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マラソン時の痛み止め使用のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
消炎鎮痛剤とマラソン.jpg
2013年のBMJ Open誌に掲載された、
マラソン時の痛み止めの使用と、
そのリスクについての論文です。

これはつい最近毎日新聞に記事が出たので、
そこで興味を持って読んでみたものです。
そこでは上記の文献にある図を引用して、
マラソン中の消炎鎮痛剤の使用に警鐘を鳴らしています。

内容自体は誤りはないのですが、
ちょっと誤解を招く点があり、
その辺りを今日はご説明したいと思います。

非ステロイド系消炎鎮痛剤は、
プロスタグランジンという炎症物質を抑えることで、
熱を下げ痛みを取るという作用を持つ薬剤で、
飲み薬や座薬として、
また湿布剤の成分としても、
広く使用をされている薬剤です。

その多くが今はOTCにもスイッチされていて、
大々的に宣伝がされているロキソニンはその代表薬の1つです。

ただ、この非ステロイド系消炎鎮痛剤は、
決して副作用や有害事象の少ない薬ではありません。
胃粘膜の血流を低下させるため、
胃潰瘍などの消化管出血の原因となりますし、
腎臓の血流を低下させる作用から、
腎機能低下の原因ともなります。
また、メカニズムは不明の点もありますが、
急性心筋梗塞の再発を増やしたり、
心不全の悪化を誘発したりと、
特に病気のある患者さんにおいて、
心血管疾患のリスクを増加させるような影響もあります。

従って、なるべく非ステロイド系消炎鎮痛剤の使用は、
最小限度に留めるのが望ましく、
身体に負荷が掛かり、脱水などにもなりやすい、
マラソンの時などでは、
使用しないことが適切と考えられます。

ところが…

これは日本では何処まで一般的なことかは分かりませんが、
上記論文を読む限り欧米においては、
マラソンの前に痛み止めを飲むことは、
比較的多くのランナーが行っていることで、
上記論文のデータにおいても、
何とほぼ半数のランナーはマラソン前に痛み止めを服用しています。

これは痛み止めを使用することにより、
マラソン中の筋肉痛が緩和し、
こむら返りなども起こり難くなる、
という考えによっているようです。

しかし、このような安易な痛み止めの使用には、
健康上の問題はないのでしょうか?

今回の研究はドイツのボンで行われたボン・マラソンにおいて、
出場者全員である7048名にアンケート調査を施行。
痛み止めの服用の有無と、
その後の症状や病気の有無を調査して、
その関連性を検証しています。

回答が得られた3913名が解析の対象となっていて、
そのうちの49%に当たる1931名は、
マラソンの前に痛み止めの服用を行っていて、
残りの1982名は使用をしていませんでした。
ほぼ半数が使用しているという、非常な高頻度です。
ただ、薬を飲んでいるような人の方が、
アンケートの回収率は高いという可能性もあるので、
これが実際の頻度と言えるかどうかは分かりません。

痛み止めとして使用が多かったのは、
ジクロフェナク(商品名ボルタレンなど)で、
これが913名、
次に多かったのがイブプロフェン(商品名ブルフェンなど)で、
こちらは722名。
次がアスピリンで141名という順になっています。

有害事象としては、
血尿、消化管のけいれん、消化管の出血、レース中の心血管系問題、
そしてレース後の心血管系問題という項目になっています。
(項目の表記は毎日新聞の記事による)

ここでトータルな有害事象の頻度は、
薬を使用していないコントロール群では4%であるのに対して、
消炎鎮痛剤使用群では16%という高率で、
個々の有害事象についても、
コントロールと比較して薬剤使用群では、
4から10倍という高率で認められました。

高用量の使用としては、
ジクロフェナクは1回1000㎎以上、
イブプロフェンは1回800㎎以上、
アスピリンは750㎎以上が使用されていて、
イブプロフェンの高用量では全体の52%、
アスピリンの高用量では全体の何と87%に、
何らかの有害事象が認められていました。
アスピリンの高用量は全体で39例しか使用はされていないので、
何とも言えないところがありますが、
何と半数近い19例で血尿が見られています。
マラソン中の心血管系問題も、
半数近い19例で認められています。

ただ、そこで問題になるのは、
心血管系問題(CV events)という概念が何を指すのかです。

普通CV eventsと言えば、
狭心症や心筋梗塞、脳卒中などを想像します。
ただ、それが痛み止めを飲むとその半数に認められるというのは、
幾らなんでも多すぎる数値です。
次々と人が倒れる、死屍累々のマラソン大会ということになり、
そんなものが毎年継続される筈がありません。

実際に上記文献の添付資料を見てみると、
この心血管系問題というのは、
動悸や頻脈、不整脈などを感じたかどうかを尋ねているだけで、
そんな症状ならマラソン中にはしばしばありそうですし、
健康上の問題と言えるかどうかすら、
定かではありません。

毎日新聞の記事を書かれた方も、
馴染みのない「心血管系問題」という訳語を、
使用しているのは、
その実際が何であるかを理解した上で、
苦肉の策としてこんな用語を作ったのではないかと思います。

一方で痛み止めの主な使用目的であるマラソン中の痛みについては、
実際にはコントロールと差はありませんでした。
ただし、マラソン中のこむら返りについては、
未使用で3%に発症したのに対して、
痛み止めの使用により1%未満に抑えられているので、
この点では明確な予防効果が認められています。

そんな訳でこのデータは確かに実際のマラソンにおける、
消炎鎮痛剤の使用リスクを明らかにしたという点で、
意義のあるものなのですが、
単純に参加者のアンケートのみを一次資料としていて、
それも回収率は高くはなく、
心血管系問題というのが何処まで病的であるかも明らかではありません。

従って、これをそのまま鵜呑みにして、
比率として有害事象を論じることは科学的とは言えないように思います。

いずれにしても、
痛みを予防する目的でマラソン前に消炎鎮痛剤を使用することは、
安全面では大きな問題のある行為なので、
こむら返りの予防には一定の効果はあるのですが、
使用は控えることが重要であることに間違いはないのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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15年の胃癌予防効果(ピロリ除菌とサプリメント) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
15年の胃がん予防の効果.jpg
2012年のJ Natl Cancer Inst誌に掲載された、
14.7年という長期に渡り、
胃癌予防のためにピロリ菌除菌とサプリメントの使用の効果を、
偽薬と比較検証した中国の論文です。

ピロリ菌の感染が胃癌のリスクであることは、
実証された事実ですが、
ピロリ菌を除菌することにより、
実際に長期的にどれだけ胃癌を減らし、
癌による死亡を減らすのか、
という点については、
あまり実証的な研究結果がある訳ではありません。

その意味でこの研究は貴重なものです。

3365名の中国の一般住民(35から64歳)を対象として、
まず胃カメラ検査や血液検査でピロリ菌の感染の有無をチェックし、
感染の陽性者(2258名;全体の67%)を、
クジ引き希望者で2つの群に分けると、
一方は2週間のピロリ菌除菌治療
(アモキシシリンとランソプラゾールで2週間)を行ない、
もう一方は偽薬を使用して、
その後14.7年の経過観察を施行します。

これとは別個にビタミンCとE,
そしてニンニクのサプリメントの予防効果も、
偽薬と比較の上施行されています。

その結果…

ピロリ菌の除菌治療群では3.0%に胃癌が発症したのに対して、
偽薬群では4.6%に胃癌が発症していて、
除菌治療により胃癌の発症は39%有意に抑制されていました。
(95%CI;0.38から0.96)
ただ、これは7年の経過観察では有意にはなっておらず、
今回も信頼区間から見ると微妙な結果です。

そして、胃癌による死亡は、
ピロリ菌除菌群の1.5%と偽薬群の2.1%に認められ、
33%死亡リスクを低下させていましたが、
統計的には有意ではありませんでした。
(95%CI;0.36から1.28)
全ての癌による死亡や総死亡にも有意差はなく、
胃癌を食道癌を併せた死亡リスクは、
胃癌単独よりも除菌の影響が少ない傾向を示しました。

要するにピロリ菌の除菌治療を行なうことにより、
その後ほぼ15年の胃癌の発症率は、
4割程度低下しますが、
それはその方の生命予後に影響するほどではなく、
胃癌そのものは減っても、
胃酸の分泌増加により一部の食道癌がむしろ増える可能性や、
本当に生命予後に関わるような悪性度の高い胃癌は、
減らしていないという可能性などが考えられます。

同時に行われたビタミンやニンニクのサプリメントの効果については、
意外にもビタミン剤の使用において、
胃癌と食道癌を併せた死亡リスクが49%有意に低下していました。
(95%Ci:0.30から0.87)
これは発症リスク自体は減っていないので、
その判断は微妙ですが、
死亡リスクが低下しているという結果は、
このビタミン剤のみでした。

ピロリ菌の除菌で胃癌はなくなるような、
夢物語を主張される方もいるのですが、
実際に証明されているのはこのレベルの結果で、
生命予後に確実に良い影響を与えるという根拠も、
今のところはあまりないということは、
確認しておく必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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SGLT2阻害剤のアジア人種での有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
エンパグリフロジンのアジア人での効果.jpg
今年のCirculation Journal誌に掲載された、
海外でその心血管疾患予防効果で注目された、
エンパグリフロジンという2型糖尿病治療薬のデータを、
アジア人種のみで解析した論文です。
掲載誌は日本循環器学会雑誌の英語版です。

SGLT2阻害剤は、
尿細管でのブドウ糖の再吸収を抑制する薬剤で、
このことにより、
ブドウ糖が尿に大量に排泄され、
血糖値が低下します。

これまでにないメカニズムの新薬として、
日本でも何種類も発売されています。

しかし、
この薬は膵臓のα細胞に働いて、
グルカゴンの分泌を刺激する作用があり、
それが糖尿病の成因から言って、
病態の改善に逆行するのではないか、
という危惧があります。

そうした点からも、
問題となるのはこの薬の長期成績です。

長期の使用により、
糖尿病の合併症として一番生命予後に影響する、
心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患に、
どのような影響を与え、
生命予後を改善するかどうかが、
糖尿病治療薬の善し悪しを決める、
最も大きなポイントなのです。

この点について多くの臨床試験が行われていますが、
肯定的な結果が得られたのは、
EMPA-REG OUTCOMEと題された大規模臨床試験が初めてで、
その結果は2015年のNew England…誌に掲載されました。

使用されているSGLT2阻害剤は、
エンパグリフロジン(Empagliflozin)、
日本では6番目に発売されたSGLT2阻害剤で、
ジャディアンスという商品名で使用されています。

世界42カ国で登録された、
7020名の心血管疾患を持っている2型糖尿病の患者さんを対象として、
通常の糖尿病治療(メトホルミンなど)を行なった上で、
患者さんにも主治医にも分からないように、
3つのグループに分けます。
偽薬と、エンパグリフロジン1日10ミリグラム、
そして1日25ミリグラムの3つのグループです。

この用量は日本でも使用されているものと同じです。

平均3.1年の経過観察において、
心血管疾患による死亡と、
急性心筋梗塞と脳卒中の発症とを合わせた事例は、
エンパグリフロジン使用群では、
4687例中10.5%に当たる490例であったのに対して、
偽薬群では2333例中12.1%に当たる282例で、
エンパグリフロジンの使用により、
心血管疾患の発症は、
トータルで14%有意に低下しました。

心筋梗塞や脳卒中の発症については、
両群で有意差はありませんでしたが、
心血管疾患による死亡に関しては、
有意に相対リスクを38%低下させていました。
また、総死亡のリスクについても、
有意に32%低下させていました。

この結果はかなり画期的なもので、
3年という短期間で、
これだけ生命予後に差が付いたというデータは、
あまり例がありません。

その後SGLT2阻害剤は評価が高まり、
日本でも使用が拡大しています。

ただ、ここで1つ問題となるのは、
この薬の心血管疾患予後改善作用には、
人種差があるのではないか、ということです。

上記のエンパグリフロジンの臨床試験は世界で行われ、
その中には日本などのアジアも含まれています。

そこで今回の研究では、
エンパグリフロジンの上記の臨床試験の中で、
アジア人のみのデータを再解析しています。

アジア人種の総数は1517名で、
その内訳はエンパグリフロジン1日10㎎が505名、
1日25㎎が501名、そして偽薬が511名です。

ここで心疾患による死亡と、
急性心筋梗塞と脳卒中を併せたリスクは、
エンパグリフロジンの使用により、
32%(95%CI;0.48から0.95)有意に低下していました。
心血管疾患による死亡も56%(95%CI;0.49から0.77)有意に低下していましたが、
総死亡のリスクは低下傾向はあるものの、
有意ではありませんでした。

このように、エンパグリフロジンのアジア人種での有効性は、
ほぼトータルな有効性と遜色はなく、
有害事象にも明確な差は認められませんでした。

従って、現状はSGLT2阻害剤の使用は、
国外と同様に考えて大きな問題はなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

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慢性腎臓病・心不全・肝障害におけるメトホルミンの使用について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
メトホルミンの内臓障害への使用.jpg
今年のAnnals of Internal Medicine誌に掲載された、
2型糖尿病の世界的な第一選択薬である、
メトホルミンの慢性内臓障害時の安全性についての論文です。

メトホルミン(商品名メトグルコなど)は、
世界的に2型糖尿病の第一選択薬の位置が確立している薬剤です。

ただ、その評価の経緯には紆余曲折がありました。

アメリカにおいては1994年に承認されましたが、
同系統のビグアナイト系の薬剤であったフェンフォルミンが、
乳酸アシドーシスという重篤な副作用のために、
1997年に販売中止に至ったという経緯もあり、
乳酸アシドーシスのリスクが高い対象についての、
処方制限が多く設けられました。

具体的には慢性腎臓病や心不全、
肝障害の患者さんに対しては、
使用に対して警告が出されました。

ただ、その後の臨床データの蓄積により、
メトホルミンの使用と乳酸アシドーシスとの間には、
それほど明確な関連はないことが報告され、
中等度の腎機能低下や心不全における安全性も報告されました。

そのため、2006年にアメリカのFDAは、
急性な不安定のケースを除いて、
心不全でのメトホルミンの使用に対する警告を外し、
慢性腎臓病についても、
推計糸球体濾過量という数値が30ml/min/1.73㎡以上であれば、
その使用に対する警告を外しました。

一方で日本においては、
心不全は禁忌で、
中等度以上の腎機能低下や肝機能障害も禁忌の扱いです。
更には高齢者も慎重投与の扱いとなっています。

この場合の中等度以上の腎機能障害や肝機能障害が、
具体的にどのような状態を指しているのかは、
必ずしも明確ではないのですが、
日本で行われた臨床試験において、
肝機能障害は正常上限値を2.5倍以上超えたケースを除外し、
腎機能障害では血液のクレアチニン濃度が、
男性で1.3mg/dL以上、女性で1.2mg/dL以上を除外した、
と言う記載があり、
これが一応の目安となっています。

このように、国内外でもメトホルミンの使用の基準には、
差があるのが実際なのです。

今回の研究は2型糖尿病で、
中等度以上の慢性腎臓病や心不全、
慢性肝臓病を伴っている患者さんでの、
メトホルミンのこれまでの使用データをまとめて解析する方法で、
この問題の検証を行っています。

その結果、
慢性腎臓病については、
推計の糸球体濾過量が30ml/min/1.73㎡以上であれば、
メトホルミンの使用は安全で、
患者さんの予後にも良い影響が期待できる、
というデータが得られました。
肝障害や心不全においても、
中等度の肝障害や肝硬変を伴うケース、
中等度の心不全において、
メトホルミンは生命予後に悪影響を与えてはいませんでした。

ただ、肝障害や心不全の重症度の指標は、
臨床研究によって異なっているため、
どの数値までが安全、というような、
明確な指標は得られませんでした。

このように、明らかに重症と考えられるような病態を除いては、
内臓障害があるからと言って、
メトホルミンによる有害事象が増加するという根拠はなく、
幅広い患者さんに安全に使用が可能であるというのが、
最近の世界的な知見の流れだと言って良いようです。

日本の添付文書ももう少し明確な表現に、
改められるべきではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

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虫歯菌と認知機能との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ミュータンス菌と脳出血.jpg
2016年12月のScientific Reports誌に掲載された、
虫歯菌と脳の微小出血と認知機能低下との関連を検証した、
日本の研究者による論文です。

感染症と脳卒中などの動脈硬化性疾患が、
関連があるという報告は多く存在しています。
動脈硬化には血管内皮の損傷や炎症が、
大きな要因となっていて、
そこに特定の細菌やウイルスなどが関与しているのでは、
というような推論も多くなされています。
ただ、実際に特定の感染と動脈硬化性疾患との関連が、
明確に証明されたような研究結果は殆どありません。

その1つとして口腔内の虫歯や歯槽膿漏などの感染と、
動脈硬化性疾患、特に脳卒中との関連が、
最近注目を集めています。

上記論文の著者らのグループは、
特に特定のタイプの虫歯の原因菌と、
脳の病変との関連性を精力的に研究されています。

虫歯の原因菌であるミュータンス菌という細菌には、
コラーゲン結合蛋白質であるcnmをコードする遺伝子を持つものがあります。

このcnmという蛋白質を持っていると、
コラーゲンという繊維組織に結合することが可能となります。
虫歯のミュータンス菌としては、
エナメル質の下にある象牙質にコラーゲンがあるので、
そこに接着することで虫歯が進行するのです。

一方で、血流に乗って脳に運ばれたミュータンス菌が、
血管内皮にあるコラーゲンに接着すると、
そこで炎症を起こして血管病変を形成しやすくなるのではないか、
という推論が可能となります。

ミュータンス菌を感染させたネズミにおいては、
血液から脳に達したcnm陽性のミュータンス菌が、
脳血管の内皮のコラーゲンに結合して、
そこに病変を作ることにより、
血管が脆くなって出血を来すことが報告されています。

これは実験的な条件下でのことですから、
虫歯の細菌が簡単に血液脳関門を通過して、
脳血管に接着するとは通常は考えにくいと思うのですが、
cnm陽性のミュータンス菌の感染が、
脳の微小出血のリスクになる、
という疫学データは存在しています。
その菌のコラーゲン結合活性が高いほど、
脳深部の微小出血の数も増加する、
というような報告もあるので、
満更関連のない話とも言い切れません。

今回の論文においては、
279名の平均年齢70歳の一般住民を対象として、
まず唾液の検査でcnm陽性のミュータンス菌がいるかどうかを確認し、
脳MRI検査で微小脳出血の有無と、
認知機能を計測してその間の関連を検証しています。

論文中に紹介されている脳の微小出血の事例がこちらです。
脳内微小出血画像.jpg
MRIのちょっと特殊な条件での画像により、
黒く抜けた点のように見えている部分が、
小さな出血病変です。

その結果…

cnm陽性のミュータンス菌は、
91名で検出されていて、
そのうちの59%に当たる54名で、
MRI上の微小脳出血が認められました。
一方でcnm陽性のミュータンス菌が陰性であった188名では、
微小脳出血が認められたのは、
10%に当たる19名に過ぎませんでした。
これは明らかにコラーゲン結合能のあるミュータンス菌があると、
微小脳出血が有意に多い、と言う結果になっています。
このうち実際にコラーゲン結合能を測定して、
それが10%以上あるという条件で絞り込むと、
そうした結合能の高いミュータンス菌は、
71名で検出されていて、
そのうちの61%に当たる41名で、
MRI上の微小脳出血が認められたのに対して、
それ以外の208名中では、
微小脳出血が認められたのは14%に当たる30名に過ぎませんでした。

次に認知機能との関連ですが、
MMSEという現在最も広く使用されている、
認知症の診断のための検査の結果では、
コラーゲン結合能のあるミュータンス菌のあるなしで、
認知機能の差はありませんでした。
唯一ある特定の音から始まる言葉を、
どれだけ多く言えるかの試験において、
若干の差が認められました。

結果は正直微妙なもので、
確かにコラーゲン結合能の高いミュータンス菌があると、
脳の微小出血が多いことは事実だと思います。
ただ、これが本当にミュータンス菌が脳に移行して、
血管壁に吸着したせいなのか、
と言う点については、
ある種の口腔内の不潔な環境や、
虫歯が進行しやすいような体質などが、
影響している可能性を否定は出来ないように思います。

個人的には血液脳関門を通過したミュータンス菌が、
脳血管に付着して出血の原因となり、
それが認知症の原因にもなるという仮説は、
大分無理があるように感じるのですが、
それでもミュータンス菌の特定の性質と、
脳内病変との間に関連があるという結果は興味深く、
また別個のアプローチで他の研究グループが、
検証を行うようなことがあれば、
脳卒中や認知症の原因としての、
画期的な発見に結び付く可能性を、
秘めているようにも思います。

それでは今日はこのくらいで。

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リラグルチドの非アルコール性脂肪性肝疾患改善効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
リラグルチドの肝臓脂肪減少効果.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab 誌に掲載された、
糖尿病治療薬により脂肪肝を改善する試みについての論文です。

肝機能障害が命に関わるのは、
肝硬変や肝臓癌になった場合で、
その原因としてはB型肝炎やC型肝炎による慢性肝炎や、
アルコール性肝障害が知られています。
ただ、最近それ以外で注目されているのが、
アルコールを飲まないのに脂肪肝や脂肪肝炎を発症し、
中には肝硬変に至り肝臓癌を合併する事例もある、
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)です。

この非アルコール性脂肪性肝疾患の治療には、
今の時点で確実と言われる方法が認められていませんが、
最近注目されている治療薬の1つが、
2型糖尿病治療薬であるGLP1アナログの使用です。

GLP1アナログはインクレチン関連薬と呼ばれる注射薬で、
インスリン抵抗性の改善作用もあり、
また体重減少効果のあることで、
肥満症の治療薬としても研究が進められています。

メカニズムは必ずしも明確ではありませんが、
これまで動物実験や少数例の臨床研究において、
GLP1アナログの使用により非アルコール性脂肪肝炎の状態が、
改善したという報告が複数存在しています。
ただ、例数は概ね10例程度と少なく、
糖尿病とそうでない患者さんとが混在しているなど、
その効果を実証するにも充分なものとは言えませんでした。

そこで今回の研究では、
2型糖尿病でメトホルミンなどの治療を行なっていても、
HbA1cが7%を超えている患者さんに対して、
GLP1アナログであるリラグルチド(商品名ビクトーザ)を、
1日1.2mg皮下注で使用し、
半年間の経過観察を行っています。
対象者は68名でこれまでで最も大規模なものです。
問題は脂肪肝の改善をどのように計測するかですが、
これまでの研究では肝生検を行って、
直接細胞の状態を比較しているのですが、
今回は使用前後でMRスペクトロスコピーという検査を行い、
非侵襲的に肝細胞の脂肪含量を測定して、
その比較を行っています。
これは非アルコール性脂肪性肝疾患を確認している訳ではないのですが、
肝障害の指標であるALTは、
対象者では平均で45.9とやや上昇はしています。

その結果、
リラグルチドの治療により、
その前後で体重は減少してHbA1cは低下、
肝障害の指標であるALTも有意に低下して、
それに伴い肝臓の脂肪含量は31%有意に低下していました。
この脂肪含量の低下は、
対象者の年齢、体重減少、
ララグルチド使用前の脂肪含量との相関が認められ、
リラグルチドによる体重減少が認められなかった患者さんでは、
脂肪含量の有意な減少も認められませんでした。

要するに、
2型糖尿病の患者さんにリラグルチドを使用すると、
非アルコール性脂肪性肝疾患のあるケースでも、
肝細胞内の脂肪含量の低下が認められるのですが、
それは主に体重減少に伴うものの可能性が高そうだ、
と言う結果になっています。

GLP1アナログは肥満や脂肪肝の改善にも、
一定の効果があることは間違いがなさそうですが、
その効果はそれほど著明と言えるほどのものではなく、
高価な注射薬であるという点も考えると、
その適応をどうするかは、
慎重な判断が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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  • 作者: 石原藤樹
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  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


非ビタミンK阻害抗凝固薬の低用量とワルファリンの効果比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
低用量新規抗凝固剤の効果比較.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
最近心房細動という不整脈の脳梗塞予防に、
主に使用されている経口抗凝固剤剤を、
低用量で使用した場合の有効性と安全性についての論文です。

心房細動という年齢と共に増加する不整脈があり、
特に慢性に見られる場合には心臓内に血栓が出来て、
それが脳の血管に詰まることにより、
脳塞栓症という脳梗塞を発症します。

これを予防するために、
抗凝固剤と呼ばれる薬が使用されいます。

この目的で古くから使用されているのがワルファリンです。

ワルファリンは非常に優れた薬ですが、
納豆が食べられないなど食事に制限が必要で、
定期的に血液検査を行って、
量の調節を行う必要があります。

こうしたワルファリンの欠点を克服する薬として、
2011年以降に日本でも使用が開始されているのが、
直接トロンビン阻害剤やⅩa因子阻害剤の、
新規抗凝固剤を呼ばれる一連の薬剤です。

直接トロンビン阻害剤のダビガトラン(商品名プラザキサ)、
Ⅹa因子阻害剤のリバーロキサバン(商品名イグザレルト)、
アピキサバン(商品名エリキュース)、
エドキサバン(商品名リクシアナ)などがその代表です。

最近は新規抗凝固剤という名称から、
非ビタミンK阻害抗凝固剤という言い方をするようになっています。

この非ビタミンK阻害抗凝固剤の有効性は、
コントロールされたワルファリンとほぼ同等と考えられています。
ワルファリンと比較した場合の主な利点は、
消化管出血などの出血系の有害事象が少ないことと、
量の調節が基本的には不要である点です。

ただ、そうは言っても腎機能が低下すると、
薬剤が蓄積しやすくなるので、
薬剤毎に設定は微妙に違いますが、
通常より低用量が設定されていて、
ダビガトランについては通常量が1日300mgであるのに対して、
低用量が1日220mg、
リバーロキサバンについては通常量が1日20㎎に対して、
低用量が15㎎、
アピキサバンについては通常量が1日10㎎に対して、
低用量が5㎎ということになっています。

臨床医としては、
重篤な出血系の副作用が起こることが、
一番怖いので、
どうしても少な目の量で使用したい、
というバイアスが働きます。

臨床試験では腎機能低下や高齢の患者さんで、
低用量の使用が行われていて、
その脳塞栓予防効果はやや落ちるものの、
条件が同じワルファリンとは同等の効果とされています。

ただ、実際にはそうした患者さんのデータの数は少なく、
臨床試験ではなく実際の臨床においての、
有効性と安全性についてのデータはあまりありません。

そこで今回の研究では、
国民総背番号制が取られているデンマークにおいて、
非ビタミンK阻害抗凝固薬のうち、
ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバンの、
それぞれ低用量の使用を、
ワルファリンと比較して、
その有効性と安全性とを検証しています。
非弁膜症生心房細動の患者さんへの使用に限っての解析で、
病名は処方の登録を元にした解析なので、
患者さんを登録して調べるような研究ではありません。

トータルで55644名の心房細動の患者さんが対象となり、
そのうちダビガトラン使用者が8875名、
リバーロキサバン使用者が3476名、
アピキサバン使用者が4400名、
そしてワルファリン使用者が38893名となっています。

1年の経過観察において、
脳塞栓及び全身の塞栓症の発症率は、
ワルファリンが3.7%、ダビガトランが3.3%、
リバーロキサバンが3.5%とほぼ同等であったのに対して、
アピキサバンは4.8%と相対的に高い数値となっていました。
3種類の非ビタミンK阻害抗凝固剤をワルファリンと比較すると、
統計的には有意差はありませんでしたが、
矢張り低用量のアピキサバンで、
血栓症のリスクが高い傾向が認められました。

出血系の合併症については、
ワルファリンと比較して3種類の新規抗凝固剤とも、
有意な違いはありませんでした。

つまり、今回の実際の臨床のデータからは、
通常より低用量を使用した場合、
リバーロキサバンとダビガトランは、
ワルファリンと同等であるけれど、
アピキサバンはワルファリンより脳塞栓の予防効果が劣る可能性がある、
という結果になっています。

ただ、今回のデータは個々の患者さんの、
腎機能の測定値が分かっていないので、
正確な効果の比較にはなっていません。
低用量の処方になった背景が、
個々に異なっている可能性があり、
それが大きなバイアスになっているからです。

それでも、
日本ではアピキサバンの日本人での臨床試験のデータから、
低用量のアピキサバンが有効性と安全性のバランスが取れているように、
思われていた部分があり、
一般臨床においてはそうではない可能性がある、
という今回の結果は非常に興味深いものだと思います。

現状非ビタミンK阻害抗凝固剤の有効性と安全性には、
それほど明確な差はないと、
考えておいた方が良いかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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ビタミンCの心房細動予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ビタミンCの心房細動予防効果.jpg
今年のBMC Cardiovascular Disorders誌に掲載された、
ビタミンCの心房細動予防効果についての論文です。

心房細動は年齢と共に増加する不整脈で、
発作性であっても脳塞栓症という、
脳卒中のリスクになることで知られています。

心房細動は種々のストレスを誘因として、
発症することが知られていて、
たとえば心臓のバイパス手術の後では、
およそ30%の患者さんが心房細動を発症するというデータが、
上記文献には引用されています。

このストレスによる心房細動発症のメカニズムは、
正確には分かっていませんが、
動物実験では酸化ストレスがその原因の1つであると想定されています。

ビタミンCは抗酸化物質として知られています。
それでは、心臓手術後などの心房細動高リスクの患者さんに対して、
ビタミンCの補充を行うことにより、
心房細動は予防出来るのでしょうか?

今回の研究では、
これまでの臨床データをまとめて解析する方法で、
この問題の検証を行っています。

これまでの15の臨床試験における、
心房細動の発症リスクが高い、
2050 名の患者さんのデータが対象となっています。

そのうちの14の臨床研究では、
心臓手術後の心房細動の発症リスクが検証されていて、
もう1つの臨床研究は、
心房細動を電気ショックで治療した後の再発リスクを検証しています。
いずれもそうした時期の前後でビタミンCを使用して、
心房細動のリスクが抑制されるかどうかを検証しているのです。

臨床研究のうち5つはアメリカのもので、
5つはイラン、3つはギリシャ、
そして残りの1つはロシアの、
もう1つはスロベニアの研究でした。

ビタミンCの心房細動予防効果は、
かなり明確な地域差が認められました。

アメリカで施行された心臓手術後の5つの臨床研究では、
ビタミンCによる心房細動予防効果は
認められませんでした。
アメリカ以外で施行された9つの心臓手術後の臨床試験を、
まとめて解析した結果では、
ビタミンCの使用により心房細動の発症リスクは、
44%有意に抑制されていました。
(95%CI:0.47から0.67)

ギリシャで行われた、
唯一の電気ショック後の研究では、
ビタミンCの使用により心房細動の再発リスクは、
87%有意に抑制されていました。
(95%CI:0.02から0.92)

ギリシャの研究はかなりばらつきの大きなデータですし、
アメリカとそれ以外のデータが異なる理由も、
何とも言えません。
シンプルに考えれば、
ビタミンCでそれほど心房細動の発症リスクが下がるとは、
考えにくいのですが、
使用することで身体に有害とも考えにくく、
他にストレス後の心房細動を予防する決め手がない現状では、
1つの選択肢にはなりうるように思います。

今後のデータの蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

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妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症ホルモン補充療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺機能低下症と妊娠.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
潜在性甲状腺機能低下症に対して、
妊娠中に甲状腺ホルモン製剤を使用した場合の、
予後を検証した論文です。

これは現状の治療方針に疑問符を投げかけるもので、
臨床医としては悩ましいところですが、
肝心の橋本病自己抗体の有無が検証されていないので、
現時点では不十分なデータだと思います。

甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常より高めであるものの10を超えず、
甲状腺ホルモンの数値が正常範囲の場合を、
潜在性甲状腺機能低下症と呼んでいます。

原因として最も多いのは、
自己免疫により慢性の甲状腺の炎症が起こる、
橋本病(慢性甲状腺炎)です。

通常症状のない潜在性甲状腺機能低下症は、
薬物治療の対象にはなりません。
しかし、1つ例外となっているのは妊娠中です。

妊娠の特に初期においては、
甲状腺が胎盤からのhCGに刺激されて、
軽度の甲状腺機能亢進状態となり、
それが胎児の発育にも影響を与えていると想定されるのですが、
橋本病ではその反応が弱く、
相対的に甲状腺ホルモンの欠乏状態が生じる可能性があります。

橋本病の患者さんは流早産が多く、
それが甲状腺ホルモン製剤の使用により予防された、
という臨床試験の結果から、
妊娠中ではTSHを2.5以下に維持することが望ましい、
という方針が決められました。
これは日米のガイドラインにも記載されています。
(より正確には初期は2.5以下で、
妊娠中期以降は3以下)

通常明確に高いと判断されるTSHの数値は4ですから、
それより妊娠中は抑制することが望ましいという考え方です。

ただ、注意が必要であるのはこれは全ての妊娠についてではなく、
橋本病の抗体が陽性の場合に限った方針だ、
ということです。
抗体が陰性の場合でも、
流早産の既往がある場合には同じ対応が検討されますが、
それ以外のケースでは、
10を超えないTSHは、
基本的には問題はないと考えられています。

ただ、実際の妊娠において、
多数例を検討した研究データは、
あまり多くは存在していません。

今回の研究はアメリカにおいて、
潜在性甲状腺機能低下症で妊娠をされている女性、
トータル5405例のデータを検証し、
妊娠中の甲状腺ホルモン製剤の使用と、
妊娠の経過との関連性を検証しています。
後からデータを解析したもので、
あらかじめ対象者を登録して経過を見るような手法ではありません。
この場合の潜在性甲状腺機能低下症というのは、
TSHが2.5から10mIU/Lであるものを示しています。
通常より広い捉え方です。

その結果…

そのうちの843名が甲状腺ホルモン製剤による治療を受けていて、
治療前のTSH値は平均で4.8で、
残りの4562名の未治療の女性の、
TSH値は平均で3.3となっていました。

治療中の女性は未治療と比較して、
流産のリスクが38%有意に低下していました。
(95%CI:0.48から0.82)
一方で早産のリスクは60%(95%CI:1.14から2.24)、
妊娠糖尿病のリスクは37%(95%CI:1.05から1.79)、
子癇前症のリスクは61%(95%CI:1.10から2.37)、
それぞれ有意に増加していました。

それ以外の妊娠合併症には、
両群で有意な違いは認められませんでした。

そして、治療による流産の予防効果は、
TSHが4.1から10では55%のリスク低下と大きく
(95%CI:0.30から0.65)、
2.5から4.0では有意ではなくなりました。
(95%CI:0.65から1.23)

つまり、甲状腺ホルモン剤による流産の予防効果は、
確かに認められるものの、
その有効性はTSHが4を超える事例が主体で、
2.5という線引きは疑問である上に、
治療による早産の増加などのリスクも否定は出来ない、
という結果になっています。

これは事実であれば従来の考えを翻すものですが、
問題なのは橋本病の抗体の有無がチェックされていないことで、
潜在性甲状腺機能低下症に対する治療ガイドラインは、
そもそも橋本病の存在が前提になっているので、
これでは何も言ったことにはならない、
というのが正直なところです。

今後の検証が是非必要だと思いますが、
どんな患者さんでも、
TSHが2.5を超えていれば妊娠中に闇雲に治療を行なう、
という方針は誤りで、
橋本病の有無を含めて慎重かつきめ細かい対応が、
必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

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インフルエンザ呼気センサーの話 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザ呼気センサー.jpg
今年のSensoorsという専門誌に掲載された、
インフルエンザの呼気センサーについての論文です。

インフルエンザの診断と言うと、
鼻の奥に綿棒を突っ込んで、
鼻粘膜や分泌物を採取し、
ウイルス抗原と試薬を反応させて簡易診断する検査が、
一般に広く使用されています。

この検査の普及によりインフルエンザが、
迅速に診断され治療されるようになった意義は、
臨床的には非常に大きいと思います。

ただ、問題もあります。

この検査は発熱などのインフルエンザの症状が出現してから、
一定時間が経たないと陽性にはならないという欠点があります。
抗原量の影響を受けるのだと思いますが、
小さなお子さんでは、
症状出現から1から2時間でも陽性になる事例がある一方、
高齢者では発症後24時間くらいしてようやく陽性になる、
というケースもしばしば経験します。

検体採取は鼻の奥で咽頭後壁の上方くらいから、
採取しないとその感度はかなり低下しますから、
術者の手技によっても検出感度はかなりの違いが生じます。
そして、奥まで綿棒を差し入れるとかなり痛いですから、
患者さんにもあまり評判が良くはありません。

それでは、理想的なインフルエンザ診断の検査は、
どのようなものでしょうか?

術者の手技によらず感度が安定していて、
感染後どのくらいの時間が経てば陽性になるかが明確で、
それが症状出現と同時に陽性となり、
患者さんが痛みや不快感を感じることなく出来る検査があれば、
理想的であることは間違いがありません。

そんな検査がありうるでしょうか?

その1つの候補として研究されているのが、
今日ご紹介するインフルエンザ呼気センサーです。

感染症が呼気に影響を与えるという知見は以前からあります。
ウイルス感染などに伴い、
炎症性サイトカインが産生されると、
気道の粘膜細胞や肺胞細胞、白血球などから、
揮発性有機物質や窒素酸化物が産生され、
呼気に検出されることが確認されています。

インフルエンザに感染して寒気や関節痛などが生じるのは、
サイトカインの産生が主な要因ですから、
呼気の反応は症状出現後早期に出現する筈です。
更にはその反応はサイトカインの増加と相関し、
サイトカインの過剰な反応は、
インフルエンザの重症化と関係がありますから、
その予後の判断にも使用することが可能となります。

今回ご紹介する論文はその呼気センサーのメカニズムを、
細かく解説したものです。
呼気のイソプレン(炭化水素)とアンモニア、
そして一酸化窒素を測定し、
その上昇パターンでインフルエンザ感染かどうかを判定する、
という仕組みになっています。

ただ、問題は他のウイルス感染でも、
同じような反応が出るのではないか、ということで、
その検証は文献を読んだ範囲では、
実際的にはあまりされていないようでした。
実際のインフルエンザ感染による反応も測定はされておらず、
弱毒生ワクチンであるフルミストを使用して、
同じような反応が出ることが確認をされているだけです。

小さなお子さんでは呼気テストは難しいと思いますし、
インフルエンザのみで特有の反応が出るという根拠は乏しいと思います。

このセンサー自体は2011年頃から実用化の話がありながら、
あまりそうした動きがないのは、
その辺りに理由がありそうです。

ただ、確かにインフルエンザの重症化の予測には、
一定の有効性はありそうで、
自宅で呼気センサーによる検査を行い、
その数値によってすぐに医療機関の受診が必要かどうか判断する、
というような指標にはなりそうですが、
そうした目的でコストが見合うかどうかと考えると、
実用化のハードルは現状では高いもののように思います。

当面はまだ、
現行の迅速診断が優先して活用されることは、
間違いがなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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