So-net無料ブログ作成
検索選択

「忍びの国」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日で何もなければ1日のんびり過ごすつもりです。
と言ってもやることは山積みなので、
なかなか進まないと悶々としつつ、
今日の日を終わることになりそうです。

今日は祝日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
忍びの国.jpg
和田竜さんのベストセラー「忍びの国」が、
大野智さんを主役にして映画化され今公開中です。

これは原作も読んで映画を観ました。

忍者で有名な伊賀の国を、
信長の次男である信雄が父には無断で攻めるのですが、
それに失敗。
その2年後に今度は信長が指揮を執って攻め、
伊賀の国は滅ぼされる、
という史実を元にした物語で、
信雄の伊賀攻めの裏にあった駆け引きと、
規格外の最強忍者であった無門の活躍によって、
最初の伊賀攻めが失敗に終わる顛末が、
作品の肝になっています。

僕はこの和田竜さんという人の作品はちょっと苦手で、
「のぼうの城」とこの「忍びの国」を読みましたが、
どちらもあまりすっきりとした読後感を感じませんでした。

「のぼうの城」は秀吉の小田原攻めの時に、
石田三成の指揮による水攻めを受けながら、
小田原城の落城まで持ちこたえた忍城のエピソードで、
「忍びの国」は信雄の伊賀攻めですから、
どちらも1回は強敵を跳ね返したものの、
結局は歴史の流れには抗えずに、
滅んでしまうというところは同じです。

それを最初に強敵を跳ね返したのは、
そこに変わり者のヒーローがいたからだ、
というように物語を作っているのですが、
結局はすぐにやられてしまうのですから、
何かスカッとはしません。
両方のエピソードとも、
「のぼうの城」は石田三成が、
「忍びの国」は織田信雄が、
無能であったために起こったのだと思えてしまう展開なので、
これも盛り上がらない原因となっているように思います。

「忍びの国」の方は、
伊賀の国を率いている頭目のような人たちが、
色々と企みを巡らしているのですが、
それが自分の息子を殺させておいて、
もう1人の息子に伊賀をわざわざ裏切らせる、
というようなもってまわった馬鹿馬鹿しいもので、
とても説得力がないように感じますし、
それでいてすぐに下人の忍者には裏切られてしまい、
それを察知することも出来ない、
というあまりに間抜けで脱力してしまいます。

悪党が間抜けにしか描かれていないので、
主人公がそんな馬鹿を最初は信用していて、
最後は裏切られたと言って怒り、
それで自分の国を滅ぼしてしまうという展開にも、
違和感があります。
時代物というのは、
現代の感覚では了解不能のような人物がいるからこそ、
面白いのだと思うのですが、
それが了解可能のように主人公が描かれているのも、
どうにも物足りない感じがするのです。

そんな訳でとても上出来とは思えないのですが、
実際にはとても売れていて人気もあるので、
どうやら僕の感覚が多くの方とは違っているようです。

今回の映画は登場人物を少し整理している以外は、
ほぼ原作通りの映画化になっています。

人物の整理の仕方も、
伊賀を裏切った忍びを2人から1人にしたりと、
映像化するとゴタゴタしてしまう部分を切っているので、
なるほどと思う、クレヴァ―な改変で、
台本はまずまず巧みに構成されていると思います。
ラストは白戸三平みたいな感じを入れていて、
無門が影丸とダブるのですが、
それもなるほどという感じです。

演出はかなりムラがあって、
昔の作家性の強い低予算の時代劇のような、
様式的でシュールな感じの場面も少しあり、
最初に國村隼さん扮する北畠具教が殺されるところなどは、
なかなか良い感じなのですが、
後半の合戦場面になると、
お金が足りずにエキストラが少ないことがありありで、
合戦の筈が数人の小競り合いというようなビジュアルで、
これにはかなりガッカリしました。
チープなCGの乱用もどうかと思います。

総じてセットの場面は良いのですが、
野外のシーンは概ね駄目でした。

同じ予算でももう少しお金を掛けるべきところを変えて、
構成するべきではなかったのかな、
というようには思いましたが、
「のぼうの城」は小城の城攻めですから、
お城を1つ用意すれば良いところを、
今回は伊賀の国自体を攻めるという設定で、
仮の城を作ってすぐに壊したり、
忍者の砦も登場したりするので、
今の日本映画の現状からすると、
少し無理があったのかも知れません。

役者は主役の大野さんを含めて概ね好演で、
娯楽時代劇としてかなり頑張っていたと思うのですが、
スケールに予算が追い付かず、
やや空中分解気味になったことは残念に思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「ハクソー・リッジ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ハクソー/リッジ.jpg
メル・ギブソン監督による、
太平洋戦争で武器を手に取らなかった兵士を描いた戦争映画、
「ハクソー・リッジ」を観て来ました。

これは大変面白い映画で、
こうした素材を真正面から取り上げるのが、
さすがメル・ギブソンという感じがありました。
ただ、後半の戦場が沖縄戦ですから、
かなりヘビーで辛い鑑賞になります。
色々と配慮はされているのですが、
モグラのような地底人のようなゾンビのような怪物との闘い、
という感じにはどうしてもなってしまって、
観ていて哀れな「ゾンビ」の側の気持ちも考えてしまいますから、
とても辛くなるのです。
一般人の被害については全く触れられず、
兵士の軍団同士の格闘、
と言う感じに描かれているのも、
何か複雑な気分になります。
ですから、日本でヒットをしないのは、
仕方がないかな、という気はします。

映画は前半がアメリカ国内の、
主に基地での訓練の話になり、
後半が沖縄に移っての戦闘シーンになります。
個人的には上記の事情もあって、
主に前半の展開と描写に引き込まれました。

主人公のアーノルド・ガーフィールド演じる若者は、
第一次大戦に従軍して心の傷を受けたアル中の父親の暴力を受け、
そこから決して武器を手には取らない、
人殺しはしない、
という神からの教えを心に刻みます。
しかし、「悪辣なジャップ」の真珠湾攻撃にはショックを受け、
アメリカの正義のために闘いたいとは思い、
志願して兵役に入るのです。

それで基地での訓練が始まるのですが、
武器を持たない肉体訓練については、
全てを優秀な成績で突破します。
ただのチキンではなく、
実際には兵士として抜群の能力を持っているのです。
しかし、実際に武器を取れと言われて、
銃を手にして訓練になると、
「それは神の教えで出来ません」
と言って決してやろうとしません。

「じゃなんで志願なんかしたの?一般の立場で戦争に協力すればいいじゃん」
と当然言われるのですが、
「いや、1人くらい戦場に人を殺さない兵隊がいてもいいじゃないか」
と言って譲りません。
「それじゃ、ジャップが攻めてきたらどうやって身を守るんだよ。
そういう時には正当防衛だから例外にすればいいじゃないか?」
と理詰めで言われても、
「そういう難しいことは分かりません。でも人を殺すのは嫌です」
とすましているのです。

ちょっと面白いですよね。
たとえば日本映画でも「戦争と人間」で、
共産党員の兵士の山本学が、
戦場で中国人の住民を殺せと言われて、
「私は中国人は殺せない」と言って、
上官にボコボコにされたりする場面がありましたが、
もっと悲壮感がありましたよね。
後、変に理屈っぽい感じがありますよね。
「ハクソー・リッジ」はそういう感じはまるでないのです。
難しいことを言われても分からないけど、
ともかく銃は絶対手に取りません、
とそれだけは頑固で、
それ以外は何か軽い感じでへらへらしているのです。

それが意地悪な上官もいて、
命令違反なので軍法会議に掛けられるという話になります。
理屈から言えば上官の言うことの方が正しいので、
どうしようもないのです。
そして絶対絶命の時に、
主人公を救ったものは何だったのでしょうか?

如何にもアメリカ映画的な展開でワクワクしますし、
その決着はとても感動的です。
メル・ギブソンさすがですね。

そんな訳でつらい映画でもありますが、
とても面白い映画でもあります。
観て損はない作品としてお勧めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「セールスマン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

朝は選挙に行き、
夕方までは家にいて、
夜は「ゴキブリコンビナート」の本公演に、
わざわざお金を払って、
ひどい目に遭いに行きます。
汚れても良い服と合羽、
汚い靴を揃えて臨戦態勢です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
セールスマン.jpg
今年の米アカデミー外国語映画賞に輝いた、
イランのアスガー・ファルハディ監督による新作映画を観て来ました。

イランのテヘランが舞台になっていますが、
日本の高度成長期に近いような都市生活が描かれていて、
全く違和感はありません。

内容はある若いインテリの夫婦の関係性が、
ある事件をきっかけとして、
その根底から崩れてしまうという物語で、
そこにアーサー・ミラーの「セールスマンの死」を、
絡めてある辺りが面白く、
事件自体は妻が正体不明の人物に襲われて負傷する、
というもので、
その真相を夫が追求する段取りや、
後半に設けられた密室劇的なサスペンスは、
ヒッチコックの映画を彷彿とさせます。

巻頭、工事で自宅の高層アパートが崩れそうになるのを、
長回しで捉えた緊迫感も良いですし、
妻が襲われるシークエンスは、
静かに開かれたドアだけで暗示したり、
ラストは一転演劇を思わせる密室での、
緊迫した遣り取りと意外な展開も面白いと思います。

イラン映画ということで、
理解にややハードルが高いことを覚悟して観たのですが、
意外に語り口は親切で分かりやすく、
物語も謎めいていて魅力的なので、
グイグイと引き込まれます。

ラスト辺りの展開をどう感じるかで、
この作品の好き嫌いは分かれるという気がします。

人間が人間を罰することは出来ない、
というのがテーマの1つであることは間違いがないと思うのですが、
夫が悪いことは事実としても、
男の立場から見ると、
被害者の妻のその後の言動も、
あまりに一貫性がなくモヤモヤしているので、
こうした夫婦の関係性であれば、
仮に事件が起こらなくても、
いつかは同じような悲劇が、
2人を襲い断絶に結び付いたのではないか、
というようには思われます。

主人公の夫婦が、
演劇の舞台でも夫婦を演じていて、
映画とミラーの戯曲は、
それほど綺麗にシンクロしているとは思えないのですが、
夫婦関係は壊れていても、
その外見は維持し続けなければいけない、
という辺りの心情を、
舞台にすることで巧みに視覚化していたと思います。

演技や演出のクオリティも高く、
面白い映画だったと思います。

そこそこのお薦めです。

今日もう1本演劇の記事があります。

「22年目の告白‐私が殺人犯です‐」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
22年目の告白.jpg
藤原竜也さん、伊藤英明さん、仲村トオルさんの共演も話題の、
サスペンススリラーが今封切り公開中です。

この映画は韓国映画の「殺人の告白」(2012年)が元ネタで、
時効となった連続殺人事件の殺人犯を名乗る男が、
その事件の真相を綴った本を出版し、
ベストセラーになる、
という趣向やその真相については元ネタそのままで、
連続殺人事件の真相などについては、
かなり変更が加えられています。

そのため作品の印象はオリジナルとはかなり異なっていて、
リライトとしては成功と言って良いのですが、
一番興味を引く部分のプロットについては、
元ネタそのままなので、
独立したオリジナルとは言えません。

しかし、今回の映画については、
原作が韓国映画であることは、
あまり積極的には告知されておらず、
映画本編ではラストクレジットに、
その部分だけ「英語」で表記がされています。
宣伝資料やポスターなどでも、
矢張り非常に小さな文字でしかも英語の表記があるだけです。
ノベライズの単行本も出版されているのですが、
単独の筆者名になっていて、
これもものすごく小さな文字で、
それも英語で同じ表記があるだけです。

原作者からの指示もあったのではないか、
というようにも思いますし、
英語でクレジットを入れる、
という契約があるのかな、
かなり原作を改変しているので、
そのままは出さないで欲しい、
ということなのかな、
などと色々な可能性は推察出来るのですが、
何も知らない一観客としては、
ちょっと騙されたような誤魔化されたような、
嫌な気分にはなってしまいました。

映像でのオリジナルのミステリー脚本で優れたものというのは、
非常に値打ちのある、
滅多に存在しないものであるからです。

それはともかく、
作品としてはミステリー映画として、
かなり頑張った部類だと思います。

現実にもありそうな殺人犯によるベストセラーの出版と、
それに伴うあれこれの趣向が面白いですし、
その後の展開も観客の予測の、
少し先を行くようなスピード感が、
なかなか素晴らしいと思います。
最後の真相はまあ読めてしまうのですが、
それでも段取りはキチンと出来ていて、
クライマックスまで過不足なくまとまっている点は、
日本映画には珍しい水準だと思います。

ハリウッド映画の呼吸をかなり参考にしていて、
最初に過去のニュース映像などを交えて、
それまでの経緯や主な登場人物などを、
バババッと短時間で説明するのも良いですし、
人物造形を医者なら病院、やくざなら事務所、
というように、
絵で説明するのも的確です。
シネスコで現在を表現し、
デジタル化以前の映像はスタンダードサイズ、
それ以降の過去の画像はビスタサイズと分け、
それを転換することで、
いつのことであるのかを明確にする工夫や、
緊迫した場面では画格を細かく変化させて、
緊張感を出す工夫も成功していたと思います。
昔スピルバーグが得意とした、
ダブルクライマックス
(クライマックスの後に、
終わったと見せて次のクライマックスを連ねる)
の趣向も成功していたと思いました。

キャストは藤原竜也さん、伊藤英明さん、仲村トオルさんという、
非常に濃いメンバーの熱演が楽しく、
正直年齢的には藤原竜也さんは、
見た目が若すぎて違和感があるのですが、
ストーリーの意外性の多くの部分は、
このキャスティングにあると言って過言ではないので、
その点では成功していたと思います。

オリジナルの意外性を狙ったサスペンス映画というのは、
良いものは非常に少ないので、
今回の作品は元ネタはあるのですが、
細部まで脚本は練れていて、
キャストも踏ん張り、
演出もまずまずで、
娯楽作品としては推奨出来る仕上がりとなっていたと思います。

こうした作品がお好きな方には、
一見の価値は充分にあると思います。

今日はもう2本演劇の記事があります。

川瀬直美「光」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
光.jpg
河瀬直美監督の新作が、
今ロードショー公開されています。

永瀬正敏さんが視力低下に苦しむカメラマンを演じ、
水崎綾女さんが、
映画の音声ガイドの制作を携わる女性を演じて、
感覚や思い出、家族を喪失した者同士が、
その欠落を補うように、
惹かれ合う様を描きます。

非常に個性的で河瀬さんしか描きようのない世界で、
安易な感情移入は受け入れてくれませんし、
ただただ見続けるしかない、
という感じの映画です。

主人公の水崎さんの母親は認知症で、
幼い頃に失った父親の記憶が、
強い喪失感となって心に傷を残しています。
そんな彼女が視覚障碍者のための音声ガイドの、
台本を作る仕事をしているのですが、
対象となっている映画は、
藤竜也演じる老人が、
自分の認知症の妻の介護に絶望して…
というような内容です。
主人公はその仕事を続ける中で、
病気で視力を失いつつあるカメラマンの永瀬さんと出会い、
そこに喪失した父親の面影を見て、
次第に惹かれ合うようになります。
そして、完成した音声ガイド付きの映画が、
試写上映される場面で映画は終わります。

基本的にはハッピーエンドのラブストーリーなのですが、
カメラマンの永瀬さんが、
非常に屈折して攻撃的でひねくれた性格なので、
とても感情移入するような気分にはなれません。
ただ、これはかなり意図的なもので、
その証拠には音楽の入れ方なども、
観客の没入を拒否するように作られています。
「簡単に分かったような気になるなよ」
ということかも知れません。

全編露出オーバーの映像で、
逆光も矢鱈と多く、
しかも主人公達のどアップばかりが連続する、
という特殊な絵作りです。
それが全て成功しているとも言えないのですが、
夕暮れを見るために出かけた主人公2人のシルエットが、
逆光で滲むように赤く染まるところなどは、
なかなか幻想的で凄いと思いますし、
永瀬さんの視力がなくなるという恐怖も、
リアルに表現をされていたと思います。

面白いかと言われると、
そうも言えないのですが、
目を離せない他にはあまりない映像体験であることは確かで、
川瀬直美節は健在だ、
という気がしました。

好きな方にはお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「ゴールド 金塊の行方」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ゴールド.jpg
主演のマシュー・マコノヒーの肉体改造も話題の、
スティーブン・ギャガン監督の「ゴールド 金塊の行方」
を観て来ました。

これは白井佳夫さんが褒めていて、
白井さんは相当屈折した方なので、
まともなヒット作は決して褒めませんし、
僕と大分嗜好は異なっているので、
何度も騙されてとても詰まらない映画を、
観てしまったこともあります。

これまで白井さんを信じて「大当たり」だったのは、
「ルパン三世カリオストロの城」と、
永島敏行と森下愛子のデビュー作の「サード」くらいで、
後は到底その評価に納得のいかない作品を沢山観ています。
(ルパン三世は封切り当時は、
たかがアニメ映画、という扱いで、
一般には大した評価はありませんでした。)

ただ、この「ゴールド」は久々の「大当たり」で、
寝不足での鑑賞だったので、
最初はばんやりと観ていたのですが、
途中からあまりに面白いので完全に覚醒し、
後半は本当にのめり込むようにして観てしまいました。

ネットの批評などで貶している方もいるので、
全ての方が面白いと感じる映画ではないようです。
ラストのオチなども、
素晴らしいと思うのですが、
詰まらないし読めてしまう、
というように悪口を言われる方もいます。

あんなに素晴らしいのにどうしたことかしら、
と思うのですが、
多分商売や人間関係で苦労したり汗を流したことがないと、
ニュアンスとして感じにくいところがあるのではないか、
というようにも思います。

万人向けの娯楽作品のようでいて、
結構滋味に溢れた大人の映画なのです。

主人公のマコノヒーは、
インドネシアで金塊を掘り当て、
一夜にした大金持ちの有名人となる、
粗野で愚かでそれでいて憎めない俗物を演じるのですが、
その入魂の演技は本当に素晴らしくて、
単純に面白い人物を演じていながら、
人間そのものの業のような愚かさと、
愚かしいからこその愛らしさを演じて、
間然とするところがありません。

彼の演技を観るだけで、
充分元は取れたという気分になる映画です。

またストーリーが抜群に面白く技巧的に出来ていて、
勿論「金塊の行方」は誰でも想像は付くのですが、
こういう話は定番で問題はないので、
そこに繋がる段取りの巧みさと、
伏線の張り方の巧みさ、
そして人間そのものが物語の「仕掛け」になるという、
クレヴァーな台本に感心します。

こうした「良く出来た話」は、
それだけで終わりがちなのですが、
この作品はそうではなく、
主人公、その恋人とビジネスパートナーでもある親友の、
3人のキャラクターが非常に繊細かつ奥行を持って描かれていて、
人間ドラマとしても一級品です。

ややごちゃごちゃして、
荒っぽい編集であり演出ではあるのですが、
語り口は古典的で滑らかなので、
スムーズに作品世界に入り込むことが出来ます。

今年観た新作映画の中では、
「はじまりへの旅」と共に、
今のところ最も気に入っている1本で、
是非にとお薦めしたいと思います。

一応実話を元にしているのですが、
概略が似ているというだけで、
事件の年代や設定も異なっています。
従って、あまり元ネタを検索したりはせずに、
予備知識なく鑑賞された方が、
面白いと思います。

破天荒な主人公を狂言廻しにして、
現代の社会のからくりのようなものと、
それに踊らされる人間という種の、
変えようのない本質的な愚かしさを、
愛情豊かに綴った傑作だと思います。

単館公開に近い寂しいロードショーですが、
皆さんも気に入って頂けたらとても嬉しいです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「美しい星」(2017年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

品川神社のお祭りなので、
クリニック周辺には車が入れません。
車でお出でになる方はご注意下さい。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
美しい星.jpg
吉田大八監督が三島由紀夫の「美しい星」を映画化して、
今封切り公開されています。

これはただ、原案三島由紀夫、
というくらいの感じで、
原作の雰囲気や感触のようなものとは、
全く別物の作品になっています。

三島由紀夫の「美しい星」は氏の作品の中では特異なもので、
氏は基本的にミステリーやSFを子供だましのジャンルとして、
嫌っていたのですが、
この作品はSFと言っても良いような物語になっています。

三島氏は純文学作品と並行して、
女性誌などに娯楽小説を執筆していて、
書き方も内容も両者では変えているのですが、
この「美しい星」は文芸誌への発表ですが、
娯楽性や通俗性にも富んでいて、
その中間くらいに位置するように思います。

勿論三島氏は日本を代表する文豪の1人ですが、
非常に完成度の高い耽美的で理知的な作品のある一方で、
「おやおやこれは…」と絶句するような珍妙な作品もまた書いていて、
この「美しい星」も、
とても面白く魅力的でリーダビリティの高い作品である一方、
真面目に書いたことが疑われるような、
かなり珍妙な部分もある作品となっています。

この作品は極めて俗物揃いの「宇宙人」が、
人類の未来(もしくは末路)について、
互いに口汚い罵り合いをする話ですが、
その一方で美しい詩的な部分もあります。
詩的で耽美的な表現と共に、
古都金沢の描写であるとか、
能の「道成寺」の描写であるとか、
美しいからこそ滅ぼすという美意識であるとか、
そうした三島イズムのようなものも横溢しているのですが、
映画版にはそうしたムードや美意識のようなものは、
ほぼ皆無という状態になっています。

反面原作の珍妙な部分はその多くが取り入れられていて、
気恥ずかしくなるような描写も多くあります。
そんな訳でこの映画は、
とても三島由紀夫原作と言うのは憚られますし、
三島氏が生きていたら、
絶対にこのような映画化は許さなかっただろう、
ということはほぼ間違いがないように思います。

ただ、僕は必ずもこの映画を否定するつもりはありません。

風変りで奇妙で、
ひと昔前の日本映画のような古めかしい感じがあり、
三島文学を冒涜しているとは思うのですが、
捨ておけないような、
魅力のある映画でもあるからです。

作品は自分たちが宇宙人であることに、
ある時別々に覚醒してしまった家族が、
それぞれの方法で地球を救済しようとして失敗するという物語で、
そこには知識人というものは、
自分を人間より一段高い存在のように考えている、
という揶揄があるのです。
今のように大衆の多くが、
自分を他人より優越した存在と考えて、
上から目線で評論家然として世界を語る世の中では、
その皮肉はよりリアルに感じられるように思います。

この映画は昭和30年代を舞台とした原作を、
現代に置き換えて改変しています。
原作では当時一番深刻な問題であった、
核戦争による人類の滅亡が、
主な議論の対象となり、
人間の目を覚まさせ、
核戦争の危機を回避しようとする「善い宇宙人」と、
むしろ人間は滅んだ方が良いので、
積極的に後押しをして核戦争を起こしたり、
人間を虐殺しようとする「悪い宇宙人」とが、
互いの主張を「言葉」で口汚く罵り合う、
という構成になっているのですが、
今回の映画ではそれは核戦争ではなく、
地球温暖化の危機という設定になっていて、
主人公は自分が火星人であることに目覚めた、
お天気キャスターのおじさん、
ということになっています。

この改変がどうも個人的には釈然としません。

世界が核戦争によって破滅する未来は、
まだ決して遠のいたようには思えず、
ややその様相は変えながらも、
現代の危機としての重みは、
決して軽くなってはいないと思います。
それに比較しての地球温暖化というのは、
勿論これも重要な地球規模の危機ではありますが、
全否定するような見解も根強くあり、
テーマとしては弱いと感じました。

総じて、
一家の母親がマルチ商法に引っかかったり、
お天気キャスターや、
新党結成を目論む若手政治家など、
今回の映画が「現在」として捉えている世界は、
どうも全てが周回遅れのような古めかしさで、
それが意図的なものなのかどうかは、
何とも言えないのですが、
その点があまり納得がいきませんでした。

ただ、原作にもある肌がぞわぞわするような奇妙な感じと言うか、
高尚な野暮ったさと言うか、
そうした不思議な雰囲気は、
映画にも濃厚に漂っていて、
ラストの不思議な余韻や登場人物の演技の面白さと含めて、
奇妙で胸騒ぎのするような映画にはなっていたと思います。

全ての方にお勧めとは言えませんが、
出来れば旧仮名遣いの原作を読まれた上で、
鑑賞されることをお勧めします。
原作は矢張り力があって、
僕のようなものでも、
読了後は少し思索的になってしまいました。

吉田大八監督の次作は「羊の木」で、
これはもう原作も極め付きの怪作ですから、
とても楽しみにして待ちたいと思います。
吉田監督は同世代ですし、
相当得体の知れないところがあるので当面目が離せません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「メッセージ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日3本目も映画の記事になります。

それがこちら。
メッセージ.jpg
SF作家テッド・チャンの短編を原作とした、
SF映画「メッセージ」を観て来ました。

これはゼメキスの「コンタクト」に近いタイプの、
じんわりと感動するSF映画で、
僕は「コンタクト」は大好きなので、
この作品もとても楽しめました。

中国が「実は気のいい乱暴者」として、
かつてのアメリカのように描かれていて、
そうしたところに時代を感じさせます。
現実にもほぼそうなのでしょうが、
ハリウッド映画の世界では、
もう既に世界は中国が支配しているようです。

余談でした。

原作は娘を山の事故で失って離婚した失意の女性科学者が、
宇宙からの来訪者との「コンタクト」を通じて、
時間についての新しい観念を得て、
過去の悲劇を新しい目で眺めるようになる、
という話です。

そこで分かる時間の新しい観念というのは、
カート・ヴォネガットが「スローターハウス5」で提示したものと、
基本的には同じで、
時間とは前も後もない連なる山脈のようなものだ、
というものです。
「スローターハウス5」にはとても感動したのですが、
この短編はその焼き直しなので、
その点にはあまり感心しませんでした。

後は全くコミュニケーション体系の異なる異星人を相手に、
どのようにして対話を成立させるのか、
相手の言語体系をどのようにして認識するか、
という辺りが原作のSFとしての読みどころになっています。

原作を読むと正直これを映画にして、
何の面白みがあるのだろうか、
というように感じてしまうのですが、
映画は原作のアウトラインとテーマには一応沿いながら、
昔からある時間テーマの泣かせのパターンに、
原作を落とし込む形で映画化しています。

そのため、
原作を読んでいる人の方が、
映画の仕掛けに引っ掛かるという、
ちょっと面白い結果になっています。

正直地味な映画なのですが、
割と綺麗にクライマックスが仕組まれていて、
ご都合趣味の極致と言えば言えるのですが、
軍の指導者を主人公が説得する辺りはワクワクしますし、
ラストの詩情にも、
とても清々しく感動することが出来ます。
この後味の良さは、
なかなか出来ることではありません。

原作では異星人は異なる文明のリサーチのために来た、
ということのようですが、
映画ではその辺りはぼかされていて、
何のために来たのかは分からないけれど、
結果としては時間についての真実を、
主人公に伝えて去って行った、
ということのようです。

これだけの話を手間暇掛けて堂々とやる、
という辺りが余程の自信がないと出来ないことで、
寝不足の時にはお薦め出来ないのですが、
じっくり雰囲気に浸り、
クライマックスで「あっ、そういうことなのか」
と目を覚まし、
ラストで静かに余韻に浸るには良い映画だと思います。

静かにお薦めします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「カフェ・ソサエティ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事は映画の話題です。

それがこちら。
カフェ・ソサエティ.jpg
80歳を過ぎても精力的に新作を発表し続けている、
ウディ・アレンの脚本・監督による新作に足を運びました。
短期間でしたが、足場の良い新宿で、
公開してくれたのが良かったです。

ウディ・アレンはニューヨークを代表する映画作家の1人で、
コメディアンからスタートして、
オリジナルのコメディ映画で頭角を現し、
「アニー・ホール」でウィットに富むセンスのある人間ドラマを確立すると、
その後は映画の楽しさを満喫させる、
多くのアレン映画を生み出しました。

僕は昔テレビで何度もやっていた、
初期のコメディの「バナナ」が大好きで、
文字通り腹を抱えて笑いました。

その後「アニー・ホール」から、
78年の「インテリア」、79年の「マンハッタン」、
80年の「スターダストメモリー」。
82年の「サマーナイト」辺りは封切りで観て、
「スターダストメモリー」と「サマーナイト」という、
彼がスランプの変な藝術映画にはうんざりしましたが、
その後持ち直して独自のアレン映画を確立。
特に85年の「カイロの紫のバラ」、
86年の「ハンナとその姉妹」には、
非常な感銘を受けました。

今回の作品は95年の「ブロードウェイと銃弾」に通じるような、
1930年代のハリウッドとニューヨークを舞台にした、
映画と舞台への愛に満ちた物語で、
気弱なくせに意外に野心家のユダヤ人の青年を主人公に、
気難しく妻の尻に敷かれた学者や、
暴力的だが気の良いギャング、
妻に離婚を切り出せない辣腕のプロデューサーなど、
いつもの懐かしいアレン印の登場人物達が活躍し、
美しい美術とキャメラも相俟って、
映画の至福を観る者に感じさせます。

昨年の「教授の奇妙な妄想殺人」はやや変化球でしたが、
今回の祝祭劇はアレンの世界そのものです。

ドラマとしては、
それぞれ別の相手を伴侶に選んだかつての恋人が、
苦い再会をして相手に思いを馳せるという、
定番のラブロマンスで、
1時間半程度の上映時間の中に、
人生の様々な情感を盛り込んで、
過不足なく1つのドラマに仕上げる辺りに、
アレンの職人芸は健在という思いがしました。

充実度から言えば、
矢張り80年代半ばくらいがアレンのピークで、
当時の作品と比較すると、
その人間ドラマとしての奥行には、
不満の残る部分はあるのですが、
酸いも甘いも心得た人生と恋愛の達人ウディ・アレンの、
力の抜けた人生スケッチとして、
しばし贅沢な気分に酔うことが出来ました。

アレンの映画はいつもすぐに終わってしまうのですが、
こうしてコンスタントに公開されるのは、
とても嬉しいことだと思います。

お薦めです。

それでは次も映画の話題です。

「スプリット」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。

今日はこちら。
スプリット.jpg
アイデアに溢れたどんでん返しのある映画で有名な、
ナイト・シャマラン監督の新作が、
今封切り公開されています。

シャマラン監督の映画は、
「シックス・センス」「アンブレイカブル」、
「サイン」、「レディ・イン・ザ・ウォーター」、
「ヴィレッジ」を観ています。

どれも一筋縄ではいかない、
奇々怪々の作品なのですが、
所謂「どんでん返し」があるのは、
「シックス・センス」、「アンブレイカブル」、
「ヴィレッジ」の3本で、
「サイン」と「レディ・イン・ザ・ウォーター」の2本は、
シャマラン監督的には意外な結末なのかも知れませんが、
ヘンテコな伏線の回収作業はあるものの、
あたかもシベリア少女鉄道のお芝居のように、
「こういうもの」と思わないと、
楽しむことが出来ません。

この中で僕が最も好きなのは「アンブレイカブル」で、
奇妙なヒーローものとしてのお話が、
それを成立させるための奇怪な現実を呼び込むのです。
ラストに待ち構える「ショック」は、
新しいどんでん返しのあり方を、
教えてくれたような思いがありました。

さて、今回の作品はアメリカでは久々のスマッシュヒットとなり、
「シックス・センス」以来久しぶりに監督が、
「このラストは絶対に話さないでください」
という趣旨のことを予告で話しているので、
これはひょっとしたらかつての衝撃が再びなのかしら、
と何となく映画館に初日に足を運んでしまいました。

今回は3人の少女が、
23の人格を持つという謎の男に監禁される、
という導入のスリラーです。

男の診察をしていたカウンセラーの女性が登場して、
徐々に男を疑うようにもなりますし、
主人公の少女の生い立ちのトラウマなども、
怪しげに何度もインサートされるので、
如何にもどんでん返しがありそうな雰囲気は高まります。

そして…

ネタバレは出来ませんが、
個人的な感想としては、
「サイン」に似た脱力系のお話で、
力こぶを入れて観ていた分、
とても落胆を感じました。

「ラストの衝撃」というのはどんでん返しではなく、
別の「オチ」のことを指しているようなのですが、
その「オチ」は予備知識がないと意味不明のものなので、
これはちょっと不親切過ぎるのでは、と感じました。

要するにいつものシャマラン・クオリティです。

ただ、どんでん返しの期待をしなければ、
監禁もののサイコスリラーとしては、
なかなかスリリングに出来ていて、
それだけでは平凡ではあるのですが、
退屈はしない作品には仕上がっていたと思います。

シャマラン監督の憎めない方であれば一見の価値はあります。
ラストの脱力系のオチを含めて、
この奇妙さこそがシャマラン監督の世界なのだと思います。
くれぐれもラストのどんでん返しなどには、
期待をしないでご覧ください。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
メッセージを送る