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日本のアングラ(その14) [フィクション]

桐原君は突然の加奈子の参加に伴って、
端役であった少女の役に加筆をした。

彼女は登場の場面では、
「マッチ売りの少女」的な小芝居をして、
桐原君が演じる半裸の怪人に捕まり、
彼に抱えられて姿を消す。

しかし、ラストに至って、
彼女は僕のアジトで不敵な笑みを漏らし、
その本性を現すのだ。

少女の身体はもう1つの世界と繋がっていて、
それはこのゲームを実体化しようと夢見ている、
もう1つの世界にある少女の意識が実体化した姿でもある。

「何をやっているのよ、あんたたち」
と、加奈子は睨み合う僕達の前にすっくと立って、
ゲームマスターとしてのもう1つの顔を見せる。

この時の加奈子は、
身体の右半分だけで芝居をした。

少女性だけで勝負をしようとしたのだ。

僕は客席から見て、
いつも彼女の左側(上手側)に位置していたので、
僕は常に彼女の顔の左半分を見ていた。

すると、奇妙なことに、
そこには2匹の蛇が絡み合うように、
少女の加奈子を覆い尽くそうとする、
何か得体の知れない、
もう1つの仮面のようなものが見えたのだ。

彼女の方を向くたびに、
僕はその仮面に相対することになった。

こんな分裂気味の芝居で、
本当に良いのだろうかと、
練習の始めの頃は思っていたのだけれど、
後半になって調子が出て来ると、
加奈子の仮面にも微妙な変化が現れた。

少女の仮面が次第にもう1つの顔を侵食し、
やがてはもう1つの仮面を吞み込むようにして、
加奈子はその役柄の中では、
完全に少女になったのだ。

しかし、最後に少女が役柄の仮面を脱ぎ棄て、
ゲームマスターとしての本性を露にする時、
加奈子自身も今度は舞台上で変貌を遂げる。

舞台がもう1つの世界に繋がったことが、
彼女の立ち姿だけで表現される。

僕はその前に主人公の大学生や、
謎の中国人達に倒されて、
舞台から退場していたので、
たった1日のみの本番では、
「ギャー」と悲鳴を上げて情けなく奈落に落ちた後、
舞台袖から彼女の演技を見守ったのだが、
練習の時とはうって変わった、
演劇の怪物と化した加奈子の姿に、
半ば陶然として眺めるより外はなかった。

この公演では加奈子の存在以外に、
特筆するべき点が前述のように2つあった。

その1つは僕が役者として、
初めてまともに演技をしたということで、
もう1つが「日本のアングラ」を目撃した、
ということだ。

この2つの出来事は、
実は相互に関連がある。

「日本のアングラ」の正体は、
実際には作・演出を兼ね、
役柄としては僕の手下の怪人を演じた桐原君のことだ。

前述のように桐原君はアニメヲタクで、
今回の芝居も、そもそもはアングラとは無縁のものだった。
しかし、それが稽古でもまれる中で、
次第にアングラ色を鮮明にしたのだ。

いや、トータルに、と言う訳ではない。

敢くまでそれは、
僕と加奈子、そして桐原君との間に生まれた、
アングラ愛に裏打ちされた、
一種の化学反応のようなものだったのだ。

ここでまた僕は、
アングラとは何か、
という命題を確認しておかなければならない。

アングラとは変容のことであり、
そしてある種の風景のことだと僕は書いた。
もう1つここで付け加えなければならないことは、
アングラとは肉体である、ということである。

唐先生は「特権的肉体論」を提唱した。
これはアングラという風景を纏った肉体は、
それ自身が選ばれて存在するものであって、
訓練してなるようなものではない、
ということだ。

アングラという肉体は天性のものとして、
その存在の最初からそこにある筈だ。

しかし、それが最初から見出されるとは限らない。

ある人はアングラの肉体を持ちながら、
それと知らずに平凡な人生を生きているかも知れない。
そうした発見されないままに朽ちて行くアングラというものが、
世の中に実際には数多く存在しているのだ。

アングラの発見には、
その意味である種の目利きが必要なのであり、
発見されたアングラの肉体を持つ個人にも、
それを受け入れるという度量が必要とされるのだ。

僕はアングラを愛しているが、
自らはアングラの肉体を持ち合せてはいない。
芝居を始めて極早い時期に、
僕はその残酷な事実に気付いた。

それからは、
アングラの肉体を発見することを、
1つの使命のように考えるようになった。

良く誤解される方がいるが、
異形な肉体がすなわちアングラではない。
土方巽の肉体も、麿赤児の肉体も、
それが唯一無二の個性であったからこそアングラなのであって、
同じような肉体は少なからず実在しているであろうが、
それがアングラではないし、
そうした肉体を探す行為が、
アングラの目利きということではない。

加奈子の肉体を見た時、
その肉体の持つ唯一無二の二面性を、
僕はアングラと感じた。

その肉体と比較すれば、
彼女が何を考え、何のために生き、
何を生活の糧にしているか、
といった事項は、瑣末なことであって、
アングラという巨大な実体の、
曖昧な付属物、
すぐに掻き消される翳のようなものに過ぎない。

舞台上でその物体としての形が、
どのような位置を占めているか、
それが常に変わり続けているのかどうか、
そうした物こそが重要であって、
その物体が実は生きている人間であって、
色々なことを考えて行動している、
などと言うことは、
アングラの実在にとっては、
何ら意味をなすものではないのだ。

桐原君がアングラであるとは、
僕は全く思っていなかった。

その作品はせいぜいが北村想で、
それ以上のものとは思えなかった。
(これはアングラという尺度のみの評価なので、
北村想のファンの方はお怒りにはならないで頂きたい)

桐原君の肉体は貧相で、
背も低く、猫背気味に俯いていることが多かった。

小さな役で何度か舞台に立っていたが、
その小さく歪んだ肉体の印象は薄く、
客席に突き刺さるような鋭さは皆無だった。

その男気は、
むしろ作家として本領を発揮する性質のもののように、
僕には思えた。

そのため、
桐原君がそのキャスト発表で、
自分を僕の手下の怪人役にキャスティングしたことは、
僕にとっては意外なことだった。

内気な桐原君は、
演出に専念するものと思っていたからだ。

練習の最初は僕と桐原君の2人だけの場面だった。

演出家とその補佐的な役割の2人が舞台上にいて、
その2人ともそれまでにあまり大きな役を経験したことがない、
という珍妙な事態がそこに出現した。
舞台は悪の秘密結社の秘密の地下アジトで、
僕は失敗続きの手下の怪人桐原君に、
罵声を浴びせ鞭で打つ。

桐原君は送り出される先輩の藤堂さんに、
その場の演出を委ねた。

桐原君は何処から持って来たのか、
暗幕の切れ端のようなものをマント替わりにして、
それをいい感じに特撮物的に振り回しながら、
僕の口だけの「エア鞭」の攻撃に対して、
大袈裟に身悶えるような演技を、
練習の最初からホンイキでやって見せた。

「おのれ、この役立たずめ、これでもくらえ!」

僕はとても恥ずかしいこんな台詞を、
大声で叫びながら、見えない鞭を振るった。

藤堂先輩は1回の当たりを見て、
頭を抱えたようなポーズをした。
それから僕の方を向いて言った。
「石原お前、何年芝居をやってんだっけ?」

日本のアングラ(その13の続き) [フィクション]

新人公演に参加したのは7人。

僕と作・演出の桐原君、
卒業間近の人文学部の藤堂先輩と、
同じ人文学部の中根先輩。
藤堂先輩は部長を務めた中心メンバーで男性。
中根先輩は藤堂先輩の同期の女性で、
付き合っているという噂もあった

それから2年生になる田所君と三好さん。
そして、急遽出演の決まった加奈子だった。

この7人のキャストに、
オペレイターとして照明の下総さんと、
田所君達と同期だったが、
今回は役者としては参加しない日比野君が音効として加わった。

主役の事件に巻き込まれる三流大学生コンビを、
田所君と三好さんが演じ、
僕が悪の秘密結社の間抜けな首領、
その部下の怪人に桐原君。
謎の美女に中根先輩、
謎の中国人に藤堂先輩。
そして、攫われる少女は当初、
新人の三好さんがダブルキャストで演じる筈だったのだが、
加奈子の突然の参加により、
彼女が演じることになった。

謎の中国人は実は正義のヒーローで、
謎の美女は峰不二子的なポジションだ。

僕は世界征服を企む、
ショッカーみたいな秘密組織の首領で、
その割にはせこい作戦ばかりを命じて、
いつも失敗をしている。

そこに1人の少女が、
世界を滅ぼす謎の兵器の設計図を、
自分の身体に隠している、
という情報が僕の元に入る。

それをもたらしたのは謎の美女だが、
実は彼女は僕と敵対する、
謎のヒーロー組織に属する、謎の中国人にも、
同じ情報を流していた。

それで、僕は桐原君演じる僕の手下の怪人に、
少女の誘拐を命令するのだが、
その少女が攫われる現場に居合わせた、
三流大学生の三好さんは、
ひょんなことから一緒に攫われてしまうことになり、
恋人の田所君が途方に暮れていると、
そこに謎の中国人の藤堂先輩が現れて、
一緒に僕と戦うことを誓う、という流れになるのだ。

後半は僕の秘密組織のアジトでの活劇となる。

ただこの仮面ライダー(しかも2号ライダーくらいの初期の感じ)
のような世界観は、
実は企画されながら発売間近で中止となった、
ゲームソフトの世界であったことが後半で明らかになる。

一種のやらせだ。

世界を滅ぼす兵器というのは、
要するにこの世界が現実ではなく、
ゲームという虚構であることを示す爆弾で、
それが爆発する時、
虚構は消え失せ、
存在しなかったゲームを、
「想い」の力で実体化しようとしていた、
孤独な人間だけが目覚める。

僕が演じる組織の首領と、
敵対する謎の中国人は、
どちらもそのことを薄々は感じていて、
自分の存在に不安を持っており、
最後の対決の際に、
最善のエンディング、
このゲームを夢見ている、
ゲームの外にいる誰かに対して、
最善のエンディングを用意するように努力をする。

そして、
試行錯誤の末に、
最後は僕が情けなく倒されて爆発音と共に暗転し、
明かりが付くと子供部屋で1人の少女が目覚める。

枠組みとしては、
古典的な小劇場芝居のプロットだったが、
当時はまだそれほど小劇場の素材として、
取り上げられることのなかった、
ロールプレイングゲームの設定と、
特撮のヲタクネタを同時に取り入れた点が、
アングラ芝居ばかりをしていた僕には、
斬新に感じた。

劇団☆新感線は当時既に、
こうした傾向の芝居を上演していたが、
はっきりメジャーになるのは数年後のことで、
僕はまだその生の舞台に接したことはなかった。

従って、当時はこれは桐原君のオリジナルの世界だと感じたし、
読み合わせの時の不思議な雰囲気は、
今でもありありと思い出すことが出来る。

僕にとってのこの芝居は、
大袈裟に言えば僕の人生にとって、
幾つかの大きな影響を与えた。

僕が演技者として、
最初で最後の思いで必死に演技に取り組み、
そこで一定の評価を得ることが出来た、
という点。

それから、加奈子と最初で最後の、
本格的な舞台上での共演をした、という点。

そして、その1回限りの上演の舞台において、
この連載めいたものの最初に書いたように、
「日本のアングラ」を目撃したことだった。

日本のアングラ(その13) [フィクション]

戯曲というのは、小説と同じように見えて、
実際には本質的にかなり違った部分がある文学形式だ。

戯曲と言う形式の方が、
小説という形式より歴史も古く、
全ての文学の母のような存在だ。

そもそも人間の会話や心情と言ったものは、
その人物の口から発せられる言葉であるからこそ、
他人の心を揺さぶる性質のもので、
ただの会話や出来事を文字で記録しただけのものを、
他人が読むだけで良しとする「小説」などというのは、
藝術としてはある種の邪道であるようにも思える。

しかし、現在では、
上演されなければそれ自体では完成しているとは言えない戯曲より、
単独の作品として完成している小説の方が、
上に見られることが一般的なのだ。

小説と戯曲には別個の作法が存在している。

小説家が書いた戯曲は、
その多くが実際に上演してみると非常に退屈なものであることが多く、
戯曲として読む分には面白い。

本職の劇作家の書いた戯曲は、
そのまま小説のように読むと、
流れがなくて退屈で読み難いことが多く、
実際に読み合わせや立ち稽古をして、
初めてその面白さが分かる、ということが多い。

劇作家は実際の舞台をイメージして、
戯曲を書いている。
舞台の間合いや空間があるからこそ、
その言葉は生きる。
だから、その骨組である会話とト書きだけを活字で並べても、
それを読む側に舞台をイメージする力がないと、
その戯曲の良さは伝わらない。

その一方で小説家の書く戯曲は、
結局「会話だけの小説」であることが多く、
小説をその作者が書いている時と、
同じ空間しかイメージされていないので、
読む分には面白くても、
実際に舞台で上演すると、
却って当初の言葉のリズムや空気感を失ってしまうことが多い。

従って、多くの小説家が戯曲を書き、
多くの劇作家が小説を書いてはいるけれど、
その両方で傑作をものした作家は、
極めて少数しか存在していないのだ。

アングラや小劇場の戯曲というのは、
更にそうした傾向が強く、
戯曲の中でもかなり特殊な分野ということが言える。

唐先生の戯曲は役者への完全な当て書きで、
大久保鷹や李礼仙が言うことを前提にして、
その台詞は書かれている。
従って、その役者を知らなければ、
活字化された台詞を読んでも、
そのイメージは作者の意図通りには伝わらない。
ト書きには、突然大きなコウモリが現れてヒロインを浚い、
花道の上空を飛んで行く、というような、
とても上演不可能なようなことが書いてある。

しかし、実際に状況劇場の舞台を目にすれば、
そのト書き通りのことが、
観客全員のある種の共同幻想としては成立していることが分かる。

唐先生の戯曲は従って、
それを演じる個々の生身の役者と、
奇想天外な舞台装置、
そして共同幻想を共有する同時代の観客の、
その全てが揃って初めて成立するものなのだ。

戯曲にあるのはその骨組みに過ぎず、
それを読み物としての戯曲と比較して、
良いとか悪いとかと議論することは、
そもそもナンセンスなことだと言っても、
言い過ぎではないように思う。

寺山修司も同じような意味合いのことを、
「地球空洞説」の戯曲の単行本のまえがきで記している。

この戯曲集では、
実際に上演された公演の録音が、
そのまま忠実に再現されているのだが、
そのまえがきに、
ここには闇も煙幕も、
J・Aシーザーの音楽もない、
と書かれている。

これも今述べたことと同じ意味であることは、
お分かり頂けるのではないかと思う。

戯曲という形式自体を否定する、と言うあり方も、
アングラから小劇場の方法論の中では、
多く見られた考え方だ。

鈴木忠志は古典などからの引用を再構成した、
コラージュのような作品を上演した。

つかこうへいはある時期から戯曲を本にすることを止め、
口建てという古典的な手法で、
喋った言葉をその場でそのまま台詞化するという、
それまでにあまり例のない試みを始めた。

稽古場でその場で作品を作るという方法は、
一種の即興劇の手法として、
一部の小劇場の得意技の1つとなった。

僕は何度かオリジナルの戯曲を書いた。

最初に書いた戯曲は、
寺山修司の天井桟敷の芝居を、
初めて観た時の興奮がそのまま書かせたような代物で、
アングラの物真似という印象の強いものだった。
これは上演機会のないまま、
今も自宅の机の引き出しの中に埋もれている。

その次が1年前の研究会公演で、
この時は初めて役者に合わせて台詞を作る試みをした。
何となくつかこうへいみたいな気分で、
シチュエーションだけ設定して、
稽古場で芝居を作ろうと思ったのだ。
しかし、慣れないことはするものではない。
当日まで台本が完成せず、
本当にひやひやものの上演だった。
本公演ではとても許されることではない。

そして、前述のように冬公演では、
「ふくろう模様の皿」を元にしたオリジナルを書いて上演した。
これまでの3作の中では、
最もまとまった作品ではあったと思う。

ただ、僕はどうしても保守的な作風で、
元の物語があると、
それを優先して作品を書いてしまうので、
飛躍のない面白みのないものになってしまう。
出鱈目な話でも力技で形にしてしまう、
西谷の戯曲とは正反対で、
心ではアングラを強く志向していながら、
実践が伴わないというジレンマを抱えていた。

1986年の新人公演のオリジナルの台本を書いた桐原君は、
僕の1年後輩で経済学部の学生だった。
彼はアニメヲタクで、
ゲームの世界を舞台にした戯曲を書いた。
北村想にちょっと似ていたが、
アニメやゲームの知識は豊富だったので、
それとはまた違った個性があった。

しかも稽古初日にはしっかり台本は完成していて、
読み合わせがすぐに出来たのにも感心した。

内容は架空の都市で、
悪の秘密結社に攫われた少女を救い出そうと、
3流大学の学生コンビが活躍する。
仰々しい悪の秘密結社の首領や、
その部下の怪人、
謎の美女や謎の助っ人中国人などが賑々しく登場し、
途中で実はその世界は、
発売間近で頓挫したゲームであったことが分かる。
最後には実際には完成しなかったゲームを、
幻想の世界で完成させようと、
敵味方を問わずに奮闘するエンディングが待っている。

「感動でしょ」
と読み合わせの後で桐原君は、
いつものようにボソっと言った。

アングラ命の僕には、
とてもそう思えるような内容ではなかったけれど、
立場上悪いとも言えず、
ただ黙って頷いただけだった。
(次項に続く)

日本のアングラ(その12) [フィクション]

僕が最後に加奈子と共演したのは、
1986年の2月に行なわれた、
卒業生の追い出しを兼ねた新人公演でのことだった。
最初に出した画像も、
その時のものだ。

当時の劇団のシステムとしては、
春、夏、冬の年3回の本公演があり、
それ以外に秋の研究会的な公演と、
2月の新人公演があった。

本公演というのは、
一般のお客さんにチケットを売って、
幅広く来てもらう形式の公演だ。
と言っても、大学の学生劇団なので、
主体は役者の同級生などの学生になり、
OBを含めた関係者や、
劇団員の知り合いなどが混ざるのが常だった。
その一方で研究会公演と新人公演というのは、
基本的には新人のトレーニングを兼ねた、
外部からは閉じた公演だ。
研究会公演では、
翌年の主力メンバーとなる2年生が、演出を務めて、
1年生を主体とした新人キャストが、
本公演では考えられない大きな役を演じる。
新人公演も基本的には同じだが、
時期的なこともあって、
卒業する上級生がそれに加わる。

どちらの公演も、
基本的に観客も劇団員が殆どだ。
チケット代もない。

加奈子は夏の本公演でいきなりの抜擢を受けてから、
その後の秋の研究会公演には参加せず、
冬の本公演にも参加しなかった。
その裏には前述の西谷との接近があったのだ。

僕はそのまま加奈子は劇団を離れるのだと思っていた。

オリジナルの冬公演の評価も、
散々なものであったから、
僕自身も劇作や演出はもう辞めようと思っていた。

アングラ演劇は、
東京のような都市圏のみならず、
僕がいたような田舎でも、
既に過去の遺物と化していたのだ。

僕は1985年の暮に、
何となく疎遠となっていた、
2年生の主力メンバーの元を訪ね、
次回の春公演では役者としては出るけれど、
演出は君達に任せる、という意志を鮮明にした。

多分2年生が一番驚いたのは、
僕が演出を譲る、という話よりも、
次の公演に僕が出る、ということであったかも知れない。

僕は正直演技はからっきしで、
2年生の時に大きな役が来て、
それが散々な出来であったのに懲りて、
演技の才能はないとあきらめ、
自分が演出した芝居では、
自分の出番は極力小さなものにしていたからだ。

しかし、演出の道を断たれてしまったその時の気分としては、
たとえ無駄な挑戦であるにしても、
もう一度役者として舞台に立ち、
演技の努力をしてみたい、
自分の一挙手一頭足に、観客の注意を集めてみたい、
という思いに抗い難くなったのだ。

2月の新人公演は、その前哨戦とも言えた。

僕以外にその年に卒業する2人の先輩と、
1年生の有志が顔を揃え、
戯曲は1年生で冬公演にも出てくれた、
桐原君が担当して演出もしてくれた。

彼は数少ない僕の理解者だと、
その時は思っていたのだけれど、
実際には陰で結構僕の悪口を言っていて、
そうでもないことが後で分かった。
要するに、相手に合わせて態度を変えるタイプの人間だったのだ。
ただ、僕は今でも彼には感謝している。
僕が企画した公演で、
作・演出を快く引き受けてくれる劇団員は、
彼以外には考えられなかった。

そして、新人公演の参加者を決定する1月の部会に、
年末の奇妙な演技指導以来、
全く音沙汰のなかった加奈子が、
何の前触れもなく現われた。

いつもの青いダッフルコート姿で、
その物腰には何の緊張感も感じられなかった。
当然のように部会に来て、
「新人公演に参加予定の人は?」
という僕の質問に、
無言でしっかりと手を上げた。

僕のその時の気分を説明することは難しい。

加奈子の参加は勿論嬉しかった。
しかし、彼女が参加するのであれば、
僕自身の手で彼女を演出したかった。
誤解を恐れずに言えば、
僕の手のひらの上で彼女を転がしたかった。
桐原などに任せたくはなかった。

しかし、もうその最終確認の時点では、
桐原君に任せることは決定事項であったし、
加奈子の出演は想定外の事態だった。

その上、僕自身が舞台で加奈子と共演しなければならない。
僕自身は役者のみで参加の予定であったからだ。
戯曲は勿論まだ出来てはいなかったけれど、
散々偉そうなことを言っておいて、
舞台上で加奈子相手に醜態を見せる訳にはいかなかった。

そして、色々な不安を伴いながらも、
1986年の1月の下旬に、
たった2週間という短い練習期間が始まった。

今思えば、
これが加奈子と僕が同じ舞台に立った最後であり、
僕にとっては最後の「楽園」だった。

日本のアングラ(その11) [フィクション]

実は「レトロウイルス」の公演の直前に、
僕は加奈子と会った。

彼女はそのことを秘密にしてくれと言うので、
僕は下総さんにもそのことを話さなかったのだが、
実際にはその後で加奈子は下総さんとも会っていて、
僕と会ったこともその時に筒抜けであったことを、
僕は後になってから知った。

僕の下宿に夜の10時頃に電話があって、
「石原さん、わたしのこと分かります?」
という嫌な言い方だった。

僕は加奈子のことしか考えていなかったので、
すぐに加奈子の名を口にした。

僕も随分と無防備な応答をしたものだ。
仮にそれが加奈子でなかったなら、
僕は別の1人の女性の信頼を、
確実に失うことになっていたからだ。

それでいて、
加奈子から僕に電話があることなど、
僕は想像だにしていなかった。

僕が彼女の名前を告げると、
一瞬ゴクリと息を呑むような間合いがあった。
それから、
「先輩に、ちょっと演技を見てもらいたいと思って」
と、当然の依頼のようにそう言った。

「お前は僕を裏切って、
西谷とやらの劇団の芝居に出るのだから、
僕なんかに頼らずに西谷に言えばいいじゃないか」
と、口元までそうした言葉が出掛かったのだけれど、
それでも加奈子と2人だけで会える、
という機会を逃すことは耐え難かった。

それで馬鹿な僕は即答で「いいよ」と言うと、
何の条件も付けずに加奈子の依頼を受け入れたのだ。

加奈子は僕を人文学部にある、
サークル活動で使用している、
プレハブの共用スペースに呼び出した。

イスと机が無雑作に並ぶだけの味気のない空間で、
床はコンクリの打ちっ放しの、
潤いのないものだった。
以前はロッカールームに使用されていたスペースを、
ロッカーを取り除いただけで、
使用しているらしい。

冬公演の終わった直後だった筈なので、
12月の2週目くらいだったことになる。
「レトロウイルス」の公演は、
確かその1週間後くらいに、
クリスマス公演と題して行なわれた筈だ。

この項を書くに当たって、
かつての資料を探したのだが、
引っ越しの間に何処かに行ってしまったらしく、
当時のパンフレットのようなものは見付からなかった。
従って、正確ではないのだが、
ほぼその時系列で間違いはないと思う。

ともかく酷く寒い夜であったことは覚えている。
僕の下宿から大学までは歩いて10分くらいの道程だが、
アスファルトの道路は完全に凍り付いていて、
何度も滑って転びそうになった。

部屋に入る金属製のドアノブの表面にも、
薄く霜が降りていたし、
本来は透明な厚い窓ガラスは、
凍り付いて白い曇りガラスと化していた。

全てが何か無機的で金属的な印象があった。
あらゆるものから冷気が立ち上り、
うっかり触ろうものなら、
鎌鼬のように肉が削ぎ落とされそうだった。

僕はノックもせずに無雑作にドアを開いた。

と、スチールの机に向い、
ドアとは反対側を向いて腰かけていた、
青いダッフルコート姿の加奈子が、
すぐに振り返ってこちらを見た。

左側から振り向いたものだから、
僕の知らない大人の女の顔が、
不意に僕の目と合ったのでドキリとした。

彼女は他人に横顔を見せる時には、
その少女の俤の強い右側を意図的に向けるようにしていたから、
彼女にとってもそれは予定外の行動だったのだと思う。

それだけ彼女は混乱していたのだろう。

「先輩すいません。わざわざ来て頂いて」
加奈子は言った。

話を聞くと、
公演直前であるのに台詞の言い方に煮詰まっているらしい。

「オリジナルなんだろ」
「ええ」
「じゃ、その西谷だっけ、そいつに聞けばいいじゃないか」
僕の言い方は嫉妬めいた気分もあって、
何か突き放したようなものになる。
しかし、加奈子はそれを意に介する様子はなかった。

「それが先輩の演出とは違うんです。何も決めてはくれなくて、自由にやってごらん。と言うだけなんです。それで、気に入らないと、もう1回別のやり方でやってみて、と言うだけなんです。最初はそれでも、最後には決めてくれるのかな、と思ってたんですけど、もう来週が本番なのに、一向にそれまでと変わらないんです」
「ふーん。どんな台詞?」
加奈子は戯曲を取り出したりはせずに、
その場で暗唱した。

「『あたしのことを誰だと思ってるんだい。伝説の女医だよ。そのレトロウイルスが最強の細菌兵器なら、あたしは人間界最強のヒーラーさ。太宰治か何だか知らないが、あたしがお前の脳を変えてやるよ』…こんな具合なんです」
例によって抑揚のない独特の口調で、
さらっとそれだけ喋ると、
真顔で正面から僕の方を向いた。

「おやおや」
僕は丁度その時読んでいた、
村上春樹の「羊をめぐる冒険」の、
印象的な相槌の言葉を口にした。

どんな話かと思って聞いてみると、
主人公の大学生の男に、
ある日太宰治が憑依して、
所構わず目に付いた女性をくどいて
その女性と心中事件を繰り返すので、
その真相を探ろうと、
加奈子が扮する天才外科医である「伝説の女医」が、
登場する。
色々あって、
大学生の脳に寄生したウイルスが原因であることを突き止め、
外科手術で脳のウイルス寄生部位のみを除去する手術に挑むのだが、
それはかつてないほどの難手術で、
手術には成功するものの、
術中の感染で、
今度はその女医にウイルスが侵入し、
彼女にはサッチャーが憑依するのだと言う。
実はそのウイルスはアメリカが製造した生物兵器であったので、
サッチャーはアメリカ相手にその責任を追及することになる。

今思うと、矢張り西谷には才能があったのだと思う。
こんな馬鹿な話を、
2時間の戯曲に仕立てるのは、
意外に骨の折れる仕事であるからだ。
出鱈目な話を、真顔で信じるような相当のテンションが、
そこには必要になるからだ。

ただ、その時の僕の気分としては、
医学知識がない癖に、
脳外科手術や伝説の女医みたいな趣向を、
平気で作品化する態度に腹が立ったし、
太宰を入れて文学臭を出したり、
サッチャーを入れて社会派を気取るような、
安っぽいインテリ気取りにも腹が立った。
そもそも、ウイルスを細菌兵器と称している点で、
既に間違っているのだ。

加奈子が出なかった冬公演は僕のオリジナルだった。
加奈子は僕の戯曲と西谷の戯曲の、
どちらが優れていると思っているのだろうか?

僕はしかし、
咽喉元まで出掛かったその質問を、
実際にはすることはなかった。

僕の戯曲が否定されることを、
薄々は感じていたので、
それだけは避けたかったのだ。

僕は加奈子が僕の才能に信頼を置いているという、
気弱な幻想に縋っていた。

「この間の黒蜥蜴みたいなテンションでいいのじゃないかな」
「でも、この人は女医なんですよ。女賊の女王様タッチじゃ、まずいのじゃないかしら」
更に難しいのは、
後半では鉄の女サッチャーに変身するので、
それが分かるように差を付けなければいけないのだが、
両方とも同じ「気の強いキャラ」なので、
その差が付け辛いのだ。

僕はその瞬間に察するものがあった。

加奈子は「大人の女」を出そうとしている。
旦那を尻に敷く大人の女のサッチャーを、
自分の「左半分」で演じようとしているのではないか、
という推測だ。

方針が決まるとそこからは早かった。

少女が自分を高く見せる時の、
ある種の虚勢を張る感じとして、
前半の女医のパートを処理し、
後半のサッチャーは大人の女の、
上から全てを見下すような感じで処理をした。

何度も加奈子に台詞を言ってもらい、
その抑揚のみならず、
顔の傾け方や表情について、
何度も試行錯誤を繰り返した。

気が付くともう鳥の声が聞こえ、
夜明けに特有の、あの胸騒ぎのするような感じが、
底冷えのする張り詰めた空気の中に漂っていた。

「先輩ありがとうございます。何となく道筋が付いた気がします」
加奈子は他人行儀にそう言った。
そんなことが聞きたい訳ではなかった。
加奈子という稀有のアングラ女優と、
僕が藝術を通して何かを共有しているという、
その証が欲しかったのだ。
せめて、
「石原さんじゃないと、わたしの演出は無理ですね」
くらいのことは言って欲しかった。
結果として彼女は僕の演出ではなく、
「好きなようにやって」という様式の、
西谷の演出を選んだのだから。
そのことに対しての言い訳すら、
何1つなかったのだ。

そうした形で、
何の色気もなく僕と加奈子は一夜を共に過ごした。

その芝居の実際の加奈子の演技については、
気にはなったが結局観には行かなかった。

下総さんから酒を飲みながら話を聞き、
それほど関心のないような風を装いながら、
結局は途中から食い付きを見せ、
最後は結構荒れてしまった。

その流れの中で、
加奈子がその夜のことを、
下総さんに面白おかしく話していることを知った。

聞いた瞬間は、
本当に「おやおや」という感想しかなかった。

女の「秘密」というのは、
結局その程度のもののようだった。

日本のアングラ(その10) [フィクション]

1986年に大学の劇団の新人公演があり、
その時に僕と加奈子は最後の共演をした。

「アポトーシス2007」が旗揚げする1年前のことだ。

加奈子は1985年の夏の公演に参加したものの、
同年の冬公演には参加せず、
その代わりに同じ人文学部の西谷の演劇に協力した。

加奈子ばかりではなく、
夏の僕の独善的な演出や劇団運営のために、
多くの劇団員が冬公演には参加しなかった。

今であれば、僕の何が悪かったかは分かる。

しかし、当時は何も分からぬままに、
ただただ次の公演を実現することで必死だった。

照明担当の下総さんは、
そんな僕にも付いてきてくれた数少ない先輩だった。

誰も僕に付いて来てくれないのであれば、
真面目に1人芝居をすることさえ考えた。
加藤健一が演じた「審判」を、
半分くらいまで台詞を覚えたりもした。

1人芝居であっても、
音効や照明のスタッフは最低限必要だ。

僕の心がそれでも折れなかったのは、
下総さんがその時に、
「石原の芝居にボクは次も協力するよ」
と言ってくれたからなのだ。

結果として、1年生主体のキャストで、
あまりレベルの高い作品にはならなかったけれど、
冬公演はどうにか上演には漕ぎ着けた。

作品はオリジナルを僕が書いた。
それは、僕が初めて書いた創作めいたものだった。

内容はアラン・ガーナーの「ふくろう模様の皿」をモチーフにしたものだ。
これは僕の隠し玉的な本で、
小学校のときからの愛読書だった。

大学生の3人があるとき、
実は互いに幼馴染であったことに気付く。
女性が1人に男性が2人だ。
3人は同じ学生劇団の劇団員で、
女性と男性の1人とは付き合っている。
もう1人は超然とした雰囲気の謎めいた男で、
「女性恐怖症」を自称している。
芝居は男の1人が書き、
自分で演出して付き合っている彼女を主役にする。
ありがちな公私混同のスタイルだ。
もう1人の男は脇役で加わり、
見事な演技を見せると共に、
センスのある舞台装置を作ったり、
素敵な劇中歌を作曲したりする。
つまり、この謎めいた男の方が、
明らかに他の2人より才能豊かだ。
それなのに、控え目なポジションを自らで選んでいるのだ。

その3人の関係が、
互いに幼馴染であったことが分かった時点で、
微妙に揺らぎ始める。

謎めいた雰囲気の男は、
その土地では忌避される出自を持っている。
それが分かった時点でもう1人の男は、
彼を劇団から追い出そうとするが、
女はむしろ謎めいた男に惹かれるようになる。
そして、女は黒づくめの謎の女に出会った日から、
淫乱な性格に変貌し、
男とも別れて劇団を去り、
謎めいた男を誘惑するようになるのだ。

原作は身分差別と悪魔憑きの話なのだが、
そこから超自然的要素をなるべく廃して、
少女は悪魔に憑かれるのではなく、
カルト宗教に入信するようにした。

麻原彰晃の「超能力『秘密の開発法』」が出版されたのが、
同じ1986年。
時代は何となくそうした方向に向かい始めていた。

こうして今考えると、
悪くない作品のようにも思えるけれど、
3人しかキャストがいない中での苦肉の策だった。
謎の女は男の1人がダブルキャストで演じた。

お分かりのように、
登場する女は加奈子のことで、
彼女が僕の元を去り、
西谷の劇団を手伝っていることを、
揶揄するような内容に取れないこともない。

女の役は加奈子と同じ学年の1年生だったが、
その演技は素人レベルで、
とても加奈子と比べられるようなものではなかった。

公演は4日間で、
その2日目に加奈子が客席にいた。

上演が終わると、
OBなど関係者や希望者はその場に残り、
ちょっとした反省会が行われる。

加奈子の隣に変に親密そうなギョロ目の男がいて、
その時には分からなかったが、
それが西谷だった。

感想を求められた加奈子は、
ためらいがちにゆっくりと顔を上げ、
「作者の思いがしっかりと客席に届くような作品に、
なっていなかったのがちょっと残念でした」
という意味のことを、
台詞のような口調で話した。

1年生の立場でいて、
そんな偉そうな感想を言う劇団員は普通はいない。

何となく白々とした気分がその場に流れ、
そうした気まずい空気のままに、
その場はお開きとなった。

それからほどなく、
「レトロウイルス」という、
西谷博が立ち上げた人文学部の劇団の公演があり、
そこには加奈子も参加した。

僕は公演には行かなかったが、
見に行った下総さんは、
自分の下宿で僕と飲みながら、
「うん。やっぱり加奈ちゃんはいい女優だよね」
と語り始め、
「戯曲はさあ、ゴタゴタして整理不充分の感じなんだけどね。
でも、石原の戯曲より、センスは感じたな」
と、敢えて僕を挑発するような言い方をした。

下総さんは時々意図的に、
相手を怒らせて本音を引き出すようなテクニックを使う。

僕も馬鹿なのですぐにカッとして、
「そりゃ、加奈子が出てくれれば、
今度の公演だって数倍はいい作品になったさ」
と言うと、
下総さんはしてやったり、というような顔をして、
「どうかな。多分西谷という主催の1年生と、
加奈ちゃんはデキてると思うよ。
そういう芝居だったんだもん」
と言い放った。

後から考えれば、それは事実だったのだと思う。

しかし、その時はどうしても認めることが出来なかった。

僕と加奈子を強く結び付けていたもの、
それは何と言うのか、
真に藝術的な何かであって、
僕が彼女の中に眠っていた、
もう1つの彼女のようなものを、
初めて彼女が表現可能なものとして、
実体化したのだと信じていたからだ。

僕は彼女の中にある、その何かを調教した。
1つの公演の練習期間だけで、
まだ不十分ではあったけれど、
それが僕以外の誰かに可能であるとは思えなかった。

しかし、
今にして思えばいとも簡単に、
西谷は加奈子の中にある「闇」を調教したのだ。

それが要するに、
「日本のアングラ」の正体であったのかも知れない。

日本のアングラ(その9) [フィクション]

アングラ女優とは何か、
というのは答えるのが難しい問いだ。

アングラ演劇自体が種々雑多な集合体であるのと同様に、
そこで活躍する舞台の華である主演女優も、
単一な存在ではないからだ。

しかし、僕は何度も、加奈子は稀代のアングラ女優だ、
という表現を用いたのだから、
そのことの責任は取らなければいけない。

「アポトーシス2007」における加奈子の演技はどのようなもので、
そのどのような点が、
僕が彼女を希代のアングラ女優と呼ぶ根拠であったのかを、
ここでつまびらかにしておきたいと思う。

アングラ四天王と言えば、
唐先生の状況劇場、
寺山修司の天井桟敷、
鈴木忠志の早稲田小劇場、
そして69/71黒色テント、ということになるのだけれど、
それぞれに劇団を代表する女優がいて、
その魅力が劇団の魅力の少なからぬ部分を占めていた。

状況劇場のヒロインは勿論李礼仙で、
今では大鶴義丹の母親と言う方が分かりが早いかも知れない。
彼女の演技は独特の強靭でハスキーな声と、
女豹のような肢体がその特徴で、
自由度の高い演技でテントの舞台を駆け廻り、
水や血などを散々に浴びても、
揺らぐことはなかった。

李礼仙の凛とした立ち姿と、
柄の悪い男装の麗人めいた雰囲気、
水や泥に塗れ、血を流し流され、
大久保鷹や麿赤児を始めとする怪優達と、
斬った張ったを繰り返すその艶姿は、
アングラ女優の1つの典型として、
当時の演劇人の憧れの的であったことは間違いがない。

多くの「小李礼仙」が当時は沢山生まれ、
今でも唐先生の芝居を上演している劇団の、
主役女優の台詞廻しには、
「李礼仙節」が残っている。
しかし、李礼仙的な芝居は現実にはもう滅んでいるのだ。
そんなものを今の小劇場の舞台で披露すれば、
観客の失笑を買うのが関の山だ。

寺山修司の天井桟敷には、
新高恵子というヒロインがいて、
それ以外に何人かの畸形の演技を得意とする女優がいた。

新高恵子は元ピンク映画のスターで、
如何にも寺山好みの容姿の女神だ。
天井桟敷の中期以降の公演では、
彼女はSMの女王様的な演技を披露した。
その李礼仙とはまた別種の声帯のハスキーな声は、
天井桟敷の芝居になくてはならない音響だった。

彼女は朗読が上手く、
天井桟敷のラストに付き物の、
劇全体を俯瞰するような長台詞は、
彼女ならではのものだった。

しかし、アングラ女優としての彼女は、
あまり特別な技量を持っていた、と言う訳ではない。

何人かの畸形の肉体演技を得意とした女優の方が、
アングラ女優というスタンスでは代表かも知れない。

こうした演技は、
寺山芝居を継承すると称する劇団や、
アングラ的な肉体演技を取りいれている、
一部の劇団において現在でも見ることが出来るが、
そのレベルは稚拙で、
かつて肉体の求道者のような輝きは、
全く見ることが出来ない。

黒色テントのヒロインは新井純で、
彼女は器用な役者で歌も演技も上手く、
男役も女役も演じることが出来た。
そのしっとりとした情感は、
ブレヒトの歌芝居のような黒色テントの舞台の中で、
仄かに特別のスポットが当たる感じがあった。

僕が明瞭に覚えているのは、
佐藤信の傑作「阿部定の犬」の中で、
新井純扮する阿部定が、
斉藤晴彦扮する謎の街頭写真師を、
愛人の切り取ったペニスが変貌した拳銃で、
撃ち殺す時の艶姿で、
性と権力と革命とが一体となったその象徴的な姿は、
とても並みのまともな女優に演じられるものではなく、
極めてまっとうそうで、
新劇の舞台で杉村春子と一緒に芝居をしても、
全く違和感がなさそうな芸質でありながら、
彼女こそがアングラだと、
心底思えた瞬間だった。

早稲田小劇場のヒロインと言えば、
アングラ女優の名をほしいままにした白石加代子で、
そのとても主演女優というイメージからは程遠い、
ずんぐりむっくりとした容姿と、
そこからは想像も付かないような、
尋常ならざる集中力、
その畸形的な肉体の凄味と、
殆ど口を開けずに、
弾丸のように発せられる鋭い声の迫力は、
彼女こそアングラ女優と、
観る者を即座に納得させるような説得力があった。

この鈴木忠志が考案したと思われる、
独特の発声法と、
身体の多くの部分を、
殆ど空間的には動かすことなく、
全身に力を漲らせる身体演技は、
間違いなく1つのアングラ演技の典型として、
その後の演劇界に少なからぬ影響を与えた。

しかし、稀代のアングラ女優白石加代子は、
鈴木忠志の元を去った後には、
そのアングラ演技の輝きの全てを捨て、
極めてノーマルで、
「アングラ的には」退屈な、
1人の等身大の女優になった。

1980年代における山崎哲率いる「転位21」は、
別役実と唐先生をミックスした劇世界を、
鈴木忠志の演出理論で舞台化するという、
アングラパッチワークのような芝居で、
アングラ低迷期のこの時代において、
マニアの渇望を満たす存在であった。

ただ、男優では藤井びんと木之内頼仁が、
鈴木忠志的な肉体演技を具現していたが、
女優ではあまりそうした技量を持つ役者がおらず、
ヒロインを多く務めた栗山みちは、
甲高い天性の個性的な声で、
叩き付けるように棒読みの台詞を喋るという、
孤高のアングラヒロインだった。

つまり、アングラ女優の条件は、
何物にも染まらない個性を持ち、
周囲に埋もれない強靭な声と、
アングラ芝居の怪優達の狂騒的な芝居の中でも、
観客の注視を吸引し続ける畸形の肉体を持っている、
というところにあるのだ。

それでは、加奈子はどうだったのか。

彼女は若き日の新高恵子や高橋ひとみを抜擢した時の、
寺山修司好みの「少女」の容姿を持っていた。
その立ち姿は女王様として舞台の天辺に立った、
新高恵子を彷彿とさせ、
周囲で何があっても、
微動だにしない強さを持っていた。
台詞や段取りを忘れることは皆無ではなかったが、
そうしたことがあっても、
台詞を言い直すようなことは、
絶対にしなかった。

声は決して強くはなく、
声量もさほどなかった。
しかし、その声は口を殆ど開かない発声法で、
鋭く遠くまで届いて、
他の役者の声と混ざり合うことはなかった。
あそこまで人工的な響きではなかったが、
その声は栗山みちにちょっと似ていた。

何度も書いたその肉体の特徴は、
彼女の最大の武器で、
それはある種の業のように、
彼女の心身を苛むものでもあった。

彼女はそれを最大限に利用した。

観客は微妙な体の傾け方の違いで、
別人のように変貌する彼女の姿に驚いた。
それだけではなく、
台詞を喋っている少女が、
内なる母親に操られ、
「女」に変貌する瞬間や、
母の肉体に少女が宿り、
1つの肉体の中で、
2つの異なる魂が、
葛藤し争うという心理的な世界が、
実際に肉体の変化として、
加奈子の姿の中で具現化されることを目撃した。

僕は加奈子を演出した時、
彼女の肉体の秘密を、
殊更に舞台に使用しようとはしなかった。
そのことについて、
加奈子と話をすることもしなかった。

それは何と言うのか、
彼女の心の中の、
極めて繊細でプライベートな部分に、
触れることのような気がしたからだ。

しかし、僕の後で加奈子を演出した西谷は、
最初からバシバシと加奈子の肉体を武器として使用した。

旗揚げ公演では仮面の畸形の少女は、
仮面を外すことで凄みのある「女」に変貌した。

続く第2回公演の、
「崩壊への序章その2ー地下世界からの呼び声」では、
地下の暗黒世界の女王となった加奈子は、
その体内に出現した怪物に次第にその心身を侵され、
観客の目の前で、
何のギミックもなしに、
肉体演技のみでその怪物への変化を表現した。

1988年の第3回公演、
「崩壊への序章完結編ー闇の復権」では、
半身を怪物に侵された闇の女王を表現するため、
加奈子は自分の半身をドーランで青く塗った。
通常はただの色物になるので、
こうした演出を役者は好まない。
しかし、それは実際はギミックに演技が負けるのが怖いことの、
裏返しでもあるのだ。
加奈子は演出の無理押しを平然と受け止め、
それを堂々と演技で押し返した。

しかし、そうした自分の身を切るような演技の中で、
彼女は徐徐にその精神の均衡を乱していたのだ。

そのことに僕は、
本当に手遅れになってから漸く気付いた。

日本のアングラ(その8の続き) [フィクション]

1987年がどのような時代であったのか、
僕も今では良く分からない。

しかし、この旗揚げ公演では大量の偽物紙幣が登場し、
それが切り刻まれたり燃やされたりした。
また、擬似的な飛び降り行為のような肉体演技が、
幾度も繰り返された。

そうした断片的な情景を、
他のどのような時代の記憶よりも鮮明に、
僕は1987年の出来事として記憶している。

「アポトーシス2007」の旗揚げ公演、
「崩壊への序章その1」は、
まず主催の西谷博が、
観客の群れに襲われて、
赤い煙となって消え失せるという、
極めてアングラ的で印象的な場面から始まる。

それは人間を人形にすり替え、
それを引き千切るというパフォーマンスに過ぎないものだったけれど、
そこに挟まれた完全暗転が、
マジック・リアリズムを現実のものとしたのだ。

闇の中で煙幕の匂いが鼻を突き、
音楽が高まる。

そして、再びスポットが点くと、
今度は1人の黒いワンピース姿の少女が立っている。

それが「アポトーシス2007」の舞台に初登場した、
加奈子の姿だった。

ゴスロリなどの言葉は、
まだこの時代には存在していなかった。

しかし、その元になったような怪奇映画は、
マニアには知られていたから、
そうしたイメージからの引用であることは、
僕にはすぐに分かった。
Z級ホラーフィルムの「グーリーズ」に出て来る、
美少女の悪魔のように、
彼女は挑発的にそこに立っていた。

少女は顔の左側を白いマスクで覆っていて、
それを見た瞬間に、
僕は西谷が加奈子の秘密に気付いたことを知った。

勿論、秘密というほどのことではない、
彼女の姿をよくよく見れば、
誰にでも分かる肉体的な特徴に過ぎないものだったのだけれど、
それでも僕と加奈子が共有していた数少ない事項の1つを、
西谷に簡単に盗まれたように感じて、
心穏やかではなかった。

加奈子はその「母」の部分を仮面に隠し、
「少女」のみの姿でそこに立っていた。

辺りを見回し、
それから人差し指を唇に立てて、
「しーっ」というポーズをする。

それから囁くように、
「知ってるのよ。もう終わりだってこと」
と小声で話しを始める。
「全ての遺伝子を調べたの。カスミちゃんの実験室で。
それでタカシとわたしが、
同じ日に死ぬことが分かったの。
その瞬間にわたしの心のナイフが実体化して、
白い刃が脳を切り裂いてこの顔から出て来たわ。
わたしはタカシの運命を変えるために、
このナイフでこの世界の全てを切り裂いてやる」

今でもこの台詞の全てを覚えているのが、
不思議なことに思える。

稚拙な台詞だ。
しかし、何か魅力的にも思える。

その少女の名はマナと言って、
マナは「孤島」の住人だ。
孤島は古くから「本土」とは別の風習を持っている。

「本土」の一部のように見做されているが、
実はそうではない。

「孤島」の少年少女は極めて美形で、
しかも「本土」の人間とは異なる骨格をしているので、
アイドルやタレントとして、
必ず「本土」の人気者になる。

しかし、そうして稼いだ芸能人としての少年少女の収入は、
その多くが「孤島」に還流するような仕組みが出来ている。

つまり、その芸能収入が、
独立国としての「孤島」の経済を支えているのだ。

それでは何故美形の少年少女ばかりが生まれて来るのか?

それは一種の遺伝子工学や不妊治療の賜物で、
そうした科学が遺伝子の構造を明らかにする、
数百年は前から、
「孤島」ではその人間の形質を、
先祖代々まで遡り、
それを正確に数学的に掛け合わせることによって、
特定の形質、すなわちアイドルとして成功する容姿を、
科学的に作り出して来たのだ。

全ての形質が明らかになるということは、
その人間の寿命や病気なども、
ほぼ全てが明らかになることを示している。
通常の人間の健康上の運命は、
遺伝的な素因と環境要因とのミックスであるけれど、
「孤島」においては、
全ての環境要因は、
強制的に「グル」によってコントロールされるので、
それも偶然では既にない。

主人公のマナはアイドルとして「孤島」に生を受けたが、
「グル」によって定められた運命では、
最愛の男であるタカシと、
同じ日に死ぬことを知らされ、
自分より長くタカシを生かすために、
「グル」に反逆して、自分の右の顔を傷付ける。

そして、顔の半分を隠したアングラ仮面アイドルとして、
バブルに狂奔する本土に現れ、
地下帝国を築くのだ。

最初に消滅させられた西谷こそ「グル」で、
マナの復讐は一見成功したかに思えるのだが、
彼女の脳から次々とナイフが湧き出して来て、
彼女は「本土」の地上の権力と、
不毛な戦いを続けざるを得なくなる。

その戦いは舞台では、
擬似的な飛び降り行為のような肉体演技と、
名指した観客への挑発、
そして観客の人形化と消滅の繰り返しで表現される。

クライマックスではブラックホールと化したマナの仮面の下から、
赤い煙が湧き出し、
それが会場を覆い尽くして、
狂騒的な混乱の中完全暗転で幕が下りた。

僕は西谷にも加奈子にも会うつもりはなかった。

初日祝いの日本酒を1本に、
自分の名前だけは書いて受付には残したが、
キャストに面会を求めることもなくその場を後にした。

終電前ギリギリくらいの小田急線に乗って、
新宿で乗り換え、
深夜の特急で地方に戻った。

頭の中にはたった今観た芝居の強烈な印象と、
それにも増して、
僕と練習をしていた時とはまるで違う、
完全に西谷の色に染め上げられた、
見事なアングラ女優と化した加奈子の姿があった。

日本のアングラ(その8) [フィクション]

先日一面識もない演劇マニアからメールが来て、
今は誰も触れることのない「アポトーシス2007」という劇団を、
自分は20代の頃に下北沢の駅前劇場で観て、
ちょっと言葉も失うような感銘を受け、
演劇の魅力に惹き込まれる原動力になったのだけれど、
あの劇団の芝居の魅力を、
誰ひとり記録している人がいないので、
是非僕にその内容を記事にして欲しい、
というような内容だった。

正直を言えば、
「お前が書け!」と言いたいくらいだったが、
それも大人気ないと思い、
差し障りのない文面でお茶を濁した。

僕は確かに「アポトーシス2007」のことを、
他の誰よりも深く知っている。
それは劇団の内幕を知っている、
というような意味ではなく、
上演された演劇としての、
その真価を誰よりも良く知っている、という意味だ。

「アポトーシス2007」が、
1980年代後半から1990年代前半にかけての時期の、
おそらく唯一無二の本格的なアングラ演劇であった、
という事実が、
今ではもう完全に忘れ去られているのは、
個人的には非常に残念に思う。

ただ、これまでの記事を読んで頂いた方にはお分かりのように、
僕と「アポトーシス2007」主催の西谷博との間には、
ちょっとした因縁のようなものがあるので、
他の誰かがそのことを語ってくれるのであれば、
僕は手を引きたいのが正直なところなのだ。

しかし、ネットなどで検索をしても、
「アポトーシス2007」のことなど、
全くないもののように扱われている。

ネットの情報のみを真実と信じているような、
今時の演劇マニアであれば、
そんな劇団は存在しないと思われても、
仕方がないような有様だ。

主催の西谷博自身、
前述のように最近になって、
僕は彼の今の仕事を知ったのだけれど、
もうかつての劇団の話などは、
全くしようとはしないのだ。

それで僕は宗旨替えをして、
演劇マニアのメールに答えてみることにした。

記憶の闇の彼方から、
「アポトーシス2007」の舞台を召喚したいと思う。

西谷博が東京で「アポトーシス2007」を旗揚げしたのは、
1987年の7月のことだ。

彼は僕と同じ大学の人文学部の2年生で、
加奈子よりは1年先輩で僕よりは1年後輩ということになる。
旗揚げメンバーの多くは同じ人文学部の学生だったが、
その後東京で募集をして、
旗揚げ公演の後には複数のセミプロの役者を含む団員が参加した。

旗揚げ公演は下北沢の駅前劇場で上演された。

演劇の町としての下北沢の興隆は、
1981年のザ・スズナリの開場に始まり、
それが本格的になるのは、
1982年の本多劇場の開場である。

駅前劇場は本多劇場の開場から1年後の、
1983年にその歴史が始まっている。

この1980年代の前半から半ばに掛けての時期は、
アングラ演劇がほぼ終焉した時代である。

1982年に寺山修司が死去し、
その数年前から地方に軸足を移していた、
早稲田小劇場は、
1984年にSCOTと改名して、
本格的な地方メセナ的な集団となる。

バブルの時期には藝術が商品として地方行政に買われた。
アングラ演劇の大家であっても、
目端の利く者はその売買契約で余生の安寧を確保したのだ。

これもアングラ演劇の、
1つの死の在り方だった。

1986年にはもう長く踊ってはいなかった、
アングラの始祖の1人たる土方巽が死去した。
同年に一部に根強いファンを持つテント劇団の究竟頂も解散。
翌1987年には唐先生の状況劇場も解散した。

しかし、演劇ファンはアングラの死の匂いには鈍感だった。

時はバブルに至り、
アングラ演劇は「小劇場」と装いを変えて、
夢の遊眠社と第三舞台を頂点とした、
高度資本主義社会に寄り添うような、
「優しい」演劇を志向した。

1987年は村上春樹の「ノルウェイの森」がベストセラーになり、
本多劇場では第三舞台の「モダン・ホラー」(初演はスズナリ)や、
プロジェクト・ナビの「想稿・銀河鉄道の夜」が上演された。
夢の遊眠社は青山劇場で「明るい冒険」を上演し、
イギリスで「野獣降臨」のツアーを行なった。

つまりは、こうした時代だった。

アングラの様式は、
若者をたぶらかす1つの商品としての価値は持っていたので、
流山寺事務所や転位21のような劇団は、
その残滓を作品に反映させてはいたけれど、
その活動も1987年の頃には、
かなり停滞した印象があった。

この時代にアングラはほぼなかったのだ。

西谷博が何故ああした舞台を志向したのか、
直接僕は聞いたことはないし、
聞きたいと思ったこともない。

1つのきっかけは僕が演出した寺山修司の舞台を見たことだ、
と人文学部に在籍していた、
西谷と交流のあった劇団員が話していたことがある。

僕にはその真偽は分からない。

ただ、地方においてはままだアングラ演劇は、
マニアにとっては小劇場演劇の主流であるかのように思われていて、
そうした地方の風土が、
西谷に影響を与えたこと自体は事実だと思う。

彼は生粋の地方出身で、
所謂バブル期の渋谷を中心とした若者文化の洗礼は、
全く受けていなかったのだ。

「アポトーシス2007」の旗揚げ公演は、
「崩壊への序章その1」という謎めいた題名で、
7月の月曜日から水曜日の、
3日間のみ行われた。

これは劇場の借り賃の問題と、
たまたまその3日間のみ、
劇場が使用可能だった、という即物的な理由による。
何故全く無名の劇団の旗揚げ公演が、
こうした小さくてもメジャーな劇場で行われたのかについては、
後に述べるが、
仕掛け人的なある人物の力が大きく関わっている。

3日とも午後7時開演の予定であったが、
初日は3時間押しの午後10時開演という、
滅茶苦茶な事態になった。

これは劇場公演に慣れない劇団で、
ありがちなことだけれど、
本来は少なくとも前日には小屋入りをして、
仕込みや各種のチェックを行なう必要があるところを、
金も時間もないからと、
当日の午後からの準備で、
何とかなると高を括った甘い判断が招いた結果だった。

それでもよく上演に漕ぎ着けたものだと、
当時は感心した覚えがある。

僕は元々夜行の特急で帰る予定であったので、
少しくらい遅くなっても問題はなかったのだが、
さすがに11時を廻ると動揺した。

観客は当初50人くらいが受付をしたのだが、
時間が遅くなるに連れて客は減り、
最終的には20名ほどでの観劇になった。

あの劇場は行かれた方はお分かりのように、
非常に間口の広い構造をしている。

開場になって客席に入ると、
地明かりに照らされた舞台には、
何も装置らしきものはなく、
客席も舞台も同じ一平面で、
同じにように明かりが暗く当たっているだけである。
開場の際に折り畳みの椅子を手渡されるので、
それを好きな場所に置いて、
そこを客席代わりにする。

すると、
客が場所を決めて座った瞬間に、
そこにスポットライトが当たる。

本当は全ての客にスポットを当てたかったのだろうが、
スポットの数には限りがあるので、
結果としては何人かの客のみに、
そうしたサービス(?)が振舞われることになる。

観客がほぼ入場し終わると、
西谷博自身が椅子を持って、
同じように会場の不特定の場所に椅子を置き、
観劇の注意事項などを話し始める。

僕はこれまで西谷博の人となりを、
説明したことはなかった。
西谷は小柄で猪頚でずんぐりした男だ。
いつも丸坊主だが、
ギョロリとした大きな目が特徴で、
今山のように本を書いている、
佐藤優という人の目付きに似ている。

演劇をやっているとは思えないようにボソボソと喋るのだが、
何か矢張り常人とは違う、
得体の知れなさのようなものは確かにあって、
別にそれは訓練されたものではないので、
僕はその点にだけは嫉妬のようなものを、
西谷に感じざるを得ない。

僕には欠片もないカリスマ性というものを、
確かに西谷は持っていたのだ。

西谷は前説の後で、
今日は私も一緒に舞台を見たい、と言って、
椅子に座る、
と、その瞬間に会場は完全な闇に包まれる。

そして、その数秒後にもう一度明かりが点くと、
スポットに照らされた西谷の椅子には、
本人ではなく出来の悪いグロテスクな人形が腰を下ろしている、

すると、会場のあちこちの椅子から、
客を装って座っていた役者が一斉に立ち上がり、
西谷の人形に襲い掛かると、
それがズタズタに引き裂かれて中から赤い煙が立ち上がり、
煙が場内に一気に広がって、
プログレめいた音楽が高まり
(後で実際ELPが使われていることを知った)、
会場は再び真の闇に包まれる。

僕はこれが完全暗転であるのかどうかが知りたくて、
暗転の直後に周囲を注意深く見回したが、
オペ室から漏れる明かりを含めて、
全ての光は消されていた。

僕は背筋を正した。
1982年に寺山修司が死去してから、
プロの舞台で初めて完全暗転が実現した瞬間に、
胸が熱くなる思いがしたからだ。

そして、今も脳裏に鮮やかに蘇る、
奇跡的なアングラ芝居の1時間が始まった。
(続く)

日本のアングラ(その7) [フィクション]

加奈子はその年の冬公演には参加しなかった。

僕の強引な劇団運営が、
多くの劇団員の不興を買っていたので、
劇団員が減ることは想定内ではあった。

しかし、
加奈子はそうした劇団内の人間関係の網からは、
無関係の位置にあったと思っていたし、
僕の意思が加奈子の肉体の演劇的主体となることに、
彼女自身もある種の満足を感じていると思っていたので、
彼女の離反はショックだった。

表面的な理由は、
彼女は女子寮に入っていて、
秋には寮祭などもあり、
練習に参加することが難しいから、
というものだった。

しかし、その理由は嘘ではないものの、
全くの真実でもなかったことがほどなく分かった。

人文学部が独自に劇団「レトロウイルス」を結成し、
その年の冬、
つまり僕達の公演から間もない時期に予定された旗揚げ公演に、
加奈子が参加することが明らかになったからだ。

加奈子はその公演には頼まれて参加しただけで、
正式に座員となった訳ではなかった。

しかし、その後も「レトロウイルス」と加奈子との関係は続き、
翌年の春の、
卒業生の追い出しを兼ねた新人公演を最後に、
僕のいた学生劇団からは完全に離れることになったのだ。

その「レトロウイルス」の主催者が、
西谷博(仮名)だった。

西谷博のことを考えると、
今も不穏な気分が僕を苛む。

彼が今何処で何をしているのかは知らないが、
成功しているのだとすれば、
腹立たしくてならないし、
逆に尾羽打ち枯らして喘いでいるのだとすれば、
それはそれで、
単純にざまあみろ、という気分にはなれず、
何やらもやもやした澱のようなものだけが、
僕の心に溜まってゆく。

いや、僕は今嘘を吐いた。

本当は今西谷が何をしているのかを知っているのだ。

彼はしばらく東京で劇団に関わった後で、
舞台大道具製作の会社を立ち上げ、
それなりの成功を収めている。

僕がそれを知ったのは最近のことで、
ある中堅どころの劇団が、
初めての本多劇場での公演をした際に足を運び、
パンフレットの記載で大道具製作として、
西谷博の名前を見付けたのだ。

会社名は「チカラ組」と言うのだが、
カッコして自分の名前を載せている。
この自己顕示欲の強さから言って、
同姓同名の別人ではなく、
彼本人であることを確信した。

それからネットでその会社を検索した。
簡単なプロフィールのようなものしか見付からなかったが、
それでも西谷博本人が、
代表して立ち上げた会社であることは確認された。

これはあの男が望んでいた成功だろうか?

僕にはよく分からなかった。

大学時代に地方で作った劇団が、
意外に幅広い注目を集め、
地方局ばかりでなく、
深夜の情報バラエティではあったけれど、
全国ネットでも紹介された。

その余勢を駆って、在学中に東京で新劇団を旗揚げした。
1987年のことだ。
劇団名は「アポトーシス2007」と言う。

レトロウイルスと言い、アポトーシスと言い、
劇団名だけでも気分が悪くなる。
アポトーシスとはプログラムされた細胞死のことで、
20年後の2007年にその活動を終えることを、
予めプログラムされての劇団の船出なのだと言う。

理系の僕からすると、
わざわざ大して詳しくもない科学用語を持ち出して、
如何にも高尚だとでも言うような態度が、
それだけで虫唾が走るような思いがする。

西谷博は同じく人文学部に在学中の、
6人の学生と一緒に「アポトーシス2007」を旗揚げした。

その中には加奈子もいた。

そうだ。
僕がここまで西谷のことを悪し様に言うのは、
要するに加奈子が僕の元を離れて、
西谷のことを崇拝し、
彼と一緒に演劇をする道を選んだことに、
子供じみた嫉妬と憎悪とを抱いているからだ。

しかし、それでは加奈子は僕の所有物だったのだろうか?

勿論そんな訳はない。

僕と加奈子との繋がりは、
彼女が稀代のアングラ女優であって、
そのアングラという一点で、
僕と彼女が同じ藝術の一点を目指し、
彼女の肉体に潜む何かを、
僕が活性化させたと信じていたからだ。

その意味で僕にとっての加奈子は、
人間ではなく、
アングラの意思に奉仕する肉体であって、
だからこそ僕は「所有物」という表現を、
彼女に対して使ってしまったのかも知れない。

それが間違いだったのだろうか?

僕が彼女を人間として見ていなかった、ということが。

西谷が加奈子をどのように見ていたのか、
僕には分からない。

しかし、加奈子は「アポトーシス2007」の看板女優として、
数年間はその力量を存分に示し、
僕は常に羨望と嫉妬とを持って、
納得のいかない演出と作品には苛立ちながら、
その舞台には足を運び続けた。

そして、2007年を待つことなく、
1995年には劇団は解散し、
彼女の姿は演劇の世界からかき消すようにいなくなった。
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