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CTだけで脳梗塞の可能性を無視された2例 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内の2箇所を廻ります。

それでは、今日の話題です。

もう、あまり悪口は書かないようにしよう、
と思っていたのですが、
ちょっとあまりに酷いじゃないか、
と思える事例に立て続けに遭遇したので、
今日はそのことを書きます。

実名は伏せますが、
掛け値なく、実際にあったことです。

Cさんは90代の女性で、
老人ホームに入所されていた方です。
泌尿器科の病気があり、
ある総合病院にも通院されていました。
軽い心不全もお持ちでしたが、
自分で歩くことは困難な状態だったので、
よほど塩分を摂り過ぎなければ、
息苦しさが出たりすることはありませんでした。

ある日の朝からとろとろと寝ているような状態となり、
座ってもらって、食事を促すと、
口の片方の端からよだれを流し、
身体が右側に傾いてしまいます。
普段の血圧は正常でしたが、
その時は上が190を越えていました。

皆さんはどんな病気を疑いますか?

そうですよね。
言うまでもなく脳梗塞です。

それですぐに救急車を呼び、
いつも掛かっている総合病院を救急で受診しました。
内科の医者がまず診て、
それから脳外科の医者も診察に加わりました。
それから緊急でCTを撮りました。
脳外科の医者の判断はこうです。
「CTでは特に異常はありません。
血液検査でも異常はありません。
入院の必要はないので、お帰り下さい」
明らかに右の麻痺があるのです。
意識の状態も悪いのです。
そのことをいくら老人ホームの看護師が説明しても、
医者は聞く耳は持ちません。

Cさんはそのまま老人ホームに返されました。

当日は点滴をしましたが、
翌日も意識は戻りません。
それで、再度病院に診察を依頼しました。

もう1度CTを撮ると、
今度は脳の左側に大きな梗塞が見付かりました。
Cさんは即日入院になりましたが、
意識は戻らず、
そのまま二週間が過ぎます。

すると、今度は担当の脳外科医は、
「もう治療しても良くなる見込みはありません。
老人ホームに戻るか、
他の施設に移って頂きます。
移る場所は家族が探して下さい」
と冷たく言い放ちます。

ちょっと待って下さいよ。

最初に具合が悪くなって病院に行った時、
どうしてすぐ入院させてくれなかったんですか?
明らかに脳梗塞の症状が出ていたじゃないですか?
CTに映らなかったからですか?
でも、急性期の梗塞がCTに映らないことがあるのは、
それは教科書にも書いてある常識でしょ。
年齢を考えれば、
治療の選択は限られていたかも知れませんが、
「脳梗塞が強く疑われる時には、
入院してもらって、取り敢えず全身の管理をして、
慎重に様子を見る」というのは、
これもどの教科書にも書いてある、
治療のイロハでしょ。
何故そうしなかったんですか?
老人ホームに入っている方だからですか?
ご高齢だからですか?
もし当日に入院していたら、
その後の経過も違った可能性があったのではないですか?

妊娠された方の脳出血の受け入れ拒否も、
酷いとは思いますけど、
それに匹敵する酷さだと、
僕は思います。

ところが、話はこれで終わりではありません。

その2週間ほど後で、
やはり老人ホームに入所されていた、
80代の女性のDさんが、
ある寒い朝、やはり急に呼び掛けても、
反応を見せないような状態に陥りました。

Dさんには過去に脳梗塞を起こされていて、
右側の麻痺がありましたが、
問題のなかった左半身もダランとして動かなくなり、
瞼を開くと、
その黒目は右側に向かって不規則な動きを繰り返していました。
これらの症状の全てが、
以前とは反対側の脳に、
梗塞の起こったことを示していました。

DさんはCさんと同じ病院を、
救急で受診しました。
Dさんのご家族が、
その病院を指名したのです。

今度は脳梗塞を疑うという紹介状を書き、
最初から脳外科に紹介しました。

ところが…

担当した脳外科の医者はCTを撮り、
Dさんのことはろくすっぽ見ないで、
「CTでは脳梗塞はありません。
入院の適応はないので、今日はお帰り下さい。
具合が悪くなったら、今度は内科で診てもらうのが、
いいですね」
と言いました。

納得のいかないまま、Dさんはホームに戻りました。

そして、その夜です。

Dさんの意識の状態が悪化し、
救急車で再び同じ病院に運ばれました。

その翌日に撮ったCTには、
はっきりと大きな脳梗塞が映っていました。

Dさんの意識も2週間経っても戻らず、
主治医はCさんと同じように、
Dさんの家族にも、
早く行き先を見付けて病院を出るようにと、
矢の催促をしているのです。

東京のそこそこ名前の知れた、
総合病院での話です。

僕は今後絶対に、
その病院に患者さんを紹介することは止めようと決意しました。

これも日本の救急医療の1つの現実ですね。
お二人のご家族とも、
その病院を信頼して、
そこに運んでもらうようにと、
自らご希望されたのです。
それを考えると、
僕は今でも心が痛みます。

救急の患者さんは、
間違いなく平等ではありません。
認知症があるとか、
老人ホームに入所されているとか、
年齢であるとか、
そうしたことで、
ある種の病院や医者の対応は、
間違いなく違います。
でも、こうした地味な問題は、
取り上げられることもなく忘れられていくんですね。

今日は1つの現実の断面を、
お届けしました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「神の手」とは何か? [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診察は午前中で終わり、
午後は産業医の面談で2箇所を廻ります。

さて、今日の話題です。

以前「神の手を信じますか?」という記事を書きました。

今日の話は、その続きのようなものです。

実名は伏せますが、
ある分野の名医と言われていて、
ある分野の手術の日本における第一人者と言われていて、
症例数も多く、
学会での実績もあって、名誉ある立場にあり、
「神の手」めいた宣伝のテレビ番組に出演されたりもしていながら、
実は目茶苦茶手術が下手糞で、
本当は簡単な筈の手術でさえ、
失敗を繰り返している大先生がいらっしゃいます。

僕はその先生のことを考えると、
人生の不思議を感じます。

何故かと言うと、その先生は大変高名な方なので、
お金持ちか、タレントのようなセレブの方か、
特にコネのあるような人か、
いずれにしても「一般庶民ではない」人にしか、
手術はされないのです。

その人たちは、自分が成功した人間だと考えていて、
その大先生にかかれたことを、
ラッキーだと思っているのです。
「わたしは成功した人間で金も名誉もある。
だから、病気になってもこうした待遇が受けられるのだ」、
と思って、意気揚々と診察を受け、
手術を受けるのです。

ところが、人生はそう甘くはないのです。
思わぬところに落とし穴があるのですね。

その同じ先生が、実は医局の研修医からは、
「あいつに手術をされたら終わりだぜ」、
みたいな陰口を叩かれているのです。

しかし、そんな声がセレブの皆さんの耳に届く訳がありません。

そう思うと、これこそが「神の手」だったのか、
と思わなくもありません。

お金もコネもない大多数の人は、
テレビで絢爛豪華な名医の治療を見せ付けられても、
自分は近所のさほど評判の良くない病院で、
治療を受けざるを得ないのです。
名医紹介の番組は、
グルメ番組や豪邸紹介の番組と作りは一緒ですよね。
大多数の人の手には届かないものを、
「ほら、美味しそうでしょ」、と見せ付けるのです。
でも豪華な料理を食べなくたって、
死にはしません。
しかし、時に生死の懸かった状況に対して、
グルメ番組もどきが許されていいものとは、
僕には思えません。

ところがですよ。
冴えない近所の病院である手術を受けて助かったのに、
同じ手術を大先生がやって、
大失敗、ということが、
現実にはあるのです。

この現状を肯定するつもりはありません。
でも、ある種の「神の手」が、
そこに働いているような気が、
僕にはしてならないのです。
人間ならざるものが、
理不尽な不公平の、
バランスを取ってくれているような気がするのです。

どんな治療も、一部の特殊なものを除いては、
どんな人でもあるレベルで受けられるのが、
多分医療のあるべき姿ですよね。

でも、現実にはそんなものはありません。

何故ないのか、という大問題を、
ここで書くつもりはありません。

ただ、多分それはグルメもどきの名医紹介の番組を、
面白いと感じる知性にも、
その一因があるのではないか、
というのが、僕の考えです。
その中には上に挙げたような作られた名医も、
何人かは確実に混ざっているのですからね。
「治りそうにない病気が、名医の手で奇跡的に治った」、
というのはドラマならそれでいいでしょうけれど、
もし事実として流すのなら、
その影に同じ病気で亡くなられている、
多くの患者さんのいることを、
同時に伝えるべきです。
ああした番組の娯楽は、そうした不公平な理不尽さの上に、
成り立っているんですからね。

今日はちょっとレトリックが乱暴だったかも知れません。
ご不快に思われた方がいたらお詫びします。

でも、久しぶりの悪口なので、
お許し下さいね。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「医者の本音」の心理学 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談で、
2箇所を周ります。
雨など降らないでくれればいいのですが。

さて、今日の話題です。

医者のペルソナみたいな話を昨日して、
その続きです。
今日はもう、あまりペルソナとは関係ありません。
無理にこじつけようとして、ちょっと失敗しました。
まあ、単なる悪口です。
でも、個人攻撃ではありません。
その点は、ご理解下さい。

「医者の本音」みたいな題名のブログが、
よくありますよね。

僕はそういうのが嫌いなんです。

殊更に「本音」と言うのは、
普段は「本音」は言わない、という前提があるからでしょう。
じゃあ、普段は何を言うかと言えば、
「たてまえ」を言う、ということなんでしょうね。

「本音とたてまえ」ということが前提ですね。
本音は本当の音色。
たてまえは、香具師の口上のようなもののことのようです。
(建築用語の建前という説がありますが、多分それは嘘ですね)
調子のいいことを言って、価値のないものを売り付ける、
くらいのニュアンスでしょうか。
大道芸人を蔑視したような言い方です。
そんなに高級なたとえではないですね。
嫌な言い方です。

何よりも、「医者の本音」というのが、嫌なんです。
あなたがたまたま医者を職業にしていて、
普段はたてまえを喋っていて、
本当に思っていることを書きたいなら、
「自分の本音」と書けばいいでしょう。

違いますか?

何故、「医者の」なんですか?

それは、医者という肩書きの、職業の本音というニュアンスが、
そこにあるからでしょう。
それは不遜というものです。
あなたは、別に医者という職業の代表じゃ、ないでしょう。
あっ、そのつもりなんですか。
これはまあ、御見それしました。

「医者の本音」って何でしょうか。

患者さんを前にして、
「熱があるんですか、それはおつらいですね」
と言いながら、
心の中では
「その程度のことで救急で来るなよ」
と思う、ということでしょうか。
それとも、
「この薬がよく効くんです」
と言いながら、
「実は効かないと思ってる薬なんだけど、
製薬会社から出すように言われているから、出しているんだ」
と思う、ということでしょうか。
看護師としている患者さんの悪口を、
晒すということでしょうか。

悪いけど、下品ですね。

別にこんなことでいい人ぶるつもりはありません。
でも、僕だって医者という人種の端くれですけど、
本音とたてまえを使い分けるような、
そんな感覚を持ったことはないんです。
本音に近いことを、いつも口に出しているつもりですし、
それを計算している訳でもありません。
勿論、思っていても、言えないことはあります。
でも、それをブログで書いたりするつもりはありませんし、
何処かで陰口を叩こうとも思いません。
基本的には誰にも言わずに、
死ぬまでそのままにしておくつもりです。

責任のある仕事では、
本音とたてまえとを同じものにするように、
心がけるのが大切ではないですか。
もし同じでないとしたら、同じにするように努力するべきです。
それが、責任を持つということの、本質ではないでしょうか。
それを、「医者の本音」とか、「警察官の本音」とか、
「政治家の本音」とか、
下品じゃないですか。
そういうことを口に出すこと自体が。
自分がそういう卑しい心を持っていることを、
公言しているようなものなんですから。

端的にまとめれば、
「自分に表裏があるからと言って、
誰でもそうだ、と思うなよ」
ということです。

ちょっと、きつい感じの文面になりましたね。
ご不快に思う方がいたら、すみません。

こんな話は今日で終わりにして、
明日はもう少し学術的な話をしたいと思います。

お付き合い頂ければ、幸いです。

ちょっと疲れ気味です。
でも、何とか頑張ります。
今日が皆さんにとって、いい日でありますように。

石原がお送りしました。



医者のペルソナについての一考察 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は暑くなりそうですね。
気温の変動が大きく、体調を崩しやすいので、
ご注意下さい。
今日は胃カメラの日なので、カルテのチェックをして、
今PCに向かっています。

さて、今日の話題です。

まず、前置きから。

ペルソナとは、仮面のことで、
ユング心理学のお馴染みの概念の1つです。

社会においてイメージされる役割のようなものが、
深層心理にコンプレックスを作っていて、
それが、時に自我よりも巨大な存在となって、
自我を呑み込みます。

会社人間が退職したら、抜け殻のようになるのは、
会社人間としてのペルソナが肥大していて、
それが外れると、自分が何者であるのかが、
分からなくなってしまうせいなのだ、
という風に使います。

医者という人種がペルソナに支配されやすい、
というのは、ユング自身が指摘していることです。
「自分が医者である」というイメージが、
人格を蝕んでいくんですね。

えーと、
何故こんなまわりくどい前置きをするかと言うと、
これから書くことは、個人攻撃ではなく、
医者というペルソナへの批判だ、
ということを予め分かってもらいたかったからです。

さて、本題です。

最近、他の医者のブログや書いたものを、
読む機会が増えました。

それで、幾つか思ったことがあります。
そのうちの1つを、今日は取り上げます。

「点滴の作り置き」についてですが、
「何故悪いの?」と言う意見が多いですね。
1日くらい作り置きをしたって、危険のないものは幾らもあるだろう、
と言うのです。
たとえば、心筋梗塞の後で、血管拡張剤や、
鎮静剤の持続注射をすることがあります。
大きな注射器に、生理食塩水に溶いた薬を入れて、
それをポンプでじわじわと血液の中に入れていくんですね。
一本の注射器の溶液が、場合によって、2日くらいを掛けて注入されます。
そうすると、2日間は、この溶液はある意味作り置きされている訳です。
「俺はこういう治療を毎日やっているが、
1度も感染の起こったことはない」
という記載がありました。

でもね、僕はそれは違うと思うんです。
リスクはあるんですよ。
仮にセラチア菌がその注射器の中に侵入したとしましょう。
それが丁度交換した直後だったとすれば、
12時間後には敗血症を起こしても、
不思議ではありません。
そうでしょ。
昨日紹介した1991年の事例では、
切ったアンプルを、たった1日冷蔵庫で保管していただけで、
感染が成立し、実際に被害を出したんですよ。
現実にそうした事例がある以上、
リスクはあるんです。

では何故、その医者の治療では、
それまでに1度も感染が起こらなかったのでしょうか。

答は簡単です。

たまたまなんです。
たまたま、幸運にも起こらなかっただけなんです。

それを認識していたら、
とてもこんな軽率な言い方は出来ない筈です。

リスクはあるんです。
じゃあ、何故リスクがあるのに、こんな治療をするんでしょうか?

勿論、治療の効果が、リスクよりもずっと大きいからですね。

1日以上を掛けて行なう持続点滴というのは、
そういう手技なんです。

ですから、そのリスクを頭において、本当に必要な治療かどうかを、
日々考えなければいけませんし、
感染の予防には、万全を期すべきです。
そのための材料は、山のように提供されているんですから。
今言われている感染の防御策を全てやったとしても、
リスクはゼロにはなりません。
しかし、格段に低くはなります。
格好の事例が2002年の大阪の病院での、
セラチア菌感染後の取り組みですね。
その内容は、今もネット上で見ることが出来ます。
あれを読んでいれば、
「よくやってることだし、今までトラブルになったことはないんだから、
騒ぎ過ぎなんじゃないの」
みたいな発言は決して出来ない筈です。

そして、何故こんな言い方が平気で出来るのかと言うと、
それは「俺のやっていることは正しい」という
考えがあるからですね。
それが多分この医者のペルソナなんです。
この人にとっての医者という役割像は、
「間違いを犯さない人」
なんですね。

長くなりましたので、続きは明日にします。

今日が皆さんにとって、いい日でありますように。

石原がお送りしました。




医者の賄賂の心理学 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝の8時にPCに向かっています。
気持ちのいい朝ですね。
こんな日こそ、
気持ちを引き締めて、
ミスのないように診療に当たりたいと思います。

決して惰性で流さないように。
それが、なかなか難しいんですね。

さて、今日の話題です。

もう、悪口めいた話は止めようと決めたのですが、
もう一つだけ、今日はある病院の話をします。
これも、本当にあったことです。

東京に住んでいるAさんの、
長野にいる親戚が、
地元の病院で、
胆道癌と診断されました。

もう手遅れで手術は出来ない、
と言われたのです。
その親戚はAさんを頼って、東京へ出て来ました。

東京には、どんな患者でも助かると評判の、
有名な病院があると聞いていたからです。

Aさんは親戚を連れて、
その大病院を訪れました。
担当した医師は、紹介状をちらと見ただけで、
診察すらすることはなく言いました。
「ここで手術は出来ません。お帰り下さい」

剣もほろろでした。

Aさんは再度病院を1人で訪れ、
外科部長に面会を求めました。
「この病院の対応について、是非お話したいことがある」
と言ったのです。

部長室で面会すると、
Aさんはすぐに、
お金の入った分厚い封筒を、外科部長の手に差出しました。
「先生の研究の足しにして欲しい」
と言ったのです。
勿論親戚の名前を伝えることは忘れませんでした。

翌日すぐにAさんの所へ、
病院の事務から連絡が入りました。
入院が決まったので、すぐに来て欲しいとのことでした。

Aさんの親戚はその有名病院に入院し、
すぐに手術の運びとなりました。

そして、手術の甲斐なく、その一ヶ月後に亡くなったのです。

皆さんはこの話をどう思われますか?

問題の本質は、
お金を受け取ったということよりも、
病院のポリシーを曲げて、
本来必要のない、
治る見込みのない手術をした、
ということにありますね。

どうしてこういうことが起こるのでしょうか。
そのことを、ちょっと心理学的な立場から、
分析してみたいと思います。

ユングによれば、思考(thinking)と感情(feeling)とは、
拮抗する概念です。
思考の肥大した人格は、
感情は貧弱で歪んだものになり易いのです。

大学教授が娼婦に恋したりするのは、
そんな人格の特徴ですね。
学校の先生が痴漢をしたりするのも、
同様のメカニズムです。
成熟した感情や愛情の成立しにくい心理があるのですね。

この賄賂を受け取った外科部長も、
そうした思考肥大のタイプと思われます。
冷静な状況で突き放すのは得意でも、
一対一で感情に訴え、
交換条件をシンプルに突きつけられると、
普通の人格以上に、
過剰に反応してしまうんですね。

別に何かを非難するつもりはありません。
ただ、不思議な病院だとは思いますね。
何のコネもなく受診すれば、
誰でもカフカ的不条理の世界に出会えます。

それでいて、所謂VIPには理想的な病院なんです。

そろそろ診療時間になります。
今日はこのくらいで。
石原がお送りしました。

続・続・100パーセント治る病院の謎 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今は朝の7時30分。
色々やるべきことはあるのですが、
土曜日ともなると、どうも元気が出ません。
診療所へ来て、殆どすぐにPCに向かっています。

さて、今日は昨日の癌専門病院の話の続きです。
ちょっとしつこい気がするので、
この話は今日で終わりにしますね。

以下は僕が実際に経験した実例です。

癌専門病院として、
全国に名を轟かせているその病院に、
僕は以前70代の男性を紹介したことがあります。

お腹の超音波検査で膵臓にしこりが見つかり、
腫瘍マーカーのCA19-9の数値が上昇していました。
膵臓癌を疑ってCTを撮ったところ、
膵臓に嚢胞性の腫瘍が見付かったのです。
その時点では、間違いなく胸のレントゲンに、
異常はありませんでした。

幡ヶ谷からは、遠方だったのですが、
本人の強い希望があり、
その病院に紹介しました。

膵臓に出来る嚢胞性の腫瘍は、
良性のことが多いのです。
ただ、部分的に悪性の所見の見付かることがあり、
現在では、手術で取ることの方が、
多いようです。

高齢で、本人が手術を望まなかった、
ということもあるのでしょう。
3ヶ月に1度の検査で、
様子を見ていく方針となりました。

その男性は主治医に言われた通り、
1年間以上通い続けました。
膵臓の検査では、
特に変化の兆しはありませんでした。

そうして2年後のことです。

1年に1度、定期チェックで撮ったレントゲンで、
肺に影が見付かりました。
肺癌だったのです。

膵臓専門の主治医は言いました。
「わたしは肺癌は専門ではありません。
肺癌の専門科へ紹介します」

男性が肺癌の専門科へ行くと、
簡単な検査をしただけで、
肺癌の専門医は言いました。
「もう手遅れです。わたしに出来ることはありません。
膵臓の先生にお返しします」

男性は言いました。
「わたしはこれからどうしたらいいでしょうか」
膵臓の主治医は言いました。
「膵臓だけでしたら、わたしが診ます。
また3ヶ月後に検査をしましょう」
男性は、3ヶ月後の予約を取って、
病院を後にしました。

それから半年後、
男性は亡くなりました。
近所にある小さな病院で。
死因は肺癌でした。

その癌専門病院というのは、そういう所です。
全ての病院が、という訳ではないですよ。
その病院の特質なのだ、と僕は思っています。
紹介された癌だけを、
ただそれだけを診るのですね。
人間を診る訳じゃないんです。
その人がどれだけの信頼をここにおいていて、
どれだけの辛い思いをして通っているかなんて、
その膵臓癌専門医の心にはないのですね。

どうしても、質問したいことがあるんです。
実際にはとても訊けないですけどね。

どうして、手遅れの肺癌があるのを知りながら、
また3ヶ月後の検査の予約を取ったのでしょうか。
全く何の意味もない検査なのに。
不思議ですよね。
膵臓のしこりが大きくなろうがそのままだろうが、
何の違いもなかった筈なのですから。

名医って、僕にはよく分からないんです。
テレビなんかでは、
物凄く素晴らしい発言をされていますけれど、
どうしてあの同じ舌で、
遠方の患者を無意味に通わせ、
見放しておいて、
検査だけはさせるのでしょうか。

本当に不思議ですね。

以上書いたことに、誓って嘘偽りはありません。

最近は、その病院に僕の方から患者さんを紹介することは、
決してありません。

診療時間が近付きましたので、
今日はこのくらいにします。
今日も一日、自分の出来る範囲で、
精一杯頑張ります。

みなさんにとっても、いい日でありますように。
石原がお送りしました。




続・100パーセント治る病院の謎 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今は朝の8時です。
酷い雨ですね。
昨日は午前中がちょっとバタバタしました。
もし、おいでになった方で、
お読みの方がいたら、
この場を借りて謝ります。
お待たせして申し訳ありませんでした。

今日は、
以前書いた「100パーセント治る病院の謎」の、
続編です。

「病院ランキング」みたいな本は、
やたらありますよね。
特に癌では、5年生存率とか、
そういうデータが重要なものとして、
記載されています。
あれは、どうやって調べていると思いますか。

いや、逆にみなさんに訊きたいんです。
どういう調べ方をしたら、
その病院の本当の治療レベルが分かるでしょうか。

ある病院へ行って、そこで癌の手術を受けます。
手術した後の経過は、
通常5年間はその病院で観察されます。
10人の患者さんを手術して、
その10人全員が5年後まで生きていれば、
5年生存率は100パーセントです。

よろしいでしょうか。

でも、手術を受ける前の段階で、
僕の知っているある大病院では、
徹底したふるいが掛けられるのです。

まず、門前払い。

資料をちらと見ただけで、
「うちの病院で診る対象ではありません」
と言われます。
患者さんの背景が、
病院にとってトラブルになりそうな場合であったり、
治る可能性が低そうだったり、
つまりこの病院で診るのが損だ、
と思われると、
その時点で「もう来なくていい」
と言われます。

その関門を抜けると、
次に執拗な検査責めが待っています。

あらゆる検査をした上で、
更にふるいが掛けられます。
これは必ずしも合理的なプロセスではないんです。
多分そう思われている方が多いと思うんですけど、
違うんですよ。

色々と検査をしますし、
一応の手術適応の条件も決められてはいます。
でもね、決してその通りに決まる訳ではないんです。

ある種の主観に満ちた、
恣意的な要素が、
最終的にはそこで手術をするかどうかの、
最終判断に使われるのです。

はっきり言えば、
手術が成功する人を、
選んで手術する訳です。
勿論その人がVIPだったりすれば、話は別です。
リスクを負っても、そういう場合はやりますね。
でも、一般の人間にはそれは通用しないんです。

本来の統計は、
その病院を頼って来た全員の中で、
どれだけの人が助かったか、
その点で判断されるべきです。
でも、断言しますけど、
そんな統計は一度も行われたことはないですよ。

そして、
一般に素晴らしい病院と言われているその病院の統計は、
いつも100パーセントに近い5年生存率なのです。

診療時間が近づきましたので、
今日はこの辺で。
石原がお送りしました。


うつ病を巡るまやかし [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今、朝8時丁度です。
第2第4の土曜日は、心療内科の専門外来の日です。
心療内科をやっていまして、
僕と非常勤の専門医との二人三脚で診察をおこなっています。

その場合のメリットは、
広い視野で診察が出来ることだと、
僕は思っています。
身体の病気で、精神に不調が来ることは、
非常に一般的なことですからね。
両方一度に診る、というスタンスでなければ、
意味がないでしょ。

酷い統計があるんですよ。
糖尿病の患者さんの3割はうつ病である、
とか、
心筋梗塞の患者さんの2割はうつ病であるとか、
何とか。
要するに身体の病気で掛かっている患者さんの中に、
うつ病の人がいるから気を付けろ、
と言うんですね。
こんな研究を資金を出してさせているのが、
うつ病の薬を販売している製薬会社なんです。

分かりますか、このからくり。

たとえば、あなたが糖尿病になったとします。
それで、大病院に掛かっています。
2週間に1度は診察に行かなければいけません。
予約があるのに死ぬほど待った挙句、
ろくすっぽ目も合わせない医者に、
将来への不安を煽るようなことばかりを言われます。
この血糖の数値だと、将来失明のおそれがある、
とか、
腎臓が悪くなって透析になるかも知れない、
とか何とか。
忙しい時間を割いて、金を払って、
診察を受けてこの始末。
その上、糖尿病は治らないのだとすれば、
一生この繰り返しは続くのです。

ある診察の時に、
あなたは一枚の紙を渡されます。
そこには、
幾つかの質問が書いてあります。
「この2週間以上、気分の落ち込みがありましたか?」
などなど。
そりゃ、落ち込むでしょう。
行きたくもないのに、
医者通いで嫌な思いをさせられているんですから。
あなたはその通りに紙に書きます。

すると、次の外来で、
医者は言います。
「あなたはうつ病もある可能性があります。
今度、メンタルヘルス科の外来も受診して下さい」
あいつらは、最近は精神科なんて、絶対に言いませんね。
でも、言葉が変わったって、内容は同じですよ。

あなたはメンタルヘルス科に行きます。
すると、更に薬が増えます。
今度は抗うつ剤や安定剤の薬ですね。
糖尿病にうつ病を合併していると、診断された訳です。

これがもしうつ病だとして、
メンタルヘルス科に通って治ると思いますか?
治る訳がないですよ。

だって、あなたのストレスは病院に掛かること、
そのものなんですから。
それを治すために更に診察の回数を増やし、
更に薬を増やすなんて、
どう考えても本末転倒でしょう。

あなたを診ていた糖尿病の医者はね、
うつの問診表の結果が出たら、
こう問い直すべきなんです。
「自分のせいで、この人はうつ病になったんじゃないだろうか」
「良かれと思って、却ってこの人にストレスを与える結果になったんじゃないだろうか」

そう思ったら、すぐに精神科に紹介するなんてことはしないでしょう。
まず、よく話し合って、治療とストレスとの関係について、
検証し直すべきです。

それを安易に紹介するのは、
専門医制の弊害ですね。

そしてその裏には、
抗うつ剤の売り上げを伸ばそうという、
製薬会社の思惑がある訳です。

製薬会社の営利企業としての意思とは何ですか。
薬をなるべく沢山の人に飲ませることですね。
ここには、以前お話しした、薬の特許の問題が絡みます。
ジェネリックが出るまでの期間は短いので、
それまでに何とか利潤を上げたい訳です。

なるべく沢山の人に薬を飲ませるためには、
うつ病と診断される人を増やすことですね。
薬が大して必要ない人にも、
薬を飲ませるための大義名分が必要になります。
そのために、製薬会社は、
その目的に適合した研究にお金を出すのです。

先に紹介した糖尿病とうつ病との関係は、
そうした思惑から生まれたデータなんです。

誰が一番悪いんでしょうか。
僕の考えは矢張り医者ですね。
製薬会社の考えは、えげつなくはあっても、
資本主義の世の中にあっては、
極めて当たり前のことなんです。
ですから、医者にはそれを見抜く目が必要ですよ。
僕も人のことは言えませんけど、
製薬会社が薬を進めに来た時は、
少し眉に唾を付けるべきなんです。
それと、明らかに製薬会社に有利なような研究を、
お金をもらって平然を発表するエラい先生方も、
また問題ですね。

最後にもう一度だけ、
心筋梗塞や糖尿病にうつ病が合併するなんて、
そんなの大嘘ですよ。
医者がうつにしているだけの話なんです。

以上、石原が責任を持って、
悪口をお送りしました。

それではまた。
今日も自分なりに頑張ります。

100パーセント治る病院の謎 [悪口]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

昨日は午前中は割りと混んで、
午後はさっぱりでした。
そうすると、午前中はバタつくし、
午後はこれで大丈夫なのか、
夜逃げの準備をした方がいいだろうか、
転職の本でも読んでおこうか、
などと不安になります。

医療機関も資本主義の世界では、商売になってしまうので、
悲しいけれど、そんな感じです。

今日は悪口です。
カテゴリーが悪口というのも、どうかとは思いますが、
匿名ですので許して下さい。
でも、悪口を言う時には、
必ず嫉妬の感情を孕んでいるのですね。
これは絶対です。
でも、いいじゃないですか、嫉妬したって。
多分、人間に特徴的な感情ですからね。

さて、ある超有名な病院の悪口なんですけど、
そこはね、癌の専門病院として、日本中で有名なんですね。
治療成績も、あらゆる部門でトップクラスなんですよ。
そこへ行けば、100パーセント治る、と錯覚したっておかしくないくらいです。
ご立派なホームページもお持ちです。
惚れ惚れするような内容ですよ。
「患者様」「患者様」の連発です。
でもね、僕は進んでは紹介しません。
人によっては、どうしてもそこに紹介して欲しい、と言われる方がいるので、
勿論その時は別ですけどね。
どうしてなのか、これからお話します。

70代男性のAさんは、
肺癌と診断されて、その病院を紹介されたんです。
手術は無理だが、放射線治療なら可能、と言われました。
Aさんは片道2時間を掛けて、その病院へ毎日通いましたね。
1ヶ月以上の間です。大変な労力ですよ。
でも、大先生の言われることですからね、
頑張って通ったんです。
癌は縮小した、と言われました。
Aさんは、勿論喜びましたね。
そして、一ヶ月後に検査がありました。
結果は再発だったんです。
肺の別の場所の癌が大きくなっていたんですね。
主治医の大先生は言いました。
「ここはね、Aさん、治る人だけを治す病院なんです。残念ながら、再発です。
もう、治りません。これ以上、この病院でやることはないので、お帰り下さい」
Aさんは驚いて言います。
「これから、わたしは何処で診てもらえばいいんですか」
「お近くの病院で診てもらえばいいんじゃないですか。通うのも楽でしょう」

それから、2ヶ月後、Aさんは亡くなりました。

これは、間違いなく本当の話です。
僕が実際に見たことです。

でもね、この病院の統計では、Aさんの放射線治療は成功と報告されているか、
無視されて抹殺されているかのどちらかですよ。
だって、病院を追い出した後の経過を、
その病院は全くフォロウしていないんですから。
統計の取りようがないですよ。
フォロウしないんだから。

かくして、この病院の治療成績は、
Aさんが死んでも、100パーセント近くのままなのです。
Aさんを、最後に診た病院の治療成績は悪いでしょうね。
でも、本当にいい病院はどちらでしょうか。

その病院の名前ですか。
勿論、診療所にいらした方には実名でお知らせします。
以上、石原が責任を持って、
悪口をお送りしました。
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