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天乃石立神社と一刀石 [仏像]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日は今年のお正月に参拝した、
奈良北方柳生の里にある神社を見て頂きます。

以前2012年の元旦にも参拝して、
その時にも記事にしています。
5年ぶりということになります。

芳徳寺という柳生家の菩提寺の裏手の山を、
少し上ったところにその神社はあります。
辺りは静寂に包まれ、
ほぼ人に出会うということはありません。

天乃石立神社は、
その昔天岩戸の石の扉が宙を飛び、
地面に突き刺さった場所だとされています。

その石の扉とされる巨石がこちらです。
天石立神社巨石.jpg
なかなかの迫力で、
この2つの巨石を含む周辺の神秘的な岩が、
この神社の祀るご神体そのものです。

こちらをご覧ください。
天石立神社拝殿.jpg
神社の拝殿ですが、
参道から鳥居を潜った位置からは反対側にあります。

ちょっと不思議な感じもするのですが、
まず神様の横を通って、
それから裏の拝殿に廻って、
お参りをする、
ということになります。

奥に見えているのもご神体で、
その裏に廻るとこんな感じになります。
天石立神社巨石②.jpg

周辺はまさにジブリの「もののけ姫」の世界です。
それほどのスケール感はないのですが、
心が洗われる感じがあります。

そして、拝殿から更に奥に進むと、
印象的な巨石があります。

それがこちらです。
一刀石遠景.jpg
一刀石と言って、
その昔剣豪柳生石舟斎が天狗と立ち合いをして、
一刀両断して翌日見たらこの石があった、
ということになっています。

なるほどと思う迫力です。

もう少し近づいてみます。
一刀石近景.jpg

僕の大好きな場所なのですが、
実は背後の山の向こうはもうゴルフ場になっています。
ちょっと悲しい感じもあるのです。

ただ、この場所自体の迫力と凄みは、
失われてはいない、
という思いがしました。

今日は古代の巨石の神秘を見て頂きました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごしください。

石原がお送りしました。

和束弥勒摩崖仏(2017年再撮影) [仏像]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はまだクリニックは休診ですが、
グループホームの診療などには廻る予定です。

今日はお正月に奈良でお逢いした、
摩崖仏の画像を観て頂きます。

石仏というのは藝術性は高くても、
風雨にさらされるという特性から、
お堂の中などに安置される仏像より、
風化して消滅することが遥かに多い、
極めて儚い藝術です。

その中でも摩崖仏というのは、
崖の岩のそのまま彫り込まれたものなので、
よりその儚さが強いのです。

街道に目印で置くような小さな石仏は、
特に室町時代の後期からは大量に造仏されるようになります。
これは工房で作られるようなものなので、
商品として作られるようになり、
今作られるものとそれほど変わりはありません。
魂の籠ったもの、と言う感じはあまりしないのです。

矢張り石仏が素晴らしいのは、
室町時代の初期より以前、
より狭めれば鎌倉時代までの石仏です。

ただ、はっきりと鎌倉時代以前に造仏された石仏というのは、
そうざらに残っているものではありません。

その中でも素晴らしい仏様の1つが、
今日ご紹介する和束弥勒摩崖仏です。

和束町は京都南方、宇治市に近い位置にある、
川沿いの小さな町で、
お茶の産地として知られているところですが、
川沿いの抜群のロケーションの岩肌に、
見事な石仏が刻まれています。

そのお姿がこちらです。
和束弥勒摩崖仏遠景.jpg
前回対面したのは2013年のお正月のことでした。
その時は道も整備されておらずに立札などもありませんでした。

それが今回は川沿いの道が整備されていて、
立札も何か所かに設置されていました。
こちらをご覧ください。
和束弥勒摩崖仏への道.jpg
のどかなお茶の畑に沿って、
整備された道が続いています。
でも石仏の周囲は簡単な柵があるだけで、
その辺も自然の雰囲気を壊しすぎずに悪くないのです。

僕が考える良いロケーションの摩崖仏というのは、
遠景があって、
それから近接した見上げもある、
ということです。

その両方がここにはあります。

遠景の画像をもう1枚見て頂きます。
こちらです。
和束弥勒摩崖仏遠景②.jpg
遠くから最初に見えるこの風景が感動的です。
自然物と岩と木々の緑と苔むす岩の中に、
仏様のお姿を見つける瞬間が感動なのです。
大きさは画像では分かりにくいと思いますが、
光背などを含めれば⑦メートル近い大きさがあります。
日本の石仏は概ね小さく、
古仏でここまで大きなものは非常にまれです。

そして、少しずつ近づきます。
以前は石仏の彫り込まれた岩の正面に、
足場のようなものが組まれていたのですが、
それが今回は取り外されています。
そのために、柵の内側からだと、
今は横から石仏を拝見するしかないのですが、
正面に廻ることも出来るようにはなっています。

目の前での見上げがこちらです。
和束弥勒摩崖仏見上げ.jpg

これが室町後期以降の石仏にはない、
古仏の大らかな描線です。
見にくいのですが右側に碑文が刻まれています。
こちらです。
和束弥勒摩崖仏碑文.jpg
ちょっと読めませんが、
1300年に造仏されたことが刻まれています。
このように、鎌倉時代に作られたことが確実、
という摩崖仏は実際にはほとんどありません。
国宝に認定されてもおかしくないと個人的には思いますが、
石仏が重要文化財や国宝になることは、
実際にはほとんどありません。

最後にもう1枚お顔のアップを見て頂きます。
和束弥勒摩崖仏アップ.jpg
素晴らしいですよね。
最高です。

いつ消え失せるか分からない儚い藝術です。
でもだからこその魅力、
摩耗していつかは自然に帰るという無常感が、
それだけに心を打つのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

大原三千院阿弥陀如来石仏(売炭翁石仏) [仏像]

こんばんは。
北品川藤クリニックの石原です。

先刻奈良から戻って来たところです。
今回は暑さがきつすぎて、
ちょっと仏像を拝観するような感じではありませんでした。

今日は京都大原三千院の境内にいらっしゃる、
京都随一と言っても良い、
古仏の石仏を観て頂きます。

それがこちらです。
三千院石仏2.jpg
京都大原の三千院には、
苔の庭にわらべ地蔵という、
愛らしい表情をした地蔵石仏が点在していますが、
あれは勿論新しいものです。

こちらは鎌倉時代中期に作られたことが、
ほぼ確実な石仏で、
大きさも2メートルを超える半丈六と言って良い大きさのものです。

石仏は室町後期以降のものと、
それ以前のもの、特に鎌倉時代までのものとは、
その貴重さと藝術的な価値、
そしてある種の精神性のようなものが、
まるで異なります。

室町後期以降の石仏というのは、
工房の制作するある種の「商品」となってしまうので、
作品の数はぐっと増えるのですが、
唯一無二の仏としての実在感や感銘は、
あまりないものとなってしまうのです。

京都は古都ですが、
鎌倉時代に遡る石仏は殆どありません。

その意味でこの三千院の石仏は、
その完成度の高さと大きさも含めて、
非常に貴重な仏様なのです。

今は簡素な覆い屋に入っていますが、
野ざらしになっていた時期が長かったのでしょうか、
お顔などはかなり摩耗しています。
ただ、そのフォルムの美しさと高い精神性には、
摩耗して尚、唯一無二の風格があります。

もう少し近づきましょう。
三千院石仏1.jpg
石仏というより、木彫に近いような完成度の高いフォルムです。
欲を言えば均整が取れすぎていて、
やや訴える力には弱いような気がしますが、
さすが古仏という素晴らしさが全体に漂っています。

真夏はきついので、
次回は少し気候の良い時に、
もう一度拝観したいと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

法界寺「薬師如来立像」(2016年秘仏公開) [仏像]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

先日奈良と京都に出掛けましたが、
最大の収穫は京都の法界寺で、
50年間開扉されなかった薬師堂の薬師如来様が、
お厨子の横からという変則的な形ですが、
特別の御開帳をされたことでした。

行くまで知らずにいたのですが、
帰りがけに情報を得たので、
慌てて出掛けたのです。

その薬師如来のお姿がこちら。
法界寺薬師如来.jpg
このお写真は、
平成20年刊の古寺巡礼のシリーズから取ったものです。
転載の許可は取っていませんので、
問題のあるようでしたらご指摘下さい。

50年非公開ということですが、
このお写真が50年前のものとは思えませんので、
記録や調査用の開扉はされているのだと思います。

ただ、このお写真は左側から撮られていて、
同じ向きの写真しか存在していないので、
未だかつて、
この薬師如来様の厨子の正面の扉が、
開かれたことはないことは事実のようです。
厨子の前には鏡が置かれて封印されています。

今回の公開でも、
仏様の左側の扉のみが開かれて、
横から拝観するという格好です。

ただ、本当に間近から、
覗き込むようにして拝観することが可能で、
係のボランティアの方が、
LEDライトを照らして頂けるので、
昔では考えられなかった、
ある意味無作法な感じではあるのですが、
鑑賞環境としては納得のゆくものでした。

この写真と同じように、
平安時代の造仏当時の切金文様が、
ほぼ完璧に残っていて、
非常に神秘的で美しいお姿でした。

同時に本尊の厨子の両側にある厨子の扉も開かれて、
鎌倉時代の十二神将が同時に御開帳されました。
そのお姿がこちら。
法界寺十二神将.jpg
こちらも全て重要文化財の指定を受けていますが、
動きのある優れた造形で、
頭部に干支の動物が載っているところなど、
興福寺当金堂の十二神将に非常に良く似ています。
大きさは小さいのですが、
その造形美は勝るとも劣らないと思いました。

法界寺は阿弥陀堂が有名で、
僕は好きで何度か足を運んでいるのですが、
たまたまタイミングが合って、
ちょっと伝説的な薬師如来を拝することが出来たのは、
望外の喜びでした。
旅はこうしたことがあるので嬉しいですね。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

神童寺「愛染明王坐像」 [仏像]

こんにちは。

北品川藤クリニックの石原です。

今日までクリニックは連休です。
明日は外来は金曜日で休診なので、
連休後の外来は土曜日から、
ということになります。

今日は奈良、京都の仏像の話題です。。

今日はこちら。
神童寺.jpg
京都の南で奈良の北方の南山城にある、
神童寺(しんどうじ)に伝わる愛染明王の坐像のお姿です。
これはお寺で売られている絵葉書の画像です。
特に許可は取っていないので、
問題があるようでしたらご指摘下さい。

南山城には、
蟹満寺や観音寺など、
平安時代以前の古仏を伝えるお寺が多いのですが、
その中でこの神童寺は、
これまで訪問する機会がありませんでした。

古仏の多くを収蔵する収蔵庫が、
改修工事をしていて、
その間に拝観が出来なかったのが、
その主な理由でした。

今回初めて拝観の機会を得て、
非常に感銘を受けました。

神童寺は非常に愛すべき小さな古寺で、
南山城ののどかな田園風景の中、
幾多の風雪を経て現在に至る古寺の魅力を湛えています。

このお寺は室町時代に造られた重要文化財の本堂があり、
そこには室町時代の蔵王権現立像が本尊として安置されています。
更に本堂から石段を登った背後の小山の上に、
鐘楼と共に収蔵庫があり、
その中には主に永安時代の古仏が、
十驅以上もズラリと安置されています。
全ての仏像がガラスケースやガラス越しではなく、
そのまま間近に拝観することが出来、
住職が丁寧に説明をして頂けます。
本堂もライティングがされていて、
拝観環境は申し分がありません。

仏像自体は写真では見ていて、
全体に造作が甘い感じがあり、
正直それほどの期待はしていませんでした。

しかし、実際に観るとその印象は大きく違いました。

平安時代の密教美術のプリミティブな魅力に満ち、
凄みのある迫力があるのです。

中でもこの愛染明王像は、
上方に弓を番う、
「天弓愛染」と呼ばれる他にあまり例のない構図が、
巧みに破格の感じを出していて、
多くの写真ではモノクロームな感じなのですが、
実際には護摩で燻された黒い姿の中に、
赤などの色彩が豊富に残っていて、
泥絵の曼荼羅のような、
不思議な魅力があります。

この像と白不動と称される不動明王の立像の二驅については、
間違いなく実物を拝むと印象が大きく変わると断言出来ます。

この仏像は京都国立博物館に出品されたことがあるのですが、
その時はライティングが悪く、
後背も欠損していて、
おまけにガラスケース越しの鑑賞でしたから、
とても今回のような感想を持つことは出来ませんでした。
あの博物館のライティングは、
本当に駄目だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

若狭小浜妙楽寺「木造千手観音立像」 [仏像]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

昨日から1泊で福井に行きました。
福井在住の友達と会い、
小浜に仏像を拝観に行って、
それから越前海岸の民宿で蟹を食べました。
ほぼ数年前からいつものコースです。

昨年拝観出来なかった妙楽寺で、
ご本尊の千手観音を拝することが出来ました。

そのお姿がこちら。
妙楽寺千手観音.jpg
二十四面千手観音と言って、
形相の違う3面のお顔があって、
その上に小さなお顔が21面乗っています。
腕も小さなものを含めると、
きちんと千本揃っています。

奈良時代に完成された千手観音の造形は、
唐招提寺の仏様など、
十一面千手観音が通常で、
このように二十四面千手というのは極めて珍しい作例です。
インドの神様に近い雰囲気ですね。

桧の一木造りで、
このような複雑な造形を、
破綻なく端正にまとめた技巧が素晴らしく、
また正面のお顔の優しい美しさにも魅了されます。

平安時代の中期、
藤原初期くらいの造仏だと想定されています。

お寺の雰囲気はなかなか素晴らしく、
田園地帯の中にあり、
参道をゆるやかに山の方に上って行くと、
鎌倉時代の藁葺きの本堂が、
静かに参拝客を迎えてくれます。
紅葉も少しずつ始まっていました。

静かで邪魔されるものもなく、
お堂のライティングもきっちりされていますし、
間近でしっかりと拝観することが出来ます。
仏像好きにはほぼ理想的な環境で、
なかなかこうしたお寺は、
奈良・京都にも数少ないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

戒光寺「釈迦如来立像」 [仏像]

こんにちは。
石原藤樹です。

10月1日の北品川藤クリニック開院に向け、
バタバタとした日々が続いていますが、
今日は家で終日過ごす予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
戒光寺大仏.jpg
京都は泉涌寺の塔頭の1つである、
戒光寺のご本尊、
本丈六の釈迦如来立像のお姿です。

この仏様は本丈六の大きさです。
つまり、仏様の原寸大で、
背丈は5メートルを超えます。
制作は鎌倉時代で、
鎌倉まで遡る本丈六の釈迦如来立像というのは、
他にあまり類例がないと思います。

大仏という名称が不自然でない、
迫力と大きさです。

この仏様は大仏師運慶とその実子による作品と、
お寺では伝えられていますが、
それはにわかに信じ難い感じです。

運慶は日本の風土に根ざした、
写実的な造形を得意としたのですが、
この仏様は当時の中国であった宋風の様式で、
全体のフォルムは良く言えばおおらか、
率直に言えばかなり荒い感じの作品です。

ただ、これだけの大作ですから、
当時の一流の工房が、
全力を傾注しての仕事であったことは間違いがないと思います。

金箔などの彩色は当初からのものとは考えられませんが、
全体に違和感はなく、
金色に輝く神秘的な感じは、
当時の参拝者の気持ちを感じさせてくれます。

お顔の下、首の辺りに茶色い染みがあります。
寺伝によればこれは血の跡で、
これは後水尾天皇が暗殺者に狙われた時に、
この仏様が身代わりに立たれたのだとされています。

仏像として単独で観ると、
それほど優れたものとは言えないのですが、
お寺の雰囲気と合わせて考えると、
非常に忘れ難い印象が残ります。

お寺は大仏様のいらっしゃる本堂のみと言って良い、
小さなお寺ですが、
非常に気さくな雰囲気で、
特に拝観料などはなく、
フリーアクセスでお堂に入り、
ご本尊を拝観することが可能です。
一部の時期に、
特別拝観として有料でより仏様に近付ける機会があるようですが、
そこまでの必要は通常はないように思います。

それほど凝った照明をしている、
ということはないのですが、
それでもお堂の奥に、
神秘的に輝くように見えるのが不思議です。

この雰囲気だけでも得難い財産なのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

吉田寺「丈六阿弥陀如来坐像」 [仏像]

こんにちは。
石原藤樹です。

六号通り診療所での診察も、
残すところ2日となりました。

まだやらないといけないことは多く、
プレッシャーもきつく、
やり切れるかどうか分かりません。
今は全身を神経のようにして、
やれることをやれるスピードでやるだけです。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
吉田寺.jpg
奈良の斑鳩町、
法隆寺にほど近い場所にある吉田寺(きちでんじ)の本尊、
丈六阿弥陀如来坐像のお姿です。

ちょっと知名度的には地味な存在なのですが、
ご覧のように、
極めて完成度の高いフォルムをしています。
平安時代の後期に造られたものだとされていますが、
本丈六と言って、
このままお立ちになると5メートルを超える、
座像でもお身体だけで2メートルを超える、
非常に大きな仏様ですが、
それでいて、
工芸品のような完成度を示しています。

特徴的な光背は江戸時代のもので、
そう思って見ると、
ちょっと詰めの甘い感じがあるのですが、
お身体とのマッチングはしっかりと出来ていて、
お身体の金箔が、
状態良く残っているのが良いのです。
当初からのものではないと思いますが、
江戸時代に塗り直したような金箔は、
もっと大雑把で下品な感じのものになるので、
そうではないと思います。

お顔にちょっと神秘的な感じがあります。
これも平安時代の末頃の所謂定朝様の規格品の仏様には、
ない特徴であるように思います。

この仏様は、
本堂に続く収蔵庫に安置されていて、
薄暗い中、
お堂の奥に仄かに金色に輝いているように見えます。

この神秘的な感じが非常に良くて、
金箔を貼られた仏像本来の姿を、
昔の人になったような気分で、
そのまま感じることが出来ます。

まさに陰翳礼讃の世界です。

大谷﨑が言われるように、
暗闇の中で仄かに光る金色ほど、
美しくも幽玄なものはなく、
確かに浄土というのは、
そうしたものではないかというようにも思えます。

今はほぼ失われたその感触が、
斑鳩の古寺にひっそりと残っていることが、
一段と味わい深く思われるのです。

拝観環境はまずまずなのですが、
僕が行った時には、
ご住職はいらっしゃらずに、
遠目に仏様を拝むことしか出来ませんでした。
ネットの情報などを見ると、
お近くで拝観させて頂くことも可能であったようなので、
その辺りは不公平に少し感じました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

何とか今日一日僕も走り続けることが出来ますように。

石原がお送りしました。

東大寺四月堂 [仏像]

こんにちは。
石原藤樹です。

今日は日曜日で診療所は休診です。でも、色々とやることは山積みで、
更新は夕方になってしまいました。

休みの日は趣味の話題です。

今日は比較的マイナーな仏像とお堂の話です。

それがこちら。
普賢菩薩四月堂.jpg


東大寺の四月堂に安置されている、
普賢菩薩像です。

普賢菩薩は文殊菩薩と対のような存在で、
お釈迦様の両脇侍となっていることが多いのですが、
普賢菩薩が独立して祀られることもあり、
その場合はこのように、
象の上に乗った姿で造形されます。

対になる文殊菩薩は獅子に乗った姿で造形され、
こちらは作例が多く残っているのですが、
象に乗った普賢菩薩の仏像は、
それほど古仏としては見ることが出来ません。
その中では岩船寺の普賢菩薩像が有名で、
次に語られることの多いのが、
この東大寺四月堂の仏様です。
ただ、時代は室町と少し下るので、
重要文化財などの指定は受けていません。

四月堂は三月堂のすぐそばにある小さなお堂です。
現在のお堂は江戸時代の再建になるもので、
当初は普賢菩薩が本尊であったという記録があるようです。
ただ、お堂のご本尊としては、
現在安置されているお像は小さいので、
別個の仏像であった可能性の方が高いと考えられています。

このお堂には明治の頃から、
長く平安時代の千手観音像が本尊として安置されていました。

特異なフォルムを持つ魅力的な仏様で、
僕は小学生の時に、
一度そのお姿をこのお堂で拝観しています。

それが諸般の事情があり、
東大寺ミュージアムという博物館に、
その千手観音が移動したために、
平成25年から平安時代の十一面観音像が、
代わりにご本尊としてお出ましになっています。

それほどの特徴はない、
水準作という感じの仏像ですが、
このこじんまりとしたお堂には、
非常にマッチしているように思います。

その隣には鎌倉時代の阿弥陀如来坐像がおられて、
この2つの仏様が重要文化財の指定を受けています。

そして、お堂の右奥に、
ひっそりとした感じで、
普賢菩薩を安置した厨子の戸が開いています。

岩船寺の普賢菩薩像は、
最近LEDライトが入ったので、
細部をそのまま見て取ることが可能ですが、
この四月堂ではそうしたものはないので、
目の前で拝んでも、
仏様は殆どシルエットのようにしか見えません。

それが、
お昼間の時間帯にゆっくりと目を凝らしていると、
少しずつ闇の中から仏様の美しいお顔が、
静かに浮かび上がって来るのです。

要するに陰翳礼讃の世界です。

こうしたところに、
些細な感動が潜んでいるのです。

四月堂は最近とても気に入っているお堂です。

重要文化財の仏像を2躯蔵しながら、
控え目で静かな感じでそこにあって、
補修を終えてそれほど経たないので、
極めて清潔で埃も殆ど積もっていません。
拝観料を取るようなこともなく、
いつも静かで、
それでいて係の方は常駐しているので、
御朱印をもらうことも出来ます。

仏像を拝観する環境としては、
結構理想的なのではないかしら、
といつも思うのです。

最後に御朱印をお見せします。
東大寺四月堂.jpg
それでは今日はこれだけです。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

寳菩提院願德寺「如意輪観世音菩薩半跏像」 [仏像]

こんにちは。
石原藤樹です。

今日まで診療所は夏季の休診です。
やらなければいけないことは山積みですが、
なかなか捗りません。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
寳菩提院如意輪観音.jpg
京都の市内からは少し離れた山里に、
寳菩提院願德寺という小さな寺院があり、
その収蔵庫に平安初期の、
この見事な仏様が伝わっています。

昔から拝観したかったのですが、
不便な場所でもあり、
なかなかその機会がなかったのですが、
今回初めて拝観が叶いました。

ここはまず門前でインターホンで許可を得ないと、
中に入れてくれませんし、
案内の方の対応も、
かなり怖いのです。

収蔵庫で説明などはしてくれないのですが、
監視カメラでは監視されています。
あまり良い気分ではありませんが、
こんな世の中なので、
仕方のないことなのかも知れません。

拝観環境は非常に良いのです。
中央の厨子の中に仏様はいらっしゃり、
三種類の明かりが用意されていて、
手元の操作で1つずつ点けることが出来ます。
正面のみですが、
かなり間近に拝むことが出来ます。

木の木目をそのまま活かした仏像で、
自然とこの青い色に変化しているのです。
非常に美しいフォルムを持ち、
完成度は高いのですが、
お顔は菩薩にしてはかなり厳しく、
冷厳なものを強く感じさせます。

その辺りが貞観彫刻という感じで、
神護寺のご本尊にも似た風格を有しているのです。

迫力と優美さと凄みを兼ね備えた名仏です。

傑作の多い貞観彫刻の中でも、
他に類のない造形で、
欠かせない名品だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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