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「神の手」とは何か? [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診察は午前中で終わり、
午後は産業医の面談で2箇所を廻ります。

さて、今日の話題です。

以前「神の手を信じますか?」という記事を書きました。

今日の話は、その続きのようなものです。

実名は伏せますが、
ある分野の名医と言われていて、
ある分野の手術の日本における第一人者と言われていて、
症例数も多く、
学会での実績もあって、名誉ある立場にあり、
「神の手」めいた宣伝のテレビ番組に出演されたりもしていながら、
実は目茶苦茶手術が下手糞で、
本当は簡単な筈の手術でさえ、
失敗を繰り返している大先生がいらっしゃいます。

僕はその先生のことを考えると、
人生の不思議を感じます。

何故かと言うと、その先生は大変高名な方なので、
お金持ちか、タレントのようなセレブの方か、
特にコネのあるような人か、
いずれにしても「一般庶民ではない」人にしか、
手術はされないのです。

その人たちは、自分が成功した人間だと考えていて、
その大先生にかかれたことを、
ラッキーだと思っているのです。
「わたしは成功した人間で金も名誉もある。
だから、病気になってもこうした待遇が受けられるのだ」、
と思って、意気揚々と診察を受け、
手術を受けるのです。

ところが、人生はそう甘くはないのです。
思わぬところに落とし穴があるのですね。

その同じ先生が、実は医局の研修医からは、
「あいつに手術をされたら終わりだぜ」、
みたいな陰口を叩かれているのです。

しかし、そんな声がセレブの皆さんの耳に届く訳がありません。

そう思うと、これこそが「神の手」だったのか、
と思わなくもありません。

お金もコネもない大多数の人は、
テレビで絢爛豪華な名医の治療を見せ付けられても、
自分は近所のさほど評判の良くない病院で、
治療を受けざるを得ないのです。
名医紹介の番組は、
グルメ番組や豪邸紹介の番組と作りは一緒ですよね。
大多数の人の手には届かないものを、
「ほら、美味しそうでしょ」、と見せ付けるのです。
でも豪華な料理を食べなくたって、
死にはしません。
しかし、時に生死の懸かった状況に対して、
グルメ番組もどきが許されていいものとは、
僕には思えません。

ところがですよ。
冴えない近所の病院である手術を受けて助かったのに、
同じ手術を大先生がやって、
大失敗、ということが、
現実にはあるのです。

この現状を肯定するつもりはありません。
でも、ある種の「神の手」が、
そこに働いているような気が、
僕にはしてならないのです。
人間ならざるものが、
理不尽な不公平の、
バランスを取ってくれているような気がするのです。

どんな治療も、一部の特殊なものを除いては、
どんな人でもあるレベルで受けられるのが、
多分医療のあるべき姿ですよね。

でも、現実にはそんなものはありません。

何故ないのか、という大問題を、
ここで書くつもりはありません。

ただ、多分それはグルメもどきの名医紹介の番組を、
面白いと感じる知性にも、
その一因があるのではないか、
というのが、僕の考えです。
その中には上に挙げたような作られた名医も、
何人かは確実に混ざっているのですからね。
「治りそうにない病気が、名医の手で奇跡的に治った」、
というのはドラマならそれでいいでしょうけれど、
もし事実として流すのなら、
その影に同じ病気で亡くなられている、
多くの患者さんのいることを、
同時に伝えるべきです。
ああした番組の娯楽は、そうした不公平な理不尽さの上に、
成り立っているんですからね。

今日はちょっとレトリックが乱暴だったかも知れません。
ご不快に思われた方がいたらお詫びします。

でも、久しぶりの悪口なので、
お許し下さいね。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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