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ミラーニューロンと洗脳のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は第2土曜日で心療内科の専門外来の日です。
朝からカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

ミラーニューロン(mirror neuron )は、
最近の脳科学の大きなトピックの1つです。

1996年、ある種の猿を使った実験によって、
非常に興味深い事実が明らかになりました。

猿の脳の前頭葉のF5と呼ばれる領域の神経細胞は、
猿が手で物を食べる、という動きの中枢、
と考えられていました。
要するに、猿が片手で食べ物を掴み、口に運ぶと、
その部分の神経細胞が活性化されるのです。

神経には運動神経と感覚神経がありますね。
猿が食べ物を見ますよね。
すると、見た情報が視神経を介して、
大脳に運ばれます。
これが感覚神経の役割。
すると、ここはブラックボックスになるのですが、
猿の大脳にこれを食べよう、
という「意思」が生まれます。
それが、何だか分からない謎の回路を通って、
その前頭葉のF5という部分の神経細胞を興奮させるのです。
ここからが運動神経の役割です。
興奮させられた神経細胞は、
次々と伝達され、
結局は猿の手の筋肉を動かして、
食べ物を掴み取るのです。

さて、猿の前である人間が、
食べ物を手に取りました。
すると、それを見ていた猿のF5の領域の神経細胞が、
猿自身が物を取る時と、
同じように興奮するのが観察されたのです。
実際にはその興奮は猿が自分で物を取る時に比べれば、
弱いものではありました。

猿自身はその時、別に手を動かしてはいません。
物を食べてもいません。
ただ、物を食べる人間を、
傍で見ていただけです。
そして、その時の猿の手の筋肉を観察すると、
微妙な興奮が観察されたのです。

これは一体どういうことでしょうか?

ある動作をする時に興奮する脳の部分は、
その動作を見る時にも同じように興奮するのです。
これは勿論同じ神経細胞ではありません。
同じ場所の神経細胞には、
ある動作を実際に起こす細胞と、
それを真似る細胞とが存在しているのです。
これは自動的に起こる変化です。
何の気なしに目に留まった動作は、
常に脳の中で「真似され」、
実際の動きにはならないものの、
その寸前の状態まで再現されるのです。
しかも、その動作の質によって、
その興奮の仕方は異なります。
ボールを掴む動作より、
食べ物を掴む動作で、
よりその神経の興奮の仕方は強くなります。
要するに、欲望が脳の中で、
他の人間の動作を真似ることによって、
自らの欲望をシミュレーションする訳です。

この、実際に動作を起こすのではなく、
動作を真似る神経系のことが、
「ミラーニューロン」と名付けられたのです。
その名の通り、鏡の如く、動きを映し出す神経系です。

さて、最初に猿でミラーニューロンの見付かったF5という領域は、
人間では「ブローカ中枢」と言われる部分に当たっています。
「ブローカ中枢」は言語中枢の1つです。
この部分が障害されると、
「ブローカ失語」という失語症になります。
言葉は理解は出来るのに、
スムースに発することが出来なくなるのです。
右利きの場合、左のブローカ中枢の障害で、
失語症になるのが典型的で、
左利きの場合はもう少し複雑です。

機能性MRIなどの検査を用いた研究から、
人間にもこの「ミラーニューロン」のあることが、
ほぼ確実視されています。
その位置は何箇所かありますが、
矢張り中心は「ブローカ領域」です。

ここから、1つの仮説が成り立ちます。
ミラーニューロンが動作を真似ることの蓄積が、
人間の言葉の誕生に繋がったのではないか、
という推測です。

ミラーニューロンは常に他人を真似ているのです。
他人が口を開ければ、
脳の中のミラーニューロンが、
その口を開けるという動作を、
脳の中で反復します。
それが声の形を取れば、
もう言葉の発生までは僅かな道のりです。

赤ちゃんは生後1ヶ月以内の時期でさえ、
お母さんの動作を真似ると言われています。
この真似る動作の元になっているのは、
勿論「ミラーニューロン」です。

コミュニケーションとは何でしょうか?
その基本は「模倣」です。
笑顔に対して、笑顔を返すことが、
その原初的な形です。
その昔、道具を使い言葉を操るのが人間の本質だ、
と言われましたが、
最近では「真似る」ことこそ人間の本質だ、
という意見の方が主流です。
人間の社会性や協調性というのは、
ミラーニューロンの発達によってもたらされたもの、
という考え方が出来るのです。

僕は男なので、ちょっと卑近なたとえをお許し下さい。

たとえば、魅力的な女の子が前を通って、
そのお尻に触りたいと思いますよね。
でも、実際には触りません。
触ろうという欲望を、
頭の中で止める何かがあるからです。
しかし、その時脳の中では、
ミラーニューロンが確実にお尻を触る動作をシミュレーションし、
その動作が再現されているのです。
映画やテレビでお尻を触る痴漢の場面を見れば、
それは即坐に脳の中で、
実際の動作と寸分違わない形で、
ミラーニューロンにより再現されるのです。
単なる空想の中でお尻を触る場面を頭に描いても、
実際の行動と同じように脳はその動作をシミュレーションします。
要するに、欲望というのは共有されるものであり、
それが人間の共感とか社会性とかというものの本質なのです。
そして、それは脳の中の「物真似細胞」が、
常に活動していることから、
ある意味即物的に生み出される1つの現象に過ぎないのです。

これが言ってみれば、
僕の理解する「ミラーニューロン」の世界です。

ここからは僕の感想です。

ミラーニューロンの存在は、
人間は本来他人を真似し、他人と同じ行為をするように、
プログラムされた動物だ、ということを示しているように思われます。
自分の意思を持って行動するのではなく、
誰かの行為を真似て、
それに従うようにプログラムされた哀れな生き物です。
行動とは結局欲望のことです。
誰かに何かを手に入れろ、と言われれば、
それに向かって皆で突進し、
あいつが敵だと言われれば、
皆でそいつを攻撃します。
集団行動こそ人間の本質で、
個人の尊厳などはなから幻想なのです。
人間は本当に簡単に洗脳される生き物ですよね。
他愛のない独裁者や、新興宗教の教祖などに、
コロリと騙され、集団で悪事を働きます。
後から、洗脳された人間を非難する人がいますが、
僕はそれはおかしいと思います。
これだけ簡単に洗脳されるということは、
つまり洗脳されることこそ、
自然なことなのです。
ミラーニューロンというのは洗脳のためのメカニズムです。
欲望のままに行動を真似るシステムなのですから。

ミラーニューロンの理屈で、
書かれていないことがあります。
欲望による行動が常に脳の中で模倣され、
社会化されるとすれば、
その欲望の始まりは何なのでしょうか?
僕達は、一体誰の模倣をしているのでしょうか?
僕達の行動の全てが所詮は誰かの模倣なのだとすれば、
そのオリジナルは何処にあるのでしょうか?
それは神ですか?
それとも某国の独裁者や新興宗教の教祖のような、
ある種のカリスマでしょうか?
それともそれは一種の幻想であり、虚無であって、
探すと消えてしまう幻なのでしょうか?

こんなものが人間の本質だとしたら、
人間なんて本当に唾棄すべきものです。

結局何が言いたいかと言うと、
僕はあまり「ミラーニューロン」を信用していないのです。
そうした神経系のあることは事実でしょうが、
それを人間の本質のように考えるのは、
何処かが間違っているという気がします。

ちょっと分かり難い話だったかも知れません。

もう少し噛み砕いてお話出来るようになったら、
もう一度この話題は取り上げたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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