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アンナ・ネトレプコ スペシャル・コンサート in JAPAN 2017 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アンナネトレプコ.jpg
ロシア出身のソプラノで、
今世界で最も売れっ子のオペラ歌手の1人である、
アンナ・ネトレプコが昨年に続いて来日し、
オペラアリアのリサイタルを行いました。

昨年2010年以来の来日を果たし、
さすが世界のプリマドンナ、という歌唱を聞かせてくれましたが、
今年もなかなか聴き応えのあるコンサートでした。
ただ、アンコールもなく、
やや省エネ気味の舞台ではありました。
昨年の方が良かったことは確かです。

ネトレプコは2000年代の初めころに頭角を表したソプラノ歌手で、
美貌の歌姫で貫禄充分なところは、
ゲオルギューの再来という感じがありました。
ただ、演技の大きさでも、
歌唱の技術的な面でも、
ゲオルギューを遥かに凌いでいると思います。

そのレパートリーは、
コロラトゥーラからベルカントまで幅広く、
力押しも出来る一方で、
そう上手くはないのですが、
コロラトゥーラのような装飾歌唱もそこそここなし、
何より演技の大きさが魅力です。

日本にはマリインスキー・オペラに同行したのが、
確か始まりで、
小澤征爾のオペラ塾でムゼッタを歌い、
2005年にはロシア歌曲主体のリサイタルを開きました。
このリサイタルは聴いていますが、
可憐な容姿と繊細な歌い廻しが素敵で、
アンコールで歌ったルチアの第一アリア(2幕)は、
確かな技術も感じさせました。

2006年にはメトロポリタンオペラの来日公演で、
「ドン・ジョバンニ」のドンナ・アンナを歌っています。
これは非常に豪華なメンバーの公演でしたが、
もう既に堂々たる貫禄のドンナ・アンナで、
観客の人気を最も集めていました。
この時は本当に目の覚めるような美しさでした。

オペラの歌唱として、
極めて印象的だったのは、
2010年の英国ロイヤルオペラの来日公演で、
ネトレプコはマスネの「マノン」のタイトルロールを歌い、
抜群の歌唱と演技を見せると共に、
ドタキャンして来日しなかったゲオルギューの代役として、
1日のみ「椿姫」の舞台に立ちました。

この時は「マノン」が最高で、
思わず2回足を運びました。
特に3幕で男たちを引き連れて女王然として登場し、
装飾技巧を散りばめたアリアを歌うくだりなどは、
これぞプリマドンナという、
惚れ惚れとするような姿であり演技であり歌唱でした。

1日のみ代役で歌った「椿姫」は、
高音に失敗したりして、
準備不足の否めない出来でしたが、
それでもおそらく日本では唯一の機会となるであろう、
ネトレプコのヴィオレッタを堪能しました。

この時のお姿は、
正直以前よりかなりあちこちにお肉が付き、
ぽっちゃりとされていました。

そして、2011年にメトロポリタンでの来日が予定されていたのですが、
震災の影響でキャンセルとなり、
その後もなかなか来日の機会はありませんでした。

もう駄目なのかしらと思っていると、
一昨年12月に再婚したテノール歌手、
ユシフ・エイヴァゾフさんのお披露目旅行の意味合いがあったのでしょうし、
中国公演のおまけなのかも知れませんが、
旦那さんとのデュオコンサートとしての、
来日公演が昨年実現しました。
これは待っただけのことはある素晴らしいコンサートでした。

今回はそれに引き続いての来日で、
旦那さん以外にバリトンを同行していて、
「イル・トロヴァトーレ」の1幕3重唱をラストに歌うのが、
今回のメインでした。

正直昨年のコンサートと比較すると、
ネトレプコ自身の曲目は少ないですし、
アンコールもなかったので、
少し欲求不満は残る部分はありました。

ただ、スケジュールを見ると世界中を、
過密にコンサートで飛び回っているので、
省エネになるのは仕方のないことなのかも知れません。

昨年は肉体はかなりのボリューム感でビックリしたのですが、
今回は多分昨年より5キロくらいは絞れている感じでした。

それより気になったのは、
ヴェルディのマクベス夫人や「アイーダ」のタイトルロール、
「トゥーランドット」のタイトルロールと、
力押しのドラマチック・ソプラノの歌唱が主体で、
繊細さや細かいコロラトゥーラなどの技巧は、
陰をひそめている感じがあったことです。
「仮面舞踏会」や「イル・トロヴァトーレ」での歌唱も、
装飾歌唱などはかなり大雑把で正確さには欠けていました。
中ではロシア物の「皇帝の花嫁」の狂乱の場が、
これだけは繊細な歌唱で面白かったのですが、
突出した感じはありませんでした。

これから何処に向おうとしているのか、
ちょっと疑問に思うような感じもあったのです。

いずれにしてもその風格と演技力、
声の振幅の大きさとスケール感など、
これぞ世界のプリマドンナという表現力自体は圧巻で、
これからもしばらくは、
世界のトップに君臨し続けることは確実と思われたのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル(2017年オペラシティ) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
デセイ2.jpg
僕の絶対の藝術神のデセイ様が、
先週に引き続いて2回目の東京でのリサイタルを、
オペラシティ・コンサートホールで開催しました。

プログラムは都民劇場の東京文化会館と同一で、
今回はアンコールが4曲に増え、
最後にドリーヴの「ラクメ」のラストにある小アリア、
「美しい夢をくださったあなた」を歌いました。

この曲は最初にデセイ様が来日した、
2004年のリサイタルでも2日目の最終日の最後に歌われ、
ほぼ毎回アンコールのラスト、
それも最終日に1回にみ歌われることが通例です。
2014年のリサイタルの時のみ、
都民劇場版ではプログラムに入っていたと思います。

死の間際の主人公ラクメが、
「あなたは全てを私にくれた」という趣旨のことを歌うもので、
これで終わり、という、
デセイ様の観客への感謝を込めた、
ある種の白鳥の歌的なものなのだと思います。

もっと以前には、
やや他愛なく感じられた小品ですが、
年を経るに連れそこに万感の思いが籠り、
今回は絶品だったと思います。

トータルな出来はただ、
残念ながら初日の都民劇場の時の方が良くて、
比較的高音は出ていて、
アンコールの「カディスの娘たち」では、
初日より高音をしっかり出していたのですが、
声は初日より荒れていて、
細かいアジリタの廻しも、
リスクが高いという判断なのか、
端折り気味に歌っていました。

中ではドビュッシーの「未練」が素晴らしく、
これは今の時点でのデセイ様の代表曲と言っても良いと思います。
繊細で華麗で、その情感と表現力、
声に込められたニュアンスの広がりが圧巻でした。
一方でグノーの「宝石の歌」は、
初日よりかなり落ちました。

当日はデセイ様の誕生日で、
観客がハッピーバースデーを歌うというサプライズもあり、
会場はなかなか盛り上がって良い雰囲気でした。
フライングの拍手もありませんでした。
みんなやる時はやるじゃん。

衣装は前半は黒のドレスで一緒でしたが、
後半は都民劇場では満開の桜を思わせるような花模様のドレスで、
今回はピンクの単色のカクテルドレスでした。
これも都民劇場の方が綺麗でしたね。

いずれにしてもまずまずの2公演で幸せでした。
次はあるのでしょうか?
それだけを期待しつつ、
つらい日々の日常をまた送ろうと思います。

それでは今日はとりあえずこのくらいで。

時間があれば後で別の記事も書く予定です。

石原がお送りしました。

ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル(2017年都民劇場公演) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日は声楽が1つと映画が1本です。

最初がこちら。
デセイ1.jpg
ナタリー・デセイ様がピアニストのカサールさんと、
2014年に続いてデュオ・リサイタルに来日されました。

4月12日が都民劇場のリサイタル、
それから1日福岡での公演があって、
今週の19日にはもう1回、
新宿のオペラシティでの公演があります。

デセイ様は僕にとっては絶対の藝術神で、
永遠の女神です。

2004年に日本で最初のリサイタルを開き、
東京でのその2回の公演に2回とも足を運びました。

このリサイタルは本当に本当に素晴らしくて、
聴き終わった後はしばらく呆然としていて、
公演は9月にあったのですが、
その年の終わりくらいまでは、
デセイ様のこと以外は殆ど考えられない状態でした。

彼女が目の前で僕のために1曲歌ってくれたら、
その場で咽喉を掻き切って死んでも構わないと、
本当にそのくらいに思いました。

その直後に体調不良で舞台を降板し、
休養に入ったというニュースを聞いた時などは、
フランスまで飛んで行って看病したいような思いにとらわれました。

翌年にメトロポリタン・オペラの「ロミオとジュリエット」で復帰、
というニュースが流れた時は、
真面目にアメリカまで聴きに行くことを考えました。

デセイ様の絶頂期は1998年から2002年くらいまでだと思いますが、
その時にどうして真の藝術を求めて、
何故ヨーロッパやアメリカに足を運ばなかったのかと、
それなしで空しく生きていても何の喜びがあろうかと、
そんなことを毎日悔いるような日々が続きました。

次の来日は2007年のことで、
日本でのデセイ様の人気は、
この時がピークであったと思います。

オペラシティのコンサートホールで、
3日間のリサイタルが行われ、
3日ともほぼ満席でした。
こんなことはあまりソプラノ歌手ではないことでした。

ただ、この時のデセイ様の調子はあまり良くなくて、
咽喉が何度も引っかかるように声が途切れ、
高音もあまり出ず、
ピアニシモの持続も困難でした。

3日のうち1日くらいはいいだろうと思い、
3日とも聴きに行きましたが、
結果としては3日とも同じ状態でした。

次の来日は何とオペラで、
2010年に「椿姫」の舞台に3回立ちました。

これも勿論全日程に足を運びました。

これはこれで素晴らしい舞台でしたが、
デセイ様にベルカントはあまり似合わないと、
そんな思いは抜けませんでした。
出来はまあまあというレベルだったと思います。

それから2012年にマリインスキー管弦楽団の演奏会に参加し、
「ルチア」のタイトルロールを演奏会形式で全幕歌いました。
この公演は1回きりでしたが、
素晴らしいもので、
奇跡的に声は持続され、
いつもの声帯のエンストのような引っかかりもありませんでした。
全盛期のような超高音はありませんでしたが、
歌い回しには間違いのない天才が宿っていました。

デセイ様の「ルチア」にようやく間に合い、
本当に幸せでした。
しかし、真の代表作であった、
「ラクメ」や「ハムレット」には間に合いませんでした。

その翌年の秋にデセイ様はオペラを引退しました。

そして、2014年にはカサールさんと歌曲主体のリサイタルに来日しました。

この公演はプログラムは意欲的なものでしたが、
デセイ様の声は絶不調で、
まともに歌えた曲は、
正直2回の公演で通算しても1曲もない惨状に終わりました。

絶えず声は突っかかって途切れ、
ピアニシモは持続せず、
高音もまるで出ないという無残な状態でした。

そして、今回同じカサールさんとのリサイタルで、
デセイ様は来日されました。

僕は正直あまり期待はせずに劇場に足を運びました。

それでも、彼女が出て来る直前には、
思春期のようにドキドキしましたし、
第一声を発する直前には心臓が止まりました。

4月12日の公演は2014年とはくらべものにならない良い出来で、
まだデセイ様は終わっていない、
という思いに胸が熱くなりました。

歌の技術自体は矢張り全盛期の完璧さとは程遠いのですが、
歌い回しにはかつての軽快さがかなり復活していて、
何より歌芝居のような、
情感を込めた歌い回しが魅力です。
一時期ベルカントにレパートリーを広げて、
無理に重い歌い回しをしていたのですが、
今回のリサイタルで、
初期の軽やかなコロラトゥーラの華やかさが、
戻っていたことをうれしく思いました。

後半は少し咽喉の調子が悪くなってきて、
エンスト気味の声の引っかかりも増えてしまいましたが、
それでも歌のフォルムはそう崩れることなく、
最後まで持続はされていました。

アンコールのシュトラウスで、
ちょっと当てるという感じの軽い出し方でしたが、
最近は出さない超高音を1回出していて、
19日にはもう少し踏ん張ってくれるかな、
とその点はとても楽しみです。

改めて思いますが、
たとえばグノーの「ファウスト」の宝石の歌を、
このように軽やかかつドラマチックに歌えるコロラトゥーラは、
デセイ様の他にはいません。

もう1日4月19日に公演があります。
今度は絶不調ということもないとは言えないので、
生物の舞台は予測は不能ですが、
12日と同じ調子でしたら、
間違いなく素晴らしい体験になることは確実なので、
ご興味のある方は是非足をお運び下さい。
僕も勿論駆けつけます。
フライングの拍手だけはしないでくださいね。

それでは映画の記事に移ります。

アントニーノ・シラグーザ テノール・リサイタル(2016年10月) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
シラグーザ.jpg
人気者シラグーザの、
多分2013年以来となるリサイタルが、
紀尾井ホールで行われました。

アントニーノ・シラグーザは、
イタリアの軽い声の高音域を得意とするテノールで、
イタリアはオペラの母国の1つですが、
現在ではテノールの名歌手と言える現役歌手は、
それほど多くはないので、
その中では抜群の美声と技術とを兼ね備え、
誰でも一度その生の歌い姿に接すれば、
何よりもその暖かい人柄の魅力に虜になる、
本当に貴重な存在です。

ご覧のようなスキンヘッドで背も高くはありませんが、
その澄み切った歌声は、
1音でも聞けば特別だということが分かります。

彼は1998年以降何度も来日し、
日本でもその歌声を聴かせてくれています。
僕が聴いた中で最高に良かったのは、
2009年の新国立劇場での、
ロッシーニの「チェネレントラ」の舞台で、
アドリブを交えて自在にコロラトゥーラの技巧を駆使し、
難アリアをアンコールも含めて歌い上げた姿は、
今も目と耳に焼き付いています。

あんな公演は、
もう新国立劇場で実現することはないのだろうな、
と思うと、
切ない気分になりますが、
仕方がありません。

彼はサービス満点でちょっと無理をするタイプなので、
その声の調子には結構ムラがあります。
アジリタの技巧自体は安定しているのですが、
超高音は本当に軽々と出る時もあり、
オヤオヤと思うほど出ない時もあります。
彼の超高音は、
車のギアチェンジのような感じで、
それまでの音階から、
出し方を変える感じなのですが、
そのギアチェンジが鮮やかに決まると、
ちょっとカタルシスのような興奮があります。
ギアチェンジの出来ない時は、
通常のテノールのように、
そのままの出し方で、
完全にファラセットではないのですが、
声帯を絞って音階を上げるような感じになります。
これは正直あまりグッと来ないのです。

2011年以降の日本での舞台は、
体調が明らかに悪いという時もありましたし、
高音に伸びがなく、声も荒れていて、
「ああ、これはもう限界なのかしら」
と思うようなこともありました。
正直2009年以前の舞台のイメージでいると、
裏切られることが多かったのです。

軽い声のテノールに多いことですが、
次第に中音域で声を張り上げるように強く出すことが多くなり、
声が荒れて、
声の軽さもなくなって高音も消えてしまうことがあります。

シラグーザももうそうした時期に達してしまったのかな、
とガッカリする思いもあったのです。

それが今回のリサイタルはかなりの絶好調で、
高音もハイDくらいまでバッチリ前に飛んでいて、
ギアチェンジもしっかり掛かっていました。
アジリタの精度や速さは、
矢張り以前と比べると落ちている感はあるのですが、
披露した「チェネレントラ」のアリアでも、
かつてのワクワクするような高揚感が漲っていました。

後半はちょっと荒れた感じはあったのですが、
何より澄み切った声が戻って来ていて、
ピアニシモからアクートまで、
幅の広い美声を聞かせてくれました。

本人も楽しそうに歌っていたと思いますし、
得意のサービス精神もバッチリで、
ラストは客席も大いに盛り上がりました。

シラグーザ復活を印象付けた一夜で、
非常に堪能しましたし、
ひと時コロラトゥーラの至福に酔う思いがしたのです。

最高でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


「パオロ・ファナーレ 」テノール・リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
パオロ・ファナーレ.jpg
イタリアの若手テノール、パオロ・ファナーレのリサイタルが、
先日紀尾井ホールで行われました。

パオロ・ファナーレは御覧の通り、
若手で美形のテノール歌手で、
最近その評価は高まっています。

確か来日のリサイタルは3回目になると思います。
毎回東京のリサイタルには足を運んでいますが、
伸長著しく、回を追う毎にその歌声の迫力と、
歌いまわしや情感の精度とスケールは、
どんどん増しているように思います。

今のところオペラでは、
「ファルスタッフ」のフェントンとか、
「ドン・ジョバンニ」のドン・アッターヴィオのような、
軽い声の役柄を持ち役にしていて、
今後ヘンデルやロッシーニのオペラのような、
コロラトゥーラの技巧を尽くしたような役柄も歌うのか、
それともヴェルディやプッチーニ、
ドニゼッティやベッリーニの、
比較的軽い声の諸役を歌うようになるのか、
どちらの道を歩むのかが、
まだ明確ではない段階にあるようです。

僕としては彼のような高音の軽いタッチが美しいテノールには、
コロラトゥーラの技巧的なアリアを極めて欲しいと思っているのですが、
何となく今回のリサイタルを聴いた印象としては、
ヴェルディやドニゼッティを主軸にしてゆく感じのようです。

今回のリサイタルの曲目は、
前半はトスティの歌曲のみを歌い、
後半はオペラアリアのみが並ぶ、
というスタイルで、
ロッシーニの「グリエルモ・テル」の技巧的なアリアや、
ハイC連発のドニゼッティの「連隊の娘」のアリア、
ベッリーニの「清教徒」のアリアと、
高音と技巧が必要な曲目が並んでいて、
非常に楽しみに当日を迎えました。

ただ、実際にはロッシーニは当日急遽歌うことを止め、
代わりにおそらくはアンコール用のヴェルディやプッチーニ、
前回も歌ったグノーを歌いました。
「連隊の娘」は順番を変えて、
どうにか歌ったことは歌ったのですが、
非常な短縮版の上に、
ハイCはかするくらいの歌い方で、
しっかりは出しませんでした。
ただ、ベッリーニは非常に良かったと思いますし、
高音もばっちりでした。
それで本人的にはきつい感じがあったのかも知れません。

前回も思ったのですが、
極め付けの美声で、
ピアニシモもとても綺麗で、
歌い回しは情感に溢れていて、
そうした点では素晴らしいのですが、
アジリタのような技巧はあまり得意ではないようです。
また、ハイCを超えるような高音は、
基本的には出さないようです。

当日はおそらく風邪をひいていたようで、
咽喉をしきりに鳴らして気にしていましたし、
慎重な歌い回しに終始していて、
あまり冒険はありませんでした。
絶好調であればロッシーニにもチャレンジしたのでしょうが、
それは難しいことだったようです。

以上はただ僕の推測で、
根拠のあるものではないので、
誤りがあればご指摘を頂きたいと思います。

前半のトスティは、
1曲毎に拍手が沸いていて、
これにはとてもガッカリしました。

歌曲は矢張り、
一連のものと考えて、
一区切りがついてから、
拍手をするべきではないでしょうか?

ただ、最近はこうしたリサイタルが多いように思います。

後半は客席もなかなか盛り上がっていて、
本人も嬉しそうだったのは何よりだと思いました。

素晴らしい素質のテノールだと思いますし、
ビジュアルにも恵まれているので、
是非その声を大切にして、
今回はややそうしたきらいがあったのですが、
不必要に声を張り上げたり、
無意味に伸ばして拍手を強要するような、
そうした悪いベテランのような歌は歌わないで欲しいな、
と思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

モイツァ・エルトマン(2016年王子ホールのリサイタル) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はクリニックは連休のため休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
モイツァ・エルトマン.jpg
ドイツの美貌のソプラノ歌手、
モイツァ・エルトマンが銀座の王子ホールで、
歌曲のリサイタルを開きました。

彼女は一時期ジャパンアーツが、
日本でアイドル的なプロモーションを行ない、
ハンサムなハープ奏者とのデュオリサイタルが企画されたりもして、
ビジュアル優先のように誤解される面があったのですが、
リートや古楽を繊細かつ知的に歌う確かな技術を持っていて、
クリスティーネ・シェーファー辺りに、
近い藝質を持っていると思います。

シェーファーの当たり役のルルでも成功していますし、
20から21世紀に作曲された前衛的なリートも歌っています。

ジャパンアーツが企画したリサイタルは、
繊細な歌曲の途中で、
無神経な拍手が矢鱈と沸くような、
美意識の欠片もない酷いものでしたが、
その後NHK交響楽団などのゲストとして来日した際には、
持ち前の歌い回しで繊細な歌を聴かせてくれました。

今回の来日はリートのみのリサイタルでしたが、
前半はシュトラウス、モーツァルト、シューベルトと花の歌を重ね、
そこに生の息吹を象徴させると、
ラファエル前派のミレイの「オフィーリア」の連想から、
オフィーリアの歌をシュトラウスとリームという、
新旧2人の歌で締め括ります。
後半は一転して死の匂いが濃厚に漂い、
死と再生のイメージを、
これも新旧の歌曲の連鎖で綴ります。

以前のリサイタルより、
明らかに余裕と膨らみを増した歌は、
非常に心地良く、時々にその表情を微妙に変化させて、
観客を魅了します。
美しさは相変わらずなのですが、
写真で想像されるより、
冷たさはなく小動物のような愛嬌があります。

アンコールの2曲まで、
合わせ鏡のようなシンメトリーをなしていて、
考え抜かれた構成は、
まさに絶妙でした。

観客も1、2回フライングの拍手はありましたが、
基本的には演者がふっと息を抜いて拍手を誘うまでは、
こちらも息と詰めて聴き入るという姿勢で、
不用意な拍手などのない、
まずは静謐な歌の楽園が、
成立していたのは至福でした。

ドイツリートはまだその入口を、
少し覗き見た程度なのですが、
深淵でスケールの大きな世界で、
これからも長く足を運び続けようと思います。

最高でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

東京・春・音楽祭 歌曲シリーズvol17. タラ・エロート [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日は石原が研修会出席のため、
午前午後とも石田医師の担当となります。
受診予定の方はご注意下さい。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
タラ・エロート.jpg
東京・春・音楽祭の歌曲シリーズとして、
アイルランド出身のメゾ・ソプラノ、
タラ・エロートのリサイタルが1日のみ行なわれました。

エロートは今売り出し中の若手のメゾ・ソプラノで、
所謂ズボン役や、
ロッシーニのチェネレントラのような、
コロラトゥーラをレパートリーにしています。

今回の彼女のリサイタルは、
期待を遥かに超える素晴らしさで、
久しぶりに本物のドイツ歌曲の冷厳で豊饒な響きと、
本物のアジリタの至芸を堪能しました。

こうしたリサイタルを、
月に1回くらい聴く機会があれば、
もう芝居も映画も何もなくてもいいな、
というくらいに思ってしまいました。

このシリーズは歌手のチョイスが素晴らしく、
昨年のクールマンも絶品でしたし、
一昨年のマルリス・ペーターゼンも、
まさに待望の初来日でした。

ただ、歌曲だけのリサイタルになるので、
オペラで活躍している歌手の場合、
矢張りオペラアリアも聴いてみたいな、
という気持ちにはなるのです。

それが今回、タラ・エロートは、
ほぼオペラアリアと言って良い、
ハイドンのシェーナと共に、
プログラムのラストに、
本人が得意としている、
ロッシーニのチェネレントラのラストの大アリアを、
最初から予定に組み込んでいました。

僕の記憶では、
こうした大作のオペラアリアが、
この歌曲シリーズで歌われるのは、
今回が初めてではないかと思います。

勿論嬉しい驚きです。

それ以外はドイツ歌曲の名品が並ぶプログラムです。

彼女はドイツリートにはもってこいの、
硬質で深い響きのある美声で、
その歌い廻しも惚れ惚れとするような繊細さです。

それでいて声は強く声量もあって、
かなりダイナミックな表現も可能です。
シュトラウスも良いと思いますし、
ワーグナーも役柄によってはいけそうです。

アジリタはグルヴェローヴァやバルトリほど、
超高速という感じではないのですが、
早さや正確さも水準以上ですし、
何よりダイナミックな高揚感に満ちているのが魅力です。

チェネレントラの大アリアは、
少しダイジェストの感じはありましたが、
久しぶりにコロラトゥーラの素晴らしさを、
体感することが出来ました。

次は是非オペラの舞台で彼女の歌を聴きたいと思いますが、
なかなか実現は難しいかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

アンナ・ネトレプコ スペシャル・コンサート [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
何もなければ1日のんびり過ごす予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
アンナ・ネトレプコ.jpg
ロシア出身のソプラノで、
今世界で最も売れっ子のオペラ歌手の1人である、
アンナ・ネトレプコが久しぶりに来日し、
オペラアリアのリサイタルを行いました。

ネトレプコは2000年代の初めころに頭角を表したソプラノ歌手で、
美貌の歌姫で貫禄充分なところは、
ゲオルギューの再来という感じがありました。
ただ、演技の大きさでも、
歌唱の技術的な面でも、
ゲオルギューを遥かに凌いでいると思います。

そのレパートリーは、
コロラトゥーラからベルカントまで幅広く、
力押しも出来る一方で、
そう上手くはないのですが、
コロラトゥーラのような装飾歌唱もそこそここなし、
何より演技の大きさが魅力です。

日本にはマリインスキー・オペラに同行したのが、
確か始まりで、
小澤征爾のオペラ塾でムゼッタを歌い、
2005年にはロシア歌曲主体のリサイタルを開きました。
このリサイタルは聴いていますが、
可憐な容姿と繊細な歌い廻しが素敵で、
アンコールで歌ったルチアの第一アリア(2幕)は、
確かな技術も感じさせました。

2006年にはメトロポリタンオペラの来日公演で、
「ドン・ジョバンニ」のドンナ・アンナを歌っています。
これは非常に豪華なメンバーの公演でしたが、
もう既に堂々たる貫禄のドンナ・アンナで、
観客の人気を最も集めていました。
この時は本当に目の覚めるような美しさでした。

オペラの歌唱として、
極めて印象的だったのは、
2010年の英国ロイヤルオペラの来日公演で、
ネトレプコはマスネの「マノン」のタイトルロールを歌い、
抜群の歌唱と演技を見せると共に、
ドタキャンして来日しなかったゲオルギューの代役として、
1日のみ「椿姫」の舞台に立ちました。

この時は「マノン」が最高で、
思わず2回足を運びました。
特に3幕で男たちを引き連れて女王然として登場し、
装飾技巧を散りばめたアリアを歌うくだりなどは、
これぞプリマドンナという、
惚れ惚れとするような姿であり演技であり歌唱でした。

1日のみ代役で歌った「椿姫」は、
高音に失敗したりして、
準備不足の否めない出来でしたが、
それでもおそらく日本では唯一の機会となるであろう、
ネトレプコのヴィオレッタを堪能しました。

この時のお姿は、
正直以前よりかなりあちこちにお肉が付き、
ぽっちゃりとされていました。

そして、2011年にメトロポリタンでの来日が予定されていたのですが、
震災の影響でキャンセルとなり、
その後もなかなか来日の機会はありませんでした。

もう駄目なのかしらと思っていると、
今回、まあ昨年12月に再婚したテノール歌手、
ユシフ・エイヴァゾフさんのお披露目旅行の意味合いがあるのでしょうし、
中国公演のおまけなのかも知れませんが、
旦那さんとのデュオコンサートとしての、
来日公演が実現しました。

18日に足を運びましたが、
これは素晴らしかったです。

東京フィルのオケを従えて、
オペラアリアばかりをガンガン歌います。
プログラムもかなり聴き応えのある曲を揃えていて、
アンコールまで一切の手抜きなし、
という姿勢が嬉しいのです。

ご本人は勿論ですが、
パートナーのエイヴァゾフさんが、
アルジェリア出身ですが、
イタリア的な輝かしい美声で、
これもなかなか聴き応えがあるのです。

棒立ちで歌うのではなく、
演技も入れて、
ほぼオペラの抜粋のようにして全ての曲を歌います。

ヴェルディの「オテロ」の二重唱では、
実際に2人が接吻を交わしますし、
ラストでは「アンドレア・シェニエ」のラストを、
処刑前の緊張そのままに歌い演じます。

歌自体も冒険はしていませんし、
技巧的にはボチボチで、
それほど高音も出さないのですが、
声量もあり非常に安定感と情感があります。
「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」など、
ピンカートンの乗る船を、
その腕で強引に引き寄せてしまいそうなド迫力ですが、
それでいてラストに掛けて、
蝶々さんの狂気を、
きちんと表現している点にも感心します。

お姿はかなりボリュームが増しました。
ちょっと予想を超えていて、
「あっ…」という感じはあります。
ただ、またオペラの舞台の前には、
もう少し絞られるのではないかと思います。

ともかく、声楽のリサイタルでオペラアリアとしては、
本当に素晴らしくて、
僕はデセイ様が絶対のナンバーワンなので、
それだけは除外すれば、
最高と言っても良い出来です。
声の調子も良さそうでしたし、
もう1日、21日のリサイタルが残っていますから、
今世界最高のソプラノ歌手の歌を聴きたいと思われる方は、
是非足をお運びください。

素晴しいですよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル(2015年) [コロラトゥーラ]

こんにちは。
石原藤樹です。

今日は1日北品川藤クリニックの外来診療です。
どんな1日になるでしょうか?
不安もありますが、
ともかくスタッフと一緒に全力を尽くしたいと思います。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
フリットリ リサイタル2015.jpg
現役最高のソプラノ歌手の1人、
イタリアの名花バルバラ・フリットリのリサイタルが、
10月1日に東京オペラシティコンサートホールで、
行われました。

クリニック開院の初日でしたが、
診療が終わってから駆けつけました。
最初には間に合わなかったで、
6曲目が終わってからの鑑賞になりました。

バルバラ・フリットリは、
初来日は2005年と遅かったのですが、
その後は来日を繰り返していて、
毎回体調管理が素晴らしく、
安定感のある素晴らしい歌唱を聞かせてくれます。
昨年の藤原歌劇団の「ラ・ボエーム」は未聴ですが、
それ以外は日本での舞台は、
概ね全て聴いています。

ベルカント歌いなのですが、
コロラトゥーラの技術もなかなかで、
今回もグノーの「ファウスト」中の所謂「宝石の歌」では、
その妙技を聴かせてくれました。

ただ、以前のようなコロラトゥーラ主体のアリアは、
最近はあまりレパートリーに入れていないようです。

オペラの舞台については、
昨年の「トスカ」も直前でキャンセルとなり、
「ラ・ボエーム」以外は日本ではあまり歌ってくれないのが、
最近の不満ではあります。

リサイタルに関しては、
曲目は少ないのですが、
昨年も非常に高度で完成された内容で素晴らしく、
今回もグノーなど、
あまり歌われることの少ないアリアを取り上げて、
名唱を聴かせてくれました。

昨年に引き続いて、
非常にレベルの高いリサイタルだったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

ヴィヴィカ・ジュノーの現在 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は2つ目の更新でまた趣味の話題です。

バロック・オペラ「メッセニアの神託」で来日した、
ファビオ・ビオンディ率いるバロック・アンサンブル「エウローパ・ガランテ」が、
メゾ・ソプラノの名花ヴィヴィカ・ジュノーをゲストに迎えて、
東京では1日のみのリサイタルを行ないました。
それがこちら。
ジュノーのリサイタル.jpg

ヴィヴィカ・ジュノーはアラスカ出身のメゾ・ソプラノで、
アジリタという装飾歌唱を、
物凄い速さで披露する超絶技巧がトレードマークです。

その人間離れしたようにも思える見事な妙技を、
2006年にはバロック・オペラ「バヤゼット」で披露してくれました。

しかし、最近はあまり活躍の噂を聞きません。

それが久しぶりに今回、
「バヤゼット」と同じ「エウローパ・ガランテ」が演奏するオペラ、
「メッセニアの神託」の日本初演に合わせて来日し、
オペラに出演すると共に、
「エウローパ・ガランテ」のリサイタルのゲストとしても出演することになりました。

前回の記事に書きましたように、
「メッセニアの神託」でのジュノーは、
アジリタは殆ど披露せず、
どちらかと言うと演技に寄り添うような歌唱で、
役柄の要素が大きいのですが、
正直物足りないものを感じさせました。
また、声にどうも伸びがなく、
もうかつてのような超絶技巧を、
披露することは出来ないのではないか、
という危惧を感じさせました。

実際のところはどうなのでしょうか?

それが一番知りたくてリサイタルに出掛けました。

ジュノーは4曲を披露し、
そのうちの1曲は「メッセニアの神託」の中のアリアで、
もう1曲はスターバト・マーテルでした。
そして、残りの2曲が、
かつて得意とした超絶技巧のアジリタを含む、
バロック・オペラのアリアです。

ジュノーは明らかに緊張していて、
アリアの前に一旦舞台袖に引っ込むと、
そこで発声練習をしているのが、
客席にまで聴こえて来ます。

そして、一向に出て来ないので、
ビオンディさんが迎えに袖に入り、
それからまたしばらくは出て来ませんでした。

久しぶりに歌うので、
歌い切れるか不安なのではないかしら、
とこちらの方も不安になります。

漸く出て来たジュノーは、
客席よりむしろ演奏陣を気にしていて、
そちらに向かって何度も頭を下げます。

そして、意を決したように歌い始めました。

彼女はそうして2曲の超絶技巧のアリアを歌い切り、
僕は少なくともここ数年では、
一番その歌に感銘を受けました。

何と言うか、それは本当にギリギリの歌で、
歌えるかどうかのスレスレのところで、
まさに神業的に踏み止まったような歌唱でした。

かつての彼女は身体の力を抜いた棒立ちで、
何か平然とした様子で超難易度のアジリタを歌っていました。
余裕綽々といった感じがありました。

しかし、今回の彼女は、
足を踏ん張って中腰で舞台に立ち、
歌う前には何度もビオンディさんを縋るように見詰めながら、
なりふり構わずに歌うという印象でした。

声は正直2006年頃の半分も出ていない、
といった感じでしたし、
アジリタの精度も速さも、
かつてには遠く及びませんでした。
特にところどころで急に低音に行くところなどは、
声が追い付かずに、ぶら下がるような感じになっていました。

しかし、その歌から受ける感銘は、
むしろ2006年の歌唱に部分的には勝るものがありました。

歌は矢張り技巧ではなく、
それを超えた何かです。

かつて歌の女神の寵愛を受けていた彼女は、
今肉体の衰えと共に、
その寵愛を外れようとしているのですが、
今回の舞台において、
かつての女神の寵愛を受けた曲を敢えて選び、
本当に自分がもう寵愛を外れたのかどうか、
もう昔に戻ることは出来ないのかどうかを、
自らに刃のように突き付けたのです。

その覚悟を見た歌の女神は、
そこに人間に出来得るギリギリの、
熟れた果実が落ちる寸前に持つ甘味のような、
豊穣な歌の世界を与えたのではないでしょうか。

今回初めて彼女の生の歌声を聴き、
超絶技巧のように感じられた方には是非申し上げたいのですが、
彼女の昔の歌はこんなレベルのものではなく、
もっと遥かに高い山頂に、
燦然と輝く大輪の花であったのですが、
それでもその花の輝き以上のものが、
今回の彼女のある種「白鳥の歌」の如き歌唱には、
間違いなく籠っていたと思うのです。

2004年に聴いた初めての来日のデセイ様の歌にも、
こうした輝きが確かにあったのですが、
藝術というのはまさにこうしたもので、
出せる筈のない声が出て、
聴こえない筈の音が確かに聴こえる時、
その単なる肉体を超えた何かの強く希求する意思のようなものが、
全ての人に感銘を与えるのだと思います。

客席はガラガラで企画としては失敗でした。
日本のマニアの移り気さには嫌になります。
大手の招聘会社はこうした時には、
タダ券を撒いたりして帳尻を合わせるのですが、
力のないところだとこうした惨状になります。
僕はジュノーが聴けて幸せでしたが、
企画としては結果論として、
リサイタルは上演されない方がましでした。
オペラは満席でしたから、
その方が、気持ち良く帰国して頂けたと思います。
こんな客席ではジュノーの来日も、
ビオンディさんの来日も、
多分もうないと思います。

それでは次に続きます。
次は演劇です。
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