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歌舞伎座七月大歌舞伎(2019年夜の部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
7月歌舞伎座夜.jpg
このところ少し歌舞伎座にも足を運んでいます。
まだ記事にしていませんが、
6月には三谷幸喜さんの新作歌舞伎を観て、
今月は海老蔵、来月は玉三郎と中車の舞台に足を運ぶ予定です。

今回の夜の部は、
外題は違うのですが、
実際には名作「義経千本桜」の通し上演で、
それを海老蔵の13役早変わりで上演する、
という趣向です。

こういう原作を適当に役者に合わせてアレンジして上演するのは、
キワモノで邪道のような感じがしますが、
江戸時代にはむしろ普通のことで、
有名なところで「東海道四谷怪談」は、
忠臣蔵をアレンジして成立した作品です。
過去の作品を古典として、
台詞も演出も同じで再演するようになったのは、
歌舞伎を藝術にしようと悪戦苦闘した、
明治以降の習慣なのです。

最近では先代猿之助が、復活狂言として、
こうした趣向作を多く上演していて、
「伽羅先代萩」の世界をアレンジして早変わりショー化した、
「伊達の十役」はその代表的な成果です。

今回の上演の特徴は、
「義経千本桜」の名場面自体は、
適宜カットを加えてダイジェスト化する程度で、
台詞も演出もほぼ原作通りにしている一方で、
主な13の役柄を全て海老蔵1人が演じるという、
早変わりショーの趣向を導入していることです。

これね、
先代猿之助であれば、
場面にメリハリを付けて、
お芝居でじっくり見せるところは、
むしろ早変わりはせず、
段取り的な部分を早変わりショーにして、
娯楽作として楽しめるものにする、
というような発想であったのですね。

しかし、今回の海老蔵版は、
全ての場面で主だった役はすべて海老蔵が演じる、
という趣向になっているので、
正直相当無理のある作品になっていました。

一番問題だと思ったのは「鮨屋」で、
父親と道楽息子と高貴のお方の3人を全て演じているのですが、
この3人はクライマックスでは同時に舞台に存在しているのですね。
それをどうするのかと言うと、
1人は海老蔵で、他の2人は海老蔵のお面を被っているのです。

この名場面でそれはないでしょ。

ひどいよね。

父親と息子がいる場面で、
確かに父親には台詞は少ないのです。
しかし、何も言わない父親の受けの芝居も、
当然大きな意味を持っているのです。
それをただの早変わりショーにして、
お面を被ってスタントが俯いているだけじゃ、
芝居として成立しないですよね。

多分本人やスタッフも、
やっていて「ひどいな。失敗したな」とは思っていると思うですよね。

どうして止められなかったのかな、
とてもとてもガッカリです。

四の切りはほぼ澤瀉屋型での上演でしたが、
海老蔵はキツネ言葉が全くダメなので、
もう少し勉強して精度を上げて欲しいですよね。
これじゃ成立していません。

面白いところもあるんですよね。

鮨屋の前段のところで、
北嵯峨庵室という、通常絶対やらない場面を、
入れているんです。
これが意外に良くて、
小金吾と権太の2役は、
海老蔵悪くないんですよね。
児太郎と子役が2役を兼ねるのも理にかなっていますよね。
この辺はとてもいいなあ、と思って観ていると、
権太の父親で出て来るでしょ。
そりゃ無理があるよ。
早変わりにすらなっていないもん。

総じて何か大切なものを忘れていますよね。

早変わりってそんなものじゃないよ。
ハッとするような場面もなく、
お面をつけている役者が何人も、
舞台をうろうろしているだけじゃ話にならないでしょ。

せめて、鮨屋は海老蔵は権太1役でやるべきだったと思います。

良い場面であっただけに、それは悔やまれてなりません。

復活狂言に関してはね、
先代猿之助の見識が大きかったと思うんですよね。
当時は「古典を踏みにじっている」というようにも言われた訳ですけど、
それでも踏みとどまるところは踏みとどまっていて、
何より歌舞伎愛が強かったし、理論家ですよね。

海老蔵に歌舞伎愛がない、
というようには勿論思わないのですが、
こうした企画を自分でマネージメントする、
というタイプではないと思うので、
周囲の人がもっと企画を練り上げて欲しいですよね。

当代歌舞伎を代表する荒事の肉体が、
これじゃ詰まらないと思うのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ドライビング・ミス・デイジー」(2019年翻訳舞台) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも中村医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ドライビング・ミス・デイジー.jpg
1989年に製作され米アカデミー作品賞を受賞した名作映画の、
原作となったオフ・ブロードウェイの舞台劇が、
草笛光子さん、市村正親さん、堀部圭亮さんという魅力的なキャストで、
今翻訳劇として上演されています。

これは1948年から25年に渡る、
元教師のユダヤ人の老婦人と、
その運転手を務めた黒人ドライバーとの、
交流をオムニバス的に描いた物語です。

これね、高齢ドライバーが事故を起こして…
というところから始まるお話なので、
意外に今の時勢にも合っているのです。

舞台版は老婦人とその息子のやり手の経営者、
そして黒人ドライバーのみの3人芝居ですが、
映画はそこにメイドや息子の妻などの人物が追加されています。
映画を先に観ていると、
メイドなどはいないと成立しないように思うのですが、
舞台版では黒人ドライバーの台詞の中で、
舞台には登場しない人物として、
何度も語られていて、
舞台劇としてはそれでありだな、
ということが分かります。
映画で印象的な場面の多くは、
原作でもほぼそのまま残っています。

シンプルな小劇場向けの戯曲で、
森新太郎さんの演出は最小限度の装置で、
過不足ない効果を挙げている点がさすがです。
音楽は映画と同じ「ルサルカ」の「月に寄せる歌」が使われていましたが、
物語と直接の関連はないような気もするので、
イメージでの選曲なのかしら、と感じました。

物語は1948年から始まり20年以上が舞台上で経過するのですが、
それが分かりにくいというきらいはあり、
字幕などで説明した方が、
良かったのではないかしら、というようには思いました。

これ、黒人の表現をどうするのかしら、
と思っていたのですが、
実際には黒人ドライバー役の市村さんは、
古典的なオセロのように、
茶色いドーランを肌に塗って演技をしていました。
今後はこうした表現は、
おそらく難しくなるのだろうな、とは感じました。

キャストは草笛光子さんが素晴らしい芝居で、
後半衰えた肉体の表現などには、
役者魂も感じました。
市村さんは特に前半のちょっとしたやり取りに味があり、
映画と同じ台詞を、
日本人の観客に対しては、
映画より数段説得力と膨らみを感じる演技で、
肉付けしていたのがさすがと感じました。

後半のシリアスな部分は、
映画でもちょっとピンと来ないところがあり、
今回の舞台版でも矢張り釈然とはしませんでした。
公民権運動の話とかキング牧師の話とか、
身近には感じられないので仕方がないのかも知れません。

ラストももう少しくどくてもいいのに、
もう一押しあってもいいのに、
というようには思うのですが、
アメリカ戯曲はこうしたところは淡泊ですね。

そんな訳でまずまずの仕上がりの舞台で、
一見の価値は充分にあると思います。
もう少し練れて来ると、
後半はより趣きが増すのでは、
というようにも思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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モダンスイマーズ「ビューティフルワールド」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
モダンスイマーズ.jpg
劇団モダンスイマーズの20周年記念公演として、
蓬莱竜太さんの作・演出による、
新作の「ビューティフルワールド」が今、
池袋のシアターイーストで上演されています。

蓬莱竜太さんの作品は、
最近何本か観る機会があったのですが、
それほどコアなファンではありません。

今回の作品もちょっと迷いながら足を運んだのですが、
とてもとても面白くて、
その円熟した語り口の妙に魅せられましたし、
2幕構成なのですが、
1幕が終わる頃には、
「これは傑作だ」という確信を持っていました。
後半はちょっとムードが変わって、
ややドタバタ的に展開されたので、
「ああ、そういう風にはしない方がいいのに」
という気持ちに少しなったのですが、
最後の主人公2人の別れの部分は、
滑稽なムードを最初は引き摺りながら、
非常に自然かつ巧みに叙情的水分が浮上して、
ラストもささやかにかつ繊細に締め括られて、
とても爽やかな余韻と共に観劇を終えることが出来ました。

今年観た演劇の中では、
間違いなく最も感銘を受けた1本で、
まごうことなく現在であり現実を描いた作品でありながら、
普遍的な魂のドラマにもなっていました。

小劇場というのは、
こういう体験が出来るので止められません。

傑作です。

以下作品の内容に少し踏み込みます。

鑑賞予定の方は、
観劇後にお読み下さい。

よろしいでしょうか?

津村知与支さん演じる40代の引きこもり男が語り手で、
引きこもっていた実家が火事になったために、
銚子にある親戚の家に引き取られる、
というところから物語は始まります。
そこでは菅原大吉さんと吉岡あきこさん演じる初老の夫婦が、
代々続く和菓子屋を不祥事で潰してしまい、
同じ場所でカフェをやっていて、
その夫婦と20代の1人娘、和菓子屋時代からの従業員という、
小さな共同体の中で、
母親であり妻である吉岡さんが、
疎外され馬鹿にされ孤立した存在となっています。

引きこもりの主人公と吉岡さん演じる初老の女性は、
社会から疎外された同じような境遇の中で、
次第に惹かれ合い、
やや近親相姦的な深い関係に次第に落ちて行くのです。

誰がどう考えてもまともに続く筈がない、
この倒錯的で微妙な関係は、
しかし奇妙に崇高で美しく、
結局は絶望的に別れるしかない2人なのですが、
主人公の心の中にある世界を、
少しだけ愛すべきものに変えて終わります。

作者の蓬莱さんは、
人間の心理の綾と人間関係の力学を描くことが、
本当に上手くて、
この作品でも個々の人物の背景と、
そこから惹起される感情とを、
幾何学方程式のような鋭利さで、
完璧に描出して間然とするところがありません。

語り手的な人物をおいて物語を展開させるのも得意技ですが、
今回の作品では引きこもり男を語り手にしているので、
もともと当事者感覚の乏しい、
何もかも他人事という性格が語り手という役割と合致して、
語り手でありながら主人公で当事者でもある、
という役柄が説得力を持ったという点が、
この作品を成功させた大きな部分であるように思います。

演出はマームとジプシーを思わせるような、
木と金属の枠などを組み合わせた無機的なセットに、
役者や自転車の移動という動きを組み合わせたシンプルなもので、
役者の演技を邪魔しない、
節度のある音効や照明、映像の効果と相俟って、
観客の想像力を適度に刺激して、
叙情的な場面では観客の没入も邪魔しない、
センスを感じるものでした。

最初にも書きましたが、
後半に主人公以外のほぼ全員の、
ドロドロの人間関係の秘密が露になり、
その罵り合いが大いに盛り上がります。
ただ、これはこれでとても面白いのですが、
それまでの繊細な雰囲気がやや壊れた感じがあり、
トータルなバランスという点で考えると、
もう少し抑制的な描写に留めた方が、
良かったように感じました。

キャストは抜群で、
主人公2人のリアルな造形も素晴らしいですし、
脇キャラも細部まで練り上げられていました。

そんな訳で作品・演出・キャストと三拍子揃った傑作で、
演劇は生ものですし、
仮に再演がされるとしても、
今回と同じクオリティとは限りませんから、
ご興味のある方は、
是非に劇場に足を運んで頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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KAKUTA「らぶゆ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
らぶゆ.jpg
現在最も脂の乗った劇作家の1人である、
桑原裕子さんの新作が、
彼女の率いるKAKUTAの本公演として、
先日まで本多劇場で上演されました。

桑原さんの劇作は、
ある事件などをきっかけにしてあぶりだされる、
共同体のひずみのような人間関係の綾を、
鋭利かつ繊細に描く人間ドラマがその特徴で、
外連味のない骨太で真摯な作風が魅力です。

これまでに何本か観ていますが、
特に2017年に上演された「荒れ野」は、
極め付きの名作として印象に残っています。
今年11月に再演されるとのことですので、
これはもう必見です。

今回の作品は様々な事情で罪を犯し、
刑務所で知り合った個性的な男たちが、
出所後にユートピア的な共同生活を試み、
それが無残に潰えるまでの物語です。

10分の休憩を挟み2時間40分という長尺ですが、
非常に丁寧に描き分けられた人物を、
小須田康人さん、みのすけさん、中村中さんといった手練れが、
魅力たっぷりに演じるので長さを感じません。
演技と物語のみの力で、
自然と引き込まれ見入ってしまうのはさすがです。

これぞ芝居の醍醐味と言って良いと思います。

ただ、今回は福島を舞台にしていて、
後半で舞台が2011年の春であることが示され、
震災の当日が描かれます。

前半で福島という名称が出て来た時点で、
そんなことかも知れないな、というようには思うのですが、
震災がそれほどこの戯曲の中で、
大きな位置を占めているとは思えず、
その扱いも中途半端な感じがして、
正直あまり納得がゆきませんでした。

共同体が崩壊するのは別に震災のためではなく、
個々の人間同士のひずみが引き起こしているものです。
その意味ではこの物語において、
特に震災が登場することは不可欠ではなく、
たとえば「荒れ野」では、
ただの火事で同じような効果を挙げているのですから、
今回ももっと小さな事件で充分であったし、
この物語において、
震災を持ち出すことはあまりに重すぎて、
作品のバランスを崩しているように僕には思われました。

ただの火事で良かったですよね。

本気で震災を扱うのであれば、
もっとその必然性があるべきだと思いますし、
舞台面にももっと動きがあるべきだと思います。
舞台は殆ど動きがなく、
書割が倒れるのも暗転の中で、
それもごく一部のみです。
暗転と音だけで誤魔化すというのは、
あまりに杜撰だという気がしますし、
このくらいのことしか出来ないのであれば、
やるべきではなかったと思います。

そんな訳で不満はあったのですが、
桑原さんが当代随一の劇作家であることには間違いがなく、
これからもその劇作には、
最大限の期待を持っています。

次も本当に楽しみです。
頑張って下さい!

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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唐組「ジャガーの眼」(2019年再演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ジャガーの眼2019.jpg
唐組の第63回公演として、
「ジャガーの眼」が再演されています。
東京公演は明日が千秋楽ですね。

この芝居は唐組としても、
「秘密の花園」と並んで最も再演頻度の高い作品です。

初演は状況劇場の終わり頃の1985年で、
若手の女優さんがヒロインを演じ、
本公演で李礼仙が出演しないという異例の公演でした。

唐組結成間もない1989年に再演(唐組として初演)され、
1995年には「サラマンダ直し版」として、
人形のサラマンダの部分を少し膨らませて台詞を増やした、
別バージョンが再演されました。
更にこのバージョンが1997年に再演されています。
2008年には唐先生が闇坂という、
別のキャラを演じる別バージョンとしてまた再演。
この2008年版は2015年に木野花の演出で「日本の30代」
という企画公演もありました。
それから僕は観ていませんが、
新宿梁山泊も別個にテント公演で上演しています。

このように多くのバージョンの混在するこの作品ですが、
今回は唐十郎+久保井研の演出として、
初演の台本通りの再演になっています。

これは絶対初演のままがいいですよ。

今回の上演は僕の観た中では、
これまでのベスト3のうちには間違いなく入る舞台で、
久保井さんの緻密で唐先生愛に満ちた演出により、
この作品の真価が感じられる舞台に仕上がっていました。

初演はテントも今より大きかったですし、
ラストの屋台崩しも大仕掛けで、
リアルな路地が全て崩れ落ち、
トラックも登場していました。

その点ではそれ以降の全ての再演は、
スケールの面では物足りなさは否めないのですが、
今回の上演は群衆シーンにもそれなりの人数が用意されていて、
まずまずの迫力がありましたし、
セットも3幕の標本室については、
これまでの上演の中で最も良く出来ていました。

キャストはヒロインのくるみに、
ベテランの藤井由紀さんがキャスティングされていて、
最初に男装の麗人として登場し、
2幕には女性の姿で婚約者のある男性を強引に誘惑する、
という2面性を巧みに演じていて新鮮でした。
これまでくるみを上演していた女優さんは、
皆若く元気で一本調子な役作りであったので、
これはそうした役なのかしらと思っていたのですが、
決してそうではなく、
むしろ李礼仙が演じるのが相応しいように、
実際には描かれていたことが分かりました。
今回はラストに男装の麗人に戻り、
それまでとは違う声色で叫ぶところが、
とても新鮮であるとともに、
「あっ、この台詞はこれが正解だよね」
と初めてそう感じました。

この作品には扉探偵とDr弁という、
魅力的な悪役が2人登場しますが、
今回は扉に300時代から活躍している内野智さんが、
Dr弁には最近進境著しい全原徳和さんがキャスティングされています。

内野さんはこうした役柄は合っていて、
その役作りにもこれまでとは違う工夫が見られました。
ただ、ちょっとパワー不足で、
台詞を言うのが精一杯で息切れするような場面が多くありました。
こうした役柄には、
矢張りもう少し若いパワーと体力と肺活量とが、
必要であるようです。

全原さんはこれまでとは違う、
グランギニョール風の役作りで、
初演の金守珍のイメージが強いこの役の、
新しい解釈を感じさせました。
個人的には金守珍の10倍くらい全原さんの方が好きです。
ただ、もっと大暴れして欲しいですね。
やや控えめな芝居で、
雰囲気はあるのに物足りなさは残りました。

今回抜群であったのは、
少年役をフレッシュに演じた大鶴美仁音さんと、
サラマンダを絢爛豪華に演じた月船さららさんで、
このお2人については、
これまでのこの作品の上演史において、
間違いなく最高だったと断言出来ます。

美仁音さんは「吸血姫」を観てしまうと、
今回もヒロインなのかしらと予想していたのですが、
蓋を開けてみると少年役を、
これ以上ないくらい爽やかかつ繊細に演じきっていて、
自然体で演じているようで、
誰の真似にもなっていない、
という辺りが凄いと思います。

月船さららさんは、
昨年の「黄金バット」も最高で、
こうした唐先生の芝居のダークな女性を演じさせると、
ピカイチという感じがあります。
状況劇場から唐組を通じて、
こうした役柄を魅力的に演じることの出来た女優さんは、
これまでほぼ皆無と言って良く、
初演を含めて初めて、
サラマンダという役柄はその本来の姿を、
舞台上に出現させた、と言って良いと思います。

藤井由紀さんも今回は息切れしていて、
台詞がきつそうでしたね。
そこはちょっと残念。
後、サラマンダの吹き替えの人形は、
もっとリアルであると良かったですね。

そうした少しの瑕はありますが、
この作品の素晴らしさを十全に感じさせる素晴らしい上演で、
小劇場ファンには必見と言って良いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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文楽「妹背山婦女庭訓」(2019年通し上演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
妹背山.jpg
国立劇場の文楽公演で、
大作の「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」が、
15年ぶりに通し上演されました。

最近文楽を観ていないのですが、
これだけは観なければ、と、
昼夜に日を分けて足を運びました。
午前の部が午前10時半から午後3時、
午後の分が午後3時45分から午後9時、
という長丁場です。

この作品はトリッキーで重層的な作風で、
円熟期の人形浄瑠璃を代表する作家の1人である、
近松半二の代表作で、
ほぼ完全な形の通し上演が今行われている、
数少ない文楽作品の1つです。

歌舞伎では何度か観ているのですが、
文楽ではこれまで観る機会を逸していて、
今回は楽しみにして出掛けました。

何と言っても三段目の妹山脊山の段が、
中央に吉野川を挟んで、
両側に2つの敵対する家を配置し、
語りと三味線も両側に分かれて掛け合いをするという、
現行文楽において最大のスケールと言って良い、
豪華絢爛壮絶戦慄の大傑作で、
前半は芝六住家を除けば、
ほぼこの場のための前置きと言って良い構成です。

人形も太夫も三味線も、
この場面にエース級が投入されていて、
後半両側の家を隔てていた襖が落ち、
悲劇が露わになる瞬間の戦慄は、
間違いなく文楽の素晴らしさを代表する一瞬でもあります。

ただ、太夫の力量によってその場面の凝集力にかなりの差があるのが、
文楽の特徴でもあり弱点でもあって、
残念に思う場面もありました。

正直20年くらい前と比較すると、
名人上手も少なくなって、
やや薄味にも感じる文楽ですが、
今回は久しぶりにその世界の豊穣さに触れる思いがしましたし、
時間的にはなかなか足を運べないのですが、
またそう遠くない時に鑑賞したいと改めて思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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イキウメ「獣の柱」(2019年再演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
イキウメ 獣の柱.jpg
哲学的で観念的な劇作と、
シャープで鋭利な演出で人気の劇団イキウメが、
2013年に図書館的人生のシリーズとして上演した作品を、
かなり内容に手を入れて、
装いを新たに再演しています。

これは非常に良かったです。

ある事件をきっかけにした架空年代記もので、
「散歩する侵略者」と「太陽」と並んで、
前川知大さんの現在までのベストと言って良いものだと思います。
「散歩する侵略者」は何度かヴァージョンが変わっていて、
最初のものはホラーミステリーに近いものでしたが、
最近のものは大分架空年代記ものに寄せていると思います。

個人的には初期のホラーミステリー的なもの、
特にひねりのある「関数ドミノ」や、
「プランクトンの踊り場」(後に「聖地X」に書き換え)辺りが、
他にないスタイルで好きだったのですが、
前川さんご本人はあまりこうしたどんでん返しのあるような、
ミステリータッチの作品は好みではないようで、
最初は僕もホラーミステリーを求めていたので、
年代記ものにはかなり違和感があったのですが、
最近は「これもありだな」と思えるようになっています。
そのきっかけになったのは「太陽」の再演で、
これは非常に充実した舞台でした。
今回の「獣の柱」の再演はそれに迫るものだと思います。

これは2003年にまず「快楽を与える隕石」という、
導入部のみが短編として創作され、
2013年にその後巨大な快楽を与える柱が、
地球全土に振り注いで、
それをきっかけに人間の社会が大きな変革を求められる、
という長編にブローアップされました。

2013年版は観ているのですが、
正直あまり良い印象は残っていません。
どうしても2011年の震災と重ねて考えてしまう、
というところがありましたし、
宗教が絡んだりして、内容にやや散漫な印象がありました。
池田成志さんが客演でしたが、
イキウメのスタイルに、
合わなかったように思います。

今回のバージョンは、
基本的には2013年版を踏襲しているのですが、
2000年と2051年を主な舞台としていて、
年代記としての性質がより明確になり、
震災とは無関係の創作であることも明確化されています。

オープニングに客席に向かって浜田信也さんが話し始めるので、
ちょっと危うい感じがしたのですが、
その後は2000年の災厄が、
比較的リアルに活写されていて時代の変化も分かりやすく、
話が膨らんでゆく辺りも自然でした。
ラストは最初に戻るのですが、
オープニングの意味が腑に落ちる感じになっていて、
それでいて種明かしはしないというか、
異常な現象の意味を、
語ることなく終わるというオープンエンドも好印象でした。

これは「太陽」と同じく、
今の社会と対比するような感覚で、
味わうべき物語ではないと思うのです。
純然たるイマジネーションの産物として、
かつてのSFのように、
架空の年代記として味わうべき物語です。
それをここまでの精度で舞台化することは、
現行前川さん以外では到底実現出来ない力業です。

今回はまたキャストが良かったですね。

これはキャスト全員に、
「快楽の魔力に囚われる」という場面があって、
それを各々の演技力で形にする訳です。
男優陣は皆充実していて、
いい塩梅に熟成感があるので、
その競演を見るだけでも演劇の楽しみがあります。

女優陣は今は毎回定まらないのですが、
今回は核になる村川絵梨さんがとても良くて、
さすが朝ドラのヒロインもやっただけあって華があり、
作品がぐっと締まった感じです。
また是非出てほしいな。
初演の池田成志さんの役は市川しんぺーさんで、
イキウメの出演経験もありますし、
こなれた芝居でうさん臭さもあるので、
なかなかの好演だったと思います。

そんな訳でイキウメの良さが十全に発揮された快作で、
2時間15分が決して長く感じられませんでした、
とんでもないほら話を、
とてもリアルに切実に感じさせた、
見事なお芝居だったと思います。

お薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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少年王者舘「1001」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも代診となります。
受診予定の方はご注意下さい。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
1001.jpg
天野天街さんの映像で舞台を塗りつぶしたり、
巨大な文字が登場したりする演出と、
夕沈さんを中心とする独特の群舞が特徴的な、
名古屋の人気劇団少年王者舘が、
初めて新国立劇場のレパートリーとして、
小劇場で公演を行いました。

僕自身はそれほどコアなファンではなく、
時々足を運ぶという感じですが、
天野さんが天才的なクリエーターであることは間違いがありません。

ただ、天才肌故かかなり作品の出来にはムラがあり、
素晴らしいなあ、と思う舞台がある反面、
なんじゃこりゃ、ちゃんと練習したの?
と問い掛けたくなるような舞台も何度か観ています。

今回は雰囲気はあってもストーリーはなく、
断片的なイメージと、
ややアジテーション的なものが、
執拗に繰り返されて展開し、
途中で主人公が「世界が終わってしまえ」みたいなことを言うと、
舞台セットが取り払われて、
そこでいつもの群舞をかなり長く踊って、
それで終了となるお芝居です。

架空の世界のお話しのような解説になっていますが、
雰囲気は戦中戦後の日本という感じで、
途中で終戦の日のお言葉が流れると、
日の丸の中央を切り取った旗を振り、
中央に昭和天皇の映像が流れたリします。
「令和」を茶化したりするような言葉遊びもあって、
基本的に天皇制に批判的であるということは分かります。

ただ、それが何となくそんな風に感じさせる、
というようなモヤモヤした表現になっていて、
何かをはっきり言うということはありません。

それで観ているこちらも、
何となくイライラします。

言いたいことがあるなら、もっとはっきり言えばいいのに。

こういう何か腰の引けたような表現が、
僕は嫌いです。

総じてこの集団のこれまでの創作にもありがちなことですが、
内容があまり煮詰まっていなかったのかな、
というように感じました。
舞台もね、いつもより大仕掛けにはなっているのですが、
セットの作り込みもスカスカで、
あまり密度の濃い感じになっていません。

昔の佐藤信のお芝居のようでもあるし、
維新派みたいなところもあるし、
寺山修司を彷彿とさせるところもあるのですが、
どの方向にも突き詰めていないというか、
中途半端な感じがぬぐえません。

それでストーリーもなく2時間15分の上演時間というのは、
如何にも長過ぎるように感じました。

今回はちょっと失敗の部類ですね。

でも少年王者舘がムラッ気なのは、
もう良く分かっていることなので、
今回は失敗でしたが、次は抜群ということもありますし、
次回に期待をしたいと思います。

矢張り、新国立にはちょっと合わなかったようですね。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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トム・ストッパード「良い子はみんなご褒美がもらえる」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
良い子はみんなご褒美.jpg
イギリス演劇界の巨匠トム・ストッパードが、
1970年代に執筆し、
アンドレ・プレヴィンが作曲した、
オーケストラと役者の芝居が競演するという異色作が、
今イギリスの演出家の演出で本邦初演されています。

これはソ連を舞台に、
精神病院に幽閉された政治犯の男と、
同じく入院していて、
自分がオーケストラを指揮していると信じている男が、
途中で入れ替わることによって自由の身になる、
という皮肉で奇妙な作品です。

1時間15分ほどの短い芝居ですが、
舞台奥には本物のオーケストラが陣取っていて、
音楽を演奏しながらその前で芝居が行われる、
という面白い趣向です。

ある男の妄想の中にしか登場しないオーケストラを、
舞台上に実際に登場させ、
それが常にお話の中央に存在している、
という訳で、
明らかに新時代のオペラを目指しているのです。

ただ、発想は面白くても、
実際に上演するのはかなりハードルの高い作品です。

基本的には登場人物の少ない地味な作品なので、
小劇場で上演するのが妥当な感じがするのに、
その一方でオーケストラを舞台に上げないといけないので、
大きな舞台が必要となります。
作品の背景となっているのは1970年代のソ連ですから、
それを今の日本の観客に見せて、
作者の意図を感じさせようというのも、
かなり無理のある試みです。

今回の上演は海外の演出家の手によるもので、
かなり真面目に作品世界を表現しようとしたものですが、
良質な上演ではあったものの、
結果として娯楽性のある芝居にはなっていませんでした。

アンサンブルのダンスが矢鱈とフィーチャーされていて、
如何にも欧米の演出家という感じですが、
個人的には説明過剰で退屈に感じました。
ラストに2人の主人公が入れ替わって釈放されるのは、
一種のギャグだと思うのですが、
その面白さは活かされていたとは思えません。

これは本当はケラさん辺りが演出した方が、
日本の観客の心には響く作品となってように感じました。

演技陣で特筆するべきは、
オーケストラの妄想を生きる青年を演じた橋本良亮さんで、
やや滑舌に難がありましたが、
この難しい役柄を、
説得力と熱量を持って演じていたと思います。

そんな訳で良質な舞台ではありましたが、
面白い芝居とは言い難く、
多分もう再演されることもないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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蓬莱竜太「母と惑星について、および自転する女たちの記録」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日から6日の月曜日までは、
クリニックは休診を頂きます。
ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
母と惑星.jpg
2016年に初演されて高い評価を得た、
蓬莱竜太さんの女性のみの4人芝居が、
キャストを一部入れ替えて再演されました。

演出は初演と同じ栗山民也さんです。

奔放な母親の3人の個性的な娘が、
母親の死後にその骨を散骨するために、
中東を旅するという物語で、
独白の多いかなり文学に傾斜した芝居です。

栗山さんの演出は例によって地味で、
色彩感に乏しく僕は苦手なのですが、
今回に関しては女優さんの語りを前面に押し出す、
という意味では成功していたと思います。

こうした芝居は4人のキャストの演技が、
どれだけ個性的で膨らみを持っているかが勝負、
という気がします。

今回の座組は鈴木杏さん、田畑智子さん、
芳根京子さんにベテランのキムラ緑子さんというカルテットで、
愛らしく可憐な芳根さんは華がありますし、
鈴木杏さんはもうベテランの風格で汚れ役もこなせる幅の広さがあります。
田畑さんの陰のある屈折した感じもアクセントになって、
なかなか個性的な演技のお競演で見応えがありました。
女そのもののような母親役には、
キムラさんはちょっとイメージが違うかな、
というようには感じました。

作劇は海外戯曲のようで、
なかなか面白かったのですが、
せっかく異国を舞台にした割には、
だまされて高価なペルシャ絨毯を買わされるなど、
エピソードは如何にもありきたりの物が多く、
ちょっと物足りなさも感じました。

ただ、語りと演技に主眼を置いたこうした芝居は、
なかなか意欲的で面白く、
これからもキャストを変えながら、
上演される価値のある芝居だと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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