていますが、
それが効果的に物語に結び付いているのとは思えず、
ただ映画の作り手の趣味が出ただけ、
という感じになっています。
小劇場演劇やチェーホフとイプセン、
演技論を戦わせるところなどもありますが、
これも全く映画の創作です。
小劇場は大好きなので、
ああいうものもくだらなくて稚拙でガッカリします。
やるならちゃんとやってよね、と思います。

せっかく、面白い小説を映画にするのだから、
もう少し原作の良いところや雰囲気、
その本質的な部分に対して、
リスペクトするような映画にはならなかったのでしょうか?

こうして別物にするのであれば、
オリジナルのストーリーを紡ぐべきではないでしょうか?

どうにも納得はゆきませんでした。

蓮実重彦さんが褒めていて、
ああ、矢鱈に水が象徴的に使われているし、
変な構図が多いので、
こういうのをあの方はお褒めになるのね、
とは思ったのですが、
やたらと人物を横に並べたリして、
風変りな映像ではあるのですが、
それほど個性的な作家性を感じる絵作りではありません。

ただ、前半の謎めいた青春映画的なムードは、
悪くはありませんでした。

そんな訳で、
結構良いかも知れない、
と期待をしていた作品であったので、
鑑賞直後の落胆は大きかったのですが、
少し時間が経ってみると、
まあ映画というのは、
概ねこうしたものなのかも知れない、
と思うようになりました。

後は作り手の感性がこちらとフィットするかどうかの問題で、
この映画は正直僕とはとても合いませんでした。

後から思ったのですが、
物語も語り口も構図も、
是枝監督の「幻の光」に似ていて、
テーマはほぼ同じですから、
影響をされている部分はあるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ペンギン・ハイウェイ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は代診の医師が、
午後2時以降は院長の石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
ペンギン・ハイウェイ.jpg
森見登美彦さんの傑作ジュブナイルSF「ペンギン・ハイウェイ」が、
スタジオコロリドの初めての長編アニメーションとして映画化され、
今ロードショー公開されています。

本好きの方は勿論ご承知だと思いますが、
森見登美彦さんの「ペンギン・ハイウェイ」は、
ちょっと奇跡的な大傑作です。

森見さんの小説は「夜は短し歩けよ乙女」のような、
擬古典と言った雰囲気の大学生青春小説が多いのですが、
古典のパロディを、
パロディと言えないほどの完成度で、
仕上げられるという異能の人でもあります。

「ペンギン・ハイウェイ」は、
言ってみれば昔日本SFの黎明期に量産された、
「時をかける少女」や「なぞの転校生」などの、
ジュブナイルSFの世界を復活させたものですが、
極めて見事に現代的にブラッシュアップされていて、
完成度が高く惚れ惚れするような素晴らしい作品に仕上がっています。

話はまあ「マックウィーンの絶対の危機(ブロブ)」みたいなものですから、
今更なあ、という感じのするものなのですが、
生意気でこまっしゃくれた小学4年生を主人公にして、
徹頭徹尾子供視点で物語を完結させることで、
ある種の新鮮みを付加している点が上手いのです。

普通、ジュブナイルSFというと、
後半になって大人の科学者や宇宙人や未来人が出て来て、
そうした大人が解説したり説明するような展開が定番でしょ。
この作品はそうではないんですよね。
主人公が自分の価値感と思考とで事件を解決し、
大人や人間ならざるものは、
真実を知ることもそれを語ることも出来ないのです。
このことによって、
ある意味月並みな真相が、
魔法のように新鮮さをまとうのです。
とても感心しました。

今回のアニメ映画化は、
ヨーロッパ企画の上田誠さんが脚色に当たっています。
上田さんもこうした仕掛けのおある話の、
辻褄を合わせることが得意なので、
なかなか完成度の高い台本になっていたと思います。
ほぼ原作に忠実ですが、
少し変えたりはしょったりした部分があり、
それが整合性を持って合理的に構成されているのです。
これは悪くありませんでした。

ただ、映像のクオリティは、
ジブリ作品や新海誠作品、
細田守作品と比較すると、
正直かなり落ちるもので、
完成度が今ひとつであることと共に、
作家性が弱いように感じました。
ラストは原作とは異なり、
時空の裂け目の向こう側が、
人間社会の破滅した未来であるようですが、
そういうことなら何でもありの想像力全開の世界ですから、
もっとアニメならではの、
スケールの大きな表現が欲しかったと思います。

こんな言い方は失礼かとは思いますが、
今公開中の凡作「未来のミライ」と、
映像とストーリーを入れ替えたら、
素晴らしい作品になったのにな、
とそんなことを考えてしまいました。

ペンギンの集団などもの凄く安っぽいですし、
怪物の描写も酷いですよね。
主人公の恋するお姉さんと、
母親のビジュアルが殆ど違わないのもガッカリでした。

このようにかなり落胆する映画でしたが、
それでも原作をリスペクトする姿勢は随所にあり、
ラストは結構うるっとは来てしまいました。

この原作はもう一度、
ベストの態勢でリメイクして欲しいですね。
あの傑作がこれでは…
ちょっと残念過ぎるのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「検察側の罪人」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
検察側の罪人.jpg
雫井脩介さんが2013年に発表した同題のミステリーを、
木村拓哉さんと二宮和也さんの顔合わせで映画化し、
原田眞人監督がメガホンを取った話題作を、
封切りの日に観て来ました。

最初に良いところを言いますと、
メインキャスト2人の演技のぶつかり合いは、
なかなか見応えがありました。
また、シネスコの画面を斜めに切り裂くような、
工夫された映像表現もなかなかでした。

それ以外は…

申し訳ないのですが、
個人的感想としては最悪の部類です。

以下少しネタバレを含む感想になります。
映画は予備知識があってもなくても、
どちらでも変わりのないような代物ですが、
原作はなかなかの社会派ミステリーの力作なので、
是非先に原作を読まれることをお勧めします。

それでは先に進みます。

この映画版は、
おそらくは監督主導の個人プレイのように思いますが、
原作を目茶苦茶に改変して、
原作の世界からは到底容認出来ないような入れごとをしています。

主人公の1人の祖父がインバール作戦の生き残りで、
その祖父の意思を次いで、
日本の軍国主義化を画策する大物政治家を倒すために、
検事としての正義を守ろうと、
結果的に悪にも手を染める、
というようなストーリーが強引にはめ込まれていて、
そのために、結果として、
正義のためには殺人を犯しても許される、
というような意味にも取られかねない内容になってしまっています。

原作には勿論そんな内容はありません。
インバール作戦も出て来ませんし、
正義を歪めた検事の所業は、
司直の手によって最後には裁かれます。

勿論映画には映画の入れごとがあることは構いませんが、
そのために原作のストーリーの自然さが、
大きく損なわれてしまっています。

インバール作戦や日本の軍国化を糾弾したいのであれば、
もっと別の映画で、
正々堂々とテーマにすれば良いのではないでしょうか?

こんなやり方はフェアではないように思います。

ストーリーの改悪はそればかりではなく、
原作ではただのヤクザの便利屋であった松重豊さんの役を、
ダークな秘密組織みたいにして、
芦名星さんが声を失った殺し屋を演じるという、
訳の分からないおまけまで付いています。
原作では生き残る犯人を、
超法規的に殺すという映画版の趣向は、
原作のテーマを根底から踏みにじるような性質のものです。
法による正義の限界を描いた作品である筈なのに、
暗黒組織が代わりに殺してお終いでは、
あまりに原作無視のあり方ではないでしょうか。

原作では検事の完全犯罪に、
刑事コロンボ的な面白みがあったのですが、
映画は原作ではただの事務官であった吉高由里子さんの役を、
わざわざ2年ごして潜入したジャーナリストにして、
最初からほぼ事件の全貌を、
知っているような趣向にしているので、
ミステリーとしての面白みが殆どなくなってしまっています。

原作の後半は公判整理を巡る攻防が読みどころなのですが、
他の場面に尺を使っているために、
検事の話なのに公判に関わるシーンは全くない、
という何か珍妙な結果になっています。

山崎努さんの役は大物人権派弁護士で、
彼が後半登場することで公判の流れが変わるのですが、
映画ではそのくだりが完全に抹消されているので、
祝賀会でのみ登場するのが、
極めて不可解な結果となっています。
容疑者が無罪になるきっかけは、
共犯者が自首したため、
という身も蓋もない段取りになっています。
検事の犯罪が暴かれるという段取りもなく、
要するに原作のミステリーの要素はほぼ排除され、
代わりに監督の趣味の世界が展開されているのです。

それ以外にも大駱駝艦の舞踏手まで使って、
繰り出される意味不明の珍妙なダンスは、
一体何の冗談でしょうか?
舞踏好きとしては噴飯ものです。
犯人の変なタップダンスは何ですか?
どうして皆で作品の格を下げたいのか、
訳が分かりません。

おそらくは色々な思惑が錯綜して、
こうした珍妙な作品になったのだと思いますが、
編集次第で、
もっと正攻法の社会派ミステリードラマの力作に、
なった映像素材であると思うので、
こんな結果になったのは本当に残念でなりません。
この監督の作品は、
多分一生観ることはないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「人間機械」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日ですが祝日のためクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
人間機械.jpg
これは1時間15分ほどのドキュメンタリーで、
インドの服飾工場の労働の風景と、
労働者と経営者に対するインタビューを、
個性的な映像表現でまとめたものです。

これは宣伝がちょっとずるくて、
前衛的で単なるドキュメンタリーを越えた、
これまでにない映像表現、
というようなニュアンスが強調されているのですが、
実際には無知につけ込む労働搾取を告発する、という、
メッセージ性の強い映画で、
描かれるのはごく一般的な工場の作業風景で、
映像は美しいと言えなくもありませんが、
それほどびっくりするようなものとは言えません。

正直イメージと違い落胆しましたが、
それは地味な社会派ドキュメンタリーを、
無理矢理かつてない映像表現のように売り込んだ、
誇大な宣伝戦略と、
それに臆面もなく協力した、
一部の批評家と称する人達の、
節操のなさにあるだけで、
この映画には何の罪もないのです。

真面目な社会派ドキュメンタリーとして、
お薦めの一本です。

それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
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「カメラを止めるな!」(ネタバレ注意) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
カメラを止めるな!.jpg
今年一番の邦画の話題と言えばこの作品、
という感じになっています。

演劇ファンには馴染みの深い、
ENBUゼミナールが製作した、
いわば卒業制作的な自主映画が、
口コミからあれよあれよと大ヒットして、
8月3日からは100館で拡大上演となりました。

アンテナの高い方からお聞きして、
その時点で見ようと思ったのですが、
ネットで予約は取れず、
並ばないと常に完売、という感じであったので、
映画に並ぶような元気もなく、
8月3日の拡大ロードショーの初日に、
トーホーシネマズ新宿で観て来ました。

このシネコンでも最も大きなスクリーンを使用していて、
それがほぼ満席の盛況でした。

これは確かに面白いので、
ご興味のある方はまずは一見されることをお勧めします。

損はありません。

ただ、
映像のクオリティは昔のビデオムービーや、
16ミリの自主映画のレベルなので、
大きな映画館向きの作品ではないのと、
映画マニアと演劇マニア向きの作品なので、
所謂「質の高い映画」や「良い映画」、
「完成度の高い娯楽作品」といったものを期待すると、
失望されるかも知れません。

また、
仕掛けのある作品なので、
何度も見て仕込みの段階で反応したり、
笑ったりするような、
嫌な観客と一緒になると、
不快な思いをすることになるかも知れません。

仕掛けを隠しているような作品ではないのですが、
これはもう何の予備知識もないで観た方が、
絶対に面白いので、
以下少しネタバレめいた感想になりますので、
必ず鑑賞後にお読みください。

事前に読むと後悔します。

・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・

よろしいでしょうか?

それでは続けます。

これはゾンビ映画と見せかけて、
要するに「ショー・マスト・ゴーオン」の、
シチュエーションコメディなんですよね。

普通は演劇の素材で、
日本では三谷幸喜さんが、
このタイプの作品を多く書いていますし、
海外の芝居にもこうしたものは結構あります。
最近ではアガリスクエンターテイメントの作品にも、
ありましたね。
要するに演劇では1つの定番です。

三谷幸喜さんはこうした趣向を映画でもやろうとはしていて、
幾つか作例はあるんですよね。
ただ、正直映画ではあまり成功していませんでした。

一方で映画マニアにはワンカット信仰みたいなものがあって、
要はカットを割らずに、
なるべく長い場面を、
演劇のようにそのまま進行させるのですね。
昔はフィルムの1巻が15分くらいと決まっていたので、
ワンカットの最長は15分くらいで、
ウェルズの「黒い罠」の巻頭のワンカットなどが、
伝説的で有名です。

今回の映画の一番の創意は、
この2つを結び付けて、
ワンカットの生中継映像作品で、
映画の「ショー・マスト・ゴーオン」をやる、
というところにあります。
その素材になっているのが「ゾンビ映画」で、
ゾンビというのは世界に通じる素材でしょ、
それが一番のミソだと思います。
普通のドラマであれば、
ワンカットでも全然いけそうで面白くありませんが、
ゾンビ映画で次々と人が襲われて、
首がちぎれたリ、手が飛んだりして、
死んだ人がまたゾンビになったりするのを、
ワンカットで撮るのは相当ハードルが高そうです。

ネットの感想で、
三谷幸喜さんが悔しがっているだろう、
というようなものがあったのですが、
僕はそうは思わないのですよね。

三谷さんはポリシーとして、
メタフィクションや楽屋落ち的なものは嫌いなのだと思うのです。
今回の映画の成功はそれからゾンビを扱っていることで、
「なんだ、そんなことでいいのか」
「今の観客はそのレベルのものに面白がるのか」
という感じなのではないかと思うんですよね。
三谷さんは元ネタには、
もう少し高級なものを選ぶと思うのですが、
それが意外に受けないというのが、
皮肉に思えなくもありません。

前半のホラーフィルムの部分は、
ウェス・クレイヴンの「鮮血の美学」とか、
「死霊のはらわた」とか、
「死体と遊ぶな子供たち」や、
H.G.ルイスの「血の魔術師」などの諸作などの、
チープなゴア・フィルムのテイストを、
非常にうまく咀嚼していて、
そのざらついた映像の質感を含めて、
こだわりを感じる出来栄えです。

これはこうした映画をある程度観ていないと、
そのこだわりの質が分からないので、
こうした点も今回の映画がマニア向きと思える所以です。

ただ、その一方で主人公の映画監督の一家を描く、
ドラマの部分になると、
演技の質も低く、いかにもチープで、
あそこはもう少しまともにならなかったのかな、
とそれは少し残念な気がします。
ただ、じゃあ、その部分に、
もっと売れてる役者さんを使えば良いのかと言うと、
それでは作品の肝の部分が台無しになる可能性が高いので、
これはこれで良かったのかな、
と思わなくもありません。

この映画では役者さんの演技などは、
とてもプロのレベルではなく、
演出も物凄く稚拙な部分があるのに、
トータルで見るとそのバランスが大成功、
という辺りが奇跡的で、
これはもう同じスタッフが意図的に作ったとしても、
もう同じバランスの作品は、
決して生まれないのではないかと思います。

その意味で、
これは1回性の奇跡であるような気がします。

そんな訳で何故か大ヒットのC級映画ですが、
今だけのお楽しみで、
1年後くらいに見直したら、
もう誰も面白くはなくなっている、
と思えなくもないのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ジュラシック・ワールド 炎の王国」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日最後の記事は映画の話題です。
それがこちら。
ジュラシックワールド.jpg
ジュラシック・パークの新シリーズで、
前作の「ジュラシック・ワールド」の正調の続編である、
「ジュラシック・ワールド 炎の王国」がロードショー公開されています。
MX4Dで観て来ました。

1993年の「ジュラシック・パーク」は、
当時はリアルなCGがまだ一般にはなかった時代で、
本当にわくわくしながら劇場に足を運びました。
Tレックスがどかどか走って来るところとか、
凄かったですよね。
ただ、映画としては前半の説明が長くで、
子供とおじいさんの交流とか、
うっとうしい感じはありました。
何かやぼったい話ですよね。

シリーズを通してそのやぼったさはまあ同じで、
その辺はマイナスなのですが、
恐竜の手を変え品を変えの出現は迫力があります。

今回の作品は前作「ジュラシック・ワールド」と、
同じキャストが多く出演する続編で、
最初は説明パートが少しまどろっこしく、
ブロントサウルスを見て「わあ、本物だ」
と言う場面など、
どうにかならなかったのか、とうんざりなのですが、
その後は島での噴火からの脱出、
後半は大邸宅での恐竜、人間入り交じり、
地下牢の怪物的なキャラも登場しての追いかけっこと、
見せ場のつるべ打ちで大変豪華で見応えはあります。

前半と後半とに同じくらいのスケールの、
それでいて肌合いの全く違う見せ場を用意し、
予告ではほぼ前半しか見せないというのが嬉しく、
エンタメ大作としては夏休みにうってつけの、
豪華な見世物映画として成立していたと思います。

MX4Dも苦情があったのか、
以前より水はあまり掛からない仕様になっていましたが、
動きの演出は悪くなくて、
ガタガタするところより、
屋敷をゆっくり俯瞰で移動するところなどの、
キャメラに連動した動きの計算がなかなかで、
なかなか臨場感を楽しむことが出来ました。

更に続編もあるようですが、
ラストに恐竜が野放しに世界に拡散されるのは、
如何なものかな、というようには思いますが、
まずは楽しめる娯楽作には仕上がっていたと思いました。

そこそこお勧めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「菊とギロチン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。

今日は3本の記事の予定です。

まずはこちら。
菊とギロチン.jpg
瀬々敬久監督のオリジナル企画として、
大正時代を舞台とした3時間を超える長尺の映画です。
「菊とギロチン」という名前もなかなかのインパクトですし、
大正末期を舞台に、
無政府主義のテロリストの若者達と、
女相撲を人生の逃げ場所に選んだ女達との交流を描く、
という内容がまた異色です。

昔のATG映画には、
吉田喜重監督の「エロス+虐殺」や「戒厳令」といった、
今回の映画と同じ時期を扱った前衛映画があって、
基本的には同じ性質のものを描こうとしているのかな、
というようには感じるのですが、
アナーキズムとフェミニズムとの関係とか、
時代の描き方についてはかなり根本的な違いがあって、
この間の政治的な状況の変化と、
歴史をねじ曲げようとする、
立場を問わない多くの情報の乱立が、
実情とは異なる今回のようなフィクションを、
成立させてしまう主因となっているようにも感じました。

僕もその時代に生きていた訳では勿論ありませんが、
本当の大正時代がこんなだった筈はないですよね。
それはもう絶対に違うと思います。
昭和初期くらいの時代の記録映像や映画は、
まだ結構残っていますし、
口語の舞台作品もありますよね。
あの時代には絶対にないような言葉を、
おそらくはかなり無自覚に使っていますし、
時代考証などもデタラメでセットなども安手で稚拙です。

まあ、映画というのはその時代性からは、
離れられない性質のものなので、
この映画の持つ殺伐とした感じ、
ひたすら何かに対して恨みを持ち、攻撃し、
反面一方的に自分を責めたり絶望したりする感じなどは、
間違いなく現代のメンタリティであって、
大正や昭和初期のそれではない、
という気がします。

女相撲の興行の栄枯盛衰を描く、
というのは今までにあまりない面白い趣向で、
「旅芸人の記録」を思い起こさせるような感じもあります。
その雰囲気自体はとても良いので、
個人的には「ギロチン社」の話は脇筋程度にして、
いかがわしい興行の悲哀と人間ドラマを描いた年代記、
という感じにした方が、
個人的にはもっとずっと面白かったのではないか、
というように思いました。

ラストはもうドロドロの崩壊劇になり、
爆薬の使い方などはちょっと面白くショッキングですが、
自分で自傷的に壁で頭を割ったり、
男が女を石で殴って殺すのを延々と見せたり、
死後硬直した死体を桶に入れるために手足を折ったりと、
趣味の悪い場面が続くのがうんざりします。

この監督はこの前の「友罪」でも、
自分で頭に石をぶつけて血を流す光景を、
延々と見せたりして、
言いたいことは勿論あるのでしょうが、
僕にはあまり相性は合わないと感じました。

残酷描写が一概に悪いということではないのですが、
単純かつ即物的に、
それを見せ場にして映画を構成しているような感じが、
ちょっとそれは違うのではないか、
というように思うのです。

今回のような映画においては、
女相撲を逃げ場所にせざるを得なかった女達の悲惨を、
もっと別の形で表現する方法が、
あったのではないでしょうか?

石井輝男監督の残酷時代劇のように、
残酷見世物をそれ自体テーマとして、
徹底して追求した作品などは好きなのですが、
この作品はテーマは完全に別物でありながら、
暴行や残酷描写を見せ場にする、
というのはバランスを欠いているように感じました。

そんな訳で個人的にはちょっと残念な映画で、
役者の熱演は印象に残りますし、
女相撲の流浪の感じなどは非常に良かったので、
中途半端でバランスを欠くメッセージ姓と、
悪趣味な残酷描写の連打はガッカリでした。

前作の「友罪」も、
見事で感動的な原作を、
意味不明の演出で台無しにしている感がありましたし、
この監督の作品はもう見ないようにしようと決めました。

勿論個人的な感想ですのでご容赦下さい。

それでは次の記事に続きます。
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「未来のミライ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
未来のミライ.jpg
細田守監督の最新作が今ロードショー公開されています。

こうした映画は行ければ初日に行くのが好きなので、
初日に行ったのですが、
新宿の広い映画館が閑散としていて、
観客の平均年齢もアニメ映画としては異様に高く、
おじさんやおばさん、おじいさんが10人くらいいるだけです。

たとえば「君の名は」は初日で満員でしたから、
これは何かがおかしい、
という感じが見る前からしました。

始まってみると、
映像はとても美しかったのですが、
生活に余裕のある裕福な家庭の、
凝った造りの一軒家が舞台となるので、
その時点で、
「今時この作り手は何がしたいのかしら」
と、とても違和感がありました。

2から3歳くらいと想定される動きと外見の男の子が、
とても広いリビングで、
プラレールの大きなジオラマで、
贅沢に遊んでいます。
その声が第一声から、
大人の女性のようにしか聞こえない違和感のあるものなので、
これもまた異様で困ってしまいます。
その子の喋る内容や心理は、
とても2、3歳のものではなく、
小学校低学年くらいの感じなので、
そのアンバランスもとてもとても違和感があります。

勿論これは架空の子供で、
現実の子供ではないのだ、
と自分に言い聞かせはするのですが、
如何にアニメと言えども、
ここまで違和感と不自然さのある子供の表現は、
これまであまり見たことがありません。

これは作り手が知識も経験もないからなのか、
それとも意図的にこうしたことをしているのか、
結局映画の最後まで分かりませんでした。

内容はこの何の生活の苦労もなさそうな一家の、
子育ての風景がひたすら淡々と描かれるだけで、
確かに主人公の男の子が中庭に出ると、
色々な過去や未来が現れて、
自分の成長した妹や、
自分の母親の女の子時代、
自分のひい祖父の青年時代などと交流したり、
擬人化された犬と喋ったりするのですが、
それはあくまで単発的なイメージに留まって、
その世界で主人公が冒険するとか成長するとか、
あまりそうした展開にはなりません。

要するに分断されたイメージの羅列であって、
それを繋いで物語りを高揚に導く、
ドラマツルギーが皆無なので、
面白いという感情を持つことが出来ないのです。

回りくどい言い方をしました。

要するに詰まらなかったのです。

映像的にも後半未来の描写になると、
フルCGの表現がピクサーみたいで、
しかも数段稚拙なものなので恥ずかしい気分になります。
あの変な遺失物ロボットは何の冗談ですか?
頭が痛い気分になります。

勿論何らかの意図と情熱とがあって、
こうした作品が生まれたのだと思いますが、
今年見て最も後悔した映画であることは間違いがなく、
なるほど多くの気の利いた方は、
既に前評判を見ているので劇場には足を運ばず、
初日の客席は情弱な高齢者のみであったのだなと、
改めて理解することになったのです。

勿論これは僕の個人的な感想ですので、
この作品に感動された方は、
色々な感想や感じ方があるということで、
ご容赦頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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