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謎のレトロウイルスXMRVの発見とその顛末 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日は医学上の画期的な発見とされた、
ある不思議なウイルスと、
そのやや間抜けな謎についての話です。

まず、こちらをご覧下さい。
慢性疲労症候群とウイルス論文.jpg
2009年10月のScience誌に掲載された論文です。
勿論Science誌は超一流の科学誌です。
医学の専門誌ではありませんが、
臨床医学の論文も掲載されます。

論文の内容は、
慢性疲労症候群の患者さんにおいて、
その血液中に、
高率にXMRVと呼ばれるウイルスの感染が、
確認された、というものです。

XMRV(Xenotropic murine leukemia virus-related virus)
は異種指向性マウス白血病ウイルス関連ウイルスのことです。

マウス白血病ウイルスというのは、
ネズミの白血病を引き起こすウイルスのことで、
これはネズミの遺伝子に埋め込まれた、
所謂内在性レトロウイルスです。
レトロウイルスはHIVがその代表で、
自分のウイルスの遺伝子を、
人間の遺伝子に埋め込むようなタイプの、
感染をするウイルスです。

異種指向性というのは、
マウスの遺伝子に埋め込まれたウイルスが、
マウス同士ではなく、
マウスから人間に感染するという意味です。

動物の遺伝子の中には、
これまでの進化の過程で、
多くのウイルス遺伝子が、
埋め込まれているのですが、
そうしたウイルスの遺伝子が、
人間に感染することはないと、
通常は考えられていました。

ところが…

2006年にびっくりするような論文が発表されます。

人間の前立腺癌の組織から、
高率にこのXMRVが検出された、
というのです。

ある種のウイルスの感染が、
発癌の原因となることは知られています。

ネズミのウイルスであるXMRVが、
何らかの形で人間に感染し、
それが前立腺癌の原因ではないか、
という可能性が示唆されたのです。

その後、日本人の前立腺癌の患者さんでも、
同様にXMRVの感染が確認されました。

そして、次にこのXMRVと病気との関連性が指摘されたのが、
上記の論文における、
慢性疲労症候群との関連性だったのです。

健常者の4%、
慢性疲労症候群の67%で、
このウイルスが血液中から検出されたと言う結果でした。

慢性疲労症候群というのは、
全身のだるさや微熱などが持続する、
原因不明の疾患で、
ウイルスの持続感染が原因なのでは、
という説は以前からあったのですが、
ここまでクリアな結果が報告されたのは、
初めてのことでした。

それ以上に、
健常な方の血液からも、
数%このウイルスが検出された、
という事実は深刻です。

輸血ではXMRVのチェックはしていないのですから、
血液製剤を介して、
このウイルスの感染が、
広がっている可能性もあるからです。

ところが…

今年の11月には、
次のような論文が、
同じScience誌に掲載されました。
慢性疲労症候群とウイルス検証論文.jpg
これは上記の論文と同じ患者さんの検体を、
別の研究機関で再度分析した結果、
全ての患者さん及び健常者の検体から、
XMRVは検出されなかった、
というものです。

最初の論文が掲載されて以降、
多くの追試が試みられたのですが、
XMRVは何処からも検出されなかったのです。
どうもあの論文はおかしいのではないか、
という疑惑が高まり、
その疑念に答える形で、
Science誌上でも、
検証が行なわれたのです。

結果は失敗に終わりました。

そして、最終的に今月のScience誌において、
次のような恥ずかしい結論が掲載されました。
慢性疲労症候群論文取り下げ.jpg
Retractionは取り下げのことです。
つまり、最初の文献は、
誤りであるとして、
事実上抹消されたのです。

何故こんなことが起こったのでしょうか?

人間の血液には、
本当にXMRVの感染があるのでしょうか?
それともないのでしょうか?

Science誌という有難い権威を取り去って、
本来ある筈のないネズミのウイルスが、
人間の血液から検出された、
という結果だけをシンプルに考えると、
自ずと答えは見えて来ます。

遺伝子の実験では、
頻繁にネズミの遺伝子を使用します。
ネズミの細胞にウイルスを感染させたりもします。

これはつまり、
そうした研究室にはネズミの遺伝子の切れ端が、
そこらじゅうにあっておかしくはない、
ということを示しています。

ここまで来れば答えは簡単です。

本来あるべきではないことですが、
研究室に落ちていたようなウイルスの遺伝子が、
組み換えを起こして血液の検体に紛れ込み、
そして検出されたのです。

手に付いていたばい菌を、
培地にくっつけて培養してしまうようなものです。

感染は人間の体内で起こっていたのではなく、
実験室で起こっていたのです。

深刻なことには、
このウイルス遺伝子検出用の試薬自体が、
ウイルスに汚染されていて、
その試薬を使っただけで、
オートマチックにウイルスが検出されてしまうのです。

日本人で前立腺癌の患者さんに同ウイルスが検出された、
との報告は、
この試薬の汚染によるものとして、
これも撤回されています。
この報告は画期的なものとして当時は報道されましたが、
その恥ずかしい顛末は、
殆ど報道はされていません。

2006年の論文自体は撤回はされていませんが、
ネズミのレトロウイルスが人間に感染するという話自体が、
疑問視されていることは確かです。

科学者というのは、
常に新たな発見を求めているので、
自分の望む結果が出ると、
すぐに気付かないといけないような間抜けなミスも、
見落とし易い人種なのだということを、
テレビやネットで「画期的な発見」のような記事を読む時に、
僕達も時に考えてみる必要があるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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