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日本のアングラ(その7) [フィクション]

加奈子はその年の冬公演には参加しなかった。

僕の強引な劇団運営が、
多くの劇団員の不興を買っていたので、
劇団員が減ることは想定内ではあった。

しかし、
加奈子はそうした劇団内の人間関係の網からは、
無関係の位置にあったと思っていたし、
僕の意思が加奈子の肉体の演劇的主体となることに、
彼女自身もある種の満足を感じていると思っていたので、
彼女の離反はショックだった。

表面的な理由は、
彼女は女子寮に入っていて、
秋には寮祭などもあり、
練習に参加することが難しいから、
というものだった。

しかし、その理由は嘘ではないものの、
全くの真実でもなかったことがほどなく分かった。

人文学部が独自に劇団「レトロウイルス」を結成し、
その年の冬、
つまり僕達の公演から間もない時期に予定された旗揚げ公演に、
加奈子が参加することが明らかになったからだ。

加奈子はその公演には頼まれて参加しただけで、
正式に座員となった訳ではなかった。

しかし、その後も「レトロウイルス」と加奈子との関係は続き、
翌年の春の、
卒業生の追い出しを兼ねた新人公演を最後に、
僕のいた学生劇団からは完全に離れることになったのだ。

その「レトロウイルス」の主催者が、
西谷博(仮名)だった。

西谷博のことを考えると、
今も不穏な気分が僕を苛む。

彼が今何処で何をしているのかは知らないが、
成功しているのだとすれば、
腹立たしくてならないし、
逆に尾羽打ち枯らして喘いでいるのだとすれば、
それはそれで、
単純にざまあみろ、という気分にはなれず、
何やらもやもやした澱のようなものだけが、
僕の心に溜まってゆく。

いや、僕は今嘘を吐いた。

本当は今西谷が何をしているのかを知っているのだ。

彼はしばらく東京で劇団に関わった後で、
舞台大道具製作の会社を立ち上げ、
それなりの成功を収めている。

僕がそれを知ったのは最近のことで、
ある中堅どころの劇団が、
初めての本多劇場での公演をした際に足を運び、
パンフレットの記載で大道具製作として、
西谷博の名前を見付けたのだ。

会社名は「チカラ組」と言うのだが、
カッコして自分の名前を載せている。
この自己顕示欲の強さから言って、
同姓同名の別人ではなく、
彼本人であることを確信した。

それからネットでその会社を検索した。
簡単なプロフィールのようなものしか見付からなかったが、
それでも西谷博本人が、
代表して立ち上げた会社であることは確認された。

これはあの男が望んでいた成功だろうか?

僕にはよく分からなかった。

大学時代に地方で作った劇団が、
意外に幅広い注目を集め、
地方局ばかりでなく、
深夜の情報バラエティではあったけれど、
全国ネットでも紹介された。

その余勢を駆って、在学中に東京で新劇団を旗揚げした。
1987年のことだ。
劇団名は「アポトーシス2007」と言う。

レトロウイルスと言い、アポトーシスと言い、
劇団名だけでも気分が悪くなる。
アポトーシスとはプログラムされた細胞死のことで、
20年後の2007年にその活動を終えることを、
予めプログラムされての劇団の船出なのだと言う。

理系の僕からすると、
わざわざ大して詳しくもない科学用語を持ち出して、
如何にも高尚だとでも言うような態度が、
それだけで虫唾が走るような思いがする。

西谷博は同じく人文学部に在学中の、
6人の学生と一緒に「アポトーシス2007」を旗揚げした。

その中には加奈子もいた。

そうだ。
僕がここまで西谷のことを悪し様に言うのは、
要するに加奈子が僕の元を離れて、
西谷のことを崇拝し、
彼と一緒に演劇をする道を選んだことに、
子供じみた嫉妬と憎悪とを抱いているからだ。

しかし、それでは加奈子は僕の所有物だったのだろうか?

勿論そんな訳はない。

僕と加奈子との繋がりは、
彼女が稀代のアングラ女優であって、
そのアングラという一点で、
僕と彼女が同じ藝術の一点を目指し、
彼女の肉体に潜む何かを、
僕が活性化させたと信じていたからだ。

その意味で僕にとっての加奈子は、
人間ではなく、
アングラの意思に奉仕する肉体であって、
だからこそ僕は「所有物」という表現を、
彼女に対して使ってしまったのかも知れない。

それが間違いだったのだろうか?

僕が彼女を人間として見ていなかった、ということが。

西谷が加奈子をどのように見ていたのか、
僕には分からない。

しかし、加奈子は「アポトーシス2007」の看板女優として、
数年間はその力量を存分に示し、
僕は常に羨望と嫉妬とを持って、
納得のいかない演出と作品には苛立ちながら、
その舞台には足を運び続けた。

そして、2007年を待つことなく、
1995年には劇団は解散し、
彼女の姿は演劇の世界からかき消すようにいなくなった。
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コメント 4

☆ acco ☆

れんさい
たのしみにしています♪
これは
ほんもののおはなしです。
しょせいきか
してくださぁい☆彡
by ☆ acco ☆ (2015-03-01 21:06) 

fujiki

☆acco☆さんへ
ありがとうございます。
ボチボチ書きます。
体調は大丈夫ですか?
by fujiki (2015-03-02 06:39) 

☆ acco ☆

たいちょうは
せんせいに
みていただいていたころより
ずいぶんあっかしています

しなないように
がんばっています☆

ふじきせんせいと
ゆかいななかまてきな
やすくておしいい
えんげきをみるかい

ほっそくを
つよくきぼうしまぁす☆彡

☆ acco ☆

by ☆ acco ☆ (2015-03-03 03:18) 

fujiki

☆acco☆さんへ
会は難しいのですが、
また面白そうな芝居があればご紹介します。
ただ、詰まらないものが比率的には殆どなので、
微妙なところです。
by fujiki (2015-03-03 08:24) 

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