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鶴屋南北「金幣猿島郡」(2014年10月市川猿之助上演版) [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
体調が悪いので、
走りには行かず、
今日は終日家で静養のつもりです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
金幣猿島郡.jpg
もう公演自体は終わっていますが、
先月の新橋演舞場に、
当代猿之助の奮闘興業を観に出掛けました。

当代猿之助は、
2012年に襲名を行ない、
2013年1月には新装なった歌舞伎座が開場した訳ですが、
その後一度も歌舞伎座の舞台には立っていません。

2年で一区切りということでもないのでしょうが、
2015年の1月には初めて「黒塚」で登場するという予定のようです。
中車と他の猿之助一門は、
今年の7月には舞台に立っていますから、
色々と見えない理由はあるのでしょうが、
非常に奇異な感じを受けますし、
中車(香川照之)と当代猿之助が、
襲名と名の付いた公演以外では、
一切共演していない、というのも、
もうこの2人は協力し続ける気はないのかしら、
と日本の政治の将来と同じくらい、
絶望的な気分になりますが、
人間同士のことなので、
仕方のないことなのかも知れません。

当代猿之助も勿論奮闘されているのですが、
発言などを読むと、
先代猿之助の伯父さんとの比較ばかりが多く、
伯父はこうやったが自分はここを変える、
というようなことばかりなので、
今勝負するべきは海老蔵や勘九郎であって、
先代ではないのではないか、
という思いを持つのですが、
勿論大きなお世話なのだと思います。

実際、かつて先代猿之助がやってたことの多くを、
今では海老蔵や勘九郎が、
そのままやっているのです。
当時は異端と呼ばれ「歌舞伎ではない」とされたことを、
今では歌舞伎界を上げて集客のためにやっているのですから、
当代猿之助が真の革新者であるのなら、
同じようなことを競い合ってするべきではなく、
また別個の道を進むべきなのかも知れません。

さて、当代猿之助は新装後の歌舞伎座の舞台には、
2年間立つことはなく、
10月は新橋演舞場、11月は明治座で、
主に先代猿之助が復活した狂言の、
再構成の舞台を勤めています。
澤瀉屋一門はほぼ顔を揃えますが、
中車は参加していません。

何を観ようか迷いましたが、
先代の舞台を観たことのない、
「金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)」を選びました。

この作品は江戸時代の末に活躍した歌舞伎作者、
鶴屋南北の絶筆で、
1829年の初演以来、一度も再演はされなかったものを、
昭和39年に先代猿之助が復活されたものです。
これは非常に面白く南北らしい奇想に満ちたもので、
作品の出来は大満足とはいかないものでしたが、
観られて良かったと思いました。

これは顔見世狂言でシーズンの最初に披露するものです。
幾つかの筋が入り組んで展開し、
独立した演劇というよりは、
おおまかな構成は決まっているショーのようなものです。
南北の顔見世狂言の台本は残っているのですが、
全てをそのまま上演すると、
7から8時間くらいは優に掛かるという代物なので、
幾つかの筋のうち、
一部分のみを独立させて、
何となく単独のお芝居のように見えるように構成して、
今日は上演されるのが通例です。

有名な「東海道四谷怪談」も、
怪談話と忠臣蔵がないまぜになっているものを、
怪談の部分のみを抽出して独立させたのが、
今日の上演のパターンです。

ただ、多くの顔見世狂言と呼ばれるものは、
よほどリライトしないと今日上演されるには適さないのですが、
それをある種強引に実現し、
上演されることの少なかった、
化け猫や大蝦蟇、化け狐などの怪異の場面を、
見世物として復活させたのが、
先代猿之助です。

先代猿之助はただ、
古典を愛する人でもあり、
現代人には退屈に思えるような場面も、
決してそのまま切り捨てるようなことはしていません。

この「金幣猿島郡」では、
お姫様の色香に迷って、
失脚した藤原忠文という貴族が、
破れ傘を肩に平安貴族の姿で恋文を読みながら登場する、
という場面があり、
そこでたまたま逃げて来るお姫様と遭遇し、
恋の恨みから生きながら鬼になり、
死んで入水すると、
嫉妬のあまり蛇となった娘の霊と合体して、
2つの心と顔を持つ怪物になって川から空を飛ぶ、
という奇想と言うしかない場面が展開されます。

ただ、そこで怪物の宙乗りではなく、
貴族の落ちぶれた出の雰囲気に、
より芝居の魅力を感じ、
演出にも力を入れるのが、
先代猿之助の魅力でした。

当代猿之助は矢張り踊りが上手く、
所作事は本当に安心して観ていられます。
ただ、先代のような荒事の凄みにはまだ乏しいので、
その辺りが難しいところです。

今回の上演では照明に新感線のスタッフなどが入り、
通常の歌舞伎より、
「色」を駆使した照明効果を狙っています。

現時点では歌舞伎の様式と反する部分があるので、
僕はこの試みには反対ですが、
今までの保守的な照明が、
決して最善とも言い切れないので、
今後の進展を見守りたいと思います。

歌舞伎の照明というのは、
基本的に舞台の全てを隈なく照らして、
陰の部分を作らないのが基本です。
野外劇として昼の野天でやっているようなイメージです。
ただ、自然にそう見えるように光を当てるということは、
そう簡単なことではなく、
通常のお芝居の照明とは、
また別個の方法論と技術があるのです。

何かのインタビュー記事で、
玉三郎丈が歌舞伎座の照明のことを褒めていて、
なるほどと思ったことを覚えています。

歌舞伎は衣装も書き割りも原色ですから、
色をそこに当てると、
却って打ち消し合う部分があるのです。

ただ、江戸歌舞伎の頃は、
昼でも劇場の中では舞台も暗く、
蝋燭の炎のみで上演されていましたから、
今とは見え方はまるで違っていた訳で、
隈なく光を当てる歌舞伎照明というのは、
敢くまで明治以降、
電気で照らされるようになった舞台での話です。

従って、江戸歌舞伎の雰囲気を、
照明で再現する、というのも、
1つの考えではある訳です。

歌舞伎に現代風の照明を当てる、
というのは魅力を打ち消し合うので良くないと思いますが、
古典を活かすような照明があれば、
それは是非研究をするべきなのです。

今回の舞台を観る限り、
通常の舞台照明を当てているような雰囲気で、
危惧は感じるのですが、
当代猿之助の歌舞伎を愛する心とその見識を、
もうしばらくは信用しようと思っています。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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コメント 2

Silvermac

猿之助と中車の親子関係は捻れていますね。
by Silvermac (2014-11-09 17:31) 

fujiki

Silvermacさんへ
コメントありがとうございます。
当代猿之助も中車も良い役者なので、
個人的には色々あっても、
一緒にやって欲しいな、というのが希望です。
by fujiki (2014-11-09 22:34) 

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