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「娼年」(監督三浦大輔) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
娼年.jpg
全編変態的な濡れ場の連続という、
唖然とする趣向で観客の度肝を抜いた、
石田衣良さん原作、三浦大輔さん演出の「娼年」の舞台が、
同じ松坂桃李さんの主演でR指定の映画になりました。

これは一種の若者の成長物語で、
無為なアルバイト生活をしていた、
松阪さん演じるリョウという若者が、
会員制ボーイズクラブのオーナーの女性に目を付けられ、
女性達に買われてその欲望を満たす、
という仕事を続ける中で、
人間的な成長を果たすという、
真面目なのか不真面目なのか分からないようなところもある話です。

全編殆どセックス場面のみが連続するのですが、
それでいてお話自体は極めてまっとうで、
道徳の教科書みたいなところもあるのが面白いのです。

2016年の舞台版では、
多くのキャストがほぼ全裸の熱演で、
精液が乱れ飛び、フェラチオの音が響くという、
今考えても規格外の舞台でした。

今回の映画版は、
ラストの一部を除いては、
ほぼ原作や舞台版を丁寧に踏襲した作りになっていて、
青を強調したスタイリッシュな映像は、
ちょっと北野武を思わせるところもあります。
主役の松坂桃李さん以外に、
江波杏子さんが舞台と同じキャストで、
それ以外は映画版オリジナルのキャストになっています。

問題は全編に繰り広げられる性行為の描写で、
性器を映さないのは勿論ですが、
暗い場面でモヤモヤした感じにしか見えませんし、
あまり生々しくもなくリアルでもありません。
それではそこに別個の美意識が感じられるのかと言うと、
そうしたものもあまりないように感じました。
何より性行為をしているようにはあまり見えません。
下着を着けたまま挿入しているようなところもありますし、
意図したものなのかどうか、
スポーツのような動きでリアルさが皆無なのです。

これで良かったのでしょうか?
大いに疑問です。

舞台版のボーイズクラブのオーナーは、
高岡早紀さんで、
紗幕越しですが全裸での絡みもあったのですが、
今回は真飛聖さんで絡みは全くなく、
無機的で艶っぽいところもないので、
舞台版の方が確実に良かったなあ、と思いました。
ラスト近くで興奮するところなど、
あまりに滑稽で悲しくなってしまいました。

三浦大輔さんはこの作品で、
本当の意味での映画監督としての力量を、
試されたという面があると思うのですが、
舞台となった場所のクレジットを入れながら、
移動撮影で見せるところなど、
わくわくする場面もあるのですが、
肝心の濡れ場に魅力がなく、
ちょっと腰砕けになったのは残念に思いました。

こうしたものがお好きな方だけに、
控えめにお薦めするくらいの作品です。
エロやAV的な興味で鑑賞されると、
ガッカリされることは確実です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ハッピーエンド」(ミヒャエル・ハネケ監督新作) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ハッピーエンド.jpg
一筋縄ではいかない、
如何にもヨーロッパ的で、
ブラックでひねくれていて残酷で、
それでいて家族や人間というものに対する、
奇妙なほど純粋な視点と愛情にも満ちた、
オーストリアのミヒャエル・ハネケ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。

以前「隠された記憶」という作品を観て、
「衝撃的なラスト」という宣伝だったのに、
最後まで観ても全く訳が分からず、
モヤモヤする思いだけを抱えて観終わったことがあったので、
今回はなるべく予備知識も得た上で、
真剣に細部を見逃さずに鑑賞しようと劇場に足を運びました。

ただ今回の作品は意外に分かりやすくて、
ハネケ監督お馴染みの家族崩壊劇なのですが、
最初から最後まで筋立ては明確で晦渋さはなく、
ラストもなかなか衝撃的で、
オープニングと見事に呼応している辺りもさすがだと思います。

勿論物語は省略が多く、
台詞を廃したサイレント的な長回しを含めて、
最初から最後まで独自のゆったりとしたテンポで、
全体が支配されているので、
それほど観やすいという映画ではないのですが、
それでも「隠された記憶」のように、
観客が投げ出されたような状態になることはなく、
ハネケ監督の独特の世界に、
ゆっくりと身を委ね、
その体験を共にすることが出来る作品に仕上がっていました。

以下少しネタバレがあります。
先入観なく作品を観たい方は、
鑑賞後にお読み下さい。

観る値打ちは間違いなくある作品です。

今回の映画は前作「愛、アムール」とほぼ同じ設定の親子を、
前作と同じ2人の役者さんが演じ、
そこに娘より1つ世代が下の少女を登場させることにより、
コミュニケーション障害の塊のようなフランスのある裕福な家族が、
虚構の沼の中に静かに沈んで行く様を描きます。

これはネタ割れをして良いと思うのですが、
今回の「観客の視点」としての少女は、
2005年の日本の、
女子高生がタリウムで母親の毒殺を企て、
それを冷徹に記録に残してネットで公開していた、
という衝撃的な事件を元にしていて、
その「死を観察し記録する少女」が、
フランスの没落した名家に入り込み、
その崩壊をつぶさに記録してゆく、
という物語になっています。

SNSやスマホの画面が、
頻繁にその観察の器具として登場するのがミソで、
宣伝のポスターも、
よく見るとスマホの画面になっていますし、
映画もオープニングが少女がネズミと母親に薬を盛る、
その観察記録のスマホ映像から始まり、
ラストは祖父の自死の場面を目の前にしながら、
それをスマホで記録するしかない少女の姿から、
そのスマホの画面で幕を閉じます。

これは構造としては、
楳図かずおの「おろち」や「猫目小僧」に近い世界で、
人間や怪物が入り交じる悪夢のような世界を、
冷徹で人間でも化け物でもない、
その狭間の存在が、
静かに見守るという物語です。
見守る傍観者というのは要するに読者や観客のことでもある訳ですが、
そこに1つの視点を介在させることによって、
物語の意図をより明確化すると共に、
その傍観者もまっさらな存在ではないことを示すことで、
読者や観客にもある種の覚悟を強いているのです。

今回の作品においては、
ハネケ監督が描きたい世界、
自分の愛情と共に世界を道連れに破滅に向かう意思を、
母親を殺しそれをスマホで記録するしかない少女に、
記録させることによって、
このディスコミュニケーションの時代において、
世代を超えて何かが引き継がれる様を、
描いているのだと思います。

ハネケ監督はそう思ってみると、
いつも同じテーマを繰り返していると言うことも出来て、
意味不明に思えた「隠された記憶」も、
要するに今回の少女と同じように、
ビデオ映像と子供の世代が、
父親の罪を暴くという物語で、
その単純な告発とも言い切れない微妙なもの、
世代を引き継がれるある種の怨念のようなものが、
その基調音として流れているように思うのです。

映像は美しいですし、
現代のヴィスコンティというの感じの、
デカダンスな雰囲気もまた良いのです。
人間関係などは複雑であまり説明も丁寧ではないので、
一応の予備知識は持った上で、
鑑賞されることを個人的にはお薦めします。

一般向きとは言えない映画ですが、
僕個人としてはとても刺激的で、
他人事ではないという思いで観た映画でした。
思えば今の日本人も、
日本という国の没落を目の前にしながら、
ディスコミュニケーションと世代の断絶のただ中で、
何を世代を超えて伝えるべきなのか、
当惑しあがき苦しんでいるようにも思えます。
あなたは何を自分の「罪」として子供に伝え、
何を理解して欲しいと思いますか?
ハネケ監督はおそらく、
理解を求めることは既に過ちで、
もう人間であることを止めた存在である、
若い世代という、
ある種の記録装置に告解せよと言っているのです。
ハネケ監督は矢張りただ者ではありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「グレーテスト・ショーマン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
グレーテスト・ショーマン.jpg
2月に公開されたヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画を、
遅ればせながら観て来ました。

「ラ・ラ・ランド」はあまり好みではありませんでしたし、
ミュージカル自体それほど好きではないので、
スルーしようと思っていたのですが、
バーナムという一世を風靡した見世物興行師に興味が沸いたのと、
19世紀のコロラトゥーラの名花で、
マイヤベーアの至難のオペラを初演もしている、
ジェニー・リンドが登場することも知ったので、
これは観ておかないといけないと、
映画館に足を運びました。

これはなかなか良く出来た映画で、
ショー・ビジネスというものや、
大衆見世物的なものに興味のある方なら、
絶対に引き込まれると思います。

実際のバーナムというのは、
もっと脂ぎった、
いかがわしくもどぎつい男だったのではないかと思いますが、
その上昇志向はそのまま描きながら、
妻と2人の愛らしい娘への情愛をクローズアップして、
家族の危機と興行自体の危機とに、
ハラハラドキドキさせる、
如何にもハリウッド的な物語に、
巧みに着地させているのが上手いのです。

こんなだった訳はないよね、
とは思いながらも、
とても良いお話になっているので、
何となく納得をしてしまうのです。

映画の魔術ですね。

見世物小屋のスターであった、
畸形の皆さんが登場するのですが、
それほどどぎつい感じには描かれていません。
もう少しリアルな感じも欲しいな、とは思いますが、
それはこうした映画の本分ではないのだと思います。

バーナムはたまたま出逢ったソプラノ歌手の、
ジェニー・リンドに惚れ込み、
自分の見世物をそっちのけで彼女のツアーに尽力するのですが、
彼女は実在の名ソプラノで、
コロラトゥーラの名手であった筈なので、
せっかくだからもう少しコロラトゥーラらしい歌も、
歌って欲しかったな、と思いました。
その点はちょっと残念ですが、
この作品の全体のトーンとしては、
リアルな歌は馴染まなかったのかも知れません。

ともかくこれは面白い素材で、
この映画はこの映画として良いのですが、
もう少しリアルに振った、
アメリカ19世紀の見世物興行の実体を、
リアルに見せてくれるような映画もまた、
いつか観たいと思いました。
一方にコロラトゥーラの歌があり、
一方に畸形の曲芸があるという、
アンバランスかつ魅力的な世界が、
是非観てみたいと思うからです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ラッキー」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ラッキー.jpg
90歳の1人暮らしの男の日常を、
淡々と綴った侘び寂び系の映画、
「ラッキー」を観て来ました。

「パリ・テキサス」が印象深く、
数多くの映画に脇役として出演した、
実際に90歳のハリー・ディーン・スタントンが主役で、
監督はこちらも名脇役として、
多くの映画に出演しているジョン・キャロル・リンチが、
初のメガホンを握っています。
更にはデビット・リンチ監督が、
役者として重要な役を演じている、
というおまけも付いています。

内容はジャームッシュの名作で、
2017年の私的ベストワン映画「パターソン」に良く似た構成で、
何気ない主人公の日常を、
繰り返しジャズのセッションのように描き、
それが微妙にアドリブのような変化を見せて、
印象的なクライマックスに至り、
主人公の心が大きく変化するのですが、
ラストは再び同じ日常の繰り返しに戻る、
という物語です。

「パターソン」に描かれた地方都市も印象的でしたが、
今回は西部劇の舞台のようなアメリカ西部の砂漠で、
朝の自宅の体操と一杯の牛乳から始まって、
行きつけのコーヒーショップ、
牛乳を買う店、行きつけのバーを、
順繰りに巡るだけの日常が繰り返されます。

ただ、人間ですから当然その繰り返しにも終わりがある訳で、
ある事件から主人公はその「終わり」が近いことを感じ、
そこから日常は変わらないながらも、
「人生の最後」への考察が始まるのです。

この辺はテーマ的にはウディ・アレンの、
「ハンナとその姉妹」に似ています。
あの映画でも主人公がひょんなことから、
人生の虚しさに気付いて葛藤を繰り広げるのですが、
ラストはマルクス兄弟の古いコメディを見て、
「生きることを笑おう」というある種の悟りに至ります。

そしてこの「ラッキー」でも、
主人公は色々の葛藤の末に、
「生きることは無だ。だから笑おう」
という結論に至ります。

どうなのかなあ…

個人的には如何にもステレオタイプで薄っぺらな感じがして、
この結論にはあまり乗れませんでした。

何処かのCMみたいでしょう?

悪い映画ではないと思うのです。

構成も緻密に出来ていますし、
主人公はとても魅力的で、
取り巻く個性的な町の人も良いですよね。
映像も美しいですし、キャメラと音効も素敵です。
ずっと仏頂面のおじいさんが最後に笑うんですから、
上手く手来ていますよね。
「赤い部屋」とか、
ちょこっとデビット・リンチ的な世界が、
アクセント程度に添えてあるのも良いのです。

ただ、もう少し周辺にドラマがあっても良いかな、
と個人的には思いました。
途中のパーティーの歌は、
勿論良いと感じる人がいることは分かるのですが、
ちょっと牧歌的過ぎて蛇足に感じましたし、
結局最終ヒントは日本兵と戦った思い出ですか…
ということになると、
少し切ない気分になるのです。
まあ、仕方ないのですけどね。

ディテールは非常にアメリカ的なので、
映画館で1回で全て理解するのは難しいとも感じました。
またテレビ画面で見かえすと、
印象は変わるかも知れません。

そんな訳で個人的にはそれほど乗れなかったのですが、
鑑賞する価値は充分にある、
非常に個性的で美しい映画だと思います。
「パリ・テキサス」の好きな方には、
確かに交互に観るととても味わいが深いのです。
人生の放浪を詩的に感じさせます。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「祈りの幕が下りる時」(東野圭吾原作) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
祈りの幕が下りる時.jpg
東野圭吾の新参者のシリーズの長編を、
ドラマのキャストそのままに映画化した、
「祈りの幕が下りる時」を観て来ました。

最初に注意点がありますが、
今回の記事の中では、
「祈りの幕が下りる時」および「容疑者Xの献身」、
「砂の器」の内容に少し踏み込んだ部分があります。
完全なネタバレではありませんが、
先入観なく作品をお読みになりたい方は、
この3作品の原作をお読みになった後で、
以下には目をお通し下さい。

よろしいでしょうか?

では続けます。

これは最初に原作を読みました。
東野さんは結構癖のある作家で、
その出来不出来にはかなりの波がありますし、
その内容も読みやすいライトノベルのようでいて、
かなりひねくれた意地の悪い部分があり、
一筋縄ではゆきません。

この作品については、
松本清張さんをかなり意識していて、
特に「砂の器」を下敷きにしています。
それも、原作よりむしろ、
野村芳太郎監督による映画版の「砂の器」です。

映画の「砂の器」は原作を大幅に変えていて、
清張さんとしては本格ミステリーに振れている原作を、
目茶苦茶単純化して、
父と子の宿命の感動作に変えてしまった、
ある意味かなり原作を冒涜するような作品です。

ただ、これが大ヒットしたので、
その後ドラマ化された「砂の器」は、
原作通りではなく、
映画版を元にするようになりました。

「祈りの幕が下りる時」のプロットは、
勿論「砂の器」とは別物なのですが、
ある過去の秘密が善意の第三者に暴かれてしまったために、
その善人を殺さざるを得なくなる、
という基本ラインは一緒です。

そこにもう1人謎の男が登場して、
その正体は誰なのか、
というところに東野さんらしいひねりがあります。

探偵役は世代の違う2人の刑事で、
これは新参者のシリーズの元々の設定である訳ですが、
この作品においては、
2人の捜査は明らかに、
映画版「砂の器」の丹波哲郎と森田健作を、
イメージして書かれています。

そして、映画版「砂の器」の特徴的な場面と言えば、
捜査会議で探偵役の刑事が事件の真相を説明し、
それと実際の犯人の舞台、
そして過去の回想とがシンクロすることと、
父と子が日本の原風景の中を放浪するところですが、
「祈りの幕が下りる時」の原作でも、
ちゃんとそうした場面が用意されていて、
映画的なクライマックスが書かれています。

この原作は相当に映画版「砂の器」に寄せているのです。

今回の映画版「祈りの幕が下りる時」は、
それを理解した映画化になっていて、
かなり映画の「砂の器」に寄せています。

まず、デカデカと字幕を出して、
事件の説明などをしてしまうというあざとい趣向が、
そのままに使われています。
クライマックスでは父と子が放浪し、
そこにテーマ曲が執拗に流れ、
それが捜査本部での事件の説明とシンクロする、
というところまで「砂の器」が模倣されています。

ただ、「砂の器」が、
原作とは別物のお話になっているのとは対象的に、
今回の映画は原作をほぼそのまま活かしていて、
少しカットされた人間関係などはありますが、
ほぼほぼトリックなども含めて、
原作をそのままに映像化しています。

これは原作が元々映画を意識しているということもあるのですが、
それでもこの複雑な原作を、
ほぼそのままに2時間の尺に納めた構成と台本の妙は、
賞賛されても良い見事さだと思います。

また、主人公が真相に気付く場面の、
あざといくらいの迫力や、
阿部寛さんと松嶋菜々子さんが最初に対決する場面の凄みなどは、
なかなか気合いが入っていて見応えがありました。

ただ、この映画で非常に残念だったのは、
話の核でもある小日向文世さんの芝居で、
老け役の場面はそのまま自然に演じれば、
ほぼ同年代の役であるのに、
大河ドラマの悪影響でしょうか、
妙に芝居がかった変な演技で、
不自然で見るに堪えない感じですし、
回想での若い時の場面は、
おかしなカツラを着けての芝居が、
そちらもわざとらしくて見ていられません。

更に及川光博さんが老け役をしているのですが、
メイクがあまりに酷くて稚拙で、
笑ってしまうようなレベルです。

何故こんなことになってしまったのでしょうか?

阿部寛さんや松嶋菜々子さんの芝居は悪くなかっただけに、
実に残念でなりません。

そんな訳で納得のゆかないことも多かったのですが、
ミステリー映画としては、
かなり頑張って作ったと思いますし、
東野作品の忠実な映像化としても、
一定の意義のある作品ではあったと思います。

ミステリーファンにはお勧めは出来る映画です。

ただ、最初に「容疑者Xの献身」のトリックを、
捨てネタで使っているので(原作と映画とも)、
くれぐれも「容疑者Xの献身」より先には、
「祈りの幕が下りる時」は読まないようにして下さい。
相当に後悔します。
こういうところも、
東野さんは意地が悪いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
しあわせの絵の具.jpg
カナダとアイルランドの合作で、
カナダでは有名な障害を持った女性画家の生涯を描いた、
題材的には日本公開が危ぶまれるような渋い素材ですが、
主人公を今をときめく演技派のサリー・ホーキンスが、
その夫をイーサン・ホークが演じているので、
そのキャストの魅力で、
結構上映館数の多い公開となっています。

ただ、もう1回のみの上映になる劇場があるなど、
あまり長い公開にはなりそうにありません。

こうした感動実話という感じのものは、
それほど好きではないので、
この作品も如何なものかなと思って少し躊躇していたのですが、
意外に評判の良い感じなので観てみることにしました。

これは本当に素晴らしい映画でした。

基本的には夫婦の情愛を描いた作品なのですが、
イーサン・ホーク演じる夫は、
粗野で了見が狭くて自分勝手で、
ある意味欠点だらけなのです。
その欠点は2人が夫婦生活を長く続けても、
あまり変わることはないのですが、
自分のキャパの中で、
何度か精一杯妻のために何かをなそうとします。
その努力が些細なだけに胸を打ちますし、
それを受け止める妻の度量の大きさがまた心に染みるのです。
夫婦の危機も何度かあるのですが、
それでもお互いの多くの欠点を含めて、
人生を長く一緒に生きるということの素晴らしさが、
静かに、かつ説得力を持って描かれています。

些細で慎ましい夫婦で生きるということの素晴らしさが、
ここまで静謐に格調高く、
また美しく描かれた映画は、
あまり例がないと思います。

後半はとても静かに泣けました。

主人公2人の演技はともかく素晴らしくて、
ラストにちらっと本物のモード・ルイスの画像が出て来るのですが、
サリー・ホーキンスとその雰囲気がそっくりであることに驚かされます。
ただ、勿論実物に寄せるということだけが見事なのではなくて、
彼女の心の奥底にあるものを可視化したような、
ある種象徴性のある表現が素晴らしいと思います。
一方のイーサン・ホークはご本人に寄せるという感じではなく、
1人の度量が狭く身勝手で不器用な、
それでいて愛すべき男そのものを、
鮮やかに彫り出して見応えがあります。
自然な老いの表現も素晴らしくて、
同じ日に「祈りの幕が下りる時」という日本映画を観て、
老いの演技の不自然さとメイクなどの技術の稚拙さにガッカリしたので、
よりこの映画の自然な時間の表現には感心しました。

ただ、この映画の魅力は、
そうした単純な演技合戦にあるのではなく、
四季の移り変わりを映した映像は美しいですし、
演出も堅実で、説明は最小限であるのに、
分かりにくく感じる部分がありません。
観ていて本当に自然に、
主人公の夫婦それぞれの思っていることが、
素直に感じ取れるのは、
演技と共に演出も優れているからだと思います。

これは本当の本物です。
是非是非大スクリーンでご覧下さい。
勿論テレビで観ても泣けるとは思いますが、
こうした映画を大スクリーンで観ることが出来るのは、
ほぼロードショー公開時だけですから、
このせっかくの機会を逃すのはもったいないと思います。

半魚人との恋も悪くはないのですが、
サリー・ホーキンスには矢張り人間との愛情の方が、
本領発揮となるようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ゆれる人魚」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で健康教室の日なので、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ゆれる人魚.jpg
ポーランドの女性監督による、
人魚姫の物語をグロテスクなロックミュージカルとして蘇生させた、
奇怪なファンタジーホラー映画を観て来ました。

東欧というのはかなり変な映画の宝庫でもあって、
身もふたもないような、
変態の極致や残酷見世物の極致のような作品も、
これまでにビデオなどで見たことがあります。

ホラーのジャンルをかすめるロックミュージカルというと、
「ロッキー・ホラー・ショー」と「ファントム・オブ・パラダイス」が有名で、
この2作のカルト的な成功の後、
その亜流の酷い映画が一時期山のように製作されました。

「ファントム・オブ・パラダイス」は、
僕のオールタイムベストの1本でとても偏愛しているので、
一時的似たような映画を大量に見たのですが、
ほぼ100パーセントがクズ映画でした。

それでも矢張り、
変態的な愛を描いたホラー色のあるロックミュージカルと聞くと、
根が大好きなのでどうしても観に行ってしまうのです。

これは1980年代のワルシャワを舞台として、
人肉を好む少女の人魚ゴールデンとシルバーの2人が、
ストリップバーのスターになるというお話で、
愛する人に捨てられると海の泡になるとか、
人間になると声が出せなくなる、
といった約束事はそのまま使われています。
人魚が2人であるということと、
登場する世界がほぼストリップバーだけ、
と言う点が特徴です。

ストリップバーのレビューシーンが、
多く盛り込まれているのですが、
その得体の知れない雰囲気が好きかどうかが、
まずこの映画の好悪を分ける点ではないかと思います。

個人的には嫌いではなく、
特に昔ポランスキーの大傑作「水の中のナイフ」で、
青年を演じていた、バーのオーナーのおじさんが、
ヘンテコな目つきでヘンテコなダンスを踊る、
というようなビジュアルにはとても惹かれます。

ただ、全体にレビューシーンはメリハリに乏しく、
曲ももっと仰々しい感じや、
もっとオドロオドロしい感じ、
もっと抒情的な大バラードなどを期待してしまうのですが、
どうも中途半端なテクノロックみたいなものが多く、
あまり乗れませんでした。

メリハリのないのは物語も一緒で、
ただ愛する男とセックスがしたいためだけに、
壮絶な下半身取り換え手術をして、
人間の下半身を手に入れた筈なのに、
結局セックスにも失敗してしまうシルバーの悲惨な愛などは、
もっと切なく盛り上がってくれても良いと思うのに、
そこに至る段取りがあまり整理されておらず、
演出も何か稚拙な感じなので、
唐突な残酷シーンの印象のみで、
終わってしまった感じがするのは非常に残念でした。

とても良いのはラストの船のクライマックスで、
泡になったシルバーに怒り狂い、
青年の喉笛を掻っ切って海に身を躍らせるゴールデンの姿は、
ホラーミュージカルという様式でこそなし得た、
壮絶な歪んだ美の表現として卓越していました。

それと、途中でゴールデンが車の中で人間を食べ、
ずるずると長い尾を引きずって水に逃れる場面は、
楳図かずおの「蛇少女」のようで、
その動きの面白さと奇怪な美に魅了されました。

ただ、こうした優れたビジュアルがある一方で、
オープニングの海から人間を襲う場面などは、
女性の悲鳴でブラックアウトするという、
非常に凡庸な演出でガッカリします。

このようなトータルなバランスの悪さが、
この作品の評価を不安定にしている主因だと思います。

そんな訳で好きな世界ではあるのですが、
悪趣味と美意識やセンスとの匙加減があまり良いとは言えず、
演出の稚拙さも目立つので、
大満足とは言えませんでした。

これは…
こうしたものがお好きな方のみに、
控え目にお薦めする感じの作品です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「15時17分、パリ行き」 [映画]

こんにちは。

北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
1日研修会があるのでヘロヘロになる予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
15時17分、パリ行き。.jpg
2015年のテロリストによる銃乱射事件を、
「えっ?」と思うような手法で映画化した、
クリント・イーストウッド監督の新作映画を観て来ました。

これは映画史に残る1本で、
極めて困難な趣向に挑戦し、
それを1つの作品として完成させた力技は、
イーストウッド監督ならではです。

ただ、非常に残念ながら、
面白くはありません。(個人的な感想です)

前作の「ハドソン川の奇跡」も、
実際の旅客機事故を題材として、
それを再現した上で、
実在の人物を称えるという映画でしたが、
主役はトム・ハンクスでした。

今回の作品はそれを更に押し進めて、
一歩間違えば大量の死者の出る大惨事になるテロ事件を、
直前で未然に食い止めた、
たまたま居合わせた乗客、
特に犯人を取り押さえた3人の若者と、
負傷した彼に救急処置を施した医師の4人を、
実際の当人に演じさせ、
ラストはフランス大統領による、
彼らを称える実際の演説で締め括る、
という超絶な趣向を実現させています。

勿論ドキュメンタリーの再現ドラマで、
本人が自分の役を演じることはテレビなどでもありますが、
1本の長編劇映画をその手法で作り、
登場人物の過去のエピソードや、
他愛のない旅行の時のエピソードなども、
全て本人に演じさせるというような映画は、
これまでにあまり類例がないと思います。

監督のインタビューによれば、
当初は役者さんに役を演じさせるつもりで、
当人に取材をしていたが、
しているうちに、
「こいつらに実際にやってもらおう」と思いつき、
方向転換をした、という意味のことを語っています。

それが事実であるかどうかはともかく、
こうしたフットワークが可能であったとすれば、
イーストウッドであったからで、
通常はとても成立は困難な企画であったと思います。

ただ、良く考えると、
この映画の「虚構」は「テロリストの犯人」だけ、
ということになり、
現実の人間をヒーローとして祭り上げて、
実在している犯人のみを虚構の「悪」として断罪する、
というのは、
ややヒューマニズムの観点からは危うい手法である、
という感じもします。

ひねくれた監督であれば、
その現実と虚構の狭間を、
ひとひねりしたくなるところだと思いますが、
それを全くせず、
実在の人物の行為を100%肯定した、
勧善懲悪の物語に仕立てるところ、
その基礎にキリスト教の神を持ってくるという辺りが、
イーストウッド監督らしい、
というようにも思うのです。

実在の人物の演技はとても自然で、
おそらく一発撮りに近かったのかな、
というように推測されますが、
その辺りの裏話も知りたいところです。

このように映画ファンとしては興味は尽きないのですが、
実際に1本の映画として面白かったかと言うと、
正直あまり面白くはありませんでした。

素材はフィクションにするには地味で、
事件自体はある意味数分で終わってしまいます。
尺の大部分は主人公の若者3人の、
ヨーロッパ旅行の他愛のない描写が延々と続くので、
監督の意図は何となくわかるものの、
面白いとは感じることは出来ませんでした。

そんな訳で娯楽映画としてはある意味落第なのですが、
映画史に残る一作で、
一見の価値のある作品であることは間違いのないことだと思います。

皆さんは観たいと思いますか?

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「シェイプ・オブ・ウォーター」 [映画]

こんにちは。

北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
シェイプ・オブ・ウォーター.jpg
昔懐かしい「大アマゾンの半魚人」を元ネタに、
映画ファンの心をくすぐるノスタルジックな趣向満載の、
ファンタジックなラブストーリー映画です。

これはなかなかいいですよ。

色々な理由で社会から弾かれてしまった人間と、
人外の生き物とが交流する話ですが、
1962年を舞台にしているのがミソで、
アメリカが最も力を持っていた時代の、
光と影の部分が描き込まれているのが、
物語に膨らみを与えていますし、
荒唐無稽な話に、
ある種のリアリティを与えているのです。

更には主人公が30年代の映画ファンで、
彼女の住んでいるのが古い映画館の階上、
というような仕掛けもあり、
幻想ですがミュージカルシーンのサービスもあります。

「大アマゾンの半魚人」は1950年代に、
3作品が制作されたSFホラーのシリーズで、
その半魚人の造形はかなりオリジナルに寄せています。
また、悪役の軍人を演じるマイケル・シャノンは、
モンスター役者のボリス・カーロフにかなり寄せていると思います。

そんな訳でかなり盛り沢山の映画です。
基本的にはティム・バートンに近い世界で、
「シザーハンズ」辺りが好きな方には、
気に入って頂けると思います。
主人公にハンディキャップがあるという設定も、
如何にもという感じです。
ただ、かなりキワどい変態的な部分もあり、
R15+という制限があるのはそのためです。

不満は全体にやや詰めが甘いことで、
半魚人にはもう少し大暴れをして欲しいところなのですが、
せいぜい猫を間違えて殺してしまうくらいですし、
悪役も組織ではなく悪い軍人が1人なので、
どうも緊迫感や盛り上がりには欠けるのです。

美術などは素晴らしいですし、
語り口も後味も良いのですが、
少し変態的な割には、
淡泊に終わってしまったという感じがありました。

キャストは主人公のサリー・ホーキンスが文句なく良く、
言葉が喋れない設定でほぼセリフはないのに、
観終わってみると一番喋っているように感じる素敵な芝居です。
彼女の友人で会社を首になったホモの画家のおじさんが、
またとても良い感じなのです。
繰り返しになりますが、
美術や音効のセンスも抜群です。

お薦めですが、
個人的には多くのティム・バートン作品と同じように、
凝りに凝っている割に、
詰めが甘くちょっと物足りない感じはありました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「犬猿」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日は映画の記事が1本と、
演劇の記事が2本の3本立てです。

まずはこちらから。
犬猿.jpg
シンプルに2組の家族の愛憎を描いた、
吉田恵輔監督の「犬猿」を観て来ました。

窪田正孝さんのやや卑屈で真面目な会社員の弟と、
新井浩文さんの刑務所帰りで家族でも鼻つまみのの兄、
江上敬子さんの印刷会社の社長で、
容姿にコンプレックスを持っている姉と、
筧美知子さんの頭は弱いけれど美人で、
姉の会社に勤めながら芸能活動もしている妹、
という兄弟、姉妹の2つのペアが、
窪田さんの会社が江上さんの会社に印刷を依頼する、
という仕事の関係から、
複雑な愛憎入り交じるドラマを展開します。

4人の役者さんのコンビネーションが絶妙で、
演技は素人のニッチェ江上敬子さんは、
演技賞なみのあっぱれ芝居ですし、
窪田さんはいつもの屈折ぶりが役柄にフィットしています。
新井さんの凶悪さには磨きが掛かり、
本気で殺されそうな凄みがありますし、
筧さんも顔と身体だけが取り柄の女性を、
如何にもそれらしく好演しています。

オープニングが洒落ていて、
ネタバレになるので書きませんが、
意表を突いていて楽しいのです。
その後でタイトルが出るのですが、
とても小さくしか出ないのも面白いと思います。

その後4人の関係をテンポ良く説明する辺りも、
軽快で面白いと思いました。
ただ、クライマックスの4人の喧嘩を、
途中で音効を入れて最後までやらないのは、
あまり好みではありませんでした。
その後一旦兄弟と姉妹が和解して、
ラストにまた喧嘩が始まるというのも、
何かすっきりとしないラストで、
少しモヤモヤしてしまいました。

窪田さんの役にある秘密があるのですが、
それをもっと効果的に使う方法があったようにも思います。
秘密の暴露も無造作で、
ただ、窪田さんが悪く見えるだけ、というのも、
構成上如何なものかと思いました。

総じてオリジナルの台本は、
少し詰めが甘いように感じました。
役柄の設定や肉付けは悪くないと思うのですが、
展開が如何にも凡庸で、
意外な展開や盛り上がり、
クライマックスに向けての集束感に乏しいのです。

そんな訳でキャストの演技など、
見所も多い作品でしたが、
個人的には1本の映画としては物足りなさを感じました。

それでは2本目の記事に移ります。
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