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「テロ」(2018年森新太郎演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
tero.jpg
ドイツの刑事弁護士で作家のシーラッハの戯曲を、
森新太郎さんが演出し、
橋爪功さんや今井朋彦さんなど、
実力派の役者さんが顔を揃えた舞台が、
今紀伊國屋サザンシアターで上演されています。

これはちょっと特殊な舞台で、
テロリストに乗っ取られた航空機を、
乗客もろとも撃墜した空軍パイロットの行為の是非を、
最終的に陪審員に見立てられた観客全員が、
投票してその票数で有罪か無罪かを判決する、
という趣向になっています。

ラストは有罪と無罪の両方の判決文が用意されていて、
そのどちらかが読み上げられて終わります。

投票をどうやるのかなあ、
と思っていたのですが、
10分くらいの休憩があって、
舞台下とロビーに有罪と無罪の2つの箱を持ったスタッフが並び、
どちらかの箱に入場時に渡された赤いカードを、
入れるようなやり方になっていました。

投票の対象となる裁判の内容は、
要するに「トロッコ問題」で、
テロリストに乗っ取られた航空機が、
そのまま放っておけば7万人がいるサッカースタジアムに突っ込む、
というギリギリの場面で、
空軍機の少佐は本人の判断で、
航空機を撃墜し、
164人の乗客をテロリストもろとも全員殺すことで、
7万人の観客を助けるという判断をしたのですが、
その、人数の大小で人間の生命の価値を天秤に掛けた行為を、
罪とするべきかどうか、
という問題です。

欧米の方はこの問題が好きですよね。

ただ、これは要するに答えのない問題ですし、
どちらを選んだかでその背後にある個人の考え方を、
引きだそうという辺りに嫌らしさも感じます。

今回は非常に意欲的な上演であったと思うのですが、
戯曲としては問題の設定の仕方とその詰め方に、
あまり賛同が出来なかったことと、
演出は僕の大好きな森新太郎さんだったのですが、
今回はちょっと納得のいかない点が多くありました。

以下少し内容に踏み込みますので、
観劇予定の方は観劇後にお読み下さい。

舞台は黒一色の素舞台で、
背後には歪曲したスクリーンが全面に配置されていますが、
題名や「評決」などの文字が投影されるだけで、
特に映像などが流されることはありません。

最初に登場するのは裁判官役の今井朋彦さんで、
狂言回しを兼ねていて、
観客に投票を促したりする役回りも、
同時に担う感じとなっています。

そこに被告の空軍少佐役の松下洸平さん、
弁護人役の橋爪功さんと検察官役の神野三鈴さんが入って来て、
裁判が始まることになります。
キャストはそれ以外に証人として、
堀部圭亮さんと前田亜季さんが登場します。

シンプルで地味な舞台ですが、
前半空軍少佐の上司の軍人役の堀部さんが登場して、
軍事用語や法律用語が飛び交いながら、
事件の緊迫したやり取りが再現される辺りは、
なかなか迫力があって引き込まれました
「シン・ゴジラ」に近いような味わいです。

ただ、それ以降は特別新しい情報が提示されるということもないので、
やや単調に物語は展開します。

単純に164人の乗客と7万人の観客の命のどちらを選ぶか、
という話になれば、
現実には7万人を選んでもやむなしという気持ちになるのですが、
そこにちょっと補足的な情報があって、
テロが分かってから50分以上の時間があったのに、
サッカースタジアムの観客に逃げるように指示をしなかったのは何故なのか、
という話と、
乗客がテロリストに立ち向かって、
それに成功しつつ合ったのではないか、
という話です。

乗客とテロリストの対決という、
アメリカのアクション映画のような話は、
ただの推測で根拠はないのですが、
スタジアムの観客に退避が指示されなかったことは問題で、
ただ、その経緯は実際には全く明らかにされないので、
最後まで裁判の論点にはなりません。
ただ、観客へのイメージとしては、
スタジアムと旅客機の、
両方の命を救う手立てもあったのではないか、
という先入観を植え付けることには成功しているように思います。

そもそもテロリストが、
予めスタジアムがターゲットであることを、
1時間近く前に明かしてしまう、
ということが既に間抜けであり得ない、
という気がしますし、
もし観客が墜落前に全員退避してしまったとしたら、
ターゲットを変えてしまったのではないか、
というようにも思います。

こうした点が全く作中では議論をされていないのに、
人間の命を数で天秤に掛ける、
という論点だけが強調されて、
最後の評決に至るという展開が、
作品としてどうにも納得出来ません。

僕が観劇した当日の採決は、
20票くらいの差で有罪が上回ったのですが、
観客が逃げられたのではないか、
という情報が意味ありげに投入されていることと、
「憲法の精神を守るべき」というような検事の弁論が、
影響した可能性が大きいように思います。
それが原作の意図でもあるのか、
日本版の演出の影響であるのかはよく分かりません。

森新太郎さんは翻訳劇の演出家としては、
僕が今最も信頼している演出家ですが、
今回はあまりに地味でモノトーンの演出で、
ちょっとガッカリしました。
勿論、セリフ劇としてシンプルさを選択していることは分かるのですが、
後半は単調でありすぎたように思います。
せっかく背後にスクリーンを配しているのですから、
事件の経過などを映像化するなど、
もっとビジュアルに変化があった方が、
良かったように思いました。

また、評決の方法としても、
周りの人にどちらに入れているのかが、
分かってしまうような方法をしているので、
再考を要するように思いました。

このように大変面白く意欲的な上演であったのですが、
娯楽作として質の高い上演であったとは言えず、
翻訳劇の難しさを再認識するような思いがありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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