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「テロ」(2018年森新太郎演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
tero.jpg
ドイツの刑事弁護士で作家のシーラッハの戯曲を、
森新太郎さんが演出し、
橋爪功さんや今井朋彦さんなど、
実力派の役者さんが顔を揃えた舞台が、
今紀伊國屋サザンシアターで上演されています。

これはちょっと特殊な舞台で、
テロリストに乗っ取られた航空機を、
乗客もろとも撃墜した空軍パイロットの行為の是非を、
最終的に陪審員に見立てられた観客全員が、
投票してその票数で有罪か無罪かを判決する、
という趣向になっています。

ラストは有罪と無罪の両方の判決文が用意されていて、
そのどちらかが読み上げられて終わります。

投票をどうやるのかなあ、
と思っていたのですが、
10分くらいの休憩があって、
舞台下とロビーに有罪と無罪の2つの箱を持ったスタッフが並び、
どちらかの箱に入場時に渡された赤いカードを、
入れるようなやり方になっていました。

投票の対象となる裁判の内容は、
要するに「トロッコ問題」で、
テロリストに乗っ取られた航空機が、
そのまま放っておけば7万人がいるサッカースタジアムに突っ込む、
というギリギリの場面で、
空軍機の少佐は本人の判断で、
航空機を撃墜し、
164人の乗客をテロリストもろとも全員殺すことで、
7万人の観客を助けるという判断をしたのですが、
その、人数の大小で人間の生命の価値を天秤に掛けた行為を、
罪とするべきかどうか、
という問題です。

欧米の方はこの問題が好きですよね。

ただ、これは要するに答えのない問題ですし、
どちらを選んだかでその背後にある個人の考え方を、
引きだそうという辺りに嫌らしさも感じます。

今回は非常に意欲的な上演であったと思うのですが、
戯曲としては問題の設定の仕方とその詰め方に、
あまり賛同が出来なかったことと、
演出は僕の大好きな森新太郎さんだったのですが、
今回はちょっと納得のいかない点が多くありました。

以下少し内容に踏み込みますので、
観劇予定の方は観劇後にお読み下さい。

舞台は黒一色の素舞台で、
背後には歪曲したスクリーンが全面に配置されていますが、
題名や「評決」などの文字が投影されるだけで、
特に映像などが流されることはありません。

最初に登場するのは裁判官役の今井朋彦さんで、
狂言回しを兼ねていて、
観客に投票を促したりする役回りも、
同時に担う感じとなっています。

そこに被告の空軍少佐役の松下洸平さん、
弁護人役の橋爪功さんと検察官役の神野三鈴さんが入って来て、
裁判が始まることになります。
キャストはそれ以外に証人として、
堀部圭亮さんと前田亜季さんが登場します。

シンプルで地味な舞台ですが、
前半空軍少佐の上司の軍人役の堀部さんが登場して、
軍事用語や法律用語が飛び交いながら、
事件の緊迫したやり取りが再現される辺りは、
なかなか迫力があって引き込まれました
「シン・ゴジラ」に近いような味わいです。

ただ、それ以降は特別新しい情報が提示されるということもないので、
やや単調に物語は展開します。

単純に164人の乗客と7万人の観客の命のどちらを選ぶか、
という話になれば、
現実には7万人を選んでもやむなしという気持ちになるのですが、
そこにちょっと補足的な情報があって、
テロが分かってから50分以上の時間があったのに、
サッカースタジアムの観客に逃げるように指示をしなかったのは何故なのか、
という話と、
乗客がテロリストに立ち向かって、
それに成功しつつ合ったのではないか、
という話です。

乗客とテロリストの対決という、
アメリカのアクション映画のような話は、
ただの推測で根拠はないのですが、
スタジアムの観客に退避が指示されなかったことは問題で、
ただ、その経緯は実際には全く明らかにされないので、
最後まで裁判の論点にはなりません。
ただ、観客へのイメージとしては、
スタジアムと旅客機の、
両方の命を救う手立てもあったのではないか、
という先入観を植え付けることには成功しているように思います。

そもそもテロリストが、
予めスタジアムがターゲットであることを、
1時間近く前に明かしてしまう、
ということが既に間抜けであり得ない、
という気がしますし、
もし観客が墜落前に全員退避してしまったとしたら、
ターゲットを変えてしまったのではないか、
というようにも思います。

こうした点が全く作中では議論をされていないのに、
人間の命を数で天秤に掛ける、
という論点だけが強調されて、
最後の評決に至るという展開が、
作品としてどうにも納得出来ません。

僕が観劇した当日の採決は、
20票くらいの差で有罪が上回ったのですが、
観客が逃げられたのではないか、
という情報が意味ありげに投入されていることと、
「憲法の精神を守るべき」というような検事の弁論が、
影響した可能性が大きいように思います。
それが原作の意図でもあるのか、
日本版の演出の影響であるのかはよく分かりません。

森新太郎さんは翻訳劇の演出家としては、
僕が今最も信頼している演出家ですが、
今回はあまりに地味でモノトーンの演出で、
ちょっとガッカリしました。
勿論、セリフ劇としてシンプルさを選択していることは分かるのですが、
後半は単調でありすぎたように思います。
せっかく背後にスクリーンを配しているのですから、
事件の経過などを映像化するなど、
もっとビジュアルに変化があった方が、
良かったように思いました。

また、評決の方法としても、
周りの人にどちらに入れているのかが、
分かってしまうような方法をしているので、
再考を要するように思いました。

このように大変面白く意欲的な上演であったのですが、
娯楽作として質の高い上演であったとは言えず、
翻訳劇の難しさを再認識するような思いがありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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別冊「根本宗子」第6号「バー公演じゃないです。」(第5号の再演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
バー公演じゃないです.jpg
自分の名前を冠した劇団、月刊「根本宗子」などで、
非常なハイペースで精力的な公演を続けている根本宗子さんの、
今年初めての公演に足を運びました。
今回は2年前の同題で「第5号」と題された公演の再演で、
初演は本公演とは別個の位置づけの、
番外公演的な別冊「根本宗子」として、
中野の地下の小劇場で行われました。

今回は4人のキャストはそのままで、
演出やセットもほぼそのままという、
正統的な再演の舞台で、
劇場だけが前回より舞台の横幅がかなり広い、
下北沢の駅前劇場に変わっています。

これは根本宗子さんと、
長井短さん、青山美郷さん、石澤希代子さんという、
4人の女優さんによる1時間10分くらいの小品ですが、
一種の語りによる演劇を、
4人の個性的な女優さんによるテンションの高い芝居で、
一気に駆け抜けるという趣向で、
初演でもその面白さとセンスの良さに、
感心した覚えがあります。

舞台はポップな装飾が施され、
オープニングやエンディングでは、
皆で時間差で同じ動作を繰り返したりするような、
様式的な演出も一部に取り入れられています。

基本的には根本宗子さんの1人語りで、
子供時代のトラウマに悩む少女が、
3人の同級生との交流を繰り広げるうち、
ラストでひょんなところからそのトラウマから解放されます。
4人の女優さんが特徴的な4人のキャラを演じ、
丁々発止の渡り台詞で、
長大かつテンションマックスな掛け合いを演じる部分が見所です。

バレエのくるみ割り人形が、
モチーフとして使用されています。

こういう「私を見て!私だけを見て!」というような、
自意識の塊のような芝居が、
根本宗子さんの魅力で、
過去の人間関係のトラウマからの解放、
というのは根本さんの戯曲の一貫したテーマです。
最近はもっと幅広い傾向のお芝居もあるのですが、
矢張り根本さんの芝居の特徴というのは、
今回のようなところにあるのだと思います。

再演の今回も、
小気味の良いタッチで、
これぞ根本宗子、というところを見せてくれました。

初演の時には、
最近の根本さんのお芝居には欠かせない感じのある
(でも次回作はどうやら出ないようです)
長井短(ながいみじか)さんが、
極めて暴力的でハイテンションの怪演で、
小劇場を代表する女優さんの1人になったことを、
認識させる演技だったと思います。

彼女は身体をたえずくねらせ、
身体の軸をぶらし続けながら、
静止させることなく台詞を発していて、
その規格外のところが、
小劇場的でとても良かったのです。

それが今回の再演では、
基本的には全く同じことを演じているのですが、
ややお上品な、上手く演じようという色気が、
そこここに感じられるような芝居になっていて、
「ええっ! もっと破れかぶれのテンションで良いのに…」
とちょっと残念に思えるような部分もありました。

ただ、役者さんはいつまでも同じテンションで、
大暴れが出来るような生き物ではないので、
次第にフォルムの整ったお芝居になることは、
むしろ長井さんの芸の成長として、
評価するべき性質の物なのかも知れません。

しかし、今回の再演に限って言えば、
初演と比べてそのテンションの違いは、
少し物足りなさを感じさせたことは事実です。

いずれにしても、
今回は小休止的な再演でしたが、
これからも根本さんのエネルギッシュな演劇活動からは、
目が離せません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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2017年の演劇を振り返る [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

大晦日、皆さん如何お過ごしでしょうか?

今日は今年の演劇を振り返ります。

今年は以下の公演に足を運びました。

1.NODA MAP 「足跡姫」
2.「テアトロコント」2017年1月(ミズタニーなど)
3.庭劇団ペニノ「ダークマスター」(リニューアル再演)
4.シアターコクーン・オンレパートリー2017「陥没」
5.オクイシュージ「安心」
6.革命アイドル暴走ちゃん「Crazy Girls Save The World」
7.M&O playsプロデュース「皆、シンデレラがやりたい。」
8.地下空港「サファリング・ザ・ナイト」
9.ベッド&メイキングス「あたらしいエクスプロージョン」
10.三谷幸喜「不信」
11.SPAC「真夏の夜の夢」(野田秀樹脚本)
12.アガリスク・エンターティメント「時をかける稽古場2.0」
13.ほりぶん「得て」(再演)
14.タクフェス「わらいのまち」
15.劇団☆新感線「髑髏城の七人 Seasen花」
16.水族館劇場「この世のような夢」
17.サディスティックサーカス(2017年春)
18.TEAM JACKPOT「怒れる人たち」
19.クロムモリブデン「空と雲とバラバラの奥さま」
20.ジョビジョバライブ「Keep On Monkeys」
21.釣瓶噺2017
22.新ロイヤル大衆舎「王将」(第3部)
23.劇団チョコレートケーキ「60'Sエレジー」
24.シス・カンパニー「黒塚家の娘」(北村想新作)
25.根本宗子「新世界ロマンスオーケストラ」
26.M&playsプロデュース「少女ミウ」(岩松了新作)
27.吉田大八「クヒオ大佐の妻」
28.シベリア少女鉄道「たとえば君がそれを愛と呼べば、」
29.イキウメ「天の敵」
30.福原充則「俺節」
31.風煉ダンス「まつろわぬ民」
32.唐組「ビンローの封印」
33.劇団道学先生「梶山太郎氏の憂鬱と微笑」
34.チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」
35.カムカムミニキーナ「狼狽」
36.青年団「さよならだけが人生か」
37.ワンツーワークス「アジアン・エイリアン」
38.ゴキブリコンビナート「法悦肉按摩」
39.鴻上尚史「ベター・ハーフ」(再演)
40.マーム&ジプシー「^^^ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっとー」
41.シンクロ少女「シンクロ・ゴッサム・シティ」
42.シス・カンパニー「子供の事情」(三谷幸喜新作)
43.鵺的「奇想の前提」
44.ナカゴー「ていで」
45.赤堀雅秋「鳥の名前」
46.日本総合悲劇協会「業音」
47.福田雄一台本「ヤング・フランケンシュタイン」
48.M&Oplayプロデュース「鎌塚氏、腹におさめる」(倉持裕新作)
49.ままごと「わたしの星」
50.シアターコクーン・オンレパートリー2017「プレイヤー」
51.サムゴーギャットモンテイプ「NAGISA巨乳ハンター」
52.フエルサブルータ
53.ナカゴー特別劇場「地元のノリ」
54.FUKAIPRODUCE羽衣「瞬間光年」
55.かはづ書屋「巨獣(ベヒモス)の定理」
56.アガリスクエンターティメント「そして怒濤の伏線回収」
57.カンニング竹山単独ライブ「放送禁止2017」
58.こまばアゴラ劇場「を待ちながら」(山下澄人と飴屋法水のコラボ)
59.森山直太朗「あの城」
60.柴幸男「わたしが悲しくないのはあなたが遠いから」(2ヴァージョン)
61.日本のラジオ「カーテン」
62.前川知大「関数ドミノ」(寺十吾演出初演版)
63.ヘドウィグ&アングリーインチ スペシャルショー(キャメロン・ミッチェル出演)
64.ほりぶん「牛久沼」
65.月刊「根本宗子」第14号「スーパーストライク」
66.劇団☆新感線「髑髏城の七人Season風」
67.イキウメ「散歩する侵略者」
68.タクフェス「ひみつ」
69.唐組「動物園が消える日」
70.庭劇団ペニノ「地獄谷温泉無明ノ宿」(再演KAAT)
71.ナイロン100℃「ちょっと、まってください」
72.ピンター「管理人」(森新太郎演出)
73.チェルフィッチュ「三月の5日間」
74.シベリア少女鉄道「残雪の轍 / キャンディポップベリージャム」
75.ブス会「男女逆転版痴人の愛」
76.M&Oplaysプロデュース「流山ブルーバード」(赤堀雅秋新作)
77.劇団チョコレートケーキ「熱狂」
78.穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース「荒れ野」(桑原裕子新作)
79.URASUJI2017「ちんもく」
以上の79本です。

それ以外に歌舞伎を今年は数本観ています。
1.演舞場新春大歌舞伎(昼の部)
2.演舞場新春大歌舞伎(夜の部)
3.歌舞伎座三月大歌舞伎(夜の部 海老蔵の助六)
4. ABIKAI2017
5. 歌舞伎座七月大歌舞伎(夜の部)
6. 歌舞伎座八月納涼歌舞伎(第2部)

昨年とほぼ同じくらいの本数です。
年の後半は色々と臨時の仕事が入って、
もう少し観たい演劇があったのですが、
だいぶ観ることを断念しました。

特に昨年ベスト1の城山羊の会の新作を、
観ることが出来なかったのと、
劇団チョコレートケーキの「あの記憶の記録」を、
観ることが出来なかったことは残念でした。

今年の私的なベスト5はこちらです。

①シス・カンパニー「子供の事情」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-07-29
2017年の三谷幸喜さんの新作の中では、
この作品が抜群の完成度だったと思います。
キャストも天海祐希さん、大泉洋さんを初めとして、
これでもかという豪華版で、
内容もいい大人に小学生を演じさせて、
自分の少年時代を再現しようというのですから、
如何にも三谷さんらしい自己愛の押しつけですし、
もの凄くあざといなあ、とは思うのですが、
そのこちらの思いを乗り越えるような贅沢さと、
圧倒的な面白さには素直に兜を脱ぐという思いがしました。
正直とても好きという訳ではないのですが、
今年一番観て面白かった芝居というと、
これになるのかなと思います。

②ままごと「わたしの星」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26
ままごとは「わが星」という大傑作がありますが、
その姉妹編とも言うべき「わたしの星」が今回再演されました。
ただ、新たな高校生キャストを公募し、
それに合わせて台本も大幅にリライトして演出も変えているので、
今回は新作の扱いとしてここに入れました。
人間の多くが地球を離れた未来を舞台にしたSFですが、
キャラも新鮮でノスタルジックで甘酸っぱい感動があり、
とても愛すべき素敵な芝居でした。

③月刊「根本宗子」第14号「スーパーストライク」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-10-22-1
2017年も精力的に活動された根本さんですが、
本人を含む4人だけのキャストのこの新作は、
屈折した恋愛模様の描出の仕方に根本さんらしさが溢れ、
緻密に組み上げられたセットや美術も楽しい快作でした。

④ナカゴー特別劇場「地元のノリ」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-09-03
本当に精力的に活動を続けている、
唯一無二の変な劇団ナカゴーですが、
その中ではこのENBUゼミの発表会用に作った作品を、
膨らませたこの作品が、
登場人物のほぼ全てが河童か動物という奇想が抜群で、
ナカゴーの真髄を感じさせる傑作でした。

⑤こまばアゴラ劇場「を待ちながら」(山下澄人と飴屋法水のコラボ)
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-10-01
アゴラ劇場の楽屋を観客誘導用の通路として使用し、
俳優としても登場した演出の飴屋さんは、
被ったフェンシングマスクの中で大量の爆竹を爆発させる、
という荒技で度肝を抜きました。
それ以外にもランドセルを背負った血まみれの小学生が、
お腹からはみ出した腸を振り回して一輪車で登場するなど、
今はもう絶滅危惧種と言って良いアングラ趣向が炸裂の怪作で、
これからも飴屋さんからは目が離せません。
ただ、作品としても密度は、
演劇としてそれほど高いものではありませんでした。

これ以外には、
ベスト5には入れませんでしたが、
今乗りに乗っている感じのある赤堀雅秋さんの、
「鳥の名前」と「流山ブルーバード」という2本の新作が、
いずれも完成度の高い荒くれの芝居で感心しました。
これからも絶対観続けたいと思います。
また戯曲の完成度という点では、
年末に観た桑原裕子さんの「荒れ野」が絶妙でした。
あの作品はまた演出を変えて、
是非再演して欲しいと思います。

最後にこれだけは言いたい、
再演での絶品2本です。

①庭劇団ペニノ「地獄谷温泉無明ノ宿」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-11-11
これは間違いなくペニノの代表作で、
タニノクロウさんが自分の祖母の思い出を、
田舎の温泉宿として徹底したリアリズムで、
舞台上に完璧なセットとして完成したその執念に、
とても感銘を受けました。
これまでの難解な作品の数々と比べると、
驚くほど分かりやすいストーリーの本作ですが、
ちゃんとペニノらしい得体の知れない感じも残っています。
繊細な照明や音効の完成度も素晴らしいと思います。
寺山修司の流れを汲む、
セットや演出に役者は奉仕するタイプの芝居ですが、
こうしたものが1つくらいあってもいいですよね。

②日本総合悲劇協会「業音」
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2017-08-19
松尾スズキの問題作の1つ「業音」が、
初演以来久しぶりに再演されました。
これは非常に完成度の高い舞台で、
奇想に満ちた筋立てとキャストの大暴れを含めて、
これぞ松尾スズキという世界を見せてくれました。
せっかくなら新作が観たかったですし、
平岩紙さんが脱がないのは画竜点睛を欠く感じがありますが、
これぞ大人計画、これぞ松尾スズキ、
という1本であったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い年の瀬をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース「荒れ野」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
荒れ野.jpg
とよはし芸術劇場のプロデュース公演として、
平田満さんと井上加奈子さんの夫婦に、
いぶし銀の役者が集まり、
独特の彫りの深い人間ドラマに定評のある、
桑原裕子さんの作・演出の新作「荒れ野」の東京公演に足を運びました。

これはなかなか見事な作品でちょっと驚きました。

以前観た桑原さんの「痕跡」という作品も、
ミステリー的な失踪劇を深い人間ドラマとして、
見事に着地させていて感心しましたが、
今回も火事のためにある家族が、
昔因縁のあった女性のところに一夜だけ泊まらせてもらう、
というだけの話の中に、
家族のような枠組みの不確かさと、
人生の悲哀のようなものを感じさせて、
その鋭利な刃物のような切り口に、
とても感銘を受けました。

これは今回の上演だけで終わらせては、
もったいない作品だと思いますし、
キャストや演出を変えて、
末永く上演されて欲しい、
一種の古典としての風格がある戯曲だと思います。

テネシー・ウィリアムスに匹敵するような家庭劇で、
こういう地に足の付いた、
完成度が高くかつ観客の肺腑を抉るような攻撃性のある作品は、
これまでの日本の劇作の歴史の中では、
あまり類例がないと思います。

大袈裟に聞こえますか?
いえいえ、決してそうではありません。

舞台は井上加奈子さん演じる独身の中年女性のアパートの一室で、
彼女は長く父親の介護をしていて、結婚をすることが出来ず、
父親が亡くなった後に、
階上の部屋に住む小林勝也さん演じる元教師の老人と、
画家を目指すその教え子の青年(中尾諭介さん)の二人を、
同居人として呼び込み、奇妙な共同生活をしています。
老人と青年とは孫ほどの年の差がありながら、
同性愛的な関係にあるのです。

そこに平田満さんと増子倭文江さん演じる夫婦と、
多田香織さん演じる娘の3人家族が、
傍のショッピングモールの火事で、
自宅が延焼する危険があるために、
一夜の宿を求めて駆け込んで来ます。

平田満さんと井上加奈子さんは昔からの友人で、
男女の関係があったのではないかと、
妻の増子さんは勘ぐっていたのです。

平田さんは7年前に急性冠症候群となり、
心臓バイパス手術をしたのですが、
手術を薦める妻に耳を貸そうとしなかった平田さんが、
最後に手術を決断したきっかけは、
井上さんからの「父が死んだ」というメールでした。
つまり、妻のためではなく、井上さんのために、
平田さんは生きようという決断をしたのではないかと、
妻の増子さんは疑っているのです。
自分は夫のために人生を捧げて来たという自負があるのですが、
夫の心がもし自分の方を向いていないのだとすれば、
自分達が夫婦として家庭を築いて来たことも、
結局無意味なことになってしまいます。

普段ならそんなことは考えもしないのですが、
火事で家が燃えてしまったかも知れず、
その不安の中で、
もし家という形が失われてしまったら、
家族であることすら崩壊してしまうのではないかと、
妻は恐れを感じているのです。

一方で井上さんも、
父親のために人生の大部分を犠牲にしながら、
その父親が死んだ母親のことしか覚えておらず、
自分の存在は無視していたことに深く傷ついていて、
それが死んだ後も父親の気配となって、
そのアパートに染みついています。

翌朝になって火は鎮火し、
平田さんの妻は自分の家がどうなっているのかを見るために、
1人先に家を出るのですが、
井上さんと上の階の奇妙なカップル、
そして平田さんの4人は、
家族であることを捨てて、
別の絆を求めるように、
一緒に同じコタツを囲むのです。

この場合の家族というのは、もっと大きく国家のような共同体も、
同時に指しているように思えるのですが、
火事のような惨事によって、それを構成している枠組みが揺らぐと、
その本質的な不確かさが表面化して、
全ての関係は流動的なものになってしまうのです。
それがおそらく題名になる「荒れ野」ですが、
そこに作者は幾ばくかの希望も、
付加しているようにも思えます。

1時間45分程度の一夜を描いた数場の一幕劇ですが、
構成は非常に巧みに練られていて、
人物の造形も極めて的確に彫り込まれています。
テーマ曲としていしだあゆみの「あなたならどうする」が使われ、
替え歌も含めてそれが何度も登場人物の口をつくのも効果的で、
これは典型的なアメリカ古典戯曲の手法です。
燃えたのかどうか分からない家を、
シュレーディンガーの猫に見立てるなどの蘊蓄も、
登場人物の1人が理系の教師という設定を、
巧みに取り込んでいます。

役者陣も非常に頑張っています。
特に増子倭文江さんと小林勝也さんが良く、
この2人のベテランの演技が、
この作品をワンランク上のものに引き上げていたと思います。

小林勝也さんは昔から変な棒読みの役者さんで、
個人的にはあまり好きではなかったのですが、
今回初めて良かったと思いました。
その得体の知れない薄気味悪さと飄逸さの絶妙なブレンドは、
小林さんにしてなし得た1つの境地であると思います。
増子さんは極めて老練な芝居でした。

この座組で企画であれば、
平田満さんと井上加奈子さんが、
この役を演じることは当然なのですが、
正直2人にフィットしていたとは言いがたい面もあり、
また別のキャストであれば、
違う味わいがあったのではないかとも感じました。
(失礼をお許し下さい)

作者自身による演出は、
その戯曲の完成度と比較すると、
ちょっと疑問に思うところがあります。
部屋にはベランダがあって、
そこのガラス戸を閉じるかどうかで、
空間が変わるという設定になっているのですが、
サッシは実際にはセットにはないので、
ちょっと違和感があります。
これは付けるべきではなかったでしょうか?
また、テーマ曲は1回音効として流した方が、
分かりやすかったように思います。
オープニングの照明のみによる火事の表現も、
蛇足のように感じました。

このように少し不満もあるのですが、
極めて素晴らしい作品であることは確かで、
是非再演を期待したいと思います。
大変感銘を受けました。

最後にこれは蛇足ですが、
僕が観劇した日に最前列に座っていたおじさんが、
ともかく絶えず大きな声を上げて「わはははは」と、
狂言のように笑うので、
集中が切れてつらい思いをしました。
内容を理解はしていて笑っているのですが、
別に笑えるような場面でなくても、
ある種のキャラクター同士の会話のすれ違いなどに、
全て反応して声を上げてしまうので、
時に役者の台詞まで聞き取れなくなるのです。

時々そうした人がいて、
何故ああした行為をするのだろうか、
と不思議にも思っていたのですが、
今回隣で観察してみて、
「独り言」に近いようなものであるのかな、
と感じました。
もう少し医学的な分析は出来そうですが、
失礼に当たるようなので控えます。
意図的な行為ではどうやらなさそうなので、
何に笑おうと個人の勝手で、
非難するべき性質のものではないのですが、
前の列の人の座高が異様に高かったり、
帽子を取ってくれなかったりするのと一緒で、
こうした時にはライブのつらさを思い知るような思いがします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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URASUJI 2017「ちんもく」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日二本目の更新も演劇の話題です。
それがこちら。
ちんもく.jpg
元BARBEE BOYSの杏子さんと、
マツコ・デラックスの元ネタのような深沢敦さんがタッグを組み、
松村武さんの作・演出で、
歌あり踊りあり殺陣ありの、
仕事人シリーズのパロディ芝居が、
URASUJIと題されて2005年から不定期に上演され、
上演の度に人気を集めています。

僕はあまりご縁がなかったのですが、
前回の2015年は行きたいな、
と思っているうちに終わってしまったので、
今回は初めて実際に足を運びました。

今回は「ちんもく」という題名で、
今年スコセッシ監督が映画にしたことで話題になった、
遠藤周作の「沈黙」が元ネタになっています。
まあ、原作と言うより映画版が元ネタです。

杏子さんや池田有希子さん演じる仕事人が、
長崎で迫害されているキリシタンを助けるために、
長崎奉行と対決し、
実は奉行の側は、
深沢敦さん演じる化け猫などに乗っ取られている、
というお話です。

懐メロ歌謡が上手い具合に差し挟まれて、
歌合戦みたいになるのがなかなか良い感じです。
トータルには劇団新感線の昔のネタ物に近いお芝居で、
今はもうスズナリのような小さな小屋で、
新感線がこうしたお芝居をするようなことはありませんから、
楽しく贅沢な気分に浸ることが出来ました。

ただ、今回は元ネタがかなり暗い話で、
真面目な松村さんは、
かなり元ネタの設定を活かして、
「神の沈黙」みたいな神父の長台詞まで、
そのまま入れているので、
ちょっと重すぎる気もしました。

キャラも藤田記子さんの大暴れなどは、
勿論楽しいのですが、
キャラの中だけで完結してしまうような感じがあって、
物語の構造をかき乱すには至らないので、
その点もやや物足りなく感じました。
キリシタンの踏み絵を利用して、
踏み絵のタップダンスになるという面白い趣向があるのですが、
もっと面白くなりそうで、
なんとなく消化不良に終わっていました。

そんな訳で大満足という感じではなかったのですが、
スズナリにしては前方の客席はゆったりしていて落ち着けましたし、
とても贅沢で楽しい気分を味わうことが出来ました。

お薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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劇団チョコレートケーキ「熱狂」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

今日は祝日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
熱狂.jpg
劇団チョコレートケーキが、
ナチス・ドイツの歴史を描いた連作のうちの2作品を、
連続上演の形で再演しました。
そのうちの「熱狂」に足を運びました。

もう1本の「あの記憶の記録」と、
合わせ鏡のようになっている連作なので、
出来れば両方観劇したかったのですが、
丁度レセプト作業が厳しくて、
結局「あの記憶の記録」の方は断念しました。

この「熱狂」はナチス・ドイツが、
まだ弱小の政治団体としてスタートを切ってから、
ミュンヘン一揆などの何度かの挫折を経て、
ついにヒットラーが国会で首相に就任するまでの出来事を、
ナチス親衛隊に入隊する浅井伸治さん演じる、
ナチス党員の若者を狂言回しとして描いています。

この人物のみが架空の人物で、
それ以外はヒットラー本人を含めて、
実在のナチの大物達を、
全員男性の8人の役者が演じます。

ナチスの戦争前の時期を描いた日本の戯曲と言えば、
三島由紀夫の「わが友ヒットラー」が有名で、
これはヒットラー、レーム、クリップ、シュトラッサーによる4人芝居です。
この「熱狂」でも触れられる、
ヒットラーの親友で一番の同士でもあった突撃隊長レームを、
ヒットラーが粛正しなければならなかった心理を、
三島流に描いたもので、
その作品の中ではヒットラーとレームは、
同性愛のカップルのように描写されています。

それから最近では三谷幸喜の「国民の映画」が、
もう少し時代の下った開戦後の時期に、
ナチの宣伝相ゲッペルスとその夫人を主人公として、
宣伝映画の制作に、
時の芸術家達が巻き込まれ利用される様をコメディで描き、
三谷さんならではの鋭い視点と、
抜群の構成力が素晴らしい優品となっていました。
ここではナチの高官として、
ゲッペルス以外にヒムラーとゲーリング元帥が登場します。

今回の「熱狂」は、
「わが友ヒットラー」の影響は受けていると思うのですが、
レームを粛正した「長いナイフの夜事件」は敢えて描かず、
狂言回しの主人公に「その後の出来事」として、
語らせるにとどめています。

その代わりにレーム以外のゲッペルスやシュトラッサー、
ゲーリングなどによるヒットラーを核にしたナチス内部の権力闘争を描き、
その中でヒットラーが独裁者としての地位を、
確立するまでを濃厚な会話劇として描いています。

これは矢張り良いですよね。

「悪」の魅力ということである訳ですが、
善玉より権力闘争は悪玉揃いの方が盛り上がりますし、
ゲッペルスにヒムラー、ゲーリングにヘス、レームと、
本当に魅力のある怪物が揃っているので、
これはもう面白くない訳がありません。

キャストも滑舌が悪い役者さんが多いのがやや残念ですが、
それぞれに気合いを入れた役作りをしているので、
その造形にはなかなか趣があります。
ラストずらっと舞台前方に揃うと、
これはもう歌舞伎の「白浪五人男」を思わせるようで、
思わず掛け声を掛けたくなるような素敵さがあります。
ゲーリングとゲッペルスが僕は特にお気に入りです。
髭のないヒットラーを演じた西尾友樹さんは、
あまりにポピュラーなキャラなので、
正直かなり損な役回りですが、
内面で演じきった感じがあって、
なかなかの芝居だったと思います。

こういう物語は悪の礼賛のように取られかねないので、
かなりリスクのある素材ですが、
ラストには狂言回しの主人公による、
その後の悲劇の説明を入れて、
更にもう1本の悲劇を扱った作品と同時上演することで、
その危険を回避した計算も巧みだと思います。

ただ、この作品の魅力は、
矢張り描かれた「悪の魅力」にこそあることは、
間違いはないのだと思います。

今日は後でもう1本演劇の記事をアップする予定です。

それでは一旦失礼致します。
石原がお送りしました。
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M&Oplaysプロデュース「流山ブルーバード」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
流山ブルーバード.jpg
M&Oplaysプロデュースとして、
赤堀雅秋さんの作・演出による新作、
「流山ブルーバード」が今下北沢の本多劇場で上演中です。

赤堀さんの作品は前はあまり受け付けなかったのですが、
今年は夏の「島の名前」がなかなか良かったので、
ちょっと見直すような思いがあり、
今回も食わず嫌いは止めようと、
続けて足を運びました。

結果的には今回もなかなか楽しむことが出来ました。
色々な意味で、本多劇場的に優れた芝居でした。

千葉県の流山市を舞台に、
魚屋の家業を継いだ49歳の兄に寄生するようにして、
無為な生活を続けている27歳の弟を賀来賢人さんが演じ、
どうしようもない下卑た不倫や人妻の火遊び、
隣同士のいざこざなどが刹那的に描かれます。
流山からは東京は決して遠い理想郷ではなく、
沖縄も手の届かない楽園ではないのですが、
それでも行こうとすると躊躇する主人公は、
その町を離れることが出来ません。
しかしその町も安住の地ではなく、
謎の通り魔が跳梁して悲劇は繰り返されていますし、
不倫の代償で数少ない友情の場も消滅してしまいます。

オールビーの家庭劇を彷彿とさせるような、
地を這いまわるような人間ドラマですが、
太賀さんが屈折した役柄を演じることを含めて、
クドカンの「ゆとりですが何か」を、
元にしている感じもありますし、
オープニングがいきなり宇宙論の話を廃屋(?)で2人の男がしていると、
急に色っぽい女性がやってきて、
挑発的に踊り出すという、
その時点では意味不明としか思えない描写や、
チェホフの「三人姉妹」の引用など、
岩松了作品に似た匂いもあります。

岩松作品やチェホフと同じく、
一番大事な場面や結末と言えるような場面は、
舞台上では描かれないという作劇で、
ラストもポイントとなる台詞はあるのですが、
ろくでなしの兄弟2人が、
ダラダラと話をするだけで終わってしまうので、
その点の物足りなさはあるのですが、
最初の宇宙論にしても、
舞台の流山市という空間が閉じているのかどうか、
ということで主題に関わっていますし、
「三人姉妹」がモスクワ行きに囚われているように、
この物語の主人公も東京や沖縄に囚われているので、
意外に緻密に全ては仕組まれていますし、
正反対のように見える兄弟が、
物語の最初と最後で対象的な裸体をさらし、
それが同じ構造の修羅場に繋がっているなど、
シンメトリックな構成も巧みです。

それほど好きな世界ではないのですが、
完成度の高い作劇には感心しました。

キャストは皆好演ですが、
特に主役を演じた賀来賢人さんが抜群に良くて、
同年代の舞台役者の中では、
最も良いと言って過言ではないと思います。
昔のキムタクに似た華があり、
屈折した感じもあってコメディも出来ますし、
今回のような嫌な役でも、
嫌味なくすっきりと演じることが出来、
何もしないでじっとしているだけで、
ちゃんと芝居になっているのが天性の魅力です。

ドラマでは屈折した役に妙味のある太賀さんは、
今回もそうした見せ場がありますが、
正直舞台ではまだまだの感じはありました。

主人公の兄を演じた皆川猿時さんは、
いつもの笑いを封印した役柄でしたが、
新境地と言って良い地味な熱演で味わいがありました。

赤堀雅秋さんの快調さを再認識する舞台で、
これからもとても楽しみです。

こういう芝居は矢張り好き嫌いはあって、
僕も以前はあまり受け付けなかったのですが、
最近ではこうしたものも悪くないなと感じています。
出来不出来から言えばこうしたタイプの芝居としては、
劇作の完成度も高く、役者も頑張っていて、
レベルは非常に高かったと思います。
唯一アバのヒット曲をガンガン鳴らす音効は、
ちょっと意味不明で疑問でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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ブス会「男女逆転版・痴人の愛」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
痴人の愛.jpg
ペヤンヌマキさんが主宰して安藤玉恵さんが主役を勤め、
AV女優の控室での生態を赤裸々に描いた「女のみち」が忘れがたいブス会が、
ペヤンヌマキさんと安藤さんの40歳を記念して、
駒場のアゴラ劇場で新作公演を行っています。

今回は谷崎潤一郎の「痴人の愛」を、
男女逆転版で舞台化するという企画です。
文豪の作品の著作権が切れたことを利用した企画で、
その点はちょっと嫌らしい感じもするのですが、
舞台が面白ければこちらは文句はありません。

「痴人の愛」は平凡なサラリーマンの男性が、
15歳の小悪魔的な少女ナオミを引き取って、
自分の妻となるべき女性に調教しようとするものの、
逆にナオミの魔性に翻弄され、
最後は彼女の奴隷となってしまう、
という発表された大正時代には、
かなり時代を先取りしたセンセーショナルな作品です。
新聞の連載小説で、
谷崎の作品としては描写などかなりスカスカの、
風俗小説的な感じの強いものです。
僕は高校生の時に最初に読みましたが、
高校生にピンとくるような話ではありませんでした。

それを男女逆転させた今回の作品では、
40歳の独身の教師の女性を安藤玉恵さんが演じ、
彼女がバーで出会った福本雄樹さん演じる15歳の少年を、
気に入って家に連れ込み、
自分好みの男に調教しようとする、
という話になっています。
時代は現代に設定されています。

これを3人のキャストのみで、
ほぼ安藤さんの語りのような様式で舞台化しています。
舞台は能舞台を模したものになっていて、
音楽はチェロの生演奏です。
演技の質は通常の現代劇ですが、
安藤さんが福本さんに自分がかつて着ていて着物を着せ、
福本さんと仲たがいして1人になった時に、
その着物をもう一度自分で着て、
倒錯的な思いに囚われるところには、
能の「井筒」が入っていると思いますし、
原作とは違うラストでは、
谷崎より三島イズムや寺山イズムを感じる部分もありました。

このようにかなり意欲的な公演ではあったのですが、
それでは面白いかと言われると、
正直かなり苦痛で、
面白さを感じることは殆どありませんでした。

欧米の前衛劇風の演出であり内容なのですが、
演技のスタイルがそれに合致したものではなく、
言ってみれば小劇場演劇のスタイルなので、
様式だけ気取っているのが何かそぐわない感じがするのです。
物語的にも今の時代に語るものとしては、
平凡で地味で何を訴えたいのがピンとくるものがありません。
過激な部分もなく、
ただただ単調に時間だけが流れるような芝居でした。

安藤さんはなかなかの熱演でしたが、
かつてのアングラ大暴れ女優という感じはほぼなくて、
映像メディアで披露している演技の、
基本的には延長という感じしかありませんでした。

そんな訳で個人的には、
面白いと思える部分が皆無の観劇であったのですが、
個人の感想は様々ですので、
どうか関係各位には、
御容赦を頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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シベリア少女鉄道「残雪の轍 / キャンディポップベリージャム」 [演劇]

北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事も演劇の話題です。

それがこちら。
シベリア少女鉄道.jpg
最近メジャーな仕事が増えつつある、
オタクの仕事師土屋亮一さんが率いるシベリア少女鉄道の、
年末の特別公演的な新作公演が、
今池袋のサンシャイン劇場で上演されています。

今回はシベリア少女鉄道史上、
最も大きなキャパの会場での公演ですし、
エビ中の安本彩花さんと元ハロプロの中島早貴さんが、
ヒロインのツートップとして登場し、
実際に様々な形で対決を繰り広げるという、
祝祭的な公演でした。

セットもこれまでで一番豪華だったと思いますし、
シベリア少女鉄道が新たなステージに立ったことを、
印象付けるような公演となりました。

内容的にも悪くはなかったのですが、
かつての趣味的で万人向けとはとても言えない、
マニアックに作り込んだ作品と比較すると、
あまりに大衆的になり過ぎて、
ちょっと物足りない感じがすることもまた事実です。

でも、それはもう仕方のないことですし、
次回はまた小さな小屋なので、
マニアックな世界を期待するとして、
今回は土屋流の豪華なシチュエーションコメディ的、
後半は何でもありの世界を、
楽しめばそれで良いのかも知れません。

シベ少はネタが全てですから、
完全なネタバレは勿論しませんが、
少し内容には踏み込みますので、
以下は必ず鑑賞後にお読みください。

2本立てのような題名ですが、
実際には「残雪の轍」というプロローグが付いた、
「キャンディポップベリージャム」という内容で、
当然それがリンクするというお楽しみがあります。

本筋の部分は土屋さんがエビ中の公演用に書いた戯曲に、
良く似た構成になっていて、
女子寮でのサプライズパーティーのドタバタを扱ったものですが、
後半はそこにシベ少的なネタが投入され、
珍しく時事ネタが結構大きく扱われて、
ラストはかなりベタなオチで締めくくられます。

以前のシベ少の作品では、
後半ネタが投入されるまでの通常のお芝居の部分が、
あまりに稚拙で見るのがつらい感じがあったのですが、
今回などは通常のすれ違いのシチュエーションコメディとしても、
それなりに良く出来ていて、
通常のお芝居部分の要所でも、
自然な笑いが沸いていたのは、
これまでのシベ少にはあまりなかったことです。

役者としてもヒロインツートップは、
演技も出来て華もあるので申し分がありませんし、
脇のいつもの面々も、
篠崎茜さん、加藤雅人さん、小関えりかさんの辺りが、
とても安定感のある芝居をしているので、
普通のお芝居としても、
レベルが高いことに感心しました。

比較すると後半のいつものネタの畳掛けはやや淡白で、
盛り上がりに欠ける感はありました。
後、ラストはあまりにお子様向けみたいになってしまうので、
伏線の仕込みはさすがですが、
脱力する感じも少しありました。

いずれにしてもこれはこれで楽しむべきもので、
野暮を言っても仕方がありません。
これだけ豪華で出鱈目で馬鹿馬鹿しくも楽しい芝居もそうはないので、
是非お勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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チェルフィッチュ「三月の5日間」リクリエーション [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
レセプト作業が積み残されているので、
これからクリニックで仕事の予定です。

今日は日曜日なので趣味の話題です。
今日は2本あります。

まずはこちら。
3月の5日間.jpg
2003年のイラク戦争開戦時の東京での5日間を舞台とした、
2004年初演のチェルフィッシュの代表作「三月の5日間」が、
若手キャストのリクリエーションとして復活し、
今横浜のKAAT神奈川芸術劇場で上演されています。

僕は基本的にはチェルフィッチュは苦手で、
通常「だらしない」と表現されるような動きを、
執拗に繰り返しながら、
視線も定めずに熱量のない会話を、
これも執拗に繰り返すようなところが、
アングラ好きの世代としては、
どうも受け付けないところがあるのです。

ただ、最近は拒否反応は大分なくなりましたし、
その後の演劇に与えた影響力の大きさは、
間違いのないところだと思います。

この「三月の5日間」のオリジナルは、
映像で見ただけです。
イラク戦争が開始された三月の5日間を、
そのままラブホテルで連泊で過ごしたカップルと、
そこに至るまでのコンパに同席した男女が、
戦争反対のデモに参加していたエピソードなどを、
意識の流れというのか、
人間の心の思いつくまま、という感じに、
時間軸はバラバラにして、
個々のキャラクターの感情の赴くままに、
点描的に描いたもので、
政治的ではない無為な若者を、
批判しているように取れるところもあるのが、
「大人」に評価されるところなのではないかと思います。

2002年の松尾スズキさんの「業音」という芝居では、
ラブホテルで退廃の極みにあった男女が、
テレビでアメリカ同時多発テロの映像を見て、
訳も分からず暴走への衝動に駆られるという場面がありましたが、
個人的には同じ発想なのかな、
と感じましたし、
それなら僕は松尾さんの作品の方が好きだな、
というようには思うのですが、
「三月の5日間」もシンプルなスタイルとしては悪くなく、
分かりやすい点とその表現の独特さのバランスの良さが、
人気のあるポイントのようにも思います。

今回の作品は現在に合わせて大幅にリクリエーションする、
ということだったので、
今の時代にスライドさせるということなのかしら、
とちょっと危惧を感じたのですが、
実際にはキャストを若手に入れ替えて、
それに合わせて台詞も変えているのですが、
2003年の三月の5日間の出来事であることは同じで、
作品世界自体はほぼ同じ上演でした。

これはどうも駄目でした。

キャストにあまり魅力がなくて、
「この人を見ていたい」と思う瞬間がありませんし、
落ち着きがなく戯画化された動作が、
あまりその人の身体に溶け合っていない、
という気がしました。
特に意図的に目線を外して宙に漂わせるような感じが、
わざとらしい感じがしてどうも受け付けないのです。

2004年の時点では遠い世界の戦争と、
若者の自堕落な生活との対比や、
傍観者的な立場や自分の視点を外から眺めるような感じが、
それなりの意味を持ったのだと思うのですが、
戦争と生活との関係が大きく変わり、
もう傍観者的ではいられなくなった今という時代に、
この視点はあまりに生ぬるいな、
というようにも感じました。

ただ、作・演出の岡田利規さんも、
この作品に描かれた社会と人間との距離感と、
今の世界の距離感とが大きく異なっていることは、
百も承知であるはずで、
今回のリクリエーションはその距離感を図るための習作的なもので、
今後「今の時代」と向かい合う新作のクリエーションを、
見据えての作品なのだと思います。

今後の新作に期待をしたいと思います。

小劇場演劇に限定して言えば、
演劇はその時代と分かちがたく結びついているものなので、
時代を切り離しての再演は、
基本的には距離感を図る程度の意味しか、
持たないものなのだと実感しました。

それでは2本目に続きます。
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