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「デトロイト」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
デトロイト.jpg
1967年のデトロイトで起こった「黒人暴動」を、
その中の一挿話であるアルジェ・モーテルの事件に絞って、
臨場感たっぷりに描いた骨太の社会派映画、
「デトロイト」を観て来ました。

監督はこうした社会派の映画に定評のある、
キャスリン・ビグローです。

アルジェ・モーテル事件というのは、
デトロイト暴動の最中に、
不良黒人がおもちゃのピストルをモーテルの窓から鳴らしたのを、
警備していた警官が本物の狙撃と誤解して、
モーテルに踏み込み、
存在しないピストルを探して、
モーテルにたまたまいた黒人男性を暴行し、
結果として3人を殺したというもので、
3人の警官は罪に問われて裁判になりますが、
結局は無罪になってしまいます。

映画はまず、
違法酒場の取り締まりに端を発した、
黒人暴動の始まりをドキュメンタリータッチで描き、
そこからアルジェ・モーテルの暴行の一部始終を再現、
その後裁判の顛末と、
事件によって人生を狂わされた人間達のその後を描きます。

2時間50分弱の長尺ですが、
緊迫感のある描写で迫力があり、
説明も分かりやすいので退屈はしません。
ただ、メインとなるモーテルでの暴行のパートは、
同じことの繰り返しなので、
途中は単調に思えました。

核となるのは、
ドラマティックスというソウルグループのボーカルで、
暴動とは何の関係もないラリー(アルジー・スミス)が、
巻き込まれて人生を狂わされ、
白人恐怖症からデビュー自体をあきらめて隠遁する、
という切ない顛末と、
正義感が暴走する若い警官クラウス(ウィル・ポールター)、
そして偶然その場居合わせた警備員の、
ディスミュークス(ジョン・ボヤーガ)の3人のドラマです。

このうちラリーのパートについては、
胸に迫るものがあり、
正義感のある差別主義者で一途な警官クラウスも、
納得のゆく造形なのですが、
中立的な立場で、
ドラマとしては一番重要な筈のディスミュークスのパートが、
あまり深みのあるものにならなかったのは、
少し残念に感じました。

通常3時間の尺でデトロイト暴動を描くのですから、
幾つかのエピソードが並行して進行するような、
最近であれば「ダンケルク」のような構成が通常ですが、
今回の作品は前半は暴動全体を描くという感じがありながら、
途中からはモーテルの暴行事件に絞られ、
それが空間的にも時間的にも遠い異国の観客からすると、
地味な素材に感じられて、
興味を持続することが難しかったのが正直なところです。

この辺りはこの事件自体が真相不明のもので、
実際の事件で関係者の多くも生きている、
というところに作品の限界があったようにも思います。
歴史の勉強としての興味はありましたが、
ドラマとして切実に感じる、
というところまではいきませんでした。

アカデミー賞最有力とチラシには書かれていますが、
結局は候補にはならなかったようです。

しかし、これぞアメリカ映画という骨太の作品ですし、
迫力も緊張感もありますから、
こうしたテーマに興味のある方でしたら、
映画館で観る価値はあると思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「RAW 少女のめざめ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
RAW.jpg
2016年のフランス・ベルギー合作で、
フランスの新人女性監督、
ジュリア・デュクルノーの長編デビュー作が、
今ロードショー公開されています。
2016年のカンヌ国際映画祭でも賞を取っているのですが、
これがとんでもない変態映画で、
ちょっと仰天しました。

R15という規制になっていますが、
R18であるべきのようにも思います。
昔俳優座劇場のレイトショーで、
深夜に1回のみ上映していたような、
そうした質感の作品ですし、
それが相応しいように思います。

それをまともな映画館で、
昼間から上映しているのですから、
それにも驚きました。

ホラーと言えなくもないのですが、
お化けみたいなものは出て来ませんし、
怖いという感じの作品ではありません。

ただ、徹底して背徳的で悪趣味で露悪的でグロテスクなので、
観ていると気分が悪くなってつらくなるという感じです。
ホラーは好きなジャンルですし、
こうした悪趣味を追求したような映画も、
結構見てはいるのですが、
その中でもかなり趣味の悪さではヘビー級の方だと思います。
意図的な模倣の部分もどうやらありそうですが、
悪趣味とエロと残酷さのみを追求した、
見世物ホラーをなぞったような感じもあります。

主人公は感受性の強い天才少女で、
奔放で背徳的な姉を慕って、
姉と同じ獣医学部に入学します。
そこが新人いじめに動物の血を頭からかけたり、
ウサギの腎臓を生のまま食べることを強要するような、
異常な上下関係のある特異な場所で、
そこで主人公の「ある異常な嗜好」が開花するのです。

オープニングの遠景の場面からして、
いきなり衝撃的な展開を見せますし、
馬に気管内挿管をしたり、
牛の摘便や犬の解剖などが、
おそらくは本物を全て使っているようで、
極めて生々しく登場します。
教職者を含めて登場人物は皆ヘビースモーカーですし、
この辺りは日本やアメリカの映画では、
今では倫理的にとても出来ない趣向です。
しかしそれはまだ序の口で、
主人公の異常な嗜好が開花する場面は、
真に衝撃的で悪趣味の極みで、
生理的な不快感を煽りますし、
その後の展開も異常さのつるべ打ちで、
悪夢のようなクライマックスの後では、
ショッキングで滑稽でもある、
絶妙な「オチ」が待っています。

こうした映画は通例、
藝術になるかクズになるかのどちらかですが、
この作品は微妙なところで、
勿論藝術ではありませんが、
クズとも言い切れないところで浮遊している感じです。
やりようによっては、
もっと藝術にも振れるところですが、
悪意に満ちた作り手は、
意図的に安っぽさを志向しているようです。

それでいて主人公の演技などは、
極めてリアルで繊細で見応えがありますし、
ラストのオチに向けて、
周到に前半から伏線が張られたりもしているので、
余計に観客はこの周到な悪ふざけのような作品を前に、
当惑するよりないのです。

とても皆さんにお勧め出来るような作品ではありませんが、
話のタネにはなるような、
衝撃作であることは間違いがありません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「羊の木」(吉田大八監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
羊の木.jpg
山上たつひこ原作、いがらしみきお作画のカルト的漫画を、
鬼才吉田大八さんが監督した注目の新作映画が、
今ロードショー公開されています。

原作の漫画は悪意に満ちた、
トラウマ化必死のかなり凄まじいもので、
とてもこのまま映像化することは出来ないと思える一方、
吉田さんも一筋縄ではいかない監督なので、
一体どう料理するつもりなのだろうと、
期待半分不安半分で映画館に出掛けました。

結果的には原作が使われているのは、
殆ど基本的な設定の部分だけで、
未知の物に対する不安から来る差別感情というやっかいなものを、
俎上に上げているという点は原作と同じですが、
その扱いはかなり異なり、
後半の展開はほぼ映画のオリジナルと言って良いものでした。

原作では悪意の塊のような謎の人物が登場し、
移住した受刑者のみならず、
町の住民自体がその内なる狂気を露にして、
地獄の釜の蓋が開いたような阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれるのですが、
映画版ではそうした謎はなく、
住民は全て至って健全で、
結果としてある複雑なサイコパスと、
主人公が戦うという話が後半の軸になっていました。
ただ、正直そのオリジナルの展開に説得力がなく、
たとえばヒロインがある男を好きになるという心理が、
全く説得力を持っていないので、
唐突でモヤモヤしたまま終わってしまいました。

強引にアイドルを主役にして設定を変更する、
という限界が企画にあったことも推測されますが、
原作の設定があまり活かされず、
後半のノワール的な展開も、
中途半端に終わってしまったことはとても残念でした。

ただ、さすが吉田監督という部分もあり、
語り口は巧みで明快な点は良いと思いますし、
ワンカットでひき逃げを目撃させた、
殺人場面の演出も鮮やかでした。

そんな訳であまり上出来とは言えない作品でしたが、
映画の登場人物以上に先の読めない吉田監督のことですから、
また次回作は期待して待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「花筐」(檀一雄原作・大林宜彦監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
花筐.jpg
大林宜彦監督が以前から温めていた企画を映画化した新作が、
今ロードショー公開されています。

原作は檀一雄の短編小説ですが、
ほぼ設定を借りているだけで、
大林ワールドが濃厚かつ長大に展開されています。

僕は大林監督は大好きで、
1977年の「HOUSE ハウス」はロードショーで観ています。
予告編が驚くほど奇怪でポップで壮絶だったので、
一体どんな映画なのかとワクワクしながら劇場に足を運んだのですが、
本編自体も予告編のようなダイジェスト感で、
「あれあれ、何だこれは…」と思っているうちに、
1時間余りで終わってしまい、
呆然としたことを覚えています。
ただ、ラスト血の海になった邸宅の中を、
大場久美子が戸板の筏で突き進み、
化け猫の池上季実子と抱き合う場面の、
表現の出来ない切ない抒情のような物には、
当時からたまらない魅力を感じました。

その後、
「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の尾道三部作に、
大学時代に出逢い、魅了されて本当の意味で虜になりました。

ただ、その一方で大林監督は、
「ねらわれた学園」や「漂流教室」のような、
スクリーンに物を投げつけたくなるような、
三池崇監督に匹敵するような「Z級映画」も沢山撮っていますし、
「異人たちとの夏」のように、
鶴太郎の場面は素晴らしいのに、
最後の女幽霊は最悪で苦笑するだけ、
というようなアンバランスな変な映画や、
「はるか、ノスタルジィ」のような、
観ると恥ずかしくて具合の悪くなるような、
最悪の変態自意識過剰映画も撮っています。

真の藝術家でありながら、
商業主義の権化のようでもある、
一筋縄ではいかない奇怪な巨人だと思います。

さて、今回の「花筐」ですが、
一応反戦物のような体裁ですが、
殆ど筋らしい筋はなく、
おもちゃ箱をひっくり返して、
お菓子を食べておもちゃをベタベタにしたような、
大林映画のガジェットが氾濫する世界が、
3時間弱特に起伏なく展開されるというマニア向けの作品です。

そもそも40くらいの役者さんが、
10代の若者を演じたリしているので、
それ自体でもう真面目に見ていいのか、
ただ笑うべきなのか訳が分からないのですが、
戦時中の筈なのに豪華な食事に豪華なお祭りなど、
これもファンタジーとして楽しむべきなのか、
ツッコミをするべきなのかも良く分かりません。

「血とバラ」のオマージュで、
昔から大林映画で定番の、
血が白いドレスに盛大にf流れたリ、
薔薇の花びらが血に変化したり、
粉々になった鏡に顔がバラバラに映ったり、
部屋から水に飛び込むような幻想シーンなど、
大林映画を昔から観ている人には、
懐かしいイメージが山のように出て来ますが、
映像がビットレートの低いDVDのようで美しくないのと、
同じ構図の場面が多すぎるので、
次第に疲れて退屈してしまいます。

他の大林映画の多くでも言えることですが、
もう少し上映時間の短い、
密度の濃い映画にして欲しかったと思います。

そんな訳で、
病に倒れながらこの作品を完成させた大林監督の執念には、
最大の敬意を表したいとは思いながら、
マニア以外にはあまりお薦め出来ず、
劇場で観ても映像の精度はあまり高いものではないので、
大変失礼ですがテレビの画面で観れば充分かな、
という印象を個人的には持ちました。

一般の方にはあまりお薦めは出来ません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「スリー・ビルボード」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
スリー・ビルボード.jpg
僕の大好きなマーティン・マクドナー監督の新作、
「スリー・ビルボード」を観て来ました。

これは傑作です。

脚本が練り上げられていて抜群の完成度ですし、
役者も皆とても味のある良い芝居をしています。
演出もとてもオーソドックスで安定感があり、
草の匂いが感じられるような、
空気感のある映像もとても美しいのです。
ルネ・ルレミングの「夏の名残の薔薇」で始まる音楽も、
新旧織り交ぜオリジナルも入れて、
とても良い感じです。

要するにほぼケチの付けようがありません。

コーエン兄弟の犯罪映画に近い雰囲気ですが、
コーエン兄弟のような晦渋さや臭みがありませんし、
フィクションと現実を強引に結びつけようとする腕力の若さが、
コーエン兄弟にはない魅力です。
クリント・イーストウッドも描きそうな世界ですが、
その視点はもっとニュートラルで党派性はない一方で、
とてもシニカルで独特で深いのです。
「泣ける」映画のような涙とは無縁ですが、
心が吠えるような感動があります。

今年これまでに観た映画の中で、
ベストであることは間違いありませんし、
まだ2月ですが、
年末の今年のベスト5に入れることも、
もう決定したと言って良い感じです。

マクドナーはアイルランド出身の劇作家で、
その後最近になって映画監督としてもキャリアを重ねています。
僕にとっては長塚圭史さんが演出した「ウィー・トーマス」が衝撃的でした。
その後「ピローマン」、「ウィニシュマン島のビリー」、
「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」などの作品を観て、
そのブラックで切なくて残酷な、
それでいて理知的で完成度の高い世界に魅了されました。

今回の作品はマクドナーの演劇畑の作品とは、
また肌合いの違う感じのものになっています。
つまり、演劇から映画に転向した多くの作家とは違って、
映画はしっかりと映画になっていて、
中途半端な演劇臭はないのです。

ただ、それでもマクドナーならではの、
シニカルで意地悪で観客の心理を翻弄するような感じや、
人間に対する深く独特な洞察力は同じで、
凡百のドラマにはない切ない感動が観客の心を揺さぶるのです。

この映画はなるべく予備知識などない方が良いので、
あまりネタバレは避けたいのですが、
最初のとっかかりの部分のみお話すると、
まだ多くの偏見の残るアメリカ南部の田舎町で、
少女がレイプの上焼き殺されるという無残な事件が起こり、
犯人が逮捕されないことに業を煮やしたその母親が、
事件のあった場所近くの看板(ビルボード)に、
警察署長の怠慢を告発する広告を出す、
ということころから物語は始まります。

その広告が村に大きな波紋を呼び…
という展開になると、
観客はこれは被害者の母親が、
警察の理不尽な権力と戦うという話なのか、
と当然そんな風に思うのですが、
悪玉である筈の名指しされた警察署長というのが、
人格者として皆に慕われている人物である上に、
末期の膵臓癌で余命幾ばくもないということが分かり、
主人公の母親自体にも、
常軌を逸っしたところが沢山ある、
ということが分かってくると、
一体何を信じて何を指標としたら良いのか、
混沌とした気分の中に観客は投げ込まれます。

地方のメディアが登場しますが、
その時の空気に支配された報道を繰り返すだけで、
何の尺度にもなってはくれません。

後半に至るまで、
「えっ?」というような展開が続き、
とてもこれでは納得出来るような着地はあり得ない、
というように思えたところで、
意外な人物が事件の中心に浮上して、
一気に物語はラストに向けて加速するのです。

そして、とても印象的なラストでは、
最初には想像も付かなかった組み合わせの一組の男女が、
1台の車で旅に出て、
その車には一丁のライフル銃が載っているのです。
男と女に銃が一丁というのは、
これはもうかつてのハリウッド映画に定番の設定ですし、
それが意味するものは重く切なく、
そして意外なほどに現代的でもあるのです。
観客の心を揺さぶり想像力をかき立てる、
素晴らしいラストだったと思います。

ともかく観終わった瞬間、
見知らぬ誰かと朝まで語り尽くしたくなるような、
素晴らしい映画で、
一般受けはしないかも知れないので、
ロードショーは短期間で終わってしまうかも知れません。

是非是非映画館でご覧になることをお薦めします。

本当の本物です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「希望のかなた」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事も映画の話題です。

それがこちら。
希望のかなた.jpg
映画ファンにはとても人気が高い、
フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の、
ヨーロッパの移民問題を扱った新作が、
昨年末からロードショー公開されています。

遅ればせながら観て来ました。

感想は微妙なところで、
いつもの監督のとぼけた個性と牧歌的な筋立てが、
シリアスな移民問題と移民の主人公の顛末に、
あまりしっかりとフィットしていない感じがあり、
カウリスマキ・マジックが、
やや空回りしている印象がありました。

社会の理不尽さと冷酷さとに対決する、
庶民のコミュニティというのは、
「私は、ダニエル・ブレイク」などでも感じましたが、
ややステレオタイプの感じがして、
日本で言えば山田洋次監督の世界観に近いと思いますし、
山田監督が移民問題をテーマにして映画を撮れば、
まあこんな感じになるのだろうなあ、
とは思うのですが、
色々な見方があると思いますが、
個人的にはあまり共感は出来ませんでした。

この映画を褒めている方の批評を幾つか読んだのですが、
「カウリスマキだから良い映画の筈だ」
というような思考停止の感じの物が多くて、
「棒読みで棒立ちで無表情な台詞」とか、
「一見ご都合主義に見える展開」とか、
「寿司に対する勘違いが笑える」とか、
褒めているようなのですが、
良く読むと実際にはあまり褒めているようでもありません。

誰でも褒めているのが、
勘違いの寿司屋のくだりですが、
如何にも無理矢理突っ込んだギャグパートという感じで、
僕はあまり乗れませんでした。
そもそもここが一番面白いというのは、
トータルな映画としてのバランスに、
やや問題があるということではないでしょうか?

そんな訳で僕はあまり乗れなかったのですが、
カウリスマキ監督の作品はあまり観ていないので、
ご容赦を頂ければと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ルイの9番目の人生」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

1日何もなければのんびり過ごす予定です。

今日は日曜日なので趣味の話題です。

まずははこちら。
ルイの9番目の人士.jpg
これはホラーを得意とするフランス出身のアレクサンドル・アジャ監督が、
イギリスのリズ・ジェンセンが2004年に発表した、
同題のミステリーを映画化したもので、
イギリス・カナダ・アメリカの合作ですが、
ハリウッド制作より地味な感じのスリラーになっています。

ラストにどんでん返しのあるような宣伝をしていて、
こうした作品が好きなので、
「どんなものかな…」
とは思いながらつい騙されて観てしまいました。

実際にはかなり地味なB級の映画で、
よほどB級映画が好きな方以外にはお薦め出来ません。

原作も一応翻訳はされていますが、
殆ど話題にはなっていません。
僕は原作物は基本的には原作を先に読むようにしているのですが、
この作品は未読で、
映画を観てしまうと、
とてもこの作品の原作を読むという気にはなりませんでした。

内容はルイ・ドラックスという9歳の少年が、
両親とのピクニックの最中に崖から転落して、
一旦は心肺停止してから意識はない状態で蘇生します。
実はこの少年はそれまでに、
食中毒や事故や感電などで9回も死にかけていて、
それが単なる偶然であるのか分かりません。
少年の母親は男の心を惑わさずにはおかない美女で、
父親は元ボクサーですが、
夫婦仲は悪くその原因にも謎がありそうです。
小児の昏睡の専門医(?)が、
意識不明の少年の診察に当たるのですが、
少年からと思われる謎の手紙が届いたり、
少年の周囲でまた奇怪な出来事が起こり始めます。

果たして少年の事故の原因は何なのでしょうか?

とあらすじを書いただけでも、
何となく真相が分かってしまいそうですが、
実際に多くの方が想像する通りの真相で、
○○症候群という、手垢に塗れた病名が、
出て来たところでガックリしてしまいました。

ホラーかと思うと別に怖いところはなく、
海の怪物みたいなものが登場しますが、
結局肩すかしで終わってしまいます。
「氷の微笑」みたいな雰囲気もありますが、
要するに思わせぶりなだけです。
映像がそこそこ綺麗なのが救いですが、
演出もファンタジーを狙ったのかサスペンスを狙ったのか、
良く分からないものになっていました。

そんな訳で配給会社の方には失礼と思いますが、
鑑賞するかどうか迷われている方には、
余程の物好き以外にはお薦め出来ない、
と個人的にはお答えしたいと思います。

蛇足ですが作中でアジア系の子供の顔を、
「stupid face」という表現で馬鹿にするところがあって、
露骨に差別的で驚きました。

今日はもう1本映画の記事があります。

それでは次に続きます。
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「西瓜とマヨネーズ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
南瓜とマヨネーズ.jpg
同題の漫画を魅力的なキャストで映画化した、
「西瓜とマヨネーズ」を観て来ました。

バンド内のゴタゴタで音楽から遠ざかった、
太雅さん演じるせいいちというプライドの高い若者が、
その才能に惚れ込んでいた臼田あさ美さん演じるツチダという女性と、
同棲生活をしているのですが、
せいいちは現実逃避をして何をするでもなく、
アパートで無為な生活を続けています。
せいいちが音楽で成功することを何よりの希望としているツチダは、
生活のためにせいいちには内緒でレオタードパブで働くようになります。
ツチダの期待がせいいちには重圧になり、
次第に2人の間には距離が生まれてしまいます。

そんな時にツチダの前に、
オダギリジョー演じる、かつて好きだった、
風来坊のような遊び人のハギオが現れます。

3人の関係は微妙に揺れ動き、
最後にはそれぞれの人生の転機が訪れるのです。

如何にもの展開の青春のほろ苦いドラマですが、
青春ドラマを得意とする職人肌の富永昌敬監督は、
最後にせいいちがオリジナル曲をツチダに歌うクライマックスに向け、
比較的淡々と誠実に物語りを紡いでゆきます。

非常に端正な映画で、
胸に静かに響くようなところはあるのですが、
正直おじさんにはもうこうした世界はきついかな、
というような印象で、
あまり乗れませんでした。

漫画の雰囲気を大切にしていて、
映像化しようという気持ちは分かるのですが、
キャバクラみたいなものを出してしまうと、
原作通りではあっても、
実写では生々しくなりすぎて、
集客へのサービスのようにしか見えなくなってしまいます。
またせいいちがかつてのバンド仲間と、
再び交流が生まれる辺りの段取りも、
もう少し映画的なリアルさが欲しかったという気がしました。

漫画のリアルと映画のリアルは、
また別物なのではないでしょうか?

抜群に良かったのはオダギリジョーさんで、
いつも通りに徹底しただらしなさの駄目男を、
それでいて魅力的に表現してしまう空気感は、
オダギリさんならではの至芸と言う気がします。
それと比較すると臼田さんも太雅さんも、
原作に寄せようとする感じが、
やや中途半端な造形になっていて、
特にツチダが惚れ込むせいいちの魅力が、
太賀さんからはあまり感じられない気がしたのが、
少し残念でした。
映画としてもせいいちの音楽的才能が、
もう少し見えるような部分があっても良かったのではないでしょうか。

そんな訳でこの映画はちょっと駄目でした。

ただ、それはおそらく年齢のせいもあって、
こうした映画は楽しめなくなってしまったのね、
とちょっと寂しく感じる思いもあったのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
プラハのモーツァルト.jpg
チェコとイギリスの合作で、
全編チェコのプラハを舞台に、
モーツァルトを主人公にした映画です。

もう終わりかけの時期に、
滑り込みで鑑賞しました。

軽い感じの映画に思えましたが、
難しい映画が大好きな評論家の白井佳夫さんが、
割と褒めていたので、
どんなものかな、と思って観たのです。

結果的には、
詰まらなくはなかったのですが、
わざわざ映画館で観るほどとも思えませんでした。

「フィガロの結婚」が大人気のプラハから呼ばれたモーツァルトが、
そこで新作オペラの「ドン・ジョバンニ」を完成させ、
プラハで初演したのは、歴史的事実です。

そこでモーツァルトが魅力的な若い歌手と恋に落ち、
プラハの男爵で悪魔的な人物との三角関係から、
悲劇的な結末を迎える、
というフィクションを加えて、
その女性への思いを込めた作品として、
「ドン・ジョバンニ」が完成する、
という締め括りになっています。

モーツァルトのオペラの設定が、
映画のストーリーの随所に織り込まれていて、
「フィガロの結婚」と「ドン・ジョバンニ」については、
音楽もふんだんに使われています。
実際の事件を元にして、
「ドン・ジョバンニ」が創作された、
という設定になっているので、
特に「ドン・ジョバンニ」の筋は知らないと、
物語が少し分かり難いと思います。

それでは、
オペラに詳しいとより楽しめるのかと言うと、
必ずしもそうではありません。
映画では、好色な権力者の男爵が、
ドン・ジョバンニのモデルとなっているのですが、
実際のオペラはそうではなく、
悪党である反面、
全ての女性を虜にしてしまうような、
男性的魅力に満ちた人物としても描いているのです。
そうした点に矛盾がありますし、
実際にはオペラには台本があって、
モーツァルトの創作という訳でもないのです。

オペラ好きとしては、
モーツァルトの生きていた時代の上演の実際を、
再現して見せて欲しい、
という希望があるのですが、
映画はその点も物足りません。
音は明らかに今の楽器のもので、
古楽ではありませんし、
観客のブラボーの拍手やスタンディングオベーションも、
あまりに今の劇場の雰囲気のままで、
絶対にこの時代にはなかった、という気がします。

現地のオケを使い全編がプラハでロケされているなど、
趣のある映画ではあるのですが、
悲恋のロマンスとしてもややパンチ不足で、
オペラの使い方にも少し不満があって、
トータルには納得のゆく映画ではありませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ビジランテ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ビジランテ.jpg
入江悠監督の新作で、
桐谷健太さんの入魂の演技も気になる社会派のサスペンス、
謎めいた題名の「ビジランテ」を観て来ました。

入江悠監督は昨年の「22年目の告白 私が殺人犯です」が、
ひねりの効いたプロットと、
それを巧みに活かした演出で印象的だったので、
今回もどんな素材をどのように料理してくれるのだろうと、
興味津々で出かけました。

ただ、観終わった印象としては、
確かに監督やキャストの熱のようなものは、
伝わっては来るのですが、
ともかく救いようがなく陰々滅々とした暗い話で、
それが最後まで何の希望もなく、
何のひねりも意外性の欠片もなく、
叙情的な水分など何もないカラカラに乾いたままで、
終わってしまうので、
確信犯なのであればこれで良いのかも知れませんが、
個人的には何ともやりきれない思いで、
劇場を後にしました。

本当にこれが入江監督のやりたかったことだったのでしょうか?

兄弟3人の話の筈なのですが、
3人が少なくとも心情的にリンクすることは一度もなく、
微妙なすれ違いと決別とがあるだけです。
父親が残した遺言の謎とか、
兄弟がこだわる土地の問題とか、
父親を刺したのが誰だから結局どうなのか、とか、
大森南朋演じる長兄の心理が、
何1つ分からないままなのは、
彼をただのターミネーターや座頭市のように、
考えれば良いのか、
それとも単なる説明不足なのか、
ともかく未整理で説明のまるでないディテールが多く、
それが意図的なものともどうしても思えないので、
モヤモヤしてしまうのです。

通常の構成から考えれば、
土地の奪い合いという外因に思われたいさかいが、
後半になって兄弟の意外な心理のもつれや愛憎に、
落とし込まれるというのが常道だと思いますが、
そうした兄弟の心理の綾が、
何1つないままに物語が終わるというのは、
「現代の狂気のぎりぎりの境界線」を描く、
というテーマ性があるとしても、
何処かいびつで本筋を外れてしまったように、
個人的には思います。

それでいて物語がリアルかと言うと、
決してそんなことはなくて、
後半など2つのやくざ組織が1つの家で殺し合いをして、
結局主人公だけは生き残るなど、
ギャグのようにしか思えません。
錆び付いた小さなナイフをやくざの首に刺したら、
見事に急所に命中して即死、
というような場面など、
医学的にも抗議をしたいレベルのひどさです。

映像も暗く沈んだ場面ばかりが連続していて、
映画館で周りが暗いとかろうじて分かりますが、
これを家でテレビで観ても、
ただ暗い画面を眺めているだけになるのは、
火を見るより明らかです。

これで本当に良かったのでしょうか?

色々な意味で大いに疑問です。

肌触りとしては、
北野武監督の「3×4X10月」に近い感じかな、
というようには思うのです。
あの映画は身近にある暴力と、
その恐怖とそれによる人間のヒエラルキー、
そして最後にそれと対峙するやや危険な幻想を描いた、
とても画期的な名作だと思いますが、
「ビジランテ」にある暴力は、
そこまで肌触りがリアルではなく、
やくざの暴力など様式的な感じですし、
その受け止め方にも、
観客の胸に落ちるようなところが希薄だと思うのです。

この映画のテーマの1つは、
「暴力による支配」ということだと思いますが、
主人公の父親による暴力にしても、
やくざの営業上の暴力にしても、
弱い者を陵辱する大森南朋の暴力にしても、
そこに中途半端なモラルが見え隠れする上に、
リアリティが欠如していて、
「悪の美学」といったものも皆無なので、
そこに切実さも魅力も怖さも何も感じられないのです。

これでは矢張りまずいのではないでしょうか?

そんな訳で意欲作とは思うのですが、
個人的にはあまり面白いと思える部分はなく、
切実さを感じる部分もなくて、
モヤモヤと薄ら寒い感じのみが残る感想となってしまいました。

ただ、この作品を気に入った方も勿論いらっしゃると思いますので、
それはもう個人の感想ということで、
ご容赦を頂ければと思います。

僕は…駄目でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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