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人を裏切る、ということ [フィクション]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

今日の内容はフィクションとしてお読み下さい。

大学時代に僕はある女性を2回裏切ったことがあります。

彼女は大学の演劇部で、
僕より後輩の女性でした。

入って来た時の印象は、
それほど強いものではありませんでした。
同期にもう2人女性がいて、
そのうちの1人は、
「あっ、いい娘が入ってきたじゃん」
と皆で話すようなタイプの女性で、
もう1人はちょっと個性的な容姿の女性でした。

まあ、よくあることですね。

つまり、その2人に挟まれて、
彼女は一番目立たないポジションにありました。

入学は4月で、それから練習が始まり、
7月の初めに夏の公演があります。

皆の注目を集めていた新人の少女が、
夏公演の主役に抜擢され、
残りの2人の新人の少女は、
その他大勢の役柄になりました。
演技はまあ、3人とも素人でしたから、
結局その容姿だけで、
配役は決まったのです。

演出家は男性で僕の先輩でした。
傍から見ていても、主役の演技指導だけには、
妙に力が入っていて、
何度も何度も同じ場面を繰りかえさせ、
「声がちいせえんだよ」
とがなるように駄目出しをします。

今でも印象に残っているのは、
ある土曜日の午後の練習で、
主役の少女と相手役の男性との2人だけの場面を、
執拗に繰り返し、その何度目かの時に、
それまでとはちょっと違う何かが、
少女の身体に宿ったように、
その瞳が見違えるような輝きを帯び、
相手役を呼ぶその声が、
それまでの倍くらいの声量で、
かつ情感豊かに響いた時には、
女優誕生の瞬間を目の当たりにしたようで、
ちょっと戦慄的な気分になりました。

その時点でどうも、
その主役の少女と演出家とが、
個人的にも付き合っていることは、
僕達の共通認識にはなっていました。
アマプロを問わず、女優誕生というのは、
そういう愛情という装置を必要とするもののようです。

ややこしいので、
その主役に抜擢された少女をAさん、
その友達の目立たない少女をBさんとしましょう。

公演直前のある日、
僕はたまたまAさんとBさんとが、
一緒に歩いているところに出会い、
それで何となく近所の喫茶店に入りました。
大学の教養部の正門前の2階にある、
うどんのようなフニャフニャの、
それでいて量の異常に多い、
ナポリタンを出す店です。
1階が何の店であったのかは、
どうも思い出すことが出来ません。
確か途中からコンビニになったような記憶があるのですが、
その時には同時に喫茶店もなくなったような気がします。

ともかく、その時には喫茶店があったことは間違いがありません。

その喫茶店の取り得は、
窓際の席に座ると、
正門前の風景を、
一望の下に眺められるということと、
長居をしていても文句を言われないことです。
まあ、大学の近所で、長居の出来ないような店は、
その存在自体の意義を失うのですが…

僕達は窓際の席に陣取りました。

それから何となく芝居の話をしました。
公演間近で音効担当のBさんは、
持って来る曲が悉く演出家にボツにされる、
とこぼしていました。
その時、音効のオペレイターをしていた僕の先輩のGさんが、
校門を通りかかり、
目聡く僕達のことを見付けて、
店に入って来ました。
BさんはGさんと楽しげに音効の話を始め、
その様子を見ていて、
何となくここにも恋花が咲きつつあるのを、
僕はリアルに感じました。

僕はその時、AさんよりBさんの方に、
より魅力を感じました。
彼女は非常に貪欲で、
自分の分はわきまえながら、
集団を自分から引っ張るようなタイプの女性でした。
実行力があり、人間関係を広げるのも得意です。
1例を挙げれば、戯曲に指定された音効の中で、
レコードがその時点では廃盤になっていたものがありました。
すると彼女は、地方のラジオ局に乗り込み、
そこに収蔵されていたレコードをダビングして来ました。
何故簡単にそんなことが出来たかと言うと、
彼女の学部の先生の中に、
マスコミに繋がりのある人物がいて、
その人物に仲介を依頼したのです。

そんな訳で、
彼女は劇団の中では重宝がられて、
その独自の地位をすぐに確立しました。

公演がそのまま無事に終わって、
Aさんは演出家と付き合うようになり、
Bさんはその音効オペレイターと付き合うようになりました。

その年の秋の学園祭の時に、
劇団員でカラオケに繰り出す機会がありました。
その時僕はたまたまBさんと隣合わせになり、
「最近調子はどう?」
と僕が愚にも付かないことを言うと、
妙に真剣な表情になって、
「石原さん。男ってみんな女を支配しようとするんですか?」
とそんなことを言って、レモンサワーを煽ります。
「うまくいってないの?」
と僕が聞くと、
「違うんです。そうじゃないんだけれど」
と言って、口を濁しました。
それから不意に話題を変え、
「わたし最近文通に凝ってるんです。
話をするより言葉の方が信じられる気がして」
と言いました。
何故そんなことを言ったのか、
今になっては分からないのですが、
僕はその時、
「僕と文通しようか?」
とそう言いました。
「いいですよ」
と彼女は即答です。

その1週間後に、まず僕が手紙を出しました。
便箋2枚に、身の回りのことを書いて送りました。

その5日後に返事が来て、
如何にも彼女らしい端正な筆致で、
自分の家族のことや出身の四国の風景のことなどが、
綴られていました。

その遣り取りは10回ほどは続き、
そして唐突に終わりました。

僕が出した手紙に、彼女が返事を返さなかったのです。

僕は彼女のことが好きに成り掛けていたので、
そうしたニュアンスを、
少し踏み込んだ表現で、
手紙に記したのです。

しかし、それは彼女の本意ではなかったようです。
ある種の距離感が崩れたような感じになって、
それから僕達はその文通以前の関係に戻りました。

その数年後に、彼女が演出をして、
劇団の公演を打つことになりました。
その時には僕は半分劇団からは引退していたのですが、
彼女に協力したいと思い、
その旨を彼女に告げました。
すると彼女は、
「音効のオペレイターがまだ決まっていないので、
石原さんがやってくれれば嬉しい」
と言いました。

僕は2つ返事で引き受けました。

そして、すぐに不安になりました。

風の噂では、GさんとBさんとは別れていて、
もうGさんには別の彼女がいる、という話でした。
でも、Gさんはまだ音効のオペレイターはやっているのです。

それでいて僕にその役割を頼むというのは、
何かあまり穏当ではないような気がします。
Gさんとの関係を悪くすることは、
僕にとってはちょっと深刻な問題でした。

それで、数日後の日曜日の午前中に、
僕はBさんのアパートに電話しました。

Bさんは非常に明るい調子で、
音効のことも相談したいと思っていたところだったので、
電話をもらえて嬉しい、と言いました。
その言葉を聞いた瞬間に、
胸に針が刺さったような気持ちになりましたが、
僕はちょっと忙しいので、
音効の仕事は出来そうにない、と言いました。
しばらく針を呑んだような沈黙があって、
受話器の向こうから、
「そうですか。じゃしょうがないですね」
という声がしました。
僕がいい訳めいた何かを言い掛けたところで、
通話は向こうからプツリと切れました。

僕は居たたまれない気分になり、
そのまま外に出ると、
その日は終日松本中の映画館を廻って、
ぶっつけで6本の映画を見ました。

映画は「スケバン刑事」と「スケバン刑事2」と「ロボコップ」と
「ラストエンペラー」と「天山回廊」と「パラダイム」という、
支離滅裂な組み合わせです。
そんな映画しかやっていなかったのですが、
何か正義と悪とが対決する、
というような場面を見せられると、
僕自身が悪なのだな、
という気分が重く圧し掛かって、
酷く辛い気分になったのを覚えています。

実は昔の日記を読み返していたら、
「悪いことをしてしまい、反省して映画を見まくる」
というように書かれていて、
その「悪いこと」の内容は全く書かれていませんでした。

読み返していても、
すぐにはその悪いことが思い出せず、
ようやく思い出して今こうして活字にしています。

「裏切り」ということを、
何となく考えざるを得ない状況が今あって、
その連想から記憶を手繰りました。

「裏切り」というのは端的に言えば、
何かから逃げることで、
向かい合うものから逃げることが最大の悪なのだと、
僕は最近はそう思って生きているつもりですが、
それでも多くのものを裏切り、
生活を続けているのかも知れません。

BさんはGさん以外の方と結婚し、
お子さんも生まれています。
僕は今も年賀状の遣り取りは続けています。
その当時の殆どの方とは、
今はもう関係は切れていますが、
彼女の根っからの律儀さが、
僕の年賀状への返事を書かせているのかも知れません。
年賀状の文面からは、
彼女の家庭の幸せがはっきりと感じられて、
Bさんのような方が幸せになるのであれば、
矢張り神様はいて、
世の中の秩序を、
根底のところでは支えていてくれているのだな、
というような思いにもなるのです。

それでは皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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コメント 11

はっこう

nice!、ありがとうございました。
by はっこう (2010-06-20 17:12) 

みぃ

こんばんは。
石原先生も過去の事を、フィクションの中で、思い出される事が、御有りなのですね。^0^  

by みぃ (2010-06-20 19:32) 

ずきん

  こんばんは。

  
  いつも楽しみに読んでいます。


  青春時代の胸キュンなお話は、読んでいて楽しいですが、


  奥様は、やきもちを焼きませんか?


  毎回心配しています。
by ずきん (2010-06-20 20:08) 

fujiki

はっこうさんへ
こちらこそいつも楽しい記事をありがとうございます。
by fujiki (2010-06-20 22:17) 

fujiki

みぃさんへ
コメントありがとうございます。

忘却の意味合いは、
どうも複雑に感じます。
どうせいつかは、
忘れたくなくても全て忘れてしまうのでしょうが…
by fujiki (2010-06-20 22:19) 

fujiki

ずきんさんへ
コメントありがとうございます。

結構怒られます。
以前鰻屋の話を書いたら、
これからその店に乗り込む、と言われました。
by fujiki (2010-06-20 22:21) 

yuuri37

私は、父が妻(先妻)を裏切った事によって生まれてきた人間です。
「人を裏切るということ」は、やはり罪なのでしょうかね!?
だとしたら、私は今罪を犯しています。
でも、し・あ・わ・せ だよ~~んv^^v

「悪いことをしてしまい、反省して映画を見まくる」
可愛いです。こんな人がいたら好きになってしまうなあw^^
信州大で思い出した。松本の郊外(19号線沿い)に大好きな「とんかつ」のお店があるんですよ。食べたくなっちゃった。

by yuuri37 (2010-06-20 22:36) 

fujiki

yuuri37 さんへ
19号線沿いのとんかつ?
何処だろう?
僕はあまり食べ物に向こうで良い思い出はありませんでした。
by fujiki (2010-06-20 22:41) 

yuuri37

「かつ玄」です。松本市島内・・・川沿いです。古い民家を改装したお店です。
by yuuri37 (2010-06-20 23:20) 

yuuri37

本店は、お城の方にあったはずです。
父の友人が信州大にいて、遊びに行くと連れって行ってくれたんですよ。いつも、かつでした(笑)
by yuuri37 (2010-06-20 23:28) 

fujiki

yuuri37 さんへ
なるほど。
言われて初めてその名前は思い出しました。
本店には結構行きました。
by fujiki (2010-06-21 06:20) 

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