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国産第一号「安心」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はもう1本演劇の話題です。

それがこちら。
安心.jpg
オクイシュージさんの作・演出による、
国産第一号というユニットの公演「安心」が、
本日まで下北沢の駅前劇場で上演されています。

2010年初演作の再演とのことです。

これは松尾スズキさんのツィートで気が付いて、
即効で予約して直前に行くことを決めました。
これぞアングラ小劇場という感じの、
ダークで破天荒で遊び心に満ちた作品で、
これは観られてとても幸せでした。
思わず販売されていた戯曲も買ってしまいました。

特に演出が優れていて、
1時間50分の上演時間に充実感があります。
ただ、最後に明らかにされる「事件の絵図」に、
やや面白みが乏しいことと、
「全ての地獄はお前の頭の中にある」
というような世界観が、
震災後でテロや現実の暴力に満ちた今には、
ちょっと切実感が乏しい思いはありました。
そう言えば、2010年くらいには、
こうした芝居が多かったような気もします。

以下ネタバレを含む感想です。

ある太っちょの冴えない男が、
何処だか分からない黒い部屋に監禁されています。
そこには謎の男女が5人いて、
司会役の男はそこが「矛盾の家」で、
自分の全てをさらけ出し、自分自身に戻る場所だ、
というような話をします。
それから1人ずつ自分が如何にして悲惨な境遇に落ちたかを、
回想を交えて語り、
過去の光景もフラッシュバックするうちに、
別々に思えた個々の人物の物語が徐々に繋がり始め、
「真相?」が明らかになると、
主人公は最後にある決断を迫られることになります。

入江雅人さんが80年代テイストのダンス教師を怪演して、
川上友里さん演じるストリッパーとダンスに興じるなど、
小劇場的には贅沢なお遊びが満載で、
それがオクイシュージさんの的確な演出の元に、
素敵な出鱈目として楽しめます。

実際の関係が明確ではない複数の男女が、
あるモチーフを中心として果てしない遊びを繰り返す、
と言う点では、
鴻上さんの「朝日のような夕日をつれて」に近い構成です。
そのもっとアングラに傾斜した変奏曲、
と言っても良いかも知れません。

ゲームマスターめいた謎の男がいて、
監禁された状況の中で、
残酷なゲームに興じるという趣向は、
映画の「ソウ」シリーズの影響も感じられます。
乙一みたいな感じもありますよね。

ただ、登場する全員が、
実は1つの物語で結び付けられている、
ということが途中で大体分かってしまうと、
今度は隠された真実とは一体何なのだろう、
というところに観客の興味が移るのですが、
その真実というのが、
主人公が酔っぱらって吐いたゲロですべって、
少女が車の事故に遭った、
というような話だったり、
友達と思って部活の後輩に接したら、
それが相手にとっては迷惑だった、
とかといったような、素直にそうかとは、
とても思えないようなストーリーなので、
何となくもやもやしたものが残ってしまいます。

そして、最終的にはハンマーで全員を殴り殺して、
その場を脱出するのですが、
その段取りの必然性もあまり納得がいきませんし、
オクイシュージさん自身が演じる、
謎のゲームマスターの男の正体も、
結局最後まで分かりません。

「朝日のような夕日をつれて」では、
ある1人の女性の絶望を救うことが出来るか、
というような物語なので、
それを聞いただけで何となく納得がいく気分になりますし、
分からない話で感動することも出来るのですが、
この作品の物語は、
主人公が他人に害を与えないようにビクビクと生きることで、
結果として因果が巡って多くの人を不幸にしてしまい、
自分の本能的な情念を開放することで、
その心の迷路から脱出する、
ということのようですが、
それにしては、
主人公がオドオドしている割には、
後輩に命じて女性をさらったりもしているので、
そこにあまり行動の一貫性がなく、
無作為の悪事のからくりにも説得力がないので、
あまり観客を納得させるような感じには、
ならなかったのが残念でした。

良かったのは演出で、
これは非常にセンスに溢れています。
黒一色のセットの背後に2つの換気扇が廻る正方形の窓が2つあり、
それが非常に巧みに全編で使用されています。
その存在自体が禍々しくて素敵ですし、
不意に肖像画が窓に現れる瞬間もショッキングです。
ラストには「安心」の2文字が現れるという趣向も凝っています。
暗転を巧みに利用した舞台転換も鮮やかですし、
ストロボの効果的な使用や、
ラストの大殺戮ではビートルズをバックに盛大に血を流し、
スペクタクル化した趣向も効いています。

役者も曲者を揃えていて、
大仰なアングラ芝居がさく裂するのも楽しい時間です。
ただ、女性陣はもっと際どい芝居が欲しかったという気もしましたし、
謎の男を演じたオクイシュージさんは、
役者としては少し弱かったと思いました。
たとえば、当日観劇もされていた師匠筋の松尾スズキさんが、
同じ役を演じられたとすれば、
また別の次元の作品が生まれたような気がします。
オクイさんが演じると、
何か矢張りもう少し説明を求めてしまうので、
それが結局ないというのが、
非常に物足りない気がするのです。

いずれにしても小劇場の妙味が、
美しくグロテスクにデコレーションされた素敵な作品で、
こうした作品はまた是非観たいと思いました。

頑張って下さい。
欲を言えばオクイさん本人の役はもっと別のものにして、
秘められた物語は、
もっとシンプルでかつ情緒を揺らすようなものにして下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

ケラ「陥没」(シアターコクーン・オンレパートリー2017) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
陥没.jpg
ケラさんがシアター・コクーンで上演している、
ナイロン100℃とはまた傾向の違う作品群の新作として、
「陥没」と名付けられた新作が今上演されています。

1963年の東京オリンピックの直前が舞台ということで、
何となく現在と照らし合わせた社会風刺的な作品を想像してしまうのですが、
実際には死んだ父親に見守られて、
不幸な結婚をした小池栄子さん演じるヒロインが、
自分の人生を取り戻すという、
軽い味わいのファンタジックでほのぼのとした作品でした。

ただ、それにしては3時間半という上演時間は、
如何にも長大で、
派手な場面は岩松了さんの戯曲のように、
敢えて描かないというポリシーなので、
余白を楽しみなさいと言われても、
かなりきつい観劇だった、
というのが本音でした。

勿論ケラさんがそんなことは当然承知の上で、
この作品を作ったのだということは分かるのですが、
上演時間を2時間くらいに圧縮すれば、
凄い傑作になったかも知れないのに、
などと思うと矢張りとても残念な気持ちになってしまいます。

前作の「キネマと恋人」が、
長さは同じくらいでも、
本当に素晴らしい傑作であったので、
どうしても点が辛くなってしまうのですが、
今回は個人的にはガッカリでした。

台本はおそらく早く上がらなかったのだと推察するのですが、
舞台は非常に綺麗に出来ているのに、
セットの個々のパーツがあまり有機的には使われていませんし、
中央に舞台のようなスペースがあるのに、
そこは実際には殆ど使用されていません。

キャストも個々のレベルでは非常に良い芝居をしているのですが、
個々の人物の物語があまり上手く絡み合っていかないので、
それほど客席が沸くような瞬間がありません。
特に松岡茉優さんの役などは、
見せ場もなく余白も上手くなくて残念でした。

元々作品の凹凸の激しいケラさんですが、
題名通り今回はやや陥没した作品だったように思います。

それでも全体としては水準以上のクオリティを保っている点は、
さすがケラさんだという思いはありました。

また次に期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


庭劇団ペニノ「ダークマスター」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日ですが、
祝日のため診療は休診です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ダークマスター.jpg
精神科医でもあるタニノクロウが主宰の劇団、
庭劇団ペニノの代表作の1つである「ダークマスター」が、
関西版として、大幅に改訂の上、
今アゴラ劇場で上演されています。

この作品は2003年に下北沢駅前劇場で、
2006年にアゴラ劇場で上演されています。
僕はどちらも見逃していて、
2006年版は映像では見ています。
如何にもペニノらしい得体の知れない作品で、
ラストの大仕掛けの屋台崩しが印象的でした。

今回は同じラストにはしない、
というタニノさんの発言があったので、
どのような別個の驚きがラストに待っているのだろうと、
期待は膨らみました。

鑑賞後の感想としては、
ラストには特に仕掛けはなく、
極めて予定調和的な普通の終わりになっていました。

タニノさんの劇作としては、
これまでにないくらい分かりやすい作品で、
原作である漫画をほぼ忠実にドラマ化しています。
異なっているのは、
姿を見せなくなった店の店主の存在自体が揺らぐという、
原作のラストの雰囲気があまりなかったことと、
台頭する中国資本を具現する謎の男が、
登場するということだけです。

ただそうした改変の効果は意外に大きくて、
丁寧に物語が紡がれた前半に対して、
後半の展開はやや唐突で、
ラストも何となく尻すぼみに終わってしまった、
という印象が拭えませんでした。

やや期待が大きすぎたのかも知れません。

以下ネタバレを含む感想です。

非常に細かく作り込まれた洋食屋のセットがあり、
その天井には大きなモニターが仕込まれています。
そして客席には片耳用ですが、
観客全員にイヤホーンが設置されています。

物語はこの店にバックパッカーの無職の若者が訪れるところから始まります。
店主のオヤジは若者に店を任すと急に言い出し、
店の2階に引きこもると、
若者の耳に埋め込んだイヤホーンから指示を出して、
若者を操って料理を作らせます。

観客が客席のイヤホーンを通して、
店主の声を実際に聴き、
舞台上のキッチンでは、
実際に料理が作られ、
その匂いも客席に届きます。

そのうちに姿を見せない店主の声と、
若者の肉体は一体化してゆき、
店主が苦しむと若者が薬を飲んで治し、
若者が酒を飲むと店主も酔い、
デリヘルの女性と若者がセックスをすると、
店主の声も絶頂に達するのです。

そこからがちょっときわどくて、
店の味を盗もうとする中国人の男と喧嘩をして、
逆に散々に暴行を受けます。
ラストはオープニングと同じように、
若者が演じる店主の元を、
別のバックパッカーの男が訪れて終わります。

非常に良く出来た話でディテールの作り込みも見事です。
ただ、矢張りラストは前回の屋台崩しを、
どうしても期待してしまうので、
物足りない感じは否めませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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NODA・MAP「足跡姫」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
足跡姫.jpg
NODA・MAPの第21回公演として、
亡くなった中村勘三郎に捧げると明記した、
江戸時代を舞台にした作品が今上演されています。

と言ってもいつもの野田ワールドであることに違いはなく、
江戸時代が舞台とは言っても、
衣装は着物と洋服のコラボみたいなものですし、
言葉も特別時代掛かっている、という訳でもありません。
最近の野田さんの作品はいつもそうですが、
政治色の強いテーマを除けば、
そのスタイルはかつての遊眠社時代に回帰している、
という感じがあります。

ラストになってみると、
なるほど、これだから勘三郎へのオマージュなのか、
と思われるところはあり、
かなり直接的にそれを示す台詞もあります。
また初代勘三郎が生きた時代を、
物語に取り込もうと工夫をされた部分が、
随所に感じられます。
ただ、それでも結局は政治的アジテーションが顔をもたげる辺りが、
良くも悪くも今の野田さんの芝居ということなのだと思います。

以下ネタバレを含む感想です。

作品は初代勘三郎が猿若と名乗っていて、
猿若舞を江戸城で披露したという記録があり、
それが丁度由井正雪の乱が起こった時と、
ほぼ一致していた、
という史実を元にしています。

妻夫木聡さんが演じるサルワカは、
宮沢りえさんが演じる女歌舞伎の役者の弟で、
かつての遊眠社芝居の主役のように、
夢想と妄想に生きる若者なのですが、
ストリップまがいの芸能であった女歌舞伎が、
姉に「足跡姫」という一種の芸能女神が取り憑いて、
モダンな藝術へと姿を変えます。

時は由井正雪の乱が鎮圧された直後で、
盗み出された古田新太さんが演じる由井正雪の死体が、
何故か息を吹き返して、
サルワカの幽霊小説家(ゴーストライター)として、
歌舞伎台本を世に送り出します。

彼らの歌舞伎は一世を風靡して、
遂に江戸城に招かれ、
将軍様の前で歌舞伎を披露するまでになるのですが、
由井正雪の乱の残党が、
それを隠れ蓑にして城内に攻め入り、
御簾の奥にいる将軍を刺すと、
それは実は由井正雪で、
数年前に将軍は由井正雪に刺されて死に、
由井正雪がその身代わりを務めていたことが明らかになります。

足跡姫に取り憑かれた女性は死に、
最後にサルワカは、
自分が初代の歌舞伎役者となって、
400年後まで芸の命を伝えることを誓います。

藝術は権力にどう立ち向かうべきか、
という辺りが作品の主なテーマで、
こうしたテーマは「贋作罪と罰」でもありましたし、
遊眠社時代の多くの作品も、
今から思うとそうしたテーマが隠れていた、
というような気がします。
御簾内の権力者を藝術の刀が差し貫くと、
それはかつてのテロリストが成り代わった亡霊だった、
というのも、
野田戯曲のクライマックスに、
これまでにも何度か登場した印象的な場面です。

実際に今の野田さんは、
権力者の前で芸能を演じるような立場になっているのですから、
野田さんの今後の実際の活動を、
今回の作品は暗示しているのかも知れません。

個人的にはあまり賛同はしませんが、
興味深くは感じます。

その一方で勘三郎の芸の原点に何があったのか、
という歴史ドラマとしての趣向は、
最後の長台詞でやや言い訳的に語られるものの、
あまり作品の中で大きな位置を占めていたようには思いませんでした。

キャストは核となる主役3人は、
皆生き生きとして演じていて、
まずは及第点であったように思います。

演出としては歌舞伎の囃子方を招いて、
効果音を時々演奏していましたが、
あまり効果的に使われてはいませんでした。
歌舞伎界から中村扇雀さんが、
伊達の十役人という、
「伊達の十役」をパロッて、
1人で10人の役人を演じさせるという趣向がありましたが、
浅野和之さん当たりが演じたら、
如何にも楽しかったろうという感じで、
あまり面白くはなっていませんでした。
こうした感じでは、
「ああ、歌舞伎役者は詰まらないな」
というような印象しか残らないので、
扇雀さんにはあまりこうした客演は、
して欲しくなかったな、
というのが正直なところです。
正統派の女形としては、
なかなかの部分のある役者さんなのですから、
歌舞伎の道に精進して欲しいと思いました。

最近のNODA・MAPとしては水準点の作品で、
政治的なテーマなんてなくていいのに、
というのが一貫した僕の感想ですが、
比較的まとまりには難が少なく、
観やすい作品には仕上がっていたように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

新橋演舞場 新春大歌舞伎(市川右團次襲名夜の部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
体調も崩しているので、
今日は1日家でゴロゴロしているつもりです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
新橋演舞場歌舞伎2.jpg
今月市川右近が右團次を襲名する襲名披露興行が、
新橋演舞場で上演されています。

その夜の部に足を運びました。

今回の僕の眼目は海老蔵の、
「源平布引滝 義賢最後」で、
これは現仁左衛門が孝夫時代に復活させた演目で、
最後には階段からの仏倒しがあり、
実際に観たことがなかったので、
とても楽しみにしていました。

「源平布引滝」は、
元は長編の浄瑠璃ですが、
歌舞伎としてはもっぱら「実盛物語」という部分だけで上演され、
「義賢最後」は記録の残る範囲では、
大正13年に一度、昭和18年に一度上演されただけで、
その後は上演が絶えていたものを、
昭和40年に片岡孝夫(現仁左衛門)が復活させました。

これは何処まで原作通りなのか分からないのですが、
義太夫狂言の雰囲気、
時代物も雰囲気がしっかりと出ていて、
それでいて全体がコンパクトにまとまっていて、
退屈を感じる部分が少ないですし、
ラストの立ち回りは非常に長く充実していますから、
素晴らしい復活であったと思います。
さすが仁左衛門という感じで、
歌舞伎の復活狂言というのは、
こうあるべきではないかと思いますが、
こうした正統的な復活狂言というのは、
実際には極僅かであるのが実際だと思います。

さて、現仁左衛門が上演を重ねたこの「義賢最後」ですが、
最後の立ち回りで、
組み上げた戸板の上に立って、
戸板と一緒に倒れ落ちる「戸板倒し」や、
階段の上から手を付かずにそのまま前方に朽木の如く倒れる
「仏倒し」などは、
年齢を重ねれば上演は困難となります。

それで仁左衛門による上演は平成15年で最期となり、
その後は市川右近、愛之助、橋之助(現芝翫)が、
上演を重ねています。
海老蔵は平成20年の演舞場で1回上演していて、
今回が2回目の上演となります。

海老蔵の義賢は、
最後の立ち回りがさすがに素晴らしく、
仏倒しも見事に決まっていました。
ただ、前半から中盤の時代物のコクが必要とされる部分では、
まだまだ、という感じが否めませんでした。

今回中車が大事な役どころで海老蔵と掛け合いをし、
中車としてもこうした本格的な時代物は、
おそらく初めての挑戦だったと思いますが、
かなりたどたどしいところはあったものの、
踏ん張っていたという印象はありました。

ただ、作品としては2人の掛け合いの部分に時代物のコクがないと、
どうも出来としては良いものには仕上がらない、
という感じはあります。

こうした演目をしっかりと高レベルで上演することが、
歌舞伎の今後に関わるものだと思いますが、
海老蔵もそうした点ではまだまだだな、
と感じましたし、
脇役陣にもより奮闘を期待したいと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

新橋演舞場 新春大歌舞伎(市川右團次襲名昼の部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
2月演舞場.jpg
新橋演舞場で今月、
市川右近が市川右團次を襲名する。
襲名披露興行が行われています。

その昼の部に足を運びました。
夜の部はまた後日足を運ぶ予定です。

襲名は大変お目出度いことですが、
右近さんは澤瀉屋を離れ高嶋屋に屋号が変わります。
春猿さんも新派に移るようですし、
先代猿之助(猿翁)が作り上げた猿之助一座が、
徐々に解体に向かっているように見えるのが、
先代猿之助のファンとしては、
複雑な思いもあります。

当代の猿之助さんは、
自分の舞台には浅野和之さんや佐々木蔵之助さんなど、
歌舞伎以外の役者さんを重用していて、
猿之助一座大活躍というような感じに、
なっていないことが残念に思います。
色々と事情はあるのでしょうが、
猿翁の一座がそのまま引き継がれ、
よりパワーアップされることを、
ファンとしては期待していましたし、
その中心に猿之助さんと中車さんにいて欲しかったので、
今の状況は個人的には残念です。

さて、今回の公演の昼の部は、
「雙生隅田川」で、
元は近松門左衛門の浄瑠璃ですが、
長く歌舞伎としての上演は絶えていたものを、
昭和51年に先代猿之助が復活上演したものです。
そうは言ってもこうした復活上演というのは、
古い台本をそのまま上演するのではなく、
かなり大きくアレンジされているものなので、
実際には創作の部分が多いのです。

この作品については、
これまでに先代猿之助により、
3回の上演が行われていますが、
そのたびに台本にも改訂が加えられていて、
決定版というべきものがある訳ではありません。

今回の上演も再度改訂が加えられているようです。

単独や他の作品の一部としても、
上演されることの多い場面である、
能の「隅田川」を元にした舞踊と、
鯉と人間が立ち回る「鯉つかみ」という趣向が、
オリジナルとして含まれている、
という点がこの作品のポイントで、
それに加えて2幕としてピックアップされている、
「惣太住家の場」がなかなか歌舞伎劇として面白く、
観られて良かったと思いました。

この場面はある大望があって、
心ならずも悪に手を染めていた主人公が、
因果の報いを受け、
自分の本心を語って自害するという、
歌舞伎劇としては典型的な場面ですが、
この作品ではその悪事というのが、
自分の主君の子供を、
人買いとして折檻した上に殺してしまう、
というかなり取り返しのつかないもので、
その上にかつて自分が使いこんだ、
1万両という大金を贖うために、
悪事を重ねて大金をため込んでいて、
それがあばら家のあちこちの隠し場所から、
大判小判の山となって溢れ出し、
その金塊の山の上で切腹する、
という壮絶な場面に結実します。

更に最後は死を掛けた願いにより、
死して魂魄が天狗に転生して飛び立つという、
現代劇では決してない荒唐無稽なラストに繋がります。

これは埋もれるには惜しい、
荒唐無稽の極みのような名場面で、
それを襲名する右團次と海老蔵、笑也の3人が、
濃密に演じていたのが素晴らしく感じました。

元々は先代猿之助が複数の役を早変わりを含めて演じる、
奮闘興行であったものを、
今回当代猿之助は自分の得意な舞踊劇の部分のみを演じ、
それ以外は右團次に任せるという配役で、
こうしたスタイルが、
今後の先代猿之助歌舞伎の継承としては、
無理のないものなのかも知れません。

惜しむらくは、
全体をしっかり見ている演出家が不在のために、
トータルな作品としては綻びが多かったのが残念でした。

当代猿之助さんには、
せめてこうした作品を上演する際には、
演出として細部に目を配って欲しいな、
と思いました。
ただ、そうしたくても出来ない事情があるのかも知れず、
一観客であり一ファンとしては、
今後の舞台を見守る以外にはないようにも思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

2016年の演劇を振り返る [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

大晦日、皆さん如何お過ごしでしょうか?

今日は今年の演劇を振り返ります。

今年は以下の公演に足を運びました。

1.秋元松代「元禄港歌ー千年の恋の森」(2015年再演版)
2.劇団鹿殺し「キルミーアゲイン」
3.東葛スポーツ「食道楽」
4.野田地図「逆鱗」
5.根本宗子「ねもしゅーのおとぎ話 ファンファーレ・サーカス」
6.星屑の会「星屑の町 完結編」
7.佐藤信「キネマと怪人」(2016年西沢栄治演出版)
8.TRASHMASTERS「「猥リ現(みだりうつつ」
9.オイスターズ「この声」
10.刈馬演劇設計社「クラッシュ・ワルツ」
11.パルビジョン「本のない書店」
12.少年王者館「思い出し未来」
13.劇団☆新感線「乱鶯(みだれうぐいす)」
14.MONO「裸に勾玉」
15.シアターシュリンプ第2回公演「ガールズビジネスサテライト」
16.マクドナー「イニシュマン島のビリー」(2016年森新太郎演出版)
17.つじたく(2016サンシャイン劇場)
18.コンボイショー「1960」
19.ハイバイ「おとこたち」
20.鴻上尚史「イントレランスの祭」
21.細川徹「あぶない刑事にヨロシク」
22.サディスティックサーカス 2016 「ギンザ大宴会」
23.月刊「根本宗子」第12号「忍者、女子高生(仮)」
24.堀内夜明けの会「なりたい自分になーれ!」
25.20歳の国「保健体育B」
26.Wけんじ企画「ザ・レジスタンス、抵抗」
27.アガリスクエンターテイメント「わが家の最終的解決」
28.唐十郎「秘密の花園」(唐組・第57回公演)
29.イキウメ「太陽」(2016年再演版)
30.鈴木おさむ「美幸ーアンコンディショナルラブ」
31.CABARET「阿部定の犬」
32.瀬戸山美咲「埓もなく汚れなく」(オフィスコットーネプロデュース)
33.地下空港「ポセイドンの牙」
34.道学先生「丸茂芸能社の落日」
35.シベリア少女鉄道「君がくれたラブストーリー」
36.別冊「根本宗子」第5号「バー公演じゃないです。」
37.北村想「ただの自転車屋」(劇団乾電池40周年記念公演)
38.ロベール・ルパージュ「887」
39.青年団「ニッポン・サポート・センター」
40.ロ字ック「荒川、神キラーチューン」
41.ナカゴー「いわば堀船」
42.松尾スズキ「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」
43.ミナモザ「彼らの敵」(2016年KAAT版)
44.ヒトラー、最後の20000年~ほとんど、何もない~
45.「レディエント・バーミン Radiant Vermin」
46.「飴屋法水 本谷有希子 Sebastian Breu くるみ」
47.青年団リンク ホエイ「麦とクシャミ」
48.唐十郎「ビニールの城」(2016年金守珍演出版)
49.劇団☆新感線「ヴァン!・バン!・バーン!」
50.「娼年」(作 石田衣良 脚本・演出 三浦大輔)
51.アガリスクエンターテインメント「笑の太字」
52.三好十郎「浮標(ぶい)」(2016年長塚圭史演出版)
53.倉持裕「家族の基礎~大道寺家の人々~」
54.SPAC「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」(2016年奈良平城宮跡上演版)
55.「ディスグレイスト-恥辱」(2016年栗山民也上演版)
56.北村想「遊侠沓掛時次郎」(シスカンパニー 日本文学シアターvol.3)
57.マームとジプシー「クラゲノココロ」「モモノパノラマ」「ヒダリメノヒダ」(2016年3作品再構築上演)
58.川村毅「荒野のリア」(2016年再演版)
59.風煉ダンス「スカラベ」(2016年立川野外劇)
60.サディスティックサーカス2016
61.月刊「根本宗子」第13号「夢と希望の先」
62.竹内銃一郎「あたま山心中~散ル、散ル、満チル~」(2016年寺十吾演出版)
63.タクフェス「歌姫」
64.内藤裕敬「愛の終着駅」(友近客演)
65.唐十郎「夜壺」(唐組・第58回公演)
66.維新派「アマハラ」(奈良平城宮跡上演 最終公演)
67.劇団チョコレートケーキ「治天の君」(2016年再演版)
68.カンニング竹山「放送禁止2016」
69.長塚圭史「はたらくおとこ」(2016年再演版)
70.「メトロポリス」(串田和美演出版)
71.「遠野物語・奇ッ怪其ノ参」(脚本・演出前川知大)
72.鴻上尚史「サバイバーズ・ギルト&シェイム」
73.KARA・MAP「キネマと恋人」
74.城山羊の会「自己紹介読本」
75.月影番外地その5「どどめ雪」(福原充則)
76.三谷幸喜「エノケソ一代記」
77.ハイバイ「ワレワレのモロモロ 東京編」
78.倉持裕「磁場」(直人と倉持の会VoL.2)
79.藤田貴大「ロミオとジュリエット」(シェイクスピア原作)
以上の79本です。

それ以外に歌舞伎を今年は数本観ています。
1.歌舞伎座七月大歌舞伎(昼の部)
2.歌舞伎座八月納涼歌舞伎(2016年第二部)
3.歌舞伎座秀山祭九月大歌舞伎(2016年夜の部)

昨年より少し本数が減っているのは、
今年は映画を観る機会が増えたことと、
後半に体調不良や仕事の呼び出しなどで、
急遽キャンセルした公演が複数あったためです。

今年の私的なベスト5はこちらです。
今年は新作は昨年より充実していたと思います。
①城山羊の会「自己紹介読本」
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-12-10-1
これぞ小劇場の醍醐味、という小さな傑作で、
台本、舞台装置、演出、役者と、
すべてにおいてクオリティが高く、
それでいて遊び心にも溢れています。
別役実や岩松了に近い味わいですが、
別役にはないエロスが楽しく、
岩松了ほど難解ではありません。
クライマックスにはある種のカタルシスがあって、
あの瞬間、小劇場を観続けている至福を感じました。

②KARA・MAP「キネマと恋人」
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-12-04-1
これも年末に観てとても感銘を受けました。
ケラさんは、時々こうした、
誰でも楽しめる娯楽作を作るので目が離せません。
「カイロの紫のバラ」の翻案ですが、
映像などのクオリティが素晴らしく、
主役の緒川たまきさんの熱演が忘れられません。
ケラさんの夫婦愛のたまものかも知れません。

③「飴屋法水 本谷有希子 Sebastian Breu くるみ」
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-08-12
ここからはちょっと迷うところですが、
本谷有希子さんの久しぶりの舞台復帰作を。
飴屋さんの嗜好が出た感じの、
いつもの「家族奉仕芝居」なのですが、
本谷さんの存在感が圧倒的で、
1人の本物の藝術家を前にした時の、
心が揺さぶられるような興奮を感じました。
ただ、演劇ととして優れている、
というのとは少し違います。

④維新派「アマハラ」(奈良平城宮跡上演 最終公演)
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-10-29
これは矢張り入れない訳にはいきません。
野外劇の雄維新派の最終公演です。
亡くなった松本雄吉さんに捧げる最終公演としては、
素晴らしい作品だったと思います。
特にオープニングの信じられないほど美しい、
実際の平城宮跡の夕景には心を奪われました。
ただ、維新派の作品として優れていたかと言うと、
そこはちょっと疑問です。

⑤「娼年」(作 石田衣良 脚本・演出 三浦大輔)
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-08-28-1
これは今年1番の問題作で、
松坂桃李さんを主役にしておきながら、
全編セックスシーンの連続、
しかも偽物とは言えザーメンが飛び、
フェラチオの効果音まで流れ、
男女ともほぼ全裸で絡み合うという、
前代未聞の怪作です。
それでいて、ストーリーは少年の成長物語という、
極めて保守的な世界です。
如何にも三浦大輔さん的世界であることは、
間違いがないのですが、
正直このキャストでこの劇場でなくても良かったのではないか、
という思いが拭い切れませんでした。
ただ、今年を代表する異常な芝居として、
5本には入れない訳にいきません。

これ以外にも、
アガリスクエンターテインメント「笑の太字」は、
「笑いの大学」を笑いのめした、
メジャーでは上演不能の快作でしたし、
月刊「根本宗子」第13号「夢と希望の先」は、
改訂版とは言え基本的には再演なので入れなかったのですが、
根本宗子ここにあり、
という彼女の特質が良く出た作品でした。
倉持裕さんの活躍も面白かったですし、
竹内銃一郎「あたま山心中~散ル、散ル、満チル~」(2016年寺十吾演出版)は、
寺十吾さんのアングラ演出と、
平岩紙さんのアングラ演技が最高でした。
そんな訳で今年は結構演劇は充実していたと思います。

最後にこれだけは言いたい、
再演での絶品です。

①長塚圭史「はたらくおとこ」(2016年再演版)
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-11-12
何度も書いていますが、
この作品は長塚圭史さんの最高傑作であると共に、
2000年代の前半を代表する小劇場演劇の至宝です。
それがほぼ同一キャストで、
ほぼそのままの演出で再演されました。
役者の演技はより円熟味を増し、
現代社会に突きつけられた刃の鋭さも、
より研ぎ澄まされていたと思います。
これはもう最高の再演でした。
大傑作!

②イキウメ「太陽」(2016年再演版)
http://blog.so-net.ne.jp/rokushin/2016-05-28
これはイキウメの現時点での最高傑作と言って良い叙事詩で、
初演より磨きがかけられ、
非の打ちどころのない舞台となっていました。
かなり再演でも出来不出来の差が激しいイキウメですが、
この作品は演出の改変もピタリと嵌っていました。
伊勢佳世さんと岩本幸子さんのイキウメ最後の舞台となったことも、
忘れがたい要因です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い年の瀬をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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(付記)
コメントでご指摘を受け、
公演名の誤りを修正しました。
(2017年1月5日午後10時修正)

月影番外地その5「どどめ雪」(福原充則) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日は所要のため、
午後の診療は休診とさせて頂きます。
ご了承下さい。

午前中は石原が外来を担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
どどめ雪.jpg
先日高田聖子さんが主宰の月影番外地のシリーズとして、
福原充則さんの新作「どどめ雪」が、
峯村リエさんや利重剛さんの魅力的なキャストと、
木野花さんの演出で下北沢ザ・スズナリで上演されました。

これは牛久を舞台とした「細雪」のパロディで、
オリジナルの4人姉妹を、
峯村リエさん、高田聖子さん、内田慈さん、藤田記子さんという、
いずれ劣らぬ芸達者が演じ、
高田聖子さんの夫に利重剛さん、
内田慈さんの婚約者に田村健太郎さん、
という布陣です。
物語はオリジナルと同じように、
内田さんの結婚を巡る騒動から始まり、
天変地異などもあり、
多くの理不尽な不幸が家族を襲うのですが、
最後にはちょっとした奇跡が用意され、
家族はそれでも文句は言いながら、
運命に抗いつつ、たくましく生きてゆきます。

オリジナルの「細雪」とは異なり、
アーヴィングやガルシア・マルケスに似た、
所謂「マジック・リアリズム」の物語で、
現実ではありえないような事件が起こり、
主人公の高田さんにはちょっとした超能力が備わっています。
クライマックスでは事故で死んだ峯村さんが甦ります。

ただ、現実の牛久を非現実世界に反転させる手際は、
あまりレベルの高いものとは言えず、
主人公の超能力も、
平凡で面白みのないものなので、
あまりワクワクするような感じで、
主人公達の人生を見守る、
という気分にはなりません。

福原さんの作品としては、
正直凡庸で、
意外な展開や、
生き生きとした人物描写には乏しい、
という感じがします。

更には木野花さんの演出が、
鵜山仁さんを思わせるような渋くて地味な感じのもので、
地味な物語が更に地味な感じになって、
正直かなり退屈を感じました。

セットも色彩が乏しく、
素通しの骨組みだけのような舞台に、
背後の茶色い壁には、
古新聞のようなものがペタペタ貼り付けてあるだけです。

こうしたイメージ重視の地味な芝居であるからこそ、
舞台にはある種の華やかさが必要ではないでしょうか?
牛久の大仏も、
何等かの形で登場をして欲しかったな、
と思いました。

キャストは皆ベテランで演技も成熟しているので、
それなりに楽しく観ることは出来るのですが、
高田聖子さんが地味なおばさんを演じるというのも、
どうもあまり面白いという気持ちになれなくて、
暗く全体が沈んだ舞台の中で、
もう少し光る部分や瑞々しい部分が、
何処かにあると良いな、と思いました。

峯村リエさんは僕が大好きな女優さんですが、
たとえばケラさんの舞台では、
彼女が上手く嵌るようなポジションが用意され、
他に若い女優さんなども華やかに出演されるので、
そのバランスが取れているのですが、
今回の芝居では峯村さんタイプの女優さんが、
4人並んでしまったという感じになり、
互いが潰しあうような舞台になったのは、
非常に残念に思いました。

木野花さんの演出は昔から堅実なのですが、
台本の良さと悪さが、
そのまま舞台に出てしまうような感じがあり、
今回は作品の地味さと暗さが、
そのまま演出されて増幅されてしまった、
という感じがありました。

そんな訳で今回は乗れない観劇であったのですが、
また次には期待をしたいと思います。
出来れば高田さんには、
関西ノリらしい派手な世界を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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藤田貴大「ロミオとジュリエット」(シェイクスピア原作) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などは休まず行う予定です。

今日は祝日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ロミオとジュリエット.jpg
今飛ぶ鳥を落とす勢いの「マームとジプシー」を主宰する、
藤田貴大さんが、
東京芸術劇場とのコラボで、
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を、
ズタズタに切り刻んで、
パッチワークのように再構成し、
1時間45分ほどにまとめた舞台が、
先日まで東京芸術劇場のプレイハウスで上演されました。

「マームとジプシー」は観るようになったのは最近で、
「Cocoon」の再演が最初です。
それから先日のさいたまでの過去作品を再構成したような舞台も観ました。

その昔アングラの頃に、
「理解不能の芝居」としてよくパロディ化されたような、
意味不明の言葉を叫んだり繰り返したりして、
そこに様式的な動きを付けるような感じの芝居で、
当時は実際にはそうした芝居はあまりなく、
おそらくはモデルになったであろう早稲田小劇場も、
もう少し物語性があったのですが、
今回の舞台などは、
そのかつてのパロディ通りのもので、
シェイクスピアの台詞をバラバラに解体して、
同じ遣り取りや台詞を執拗に繰り返し、
ダンスと言うには下手くそで、
日常的な動きと言うのは不自然な動作を、
これも執拗に繰り返します。

それでは面白くないのかと言うと、
それは決してそうではなく、
最初に「マームとジプシー」を観た時には、
かなり詰まらない、と感じたのですが、
何度か観ると大分やり口が分かって来るので、
ははあ、また物語から遊離した人を1人おいて、
途中で詩を朗読したりするやつだな、
というように予測が付き、
そうなってみると、
意外にそれが心地良く、
正攻法とはとても言えないし、
決して好きではないのですが、
それなりの面白みはあるのです。

原作があるものだと、
それをバラバラにして再構成するので、
元の作品を理解していないと、
その面白さも理解出来ません。

今回はシェイクスピアで、
これまで何度か舞台にも接し、
映画も見ているので、
比較的理解のハードルは低く、
まずは興味深く観ることが出来ました。

以下ネタバレを含む感想です。

舞台には折り畳み式の壁が置かれ、
役者はメインの配役は若い女優さんが演じ、
男優は脇役とそのほか大勢、そして、
大道具を動かしたりの裏方を演じています。
衣装も男優は黒子的なものですが、
女優さんの衣装は、
シェイクスピアを現代で上演するにおいて、
割と標準的なスタイルのものです。

台詞は基本的には原作の台詞を、
一旦バラバラにして再構成したもので、
時系列もバラバラにされていて、
一旦2人が相次いで死ぬラストに至るのですが、
そこから再び死ぬ前の場面に戻り、
フラッシュバックのように、
何度も過去と未来が反復されます。

原作の1幕4場の町中で、
ロミオとマキューシオが、
夢と正夢についての何気ない会話をするのですが、
それが執拗に反復され、
夢と現実と未来というのが、
何度も何度も登場して、
この舞台の通底音となっています。

夢を操るマブの女王がそこからクローズアップされ、
原作にある11年前の大地震という台詞が、
震災の記憶を引き寄せて、
背後に瓦礫の山が登場したりもします。

原作の登場人物以外に、
ひよちゃんという日本の少女が登場し、
マブの女王に関わる詩を舞台で朗読し、
舞台から客席に飛び降りるという形で、
自死を遂げるという、
オリジナルのパートも差し挟まれます。

昔のアングラの感覚では、
ひよちゃんがロミオとジュリエットの夢を見た、
というような相対化が、
明確に舞台上で視覚化されるのですが、
今回の藤田さんの舞台では、
ある種のイメージの深層の連鎖として、
そうした日本の情景が差し挟まれるだけで、
特に重要視はされることなく、
イメージの1つとして提示されるに留まっています。

また、ロミオがティボルトを殺す場面は、
そこのみが過激に執拗に反復され、
これも現代の少年のリンチ殺人などを、
想起させるように演じられています。

要するに「ロミオとジュリエット」の世界を、
イメージの中で現在と結び付けようとする、
藤田さんのイメージの世界、深層心理の世界が、
そのままに展開されているような作品で、
その混沌を楽しめるかどうかが、
この作品の個人の評価、
ということになるのかも知れません。

役者は意図的な棒読みと機械的な身体表現による、
女優陣の魅力がその多くを占めていて、
ロミオ役の青柳いづみさんや、
パリス役の川崎いずみさん、
可憐なジュリエットの豊田エリーさんなどは、
確かに魅力的で心に残ります。

その一方で棒読みでない普通の芝居をする部分は、
かなり稚拙な演技がイライラします。
特にジュリエットが死んだと分かる時の、
キャピレットと乳母の芝居などは、
あまりに稚拙で台無しに感じました。

こうしたところは、
仮に意図的であるとすれば大失敗で、
何とかして欲しいと思います。

トータルには藤田版シェイクスピアとして、
悪くない上演でしたが、
このままではあまりに未成熟で中途半端にも思い、
ラストが野田マップそっくりというのも、
如何なものかな、という気はします。
この路線であれば、
より進化したものを、
今後は見せて欲しいと思いました。

頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。

よろしくお願いします。

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倉持裕「磁場」(直人と倉持の会VoL.2) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
磁場.jpg
竹中直人さんのプロデュースによる公演が、
今下北沢の本多劇場で上演されています。

竹中直人の会として、
岩松了さんと組んだ作品が、
これまでに多く上演されましたが、
昨年からは岩松さんの教え子とも言うべき、
倉持裕さんの新作を倉持さんの演出で上演しています。

倉持さんは今年の9月に上演した、
「家族の基礎~大道寺家の人々~」という作品を観ましたが、
マジックリアリズムのなかなか面白い作品で感心しました。

今回はオープニングの感じは、
岩松了作品を彷彿とさせるのですが、
竹中直人さんが演じる、
デモーニッシュな俗物の男と、
渡部豪太さん演じる、
初めて映画の台本を任された若い劇作家との対立が、
ストレートな作劇でせりふ劇としての醍醐味に溢れ、
その藝術と死と美少年とパトロンという、
三島由紀夫を思わせるテーマが、
これまた三島由紀夫的ラストに見事に着地します。

無駄な人物は1人も登場せず、
それぞれの役割がラストに結び付いています。
1人ずつの見せ場もきちんと描かれていて、
役者さんにも配慮されていますし、
それでいて、
主人公の劇作家の苦悩する心情を、
他の人物との対話の中で、
巧みに浮き上がらせるという技巧も高度なものです。

完成度の高さに感心しましたし、
竹中直人さんの芝居も、
持ち味が良く出た、
熱演と言って良いものでした。

他のキャストも曲者を揃えていて、
長谷川朝晴さんの日和見のプロデューサーも、
それらしい軽快さで良いですし、
竹中さんの秘書を演じる菅原永二さんは、
今怪しげな役を演じさせたらピカ一ですが、
今回も成熟した「嫌らしい」芝居を、
彼ならではの技巧で演じていました。
彼が秘書を演じたからこそ、
竹中さんの悪魔的な感じも、
より引き立ったと思います。

惜しむらくは、
台詞が三島戯曲のような詩的なものではなく、
やや散文的に統一感のないもので、
ケラさんや岩松さんのような、
すれ違いや語尾や間合いによる笑いを入れるのですが、
それがまた不発に終わっていた、
ということでした。

個別の台詞のクオリティも高いものであれば、
三島戯曲に匹敵するような傑作になったと思うので、
それだけは残念ですが、
新作で三島由紀夫のような戯曲を、
そうそう書ける劇作家はいないと思いますし、
今回の作品には本当に感心しました。

倉持さん、なかなかやりますね。

以下ネタバレを含む感想です。

竹中直人さん演じる、胡散臭い金持ちが、
自分が好きな実在の藝術家を主人公とした映画のスポンサーとなり、
長谷川朝晴さん演じるプロデューサーが、
田口トモロヲさん演じる監督に演出を依頼し、
オリジナルの台本を、
渡部豪太さん演じる、
まだ無名の小劇場の劇作家に頼みます。

竹中さんは金にあかせて、
高級ホテルの最上階のスイートルームを貸し切り、
そこに渡部さんを缶詰にして台本を執筆させます。

ただ、最初は渡部さんに自由に書いて良い、
とは言いながらも、
藝術家と母親との葛藤は是非入れて欲しいと、
台本の内容に圧力を掛けたり、
愛人の無名の女優をキャストにごり押ししたりするので、
劇作家は本当に書きたいものと、
竹中さんの喜ぶものを書きたいという思いに板挟みになり、
書けなくて苦しみます。

竹中さんは俗物ですが、
映画のテーマである藝術家への思いは、
若い劇作家と違いはありません。
その細い糸のような部分で、
2人は結び付いているのですが、
最終的には劇作家は自分の書きたいものを書き、
その台本は、
テーマであった筈の藝術家が、
一切登場しないというものであったので、
竹中さんは怒り狂い、
2人は決裂してしまいます。

途中から劇作家の手伝いをしていた、
調子の良いことだけが取り柄の先輩の劇団員が、
劇作家の役割を引き継ぐことになるのですが、
劇作家がホテルを去る日に、
そこに送られて来た藝術家による彫像を、
劇作家は素晴らしいと感じたのに、
先輩の劇団員はその良さを否定したので、
劇作家はその先輩を、
発作的にベランダから突き落として殺してしまいます。
すると、竹中さんが現れ、
「もう心配することはない」
と劇作家を抱きしめるのです。

主人公の劇作家が、
友人劇団員を突き落としてしまう場面では、
その意外さに客席から、
「あっ!」という声が聞こえました。

こういうのは本当の意味での演劇の醍醐味ですが、
このように書ける劇作家はそういるものではありません。

竹中さん演じる成金と、
渡部さんが演じる若い劇作家は、
同じ藝術家の藝術を理解する、
という一点で藝術家とパトロンとして結び付いていたのですが、
その藝術家不在の物語を書いてしまったために、
決定的に対立して一旦は解雇されます。
渡部さんとしては、
その時点では自分の藝術家としての魂を、
俗物の竹中さんに売り渡さなかったと思い、
ある意味清々しているのですが、
自分の後釜に座った友人に、
真の藝術作品であり、
自分と竹中さんを結んでいた彫像の藝術性を否定された瞬間、
そのことだけは許すことが出来ずに殺してしまうのです。
すると、その行為が最後になって、
再び俗物の富豪と若い劇作家を結び付けます。

竹中さんは、
劇作家に自分の愛する藝術を否定されたと考えて、
彼を解雇したのですが、
衝動的な殺人という行為によって、
劇作家自身も、
藝術のためなら死も厭わない、
自分と同じ本性を持っている、
ということが確認されたからです。

藝術と破滅と死とが微妙なバランスを保った、
極めて三島由紀夫的な世界で、
三島戯曲以外で、
僕はこうしたテーマが十全に描かれた新作を、
初めて観たと思います。

前述のように台詞の品格にはやや難があるのですが、
せりふ劇の醍醐味に溢れた素晴らしい作品で、
特にその衝撃的なラストは、
そうザラに出会えるものではありませんでした。

これはなかなか凄い作品ですよ。

迷われている方があれば、
是非にとお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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