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トラネキサム酸の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はトラネキサム酸の話です。

トラネキサム酸(tranexamic acid )は、
必須アミノ酸のリシンが、
生合成される時の誘導体を元に、
人工合成された化合物です。

1960年代に当時の第一製薬が開発販売し、
現在でも第一三共製薬が、
先発品として商品名「トランサミン」で販売。
先発品自体安価な薬ですが、
ご他聞に洩れず、
小判鮫商法のジェネリックが多く発売されています。

開発者は後に神戸大学の医学部長などを勤めた、
岡本先生で故人です。
主にこの業績により、
ノーベル賞の推薦を受けたこともあります。

僕はお風邪の症状の方には、
好んで処方していますが、
ほぼ100%薬局でジェネリックに変更されます。
でも先発品の1日薬価60円は、
薬効を考えれば不当に高額とは思えません。
日本開発の医薬品で、
岡本先生をリスペクトする思いから、
こうした薬剤は、
元々安価なのですから、
開発した会社に敬意を表し、
先発品を出して欲しいな、
とは思いますが、
その僕の思いは届くことはありません。

ジェネリックは神なのですから、
仕方のないことなのかも知れません。
まっとうな神を持たない民族は、
本当に不幸なことだと思います。

さて、このトラネキサム酸は、
そもそも止血剤として開発されました。

この合成アミノ酸の一種は、
プラスミノーゲンという蛋白分解酵素にくっつき、
その作用を妨害します。
このプラスミノーゲンは、
線溶と言って、
一旦凝固した血液を、
溶かすメカニズムに大きな働きをしているので、
それが妨害されると、
一度出来た血栓が溶け難くなり、
それだけ止血がし易くなる仕組みです。

血管に傷が出来れば、
血が部分的に固まって、
血栓を作り、その傷を塞ぎます。
しかし、どんどん血が固まり続ければ、
血管は詰まってしまいますから、
凝固と共に、
その血栓を溶かすような働き、
すなわち線溶が、
同時に起こっているのです。

人間の身体はこのように、
常に相反する働きを同時に持っています。

ただ、身体が色々な要因で出血に傾くと、
一時的には凝固を強めて線溶を弱めた方が、
身体の回復には望ましい、という状況が生じます。

それは大怪我をした時や、
外科手術の時、また鼻血や生理の出血が、
止まり難い時などです。

こうした状況では、
一時的にプラスミノーゲンの働きを弱め、
線溶を抑える薬の有効性が高まります。

その時に効果のあるのが、
このトラネキサム酸です。

同様のメカニズムの注射薬はありますが、
飲み薬は他にあまり例がありません。

トラネキサム酸は安価で、
飲み薬でも注射薬としても使えます。
この使用のし易さと効果の高さが、
この薬が50年以上に渡り世界中で使用されている理由です。

アメリカのFDAはトラネキサム酸を、
2009年に重い生理出血の治療薬として推奨しました。

昨年の英国の医学誌「Lancet」には、
外傷後で救急の患者さんに、
急性期にトラネキサム酸を使用すると、
死亡のリスクが有意に低下する、
という論文が掲載されました。
2万人以上をトラネキサム酸使用群と、
偽薬に割り付けた、
非常に大規模な研究です。
危惧された血栓症の増加は認められず、
安全性も確認された形です。

この研究の取りまとめに当たった英国人の医師は、
岡本先生の妻に報告に訪れたと、
神戸新聞には記事が載りました。

このようにトラネキサム酸の効果は、
世界的にも確認がされています。

一方で日本では海外とは別の用途に、
このトラネキサム酸は使用されています。

一番多い用途はおそらく風邪や扁桃炎による、
咽喉の炎症で、口内炎などにも頻用されます。

これはトラネキサム酸に抗炎症作用があるからで、
それに加えて抗アレルギー作用や、
抗ウイルス作用がある、
と報告する研究者もいます。
ただ、それは概ね動物実験などのデータで、
それも日本国内に留まるものが殆どです。

一方肝斑という、
女性の顔の頬の色素沈着の一種に、
トラネキサム酸が効果がある、
という報告が、
1970年代の後半から日本であり、
2007年に第一三共製薬は、
主成分をトラネキサム酸とする内服薬を、
OTC医薬品として販売を開始しました。
これが「トランシーノ」で、
大々的にテレビでもCMが打たれ、
ヒット商品になりました。

このOTCには肝斑の治療薬としての適応があるのですが、
元の医療薬のトランサミンにはその適応はありません。

つまり、OTCのみに新たな適応が認められた訳で、
先発品を新薬としてOTCで再生する試みの成功例として、
注目を集めました。

最近では肝斑ばかりではなく、
美白を目的に美容サロンや皮膚科などで、
トラネキサム酸が長期に渡り処方されているケースも、
多くあると思います。

一応の説明としては、
プラスミンが色素細胞を活性化させて、
肝斑を作るので、
トラネキサム酸がプラスミンの阻害を介して、
メラニンの産生を抑制するのだ、
とされています。

ただ、今回調べた範囲では、
これを証明したような、
あまりまっとうな論文には、
行き当たりませんでした。
少なくとも国外でも認められているような、
効果では無いと思いますが、
もし、そんなことないよ、
きちんとまっとうな雑誌に、
論文も出ているんだよ、
ということを御存知の方がいれば、
教えて頂きたいと思います。

勿論第一三共の製品の効果は、
肝斑という特殊なしみに限ったもので、
トラネキサム酸に美肌効果がある、
ということではありません。

しかし、いつの間にかそうした雰囲気が醸成され、
美白目的で長期間この薬剤を飲まれている方も、
実際には結構いらっしゃると思います。

診療所に見える患者さんの中にも、
ビタミンCとセットで、
何年にも渡り、
皮膚科で処方を受けている方が複数いらっしゃいます。

しかし、この薬はビタミンCとは違い、
あくまで合成産物です。
その薬効は線溶の阻害です。

「トランシーノ」の解説の文書を読むと、
原則55歳以下の女性に限り、
2ヶ月を超える使用は行なわない、
という注意事項が書かれています。

線溶を長く抑えていれば、
血栓が出来易くなるのではないか、
という危惧が当然生じます。
特に問題になるのは静脈の血栓症でしょう。
ただ、現時点で比較的長期の使用が行なわれても、
そのことにより血栓症が増加した、
というような報告は、
少なくとも凝固系のご病気のない方に限って言えば、
国内外を問わず存在しないと思います。

つまり、比較的安全性は高い、
と考えられます。

ただ、この薬は矢張り長期間使用するべきものでない、
と僕は思います。

正常な凝固の状態にある方が、
線溶を抑えるような治療を、
長期間行なうことのメリットは、
考え難いからです。

それが本当に美白に通じるなら、
その美白は病的な要素を含むものです。

僕の提案は製薬会社の文書通り、
凝固系の異常をお持ちの方を除けば、
如何なる用途の使用であれ、
原則使用期間は2ヶ月以内に留めることです。
そしてトラネキサム酸は、
線溶を効果的に抑制する薬として、
非常に強力な効果のある薬剤なので、
そのことを常に頭に置き、
本来の止血目的以外の使用は、
日本でのみ広まったやや特殊なものなのだ、
と言う点も、
よく理解しておく必要があると思います。

今日はトラネキサム酸の総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 5

midori

この、年取ると目の下とか頬骨の辺りが
赤っぽいっていうか黒ずんでくるっていうか
これって肝斑っていうんだあ、肝斑って消えるんだあ、
とみんなが騒いでいたのは、
トラネキサム酸で薄くなるということだったのですね。
(CMを見ても何がどう効くのかあまり意識できませんでした)
トラネキサム酸といえば、私のイメージでは「歯磨き粉」だったしなあ。
なるほど勉強になりました。
by midori (2011-03-31 10:33) 

fujiki

midori さんへ
さっそくお読み頂き、
ありがとうございます。
いいでしょ。(自画自賛です)
by fujiki (2011-03-31 21:36) 

pika

とても参考になりました。処方されて、初めて手に取る薬でしたので不安でしたが、服用してみます。
by pika (2012-04-17 09:01) 

fujiki

pikaさんへ
コメントありがとうございます。
少しでもご参考になる点があれば幸いです。
by fujiki (2012-04-18 08:22) 

NM

初めまして。トラネキサム酸を検索してたどり着きました。
娘が喉が腫れやすい体質で、様々な薬を使っていました。
疲れがたまると喉に違和感が出て、のどぬーるスプレーやトローチを舐めても良くならないことが時々起きました。

昨年私がドラッグストアでペラックを見つけて買ってきて娘に試させたところ、違和感がなくなった、すごく効くと驚き、同様の症状が出た時はペラックを早めに服用してきました。

今月初めに新聞記事で「HAE遺伝性血管性浮腫」を知り、サイトを読んで、私にも娘にも当てはまる突然唇や手足が腫れる症状の原因がわかりました。娘は10歳、13歳の時に咽頭が腫れて救急受診しています。既に抗生物質やステロイドを服用していたので、医師が使用されたのはトラネキサム酸だったのではないかと推測しています。疲れがたまるとひどい腹痛と下痢が続き、胃腸薬を飲んでも効果がなく3日ほど苦しむのも腸内に発生した浮腫が原因と考えると納得できます。せっかく就職したのに疲れては下痢で休むことが続き、休職から退職に至ってしまいました。

サイトではトラネキサム酸に浮腫を抑える効果があると書かれていました。偶然使ったペラックが娘を助けてくれましたが、近いうちに京大病院でHAEであるかどうか診察してもらう予定です。
by NM (2017-06-24 07:18) 

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