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「はじまりへの旅」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事は映画の話題です。

それがこちら。
はじまりへの旅.jpg
俳優として著名なマット・ロスが脚本と監督を勤め、
「指輪物語」のビゴ・モーテンセンが主役を演じた、
感動的なロード・ムービー、
「はじまりへの旅」を観て来ました。

これは本当に素晴らしい映画で、
今年観た映画の中では最も心を揺さぶられました。

「森で暮らす風変りな一家が旅に出たことから起こる騒動を描いた、
心温まるコメディ・ドラマ」
というような宣伝文句になっていて、
ポスターも上のようなほのぼのした感じを漂わせたものなので、
そうした薄味のコメディ映画を想像されて、
あまり映画館に足を運ぼう、
という気分にならないかも知れません。

僕も正直そうでした。

ただ、その割には映倫区分はPG12になっています。

何故ほのぼのした家族のコメディ映画が、
PG12なのでしょうか?

観るとすぐにその理由は分かります。

この映画はそんな生易しいものではないのです。

登場する一家のあり様は尋常ではありませんし、
展開されるドラマも尋常なものではありません。
それでいて作り物ではないリアルさがそこにあって、
僕達が当たり前と感じていた生活を、
根底から揺さぶるような刃が潜んでいます。
更には、その世界に一旦馴染んでしまうと、
彼らのことが途方もなく愛しく思え、
ラストには溜まらない感動に、
胸が溢れそうな思いにとらわれるのです。

アカデミー賞に相応しい作品であるように思いますが、
それでいてこの作品が作品賞にノミネートされず、
高名な映画評論家の先生も、
奥歯に物が挟まったような批評しかしていない理由も、
また分かるような気がします。

この作品は人間と家族の真実を描いているのですが、
その真実というのは、
無難で平穏を第一に考えるような社会にとっては、
最悪の危険思想であるからです。

昔は社会変革を叫んでいながら、
今はテレビを見て文句を言う程度で、
平穏に生活を送っているような大人がこの映画を観れば、
何等かの胸騒ぎを絶対に感じると思いますし、
それが素直にこの映画を素晴らしいと、
言えない理由ではないかと思います。

たとえばケン・ローチの「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、
概ね評論家の皆さんは大絶賛で、
それはあの映画が思想の押し付けのようなもので、
ああした思想の押し付けは、
大衆の洗脳がお好きな皆さんには好ましいものだからです。

しかし、真実というのはもっと多面的で、
1つには割り切ることが出来ず、
もっと苦い後味のするものではないでしょうか?

地味な公開ですが結構お客さんは入っていて、
皆さん分かっているなあ、という感じがします。

以下、若干内容に踏み込みます。
後半のネタバレはしませんが、
なるべく鑑賞後にお読み下さい。

ビゴ・モーテンセン演じる主人公は、
革命主義者の過激派の活動家で、
同じく共鳴する活動家の女性と恋をして結婚。
彼女は大富豪の娘で弁護士のインテリなのですが、
そのキャリアを投げ打ち、
アメリカ北西部の森の中で、
おぞましい現代社会とは隔絶した暮らしをしています。

2人は6人の子供をもうけ、
自分たちで独自の教育を施していたのですが、
妻は双極性障害で6人目の子供を産んだ直後に病状が悪化。
手に負えなくなった主人公は、
結果的に拒否していた現代社会に頼り、
自分の姉の伝手で病院に入院させますが、
彼女は入院中に手首を切って自殺してしまいます。

彼女は異常としか思えないような遺言を残していたので、
それを達成するために、
主人公は6人の子供たちと共に、
数千キロ離れた妻の実家への旅に向かうのです。

このオープニングの段取りをお話しただけでも、
この作品がかなりとんでもない代物であることは、
お分かりが頂けるのではないかと思います。

更には2人の子育てが相当壮絶なもので、
いきなり鹿の首をナイフで掻き切って、
内臓を生で食い千切って、
それが大人になる儀式だと悦に入っていますし、
子供同士が本気での殺し合いのような戦闘訓練に興じています。

そこには子供を育てるということの崇高さと、
その恐ろしさのようなものが、
同時に描かれているような気がします。

物語はそれからかつてのアメリカン・ニューシネマを意識した、
ロードムービーの体裁で展開され、
葬式に殴り込むという、
「卒業」のような展開を経て、
母親の意志を汲んだ弔いの、
ちょっと壮絶なクライマックスへと至ります。

凡百の映画が10本束になっても敵わないような、
衝撃と感動とがそこに待っています。

この映画のマット・ロスはまさに天才で、
台本も演出もほぼ完璧と言って良いと思います。

ロードムービーですが探しているのは、
最初から死んでいることが分かっている女性です。
存在しない彼女の狂気が、
物語の原動力になっているという悲しさは、
おそらく今の社会の持つ喪失感そのものの投影なのです。

父親に狂気を見て、家族から離脱を図る少年を、
1人おいているという趣向も上手いと思います。
その残酷さを含めて、
監督は子供というものを本当に良く知っていると思います。

何にせよ、絶対に今観るべき1本、
としか言えない傑作です。

是非是非騙されたと思って劇場に足をお運びください。

期待は多分裏切られないと思います。
観終わって、何か素直に感動出来ないモヤモヤを感じたとすれば、
それはあなたの心の中にあって、
あなたが封印していた何かが、
目覚めようとしているからなのです。

最後に一点だけ不満は、
僕が観た新宿ピカデリーの4番シアターで、
あの劇場はシネスコをそのまま映す大きさがスクリーンになく、
上下が切れたシネスコになっています。
あの劇場は酷いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「わたしは、ダニエル・ブレイク」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
わたしは、ダニエルブレイク.jpg
昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた、
ケン・ローチ監督の新作社会派映画を観て来ました。

これは英国社会のセーフティーネットの、
非人間性と胡散臭さを徹底して批判した社会派の映画で、
主張は明確で分かりやすく、
語り口も平明でなめらかです。

主人公は59歳の大工さんで、
心不全(弁膜症性ではなさそう)に罹患して、
一命をとりとめますが、
主治医からは当面仕事をすることを禁じられます。

それで障碍者としての給付を受けようとするのですが、
日本の介護保険の申請のような聞き取りの検査を受け、
「身の回りのことは出来ます」というようなことを言ってしまうので、
給付は降りなくなってしまいます。

それで日本の失業手当のようなものを、
申請するのですが、
今度は求職活動をしないと認められないと言われ、
実際には仕事をすることを禁止されているにも関わらず、
履歴書の書き方の講習を受けさせられたり、
実際に仕事に応募して、
採用されてから「実は働けない」と言って、
相手に激怒されるなどの、
理不尽な仕打ちを受けることになります。

日本でも似たようなことはあるのですが、
主治医が仕事が出来ないという証明をすれば、
失業の給付自体は受けられると思うので、
おそらく仕組みが少し違うのだと思いますが、
何故主治医の方にもっと文句を言わないのか、
というような点については、
観ていても良く分かりません。

また、求職活動をしていないと失業の給付が受けられない、
ということは日本でもあると思いますが、
毎月ハローワークに行けばほぼOK、
という感じのものであったと思うので、
映画のように厳しい審査で締め上げられる、
というような状況はないように思います。

映画はこの主人公の顛末と、
彼を取り巻く人間として、
2人の子供を育てるシングルマザーの女性と、
仕事に就かず一攫千金を狙う黒人の青年などが描かれ、
人間同士が助け合う結び付きの素晴らしさと、
それを踏みにじる官僚主義の冷徹さを描きます。

明快で分かりやすく、面白い映画だと思います。

ただ、1つの主張をやや押し付けるような感じがあり、
その一方で登場人物は聖人君子には描かれていないので、
何となくモヤモヤした部分が残ります。

この映画においては国家の社会保障政策と行政は、
まあ悪の権化のように描かれています。
主人公とそれを取り巻く人々は圧倒的な正義として描かれています。
ただ、主人公にもかなり落ち度があり、
性格的にも偏狭で自分勝手で、
短絡的な思考を持っていることも事実です。
カッとして役所の壁に埒もない落書きを書きなぐり、
警察から厳重注意を受けたりもするのですが、
それをある種の英雄的な行為のように描いています。
しかし、こんなものが英雄的な行為でしょうか?
色々な見方があると思いますが、
ただの無意味な迷惑行為のようにしか、
個人的には思えませんでした。

要するに複雑で人間的な人物を描いているのに、
作品の構成としてはその人物が絶対の正義になっているので、
観ていてモヤモヤしてしまうのです。
政治的な主張を持つ映画にありがちの欠点ではないかと思いました。

同じストーリーであっても、
もう少し複雑な味わいで、
一方に決めつけるような結論がない方が、
色々な感想の余地を残して個人的には好みです。

そんな訳で個人的にはあまり乗れなかったのですが、
映画というのはこうした政治的な側面を多分に持つものでもあり、
そうした映画としては、
ケン・ローチ監督の執念を見る思いもあり、
イギリスの社会保障の状況を知るという興味もあり、
決して観て損というようには感じませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「ゴースト・イン・ザ・シェル」(2017年実写版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ゴーストインザシェル.jpg
その後に多大な影響を与えた押井守監督の
「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」をベースに、
そこに原作のコミックと、
その後に制作されたアニメシリーズのエッセンスなども入れ込んで、
アメリカ映画として制作された実写版が、
今封切り公開されています。

主役のサイボーグの「少佐」はスカーレット・ヨハンソンで、
その上司をビート・たけしが、
人間時代の母親を桃井かおりが、
彼女をサイボーグ化した科学者をジュリエット・ピノシェが演じる、
というなかなか豪華で興味深いキャストで、
小出しにされる紹介映像などもなかなか凄そうなので、
期待された方も多いのではないかと思います。

僕もそんな訳で期待して初日に行ったのですが、
実際には典型的なエクスプロイテーション映画(見世物映画)で、
個人的には今年一番ガッカリの鑑賞になりました。

ただ、褒めている方や、
なかなか頑張っている、というような意見の方も多いので、
これはもう本当に個人の感想ということで、
ご容赦頂きたいと思います。

以下、悪口大会なのでご容赦下さい。

押井監督の「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」と、
その続編の「イノセンス」は好きなのですが、
映画はその哲学的で難解な感じは皆無で、
「人形遣い」も出て来ません。
ビジュアルは確かにそのままに再現されている部分はあるのですが、
1995年には斬新だったビジュアルについては、
もう他の映画でさんざんパクられているので、
目新しい感じは全くありません。

物語はほぼ「ロボ・コップ」で、
その上悪役に魅力のないロボ・コップです。
「ロボ・コップ」の映画の魅力の多くは、
その悪役の造形と大暴れにこそあったので、
それがない「ロボ・コップ」というのはもう、
見る値打ちがほぼないと言って間違いがありません。
それが今回の映画です。

最初にエクスプロイテーション映画と言ったのは、
それほどお金が掛かっている映画ではなく、
トータルにはかなりしょぼいのですが、
一点豪華主義でお金を掛けた場面のみを、
封切り前に何度も何度も見せてしまって、
「出だしでここまで凄いのなら、本編はさぞ凄いだろう」
と思わせて観客を騙そう、
という魂胆がありありとあるからです。

実際にはこの映画はオープニングのみがまあまあ凝っていて、
その後はどんどんしょぼくなり、
最後まで大して盛り上がることもなく終わってしまいます。

予算規模としては、
「ドクターストレンジ」や「キングコング髑髏島の巨神」の、
10分の1くらいかなあ、と感じるスケールです。
それを同じくらいの大作のように宣伝する手法が、
エクスプロイテーションです。

唯一この映画で素晴らしかったのは、
主役のスカーレット・ヨハンソンで、
この映画の彼女は全てが完璧に素晴らしく素敵で、
こんなしょぼい映画に出てもらったことが、
申し訳なくなるような感じです。
ビートたけしさんは日本語の台詞が棒読みの上聞き取れないという、
何か唖然とするような芝居で、
乗り気な仕事であったとは到底思えません。

いずれにしても、
典型的なB級からC級くらいの娯楽映画で、
お金があまりないのに無理をしている感じは、
アメリカ制作とは言え、日本のSF映画のようです。
あまり3D仕様にはなっていないので3Dで観る必要はなく、
スケールはしょぼいので、
アイマックスなどの大画面で観る必要もないと思います。

勿論以上は個人の感想ですので、
違う感想をお持ちの方はお許し下さい。

個人的にはとてもガッカリでした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「クーリンチェ少年殺人事件」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事はまた映画の話題です。

それがこちら。
クーリンツェ少年殺人事件.jpg
台湾映画の歴史的傑作と言われる、
「クーリンチェ少年殺人事件」が、
25年ぶりにフィルムをデジタル化して修復し、
今再公開されています。

封切りの1991年頃は僕が一番映画を観ていなかった時期で、
この作品の初公開版も観ていません。
封切りは188分であったそうですが、
その後236分というより長尺のバージョンが公開され、
今回公開されているのもその236分版です。

これは1961年の台湾を舞台にして、
第二次大戦後に中国本土から台湾に渡って来た一家が、
閉鎖的で抑圧的な環境と、
不運な偶然などから苦境に陥る物語です。

主人公はその一家の次男の高校生の少年で、
受験の失敗から不良高校生達との抗争に巻き込まれ、
曰くのある少女との淡い恋も無残な結末に至ります。

名作だとは確かに思いますが、
ほぼ4時間の上映時間で休憩なしというのは、
映画館で観る映画としては正直きついと思います。
僕が鑑賞した回は満席で、
上映時間中1人も途中でトイレに行く人はいませんでした。

皆さんさすがだなあとは思いますが、
僕自身ドキドキしてしまって、
まだまだ終わらないだろうなあ、
などと思うと、
あまり作品の世界に集中することは出来ませんでした。

僕は最初の188分版は観ていないのですが、
この内容で3時間8分というのは妥当な長さという気がしますし、
これなら休憩なしでも良いと思います。

今回の236分版はかなり編集はゆるい感じで、
1つ1つの場面のお尻は長過ぎると思います。
幾つかの山場があるのですが、
そこに向けて盛り上がるという編集にはなっていないので、
何となくモヤモヤしてしまいます。
「ニュー・シネマ・パラダイス」の時も、
結局最初の短縮版が一番観易く素直に感動出来て、
後から登場した長尺版は、
これが本当であるのは分かっても、
何かモヤモヤしてしまったのと同じような気分です。

今度是非188分版を観てみたいな、
というように思いました。
娯楽作品としては4時間休憩なしというのは、
成立はしていませんよね。
以前「旅芸人の記録」を観た時も、
トイレが気になって集中は出来ませんでした。

個人的には映画というのは、
特別な場合でなければ最初に公開されたバージョンが、
監督は不満であっても一番良いことが多いようです。

それでは次の記事に続きます。
今度は演劇です。

「ムーンライト」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ムーンライト.jpg
昨年の米アカデミー作品賞を受賞した、
「ムーンライト」を封切り初日に観て来ました。

最近のアカデミー作品賞の受賞作は、
あまり好みに合わないことが多いのですが、
この作品は繊細で詩情に溢れた素敵な映画で、
最近の受賞作の中では個人的には一番好きです。

黒人でゲイで麻薬の売人で、
唯一の肉親の母親は麻薬中毒という、
かなり凄まじい設定の主人公の、
少年期と思春期と青年期とを、
それぞれ別の俳優が演じて、
3つのオムニバスのように構成されています。

話はかなり殺伐としてドロドロした部分があるのですが、
一番暴力的な部分は、
3つのエピソードの間の時間にあって、
語られていないという構成がユニークで、
それでいて物足りなさは不思議と感じません。
それは語るべきことがしっかりと語られているからで、
むしろ省略の部分に、
「取返しのつかない何かが終わったしまった」
という情感が滲み出て、
それが観客の心に深い余韻を残すのです。

これまでのアメリカ映画の感動のさせ方とは、
ちょっと違う感じがあり、
ウォン・カーウェイにも似た感じがありますし、
初期の北野武映画に近いような感じもあります。
そうした映画がお好きな方には、
是非観て頂きたいと思います。

主な舞台はマイアミですが、
その乾いた空気感のようなものが、
リアルに肌触りとして感じられます。
それに対比されているのが、
主人公が恋焦がれる象徴としての「海」で、
少年時代の主人公が、
薬の売人の男と一緒に海に入る場面が、
観客まで一緒に水に触れているような、
体感的な描写で素晴らしく、
その後は洗面台の冷水でしか、
主人公は水と触れることがないのですが、
最後に恋人の胸の中で、
少年時代の姿の主人公は、
静かに月光の輝く海に帰って来るのです。

とても素敵なラストでした。

主人公を演じた3人はいずれも素晴らしく、
決して似たビジュアルではないのですが、
巧みな編集は観客を混乱させることがありませんし、
ちょっとした仕草や表情が、
確かに同一人物であることを感じさせるのが上手いと思います。
少年時代の主人公の庇護者であった薬の売人を演じた、
マハーシャラ・アリがアカデミーの助演男優賞を取っていて、
出番は短いのですが、
確かに印象的な演技です。
どうしようもない母親を3つの時代全てで演じたナオミ・ハリスも、
マハーシャラ・アリに劣らぬ名演でした。

映像はシネスコの画面を活かした、
体感的な描写や空気感が素晴らしく、
技巧的なワンカットや、
MV的なカットもあるのですが、
正攻法の描写と遊びの部分が綺麗に融合しています。
如何にも黒人映画という感じの音効も素敵でした。

そんな訳で非常にクオリティの高い、
繊細で情感に溢れた素敵な映画で、
それほど長くもありませんし、
是非にお勧めしたいと思います。
清涼感のあるスッキリとした後味は、
最近の映画ではあまり感じられない性質のものだと思います。

それでは次の記事に続きます。
もう1本映画、それから演劇です。

「キングコング:髑髏島の巨神」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午後は休診となります。
受診予定の方はご注意下さい。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
キングコング:髑髏島の巨神.jpg
あの「パシフィック・リム」のスタッフが、
「ゴジラ」に引き続いて、
今度は「キングコング」を現代に蘇らせました。
そのアイマックス3D版を初日に見て来ました。

これは東宝の特撮怪獣映画をリスペクトした、
怪獣ファンにはともかく楽しい映画で、
特撮も勿論凄いですし、
設定やストーリーもマニアックに作り込まれています。

プロローグは第二次世界大戦末期に、
謎の孤島髑髏島に、
戦闘中のゼロ戦とアメリカの戦闘機が、
不時着するところから始まり、
そこから本編はベトナム戦争終結時という時間軸で展開されます。

ここで「地獄の黙示録」や「プラトーン」を大胆に換骨奪胎し、
ベトナム戦争映画の密林の軍隊ドラマを、
そのまま怪獣王国のような魔の島で展開させています。

「地獄の黙示録」の密林で、
「キングコング対ゴジラ」か「怪獣無法地帯」か、
というような怪獣タッグマッチが繰り広げられるのですから、
どちらの世界も大好物の僕としては、
これはもうどっぷりとその世界に浸るしかありません。

全体に東宝特撮怪獣映画へのリスペクトがあり、
最初にキングコングを探しに行く人間を集める、
と言う辺りや、
キングコングが大蛸と対決するのは、
もろ「キングコング対ゴジラ」ですし、
島に着いてからの段取りは、
「ゴジラ・エビラ・モスラ南海の大決闘」に良く似ています。
ラストにはゴジラやキングギドラ、モスラ、ラドンまで、
壁画の図像として登場します。
美男美女が良い側の怪獣のお気に入りとなり、
何故か心が通じて、
見つめ合ったり助け合ったりするのも、
一時期の東宝怪獣映画のパターンとほぼ同じです。

キャストもなかなか豪華で、
それも単なるお飾り的な出演ではなく、
怪獣を前にして熱演を繰り広げています。

SFXも凝りに凝っていて、
クライマックスの怪獣同士のバトルは、
「パシフィック・リム」と同じですが、
あちらは夜の場面が多かったのに対して、
今回はラストは昼間の光の中での対決となり、
より画面は鮮明で迫力を増しています。

見せ場は本当に山盛り沢山なのですが、
特に最初にキングコングが米軍ヘリの編隊を襲う場面の、
巨大なものがいきなり襲ってくるという、
体感的な描写は新鮮に感じました。

大画面の3Dで見ることを想定した作りになっているので、
是非アイマックスかそれに準じた規格の大画面で、
3Dでの鑑賞をお勧めします。

他愛のない作品ですが、
血沸き肉躍る最新版の怪獣映画として、
好きな方には絶対のお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「哭声/コクソン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
コクソン.jpg
國村隼さんが謎の日本人として出演したことでも話題の、
韓国のサスペンス・ホラー映画を観て来ました。

これは変に格調の高い映画であるかのような、
実際の内容からすれば大袈裟な感じの批評もあり、
それから逆に罵倒するような感じの批評もあります。

この映画は、
確かに國村さんがインタビューでも話しているように、
新約聖書のキリストの挿話がベースにあり、
キリストとも悪魔とも見える人物と、
キリスト教の聖職者の若者との対話の部分には、
確かにそうしたテーマ性も出てはいるのですが、
通俗的なゾンビ物ホラーのバリエーションですし、
その範囲ではとても面白くて、
韓国映画らしい力押しが素晴らしいので、
謎めいたラストを含めて、
あくまでそのジャンル物として楽しむべき映画だと思います。

ラストの謎については、
「氷の微笑」のパターンと同じで、
一度話をひっくり返しておいて、
最後にぼやかして煙に巻くということではないでしょうか?
それ以上の深読みは意味がない、
というのが個人的な意見です。

ただ、クライマックスの迫力と凄みは、
聖書の挿話を下敷きにして謎めいた対話をすることにより、
醸成されている部分が大きいので、
その意味では娯楽として成功しているのではないかと思います。

ミステリ―色のあるホラーとしては、
なかなかの力作で、
前半のユーモアを交えて描かれる、
寒村の風景描写も良いですし、
猟奇的な事件の連鎖と、
その背後に見え隠れする、
國村さん演じる謎の日本人の不気味さも良いのです。
イケメンの祈祷師が登場する辺りからアクセル全開となり、
怒涛の力押しの場面が連続します。
もう終わりかと思うとなかなかそうはならず、
ラストには聖書のエピソードを下敷きにした、
それまでの光が不意に闇に覆われるような、
幻惑的な場面が待っています。

かなり凄まじい話ですが、
残酷描写は穏当なものになっていて、
おそらくもう少し過激なバージョンもあることが、
推測されます。
日本版は年齢規制を避けたのではないでしょうか?
ただ、それでも子供の使い方など、
とても後味は悪く、
子供が見て良いような作品とは思えないので、
この作品に年齢規制がないのは、
ちょっとおかしいと思いました。
最近の映倫の規制の根拠は、
正直訳が分かりません。

國村隼さんは謎の日本人という役柄で、
日本語のみを話しています。
ふんどし一丁で野山を駆け回り、
滝に打たれ、落ちたり転がったり血まみれになったり、
つるはしを持った連中に追い回され、
生肉を引きちぎり、変身もしと、
唖然とするような怪演で、
それでいてしっかり演技の持ち味も出ていたと思います。
「アウトレイジ」も良かったですし、
最近の國村さんは抜群だと思います。
彼の演技を見るだけでも、
この作品は一見の価値はあると思います。

趣味の良い映画ではありませんが、
決して分かりにくい映画ではなく、
ホラー・ミステリーというジャンル物としては、
なかなか面白い快作だと思います。

こうしたジャンルの好きな方にはお勧めです。

今日はもう1本舞台の記事があります。
それでは次に続きます。

「ナイスガイズ!」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ナイスガイズ!.jpg
1977年のロスを舞台に、
ラッセル・クロウとライアン・ゴズリングが私立探偵を演じて、
コミカルな大活躍を見せた映画です。

これはとても胸がすくような映画で、
ちょっとふざけすぎかな、とは思うのですが、
今年観た外国映画の中では、
最も楽しめた作品かも知れません。

同じライアン・ゴズリングの主演作としては、
「ラ・ラ・ランド」の2倍くらい楽しめました。

わざわざ1970年代のスモッグに覆われたロスを舞台にしていて、
日本でも70年代や80年代を舞台にした刑事ものはありますが、
日本の作品がどう見ても現代に撮ったとしか見えないのに対して、
この作品はその映像の肌触りといい、
物語の組み立て方からキャラの設定、
そして演じている役者さんの雰囲気から演出まで、
見事なまでに1977年を再現していて、
その時代に作られた私立探偵アクションのようにしか、
見えない、と言う点がともかく見事です。

懐古趣味と言えば懐古趣味なのですが、
後ろ向きの感じは全くなくて、
あの頃のアメリカの恰好良さを、
同時代的にそのまま表現しているのが良いのです。

現代を舞台にして同じような物語を紡いでも、
こんなに楽しくは絶対になりません。

台本もなかなかに凝っていて、
たとえばオープニングでポルノ女優が死ぬのですが、
その叔母さんが死んだ2日後に彼女を見た、
と言って探偵に調査を依頼するのです。
甦るようなシチュエーションでは全くないので、
あれっ?と思っていると、
それが後半で綺麗に伏線になっています。
上手いなあ、と思いました。

10万ドルを運んで欲しいと頼まれて、
ライアン・ゴズリングが愛車のハンドルを握るのですが、
ラッセル・クロウが、
「今は自動運転も出来るんだぜ、ちょっと手を放してごらん」
みたいなおかしなことを言うのです。
確かに手を放しても、
自動的にハンドルが動いています。
不思議だなと思って後ろを向くと、
何と人間と同じ大きさの蜂が後ろに座っています。
こんな馬鹿なと思うと、オチが付くのですが、
それが10万ドルの正体に繋がってゆきます。
全てが有機的に結合していて、
無駄というものがまるでありません。
遊びだらけに見えて、緻密という、
良く出来たシナリオのお手本のようです。

映像も凝っていて、
オープニングで車の事故が起こるところは、
事故に遭遇する家の子供が夜に起きて来て、
キッチンでミルクを飲もうとすると、
キッチンの窓から見える遠くの景色の中で、
今まさに崖から落ちる車が映り込むのです。
と思う間もなく、
その家の壁を突き破って車が突入して来ます。
ちょっとした場面なのに、
贅沢で手の込んだことをしていると感心します。

音楽は鉄板のかつてのヒット曲が目白押しで、
EW&Fの「セフテンバー」もありますし、
アメリカの「名前のない馬」もあります。
僕にはドンぴしゃりです。

キャストもラッセル・クロウとライアン・ゴズリングの共演が、
期待を超えるような素晴らしさで、
2人の掛け合いを見ているだけで、
ウキウキするような気分になります。
練り上げられたギャグの応酬が、
また楽しいのです。

そんな訳で、
基本的には70年代のパロディアクション映画なのですが、
とてもとても贅沢にかつ丁寧に作られていて、
アメリカ娯楽映画の底力を感じさせるような快作でした。

70年代や80年代のアメリカアクション映画の好きな人には、
絶対のお薦め品です。
とても楽しいですよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「愚行録」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日最後の映画記事になります。
それがこちら。
愚行録.jpg
貫井徳郎さんの同題のミステリーを映画化した作品が、
今封切り公開中です。

新宿の比較的大きなスクリーンで鑑賞しました。

貫井さんの原作は先に読んでいたのですが、
この方はミステリー作家としてはかなりムラがあって、
面白い作品がある一方で、
殺人事件の謎解きを期待して読んでいると、
結局謎は解かれないままに終わってしまう、
というような脱力系の作品も多く書いています。

「愚行録」はある一家皆殺しの殺人事件について、
関係者がジャーナリストに証言した記録をまとめた、
という体裁の作品になっていて、
事件の謎がメインのテーマという感じではないのですが、
一応ラストには犯人が提示され、
それなりに伏線が回収されるようにはなっています。

慶應大学と早稲田大学が実名で登場して、
慶應については、
内部生と外部生の格差があって妬みあってドロドロ、
というような描写になり、
桐野夏生さんの「グロテスク」のパクリのような感じでした。
どうもあまり上出来とは思えません。

これをそのまま映画にしても、
面白くもおかしくもなさそうだ、
というように感じましたが、
映画の脚本は、
1組の人物をスライドするような感じでリライトしていて、
他の部分はあまり変えていないのに、
原作とはかなり印象の異なる作品に仕上がっていました。

「ラストに3度の衝撃」みたいな宣伝文句があり、
実際に、犯人が分かる、
意外な場面でワンカットで殺人が起こる、
隠されていた秘密が明らかになる、
という趣向になっています。
格別意外性があるということでもないですし、
原作通りのことが起こるだけ、とも言えるのですが、
あまり起伏がなく意外性やサスペンスには乏しい原作を、
かなり上手く盛り上げようとしていた、
というようには思います。

ただ、ここまで頭をひねって原作を作り変えるのであれば、
もっと他に映画向きの原作があったのではないかしら、
という思いは抜けませんでした。

雰囲気的にはハノケのミステリー映画みたいな感じで、
悪くはないムードでした。
オフィス北野の制作で、
北野武映画のスタッフが入っているので、
オープニングのバスで席を譲るというシークエンスなど、
数分のエピソードで起承転結を付け、
ちょっとしたオチを作るやり方や、
必要以上に移動のショットを長く取るところなどは、
北野映画の影響が感じられます。
一方で余白を活かした無機的な空間での、
精神科医と女性とのやり取りや、
意外で唐突な殺人の瞬間を、
ワンカットで見せるやり口などは、
黒沢清監督の影響が顕著です。

僕は北野映画も黒沢映画も大好きなので、
そうした意味ではとても相性は良かったのですが、
まだ統一感を持ってそれが独自の演出に、
昇華しているという感じではないので、
何処かぎこちないパッチワークのようになっていて、
それが不満に感じました。

ワンカットの殺人シーンは、
置物で相手を殴りつけるのですが、
寸止めしているのが明らかに分かる芝居で、
とてもガッカリしました。
黒沢監督でしたら、絶対にああした詰めの甘い描写は、
しないと思います。
あれはガツンと本当に殴ったように見えなければ意味がなく、
そう出来ないのであれば、
カットを割った方が良いのです。

このように不満は多いのですが、
サイコスリラーとして僕好みの題材ですし、
もう少し独自性のある絵作りが出来てくれば、
大化けするのではないか、
という期待も持たせるものではありました。

次作を楽しみに待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「たかが世界の終わり」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日4本目の映画の記事にあります。

それがこちら。
たかが世界の終わり.jpg
カナダの新鋭グザヴィエ・ドラン監督が、
フランスの劇作家の戯曲を原作に映画化し、
豪華キャストの台詞劇として構成した新作映画が、
今封切り公開されています。

昨年のカンヌ国際映画祭のグランプリを獲得しています。

カンヌのグランプリは昨年の「ディーパンの戦い」もきつかったのですが、
今回は更にきつい作品です。
娯楽性はほぼ皆無の台詞劇で、
舞台戯曲の映画化でありがちですが、
台詞の微妙なニュアンスが分からないと、
理解不能という感じの作品なので、
正直ひたすら苦痛な鑑賞になりました。

かと言って、内容が難解だ、ということではなく、
物語は比較的明確で意図も不明な感じではなく、
音効の入れ方などはキャッチャーな感じなのですが、
台詞のニュアンスが分からないと、
何もない物語はひたすら単調で、
急に登場人物が興奮したり怒ったりするところもあるのですが、
その理由が明かされることもないので、
観る側はひたすらモヤモヤしてしまうだけです。

物語は家族から断絶して家を出た主人公が、
劇作家として大成し、
12年ぶりに家族の元を訪ねる、
というところから始まります。

彼はもう死期が迫っている、
ということがモノローグで明かされますが、
その詳細は不明で、
最後まで不明のままです。

彼は実家で自分がもう死ぬ、
という話をする筈だったのですが、
結局は話をすることは出来ず、
何も分からず、何も進展はしないままに、
物語は終わってしまいます。

主人公はどうやらホモセクシャルでHIVに感染し、
それで死期が迫っている、
ということのようです。
ただ、予備知識がないとそんなことは、
本編を観るだけでは全く分かりませんし、
家族がキスを嫌がったりと、
におわすような描写は確かにあるのですが、
それで分かれというのも随分と不親切な話ですし、
分かったところで特に面白いという訳でもありません。

日本映画でもこういうタイプの話はありますし、
ニュアンスが分かると、
もう少し面白く観ることが出来るのだと思います。
多分台詞のディテールにも妙味があるのだと思いますが、
それを察しろというのも無理があります。

ほのかに見える田舎の景色の空気感とか、
面白そうな描写もあるのですが、
タルコフスキーみたいに、
草原を風が渡るだけで物語などなくても気分が良い、
というような感じにはならず、
ああ、ちょっとムードがあるね、
くらいで終わってしまいます。

そんな訳でフランス語のニュアンスが分からないと、
ほぼ理解不能の映画で、
そうした素養のある方以外には、
お薦めは出来ない作品です。

褒めている評論家の方もいらっしゃるのですが、
おそらくは社交辞令か嘘を吐かれているように、
個人的には思います。

無駄に時間を使ってしまいました。

それでは次に続きます。
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