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「君の名前で僕を呼んで」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
君の名前で僕を呼んで.jpg
「モーリス」のジェームズ・アイボリーが脚本を書き、
新進気鋭のスタッフとキャストが顔を揃えた、
原作は異なりますが、
「モーリス」のリメイクといった狙いの映画です。

北イタリアの優雅な別荘で、
17歳の高校生の大学教授の息子と、
24歳の大学院生の青年が一夏の恋に落ちます。
今ならすぐに同棲、結婚の流れにもなるのですが、
時代は1983年に設定されていて、
その恋は秘めたるもののまま終わります。

物語は繊細かつ濃厚に、
その一夏の美形の男性同士の恋愛を、
ひたすらに綴って終わります。
それ以外の要素、社会性とか貧富の差とか、
性感染症とか上流社会の嫌らしさとか、
そうした余計なものは何もありません。
エリートの美少年が美しくホモセクシュアルな初恋をして、
切なくなってお終いです。
その意味でとても純粋な映画です。
ただ、イージーリスニング風のバロックに、
ポップス調の主題歌がポイントで被ったり、
電車の別れなどの如何にもの構図や、
水や果実などを使った露骨な性愛の象徴的表現など、
ちょっと昔の文芸映画のようでいて、
そのまがい物のような胡散臭さもなくはありません。

それでも、かつての同性愛の文芸映画の系譜を、
ここまで忠実に再現した辺りは、
演出にもなかなかの技量が伴っているとは言って良いと思います。

主役を演じているのは、
もう人気者のセレブ俳優アーミー・ハマーと、
新鋭でこれ以上はない美少年のティモシー・シャラメで、
ハマーはやや風格があり過ぎて、
大学院生というより助教クラスに見えますが、
いずれ劣らぬ美しさであることは確かで、
その2人が北イタリアの抜けるような青空の下、
ほぼ全編半裸での営みを繰り返すのですから、
個人的にはあまりそうした興味はないので、
それほどのめり込む感じにはなりませんが、
好きな方にはたまらないのではないかと思います。

映像は陰の部分の表現が素晴らしく、
夜の木陰の青さの複雑な階層であるとか、
昼間の家の中の日差しの当たらない部分の色合いなどが抜群で、
これは是非映画館で観て頂きたいと思います。

客席は女性中心で結構大入りになっていて、
その一方で男性客は、
「ああ、よく寝た」というような感想を漏らしている方が多い、
という印象でした。

そうした訳でかなり好みが分かれる映画ですが、
映像のクオリティは非常に高く、
こうしたものだと割り切って、その世界に浸り込めれば、
なかなか極上の後味が待っている映画だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「サバービコン 仮面を被った街」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
サバービコン.jpg
1950年代のアメリカ郊外の「理想の街」を舞台にした、
ブラックコメディ映画で、
コーエン兄弟が脚本を担当し、
ジョージ・クルーニーが監督を務めています。
主演はマット・ディモンとジュリアン・ムーアが夫婦を演じていますから、
非常に全てが豪華なメンバーで期待は高まります。

コーエン兄弟は近作の「ハイル・シーサー」でも、
ハリウッド黄金時代の裏の顔を描いていましたが、
この映画でもアメリカが最も輝いていた時代の、
「嫌な部分」をかなり辛辣に描いています。

ただ、今回の作品はかなりのB級テイストで、
下品でグロテスクで悪趣味な感じが強く、
人種差別の描写もあまりにステレオタイプで一方的です。

豪華キャストが、
普段はあまり演じないような、
かなり嫌な役柄を演じているのですが、
それが意外性や面白さに昇華しておらず、
演じた意味があまりないような結果になっていました。

物語自体もひねりがなく、
人種差別の話と主人公一家の話とが、
大して絡み合うこともなく終わってしまうので、
単調で工夫がなく感じましたし、
ギャグも不発に終わっていました。

要するに、
コーエン兄弟の欠点が全部出た、
という感じの映画で、
クルーニーの演出の力量も、
凡庸な台本を救うような物ではないと感じました。

このジャンルでは、
昨年「ゲットアウト」という快作があり、
良く似た宣伝がされていたので、
その再来を期待してしまったのですが、
実際にはコーエン印の失敗作でした。

個人的にはお薦めは出来ない映画でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「レディ・プレイヤー1」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日も連休のためクリニックは休診です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
レディ・プレイヤー1.jpg
スピルバーグ監督がバーチャルリアリティの世界を描いた、
何かと話題の映画をアイマックス3Dで観て来ました。

これは如何にもスピルバーグという感じの映画で、
娯楽作のツボをしっかり押さえていて、
善悪の区別がはっきりしていますし、
作り手にも観客にも迷うということがありません。

ただ、時代は変わっているので、
アメリカ一番的な世界を構築するのは、
かなり苦しいな、という感じはしますし、
最後の結論が1週間に2日はゲームを止めましょう、
というのは、あまりに金持ち老人の繰り言めいていて、
申し訳ないのですがやや滑稽な感じはしました。

近未来の話で、
アメリカの現実はかなり悪いようで、
そのために架空現実の世界に、
多くの若者はのめり込んでいるというお話です。
それが結局架空現実よりリアルが素晴らしい、
というおしまいになって、
主人公が大金持ちになって、
みんな大喜びというのですから、
何だか良く分かりません。
別に社会の生きづらさは格別変わっていないと思うのですが、
サラ金みたいな悪徳会社が、
1つ潰れればそれでめでたしになるのでしょうか?
その虚無的な感じのする楽観主義が、
如何にもスピルバーグという感じで、
決してオタクの味方のような映画では、
ないような気がするのですがどうでしょうか?

本当にオタクのための映画というのは、
仮想現実の方がリアルになって、
リアルが飲み込まれて消滅するような話だと思うのです。
この映画はそれとは真逆の、
「ゲームばかりしていないで○○しなさい!」
と言っているような世界です。

映像もかなり薄っぺらな気もするのですが、
その密度はなかなか凄まじくて、
実写ともCGアニメともゲーム画面とも、
微妙に質感の異なるその世界は、
スピルバーグ以外がこのクオリティで、
大真面目に作り上げることは、
間違いなく出来なかった、という気はします。
CGの出来上がる工程をそのまま見せていて、
ある種開き直りとも思えますが、
新しい見せ方と言えなくもありません。

そんな訳で個人的には全く乗れなかったのですが、
口当たりの良さは抜群ですから、
この脳天気な大金持ちのおじさんの宝探しの物語に、
乗ってみるのもまた一興かも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「パシフィック・リム アップライジング」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日も連休でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
パシフィック・リム アップライジング.jpg
2013年に巨大ロボットと怪獣とが対決する映画として、
オタク心をくすぐってヒットした「パシフィック・リム」の続編が、
今ロードショー公開されています。

本当はアイマックス3Dで観たかったのですが、
もう「アベンジャーズ」に乗っ取られてしまったので、
仕方なく2Dでの鑑賞となりました。
最近はアイマックスも週替わりで別の映画になってしまうので、
封切り直後に時間を作らないと、
観ることが適わないというおかしな状況になっています。

これは前作の10年後を舞台とした正調の続編で、
前作に登場したキャストの登場のさせ方も良いですし、
意外性のあるストーリー展開も面白く、
それでいてクライマックスは、
定番の巨大ロボット対怪獣の対決になります。
盛りだくさんな割には上映時間は2時間を切っていて、
その凝縮のさせ方に一番感心しました。
こうした娯楽大作で2時間半とか3時間というのは、
勘弁して欲しいですよね。

前作は夜の場面が多くて、
良く見えないようなところがストレスだったのですが、
今回は昼間の場面が多くて、
個人的には良かったと思いました。
ただ、感想などを見ると、
それが却って気にくわないというような意見もあって、
個人の感想というのは様々だと思いました。

菊地凛子さんは前作からの再登板で、
出番は少ないのですが、
なかなか良い感じのポジションで、
風格さえ感じさせました。
新田真剣佑さんの出番は、
ほんのちょっぴりです。

欲を言えばもっと個性的な怪獣が、
出て来て欲しいところですが、
今回も前作と同じように、
怪獣はどれも同じようで、
その造作も地味でした。

またトータルには、
トランスフォーマーとあまり見分けが付かない感じの映画に、
近づいているようには感じられました。

ただ、デル・トロ印はいつもオタク心は良く捉えていて、
今回もクオリティの高い、
楽しい娯楽映画には充分仕上がっていたと思います。

こうした物の好きな方にはお薦めします。
そこそこわくわくしますよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「女は二度決断する」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
女は二度決断する.jpg
2017年製作のドイツ映画で、
ドイツ出身のダイアン・クルーガーが、
母国語で熱演する映画が、
今ロードショー公開されています。

これはトルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督による作品で、
ネオナチによる爆破テロ事件を素材とした、
かなりの問題作です。

ダイアン・クルーガー演じるドイツ人の女性は、
クルド人の男性と彼が麻薬売買で収監中に結婚し、
男の子をもうけるのですが、
ネオナチの無差別テロの標的となり、
夫と子供を失ってしまいます。
犯人と思われるネオナチの若いカップルが捕まりますが、
裁判は主人公の思うようには進みません。
そして、主人公はある決断をすることになるのです。

この映画は日本の観客の感想も、
だいぶ割れている感じなのですが、
それは1つにはラストの主人公の決断が、
倫理的には確実に許されないものなので、
そこに対するある種の拒否反応もあるのではないかと思います。
ただ、一昔前の日本映画など、
こんな感じの映画ばかりだったと思いますし、
映画の中ではそこに至るまでの主人公の心理が、
段階を踏んで説得力を持って描かれているので、
個人的には映画という虚構としては、
ありではないかと思いました。

普通こうした映画では、
主人公は善人で同情するべき存在として描かれるのですが、
この映画はそうではなくて、
主人公の夫は裏社会とも関係のある人物で、
結婚自体収監中ですし、
主人公も悲劇の後で麻薬を使用して取り調べを受けています。
夫の遺体を夫の両親には渡さないと、
一方的に身勝手な振る舞いもしますし、
直情的で後先のことも考えずに行動して、
あちこちでトラブルを起こしてしまいます。

ただ、こうしてディテールがリアルに描かれているので、
問題の複雑さがより露になっていると思いますし、
主人公の心情も、
より説得力を持って観客に届いているのだと思います。

ダイアン・クルーガーは、
精魂を込めたことの感じられる熱演で、
観客が感情移入することの難しい厄介な役柄を、
見事に演じていたと思います。

演出は緻密かつ的確で細部に緩みがなく、
特に中段の裁判シーンが迫力があり優れていました。
ただ、それだけで終わらないのがこの映画の凄みで、
後半はギリシャに舞台を移し、
明らかにゴダールの「気狂いピエロ」を意識した、
青い空と海とが混じり合う、
衝撃的なラストに結びつけた辺りも鮮やかだと思いました。

このようにハリウッド製や日本映画の規制だらけの世界からは、
一線を画した優れた映画で、
好き嫌いはあるかと思いますが、
劇場に足を運ぶ値打ちは間違いなくあると思います。

なかなか面白いですよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「娼年」(監督三浦大輔) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
娼年.jpg
全編変態的な濡れ場の連続という、
唖然とする趣向で観客の度肝を抜いた、
石田衣良さん原作、三浦大輔さん演出の「娼年」の舞台が、
同じ松坂桃李さんの主演でR指定の映画になりました。

これは一種の若者の成長物語で、
無為なアルバイト生活をしていた、
松阪さん演じるリョウという若者が、
会員制ボーイズクラブのオーナーの女性に目を付けられ、
女性達に買われてその欲望を満たす、
という仕事を続ける中で、
人間的な成長を果たすという、
真面目なのか不真面目なのか分からないようなところもある話です。

全編殆どセックス場面のみが連続するのですが、
それでいてお話自体は極めてまっとうで、
道徳の教科書みたいなところもあるのが面白いのです。

2016年の舞台版では、
多くのキャストがほぼ全裸の熱演で、
精液が乱れ飛び、フェラチオの音が響くという、
今考えても規格外の舞台でした。

今回の映画版は、
ラストの一部を除いては、
ほぼ原作や舞台版を丁寧に踏襲した作りになっていて、
青を強調したスタイリッシュな映像は、
ちょっと北野武を思わせるところもあります。
主役の松坂桃李さん以外に、
江波杏子さんが舞台と同じキャストで、
それ以外は映画版オリジナルのキャストになっています。

問題は全編に繰り広げられる性行為の描写で、
性器を映さないのは勿論ですが、
暗い場面でモヤモヤした感じにしか見えませんし、
あまり生々しくもなくリアルでもありません。
それではそこに別個の美意識が感じられるのかと言うと、
そうしたものもあまりないように感じました。
何より性行為をしているようにはあまり見えません。
下着を着けたまま挿入しているようなところもありますし、
意図したものなのかどうか、
スポーツのような動きでリアルさが皆無なのです。

これで良かったのでしょうか?
大いに疑問です。

舞台版のボーイズクラブのオーナーは、
高岡早紀さんで、
紗幕越しですが全裸での絡みもあったのですが、
今回は真飛聖さんで絡みは全くなく、
無機的で艶っぽいところもないので、
舞台版の方が確実に良かったなあ、と思いました。
ラスト近くで興奮するところなど、
あまりに滑稽で悲しくなってしまいました。

三浦大輔さんはこの作品で、
本当の意味での映画監督としての力量を、
試されたという面があると思うのですが、
舞台となった場所のクレジットを入れながら、
移動撮影で見せるところなど、
わくわくする場面もあるのですが、
肝心の濡れ場に魅力がなく、
ちょっと腰砕けになったのは残念に思いました。

こうしたものがお好きな方だけに、
控えめにお薦めするくらいの作品です。
エロやAV的な興味で鑑賞されると、
ガッカリされることは確実です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ハッピーエンド」(ミヒャエル・ハネケ監督新作) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ハッピーエンド.jpg
一筋縄ではいかない、
如何にもヨーロッパ的で、
ブラックでひねくれていて残酷で、
それでいて家族や人間というものに対する、
奇妙なほど純粋な視点と愛情にも満ちた、
オーストリアのミヒャエル・ハネケ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。

以前「隠された記憶」という作品を観て、
「衝撃的なラスト」という宣伝だったのに、
最後まで観ても全く訳が分からず、
モヤモヤする思いだけを抱えて観終わったことがあったので、
今回はなるべく予備知識も得た上で、
真剣に細部を見逃さずに鑑賞しようと劇場に足を運びました。

ただ今回の作品は意外に分かりやすくて、
ハネケ監督お馴染みの家族崩壊劇なのですが、
最初から最後まで筋立ては明確で晦渋さはなく、
ラストもなかなか衝撃的で、
オープニングと見事に呼応している辺りもさすがだと思います。

勿論物語は省略が多く、
台詞を廃したサイレント的な長回しを含めて、
最初から最後まで独自のゆったりとしたテンポで、
全体が支配されているので、
それほど観やすいという映画ではないのですが、
それでも「隠された記憶」のように、
観客が投げ出されたような状態になることはなく、
ハネケ監督の独特の世界に、
ゆっくりと身を委ね、
その体験を共にすることが出来る作品に仕上がっていました。

以下少しネタバレがあります。
先入観なく作品を観たい方は、
鑑賞後にお読み下さい。

観る値打ちは間違いなくある作品です。

今回の映画は前作「愛、アムール」とほぼ同じ設定の親子を、
前作と同じ2人の役者さんが演じ、
そこに娘より1つ世代が下の少女を登場させることにより、
コミュニケーション障害の塊のようなフランスのある裕福な家族が、
虚構の沼の中に静かに沈んで行く様を描きます。

これはネタ割れをして良いと思うのですが、
今回の「観客の視点」としての少女は、
2005年の日本の、
女子高生がタリウムで母親の毒殺を企て、
それを冷徹に記録に残してネットで公開していた、
という衝撃的な事件を元にしていて、
その「死を観察し記録する少女」が、
フランスの没落した名家に入り込み、
その崩壊をつぶさに記録してゆく、
という物語になっています。

SNSやスマホの画面が、
頻繁にその観察の器具として登場するのがミソで、
宣伝のポスターも、
よく見るとスマホの画面になっていますし、
映画もオープニングが少女がネズミと母親に薬を盛る、
その観察記録のスマホ映像から始まり、
ラストは祖父の自死の場面を目の前にしながら、
それをスマホで記録するしかない少女の姿から、
そのスマホの画面で幕を閉じます。

これは構造としては、
楳図かずおの「おろち」や「猫目小僧」に近い世界で、
人間や怪物が入り交じる悪夢のような世界を、
冷徹で人間でも化け物でもない、
その狭間の存在が、
静かに見守るという物語です。
見守る傍観者というのは要するに読者や観客のことでもある訳ですが、
そこに1つの視点を介在させることによって、
物語の意図をより明確化すると共に、
その傍観者もまっさらな存在ではないことを示すことで、
読者や観客にもある種の覚悟を強いているのです。

今回の作品においては、
ハネケ監督が描きたい世界、
自分の愛情と共に世界を道連れに破滅に向かう意思を、
母親を殺しそれをスマホで記録するしかない少女に、
記録させることによって、
このディスコミュニケーションの時代において、
世代を超えて何かが引き継がれる様を、
描いているのだと思います。

ハネケ監督はそう思ってみると、
いつも同じテーマを繰り返していると言うことも出来て、
意味不明に思えた「隠された記憶」も、
要するに今回の少女と同じように、
ビデオ映像と子供の世代が、
父親の罪を暴くという物語で、
その単純な告発とも言い切れない微妙なもの、
世代を引き継がれるある種の怨念のようなものが、
その基調音として流れているように思うのです。

映像は美しいですし、
現代のヴィスコンティというの感じの、
デカダンスな雰囲気もまた良いのです。
人間関係などは複雑であまり説明も丁寧ではないので、
一応の予備知識は持った上で、
鑑賞されることを個人的にはお薦めします。

一般向きとは言えない映画ですが、
僕個人としてはとても刺激的で、
他人事ではないという思いで観た映画でした。
思えば今の日本人も、
日本という国の没落を目の前にしながら、
ディスコミュニケーションと世代の断絶のただ中で、
何を世代を超えて伝えるべきなのか、
当惑しあがき苦しんでいるようにも思えます。
あなたは何を自分の「罪」として子供に伝え、
何を理解して欲しいと思いますか?
ハネケ監督はおそらく、
理解を求めることは既に過ちで、
もう人間であることを止めた存在である、
若い世代という、
ある種の記録装置に告解せよと言っているのです。
ハネケ監督は矢張りただ者ではありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「グレーテスト・ショーマン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
グレーテスト・ショーマン.jpg
2月に公開されたヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画を、
遅ればせながら観て来ました。

「ラ・ラ・ランド」はあまり好みではありませんでしたし、
ミュージカル自体それほど好きではないので、
スルーしようと思っていたのですが、
バーナムという一世を風靡した見世物興行師に興味が沸いたのと、
19世紀のコロラトゥーラの名花で、
マイヤベーアの至難のオペラを初演もしている、
ジェニー・リンドが登場することも知ったので、
これは観ておかないといけないと、
映画館に足を運びました。

これはなかなか良く出来た映画で、
ショー・ビジネスというものや、
大衆見世物的なものに興味のある方なら、
絶対に引き込まれると思います。

実際のバーナムというのは、
もっと脂ぎった、
いかがわしくもどぎつい男だったのではないかと思いますが、
その上昇志向はそのまま描きながら、
妻と2人の愛らしい娘への情愛をクローズアップして、
家族の危機と興行自体の危機とに、
ハラハラドキドキさせる、
如何にもハリウッド的な物語に、
巧みに着地させているのが上手いのです。

こんなだった訳はないよね、
とは思いながらも、
とても良いお話になっているので、
何となく納得をしてしまうのです。

映画の魔術ですね。

見世物小屋のスターであった、
畸形の皆さんが登場するのですが、
それほどどぎつい感じには描かれていません。
もう少しリアルな感じも欲しいな、とは思いますが、
それはこうした映画の本分ではないのだと思います。

バーナムはたまたま出逢ったソプラノ歌手の、
ジェニー・リンドに惚れ込み、
自分の見世物をそっちのけで彼女のツアーに尽力するのですが、
彼女は実在の名ソプラノで、
コロラトゥーラの名手であった筈なので、
せっかくだからもう少しコロラトゥーラらしい歌も、
歌って欲しかったな、と思いました。
その点はちょっと残念ですが、
この作品の全体のトーンとしては、
リアルな歌は馴染まなかったのかも知れません。

ともかくこれは面白い素材で、
この映画はこの映画として良いのですが、
もう少しリアルに振った、
アメリカ19世紀の見世物興行の実体を、
リアルに見せてくれるような映画もまた、
いつか観たいと思いました。
一方にコロラトゥーラの歌があり、
一方に畸形の曲芸があるという、
アンバランスかつ魅力的な世界が、
是非観てみたいと思うからです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ラッキー」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ラッキー.jpg
90歳の1人暮らしの男の日常を、
淡々と綴った侘び寂び系の映画、
「ラッキー」を観て来ました。

「パリ・テキサス」が印象深く、
数多くの映画に脇役として出演した、
実際に90歳のハリー・ディーン・スタントンが主役で、
監督はこちらも名脇役として、
多くの映画に出演しているジョン・キャロル・リンチが、
初のメガホンを握っています。
更にはデビット・リンチ監督が、
役者として重要な役を演じている、
というおまけも付いています。

内容はジャームッシュの名作で、
2017年の私的ベストワン映画「パターソン」に良く似た構成で、
何気ない主人公の日常を、
繰り返しジャズのセッションのように描き、
それが微妙にアドリブのような変化を見せて、
印象的なクライマックスに至り、
主人公の心が大きく変化するのですが、
ラストは再び同じ日常の繰り返しに戻る、
という物語です。

「パターソン」に描かれた地方都市も印象的でしたが、
今回は西部劇の舞台のようなアメリカ西部の砂漠で、
朝の自宅の体操と一杯の牛乳から始まって、
行きつけのコーヒーショップ、
牛乳を買う店、行きつけのバーを、
順繰りに巡るだけの日常が繰り返されます。

ただ、人間ですから当然その繰り返しにも終わりがある訳で、
ある事件から主人公はその「終わり」が近いことを感じ、
そこから日常は変わらないながらも、
「人生の最後」への考察が始まるのです。

この辺はテーマ的にはウディ・アレンの、
「ハンナとその姉妹」に似ています。
あの映画でも主人公がひょんなことから、
人生の虚しさに気付いて葛藤を繰り広げるのですが、
ラストはマルクス兄弟の古いコメディを見て、
「生きることを笑おう」というある種の悟りに至ります。

そしてこの「ラッキー」でも、
主人公は色々の葛藤の末に、
「生きることは無だ。だから笑おう」
という結論に至ります。

どうなのかなあ…

個人的には如何にもステレオタイプで薄っぺらな感じがして、
この結論にはあまり乗れませんでした。

何処かのCMみたいでしょう?

悪い映画ではないと思うのです。

構成も緻密に出来ていますし、
主人公はとても魅力的で、
取り巻く個性的な町の人も良いですよね。
映像も美しいですし、キャメラと音効も素敵です。
ずっと仏頂面のおじいさんが最後に笑うんですから、
上手く手来ていますよね。
「赤い部屋」とか、
ちょこっとデビット・リンチ的な世界が、
アクセント程度に添えてあるのも良いのです。

ただ、もう少し周辺にドラマがあっても良いかな、
と個人的には思いました。
途中のパーティーの歌は、
勿論良いと感じる人がいることは分かるのですが、
ちょっと牧歌的過ぎて蛇足に感じましたし、
結局最終ヒントは日本兵と戦った思い出ですか…
ということになると、
少し切ない気分になるのです。
まあ、仕方ないのですけどね。

ディテールは非常にアメリカ的なので、
映画館で1回で全て理解するのは難しいとも感じました。
またテレビ画面で見かえすと、
印象は変わるかも知れません。

そんな訳で個人的にはそれほど乗れなかったのですが、
鑑賞する価値は充分にある、
非常に個性的で美しい映画だと思います。
「パリ・テキサス」の好きな方には、
確かに交互に観るととても味わいが深いのです。
人生の放浪を詩的に感じさせます。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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「祈りの幕が下りる時」(東野圭吾原作) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
祈りの幕が下りる時.jpg
東野圭吾の新参者のシリーズの長編を、
ドラマのキャストそのままに映画化した、
「祈りの幕が下りる時」を観て来ました。

最初に注意点がありますが、
今回の記事の中では、
「祈りの幕が下りる時」および「容疑者Xの献身」、
「砂の器」の内容に少し踏み込んだ部分があります。
完全なネタバレではありませんが、
先入観なく作品をお読みになりたい方は、
この3作品の原作をお読みになった後で、
以下には目をお通し下さい。

よろしいでしょうか?

では続けます。

これは最初に原作を読みました。
東野さんは結構癖のある作家で、
その出来不出来にはかなりの波がありますし、
その内容も読みやすいライトノベルのようでいて、
かなりひねくれた意地の悪い部分があり、
一筋縄ではゆきません。

この作品については、
松本清張さんをかなり意識していて、
特に「砂の器」を下敷きにしています。
それも、原作よりむしろ、
野村芳太郎監督による映画版の「砂の器」です。

映画の「砂の器」は原作を大幅に変えていて、
清張さんとしては本格ミステリーに振れている原作を、
目茶苦茶単純化して、
父と子の宿命の感動作に変えてしまった、
ある意味かなり原作を冒涜するような作品です。

ただ、これが大ヒットしたので、
その後ドラマ化された「砂の器」は、
原作通りではなく、
映画版を元にするようになりました。

「祈りの幕が下りる時」のプロットは、
勿論「砂の器」とは別物なのですが、
ある過去の秘密が善意の第三者に暴かれてしまったために、
その善人を殺さざるを得なくなる、
という基本ラインは一緒です。

そこにもう1人謎の男が登場して、
その正体は誰なのか、
というところに東野さんらしいひねりがあります。

探偵役は世代の違う2人の刑事で、
これは新参者のシリーズの元々の設定である訳ですが、
この作品においては、
2人の捜査は明らかに、
映画版「砂の器」の丹波哲郎と森田健作を、
イメージして書かれています。

そして、映画版「砂の器」の特徴的な場面と言えば、
捜査会議で探偵役の刑事が事件の真相を説明し、
それと実際の犯人の舞台、
そして過去の回想とがシンクロすることと、
父と子が日本の原風景の中を放浪するところですが、
「祈りの幕が下りる時」の原作でも、
ちゃんとそうした場面が用意されていて、
映画的なクライマックスが書かれています。

この原作は相当に映画版「砂の器」に寄せているのです。

今回の映画版「祈りの幕が下りる時」は、
それを理解した映画化になっていて、
かなり映画の「砂の器」に寄せています。

まず、デカデカと字幕を出して、
事件の説明などをしてしまうというあざとい趣向が、
そのままに使われています。
クライマックスでは父と子が放浪し、
そこにテーマ曲が執拗に流れ、
それが捜査本部での事件の説明とシンクロする、
というところまで「砂の器」が模倣されています。

ただ、「砂の器」が、
原作とは別物のお話になっているのとは対象的に、
今回の映画は原作をほぼそのまま活かしていて、
少しカットされた人間関係などはありますが、
ほぼほぼトリックなども含めて、
原作をそのままに映像化しています。

これは原作が元々映画を意識しているということもあるのですが、
それでもこの複雑な原作を、
ほぼそのままに2時間の尺に納めた構成と台本の妙は、
賞賛されても良い見事さだと思います。

また、主人公が真相に気付く場面の、
あざといくらいの迫力や、
阿部寛さんと松嶋菜々子さんが最初に対決する場面の凄みなどは、
なかなか気合いが入っていて見応えがありました。

ただ、この映画で非常に残念だったのは、
話の核でもある小日向文世さんの芝居で、
老け役の場面はそのまま自然に演じれば、
ほぼ同年代の役であるのに、
大河ドラマの悪影響でしょうか、
妙に芝居がかった変な演技で、
不自然で見るに堪えない感じですし、
回想での若い時の場面は、
おかしなカツラを着けての芝居が、
そちらもわざとらしくて見ていられません。

更に及川光博さんが老け役をしているのですが、
メイクがあまりに酷くて稚拙で、
笑ってしまうようなレベルです。

何故こんなことになってしまったのでしょうか?

阿部寛さんや松嶋菜々子さんの芝居は悪くなかっただけに、
実に残念でなりません。

そんな訳で納得のゆかないことも多かったのですが、
ミステリー映画としては、
かなり頑張って作ったと思いますし、
東野作品の忠実な映像化としても、
一定の意義のある作品ではあったと思います。

ミステリーファンにはお勧めは出来る映画です。

ただ、最初に「容疑者Xの献身」のトリックを、
捨てネタで使っているので(原作と映画とも)、
くれぐれも「容疑者Xの献身」より先には、
「祈りの幕が下りる時」は読まないようにして下さい。
相当に後悔します。
こういうところも、
東野さんは意地が悪いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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