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日本のアングラ(その14) [フィクション]

桐原君は突然の加奈子の参加に伴って、
端役であった少女の役に加筆をした。

彼女は登場の場面では、
「マッチ売りの少女」的な小芝居をして、
桐原君が演じる半裸の怪人に捕まり、
彼に抱えられて姿を消す。

しかし、ラストに至って、
彼女は僕のアジトで不敵な笑みを漏らし、
その本性を現すのだ。

少女の身体はもう1つの世界と繋がっていて、
それはこのゲームを実体化しようと夢見ている、
もう1つの世界にある少女の意識が実体化した姿でもある。

「何をやっているのよ、あんたたち」
と、加奈子は睨み合う僕達の前にすっくと立って、
ゲームマスターとしてのもう1つの顔を見せる。

この時の加奈子は、
身体の右半分だけで芝居をした。

少女性だけで勝負をしようとしたのだ。

僕は客席から見て、
いつも彼女の左側(上手側)に位置していたので、
僕は常に彼女の顔の左半分を見ていた。

すると、奇妙なことに、
そこには2匹の蛇が絡み合うように、
少女の加奈子を覆い尽くそうとする、
何か得体の知れない、
もう1つの仮面のようなものが見えたのだ。

彼女の方を向くたびに、
僕はその仮面に相対することになった。

こんな分裂気味の芝居で、
本当に良いのだろうかと、
練習の始めの頃は思っていたのだけれど、
後半になって調子が出て来ると、
加奈子の仮面にも微妙な変化が現れた。

少女の仮面が次第にもう1つの顔を侵食し、
やがてはもう1つの仮面を吞み込むようにして、
加奈子はその役柄の中では、
完全に少女になったのだ。

しかし、最後に少女が役柄の仮面を脱ぎ棄て、
ゲームマスターとしての本性を露にする時、
加奈子自身も今度は舞台上で変貌を遂げる。

舞台がもう1つの世界に繋がったことが、
彼女の立ち姿だけで表現される。

僕はその前に主人公の大学生や、
謎の中国人達に倒されて、
舞台から退場していたので、
たった1日のみの本番では、
「ギャー」と悲鳴を上げて情けなく奈落に落ちた後、
舞台袖から彼女の演技を見守ったのだが、
練習の時とはうって変わった、
演劇の怪物と化した加奈子の姿に、
半ば陶然として眺めるより外はなかった。

この公演では加奈子の存在以外に、
特筆するべき点が前述のように2つあった。

その1つは僕が役者として、
初めてまともに演技をしたということで、
もう1つが「日本のアングラ」を目撃した、
ということだ。

この2つの出来事は、
実は相互に関連がある。

「日本のアングラ」の正体は、
実際には作・演出を兼ね、
役柄としては僕の手下の怪人を演じた桐原君のことだ。

前述のように桐原君はアニメヲタクで、
今回の芝居も、そもそもはアングラとは無縁のものだった。
しかし、それが稽古でもまれる中で、
次第にアングラ色を鮮明にしたのだ。

いや、トータルに、と言う訳ではない。

敢くまでそれは、
僕と加奈子、そして桐原君との間に生まれた、
アングラ愛に裏打ちされた、
一種の化学反応のようなものだったのだ。

ここでまた僕は、
アングラとは何か、
という命題を確認しておかなければならない。

アングラとは変容のことであり、
そしてある種の風景のことだと僕は書いた。
もう1つここで付け加えなければならないことは、
アングラとは肉体である、ということである。

唐先生は「特権的肉体論」を提唱した。
これはアングラという風景を纏った肉体は、
それ自身が選ばれて存在するものであって、
訓練してなるようなものではない、
ということだ。

アングラという肉体は天性のものとして、
その存在の最初からそこにある筈だ。

しかし、それが最初から見出されるとは限らない。

ある人はアングラの肉体を持ちながら、
それと知らずに平凡な人生を生きているかも知れない。
そうした発見されないままに朽ちて行くアングラというものが、
世の中に実際には数多く存在しているのだ。

アングラの発見には、
その意味である種の目利きが必要なのであり、
発見されたアングラの肉体を持つ個人にも、
それを受け入れるという度量が必要とされるのだ。

僕はアングラを愛しているが、
自らはアングラの肉体を持ち合せてはいない。
芝居を始めて極早い時期に、
僕はその残酷な事実に気付いた。

それからは、
アングラの肉体を発見することを、
1つの使命のように考えるようになった。

良く誤解される方がいるが、
異形な肉体がすなわちアングラではない。
土方巽の肉体も、麿赤児の肉体も、
それが唯一無二の個性であったからこそアングラなのであって、
同じような肉体は少なからず実在しているであろうが、
それがアングラではないし、
そうした肉体を探す行為が、
アングラの目利きということではない。

加奈子の肉体を見た時、
その肉体の持つ唯一無二の二面性を、
僕はアングラと感じた。

その肉体と比較すれば、
彼女が何を考え、何のために生き、
何を生活の糧にしているか、
といった事項は、瑣末なことであって、
アングラという巨大な実体の、
曖昧な付属物、
すぐに掻き消される翳のようなものに過ぎない。

舞台上でその物体としての形が、
どのような位置を占めているか、
それが常に変わり続けているのかどうか、
そうした物こそが重要であって、
その物体が実は生きている人間であって、
色々なことを考えて行動している、
などと言うことは、
アングラの実在にとっては、
何ら意味をなすものではないのだ。

桐原君がアングラであるとは、
僕は全く思っていなかった。

その作品はせいぜいが北村想で、
それ以上のものとは思えなかった。
(これはアングラという尺度のみの評価なので、
北村想のファンの方はお怒りにはならないで頂きたい)

桐原君の肉体は貧相で、
背も低く、猫背気味に俯いていることが多かった。

小さな役で何度か舞台に立っていたが、
その小さく歪んだ肉体の印象は薄く、
客席に突き刺さるような鋭さは皆無だった。

その男気は、
むしろ作家として本領を発揮する性質のもののように、
僕には思えた。

そのため、
桐原君がそのキャスト発表で、
自分を僕の手下の怪人役にキャスティングしたことは、
僕にとっては意外なことだった。

内気な桐原君は、
演出に専念するものと思っていたからだ。

練習の最初は僕と桐原君の2人だけの場面だった。

演出家とその補佐的な役割の2人が舞台上にいて、
その2人ともそれまでにあまり大きな役を経験したことがない、
という珍妙な事態がそこに出現した。
舞台は悪の秘密結社の秘密の地下アジトで、
僕は失敗続きの手下の怪人桐原君に、
罵声を浴びせ鞭で打つ。

桐原君は送り出される先輩の藤堂さんに、
その場の演出を委ねた。

桐原君は何処から持って来たのか、
暗幕の切れ端のようなものをマント替わりにして、
それをいい感じに特撮物的に振り回しながら、
僕の口だけの「エア鞭」の攻撃に対して、
大袈裟に身悶えるような演技を、
練習の最初からホンイキでやって見せた。

「おのれ、この役立たずめ、これでもくらえ!」

僕はとても恥ずかしいこんな台詞を、
大声で叫びながら、見えない鞭を振るった。

藤堂先輩は1回の当たりを見て、
頭を抱えたようなポーズをした。
それから僕の方を向いて言った。
「石原お前、何年芝居をやってんだっけ?」
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