So-net無料ブログ作成

人間ドック学会の唐突な発表とその波紋について [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から書類など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日概ね次のような内容の報道が、
新聞テレビなどで一斉になされ、
特に高血圧や高脂血症で治療中の患者さんに、
大きな影響を与えました。

【健康診断に新基準を提言、正常値「緩めるべき」と専門家委員会】
人間ドックの検査で「健康」とされる基準について、人間ドック学会などが作る専門家委員会は4月4日、現在の基準で正常とされている数値の範囲を、大幅に緩めるべきだとする調査結果を発表した。
従来は130未満を「異常なし」としていた収縮期血圧は、147でも健康だった。肥満度をみる体格指数「BMI]も、男性で「18.5~27.7」、女性は「16.8~26.1」の範囲におさまれば健康だった。現行は25以上は肥満とされている。
コレステロール値については性別、女性は年齢によって健康な人の幅ば大きく変わるとして、それぞれに分けることにした。現行の基準では特に閉経後の女性は高脂血症と診断されやすくなっていた。

この記事を読んだ多くの方が、
日本の血圧やコレステロールの基準値が、
大幅に改定されたと理解されました。

「専門家委員会」が発表した、という言い回しですから、
そう理解しても不思議ではありません。

しかし、高血圧には日本高血圧学会がガイドラインを策定していて、
その2014年版もつい最近出たばかりです。
それで血圧の基準値が引き上げられたという話も聞きませんし、
実際そんなことはありません。
上が130で下が85という血圧の数値も、
そもそも欧米のガイドラインに準拠したものです。
更には厚労省はメタボ検診を行なっていて、
そこで使用されているのも上が130、下が85という基準値で、
悪名高い検診ではありますが、
それが今のところ改定された、
という話もありません。

上記の記事を鵜呑みにすると、
「人間ドック学会などが作る専門家委員会」が、
それとは別箇の基準を発表し、
それが確定したかのような印象です。

しかし、人間ドック学会というのは、
厚労省よりも日本高血圧学会よりも、
高血圧の基準値の設定において、
影響力があり権威のある組織なのでしょうか?

そもそも「人間ドック学会などが作る専門家委員会」とは、
どのような専門家の集団なのでしょうか?

考えれば考えるほど謎は深まるばかりです。

人間ドック学会というのは、
あくまで人間ドックや健診の関係者主体の、
それほどメジャーとは言えない学会です。
(関係者の方失礼をお許し下さい)

その学会が独自に血圧の基準値やコレステロールの基準値を、
設定するようなことが出来るのでしょうか?

勿論それは禁止されている訳ではないので、
いけないということはないのです。

ただ、たとえば血圧の基準値ということになると、
それをどのように設定するべきか、
というのは非常に厄介です。

病気のない全く健康と見える方を抽出して、
そうした方の血圧の数値の平均とばらつきとを割り出せば、
それは1つの指標とはなります。

しかし、日本の高血圧学会や、
海外の循環器や高血圧関連の学会が決めている基準値というのは、
敢くまで将来的な心筋梗塞や脳卒中を予防するために、
その値以下であることが望ましい、
という趣旨の数値です。

これはそれぞれの血圧の人を、
時系列で観察しないと分からない事項です。

現状の高血圧ガイドラインでは、
収縮期が120未満、拡張期が80未満を、
「至適血圧」として規定していますが、
これは健康な日本人の正常値がこれである、
という意味ではなく、
この数値を目標とすることで、
将来的な病気の患者さんを減らすことが出来る、
という意味合いでの目標値なのです。

厚労省はメタボの検診基準の作成において、
収縮期が130未満で拡張期が85未満という血圧を、
メタボ判定の1つの基準としていますが、
これは日本のガイドラインでは「正常高値血圧」という括りになり、
欧米のガイドラインにおける目標血圧をほぼ示しています。

これもですから、
全ての病気のない人の血圧が、
この基準を満たしている、
というような数値ではありません。

昔のWHOの基準値であった、
収縮期が140以上で拡張期が90以上というのは、
概ねそれを超えれば「高血圧」という病気である、
という意味でした。

ある線を引いて、
病気と病気でない人とを2つに分ける、
という考え方です。

しかし、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの診断基準においては、
今はそういう考えは取っていないのです。

ある線より上が急に「病気」になり、
治療が必要となる、ということではなく、
かなり幅広く「病気ではないけれど高め」
という範囲を取り、そこに位置する人に対して、
適切な介入をすることによって、
将来的に「病気」になる人を減らそう、
という考え方が重視されているのです。

そこを理解していないと、
基準値というものの捉え方が人によってまちまちになる、
という危険が生じてしまいます。

現行使用されている人間ドックや健診の基準値は、
実際には規定されたものがある訳ではありませんが、
人間ドック学会では収縮期130未満拡張期85未満を取っていました。
これを超えるとB判定(わずかな異常)になり、
以前の高血圧の基準であった収縮期140、拡張期90を超えると、
C判定(要経過観察)という扱いになります。

この基準は基本的にはメタボ検診に合わせている訳です。
そして、140と90のラインは、
ガイドライン上の病気としての「軽度高血圧」を示しています。

ですから、
現行この基準値を用いている、というのは、
厚労省のメタボ検診や日本高血圧学会のガイドラインに準拠している、
という意味で、
誤りとは言えない訳です。

それを今回人間ドック学会は、
上が147で下が88に改訂すると言うのです。
この意味合いはこの数値以下の血圧は、
人間ドックにおいてはA判定(異常なし」にする、
という意味です。

極めて大幅で大胆な改定です。

そこにはどのような根拠があり、
唐突にこのような報道が一斉に行われた背景には、
一体何があるのでしょうか?

僕の調べた範囲での事実関係はこうです。

人間ドックというのは日本独特のシステムで、
毎年全身の検査を行なって、
それが本当に健康増進や将来の病気の予防に結び付くのか、
というような点に関して、
明確な有効性のデータは存在していません。

その一方で、
毎年人間ドックをやっていたのに、
その1か月後に手遅れの癌が見付かった、
というような事例があり、
人間ドックの有効性に疑問を投げ掛ける声があります。

従って、
人間ドック学会としては、
人間ドックの有効性を自ら証明する必要があるのです。

学会の内部文書によれば、
人間ドックの公的な有効性を示せ、
という行政の要請があり、
それへの対応の一環として、
健康保険組合連合会との合同で、
人間ドック受診者150万人を対象とした、
疫学研究が始められた、
というのが今回の発端です。

これはまず膨大な受診者のデータから、
一定の基準を設けて「健常者」を割り出し、
新たな基準値を設定。
それに合わせて時系列で経過を観察し、
最終的には人間ドックの受診により、
病気の予防などの有効性を検証し確認する、
という流れになっています。

これを「日本人間ドック学会と健保連による150万人のメガスタディ」
と命名しています。

上記の記事に「専門家委員会」という表現がありますが、
これは要するに人間ドック学会と健保連の委員会、
という意味です。
それ以上でも以下でもないのです。

何故健保連と人間ドック学会が組んでこのような研究をするのだろう、
という点は少し引っ掛かります。
何の思惑もなく健保連がこんなことに協力することはない筈で、
何かの企みがあるのでしょうが、
それはちょっと読めません。
まあ、健常者を増やして、
薬物治療をするような患者さんを減らし、
医療費を削減しよう、
ということなのかも知れません。
(でも、そんな健全なことだけではなさそうですね)

研究はまず、
150万人の平成25年の単年度のデータから、
病気での薬の使用や喫煙などのない人を、
健康人として選び、
その約1万から1万5千人のデータから、
健常人の基準値と思われるものを設定しています。

ただ、元の健康人の条件には、
血圧が130/85未満でBMIが25未満というのが含まれていて、
血圧とBMIの基準値のみはその条件を外して解析しています。

これは統計的には問題はないのかも知れませんが、
元々の健康人の条件というものが、
喫煙なし、飲酒1日1合未満、程度のものなので、
かなり意図的に健常人を設定しているように僕には思えます。

結果としてこの単年の結果を絞り込んで解析すると、
血圧は上が147、下は94までは健常人の絞り込みに合致し、
BMIについては、
女性では16.8から26.1、
男性では18.5から27.7までが基準値として設定された、
ということになっています。

これは勿論単年の解析で、
そのまま意味を持つものではないのです。

内部文書によれば複数年の解析を行なって、
同様の傾向が常に見られるかを解析した上で、
5年間程度の経過観察を行ない、
この「健常人」の設定の範囲にある人が、
その後「健康」であったかどうかを解析する訳です。

5年というのはこうした解析では短すぎると思いますが、
その間にこれまでの基準値を用いた場合と比較して、
新しい基準値を用いた方が、
対象者の予後に関連性が深いかどうか、
と言う点が、
一番のポイントとなるのです。

今回のデータは従って、
まだ単年の解析の段階であって、
「仮の正常値」を設定する、
という作業になるのです。

その「仮の正常値」が、
本当に人間ドックの正常値として適切であるかどうかは、
今後の検証を待たなければならない事項です。

更にはお分かりのように、
これは敢くまで「人間ドックの正常値」の話なのです。

人間ドックという特殊な健診を施行するに当たって、
どのような基準値を設定するのが、
本当の意味で受診される対象者の方の健康に寄与するのか、
と言う点を目的とした調査なのです。

そもそも本当の意味での健常者の数値を、
設定しようと考えるなら、
人間ドックの対象者のデータを用いることは、
適切なこととは言えないのです。

人間ドックを受ける人は、
健保組合の補助などで、
それなりに守られた立場にある人で、
そうでなければ金銭的な余裕があり、
また健康に対して高い意識を持っている人です。
更には年齢毎の解析が行なわれていますが、
年齢層は敢くまで現役世代が中心で、
リタイアされた後に人間ドックを受ける、
と言う方は極少数だと思います。

そうなると、
今回のデータでは、
比較的高齢層も選択されていますが、
年齢毎にかなりのバイアスのあることは、
想定しなければなりません。

しかし、そんなことはこの研究をされた方々には、
当然分かっていることなのです。

これは敢くまで人間ドックの受診者では、
どのような基準値を設定するのが最も合理的か、
という目的のための研究であって、
それがそのまま一般の方の正常値になる、
というものではないからです。

ただ、一般論から考えて、
通常の予防や治療のための基準値と、
人間ドックの判定のための基準値が、
大きく違っていれば一般の方には混乱の元で、
良いことが1つもありませんから、
その点は診療の携わる学会や専門家、
行政の担当者も加わっても検討や摺合せが必要になるのです。

今回報道された内容は、
従って人間ドック学会の内部の調査の、
中間報告に過ぎないものです。

それがあたかも専門家が協議した上での決定事項のように、
報道された点に大きな問題があるのです。

こんなことがなされて良い筈がありません。

僕が経緯を調べた限り、
最も責任が大きいのは人間ドック学会と健保連です。

彼らは、まだただの中間報告であり、
叩き台のデータに過ぎないものを、
内部文書によれば、
人間ドック学会の学会員にも報告する前に、
厚労省と報道機関に向けてのみ、
同時に公表しているのです。

その意図は間違いなく、
この数値が決定事項のように報道されることを狙ったものです。

ただ、発表された4月4日の3日後の4月7日に、
人間ドック学会と健保連の連名で、
学会員宛てに文書が配布され、
それには弁解めいた記載と共に、

「現在のデータは単年の結果であり、今後数年間データを追跡して結論を出していくことになります。従いまして今すぐ学会判定基準を変更するものではなく、厚生労働省には特定健診の保健指導基準が性別、年齢別によって数値が違うものがあるという事実をご報告した段階であることをご理解いただきたいと考えております。」(下線は原文の通り)

という記載があります。
つまり、文面から推し量る限り、
厚労省との摺り合わせも、
全くないままに今回の報道機関への発表が、
行なわれたのだと思われます。

次に責任が大きいのは、
厚労省や関連学会への確認をすることもなく、
決定事項のように大々的に記事にした報道機関だと思いますが、
これはいつものことなので、
怒るだけ無駄なのだと思います。

いずれにしても、
この問題については、
末端の臨床医の立場としても、
毎日患者さんから説明を求められ、
「数値が変わったんだからもう治療は必要ない」
と独断で治療を中断される方も複数いらっしゃるので、
その影響は非常に大きく、
対応に苦慮していることを、
それだけは声を大にして訴えたいと思います。

人間ドック学会と健保連の見識と倫理観を強く疑い、
心の底からの憤りを感じます。

この混乱の責任を取って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(23)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 23

コメント 7

ジャジャ馬

はじめまして。いつも興味深い記事をありがとうございます。
以前リリカの副作用について検索していて辿り着いてから、時々拝見していました。
一昨日水道水のカルシウムについて記事を書いた折に先生の記事をトラックバックさせていただきました。まだブログを始めて一年で良くわからず、失礼があればお許し下さい。
難しい事をわかり易く教えていただけるので、これからも拝見したいと思っています。よろしくお願いします。
by ジャジャ馬 (2014-04-15 10:57) 

モカ

石原先生こんにちは。

私もこの「基準値の決め方」には疑問を持ち、先週金曜日にブログに書きました。

単年の結果を使って、超健康人=基準値というのは予防医学的に言ってどうなのでしょうか。
腑に落ちません。

「健康診断の基準値はどこまであてになるの?そもそも決め方は?」
http://mocamoca.com/harablog/archives/2014/04/post_3141.html
by モカ (2014-04-15 12:19) 

コンタン

人間ドック学会からも、説明がでているようです。
http://gohoo.org/alerts/140415/
by コンタン (2014-04-15 17:30) 

fujiki

ジャジャ馬さんへ
お読み頂きありがとうございます。
引用して頂いて構いません。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2014-04-15 21:39) 

fujiki

モカさんへ
ご指摘の通りで、
単年の基準値に意味があるかのような発表が、
一番の誤りだと思います。
by fujiki (2014-04-15 21:40) 

fujiki

コンタンさんへ
情報ありがとうございます。
当該の文書は僕も読みましたが、
報道内容はほぼ一致していて、
こうした内容を報道してほしい、
というような意図が学会側に当初あったことは、
僕は間違いのないように思います。
そもそも中間報告の叩き台に過ぎない数値を、
わざわざ報道機関に先行して発表した、
ということ自体が、
不見識極まりないように個人的には思います。
by fujiki (2014-04-15 21:43) 

モカ

石原先生

ご返事ありがとうございます。
間違っていなくてよかったです。
改めて基準値の意味を考え直してしまいました。
by モカ (2014-04-16 12:35) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0