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「告白」についての補足(ネタばれ注意) [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

「告白」というベストセラー小説とその映画化について、
これまでに何度か記事にしました。
こちらです。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2009-04-23
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2010-06-18

「告白」ネタはもう止めようと思うのですが、
最後に1つだけ追加したいことがあるので、
今日はその話をします。

「告白」という長編小説の第一章は、
独立した「聖職者」という題名の短編として、
新人賞を取り、
ある月刊誌の2007年8月号に掲載されました。
今回その掲載された雑誌を取り寄せて、
読んでみましたが、
ほぼ一語一句、現在の長編小説のさわりの部分と同じでした。

以下、小説のネタばれがありますので、
注意の上お読み下さい。

この長編小説の前半には、
女教師が自分の娘を殺された復讐として、
HIVに感染している自分のパートナーの血液を、
中学生の犯人が飲んだ牛乳に混入して、
それが犯人への復讐である、
という異常な設定が存在します。
僕はこの設定は多くの面で問題があり、
実際に多くの偏見や無理解のある、
特定の現実の病気の名前を、
こうした文脈で使うべきではない、
という立場ですが、
この小説やその映画化を、
擁護される方のご意見として、
確かに最初の部分でのHIVの扱いは酷いけれど、
それは「悪人」である中学生を、
女教師が脅すために吐いた嘘であって、
それが最後には分かるような設定になっているのだから、
問題はないではないか、
というものでした。
(長編化された小説版のラストは、
パートナーがこっそり血の入った牛乳を、
そうでないものに取り替えた、
というオチになっていて、
映画版は血液を取ろうとした時に、
パートナーが抵抗して結局実際に血液は入れられなかった、
という改変がされています)

この小説が最初から長編として構想されたものであったのなら、
そのご意見にもある程度納得が行くものがあります。

しかし、実際はそうではありません。
この作品は最初は短編として構想されたものであり、
短編のラストは、
女教師が、お前らのたった今飲んだ牛乳に、
HIVの血を混ぜたぞ、
という復讐の表明なのです。
その時点ではここまでで独立した作品です。
つまり、最初にこの小説の原型が発表され、
評価された時点では、
このアイデアがこの小説のオチなのであり、
それが嘘だった、などという展開はないのです。

この設定について、
この作品を受賞作に決定した、
3人の選考委員の作家は、
どのような発言をしているでしょうか?

以下、同雑誌に掲載された、
選評の座談会より引用します。

作家のお名前は仮名でA、B、C、とさせて頂きます。

A「犯人に対する罰の与え方が丁度いい重さですよね。要は、薬さえ飲めば死なないで済むけれど、一生病気を背負っていかなければならないという…」
B「直接復讐されるよりも怖いですよね、この方法は。いっそのことひと思いにやってくれ!って私だったら思いますもん」
C「この陰湿さはいいですよね」

この設定について、選考委員の触れている件はこれだけです。

A氏もB氏も、
この牛乳に血を混ぜるという手法を、
全く何の疑いもなく、
「面白い復讐法」として受け入れていることが分かります。
その実現可能性にも、
どうやら何の疑いも抱いてはいないようです。

特にA氏はHIVの何たるかを、
全く理解はされていません。
彼にとってのHIV感染症というのは、
一生治ることはない病だが、
薬さえ飲めば死なない、という病気であるようです。
現実には多くの患者さんが、
治療が奏効せずに亡くなっているのであり、
またその一方で治療の進歩により、
治療の継続は必要ではあっても、
ほぼ完治の状態に至った方も、
多く存在するのです。

この3人の作家の皆さんは、
いずれもHIVという現実の病気を、
このように復讐の道具として使う、
という考え方の問題点に、
全く配慮はしていない、ということが、
この座談会の文面を読むだけで分かります。

C氏にいたっては、
陰湿だから面白い、と言う意見です。
そこには、陰湿な設定に現実の病気を無理解に使用する、
ということがどういうことであるか、
という点に対する、想像力が基本的に欠けていると思います。

また、陰湿と発想する根底にあるものは何でしょうか?
HIV感染症が忌まわしいものだ、という意識です。
その根拠のない考えが、
この3人の高名な作家に共有されている、
ということに僕は深刻な問題を感じます。

この作品はこうして世に出、
それから後半部分が書き足されて、
長編の体裁になり単行本化されました。

その経過の中で、
誰1人として、
この作品のHIVの扱いに対して、
疑義を呈した人はいません。

これはちょっと異常なことではないでしょうか?

目くじらを立てるほどのことではない、
と言われる方もいるかも知れません。

しかし、こうした無関心がHIVに対する無理解を、
容認し助長するのだと僕は思います。

この作品は「最後の授業」のパロディとして構想されたと共に、
アイリッシュの名作「晩餐後の物語」を、
下敷きにしていると思います。
これは復讐物の大傑作で、
テレビや他のミステリー、漫画などに、
何度と無く借用されています。
原作を読まれたことの無い皆さんも、
お読みになれば、
ああこの話は何処かで聞いたことがある、
と思われるでしょう。
「晩餐後の物語」は名作ですが、
「告白」はそうではないと僕は思います。
その意味合いを、
どうか1人でも多くの方に分かって頂きたいと思うのです。

こうした設定の作品で、
実際の病気の実名、
特に現時点で治療法はあっても、
難治性の病気であることには間違いがなく、
その病気であるだけで、
現に看護師を解雇されたりという差別が存在し、
特殊な性交渉との関連が指摘された歴史から、
多くの一般の方の意識下に、
「忌まわしいもの」という意識が醸成されているような、
そうした病気の実名を出すことはまずいのです。

作品の構造は活かしながら、
病気の性質を架空のものに変更することは、
幾らでも可能だからです。
この作品に関わった多くの人達に、
その意識が欠如している、
と言う点を僕は問題だと思うのです。

吸血鬼やゾンビのような設定が存在するのは何故でしょうか?

他にも色々と理由はありますが、
これは感染性の病気の1つの暗喩であることは、
間違いがありません。
何故こうした物語を創造するかと言えば、
そこには直接的に感染性の病気のことを、
扱う行為はフィクションとしてはまずい、
という意識が働くからだと思います。

小説というのは決して何を書いても良い、
というものではないと思います。
現代の日本で決して書けないテーマなど幾らでもあり、
どんなに面白くても読者の興味を惹いても、
書けないタブーは無数に存在するのです。
僕は表現の自由と称するものが、
真の意味で自由であり、
どんなことでも原則としては書いても良い、
というコンセンサスが存在するなら、
別にこうしたHIVという現実の病気の方の血液を、
忌まわしい凶器として使用する、
という設定が容認されても良いと思います。
しかし、現実はそうではなく、
下らないタブーは幾らでも存在するのです。
そうしたタブーを描いた小説は、
決して選考に残ったりはせず、
間違っても出版などされません。
そうした世の中であるなら、
こうした病気に対する無理解があからさまに示されたような、
この小説の設定こそ問題視されるべきだと思います。

つまり、メディアには検閲があり、
それに残ったものが適正なものとして皆さんの目に曝されるのです。

であるなら、その検閲の正当性については、
もっと検証がされるべきであり、
その基準がおかしなものであれば、
それは正されるべきです。
出版されたり映画になっても誰も問題にしないのだから、
それは問題ではない筈だ、
というのはおかしいのです。

文化人と称される人の間でも、
HIV感染症という病気に関しては、
ここまでの無理解と無知があるという事実を、
僕はもう少し真剣に考えるべきなのではないかと思うのです。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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スメタナ

医者の立場での映画「告白」に対するHIVの考え方・怒りはよく理解できます。
しかし、そもそも全国書店員が選んだいちばん売りたい本 が「本屋大賞」であるのですから、大衆にうける本とはそういうものなのではないでしょうか。
わたしにとっては、視聴率が高いが親が子供に見せたくないテレビ番組と同じ感覚です。
映画「告白」を機にHIVの正しい理解が大衆に少しでも普及するのならはそれでいいのではないでしょうか。
HIV感染症以外にも、
あきからかに障がい者(自閉症)をモデルにした
映画「Mr.ビーン」、海外ドラマ「モンク」、天才バカボンの「レレレのおじさん」などはどうなるのでしょうか。
その番組をみて心を痛める当人やその親御さんがかなりいることを忘れてほしくないです。
彼らは医学的に厳密にはアスペルガー等ではないからいいのでしょうか・・
表現の自由化なのか、メディアの検閲強化なのか 難しいところだと思います。
by スメタナ (2010-07-05 10:25) 

A・ラファエル

どのような種類の病気に対しても
正しい理解と認知は必要と感じます。
by A・ラファエル (2010-07-05 11:01) 

fujiki

スメタナさんへ
コメントありがとうございます。

僕はこの小説の設定は矢張り許せないのですが、
スメタナさんの言われることも良く分かります。
発達障碍については、
ちょっと微妙な問題で僕にはコメントは出来ません。
by fujiki (2010-07-05 16:47) 

fujiki

Liz さんへ
コメントありがとうございます。

利便性の裏には常に落とし穴があるのかも知れません。
僕ももっと不便になり情報など流通しない方が、
犯罪は減るし世の中は平和になると思います。
by fujiki (2010-07-05 16:50) 

fujiki

A・ラファエルさんへ
コメントありがとうございます。
考えを正しく言葉にするのは難しいな、
と痛感します。
江ノ島は以前の僕のホームグラウンドなので、
画像を見てまた行きたい気持ちになりました。
by fujiki (2010-07-05 16:54) 

ずきん」

昨日映画をみてきました。
先生のおっしゃるとおりHIVに関してひどい描かれ方だと思います。
でも一般には、HIVと聞くとあんなリアクションをするのが現実
のように思われます。
私もあまり」HIVについては知りませんが,昨日のETV特集
「HIVと生きる」と1ヶ月くらい前の「ハートをつなごう」の番組は
みました。
私を含め一般にHIVに関する正しい知識や情報が得られるよう、
先生もわかりやすい記事を書いてください。
by ずきん」 (2010-07-05 17:45) 

fujiki

ずきんさんへ
コメントありがとうございます。

何か逆に宣伝になるような気もするので、
この話はもうこれで終わりにしたいと思います。
HIVについては僕ももっと勉強して、
少しまとまった形で記事に出来ればと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-07-05 17:52) 

yuuri37

<ご相談>
今朝、内科部長の診察を受け、仕事に復帰の運びとなりましたが、クラリス錠200mg朝晩1錠ずつ7日間の服用を指示されました。下痢になるからと抵抗したのですが、じゃあビオフェルミンR錠1日3回飲みなさい。ということで後は聞く耳持たずのオーラが出ていたので・・・
念のためは分かるのですが、飲みたくないよ~。
飲まなかったらまずいと思いますか?
by yuuri37 (2010-07-05 18:42) 

fujiki

yuuri37 さんへ
ジスロは飲んでいるのですから、
必須ではないのですが、
僕も7日くらい押さえで処方することの方が、
外来では多いと思います。
実際には、理屈から言えばそれほど必要性は高くないのです。
ただ、お仕事先の環境を考えれば、
僕も念のためでお勧めはすると思います。
by fujiki (2010-07-05 19:21) 

yuuri37

お答えくださり、ありがとうございます。
がんばって飲みます。
因果な商売だなあ・・・クション><
by yuuri37 (2010-07-05 19:33) 

みぃ

丁寧なコメレス有り難うございました。
一応、血液検査では異常が無かったので、もう少し様子を見て見ようと思います。
by みぃ (2010-07-05 21:10) 

midori

先生のデセイ様を,ひと目観てやろうとBS2の再放送を楽しみにしていたのですが...
ふだんテレビを点けないもので,すっかり忘れていました.悔しい.
by midori (2010-07-06 10:22) 

fujiki

midori さんへ
かっかりだと僕もがっかりなので、
それでいいです。
最盛期のテレビ放映だけされた画像が結構あって、
you tube くらいで部分的にしか見れないので、
それが欲しいなあ、とは思います。
彼女は多分自分の気に入らない画像は、
ソフト化を許さないのだと思います。
by fujiki (2010-07-06 10:50) 

ねこきち

いきなり申し訳ありません。
ただ、「告白」への評価の異様な高さが恐ろしく思え、それに少しでも気づいている人がいるのだろうかと思い検索したところ、ここにたどり着きました。
HIVの扱い、「少年犯罪の元凶=母親」という短絡的な設定、女教師が自分も殺人者になっていることを、復讐の名の下に正当化して責任転嫁している点・・・・・・。
作者は病気や少年心理や母親に対する差別を助長したいのだろうか。ワイドショーでステレオタイプ化された少年犯罪の断片を集めただけ、偏った思い込みをもっともらしく見せているだけじゃないか、私にはそのようにしか思えません。
これがウケたことで、差別がインプットされてしまわないよう祈るばかりです。
by ねこきち (2010-07-10 15:54) 

fujiki

ねこきちさんへ
コメントありがとうございます。

僕も全く同感で、
原作は基本的に薄っぺらで内容に深みのない、
ワイドショーの情報をそのまま鵜呑みにして咀嚼した、
というタイプの作品だと思います。
意図的なものではなく、
無自覚な点がより問題だという気がします。
by fujiki (2010-07-11 10:48) 

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