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天気痛と気象痛の謎 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

先日患者さんから、
「私の症状は天気痛ではないでしょうか?」
と唐突に言われたのですが、
その方の症状は近所の騒音で頭が痛くなって眠れない、
というようなものだったので、
あまり関連はないように思ったのですが、
その実際は、
そう言えば雨の降る前に調子の悪くなる気がする、
ということのようでした。

更に続けて、
「天気痛には風邪薬が効くと言われたんだけど、
それが耳に効果のあるものでないといけないんだって。
先生知ってる?」
と言われたのですが、
そんな不思議な話は聞いたことがありません。

確かに抗ヒスタミン剤はめまいや一部の頭痛など疼痛にも、
有効性があるという報告はありますし、
そうした用途にも使われていますから、
そのこと自体はそう不思議でもないのですが、
最近新たにそんな発見があった、
というような話は初耳でした。

聞いてみると、
僕があまり好きではない、
「ためして何チャラ」と言う番組で、
最近そうした特集があったのだそうです。

登場した「名医」の先生は、
天気痛の研究を20年以上続けていて、
その末に辿り着いた結論が、
「風邪薬を使え!」だったのだそうです。

そんな面白おかしい話があるのでしょうか?

疑問に思ったので少し調べてみました。

まず当該の番組のサイトを見ると、
確かに1月21日にそのようなテーマが放映されています。

サイトにある文章によれば、
昔から「雨が降る前には古傷が痛む」
のような天気(この場合の意味合いは気圧)の変化によって、
頭痛や腰痛、関節痛などの痛みが、
悪化することのあることは広く知られていて、
そうした症状のある方は、
これから雨が降るかどうかも、
ピタリと当てたりも出来るのですが、
そうした現象が何故起こるのか、
という点については、
あまりはっきりしたことが分かっていない。
それが最近の研究によって、
内耳に原因のあることが明らかになり、
それは気圧の低下により、
内耳にある気圧センサーが興奮し、
それが脳を混乱させると、
交感神経が緊張して痛みが生じる、
というメカニズムなのだそうです。

そして、その症状を治すには、
内耳の神経を休める働きのある、
酔い止め薬(抗ヒスタミン剤)が有効だとも書かれています。

一読色々と疑問が湧いて来ます。

気圧の低下によって痛みが生じることは、
経験的な事実としては間違いがないと思いますが、
そのメカニズムを人間で解明することは、
そう簡単なことではないと思います。

サイトの記事には書かれていませんが、
それを見た患者さんの話では、
ある先生が登場して、
20年間の研究の結果その解明に成功した、
という趣旨のことが語られていたそうです。

その先生とは一体誰で、
その研究とはどのようなものなのでしょうか?

それはその先生独自の見解なのでしょうか?
それとも、教科書に載ったり、
一流の医学誌の解説記事や総説に載るような、
そうしたほぼ事実と認定されているような事項なのでしょうか?

そんな訳で少し調べてみました。

テレビに出演された先生のお名前は、
名古屋大学動物実験支援センター教授の、
佐藤純先生で間違いがなさそうです。

この長い肩書きの意味合いは、
大学の肩書きの仕組みをご存じの方なら、
推測される通りのことのように思います。

先生はこの天気痛と気象病のことについて、
ご自分のホームページに解説のブログ記事を載せられているので、
それを読むと一通りのことが分かりました。

それからメドラインで先生のお名前で文献を検索し、
それから天気痛と気象病の英文表記である、
Weather PainsとMeteoropathyで検索を掛けました。
日本語の文献は、
そうした文献のダウンロードサイトで検索を掛けました。

その結果、概ね次のようなことが分かりました。

佐藤先生は実際に気象病の研究を、
長くされて来た研究者であることに間違いはなく、
その分野で税金の研究費を使った研究もされています。

ただ、ご経歴は専ら生理学の基礎研究の分野で、
臨床は研究を含めて、
それほどされてはいないように思います。
愛知医科大学の学際的痛みセンターで、
「天気痛」外来を担当されている、ということですが、
これは多分に研究目的のもののように思われます。

従って、
先生の検証された内容は主にネズミの動物実験で、
少なくとも英文の臨床データは発表はされていないようです。

2014年にLocomotive Pain Frontierという、
聞き慣れない日本語の雑誌に載せられた解説記事では、
臨床データについて少し触れられていますが、
まとまったものではなく、
引用文献の記載もありません。
内容は専ら動物実験のものです。

それでは、
上記のテレビの記事で語られている事項の、
裏付けとなったデータを見てみましょう。

1999年と2003年にNeuroscience Lettresという雑誌に、
論文が掲載されていて、
内容的には神経障害や関節炎のモデル動物のネズミにおいて、
減圧環境により、
痛みへの反応性が増加した、
というものです。

次に矢張りネズミを使って、
低圧環境により交感神経からのノルアドレナリンが増加し、
低圧による疼痛の増強効果は、
交感神経の遮断により消失することが確認され、
このことから、
交感神経の過緊張が、
低圧環境における疼痛の増悪の、
原因であることが示唆されます。
これは同じNeuroscience Lettersに、
2001年に掲載されています。

そして、
これは2010年のEuropean Journal of Pain誌に、
発表された文献ですが、
これも慢性疼痛のモデル動物のネズミを用いて、
内耳を薬物で破壊すると、
この低圧環境による慢性疼痛の増強効果は、
減少することが確認されました。

つまり、
この一連の研究結果から、
内耳のセンサーによって、
低圧刺激が交感神経に伝わると、
その過剰興奮が起こり、
痛覚が過敏になることによって、
慢性疼痛の悪化に繋がるという、
天気痛のメカニズムが示唆されたのです。

ただ、これは敢くまでネズミの実験で、
その通りのことが人間で成り立つということは実証されていません。
実際佐藤先生のブログ解説を読むと、
人間の場合は個体差があり、
それほどクリアな結果は出ていない、
つまり明確な統計的な有意差は出ない、
という趣旨の記載があります。

人間でのデータは、
少なくともまとまった形では発表されていないようです。

天気痛の患者さんでは、
そうでない患者さんと比較して、
内耳刺激に対する反応が3倍強かった、
というような意味のことが、
番組のサイトには記載されていますが、
そのデータが一般に発表されたものなのかどうかは、
判断が出来ませんでした。

また、検索した範囲では、
このデータを補強するような、
別個のグループによる追試や、
同様の研究結果は、
あまり存在はしていないようです。

この天気痛のメカニズムの仮説は、
非常に興味深いものですが、
何故気圧が下がると交感神経が過緊張するのか、
という点については、
あまり明確な説明にはなっていないような気がします。

唯一テレビ番組のサイトの説明では、
気圧が低下すると、
内耳の気圧センサーが興奮し、
リンパ液が身体が傾いていないのに流れを感じるので、
その食い違いに脳が混乱して、
そのストレスが交感神経を緊張させるのだ、
という他にはあまり書かれていないことが書かれています。

このちょっと不思議な記載の根拠が、
どの辺りにあるのかは、
よく分かりませんでした。

少なくとも「脳が混乱してストレスになり交感神経を興奮させてしまう」
というようなやや非科学的な記載は、
佐藤先生自身の書かれたものには、
ないように思います。

テレビ番組の後半においては、
この天気痛の治療として、
内耳の神経を鎮静させる作用のある、
トラベルミンなどの酔い止めが、
有効であることが紹介されています。

迷路反応抑制効果がこうした抗ヒスタミン剤にあることは、
以前から知られている知見で、
そのためにめまい止めとして、
こうした薬は使用されています。

上記のネズミによるメカニズムが事実とすると、
気圧低下時のセンサーである内耳を、
鎮静させる抗ヒスタミン剤が、
一定の効果のあることは想定されるところです。

ただ、個別の事例で効果のあった、
というようなことはあるのかも知れませんが、
こうした治療がまとまった形で報告された、
ということは、
僕の調べた範囲では見当たりませんでした。

佐藤先生の研究自体は興味深いものだと思います。

ただ、それを取り上げた当該の番組の姿勢には、
大きな問題があるように思います。

まず、天気痛のメカニズムが、
あたかも全て解明されたもののように説明がされています。

しかし、実際にはそうではありません。

こうした研究は佐藤先生以外の手によっては、
殆ど行われていないので、
まだ仮説の域を出ないものだと思いますし、
その多くはネズミの実験で、
人間の臨床データは、
まとまったものは殆ど存在していません。

1つの仮説として紹介するのであれば良いと思いますが、
この番組のような、
「素人に専門家が事実を教える」
と思えるような演出で、
取り上げるべき内容ではないと思います。

もう1つ問題と思うのは、
「酔い止めの薬が天気痛に効く」
という表現で、
市販の薬を使うのだから良いだろう、
という趣旨なのだと思いますが、
敢くまで適応のある医薬品であることは間違いがなく、
適応外の使用について、
それがどのような根拠があるのかも不明のままに、
推奨するような映像表現は、
不適切なもののように思います。

当該の番組は非常に影響力が大きく、
放映の翌日には必ず複数の患者さんから、
その点についてのご質問を受けます。

多くの方が、
偉い先生が出演されているのだから、
その内容は事実である、
という理解で番組を見て、
その影響を受けています。

それは、自分が天気痛だと自己判断された多くの方が、
仮に抗ヒスタミン剤が禁忌のご病気をお持ちでも、
平気で酔い止めを飲むことに結び付く、
ということを意味しています。

僕が番組の制作者の方に是非言いたいことは、
その影響力の大きさを、
本当の意味で皆さんは理解しているのだろうか、
理解されているのであれば、
たとえ番組のインパクトは少し減じることがあっても、
もう少し検証された事実のみを伝え、
仮説は仮説として、
もっと紹介の仕方を工夫するべきではないか、
ということです。

以上の内容は、
僕の調べられる範囲で正確を期したつもりですが、
ひょっとしたら不勉強による誤りがあるかも知れません。
お気付きになられましたら、
「優しく」ご指摘頂ければ幸いです。

また、佐藤先生始め、
天気痛の研究に携わっておられる研究者の方を、
揶揄するような気持ちはサラサラなく、
僕が今日こうした記事を書いたのは、
こうした研究の真価を、
一般の方に本当の意味で理解して頂くためにも、
当該の番組のような、
「唯一の真実」のような伝え方は、
却って誤解を招くもののように思ったからだということを、
是非ご理解の上お読み頂ければと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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オレンジ

私自身は天気痛の自覚は全然ないのですが、
興味深く拝見致しました。
先生の真摯な態度と探究心に敬服いたします。
1患者の質問に対して、ここまで深く調べて、
ご意見を述べられるお医者様に出会ったことがありません。
診察中に質問をしても、あいまいな答えで本当にそうなのかが
解消されぬままに、すっきりしない気持ちで病院を後にすることが
多いです。
素人ながら自分で調べて自分で判断しなければならないことが
多いです。
先生のような方が近所にいらっしゃれば安心なのですが。
by オレンジ (2015-02-04 09:55) 

a-silk

あの番組は権威ある国営放送だけに、本当に困りますね。
飛行機に乗ると吐き気や頭痛が起きたりしますが、これも気圧が低くなると起きる、天気痛とメカニズムは同じかと思います。

by a-silk (2015-02-04 10:14) 

モカ

石原先生こんにちは。
今回も興味深く拝読しました。

私も低気圧や前線の通過で自律神経が原因ではないかと思われる不定愁訴が出ます。
まれですが耳閉感が出ることもあります。

そのため、原因や治療法がわかればとてもうれしいです。

あの番組はバラエティー番組と割り切れば面白いのですが、説得力があるので困りますね。
料理程度だったらいいのですが、医療などで視聴者が信じると困ったことになると思うこともあります。

by モカ (2015-02-04 13:58) 

fujiki

オレンジさんへ
コメントありがとうございます。
そんな大したことはないのですが、
お世辞でもそう言って頂けると励みになります。
by fujiki (2015-02-04 21:33) 

fujiki

a-silk さんへ
コメントありがとうございます。
なかなか面白い研究だと思います。
もっと色々な形で解明が進めば良いと思いますが、
番組のような取り上げ方は、
勘弁して欲しいと思います。
by fujiki (2015-02-04 21:46) 

fujiki

モカさんへ
コメントありがとうございます。
最近の健康番組は、
1人の先生の意見を、
そのまま取り上げて構成して、
全てその先生の責任を押し付ける、
というような手法なのが、
問題だと思います。
by fujiki (2015-02-04 21:47) 

まどか

はじめまして。
私も気象痛なのでは?と思う症状で悩まされています。
番組の内容に疑問をもって情報収集した結果、
石原先生のブログへたどり着きました。

とても参考になったので
私のブログで先生のブログを紹介しても
よろしいでしょうか?

by まどか (2015-09-25 00:38) 

fujiki

まどかさんへ
コメントありがとうございます。
ご紹介頂くのは特に問題はありません。
by fujiki (2015-09-25 06:43) 

きょん

先生のご意見を、もし可能であればお伺いしたいのです。よろしくお願いいたします。

自分は、抗ヒスタミン作用が強めのお薬を常用し、数か月経過後、耳の調子がおかしくなり始めました。
そして、当該薬品の影響を疑い減断薬したところ、ますますおかしくなりました。
長期間、抗ヒスタミン作用のある状態が持続したため受容体のアップレギュレーションが生じ、そこで減断薬したために症状が酷くなったのか?!、と感じられました。
そのようなことが起こり得ますでしょうか。
また、薬剤の抗ヒスタミン作用と内耳(広くは聴覚・平衡感覚)との関連を勉強したいのですが、どのようなキーワードでググると信頼できる資料にあたる可能性が高まるでしょうか。
上記薬品を処方した医師に相談しましたが、鼻で嗤われ耳鼻科に行け!と怒られました。ですので自分で何か手がかりを見つけて自分で対処したいのです。
抗ヒスタミン作用のリバウンド(離脱症状)であれば、待てばいずれは治る見込みもあるのでしょうか。もうかなりの期間が経ちますが、聴こえや平衡感覚にかなり障害が出たままです。
ご意見、可能であればよろしくお願い申し上げます。
by きょん (2018-09-04 22:16) 

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