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宮部みゆき「ソロモンの偽証」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から何となく悶々として、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
最初は久しぶりのミステリーです。

まずこちら。
宮部みゆき「ソロモンの偽証」.jpg
小説新潮に2002年から、
足掛け9年を掛けて連載された、
宮部みゆきのこれまでで最も長いミステリーです。

「負の方程式」というおまけの中編が付いた、
文庫版を読みました。

500ページを超える文庫本が6分冊という、
びっくりするような長さです。

端的に感想を言えば、
矢張りちょっと長過ぎると感じました。

オープニングは如何にも宮部みゆきという、
これからを期待させるワクワクするタッチですし、
ラストには「魔術はささやく」的な泣かせも入っています。

そうした意味では宮部みゆきさんのファンの期待を、
裏切る作品ではないと思います。

ただ、ミステリーとしては意外性に乏しく、
せいぜい短編を支えられる程度、という筋立てなので、
ミステリーとしてのワクワク、ドキドキを期待すると、
やや裏切られたような気分になります。

主人公達の心理の謎が、
それに代わる超大作を支えるだけの魅力に成り得たかと言うと、
それもちょっと微妙なように思いました。

宮部さんは現代の現役の作家の中では、
文章の上手さでは群を抜いていると思うのですが、
今回の作品は執筆期間も長いせいか、
文体はかなり揺れていて、
時々湊かなえさんを思わせるような表現や、
桐野夏生さんを思わせるような表現があり、
個人的には違和感がありました。

以下ネタバレを少し含む感想です。

この超大作は3部に分かれていて、
第1部は1990年のクリスマスイブに、
不登校だった少年が、
通っていた中学の屋上から転落死する、
という事件と、
そこから派生して起こる、
幾つかの事件が描かれます。

第2部では自殺として公式には処理された事件を、
クラスメートが中心となって模擬法廷を行ない、
真相を究明しようという企画から、
実際の裁判の開始までが描かれ、
第3部ではその裁判の経緯が描かれます。

基本的に最初の墜落死の謎が、
最後になって解かれる、という、
ミステリーの構造にはなっているのですが、
そこに特別な意外性などはなく、
「ああ、やっぱりそうだったのね」という程度のものです。
死んだ少年と、その隠れた親友とのある種の心理的な対決が、
その謎に絡むのですが、
それも過去作の「模倣犯」辺りの焼き直しの感があります。

いじめや虐待、DV、
ストーキング、過剰報道、不祥事隠蔽など、
多くの社会悪がアラベスクのように描かれますが、
そうした「現代の悪」を描出する手法は、
これも過去作の「名もなき毒」辺りの焼き直しで、
その密度の面で過去完成作に及ばない、
という気がします。
(長期に渡る連載なので、
実際には執筆時期はクロスしています)

ある種宮部みゆきミステリーの総決算、
という趣があるのですが、
量的には文句なく総決算ですが、
質的にはやや疑問が残るように思いました。

文庫版のラストには、
ボーナストラックとして、
「負の方程式」という中編が収められていて、
これが目の覚めるような快作です。

「ペテロの葬列」後の杉村三郎と、
「ソロモンの偽証」のヒロインが一緒に探偵役を勤め、
事件も学校で先生と生徒の証言が、
真っ向から食い違うという、
一種の不可能犯罪で、
意外に奥の深い真相が姿を現します。

本編よりある意味楽しめる作品で、
宮部さんは長編より中短編が本領の作家であることを、
再認識するような作品となっていました。

それでは次の記事に移ります。
次は演劇の感想です。

「まるで天使のような」とマーガレット・ミラーの世界 [ミステリー]

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

申し遅れましたが、
六号通り診療所の石原です。

今日はこれからいつものように、
奈良に出掛ける予定です。

年の初めにふさわしいかどうか分かりませんが、
今日は好きなミステリー作家の話です。

その決定版的な1作がこちら。
まるで天使のような.jpg
マーガレット・ミラーは、
1915年生まれのアメリカの女流ミステリー作家で、
夫はハードボイルドの大家である、
ロス・マクドナルドです。

ミステリーと普通小説の中間のような作風で、
多重人格の殺人などを扱った、
サイコスリラーの元祖の1人です。

僕は三度の食事よりサイコスリラーが大好物なので、
こうしたジャンルのものは、
最近はそれほど読んでいませんが、
20年くらい前までは、
滅多矢鱈と読んでいました。

ただ、どんな名手の作品でも、
サイコスリラーと言うと、
それほどパターンが多いのではないので、
あっ、いつもの多重人格で、
意識のないうちに別人になって何かしている、
というような奴だな、
と察しが付くようになり、
作者の工夫の有無には関わらず、
結末は見えてしまうことが多いのです。

従って、
サイコスリラーばかりを連発して、
読者をそれなりに納得させるという作家は、
そうざらにはいません。

そして、マーガレット・ミラーはそうした作家の1人です。

全てが翻訳はされていないので、
敢くまで知る限りの話ですが、
彼女の全ての作品が一種のサイコスリラーで、
普通小説に近いものでもミステリーに傾斜したものでも、
いずれも意外な展開を見せ、
意外な結末が待っています。

その中には勿論、
読んでいる間に想像の付くものもあるのですが、
想像を絶するものもあり、
一種の不意打ちを食らうようなものもあります。

そして、
いずれにしても、
読んでいる中で自然と信じていた世界が、
均衡を失って崩壊に向かう様が、
衝撃的で魅力的なのです。

この「まるで天使のような」は、
ミラー円熟期の力作で、
私立探偵の主人公が、
たまたま迷い込んだ見知らぬ土地で、
こじんまりとした共同体を形成して、
閉じた生活をしている新興宗教と関わりを持ち、
そこで密かにある人物の素行調査を依頼されるという、
正統的なハードボイルド小説の意匠を持って始まります。

その人物は謎の失踪をしていて、
それから連鎖的に殺人事件が起こります。

これはある種の秘められた情熱の物語で、
それが一体誰の誰に対する情熱なのかが、
見えそうで見えないところが妙味です。

物凄く意外な結末が待っている訳ではないのですが、
慄然とするような悲しく怖しい、
狂気じみた熱情が、
ラストに心を揺さぶるのです。

未読の方は是非。

絶品です。

それではそろそろ出掛けます。

皆さんも良い新年をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

麻耶雄嵩「さよなら神様」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝から雨なので駒沢公園には行かず、
今PCに向かっています。
午後は新国立の「パルジファル」に参戦する予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
さよなら神様.jpg
ミステリーの鬼才、麻耶雄嵩(まやゆたか)さんの新作です。

麻耶さんは大好きなので、
ほぼ全作品を読んでいます。

ただ、出来不出来の差が激しいのと、
物凄く頭の良い方だと思うのですが、
その極めて知的で入り組んだ世界が、
時として読者を置いて行くようなところがあるので、
とても万人向けとは言えません。
また、ミステリーの基本的な「文法」が前提となっている世界なので、
ミステリー好き以外には、
意味不明のままに終わる作品が大部分です。

しかし、単純にミステリーの枠に収まる作品群ではなく、
常にそこからはみ出す深い世界を内包していて、
文体もミステリー作家としては水準以上のものなので、
ミステリーマニアだけに独占させておくのは、
勿体ないという気もするのです。

今回の「さよなら神様」は連作短編の形式の作品ですが、
ジュブナイルとして書かれた作品の、
続編という体裁を取っていて、
この連作自体は決して子供向きのものではありませんが、
麻耶さんの作品としては敷居が低く簡明に書かれていて、
それでいて内容は極めて独創的かつ、
意外性にも富んだものなので、
彼の代表作の1つと言って間違いでないものですし、
麻耶ミステリーの入門編としても、
推奨の出来る作品だと思います。

以下、大きなネタばれは勿論しませんが、
少し内容には踏み込みます。

先入観なくお読みになりたい方は、
本編読了後にお読み下さい。

この作品は小学高学年の生徒を主人公にしていて、
「青春ミステリ」の味わいもあります。
ただ、小学生という感じは読んでいるとあまりなくて、
中学生くらいの感じに読めます。

小学校の近辺で矢鱈と殺人事件が起こるのはご愛嬌ですが、
上の扉の帯にもあるように、
最大の特徴は主人公の友達で、
自ら「神様」を名乗る少年が、
「犯人は○○だよ」とオープニングで真犯人を告げる、
という様式にあります。

このパターンの構成が、
連作短編の形式で6回続きます。

神様というのは小説では要するに作者のことですから、
謎解きミステリーの筈なのに、
最初にネタばれをしてしまう、
という掟破りのことをしているのです。

これで一体どうやって面白くするつもりなのだろう、
と思うのですが、
ところがどっこい、
制約を逆手にとった論理のアクロバットが続き、
連作短編ではありながら、
前半の謎が後半に有機的に繋がって、
ラストは如何にも麻耶さんという、
解けないパズルが待っています。

前半の捨てネタは詰まらないものもあるのですが、
後半は麻耶さん以外には、
ちょっと書き手のない世界で、
それでいて比較的読み易く、
かつての長編のように、
頭を抱えるような難所もありません。

ラストのメッセージも、
すんなり飲み込めるものでしたし、
麻耶ミステリーの初心者の方にも、
充分その真価を感じて頂けるのではないかと思います。

知的で変な本が読みたい方には、
是非にお勧めしたい逸品です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





今野敏「隠蔽捜査」シリーズ [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から片付けなどして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日のなので趣味の話題です。

テレビドラマも放映中の、
今野敏(こんのびん)さんの警察小説、
「隠蔽捜査」シリーズをご紹介します。

これは長編では5作品が刊行されています。
ただ、個人的な感想としては、
1作目と2作目はまずまずなのですが、
それ以降はかなり質が落ちます。
3作目は僕には脱力的にしか感じませんでしたし、
4作目はラスト近くでようやく面白くなるのですが、
それまでは散漫で読むのが辛く、
5作目は取って付けたようなどんでん返しに、
呆然としました。

内容はまあ、
通勤電車で読むのには丁度良いかな、
というような性質のものです。
勿論読書をしなければ寝ている、
という前提での話です。

今野敏さんは非常に多作の娯楽小説作家で、
西村京太郎さんなどと同じように、
作品の出来不出来が非常に大きく、
気合いの入った作品は、
あれ、この人はこんなに良いものが書けるんだ、
と思わず姿勢を正すようなところがあるのですが、
時間のない中どうにか仕上げた、
というような如何にも手抜きというものも多く、
比率的には良いものが1に対して、
手抜きが10くらいの感じです。

「隠蔽捜査」シリーズで言うと、
2作目の「果断」が、
間違いなく最良の作品です。

シリーズの成功は、
主人公の竜崎というキャラクターにあります。

彼は警察庁のキャリア官僚で、
組織防衛を何より優先に考える、
くそ真面目の権化のような人物です。

普通に考えると、こんな人物を主人公にして、
読者の共感などとても得られないように思います。

しかし、意外にそれがそうでもない、
というところに、今野さんの冴えたところがあります。

このキャラクターの設定と、
その巧みな活用法を見出したところで、
このシリーズの成功は既に決まった、
と言って良いかも知れません。

ドラマ版の「隠蔽捜査」は、
演出的には「半沢直樹」をパクッたようなところがありますが、
両者のスタンスには意外に似通ったところがあります。

「半沢直樹」はメガバンクの変わり者の社員が、
組織を防衛しながら反逆する話ですが、
「隠蔽捜査」も変わり者の警察官僚が、
警察という組織は防衛しながら、
自己保身に走る上役などに反逆する話です。

一昔前のこうした話は、
主人公が組織自体を壊してしまったり、
主人公が組織からはじかれてしまったり、
組織自体が変革されたりしたのですが、
それに比較すると、
基本的な部分では保守的で穏当な展開になっています。
本来のメガバンクも警察組織も、
基本的には良い組織なのだ、
という前提があり、
その存在自体が疑問視されることはありません。
また、主人公自身も、
その組織の中にいるからこそ、
生き甲斐を感じることの出来る存在として描かれます。

実際には現代はもっと不安定な時代で、
所属していた組織が、
それが大企業であれ国家であれ、
いつ消滅するかわからないのですが、
そうした現実から逃避したい気分もあるので、
昔の終身雇用の大企業に憧れるように、
こうした物語が好まれるのかも知れません。

個人的にはテレビドラマならこれで良いように思いますが、
小説がこうした意識で大甘であるのは、
ちょっと問題があるようにも思います。

良い大人が、
「この小説で組織との戦い方を学んだ」
とか、
「仕事に立ち向かう勇気をもらった」
などと書いているのを読むと、
それはちょっと違うのではないかしら、
という感じがするのです。
もうどうにか勝ち逃げ出来る、
と考えている大人が、
そうした感想を持つ傾向が大きいと思います。

これは全く徹頭徹尾の絵空事で、
しかも現実逃避的な傾向が強いのですが、
この嫌な嫌な社会で、
日本でなくても生きていけるという自信のある人だけが、
暗い将来予想を垂れ流して悦にいっている現状では、
昔からある組織を信じよう、という、
素朴な夢が人気を集めるのは、
ある意味当然のことなのです。

それでは、個々の作品をご紹介します。
大きなネタばれはありませんが、
先入観なくお読みになりたい方は、
読了後にお読み下さい。

①「隠蔽捜査」
隠蔽捜査1.jpg
シリーズの第1作で、
警察庁の堅物のキャリアである竜崎伸也が、
真っ当過ぎる仕事をしていたのに、
職場と家庭の両方で、
意図せずに絶体絶命の危機に陥ります。

同級生で社交的な伊丹刑事部長が、
主人公の竜崎と対比され、
そのコントラストが物語を盛り上げます。

文章は簡潔で美文ではありませんが、
惹き込まれるリズムがあります。

主人公のキャラクターのワンアイデアで押し切った、
その切り口の冴える小気味の良い小説ですが、
捜査される事件自体は、
特に謎らしい謎もなく、
あっさり解決されてしまう点は、
ミステリー好きには物足りなく感じます。

②「果断 隠蔽捜査2」
隠蔽捜査2.jpg
シリーズの第2作で、
前作で降格人事を受けた竜崎は、
所轄の大森署の署長になります。
これ以降のシリーズは、
階級が上の署長に右往左往する、
所轄中心のドラマになります。

この作品では立てこもり事件が描かれますが、
その思いがけない展開には意外にミステリー的な奥行きがあり、
所轄の人間関係を、
外様の竜崎が次第に掌握してゆくドラマと共に、
シリーズ中間違いなく最も読み応えがあります。

日本推理作家協会賞を取ったのも、
納得のゆく出来栄えで、
竜崎が吹っ切れるきっかけが、
DVDで「ナウシカ」を見たことだった、
という赤面してしまうような趣向を除けば、
安心してお薦め出来る力作です。

③「疑心 隠蔽捜査3」
隠蔽捜査3.jpg
シリーズ第3作は、
アメリカ大統領の来日にテロが絡んで、
そこにまた竜崎が巻き込まれる上、
秘書として配属された女性キャリアに、
竜崎が恋としてしまう、
という唖然とするような展開が待っています。

これは個人的には脱力しました。

設定にリアルさが欠片もありませんし、
大仕掛けの割に内容にも工夫が感じられません。

余程の興味のある方以外にには、
あまりお薦めが出来ません。

④「転迷 隠蔽捜査4」
隠蔽捜査4.jpg
シリーズ4作目は外務省のキャリアに、
厚労省の麻薬取り締まり官、
それに警察官僚が三つ巴に絡んで、
幾つかの事件が複合的に絡む殺人事件に、
竜崎が巻き込まれる物語です。

こう書くとスケールが大きく魅力的な物語に感じますが、
竜崎の性格がかなり崩れて来ていて、
物語がいきあたりばったりにしか進行しないので、
イライラとしてしまいます。

物語は矢張り奥行きが乏しく、
何だそうか、というくらいの内容しかありません。

ラストになり3つの事件の捜査本部を、
竜崎が1人で全て束ねるというビックリの展開には、
確かにある種のカタルシスがありますが、
そこまで耐えるのはかなりの忍耐が必要です。

⑤「宰領 隠蔽捜査5」
隠蔽捜査5.jpg
シリーズ5作目は国会議員の失踪が発端で、
3作目と4作目の大風呂敷は少し後退して、
2作目に近い事件中心のドラマになります。

ただ、2作目には良く出来たミステリーの持つ緻密さがありましたが、
今回の作品ではストーリーがあまり練れておらず、
竜崎の推理もただの思い付きで、
たまたまそれが的中する、と言う感じなので、
ラストのディーヴァーみたいなどんでん返しを含めて、
脱力感のみが残ります。

そんな訳で、
何となく5作目まで読んでしまいましたが、
多分もう続きは読まないと思います。

新味のある警察小説として、
2作目まではお薦めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

東野圭吾「ガリレオシリーズ」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
明日からは通常通りの診療です。

休みの日は趣味の話題です。

東野圭吾さんの名探偵ガリレオシリーズは、
これまでに3作の長編と、
5冊の中短編集が刊行されています。

東野さんのシリーズ物としては、
最も成功していると思いますし、
ほぼ全ての作品が、
福山雅治さんの主演でドラマ化され、
ドラマシリーズも現在放映中です。

今日はその全作品を、
僕なりに俯瞰します。

大きなネタバレはありませんが、
先入観を持たないでお読みになりたい方は、
まず原作をお読みの上下記をお読み下さい。

最初に僕の好みで言うと、
長編の「容疑者Xの献身」と「聖女の救済」、
「真夏の方程式」の3作品は、
全て読み応えのある力作で、
映像を見る前に原作を読むことを、
是非お薦めします。

最初に映画やドラマを見ると、
その興味は半減しますし、
絶対に後悔します。

ただ、
個人的には有名な「容疑者Xの献身」より、
残りの2作品の方が優れていると思います。

中短編は長編に比較すると質は落ち、
またその出来にはかなりの差があります。

その中では、
第3中短編集の「ガリレオの苦悩」に収められた、
「操縦る」と、
第4集の「偽装う」が、
優れていると思います。
この2編はドラマより先に読むことを、
これも是非お薦めします。

それでは最初からシリーズを追います。

①「探偵ガリレオ」
ガリレオ1.jpg
これはシリーズの処女作品集で、
同じ雑誌に掲載された、
5編の短編が収められています。
科学技術を使用した犯罪や、
超常現象のように見える事件を、
科学的に解決する、
というような体裁のものです。

湯川学という、
大学の物理学の助教授(後の記載は准教授)が探偵役で、
知り合いの刑事からの依頼で、
事件の捜査にアドバイスをするのです。

ストーリーはシンプルで、
いずれの作品もそれほどの捻りはありません。

一番の問題は、
森博嗣さんの自分を探偵役に見立てた、
ナルシスティックなシリーズに、
設定が非常に良く似ていることで、
この1作目を読んだ印象としては、
パクリのようにすら思えます。

僕はあまり乗れませんでした。

②「予知夢」
ガリレオ2.jpg
これは第2中短編集で、
4つの作品が収められていますが、
より超常現象を科学的に解明する、
という観点が重視されていて、
1作目の「怪奇大作戦」的なイメージは後退しています。

正直ミステリーとしての快感には乏しく、
森博嗣ミステリーの焼き直し的な感じもそのままです。

これも僕はあまり乗れませんでした。

③「容疑者Xの献身」
ガリレオ3.jpg
ガリレオシリーズ最初の長編で、
言わずと知れた直木賞受賞作です。

正直ここまで評価される作品かな、
という気はします。

良く出来たミステリーで、
湯川学のキャラも、
東野さんの独自なものになっています。

ただ、超自然現象が起こる訳でもなく、
科学的なトリックが使われている訳でもありませんから、
湯川学シリーズとしては、
事件の性質に違和感がないではありません。

最後は読者の情緒を煽るような場面が展開されますが、
無理矢理に最後に
「感動」を持って来たような感じがあります。

「鳥人計画」や「ブルータスの心臓」などの、
非常に屈折した東野ミステリーのラストに、
急に「秘密」や「手紙」の感動が待っていた、
というようなギクシャクした印象があるのです。

④「ガリレオの苦悩」
ガリレオ4.jpg
これはガリレオシリーズの、
3つ目の中短編集で、
バラエティに富んだ、
五つの作品が収められています。

これは僕の見解としては、
このシリーズの最も優れた中短編集で、
このシリーズに東野さんも本腰が入って来たな、
という感じを受けました。

どの作品も一筋縄ではいきませんし、
それぞれに新しさが付加されています。

個人的には「操縦る(あやつる)」が最も僕好みで、
優れた作品だと思います。

これは科学技術を利用した、
ユニークなトリックがあり、
意外に奥の深い心理の謎が後に残り、
最後にはちょっとした感動まで待っています。
特に感心するのは、
オープニングに登場する、
明らかにストーリーには関連しないと思われる人物群が、
最後になってしっかりと、
重要な役割を果たすようになる構成の妙で、
「容疑者Xの献身」でやろうとしたことが、
より純化されているような印象を持ちます。

ラストの「攪乱す(みだす)」は、
もろに江戸川乱歩的な通俗ミステリー世界で、
それほど東野さんに合っているようには思えませんが、
こんなのも出来るんだよ、
というような稚気のようなものを感じました。

⑤「聖女の救済」
ガリレオ5.jpg
「ガリレオの苦悩」と同時期に連載された、
ガリレオシリーズの第2長編です。

これは如何にも東野ミステリーという、
見事な作品です。
間違いなく「容疑者Xの献身」より優れています。

たった1つの毒殺トリックで、
全編を支えるという力技が鮮やかで、
犯人の造形とその心理の綾が、
際めて印象的に描かれ、
単純な情緒や感動ではない、
より深い余韻が読後に残ります。

そして、
如何にも東野ミステリーという、
屈折した一筋縄ではいかない感じも、
ちゃんと残っているのです。

今回のドラマで映像化されるようですが、
これは絶対原作より良くなるとは思えないので、
原作を先に読むことを、
心からお薦めします。

⑥「真夏の方程式」
真夏の方程式.jpg
2010年に雑誌に連載された、
ガリレオシリーズの第3長編です。

一種の避暑地もので、
仕事ではありますが避暑地を訪れた湯川博士が、
その場所で事件に遭遇し、
東京の刑事とも連携を取りながら、
事件の解決に当たります。

関係者の少年との交流もあり、
海からの風の匂いが漂って来そうな、
抒情的な感じと追憶の切なさは、
クックのミステリーにも似た味わいですし
(たとえば「夏草の記憶」や「闇をつかむ男」)、
中段までの展開は、
松本清張さんのミステリーにも似ていますが
(たとえば「砂の器」や「市長死す」)、
清張さんの作品の多くより、
遥かに緻密に構成されています。

事件の謎自体は簡単に解明されたように思えて、
その後に「ヒロインが何故それほどに海を愛するのか?」
というような心理の謎に移行する辺りが、
ワクワクするような感じがありますし、
最後のカタルシスは、
やや人間模様を複雑化し過ぎたきらいはありますが、
東野作品全ての中でも、
圧巻の部類です。

この作品は「容疑者Xの献身」を、
より深化させたところに成立していて、
読み比べると「容疑者Xの献身」の見方が変わる、
という面白さもあります。

お薦めです。

⑦「虚像の道化師」
ガリレオ7.jpg
ドラマ化を当て込んだようにして刊行された、
ガリレオシリーズの4作目の中短編集です。

4編が収録されていますが、
かなり作品の出来には凹凸があります。

中では「偽装う(よそおう)」が、
ミステリーとして緻密に出来ています。
叙述も繊細で引っ掛かりますし、
関係者が閉じ込められる理由も、
巧緻なものです。
ただ、湯川学が解明する事件としては、
そぐわないもののようにも思えます。

一方で「心聴る(きこえる)」は、
叙述には工夫が凝らされているものの、
トリックは余りに無理があります。

⑧「禁断の魔術」
ガリレオ8.jpg
ガリレオシリーズの8作目になる、
書き下ろしの中短編集です。

社会派推理的な内容に傾斜していて、
意外性などのミステリー色は、
これまでの作品中では最も希薄です。

正直これまでの作品のイメージで読むと、
ガッカリしますが、
「真夏の方程式」でも社会派ミステリー的な趣向はありましたし、
東野さんとしては、
そうした読者の反応は織り込み済みで、
また新たな方向へと、
舵を切り始めているのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ビブリア古書堂の事件手帖.jpg
漫画化やドラマ化もされた、
三上延作の人気シリーズで、
現在までに4作品が刊行されています。

お読みになった方も多いかと思いますので、
僕がわざわざ言うようなこともないのですが、
構成が非常に巧みで、
特にこの第一作は読み応えがあります。

内容は一種の安楽椅子探偵ものです。

安楽椅子探偵というのは、
探偵は一切自分では活動せず、
刑事や頭の廻らないワトソン役などの話だけを聞いて、
それだけを手掛かりに事件を解決する、
という趣向の、
ミステリーの一形式です。

ミステリー、特に謎解きが主体の本格ミステリーの読者は、
謎解きに参加したい、
という意識を持って作品を読むことが多いので、
この安楽椅子探偵ものは、
探偵と読者が同じ立場に立つ、
と言う意味で、
ミステリーの純粋な形式の1つ、
と考えることが出来るのです。

語り手は五浦大輔というフリーターの青年で、
彼がひょんなことから、
北鎌倉にあるビブリア古書堂という古書店に、
アルバイトとして雇われ、
その店の若い店主である、
篠川栞子という女性が探偵役で、
大輔が持ち込んだ、
古書にまつわる謎を、
栞子が解く、
という構成になっています。

この第一作では、
何故か彼女は病院に入院していて、
そこに大輔が訪ねて行く、
という始まりになっています。

病院のベッドから離れずに謎を解くので、
安楽椅子探偵、という訳なのです。

クレヴァーなのはその構成で、
本にまつわるミステリーということで、
連作短編の形式になっているのですが、
まず大輔自身のプライヴェートな謎が解かれ、
それから、
大して価値のない本が、
何故盗まれたのか、
というホワイダニエットの小ネタが続き、
3番目は今度は古書店への謎の来訪者から、
意外に奥行きのある結末が導かれ、
最後は栞子さんが、
何故入院することになったのか、
という原因が明らかになって、
それまでの挿話が1つに結び付いて結末に至ります。

何だこの程度ね、
と思って読んでいると、
意外に深い世界に導かれ、
後半は本当にワクワクします。

取り上げられる古書も、
漱石全集から入って、
小山清の「落穂拾ひ」に、
クジミンの「論理学入門」が意表を突き、
ミステリーファンにはお馴染みの絶版本、
ディキンスンの「生ける屍」が出て来るとニヤリとしますし、
最後に太宰の「晩年」のサイン入り初版、
というビブリアミステリらしい大物が、
控えているのもふるっています。

これは本当に良く出来ているので、
続編が書かれたのは必然だと思いますが、
2作目以降は安楽椅子探偵という、
趣向自体が崩れてしまい、
その代わりに栞子さんの、
「謎の母親」との対決、
というちょっと恥ずかしくなるような趣向が、
作品のメインテーマになるので、
勿論詰まらなくはありませんが、
個人的にはこうした方向には、
進んで欲しくはなかったな、
と思います。

特に最新作の四作目は、
連作短編という形式自体が崩れてしまって、
全編が江戸川乱歩の謎解きになるのですが、
母親との暗号解読対決という、
お尻がムズムズするような内容になっていて、
ハリーポッター的な世界が展開されるので、
僕とは無関係な遠い世界に行かれてしまったな、
と思いました。

ドラマ版は、
原作の4作品をバラバラにして、
再構成したような趣向になっています。
栞子さん役のタレントさんは、
原作のイメージとは全く違うので、
原作の好きな方が、
憤りを感じる気持ちは分かります。
しかし、
全くの別物として見れば、
それなりに工夫がされていると思います。

ただ、
第一作は素晴らしいので、
原作を先に読まずにドラマをご覧になった方は、
本当に勿体ないことをしたな、
とは思います。

僕は書物という形式が大好きですが、
もう早晩失われる文化だと思います。

書物に対する愛情を描いた作品が、
この作品や有川浩さんの「図書館戦争」のように、
ライトノベルのジャンルから出て来るのは、
何となく不思議な感じがしますが、
書物が失われる時代に、
僕達が何を感じるべきなのかは、
もう少し深く考える必要があるようにも思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

東野圭吾「聖女の救済」など [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

昨日手術で、
今日退院して来ました。

これで手の
調子が良くなると良いのですが…

今日まで代診で、
明日からはいつもの診療に戻ります。

今日は入院中に読んだ本のご紹介です。
まず、こちら。
図書館戦争.jpg
有川浩さんは処女作から順に読んでいて、
「図書館戦争」の連作で足踏みしていました。

これは要するに自衛隊青春物なのですが、
自衛隊をそのまま扱うと、
敵の設定が問題になり、
リアルな話はとても無理なので、
近未来の「図書隊」という、
本を守る軍隊の話にしているのです。

これは正直僕は苦手で、
設定に無理が有り過ぎて乗れません。

そりゃ、本好きの人は喜ぶよね、
という感じで、
少し媚びている感じが嫌なのです。

ただ、このシリーズのお好きな方を、
敵に廻すつもりはありません。
よく書けていると思いますし、
人気のあるのも分かります。
ただ、今はこんな時代でしょ。
この作品は極めて現代的なテーマを扱っていて、
それでこの温さがちょっときついのです。
最後に国際世論に救われるような感じになるでしょ。
そんな甘い話じゃまずいように思うのです。
ファンタジーだから良いのだ、
という言い方も出来るでしょうけど、
それなら古典劇みたいに、
最後に神様が突然助けてくれた方が、
もっとリアルだと思う。

今回どうにか読み終えました。

次がこちら。
隻眼の少女.jpg
麻耶雄嵩は現役のミステリー作家の中では、
一番好きなので、
久しぶりの書き下ろし長編で楽しみにしていました。

じっくりと読みましたが、
正直ガッカリで、
最後の○○が2人出て来るところが、
ちょっと面白かったくらいで、
平凡な出来です。
これなら三津田信三の方がずっと上で、
それでは困るのです。
もっとぶっ飛んでいてくれないと。

それで仕方なく、
こちらにも手を出しました。
贖罪.jpg
この作者は「告白」が大嫌いで、
とても読む気はしなかったのですが、
これは黒沢清監督のドラマになったので、
どんなものかしらと読んでみました。

「告白」と同じ連作短編の形式で、
最初の「フランス人形」がなかなか出来が良くて感心したのですが、
段々と同じことの繰り返しなのでダレて来て、
ラストのごちゃごちゃとした辻褄合わせには、
脱力しました。
矢張りあまり好きではありません。

で、最後にこちら。
聖女の救済.jpg
東野圭吾は最近のものはガッカリすることの方が多くて、
このシリーズでは、
「容疑者Xの献身」も、
左程感心しなかったのですが、
これは非常に面白くて、
作者特有の一種の非人間性も適度に緩衝されていますし、
トリックも前例は結構ありそうですが、
なるほどと思いますし、
犯人の心理を含めて過不足なくうまく仕上がっています。
題名の意味が最後に分かるのもうまいよね。
クリスティー的ですね。
ミス・マープルが解決しそうな話です。
でも、同じテーマなら、
クリスティーの方が余韻があるよね。
その辺が微妙なところです。

それでは今日はこのくらいで。

もう夕方ですが、
良い1日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

貴志祐介「硝子のハンマー」と密室の世界 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

診療所は本日から6日(日曜日)まで、
連休のため休診です。
その間は原則メールの返信も出来ませんので、
ご了承下さい。

今日から妻と奈良に行く予定です。
あいにく朝から酷い雨です。

それでは今日の話題です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
硝子のハンマー.jpg
「鍵のかかった部屋」
というフジテレビのドラマをやっていて、
僕は以前はテレビのドラマなど、
全くと言って良いほど見なかったのですが、
最近は妻の付き合いで、
1シーズン4~5種類は見ています。

このドラマは、
貴志祐介の作品のうち、
「硝子のハンマー」と「狐火の家」、
そして「鍵のかかった部屋」を原作としている、
とされています。

このうち「硝子のハンマー」は長編で、
日本推理作家協会賞を受賞した、
代表作の1つですが、
そこに登場するキャラクターを再び登場させた、
残りの2つの本は、
それぞれ4つの作品を収録した、
連作短編集です。

特徴は、
その全ての作品が、
密室トリックを扱っている、
という点にあります。

密室ものの推理小説というのは、
好き嫌いの分かれる特殊なジャンルです。

僕は大好きで、
それは小学校と中学校の時に、
ミステリーを読み漁っていた原体験に基づいています。

密室トリックというのは、
より広い意味では「不可能犯罪」というジャンルになります。

どう考えても不可能な状況で、
殺人事件が起こるのですが、
それが最後には合理的に解決されるのです。

最初の推理小説とされるエドガー・アラン・ポーの、
「モルグ街の殺人」は、
部屋の中で尋常ならざる悲鳴や格闘の音がするので、
閉ざされたドアを皆で打ち破ると、
部屋の中には惨殺された女性が倒れているのですが、
その部屋の中には犯人の姿はなく、
窓も内側から閉ざされているのです。

魅力的な設定ですよね。

小学校の高学年で、
チェスタートンの短編にのめり込み、
新鮮なショックを受けました。
チェスタートンは20世紀初頭のイギリスで活躍した、
詩人で聖職者で作家でジャーナリストの一種の怪人で、
本当に魅力的な、
逆説に満ちたミステリーを書きました。

有名な「見えない人」は、
雪の日に衆人環視の中で、
復讐鬼による殺人が起こるのです。
犯人が殺害現場に出入りするのを、
見張りの人間が見ていた筈なのですが、
誰も犯人には気付きません。
それでいて、
雪にはくっきりと犯人の足跡が残っています。
どうして犯人は、
誰の目にも止まらずに、
殺人現場に出入りすることが出来たのでしょうか?

この作品は、
正直あちこちでネタばれがされていますし、
その設定自体、
現代では成立しないので、
皆さんが今お読みになっても、
驚きを感じることは出来ないと思います。

ただ、小学校の僕は本当に驚いて、
ミステリーが本当に好きになりました。

今でも多くのミステリー作家が、
この「見えない人」の現代版のアレンジを、
見果てぬ夢として、
心に抱いているのです。

こうしたミステリーの古典に、
「素直に驚くことが出来た」ことを、
僕は今でも幸せに思っています。

密室の巨匠と言えば、
ジョン・ディクスン・カー(別名カーター・ディクスン)で、
彼は2つの大戦の間の、
所謂ミステリーの黄金時代を代表する作家の1人です。
これは中学校の時にのめり込みました。
僕が中学校の頃には、
絶版ではなく読むことの出来る作品は、
あまり多くはなく、
カーの古本を求めて、
何度も神保町の古本街を彷徨いました。

最初に読んだのが、
「赤後家の殺人」で、
これはカーの作品の中では、
それほど突出した出来のものではないのですが、
本当にびっくりしましたし、
ワクワクしました。
これは、身体に全く外傷がないのに、
血液に注射しないと効果のない毒物で、
毒殺される、
という不可能犯罪の話です。

その後も、
「三つの棺」や「ユダの窓」、
「読者よ欺かれる勿れ」、「プレーグコートの殺人」
などの新鮮な読後感は、
今でも鮮やかに記憶を呼び起こすことが出来ます。

密室トリックというのは確かに魅力的ですが、
その現象が劇的で極端なだけに、
その解決法に、
それほどのバリエーションがある、
という訳ではありません。

ある程度すれたマニアになってくると、
「ああ、これは昔の○○と同じあの手ね」
という感じで、
何となく解決が読めてしまうようになります。
これはクローズアップマジックと一緒ですね。

僕は所謂「密室物短編集」みたいな作品集では、
まともに伏線が張ってあるものなら、
8割がたは途中でトリックは分かります。

つまり、密室トリックは、
もうあらかた書き尽くされた、
という感があるのです。

そんな中で読んだ「硝子のハンマー」は、
ちょっと斬新でした。

舞台は現代的なセキュリティシステム、
すなわち監視カメラやオートロックなどに守られた、
ビルの中の「密室」で、
そこで謎めいた殺人が起こるのですが、
密室の中には死体と共に、
介護ロボットが置かれているのです。

介護ロボットには、
当然殺人を犯すような能力はないのですが、
それでも事件とロボットは無関係とは思えません。

そして、探偵役は、
錠前やセキュリティの専門の、
防犯コンサルタントです。

現代に密室物を再生する、
という難題に取り組む時、
この組み合わせは斬新で、
非常にセンスを感じるものです。

この作品は作者の初めての本格ミステリーですが、
古典のミステリーに対するリスペクトが随所にあって、
僕のような昔のマニアの心もくすぐるようになっています。

全体の構成が2部になっているのは、
コナン・ドイルのホームズ物の長編にある、
極めて古典的な構成ですし、
ポーやカーの作品を意識した、
表現も無数に認められます。

真相が解明される前に、
幾つかの「偽の解決」が示されるのも、
古典的な手法で、
ちょっとあざとい感じもしますが、
ワクワクすることは確かです。

真相もあっと驚き、
というほどではありませんが、
それなりに納得させるものを提示している点は、
さすがだと思います。

ただ、メイントリックの発想は、
この作品より以前に書かれた、
我孫子武丸の作品に、
そっくりのものがあって、
あまり指摘される方はいませんが、
僕はすぐに「あ、これは…」と思いましたし、
その点はちょっと残念でした。

それでも、
日本の長編ミステリーとしては、
最近になく楽しい読書体験であったことは間違いなく、
この手のファンの方は、
勿論大多数の方は既にお読みになっているのでしょうが、
是非にお勧めしたいと思います。

ただ、続編の短編集は、
正直あまり感心しませんでしたし、
ドラマ化されたものなど見ると、
尚更その非現実性が、
露になってちょっと恥ずかしい思いもしました。
特に小劇場の劇団を舞台にした、
コメディみたいなものがあるのですが、
小劇場のファンとしては、
あまりに酷くでガッカリしました。
知らないし興味もないことは、
あまり適当に書かないで欲しいな、
と思いましたし、
作者は非常に才能のある方だと思いますが、
コメディの書ける人ではなく、
それだけは到底活字にするレベルとは思えませんでした。

もし「硝子のハンマー」もドラマ化されるようでしたら、
この作品だけは、
絶対に原作を先にお読み頂きたいと思います。
ドラマがどれだけの出来になろうとも、
原作のような楽しさを、
再現することは不可能だと思うからです。

今日は僕の好きな、
密室ミステリーの話でした。

それでは今日はこのくらいで。

明日は更新はお休みします。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

この一言を言えば世界が崩壊する [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
いつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

今日は外出にはきつそうだし、
家で少し片付けをしたり、
サッカーの再放送を見ようかな、
という感じです。
サッカーは良かったですね。
僕が見ると絶対負けるので、
深夜のライブは見ませんでした。

休みの日は趣味の話題です。

ミステリーはとても好きなのですが、
何が最も好きかと言えば、
それまで伏せられていた犯人が、
指摘される瞬間の、
永遠が濃縮されたような感じの、
静謐な一瞬が好きなのです。

「犯人はあなたですね」
という台詞には、
何かワクワクとするものがあります。
その一方で、
何か切ない思いがします。

それはそれまで開かれていた物語が、
閉じられる一瞬だからかも知れません。

僕の好きなミステリーは、
そんな訳で犯人の隠されていた物語が、
犯人が指摘されたその瞬間、
いや指摘された犯人が自分が犯人であることを認めた瞬間に、
それまでの世界が崩壊し、
根底からその様相を変える、
という種類の物語です。

そして、その犯人に魅力がなければいけません。

クリスティーの「アクロイド殺し」は、
最初に読んだのは小学生の時ですが、
その時の読後の印象は強く心に残っていて、
名探偵ポアロが、
「犯人の条件はこれこれの特徴を持っていることで…」
というような推理を、
ダダダッとするのです。
その最後に「すなわち、○○さん、あなたです」
みたいな言い方で犯人を指摘すると、
その瞬間に世界の様相が一変するのです。
この犯人はとても切なくて、
僕はそれをとても愛おしく感じたのです。

辻真先の「仮題・・中学殺人事件」というのは、
「アクロイド殺し」の一種のパロディで、
いきなりオープニングで、
色々なミステリーの犯人が、
無造作にバラされている、
という酷い作品なのですが
(ですから一通り内外のミステリーの名作を読んだ後でなければ、
決して読んではいけません)、
最後に登場する犯人は、
これも非常に切なく哀しくて、
その余韻は数日は消えませんでした。

クリスティでは「ナイルに死す」の犯人も好きで、
物凄く手の込んだ犯罪計画なのですが、
名探偵ポアロの理詰めの追求から、
一種の引っ掛けで本性を現わすのですが、
その時の犯人の切ない風情が、
非常に心に残ります。

殊能将之の「美濃牛」の犯人も僕好みで、
横溝正史のパロディみたいな大作なのですが、
絶対にリアルには存在しない犯人の造形とその悲しさが、
ちょっと無理筋の気もするけれど、
心を打つのです。

その原点の横溝正史では、
意外と犯人が金田一耕助に、
直接指摘される場面は少ないのです。
大抵犯人が指摘される時には、
犯人はもう死んでいます。
その中では名作「獄門島」が、
指摘された瞬間に犯人はその場で命を絶つのですが、
極めて日本的な無常観が漂い、
印象に残っています。

江戸川乱歩はその作品の中で、
常に犯人が露になる瞬間のカタルシスに拘った作家ですが、
「蜘蛛男」の犯人が本性を顕わす時の様子とか、
「地獄の道化師」や「妖虫」の犯人の自虐的な悲しさなどは、
特に強く印象に残ります。
彼の作品の犯人はちっとも意外ではないのですが、
彼の名文とその幼児的な恐怖に接すると、
そんなことは枝葉末節のように思えるのです。

古典だとメイスンの「矢の家」の犯人とか、
ヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」と、
「僧正殺人事件」も良いですね。

悪の造形という点で言うと、
P・Dジェイムスの「皮膚の下の頭蓋骨」の犯人とか、
レジナルド・ヒルの「骨と沈黙」の犯人も、
圧倒的な凄味がありました。

言葉というのは不思議なもので、
人間同士の場面においては、
その場で絶対に言ってはいけない、
それを言えばその場を成り立たせていた基本的な原理が、
全て崩壊してしまう、
というような言葉が、
必ず存在しているような気がします。

言葉の力、というのは、
その意味では非常に重くて、
そして人間の世界において、
圧倒的な破壊力を持っているのです。

昔から本当に重要な言葉は、
決して口にしてはいけない、
というような禁忌が存在しているのも、
そうした意味合いではないかと思います。

そして、人間は常にそうした「危険な言葉」を、
頭の中で吟味しているのです。

伏せられた犯人が最後に暴かれるタイプのミステリーは、
そうした禁忌の言葉によって、
世界が崩壊するということに対する怖れを、
小説の小世界の崩壊で表現したもののように、
僕には思えてならないのです。

僕達は常に頭の中で、
この世界を崩壊させ、
自分自身を崩壊させる言葉を吟味し、
それを抑圧することによって日々の生活を成り立たせながら、
その一方で核兵器のボタンを目の前にした独裁者のように、
破滅の時を甘美に追い求めている存在なのかも知れません。

今日は僕にとってのミステリーの魅力の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「イニシエーション・ラブ」と乾くるみの世界 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
昨日日本酒を2合くらい飲んで、
そのくらいなら全然問題ないつもりだったのですが、
今朝はかなり吐き気がして調子が悪く、
ランニングも止めようかと思ったのですが、
それではいけないと思い直し、
駒沢公園までいつものように走りに行って、
それから今PCに向かっています。

芝生に先週はなかったシロツメクサが、
絨毯みたいに茂っていて、
気持ちの良い朝でした。

今日はでもレセプトがあるので、
もう少ししたら診療所に向かう予定です。

ちょっとねえ、
月の初めにレセプトがあるでしょ。
ようやく終わってちょっとすると、
もう月末になって、
またレセプトがあるんだよね。
それが12回あると、
それだけで1年が過ぎてしまって、
それを10年もすればさあ…

人生なんてそんなものかと、
考えると怖ろしくなります。

それでは休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
イニシエーション・ラブ.jpg
乾くるみは僕と同世代のミステリー作家ですが、
極端な寡作で、
時々思い付いたようにしか、
作品を発表しません。

【以下の内容には基本的にはネタバレはありませんが、 当該の作品を楽しみたい方は、コメント欄を含めて読了後にお読みください!】

僕はミステリー読者としては結構すれっからしで、
大抵のものにはもう驚かないのですが、
この作品には本当に新鮮な驚きを覚えました。
そのアイデアと奇想に仰天して、
この人は只者ではない、
と思ってその時点で処女作から全てを読みました。
(といっても10作品もありません)
ただ、処女作の「Jの神話」というのが、
ええ、これは…、
というような変な作品で、
次の「匣の中」というのがまた、
これじゃ駄目じゃん、
というような代物だったので、
正直かなりガッカリした気分になりました。
「イニシエーション・ラブ」の次回作の「リピート」というのは、
あっ、これは意外に良い、
という感じでしたが、
「イニシエーション・ラブ」ほどのオリジナリティはなく、
その後も、
何となく「オヤオヤ」という印象の作品が続いています。

昨年「イニシエーション・ラブ」の続編を思わせるような、
「セカンド・ラブ」という作品が発表され、
ほんの2週間ほど前に、
これは本当にワクワクしながら読みました。

僕の大好きな双子もので、
そっくりの容姿の美女が2人出て来て、
このプロットで、
一体どのような仰天する仕掛けがあるのだろう、
この2人の本当の関係はどうなのかしら、
と想像しながら読み進めて、
とてもその展開が予想出来ません。

そして遂にラストになり…
ええ…これじゃなんかさあ、
マーガレット・ミラーの晩年の駄目な奴みたいじゃん、
というガッカリしたラストになりました。

本当に申し訳ないのですが、
このままだと乾くるみは、
「イニシエーション・ラブ」1作で、
後世に名を残すことになりそうです。

この作品はワンアイデアで、
似た趣向の作品も、
過去になかった訳ではないと思うのですが、
その活かし方は抜群で、
一種の技巧で読者を驚かせるタイプの作品ではあるのですが、
その意外な展開が、
当初とは全く別の物語を浮かび上がらせ、
それがとても切なくてしかもハッピーエンドになっている、
という点に妙味があります。

これは大袈裟ではなく、
今まであまり触れられて来なかった、
小説の新たな可能性に道を開くような、
そんな思いさえ感じさせてくれます。

技巧派のミステリーというのは、
ある程度読者を選ぶところがあり、
この作品も興味のない方には、
ただのひねくれ小説のように、
思えるだけかも知れません。

ただ、僕はこういう小説技巧が大好きなので、
また誰かこういう仰天するような作品を、
書いてくれないかな、
とは常に思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんは良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。