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SSRIによる先天性心疾患のリスクと遺伝子型との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
SSRIと胎児奇形.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
妊娠中とその前後のSSRIの使用により、
上昇する心血管疾患のリスクが、
母体と胎児の代謝系の遺伝子変異により、
どの程度変化するのかを検証した論文です。

SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)は、
現在最も広く使用されている抗うつ剤です。

その安全性を検証する上で常に問題となることの1つは、
その妊娠中の使用における安全性です。

これまでに一部のSSRIについて、
妊娠初期における心奇形の増加と、
妊娠後期の使用により、
新生児遅延性肺高血圧症と、
新生児禁断症候群という病態が、
出産直後に生じる可能性がある、
ということが指摘されていました。

以前ご紹介したことがある、
2015年のBritish Medical Journal誌の論文では、
アメリカの10カ所の医療センターのデータを活用して、
17652名の先天性の疾患を持って生まれたお子さんを、
9857名の障碍のないお子さんと比較して、
先天性の障碍と妊娠初期(3か月以内)のSSRIの使用との、
関連性を検証しています。

SSRIについては、
シタロプラム(日本未発売)、エスシタロプラム(商品名レクサプロ)、
フルオキセチン(日本未発売)、パロキセチン(商品名パキシル)、
そしてセルトラリン(商品名ジェイゾロフト)が対象となっています。

そのベイジアン解析の結果として、
個別のSSRIと個別の胎児奇形との間で関連が認められたのは、
パロキセチンと5種類の先天性疾患との関連、
及びフルオキセチンと2種類の先天性疾患との関連のみでした。

具体的には、
パロキセチンについては、
無脳症のリスクが2.5倍、心房中核欠損のリスクが1.8倍、
右室流出路狭窄のリスクが2.4倍、
腸壁破裂リスクが2.5倍、臍帯ヘルニアのリスクが3.5倍、
それぞれ有意に増加している、
という結果でした。

フルオキセチンについては、
右室流出路狭窄のリスクが2.0倍、
頭蓋骨癒合のリスクが1.9倍と、
それぞれ有意に増加していました。

それ以外の抗うつ剤と個々の胎児奇形との間には、
明確な相関は認められませんでした。

ただ、これは必ずしも他の抗うつ剤が安全ということではなく、
使用頻度などによる影響が大きいと、
考えておいた方が良いと思います。

さて、次に問題となるのは、
お母さんやお子さんの体質的な要素が、
このSSRIによる心疾患の発症に関連しているのではないか、
ということです。

先天性心疾患と関連のある代謝異常としては、
葉酸関連の異常がよく知られています。

葉酸はビタミンBの一種で、
その名の通り、
野菜などの葉っぱに多く含まれている栄養素です。

この葉酸は補酵素と呼ばれ、
遺伝子の構成成分である、
核酸をつくる酵素の働きを助ける役目があります。

つまり、単純化して言えば、
葉酸が不足すると、
細胞分裂がスムースに行なわれなくなるのです。

特に女性の妊娠中は、
胎児の細胞分裂のために、
多くの葉酸が必要となるので、
妊娠中には通常より多くの葉酸が必要となります。

妊娠の初期に葉酸が不足すると、
神経管の閉鎖という現象が妨げられ、
先天奇形の増加することが知られています。
このために、アメリカでは1998年、
FDAの指示により、
全ての強化穀物に、
葉酸の添加が義務付けられました。

日本ではこうした措置が取られてはいないので、
葉酸の欠乏が生じ易いのではないか、
というのが1つの問題点として、
指摘されるところです。

葉酸は必須アミノ酸であるメチオニンと、
ビタミンB12の代謝にそれぞれ関連があります。

メチオニンは代謝の過程で、
不安定な中間産物である、
ホモシステインを発生させます。
このホモシステインは身体を酸化させ、
血管の細胞や神経の細胞に対する毒性を持つなど、
試験管の実験のレベルでは、
かなりの悪玉であり、
人間の病気や老化の大きな原因である、
動脈硬化や認知症の原因である神経細胞死にも、
深い関わりを持つとされています。

通常の身体の状態では、
ホモシステインはビタミンB12と葉酸との働きによって、
無害な物質に変化します。

ところが、葉酸やビタミンB12が足りないと、
ホモシステインの蓄積が起こるのです。

今回の研究においては、
葉酸の代謝に関連のある遺伝子多型と、
ホモシステインの代謝に関連のある遺伝子多型、
そしてトランススルフレーション経路といって、
ホモシステインをシステインに変換する過程に関連のある遺伝子多型を、
1180名の先天性の心疾患を持つ新生児と、
1644名の心疾患のない新生児、
そしてその母親で検査して、
SSRIの使用とお子さんの心疾患の発症とが、
遺伝子のタイプによりどのような影響を受けるのかを検証しています。

その結果、
葉酸やホモシステイン、
トランススルフレーション経路に関わる遺伝子多型により、
SSRI使用時の先天性心疾患の発症リスクが、
2から7倍程度増加することが確認されました。
このリスクの増加は母親ばかりでなく、
新生児の遺伝子多型によっても認められました。

つまり、SSRI使用時に生じる胎児の先天性心疾患のリスク増加は、
SSRIが葉酸などの代謝経路の異常を、
後押しするような形で生じている可能性が高い、
という結果です。

こうした知見を活用することにより、
SSRIのリスクが高い患者さんを振り分けたり、
そのリスクに応じて薬の適応を選択したり、
一定の予防策を講じられる可能性が生まれたことは、
意義のあることではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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肺炎と心不全との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
心不全と肺炎との関連.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
肺炎と心不全との関連についての論文です。

肺炎というのは、
細菌やウイルスによる肺胞の炎症で、
感染症の1つですが、
日本人の死亡原因の第3位を占めていて、
特に高齢者では重症化のリスクが高いと考えられています。

肺炎は基本的には急性の病気で、
治れば特に後遺症を残すようなことは少ないと考えられます。

しかしその一方で、
1回肺炎になった人は、
その後他の病気に罹ったりする可能性が、
長期に渡って高い、
という疫学データが複数存在しています。

中でも関連が深いと思われるのが心不全です。

高齢者では肺炎をきっかけとして、
心不全が悪化するようなケースが多く報告されています。
心臓と肺とは一体として結び付いている臓器ですから、
これは当然とも言えるのですが、
その影響が数年間というような長期に渡り持続した、
というような報告もあり、
肺炎と心不全との関係は、
単純にそれだけのものでもなさそうです。

今回の研究はカナダにおいて、
複数の医療機関で心不全の既往のない肺炎の患者4988例を登録し、
年齢や性別などをマッチさせたコントロール23060例と比較して、
中央値で9.9年という長期の経過観察を行っています。

すると、
心不全の発症率は肺炎群では全体の11.9%に当たる592例に対して、
肺炎を起こしていないコントロール群では、
全体の7.4%に当たる1712例で、
肺炎を起こすとその後の心不全の発症率は、
起こしていない場合の1.61倍と有意に高くなっていました。
(95%CI;1.44から1.81)

この肺炎後の心不全の増加は、
肺炎罹患後90日でも1年以内でも高く、
10年近い観察期間を通して持続的に高くなっていました。

年齢が65歳以下においても、
肺炎後の心不全のリスクは1.98倍と有意に増加していて
(95%CI;1.55から2.53)、
65歳以上と比較すると、
勿論発症率自体は低いのですが、
その相対的なリスクの増加は、
むしろ65歳以下の方が高くなっていました。

つまり、年齢に関わらず
肺炎に罹患した後は長期に渡り、
心不全のリスクが高くなる可能性があります。

そのメカニズムは不明ですが、
肺炎後は心不全のリスクとなるような生活習慣を避け、
定期的な健康チェックを行うことが、
現状では健康を守るために、
重要なことだと言って良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

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低尿酸値症の腎障害リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などに廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
低尿酸値症と急性腎障害との関係.jpg
2016年のClin Exp Nephrol誌の論文ですが、
高知医科大学において、
入院患者の急性腎障害の発症と、
尿酸値との関連を検証したものです。

今年日本痛風・核酸代謝学会は、
腎性低尿酸血症の診療ガイドラインを発表する予定で、
その概要が公表されています。

要するに低尿酸血症のガイドラインです。

尿酸が高いと足の指の付け根が腫れて痛む、
痛風発作が起こりやすくなることは皆さんも良くご存じだと思います。

そのために、
尿酸の数値が高いと食事のプリン体を減らすように、
食事は注意を受けますし、
尿酸を下げる薬も処方されます。

その一方で尿酸が低くて良くない、
というような話はあまり聞きません。

それでは、尿酸が低いと一体どのような問題があるのでしょうか?

上記文献で取り上げられているのは、
急性の腎機能障害です。

尿酸が高いことも腎障害や心血管疾患のリスクになりますが、
その一方で尿酸が低いことも急性の腎障害のリスクになると報告されています。

体質的な低尿酸血症のある人で、
運動をした後に急性腎不全になることがあり、
運動後急性腎不全などと言われています。

それでは具体的にどのくらいの尿酸値が、
急性の腎障害のリスクになるのでしょうか?

上記文献は高知医科大学において、
64506名の入院患者のデータを解析し、
入院中の急性腎障害の発症と、
尿酸値との関連を検証しています。
このうち10382名に急性腎障害が発症しています。
かなりの高率です。
そのうち最終的には尿酸降下剤が使用されていた患者さんや、
腎障害発症前30日以内の尿酸値が測定されていない事例などを除外して、
最終的には腎障害を起こした7491名と、
腎障害を起こさなかった51728名が比較されています。

その結果はこちらをご覧ください。
尿酸値と急性腎障害.jpg
縦軸が入院中の急性腎障害の発症リスクで、
横軸が尿酸値、青が男性で、赤が女性のデータを示しています。

尿酸値が7mg/dLを超えると、
確かに急性腎障害のリスクは増加していますが、
2㎎/dL未満という低尿酸値症においても、
高尿酸値症をしのぐような、
急性腎障害のリスク増加が認められています。

この2㎎/dL以下というのは、
間違いなく体質的な尿酸の低下を示すもので、
今年発表される予定のガイドラインにおいても、
この数値が基準になるようです。

低尿酸値症で何故腎障害のリスクが高まるのかについては、
尿酸の過剰排泄による尿細管障害など、
推測はありますが、
まだ確定した知見はないようです。

尿酸値は高いことも低いことも腎障害のリスクになり、
尿酸値の異常のある方では、
消炎鎮痛剤の使用や脱水は、
その発症の危険性を増すということは、
情報として知っていて損はないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

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虫垂切除と消化管の癌のリスクとの関連について [医療のトピック]

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
虫垂切除とそのリスク.jpg
2016年のPLOS ONE誌に掲載された、
盲腸の手術とその後の消化管の癌の発生との関連についての論文です。

虫垂というのは、
大腸から部分的に突出した尻尾のようにも見える構造で、
それを含む周辺の腸の部分を盲腸と呼んでいます。
その部分は行き止まりの袋のようになっているので、
細菌による炎症を起こしやすく、
それを放置すると腸が穿孔し、
腹膜炎を来すなどして生死にかかわる事態となることもあります。

これが急性虫垂炎です。
一般には「盲腸」とだけ表現されることが多いと思います。

急性虫垂炎の治療は軽症であれば抗生物質を使用し、
進行性で穿孔などの危険性があれば、
手術で虫垂の切除を行うのが一般的です。

歴史的に言うと1970年代から80年代くらいまでは、
抗生物質を使用するより、
手術による治療を優先することが一般的でした。
その後合併症のリスクの低い事例であれば、
抗生物質の使用と手術との間で、
予後に違いがないとするデータが複数報告され、
虫垂切除術を行うケースは減少するようになりました。
これは世界的な傾向と考えられます。

虫垂切除術が第一選択であった頃には、
虫垂はあっても無用の長物である、
という考え方があり、
そのため患者さんの希望によっては、
別個の外科的治療の時などに、
正常の虫垂を切除することも、
しばしば行われていました。

確かに本当に虫垂が身体で何の役割も果たしてはおらず、
それがある限り急性虫垂炎のリスクがあるとすれば、
それを取ってしまえば安全、
という考え方は成立します。

しかし、それは本当に正しい考え方でしょうか?

2000年代になり虫垂には腸内細菌を保持するような作用があり、
それを切除することにより腸内細菌叢が変化するのではないか、
という考え方が報告されるようになりました。

そこで問題となる人体への悪影響として想定されるのは、
胃癌や大腸癌などの腸内細菌の変化との関連が想定される癌の増加です。

それでは、実際に虫垂の切除を行うと、
そうした癌の危険性は増すのでしょうか?

1965年から1993年のスウェーデンの統計を元にした研究では、
虫垂切除後に胃癌リスクは増加するが大腸癌リスクは減少した、
という結果が報告されています。
ただ、このデータは未成年の虫垂切除のみを対象としていて、
年齢も48歳までしか観察していない、
と言う点で癌のリスクの検証としては問題があります。

デンマークの1998年の報告では、
矢張り急性虫垂炎後に胃癌のリスクが増加していましたが、
大腸癌のリスクの増加は認められませんでした。

2015 年には台湾での研究が論文になっていて、
こちらは胃癌のリスクには差はなかった一方で、
大腸癌のリスクは虫垂切除群で14%有意に増加した、
という結果になっています。

このように報告により虫垂切除の影響はかなりまちまちで、
そこには地域差もある可能性があり、
また対象としている年齢や観察期間の違いによる影響もまた考えられます。

今回の研究は国民総背番号制を取るスウェーデンにおいて、
48万人を超える虫垂切除術施行者の医療データを解析して、
その後の消化管の癌の発症率と、
平均的な罹患率との差を検証しているものです。

きちんとしたコントロールがないのが弱いのですが、
例数はこれまででも最も大規模なものですし、
年齢も若年から高齢者まで幅広く、
観察期間も3割は25年以上と長く取られています。

その結果は胃癌や大腸癌のリスクについては、
虫垂切除による上昇は有意には認められず、
唯一食道の腺癌に限り、
虫垂切除により1.32倍(95%CI;1.09から1.58)と、
有意な増加が認められました。
ただ、この増加も虫垂炎による虫垂切除のみで解析すると、
有意差は消えていて、
それほど明確なリスクの増加とは、
言えない性質のものだと思います。

このように虫垂切除が、
その後の消化器癌の発症に、
影響を与える可能性はないとは言えないのですが、
かなり大規模な疫学データで比較をしても、
あまり一定の傾向は得られておらず、
現時点で神経質になり過ぎる必要は、
ないように思います。

ただ、以前と比べて虫垂切除の件数自体が、
世界的に減少していることは事実で、
勿論必要な場合には速やかに外科的治療は行われるべきですが、
以前のように「無用の長物で取った方が安心」というような考え方が、
適切でないことも事実であると思います。

それでは今日はこのくらいで。

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妊娠中の甲状腺ホルモン補充療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
妊娠中の甲状腺ホルモン補充療法の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
妊娠中の甲状腺機能低下症(潜在性を含む)に対して、
甲状腺ホルモン補充療法を行った場合の、
お子さんへの影響についての論文です。

この問題については、
これまでにも何度も取り上げています。

橋本病などの原因による、
甲状腺が原因での甲状腺機能低下症では。
血液の甲状腺ホルモンの数値は低下し、
下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値は上昇します。

ここでTSHは高めではあるけれど、
甲状腺ホルモンは正常範囲であるものを、
潜在性甲状腺機能低下症と呼んでいます。
一方でTSHは正常範囲で、
甲状腺ホルモンであるT4のみがやや低いこともあり、
これを低サイロキシン血症と呼んでいます。

一般的に正常と言われるTSHの数値は4を超えないレベルで、
確実に治療が必要になるのは、
通常は10を超えるくらいのレベルです。

ただ、その例外として考えられているのが、
妊娠中の場合です。

妊娠の初期には胎盤からのホルモン(hCG)の働きにより、
甲状腺が刺激されて甲状腺ホルモンの数値は、
正常よりやや高くなり、
それに伴ってTSHは通常より少し抑制されます。
胎児の甲状腺が機能し始めるのは、
妊娠16から20週の間と言われていますから、
それ以前の時期において、
胎児の甲状腺機能の維持には、
母体の甲状腺ホルモンが充分あることが、
重要であると考えられるのです。

母体の甲状腺ホルモンとの関連で問題になるのは、
主に流早産のリスクとお子さんの脳の発達の異常です。

2010年のJ Clin Endocrinol Metab.誌に掲載された、
妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症に対する、
T4製剤による介入試験の報告によると、
橋本病の自己抗体である抗ペルオキシダーゼ抗体が陽性の場合に限って、
TSHが2.5以上である場合にホルモン剤を使用すると、
流早産などのリスクが有意に抑制されていました。

2017年のEur J Endocrinol誌に掲載された新しい介入試験でも、
ほぼ同様の結果が確認されています。

こうした知見があるため、
現行のアメリカ甲状腺学会のガイドラインにおいては、
抗ペルオキシダーゼ抗体が陽性の場合には、
妊娠中のTSHの数値を2.5未満とすることが推奨されています。

しかし、この2つの介入試験では、
お子さんの出産後の脳の発達については、
検証をされていません。

これはブログでも以前ご紹介していますが、
2012年のNew England…誌に、
妊娠12週の時点で潜在性甲状腺機能低下症の有無を診断し、
T4製剤を150μg使用して、
生後3.5歳の時点でIQなどを測定した論文が掲載されました。

そこでは、生後3.5歳の時点でのIQには、
治療の有無で有意な差は認められない、
という結果になっています。

つまり、お子さんの脳の発達を正常にする目的で、
妊娠中に甲状腺ホルモン剤を使用することは、
意味がないのではないか、ということを示唆する結果です。

ただ、この研究では13週以降でホルモン剤が開始されていて、
胎児の甲状腺の発達から考えれば、
それでは遅すぎる可能性がある上に、
ホルモン剤も150μgというかなり多い量が、
調節なく使用されている点にも問題があります。

それ以外に今年のBritish Medical Journal誌には、
潜在性甲状腺機能低下症において妊娠中に、
ホルモン剤を使用しているケースとしていないケースの比較として、
流産には予防効果があったけれど、
早産や妊娠糖尿病、子癇前症については、
むしろホルモン剤使用群で多い傾向があった、
という結果が報告されています。
ただ、これは介入試験ではなく、
橋本病の自己抗体の有無なども検証されていません。

このように、
妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症に対して、
どのような対象者にどのようなタイミングで、
どのくらいの量の甲状腺ホルモン剤を使用することが、
最も妊娠の経過やお子さんの経過にとって有益なのか、
と言う点については、
まだ未解決の点が多いのが実状なのです。

今回の研究は、
TSHがやや高めで甲状腺ホルモンは正常な潜在性甲状腺機能低下症と、
TSHは正常で甲状腺ホルモン(T4)濃度が低めの低サイロキシン血症を、
妊娠20週未満の時期において採血により診断し、
診断された時点からTSHおよびT4濃度を正常化することを目標に、
T4製剤の使用を行って、
妊娠の経過とお子さんの5歳までのIQを含む脳の発達との関連を、
検証しているものです。

潜在性甲状腺機能低下症が677例、
低サイロキシン血症が526例登録され、
それぞれ妊娠した本人にも実施者にも分からないように、
クジ引きで2群に分け、
一方は甲状腺ホルモン製剤を使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
これまでで最も厳密な検証を行っています。

その結果…

潜在性甲状腺機能低下症と低サイロキシン血症、
いずれの検証においても、
甲状腺ホルモン製剤を使用した場合と使用しない場合との間で、
生後5歳までの脳の発達に明らかな違いは認められませんでした。

抗ペルオキシダーゼ抗体の有無もこの結果には影響を与えず、
妊娠の転帰についても差は認められませんでした。
その一方で甲状腺ホルモン製剤を使用することによる悪影響も、
明確なものは認められませんでした。

今回の結果は、
少なくともお子さんの脳の発達の観点からは、
潜在性甲状腺機能低下症や低サイロキシン血症の、
妊娠中のホルモン補充療法は、
必要ないというものになっています。

これまでのデータを統合して考えると、
潜在性甲状腺機能低下症に対する甲状腺ホルモンの補充効果は、
橋本病の患者さんにおける、
妊娠早期の流産の予防に限って、
その適応を考慮するべき性質のもののようです。

今回の研究は妊娠17週くらいからホルモン剤の使用を開始していて、
流産の予防にはそれでは遅すぎる可能性が高いからです。
勿論妊娠前に甲状腺ホルモン剤の補充療法をされていた方は、
量の微調整は必要な場合はありますが、
基本的にはそのまま内服して妊娠を継続することで、
何ら問題はないのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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テストステロン治療の冠動脈プラークへの影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
テストステロンと冠動脈プラーク.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
男性ホルモンのテストステロンを、
男性更年期を思わせる症状のある高齢男性に、
使用した時の心臓血管への影響についての論文です。

昨日は貧血への効果についての論文をご紹介しましたが、
それと一連のもので、
同じ集団に対して、
全部で7種類の介入試験を行っているもののようです。
そのそれぞれが別個の論文として発表されています。

男性ホルモンであるテストステロンと、
心筋梗塞などの心血管疾患との関連については、
相反する研究結果があって、
まだ一定の結論に至っていません。

テストステロンが低値であると、
メタボや心血管疾患の予後が悪化する、
という観察研究のデータがあります。
これからすると、テストステロンが低値の高齢者に対しては、
その補充を行うことで心血管疾患の予後改善に結び付く、
という可能性が想定されます。

しかし、実際に施行されたテストステロン補充療法の臨床試験においては、
有効性が示されなかった、と言うものが多く、
中には心血管疾患のリスクが増加した、
というものもあります。

しかし、それではテストステロンが低値の高齢者に、
補充療法を行うことでどのような心臓への悪影響があるのか、
というような具体的な点については、
殆ど明らかにはなっていません。

そこで今回の研究では、
アメリカの9か所の専門施設において、
年齢が65歳以上の男性で、
朝2回採血した血液のテストステロン値の平均が、
275ng/dLより低く、
性欲低下や体力や意欲の低下など、
男性更年期を疑わせるような症状のある170名を、
クジ引きで2つのグループに分け、
対象者にも実施者にも分からないように、
一方はテストステロンの外用剤を毎日使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
1年間の治療を行ない、
その前後で冠動脈CTにより、
冠動脈の動脈硬化を石灰化とプラークの容積で評価しています。

使用されている外用剤は、
1%の濃度のテストステロンのゲルで、
1日に5グラムを使用し、
定期的に血液検査を行って、
実薬群ではテストステロン濃度が、
若者の基準値である、
280から873ng/dLになるように調整します。

その結果…

石灰化していないプラークの容積の変化は、
テストステロン使用群で有意に大きくなっていました。
石灰化を含むトータルなプラークの容積も、
同様にテストステロン使用群の方が増加していましたが、
石灰化部分の容積については、
有意な差は生じていませんでした。
1年という短期間なので、
その間の心筋梗塞などの発症には、
両群で差は見られていません。

このように、
若干ではあるものの、
冠動脈の動脈硬化をテストステロンの使用は進める可能性があり、
このリスクは補充療法を行う際には、
常に考慮する必要がありそうです。

同じ紙面にもう1つ掲載されたテストステロン関連の論文では、
認知機能へのテストステロンの効果が検証されていて、
1年の使用においては、
明確な差は認められない、
という結果になっていました。

テストステロン濃度が低値の高齢者への、
その補充療法の有効性とリスクについては、
今回の一連のデータの解析などを踏まえて、
より的確な指針が作成されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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高齢男性の貧血に対する男性ホルモンの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
テストステロンと貧血.jpg
今年のJAMA Internal Medicine誌に掲載された、
高齢男性の原因不明の貧血を、
男性ホルモンの補充で改善しよう、
という臨床試験の報告です。

上記文献の記載によれば、
65歳以上の年齢ではおおよそ1割に貧血が認められ、
その頻度は女性より男性でより多いという報告があります。

この貧血の原因としては、
鉄やビタミンB12の欠乏に伴うもの、
慢性の炎症に伴うもの、
慢性腎不全に伴うもの、
骨髄異形成症候群などの造血機能の異常によるもの、
などがありますが、
高齢者の貧血の3分の1は、
原因不明の貧血だとされています。

原因が不明の貧血の患者さんに対しては、
適切な治療もありませんから、
そのまま様子をみるしかないのですが、
実際にはあまり根拠がないのに、
鉄剤などが使用されているケースも、
しばしば見ることがあります。

この原因不明の貧血の男性に限った場合の原因として、
最近注目されているのが男性ホルモンの不足です。

男性ホルモンは造血に関連のあるホルモンで、
年齢と共に低下します。
男性ホルモンが低値である人は貧血になりやすいことと、
それほど精度の高いデータではありませんが、
男性ホルモンの補充により貧血が改善したというデータも発表されています。

今回の研究はこれまでで最も厳密な方法で、
高齢男性の貧血に対する、
男性ホルモンの補充効果を検証したものです。

65歳以上の男性で2回測定した血液のテストステロン濃度が、
平均で275ng/dL未満で低いと考えられ、
前立腺癌のリスクは低いと考えられる788名が対象で、
このうち126名は血液のヘモグロビンが12.7g/dL以下の貧血あり、
そのうちの62名は検査を行っても原因は不明でした。
この場合の検査は血清鉄やビタミンB12濃度、
葉酸、腎機能、血小板や白血球数などが行われています。

貧血のない657名、
原因不明の貧血のある62名、
原因の判明した貧血のある64名、
のそれぞれをクジ引きで2群に分け、
対象者にも実施者にも分からないように、
一方はテストステロンの塗り薬を使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
1年間の経過観察を行います。

その結果…

原因不明の貧血のあるグループでは、
ヘモグロビンが1.0g/dL以上上がった比率が、
偽薬では15%であったのに対して、
テストステロン使用群では54%と、
ヘモグロビンの上昇がテストステロンで有意に認められました。
そして、1年後に貧血ではなくなった比率は、
偽薬で22.2%であったのに対して、
テストステロンでは58.3%とこれも有意に改善していました。

鉄欠乏など原因のある貧血のグループでは、
ヘモグロビンが1.0g/dL以上上がった比率が、
偽薬では19%であったのに対して、
テストステロン群では52%となっていました。

登録時に貧血がなかったグループでも、
テストステロンの使用により、
貧血群ほど顕著ではありませんが、
ヘモグロビン値の上昇が認められました。
そのうちの6名で、
多血症の水準であるヘモグロビン17.5g/dL以上の、
上昇が認められました。

つまりテストステロン濃度が低下している高齢男性においては、
その補充により造血が高まり、
血液のヘモグロビンの上昇が起こります。
この反応は原因不明の貧血がある事例において、
より顕著に認められますが、
原因の判明している貧血においても効果があり、
たとえば鉄欠乏性貧血と診断はされていても、
鉄の補充により貧血が充分に改善されない場合には、
テストステロンの不足もその貧血の成因の1つと、
なっている可能性が大きいようです。

テストステロンの補充には、
前立腺癌を含む癌のリスクや、
心血管疾患のリスクなども想定されていますから、
闇雲な補充は慎むべきですが、
高齢男性の原因不明の貧血については、
テストステロンの不足の可能性を念頭において、
検証を行うことは重要なことではないかと思います。

治療の可否については、
まだその適応は明確ではないと、
そう考えておいた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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  • 作者: 石原藤樹
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  • 発売日: 2016/10/28
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ビタミンDによる急性呼吸器感染予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ビタミンDの急性呼吸器感染予防効果.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
ビタミンDのサプリメントによる、
急性呼吸器感染の予防効果についての論文です。

ビタミンDは骨の代謝に関わるステロイドホルモンの一種ですが、
免疫系の正常な反応にも、
ビタミンDが必要であることが知られていて、
血液のビタミンD(25(OH)D)の血液濃度が低いと、
急性の呼吸器感染症を発症しやすくなることが報告されています。

それでは、
ビタミンDを補充することにより、
急性呼吸器感染症が予防されるのでしょうか?

今回の研究では、
これまでに発表された、
ビタミンDの投与と急性呼吸器感染症との関連についての、
無作為介入試験という厳密な方法による臨床試験を、
まとめて解析することで検証しています。

25の介入試験に参加した、
トータル10933名の個人データが解析の対象となっています。

トータルでは、
ビタミンDの補充療法により、
急性の呼吸器感染症のリスクは、
12%有意に低下していました。
(95%Ci:0.81から0.96)

ビタミンDの投与法でみると、
大量投与を行わない、
毎日もしくは毎週の継続治療のみでは、
急性呼吸器感染のリスクは19%有意に低下していました。
(95%Ci:0.72から0.91)
その一方で1回以上の大量投与を行った群では、
呼吸器感染のリスクの有意な低下は認められませんでした。

大量投与を行わない、
毎日もしくは毎週の継続使用群のみでの解析では、
血液の25(OH)ビタミンD濃度が、
欠乏の基準である25nmol/L未満であると、
急性呼吸器感染症のリスクは、
70%有意に低下していました。
(95%Ci: 0.17から0.53)
一方でビタミンD濃度が25nmol/L以上の群では、
リスク低下は25%の低下にとどまっていました。
(95%Ci; 0.60から0.95)

このように、
ビタミンDの補充には、
特に血液のビタミンD濃度が低いケースにおいては、
急性の呼吸器感染症の予防効果がありそうです。
ただ、ちょっと奇異に感じるのは、
大量使用ではむしろ予防効果が減弱していることですが、
これは論文の考察においては、
ビタミンの血液濃度の急激な上昇が、
むしろ免疫系に悪影響を与えるという可能性が示唆されています。

ビタミンが欠乏することが、
骨のみならず全身の健康において、
大きな影響を及ぼすことは事実だと考えられますが、
その補充法については、
まだまだ検証の必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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抗うつ剤の適応外処方の実際 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
抗うつ剤の適応外処方.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
抗うつ剤の適応外処方についての論文です。

抗うつ剤の処方は世界的に最近著増していることが知られています。

この背景には、
うつ病が増加しているということもあるのですが、
うつ病以外への抗うつ剤の処方が、
増えているのでは、という見方もあります。

不安障害や睡眠障害に対しては、
ベンゾジアゼピン系の薬剤が広く使用されていましたが、
最近その依存性や常用性が大きな問題となり、
その使用は控えるべき、
という指針が相次いで発表され、
その処方量は激減しました。

しかし、実際には安定剤や睡眠剤が必要な患者さんは、
多く存在していることは確かで、
より問題の少ない処方行動として、
睡眠効果のある抗うつ剤や、
気分安定効果のある抗うつ剤が、
その代わりに使用されるようになったのです。

また、慢性疼痛や不定愁訴的な病態に対しても、
抗うつ剤が使用されることが多くなりました。

その使用は実際にプライマリケアにおいて、
どの程度の比率を占めるもので、
そこにはどのような問題があるのでしょうか?

今回の研究はカナダのプライマリケアでのもので、
日本とカナダでの薬剤の適応病名にも違いがあるので、
全てがそのまま日本の状況に合うものではありませんが、
参考になる点は多いと思います。

抗うつ剤の適応外使用として、
科学的な根拠が確かなものを上記文献では3つ挙げています。
それは、三環系抗うつ剤のアミトリプチリン(商品名トリプタノール)の、
疼痛(特に慢性疼痛)への効果と、
SSRIのエスシタロプラム(商品名レクサプロ)の、
パニック障害への効果、
そしてベンファラキシン(商品名イフェクサー)の、
強迫性障害への効果です。

一方で実際の適応外処方として多かったのは、
三環系抗うつ剤で特にアミトリプチリンが多く、
その使用目的は疼痛以外に、不眠、片頭痛などとなっています。
次に多かったのはトラゾドン(商品名デジレル、レスリン)や、
ミルタザピン(商品名リフレックス)で、
これは主に不眠症の治療として使用されています。
その一方でSSRIやSNRIはその多くが、
うつ病の治療目的で使用されていました。

実際の頻度としては、
三環系抗うつ剤はその81.4%が、
適応外処方として使用され、
その他の分類されるトラゾドンなどが、
次に適応外処方が多くて42.4%となり、
一方でSSRIの適応外処方は21.8%、
SNRIの適応外処方は6.1%となっていました。

このように抗うつ剤が新しくなるにつれ、
古いタイプの抗うつ剤は、
うつ病以外の用途にシフトして、
適応外処方が多くなる傾向にあり、
それが必ずしも誤りとは言えないのですが、
広く使用されている不眠症への抗うつ剤の使用などには、
それほどの科学的裏付けはない、
という事実は心にとめておく必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

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糖尿病治療薬としての睡眠障害改善剤の可能性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今年の2月22日にNHKの健康バラエティ的人気番組で、
糖尿病と睡眠の質との関連性が取り上げられ、
その中でスボレキサント(商品名ベルソムラ)という、
比較的新しい睡眠障害治療薬を使用することで、
血糖コントロールが改善する、
というような話がありました。

これがネットで炎上し、
番組のサイトでは多分2月26日だと思いますが、
訂正とお詫びの文章が掲載されました。
全て番組側が悪いという趣旨の内容です。
しかし、本当にそうでしょうか?

色々な意味で怖い話です。

番組を動画サイトで観たのですが、
予想以上にひどい内容なのでビックリしました。
ネットの炎上はかなり意図的な感じのものなので、
それはそれで嫌だなあ、とは思っていたのですが、
今回についてはあまりに内容がひどすぎるので、
唖然とするような感じがありました。
公立の大学病院の教授の先生が、
実際には適応のない睡眠障害の治療薬を、
糖尿病の理想の治療のように紹介して、
実際にその診療を行なっているところを、
長々と映像で見せているのです。
更にはスタジオにも出演されて、
同じ説明をされています。

公立の大学なのに、
メディアの露出に何かチェック機構はなかったのでしょうか?
この先生は「ガッテン」を見たことがなかったのでしょうか?

最初に僕のこの問題についてのスタンスをお話すると、
当該のNHKの番組は以前から如何なものかと思われるような内容が多く、
特にある特定の研究者しか言っていないようなことを、
あたかも実証された事実のように解説する点が、
問題が大きいように思います。

1つの仮説ではなく、
知らないと損をする耳より情報のように、
解説しているからです。

今回の内容についても、
確かに登場された大阪市立大学の先生は、
以前から同様の発言をされていて、
糖尿病の悪化要因としての睡眠の異常に着目し、
普通は糖尿病が悪いので睡眠の質も悪いと考えるところを、
睡眠の質が悪いから糖尿病が悪化するので、
睡眠障害の方を治してしまえば糖尿病も改善するのでは、
という逆転の発想がユニークだと思います。

ただ、そこで糖尿病の患者さんに、
実際に睡眠障害の治療薬を飲んでもらって、
それで糖尿病の改善を期待しよう、というような話になると、
それは学会や研究会での発言としては問題がなくても、
テレビでの発言としては一般の方への影響が大き過ぎるので、
間違いなくNGだと思います。

画像がテレビで出ていたスボレキサントは、
オレキシン受容体拮抗薬という新しいメカニズムの睡眠障害治療薬で、
いわゆるベンゾジアゼピンとはメカニズムが異なります。
ただ、現時点で無害な薬とも言い切れず、
完全に自然な睡眠を誘導する薬、ということでもありません。

その昔エチゾラム(商品名デパスなど)と言う薬が発売された時には、
それは安全で効果的な安定剤という触れ込みで、
高血圧の治療にデパスを使って有効だった、
というような論文が日本から複数発表されました。

しかし、皆さんご存知のように、
デパスはその後その高い依存性が問題となり、
その使用は必要最小限にとどめることが適切だと考えられています。

このように適応外処方には常にリスクがあり、
一定の要件が満たされた状況で、
それを試みることは医学の研究者の裁量ですが、
テレビの影響力のあるバラエティで発言するのは、
言語同断と言って良い行為ではないかと思います。

テレビで紹介されたのは、
大阪市立医大学の代謝内分泌病態内科学の、
稲葉雅章教授のグループです。

2015年のPLOS ONE誌に掲載された同グループの業績がこちらです。
睡眠障害と動脈硬化と糖尿病の関連.jpg
こは2015年の時点でメディアにも幅広く紹介されています。

内容は63名の2型糖尿病の患者さんにおいて、
脳波計で睡眠時の脳波を計測し、
それと糖尿病コントロール、および動脈硬化の1つの指標としての、
頸動脈のエコー所見との関連を見たものです。

コントロールは特に設定されていませんから、
それほど精度の高い臨床データではありません。

その結果では、
眠ってから最初のREM睡眠までの時間は、
血糖コントロールが悪いほど短くなっていました。
そしてこの最初のREM睡眠までの時間は、
深い睡眠の指標であるデルタ波の量とも関連がありました。
つまり、血糖コントロールが悪いほど、
深い睡眠が少なくなって、睡眠の質が低下している、
ということを示しています。

何故このようなことが起こるのでしょうか?

2型糖尿病においては、
内臓脂肪の蓄積に伴って、
ステロイドホルモンのコルチゾールや、
カテコールアミンの産生が高まります。
これが夜間のホルモンの上昇に結び付き、
深い睡眠の持続を妨害すると考えられます。
一方で睡眠障害のある患者さんでは、
深い睡眠が減少して中途覚醒が増加しており、
このことにより夜間のコルチゾールやカテコールアミンの産生も増加して、
血糖の上昇に結び付きやすいと考えられます。

これは鶏が先か卵が先かのようで、
どちらが原因とも言い切れないのですが、
それを明確化する目的で、
深い睡眠を増やすような薬剤を使用して、
それにより血糖コントロールが改善するかどうかを見る、
ということが1つの介入として考えられます。

こちらをご覧ください。
スボレキサントと睡眠の改善.jpg
これは2016年のEndocrinology誌の論文で、
大阪市立医大とは別の研究グループによるものです。

糖尿病のモデル動物のネズミを使用して、
オレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントを1週間使用して、
それにより血糖値が低下し、
睡眠中の肝臓からのブドウ糖の放出量が、
減少することを確認したものです。

このような経緯からは、
まず糖尿病の患者さんにおいて脳波による睡眠の評価を行い、
深睡眠が抑制されていればスボレキサントを使用することは、
一定の効果が糖尿病のコントロールにおいても、
睡眠の正常化においても、
期待出来る、ということは言えるように思います。

こちらをご覧ください。
スボレキサントによる糖尿病改善の図.jpg
これは2015年の「ねむりとマネージメント」という、
比較的マイナーな雑誌の記事の中にあるもので、
稲葉先生の研究グループによる執筆です。

1例報告で2型糖尿病の患者さんに、
スボレキサントを使用して、
短期間で血糖の改善が見られたという報告が記載されています。

下の図はテレビでも先生自身が解説されていたものの、
元の図と思われます。

これは1例報告なのでこれで何も言うことは出来ないように思います。

2016年の同じ雑誌にも、
「臨床医が実践できる診療ワンポイント」として、
矢張りスボレキサントで血糖コントロールが改善したという、
1例報告が掲載されています。
これは2015年に記載されたものとはまた別の事例です。

テレビでは、
17例に使用して14例で効果があった、
という説明になっていて、
その結果はまだ論文化はされていないのではないかと思います。

このように研究の流れとしては、
睡眠で血糖を改善するという発想は悪くないですし、
スボレキサントにベンゾジアゼピンのような依存性がない、
という仮定に立てば、
患者さんへのリスクも比較的少ないと思います。
個々のデータはあまり質の高いものとは言えませんが、
睡眠の糖尿病との関連から、
動物実験によるメカニズムの検証、
そして患者さんへの試験的な投与と、
その研究の経緯も理に適っています。

ただ、まだ少数の事例を積み重ねている状態で、
その適応をどうするべきかは確認されていませんし、
複数施設での臨床試験のようなものも、
行なわれるような段階ではないようです。

従って、非常に興味深い知見ではあるのですが、
それをまだ試験的に使用して様子を見ている段階で、
テレビの影響力のある健康バラエティー番組で、
あたかも確立された治療のように説明することは、
研究者としてあるまじき行動と非難を浴びても、
仕方のないことのように個人的には思います。

ただ、この炎上騒ぎに乗じて、
専門医と称する人が、
「糖尿病に睡眠薬が効くなど聞いたことがない」
というような発言をされているのですが、
それはどうかと思うのです。

「聞いたことがない」からこそ研究というのは意味があるのですし、
だからこそ新たな発見に繋がるので面白いのではないでしょうか?

どうも寛容さをなくしたネットが幅を利かせる社会は、
色々な意味で息苦しく、
つらい世の中であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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