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モイツァ・エルトマン&グザヴィエ・ドゥ・メストレ デュオ・リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日まで診療所は連休のため休診です。
明日からはいつも通りの診療のもどります。
ちょっとブルーです。

いつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。
昨日の地震は東京にいなかったので分かりませんが、
戻ってみると少し積んで合った本が、
崩れていた程度でした。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
モイツァ/エルトマン.jpg
ドイツの新進コロラトゥーラソプラノのエルトマンと、
元ウィーン・フィルのハーピストのメストレのデュオ・リサイタルが、
先日東京オペラシティで行なわれました。

これはちょっと悲しい気分になったリサイタルで、
観客とアーティストとの関係を考えさせられました。

リサイタルはシューベルトとシュトラウスの歌曲に、
オペラアリアとハープのソロが加わる、
というもので、
歌曲が基本的には主役のプログラムに、
おそらくは集客のためにアリアが追加されたように思います。

ただ、プッチーニの「私のお父さん」のような、
ベタなものがある一方で、
サリエーリのオペラのアリアのような、
滅多に生で聴く機会のないような作品も混じっていて、
エルトマンの音楽性への拘りを、
垣間見ることが出来ます。

エルトマンは新進のドイツのソプラノで、
声量はそれほどではないですが、
安定感のある透明な声質で、
コロラトゥーラの技術もまずまずです。
高音を出す時にはちょっと背伸びをするように、
身体の軸を変え、
細身の身体を上気させて絞るように声を出す感じが、
若い頃のデセイ様に、
ちょっと似たところがあります。

呼び屋のジャパンアーツさんは、
デセイ様、プティポンと、
美系のソプラノで集客を図る試みを続けていて、
彼女もその狙いで数年前に初来日しましたが、
やや地味な印象でそれほどの集客には結び付きませんでした。

その後で今年の初めには、
N響とオルフを歌い、
その格調のある歌い廻しに、
彼女の成長を感じて今回のリサイタルに期待が高まりました。

ただ、前回の歌曲主体の「正統的な」リサイタルの構成と比較すると、
およそ彼女のレパートリーとは思えない、
ベッリーニやプッチーニのベタなアリアを入れたり、
美男のハーピストに伴奏をさせたりという、
やや俗っぽい感じのする呼び屋の姿勢には、
何となく危惧も感じないではありませんでした。

始まってみると、
いつも見掛けるようなマニアの方もいる一方で、
何処から集めて来たのかしら、
と不思議に思うような方も、
割と正面真ん中に陣取っていて、
最初はシューベルトの歌曲が6曲続くのですが、
最初の曲が終わると共に盛大な拍手が響いたので、
脱力しました。

本当に何が正しいマナーなのか、
というようなことは、
個々の感じ方もありますし、
何とも言えません。

ただ、数曲の歌曲を1つの流れで歌う時には、
交響曲の楽章の間で拍手が入ると、
余韻や全体の流れが切れてしまって、
アーティストにとっても緊張が切れてしまうのと同じことで、
歌手が緊張感を持続させて歌い継いでいる時には、
拍手でそれを切らない方が、
より良いパフォーマンスに結び付くことは事実です。

それが最初から失われたことは、
非常に残念でした。

最前列付近にいたマニアの方が、
曲間の拍手を止めさせようと、
シーと声を出したり、拍手の方向を睨んだりしたのですが、
拍手をすることが礼儀と誤解した方の方が、
全体として多数だったので、
その後も曲間の拍手はむしろ多くなり、
静謐な歌曲の流れは最初からもう失われました。

僕のそばに外人の2人連れがいて、
その2人が率先して拍手をしていたので、
「外国のお方が拍手をしているのだから、
その方が正しいのだろう」
と誤解して拍手をされた方も多かったように感じました。

しかし、僕はそれほど海外でクラシックを聴いたことはありませんが、
観光スポットでもあるようなオペラハウスの観客のマナーは、
概ね日本より悪く酷いものだと思います。

オペラアリアの途中で拍手をしたり、
余韻を楽しむような場面で、
演奏が終わると同時に拍手をするようなことは、
本来は良くないマナーだと思いますが、
マリア・カラスが歌った1950年代のスカラ座のライブ録音を聴いても、
拍手のタイミングは本当に悪くて、
余韻を楽しむべき場面で、
フライングのような拍手が、
入りまくりなのには驚きます。
6代目菊五郎の録音で、
菊五郎の声よりプロンプターの声の方が、
大きく録音されていたのにもビックリしましたが、
別に観客のマナーやアーティストの姿勢が、
必ずしも昔の方が良かったとは言えないとも思います。

今回のことについても、
アーティストは、
「ああ今日の客はこんな感じなのね」と思って、
そのレベルでのパフォーマンスをするのだと思いますから、
それで良いと言えば良いのかも知れません。

ただ、リサイタルの後半にはシュトラウスの歌曲があり、
シュトラウスの短い歌曲を、
それぞれに拍手を合いの手で入れながら聴くというのは、
情緒の欠片もなくて個人的にはとても切ない思いがしました。
マニアの方も殆どあきらめていて、
ただ落胆のみしていたように思います。

僕が今回疑問に思ったのはジャパンアーツさんのスタンスで、
リサイタルやオペラを沢山企画されているのですから、
こうした結果になるのは予め分かっていたと思うのに、
もし歌曲は歌曲として、
しっかり聴いて欲しいという考えであるのなら、
知識のない方も多いのですから、
そして今回のリサイタルは、
あまり知識のない方にも気軽に聴いて頂こうという、
そうした趣旨でお客さんを呼び込み、
プログラムを決めたことが明らかなので、
せめてプログラムの記載やアナウンスで、
曲間の拍手は控えて下さい、
というような注意を出来なかったのか、
ということです。

そして、もしお客さんが何処で拍手をしようと、
それは自由なのだから制限はしない、
ということでしたら、
シュトラウスの繊細な歌曲を並べるようなプログラムは、
最初から避けてもらえれば良かったのにな、
というように思えてなりません。

今回の客層は、
概ねマニアの方や音楽好きの方が3分の1くらいで、
残りの方はそれほどのご興味は普段はない方だったように思います。

ジャパンアーツさんやNBSさんは、
集客には非常に努力をされていて、
今一つの知名度のアーティストでも、
それなりに客席を埋める点はさすがだと思います。
一方で非常にマニアックで優れた公演を、
実現されているような呼び屋さんでも、
集客力がなくて席はガラガラでアーティストも気の毒、
というようなケースもしばしばあります。

そのどちらが良いのかは非常に難しいところで、
どちらも良くない、というのが正解ではあるものの、
そんなことを言っていれば、
良い公演など殆ど成立しないことになってしまいます。

ただ、こうしたことを繰り返していれば、
ジャパンアーツさんの公演は、
フライングの拍手だけが矢鱈と入る、
やかましいものに、
いずれは全てなるのは必定で、
歌曲やリートのリサイタルというのは、
ある種の静寂を楽しむためのものなのだ、
ということが忘れられることになるのも、
もう近い将来のことになるような気がします。

凄まじいフライングの拍手をされる方が、
概ね地位もあるような壮年の方で、
好意で拍手をされているようにお見受けされるので、
尚更に文化というものの受容のあり方と、
それを共有して楽しむということの難しさ、
雰囲気という曖昧模糊としたものに、
価値を求める行為の虚しさに、
改めて思いを馳せる時間になりました。

殆ど音楽は耳に入らなかったので、
お金も時間もただの無駄でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日なので診療所は休診です。

朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ナタリーデセイ.jpg
デセイ様が2年ぶりに来日し、
今回はピアニストのカサールさんと、
歌曲中心のリサイタルを行ないました。

サントリーホールと東京芸術劇場で1回ずつで、
勿論両方とも足を運びました。

デセイ様はフランスのコロラトゥーラソプラノで、
1990年代の前半に、
超高音で速射砲のような高密度の装飾歌唱を武器に、
たちまちのうちに世界の歌劇場を席巻しました。

しかし、あまり喉をいたわらない感じの歌唱で、
何度も喉を痛めて手術を繰り返し、
引退を危ぶまれたことも数知れずでしたが、
その度に奇跡的な復活を果たしました。
ただ、さすがにこの数年は、
声にも衰えが目立ち、
昨年の秋以降は、
オペラの舞台からは引退した状態が続いています。

好不調の波が大きく、
これまで日本にはリサイタルで今回を含めて3回、
オペラで1回、演奏会形式のオペラに1回の、
都合5回来日していますが、
2回目のリサイタルでの来日時は、
切なくなるくらい不調でした。

今回のリサイタルは、
これまでで最も調子が悪く、
特にサントリーホールでの公演は、
音の高低がなめらかに移行せずにつっかかってしまい、
声のエンスト状態になって、
何度もローギアで急発進するような状態が続き、
聴いていても辛くて困りました。

高音も蚊の鳴くような感じでしか出ないのですが、
それでも無理して振り絞ろうとするので、
聴いている方がハラハラしてしまいます。

高音が前に飛ばないのは、
風邪も引いていたようで、
その影響が大きいのかな、と思いましたが、
声がエンストするのは、
それだけではなく、
何度も手術を繰り返した喉の、
微妙なコントロールの問題のようにも思いました。

2回目のリサイタルの時も、
こうした状態はあったのですが、
今回のように完全に歌えなくなるような感じではなく、
より深刻な状態になっているように感じました。

1日おいた東京芸術劇場の公演では、
少し調子は戻っていて、
高音は回復の兆しが見られました。
ただ、声のエンストはあまり変わりはありませんでした。

プログラムはかなり意欲的なもので、
通常の歌曲のリサイタルとはかなり肌合いが異なります。

サントリーホールの公演の場合、
前半はドイツ歌曲(リート)で、
後半はフランス歌曲という構成で、
東京芸術劇場の公演では、
前半はほぼ同じリートの構成ですが、
後半にはラフマニノフの「ヴォーカリーズ」と、
「ラクメ」のラストの小アリアが加わります。

譜面台は一切使用しないで、
全身を使った感情表現を含めて、
オペラアリアのように歌曲を歌います。

作品もその構成に合ったものが選択されていて、
ラストは技巧的なドビュッシーで、
クライマックスに至るように巧みに配列されています。

ただ、勿論それはデセイ様の歌が、
一定のレベルに達していた場合の話で、
今回に関しては、
デセイ様の歌はエンスト続きの中古車の風情であったので、
ドビュッシーも頭を抱えるような感じになってしまいました。

せめてもう少し高音が伸びて、
なめらかに転調が出来るくらいの状態だったらなあ、
と思うのですが、
今後調子が戻るのかどうかは、
何とも言えません。

「ラクメ」の小アリアは、
2004年の最初の来日の時に、
2回目の公演のアンコールでのみ歌ったのですが、
それ以来10年ぶりの日本での披露になりました。

この「ラクメ」と「ヴォーカリーズ」は、
デセイ様の昔からのレパートリーということもあり、
他の歌とは音色が違っていて、
今回最も感銘を受けました。
「ヴォーカリーズ」は彼女を代表するリサイタルピースの1つですが、
日本では初披露になり、
キーは下げていたと思いますが、
若干のエンストを除いては、
歌い回しも冴えていたと思います。

歌曲はシュトラウスなども、
ドイツのシェーファーなどの歌唱とは、
また別個の肌触りがあって、
非常に面白く感じましたが、
いかんせん調子が悪過ぎて、
歌としては破綻していました。

今回は非常に残念でしたし、
またの来日があるかどうかも分かりませんが、
僕にとっては絶対の女神なので、
その藝術家としての生涯には、
ファンの1人として寄り添っては行きたいと思います。

非常に面白いリサイタルなので、
これで調子が良ければ感動は間違いがありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

東京春 歌曲シリーズ マルリス・ペーターゼン [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行ったのですが、
途中で雨に降られて引き返しました。

2008年3月30日から、
このブログを始めたので丸6年になり、
今日から7年目に入ります。

いつもお読み頂きありがとうございます。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
マルリスペーターゼン.jpg
2005年に東京オペラの森として始まった、
東京春音楽祭が今年も行なわれ、
その一環としてドイツのソプラノ、
マルリス・ペーターゼンの歌曲(リート)のリサイタルが、
昨日行なわれました。

マルリス・ペーターゼンは、
コロラトゥーラ歌いとして世界的に活躍するソプラノで、
僕の絶対一位のデセイ様が調子を崩した時などは、
2000年代の初め頃には既に代役に立ったりしていました。

数年前にメトロポリタン歌劇場で、
トーマの「ハムレット」をデセイ様のオフィーリアで企画し、
結局デセイ様が降板した時も、
ペーターゼンが代わりに歌いました。

確か4~5年くらい前に、
一度来日して武蔵野でリサイタル、という話があり、
シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」のアリアなどが、
演目として予定されていました。
しかし、結局直前でキャンセルとなり、
来日はかないませんでした。

その後怒涛の活躍になりましたから、
本当に残念に思いました。

ただ、ドイツのソプラノ歌手のリサイタルは、
殆ど歌曲のみというのが定番で、
滅多にオペラアリアのリサイタルはありませんから、
本当に実現可能な企画であったのか、
疑問にも思います。

今回は待望の初来日で歌曲のリサイタルのみです。

本当はコロラトゥーラのアリアが聴きたいのですが、
ドイツの歌手はリートのみなので仕方がありません。

映像ではちょっといかつい印象のあったペーターゼンですが、
実際の彼女はなかなかチャーミングで、
背骨のガシッと入ったような硬質のシルエットは、
若い頃のマイヤーにも似た感じです。

歌唱は非常にドラマチックで、
人間心理と自然が感応するような歌ではなく、
女性の感情を多角的に捉えたような、
情感を主体にした物語的な楽曲を多く選んでいて、
リートとアリアの中間のような印象を持ちました。

声はちょっと膨らみに欠ける感じはあるのですが、
情感を声に載せるのは上手く、
高音の飛びも魅力です。

アンコールは3曲で、
シュトラウスとシューマンに、
ラストは「さくら」をテーマにした、
即興のコロラトゥーラを披露してくれました。

今度は是非オペラの舞台を期待したいのですが、
誰か呼んでくれないでしょうか。

小ホールの小さな会場なのに、
客席は6~7分くらいの入りで、
驚きましたし、
日本の声楽ファンの層の薄さにガッカリしました。
ペーターゼンが来日するのにどうして行かないの?

ただ、それなりの盛り上がりはあり、
彼女も後半は気持ち良さそうに歌っていたので、
少しほっとした気分にもなりました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

ディミトラ・テオドッシュウ ソプラノ・リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

いつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
テオドッシュウ リサイタル.jpg
ギリシャ出身のソプラノ、
ディミトラ・テオドッシュウのソプラノリサイタルが、
先日オペラシティコンサートホールで行なわれました。

テオドッシュウはもうベテランの域に入る、
本格派のベルカントソプラノで、
迫力のある高音に、情感のこもった弱音と、
コロラトゥーラも歌える確かな技術を持っています。

これまでにオペラでは何度も来日していて、
特に「アンナ・ボレーナ」や「ノルマ」のタイトルロールは、
繊細さと力押し、魅力的な超高音を兼ね備えた、
聴き応えのある熱演でした。

ビジュアルはかなりぽっちゃりなのですが、
一昔前のオペラ歌手を彷彿とさせる雰囲気で、
その愛らしい感じは悪くありません。

今回の久しぶりのリサイタルが、
どんな感じになるのか興味がありました。

これがビックリです。

普通オペラ歌手のリサイタルでは、
途中に休憩が1回入るので、
そこで1回衣装を替えるのがスタンダードで、
海外のオペラ歌手では、
一切衣装を替えない歌手の方がむしろ多いくらいです。

森麻季さんのリサイタルに以前行った時には、
休憩での衣装替えに加えて、
前半で1回、後半にも1回衣装を替え、
更にアンコールにも衣装を替えて、
トータルに5着の衣装を着替えて見せてくれたので驚きました。

今回のリサイタルでは、
テオドッシュウおばさんは、
前半で1回、休憩で1回、
後半には2回の衣装チェンジを行ないました。

更には後半からアンコールに掛けては3回も、
客席に降りて、
通路を一周して1回の最後列まで廻りながら、
曲を聴かせてくれました。

こんなソプラノのリサイタルは、
これまで一度も聴いたことはありませんでしたから、
大変驚きました。

彼女はおそらくとても乙女の心を持った人で、
奇麗な衣装を沢山着て歌いたかったのだと思いますし、
ファンのすぐそばで歌を謳いたかったのだと思います。
その心根の純な部分が強く感じられるので、
この衣装はちょっとどうなのかしら…
と言うような感想は持つのですが、
嫌な感じはありませんし、
むしろ清々しく思えるのです。

肝心の歌については、
そのビロードのような声質と豊かな声量、
弱音の美しさは健在で、
第一声を聴いただけで、
間違いなく本物と確認出来ます。

客席に降りても、
殆どの歌手では声が飛ばなくて歌としての密度は落ちるのですが、
殆ど舞台にいるのと同じように、
全ての方向に奇麗に声が飛び声が響くのには、
非常に感心しました。

ただ、3回も客席に降りるのは、
幾らなんでも多過ぎると感じましたし、
「私の名はミミ」は大好きなので、
舞台でじっくり歌って欲しかったな、
と感じました。

演目はヴェルディとプッチーニのアリアが主体で、
コロラトゥーラの技巧が登場するものはありませんでした。
以前の彼女はこれぞと言う時に、
前にしっかりと飛ぶ声の超高音が魅力でしたが、
今回は高音は基本的にファラセットで出していて、
超高音を出すパートはありませんでした。

その点はちょっと残念に思えましたが、
年齢的にも装飾歌唱と高音は、
もう厳しいのではないかと思いました。

その一方で豊かな声量と弱音の魅力は健在で、
自信のある音域に関しては、
演技を含めた表現力も非常に豊かです。

特にヴェルディのマクベス夫人のアリアの、
凄みを全開にした演技の迫力や、
プッチーニのアリアの振幅の大きさには、
非常な感銘を受けました。

正直アンコールでは声には疲れが見え、
サービスは嬉しいのですが、
最後に疲れた声を聴いてしまうと、
良かった印象が薄れてしまうので、
サービス精神の旺盛な歌手にありがちなことですが、
スタミナが不足していたり、声が疲れたようなら、
アンコールは端折ってもらった方が、
却って良いように思いました。

またオペラでも来日はして頂きたいのですが、
どちらかと言えばリサイタルの方が、
彼女の魅力を十全に味わえるような思いもありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

アントニーノ・シラグーザ リサイタル2013 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は祝日で診療所は休診です。
朝からいつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。
これからまた在宅診療に出掛けます。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
シラグーザリサイタル2013.jpg
軽い声の技巧派のテノール、
イタリアのアントニーノ・シラグーザのリサイタルが、
先週東京で行なわれました。

彼のリサイタルは、
その誠実な舞台態度とサービス精神で、
一度聴いた人は皆ファンになります。

ただ、最近は声の調子の悪いことも多く、
明らかに不調なのに、
目いっぱいの笑顔でサービスをする姿は、
痛々しい感じで切なく胸が痛みます。

前回の来日は2011年で、
多くの歌手が震災の影響で来日を取り止める中、
いつものように来日してリサイタルを開き、
「セビリアの理髪師」を歌い、
おそらくは予定通りのドタキャンをした、
フローレスの代わりに、
急遽「清教徒」も1日歌う、
という活躍ぶりでしたが、
お風邪もあって絶不調で、
大変辛い思いが残りました。

今回のリサイタルも、
そのお声の調子だけが心配でしたが、
まずまずの調子で本当にホッとしましたし、
相変わらずの真摯な舞台姿と、
抜群のサービス精神には、
非常に充実した時間を過ごすことが出来ました。

シラグーザは元々軽い声の技巧派のテノールで、
コロラトゥーラなどの装飾歌唱と、
天空を切り裂くような超高音が、
その最大の魅力でしたが、
今回のリサイタルでは、
アジリタを堪能出来るような曲はなく、
もう少し重い声の歌が、
主体となっていました。

ただ、
アンコールで「セビリアの理髪師」から、
得意の弾き語りの小品のアリアを歌いましたが、
これが一服の清涼剤のような素晴らしさで、
重い声のアリアより、
やっぱりこれだよね、
というような思いを強く感じました。

勿論レパートリーは変わる必然性もあり、
キャリアと共に声も変わって行くのだと思いますから、
ファンとしては見守るしかないのですが、
1曲はアジリタ全開を聴きたかったな、
というのが正直なところです。

今回の楽曲の中では、
「椿姫」の2幕のテノールのアリアが、
もっと雑に力押しで歌われるのを、
さんざん聴いていたので、
シラグーザの繊細な歌で、
高音も付加して歌われると、
なるほどこれはこういう曲だったのか、
と気付かされるようなところがあって、
非常に新鮮に感じました。
彼がオペラでこの役を歌うことはないと思いますから、
こういうのもリサイタルの魅力です。

また是非オペラでの、
素晴らしい歌声も聴かせて欲しいと思います。

シラグーザの健在ぶりに、
心の浮き立つ一夜でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

マリアンナ・ピッツォラート賛 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

色々と考えることがあり、
これからのことを思うとブルーですが、
仕方がありません。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ピッツォラート.jpg
イタリアの若手のメゾソプラノ、
マリアンナ・ピッツォラートの初リサイタルが、
先日東京で行なわれました。

これは本当に素晴らしくて、
久しぶりに本物のアジリタを聴いた、
という気がしました。

ピッツォラートはシチリア生まれの若手のメゾで、
日本には2010年に、
ロッシーニの「タンクレディ」のゲストで来日し、
今回が初リサイタルになります。

2010年の藤原歌劇団の公演は聴いていません。

現在の得意なレパートリーは、
ヘンデルやヴィヴァルディのバロックオペラの、
主に当時はカストラーテが歌っていたパートや、
ロッシーニの諸役です。

今回のリサイタルでは、
前半でヘンデルやヴィヴァルディ、
グルックやモーツァルトを歌い、
後半では得意のロッシーニの難アリアを立て続けに披露し、
アンコールでもロッシーニのチェネレントラの大アリアを、
後半はちょっと端折ったと思いますが、
ほぼ全尺で披露する、
という充実したものでした。

ビジュアルはこのプログラムの写真では、
お分かりにならないと思いますが、
予想以上にふくよかで、
舞台でオペラを歌う姿を見るのは、
かなり厳しいかな、
という感じはしました。

ただ、もう少しだけ絞り込めれば、
ルーベンスの女神のような雰囲気はあり、
声は本物で、
歌への情感の入れ方も素晴らしいので、
リサイタルで聴いている分には、
違和感はありません。

17世紀か18世紀に、
演じられたオペラの舞台に、
そのままタイムスリップしたような趣さえありました。
ロッシーニやヘンデルが生きていて、
生で彼女の歌を聴いても、
決して悪い印象は持たないよね、
と信じられる感じがするのです。

現役のメゾの技巧派の名手と言えば、
バルトリやバルチェローナ、
ジュノーなどがいますが、
最近は滅多に来日してはくれません。

そんな訳で、
今回は本当に久しぶりに、
多分10年ぶりくらいに、
本物のアジリタを聴いた、
という思いがありました。

まあ、バルトリ御大などと比較すれば、
まだまだスケール感はないな、
という気はしますし、
ヘンデルのアリアの廻しなどは、
ジュノーの方が早いな、
というようには思いますが、
こうしたベテラン勢がやや誤魔化し歌唱に、
移りつつあることを思うと、
まだ若くおそらく一番声の出る時期にあるピッツォラートには、
技巧を越えた、
のびやかな声そのものの魅力があります。

後半のロッシーニの「セミラーミデ」のアリアで、
2オクターブくらいを一気に駆け登り、
駆け下るようなところがあるのですが、
彼女は低音部も高音部も、
しっかりと前に飛ぶ声が出せるので、
物凄く心地良い、
生理的な快感があります。

こういうところはベテランになると、
もうあまりしっかりは歌わないのです。

普通は胸に落ちてしまう低音が、
しっかり前に飛んで来るのは嬉しくなりますし、
高音はソプラノ並みに出て、
前半は通常は出さない高音を付加していました。

前に飛ぶ声で裏声ではなく、
広い音域を駆け抜けるのが、
クラシックの歌唱の醍醐味なのだと、
改めて思いました。

また是非リサイタルに来て欲しいな、
と思いますし、
もう少しだけ身体を絞り込んで、
ロッシーニやヘンデルの舞台に立つ姿も、
見たいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

エヴァ・メイ リサイタル(2012) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診ですが、
小児医療の講習会があるので、
都心の方まで出掛けます。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
エヴァ・メイ.jpg
エヴァ・メイは現役では、
世界で4番目くらいに好きなソプラノで、
生粋のイタリアの声で、
ベルカントもコロラトゥーラも歌い、
容姿も歌も整った数少ない存在です。

今回通算おそらく5回目くらいになる、
来日リサイタルを聴いて来ました。

今回のプログラムは、
イタリアのトスカーナ地方の方言による歌曲から始まる、
というイタリア生粋のソプラノならではの面白いもので、
これが結構技巧的な作品揃いで、
魅力的でした。

それからロッシーニの歌曲が続き、
後半はドニゼッティの技巧的なアリアが、
大きな盛り上がりを見せます。

いつもながらの正統派の美声で、
素晴らしかったのですが、
正直以前のリサイタルのような、
軽やかに流れる感じがなくて、
やや重く「ベテラン風」の歌唱になっていたのは、
個人的にはちょっとがっかりしました。

前半は非常に端正に、
細かい音符も綺麗に音を出していて、
ごまかしがなく感銘を受けたのですが、
休憩後の歌唱は、
特に前半は失速気味で、
声もあまり前に飛ばず、
高音も慎重策に転じたように思いました。
ラストのアリアの数曲は、
会場も盛り上がりましたが、
細かいパッセージにはごまかしの多い、
テンポも乱した、
やや力押しの歌唱で、
以前の軽やかで流れるような彼女の歌が、
耳に残っている僕には、
おや、という感じが残りました。

調子は絶好調ではなかったように思います。

歌というのは生ものなので、
なかなか難しいですね。

アンコールは、
「ラ・ボエーム」の「ムゼッタのワルツ」と、
「わたしのお父さん」で、
これは日本のソプラノリサイタルの定番ですが、
あまりにいつも同じなので、
うんざりします。

この2曲は正直誰が歌っても、
あまり違いがありませんし、
もう耳にタコで聴く気が起りません。

ただ、シュトラウスの「アモーレ」も歌ってくれたので、
これは素敵でした。
でも、矢張り少し前に聴いた、
シェーファーの方が、
この曲は分がありますね。

それではそろそろ出掛けます。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

サンドリーヌ・ピオー リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

今日は何もなければ家にいるつもりです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
サンドリーヌ・ピオー.jpg
フランスのソプラノ、
サンドリーヌ・ピオーのリサイタルを聴いて来ました。

彼女は古楽系のソプラノで、
もうベテランですが、
日本でのリサイタルは今回が初めてです。

ただ、最近のレパートリーは、
むしろ新しい時代のものに移っているようで、
今回のプログラムは、
19世紀~20世紀に掛けてのヨーロッパの歌曲で、
フランスのフォーレから始まり、
最後はイギリスのブリテンに終わります。

彼女はこの写真の通りの容姿です。
非常に真面目な舞台姿で、
前半は硬い感じでしたが、
後半は大分場に馴染んで来て、
如何にもフランス人という感じの、
愛らしい少女の仕草も仄見えました。

柔らかい美声で、
表現力も豊かです。

ただ、高音の伸びや、声量、
細かいパッセージの正確さは、
やや峠を越した感じがあって、
もう少し以前に聴きたかったな、
という印象は持ちました。

プログラムはドイツ語が半分にフランス語が半分、
そしてブリテンだけが英語です。

僕は今年はドイツ歌曲にはまっていて、
今回のプログラムでも、
シュトラウスが一番グッと来るのですが、
矢張りリートはドイツ語圏の歌手でないと、
物足りない感じはします。

ピオーの柔らかい歌声では、
ドイツ歌曲はシャープさに欠けるような気がするのです。
ダイヤモンドがゴロゴロ転がるような、
シュトラウスの硬質な感じが、
彼女の歌には希薄です。

個人的にはもっとフランス物を、
主体にして頂いた方が、
良かったように思いました。

アンコールもさらっとした小品ばかりで、
そうした点はちょっと物足りなく感じました。

ただ、それは彼女の真面目な人柄ゆえかも知れないので、
あまりそうした感想を持つべきではないのかも知れません。

ウィーン国立歌劇場が控えてはいますし、
デセイ様の来日もまだキャンセルにはなっていませんが、
今年のクラシックは矢張り寂しい感じはします。

まあでも、
先のことは全く闇の中で分かりませんし、
ちょっとした楽しみをアクセントにしながら、
日々の生活だけに、
自分なりの努力を重ねることしかないような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

クリスティーネ・シェーファーの世界 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は診療は通常通りですが、
土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
シェーファー.jpg
ドイツのソプラノ、クリスティーナ・シェーファーが、
8年ぶりに来日して、
日本でリート(ドイツ歌曲)のリサイタルを行ないました。

シェーファーは非常に知的なソプラノで、
コロラトゥーラも得意です。
何度か来日はしていますが、
僕の知る限りは、
オペラでの来日はなく、
いつもリートのリサイタルだったと思います。

最近僕はドイツのコロラトゥーラが好きで、
ドイツ歌曲も好きです。
同じ装飾歌唱でも、
イタリアとフランスとドイツでは、
まるで味わいが違います。
どちらが良いと一概には言えませんが、
たとえばモーツァルトがドイツ語で書いた、
「魔笛」の夜の女王のアリアは、
矢張りドイツ的に歌わないと冴えた感じになりません。
イタリア的に歌うと、
何か能天気な歌になります。
そして、
シュトラウスのアリアは、
ゲルマンの血で歌わないと、
まるで駄目で本物にはなりません。

ドイツのソプラノは、
概ねあまり日本には来てくれません。
特にオペラに関しては、
歌劇場の引っ越し公演のようなもの以外では、
どうしてかは分かりませんが、
殆ど来日はしてくれないのが実状です。

シェーファーもマリス・ペーターゼンも、
ドロテア・レッシュマンも、
あまり来てはくれませんし、
ディアナ・ダムラウはメトロポリタンで昨年来日しましたが、
次はいつになるやら分かりません。
若手のモイツァ・エルトマンも素敵でしたが、
もう少し売れれば来なくなりそうです。

シェーファーはリートも定評がありますが、
オペラの舞台も多くこなしていて、
ベルクの「ルル」のように、
極め付けの役柄も幾つかあります。
「リゴレット」のジルダなども歌っていますが、
これはあまり似合っている感じではありませんでした。

是非日本でも聴きたいなあ、
とは思いますが、
おそらく無理だと思います。

前回の8年前はデセイ様と同じ年に来日したのですが、
うっかり聴き逃したので、
今回のリサイタルは本当に楽しみにしていました。

実際に舞台姿を拝見すると、
映像で見るイメージよりは、
結構お太りになって、いかつい感じになっていて、
お年も大分召してはいるのですが、
かつてのシャープな感じを期待していると、
やや裏切られた気分になります。
でも、クール・ビューティーの面影は残っています。

衣装がまた、
上が黒いタンクトップみたいになっていて、
下はバレリーナみたいなスカートなのですが、
上半身がパツパツで、
ええっ、どうしてこんな衣装のセレクションなんだろう、
もっと似合う物を着ればいいのに、
と知的なソプラノなのに、
その知性は衣装センスには及ばないのね、
とやや悲しい気分になります。

ただ、歌は本物でした。

前半はモーツァルトから始まって、
その後がウェーべルンとベルクという、
現代に近い歌曲になり、
それから休憩後の後半は、
オール・シューベルト・プログラムで、
アンコールは3曲ありましたが、
最初がシューベルトで、
残りの2曲はシュトラウスです。

非常に硬質の声で、
それでいて微妙なニュアンスを、
繊細に奏でて行きます。
あまり無理な発声はしないのですが、
音域も高低とも安定していますし、
ピアニシモも綺麗です。
変に感情を前面に出さないのが、
如何にもドイツという感じです。

伴奏のピアニストがまた滅法上手くて、
シェーファーの声の世界を見事に盛り立てます。

モーツァルトとシューベルトの唯一の有名曲であった、
「アヴェ・マリア」は、
意外に凡庸な気がして、おや、と思いましたが、
後は文句なく超一流の歌唱でした。

最後のシュトラウスがまた素晴らしくて、
コロラトゥーラソプラノがよく歌う「アモーレ」を披露したのですが、
これは絶品で、
彼女のツェルビネッタが聴きたくなりました。

僕はシュトラウスのコロラトゥーラアリアが、
これまで誰の歌を聴いても、
どうも本物という感じがしなかったのです。

今回初めてシェーファーの歌を聴いて、
ああ、これはこういうものなのだ、
と得心した思いがしました。

シュトラウスのアリアは、
宝石箱の中から、
珠玉の宝石が、
ポロポロと零れ落ちるような感覚のもので、
その転がり落ちる宝石の耀きが、
コロラトゥーラで表現されているのですが、
本筋は宝石箱そのものにあり、
堅牢で中に耀きを湛えた、
その宝石箱を表現出来るかどうかが重要なのです。

凡百の歌手であると、
零れ落ちる宝石を歌うことで手一杯になるのですが、
シェーファーの歌は、
美しいパッセージで技巧的な旋律を紡ぎながら、
その背後にある宝石箱自体、
要するにそれは歌手そのものの存在感、
ということになるのですが、
それがしっかりと感じられるという点で、
シュトラウスの本質を、
見事に体現していたのです。

ご本人も今回はまずまずご機嫌のご様子でしたから、
次回はそれほどの間隔はなく、
来日してくれることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

アンドレア・ロスト リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
アンドレア・ロスト.jpg
先日フリットリと同じ時期に、
ハンガリー出身ののソプラノ、
アンドレア・ロストのリサイタルがありました。

ロストは現役のソプラノの中でも、
屈指の美形であることは間違いがなく、
その儚げな演技とも相俟って、
当代のソプラノの、
1つの理想的な姿を見せてくれます。

ファンの方からご提供して頂いた写真がこちら。
アンドレア・ロスト画像.jpg
奇麗な人ですよね。

オペラの舞台でも、
一時期は結構頻繁に来日してくれました。
彼女を抜擢したムーティがタクトを取った、
スカラ座の来日公演の2回の舞台は、
いずれも素晴らしい出来でした。
演目はヴェルディの「リゴレット」のジルダと、
「オテロ」のデスデーモナですが、
いずれも男に苛まれて、
命を落とす儚い役回りで、
ムーティのちょっと息が詰まるような、
禁欲的な作品作りの中で、
ひたすら誠実かつ繊細に、
演じ歌うロストの姿は素敵でした。

「椿姫」は日本で何度か歌っていて、
ヨーロッパの地方歌劇場のものと、
新国立劇場のものは聴きましたが、
前に出るタイプではないので、
どうしても印象は弱い感じになります。
「道を外した女で何が悪いの」
というような開き直りが、
彼女には感じられないからです。

2009年に久しぶりの来日があり、
オケをバックのリサイタルだったのですが、
この時の歌唱は非常に素晴らしくて、
ロストの藝術の幅を改めて感じられた、
非常に高レベルのリサイタルでした。

コロラトゥーラの技巧も、
もっと技巧をこれでもかと、
誇示するタイプの歌手もいるのですが、
控え目ながら充分水準を超えた、
何より品格のあるものでしたし、
歌に情感がこもっていて、
それでいて歌自体のフォルムに乱れがありません。
ベルカントも良かったし、
オペレッタのくだけた歌が、
また結構けれんみがあって良いのです。

2011年の4月にリサイタルの予定があり、
楽しみにしていたのですが、
震災の影響で流れ、
その代替公演が1年後の今回となりました。

今回はピアノ伴奏で、
前半がモーツァルトから始まって、
ドニゼッティとヴェルディ。
後半が母国のハンガリー歌曲から、
プッチーニのアリアになります。

今回は後半のプッチーニが非常に良く、
「私はミミ」の辺りはグッと来ました。
ロストのミミは僕のCDでの愛聴版です。

ただ、前半の特にコロラトゥーラのパートは、
大ベテランのような、
割と流した歌い方になっていて、
2009年の端正な歌を期待していたので、
ちょっと残念には感じました。
年末年始のハードスケジュールの疲れもあったのか、
「椿姫」の「花から花へ」は、
かなりカットしていたにも関わらず、
失速ギリギリの際どい感じがありました。
レパートリー的には、
彼女は装飾歌唱からは、
離れてゆくのかも知れません。

次回は矢張りオケ伴奏のリサイタルが良いな、
と思います。
オペラの舞台も期待はしたいのですが、
ロストの良さを引き出してくれる、
指揮や相手役と組まないと、
消化不良の出来に終わるような気がします。

今日は僕の好きな歌手の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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