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フィンランドで認知症が多いのは何故か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
フィンランドの認知症死亡リスク.jpg
今年のBrain Research誌に掲載された、
フィンランドにおいて認知症の死亡が多いのは何故かを、
環境要因から検証した解説記事です。

認知症には地域差があって、
それが何に起因するものであるのかは、
未だ不明です。

2016年のWHOの統計によると、
認知症による死亡率が世界で最も高い国はフィンランドで、
かつ過去50年間に8倍に増加しています。

この場合の死亡率というのは、
年間人口10万人当たりで換算して、
どれだけの人数が認知症を根本原因(underling cause)として死亡したか、
ということを数値化したもので、
たとえば認知症で寝たきりとなって、
嚥下の機能が低下したために最終的に肺炎で亡くなったような場合には、
その原因は認知症として、
カウントされる性質のものだと思います。
一方で脳梗塞を明確に起こしていて、
嚥下障害があって肺炎を起こして死亡したとすれば、
亡くなった時点で認知症を合併していても、
原因は脳梗塞とされるのが通常だと思います。

この10万人当たりの死亡率が、
フィンランドは53.77となっていて、
2位がアメリカで45.58、
3位がカナダで35.50です。
以下アイスランド、スウェーデン、スイス、ノルウェー、
デンマーク、オランダ、ベルギーとランキングは続きます。

ちなみに日本は58位で4.23、
中国が53位で4.71と近く、
アジアで最も高いのは27位の韓国で12.32です。

こうして並べてみると、
それなりに地域性のようなものが感じられます。
寒い国が多いというのはすぐに気がつくことです。

これは偶然でしょうか?

フィンランドは気温が低く、
冬期は湿気が高く80%を超えることが多い、
とされています。
冬期は高齢者は出歩かずに家にいることが多く、
湿気の多い環境はカビの増加を伴います。
ここで真菌由来の毒素が神経細胞への毒性を持ち、
真菌の持続感染により、
神経細胞の細胞死が起こるのでは、
という仮説があります。

より直接的に真菌の感染に伴い、
身体の免疫反応の1つとして、
アミロイドβなどのタンパクが過剰に産生され、
それが認知症の発症に繋がるという仮説も提唱されています。

フィンランド周辺の海や湖には、
BMAAと呼ばれる神経毒を産生する藻を形成する細菌が繁殖していて、
かつBMAAの神経毒性を増強するメチル水銀が、
フィンランドの住民が多く摂っている魚介に、
多く含まれていることが想定されています。
これも認知症の環境要因として想定されています。

微量元素のセレンは、
神経毒の毒性を除去する働きを持っていますが、
フィンランドの土壌にはセレンが少なく、
これも他の要因と相乗的に、
認知症のリスクの増加に繋がる可能性が指摘をされています。

このように、
やや単独の要因としては弱い感じもありますが、
現状このような環境要因が想定をされていて、
認知症の原因や新興の促進因子には、
まだ不明の点も多いので、
地味には見えてもこうした疫学データの解析が、
新たなブレイクスルーに繋がる可能性も、
充分あるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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認知症治療薬の効果を事前に判定することは可能か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アリセプトの効果と白質病変.jpg
今年のGeriatrics & Gerontology International誌に掲載された、
認知症治療薬の有効性を、
事前に推測する方法についての論文です。

台湾からの報告ですが、
この雑誌は日本老年医学会の英文誌です。

アルツハイマー型認知症の治療薬としては、
コリンエステラーゼ阻害剤のドネペジル(商品名アリセプトなど)が、
世界的に最も幅広く使用されています。

アルツハイマー型認知症の特に初期においては、
アセチルコリンで信号伝達される神経の働きが低下するため、
その部分の神経伝達物質の働きを増強させることにより、
認知症の進行を予防しよう、というメカニズムの薬で、
根本的な原因治療ではないのですが、
症状の進行を遅らせ、
問題行動などを抑制して、
介護者の負担を軽減するなどの効果が確認されています。

ただ、こうした効果は、
全ての患者さんにおいて同じように見られるものではなく、
これまでの報告でも適応と考えられる患者さんの30から74%が、
ドネペジルに充分な反応を示さなかった、
とされています。

つまり、トータルには治療効果のある患者さんの比率は、
それほど高いものではありません。

一般的に初期の認知症である方が、
ドネペジルの有効性は高いと考えられています。
ある程度以上神経細胞の脱落が進んでしまえば、
アセチルコリンを増やしても、
その効果があるとは思えないからです。

しかし、症状的には比較的進行していても、
有効な事例も実際にありますから、
それだけで有効性が判断出来る、というものではありません。

ドネペジルも有害事象や副作用の少ない薬ではありませんから、
使用前にある程度効くかどうかが推測可能であれば、
患者さんにとってもご家族にとっても、
それに越したことはないように思います。

果たして、そうした指標はあるのでしょうか?

今回の研究においては台湾において、
患者さんの脳CT所見と、
ドネペジルの反応性との関連を検証しています。

CT所見のうち特に白質病変と呼ばれる、
はっきりと血流が途絶えた梗塞部位ではないけれど、
血流が低下している部分の範囲に着目をしています。

アルツハイマー型認知症との診断を受け、
ドネペジルを使用している196名の患者さんを、
臨床的な有効例と無効例とに分けたところ、
有効例は72例(36.73%)で無効例は124例(63.27%)でした。
有効例と無効例でCT所見の比較を行うと、
前頭部と基底核の白質病変が多い事例が、
無効例と有意な関連を示しました。
この関係性は、
データを年齢や性別、
アポE遺伝子の多型や糖尿病の有無などで補正しても、
同様に有意に認められました。

要するにCT所見上の前頭部や基底核の白質病変は、
その部位のアセチルコリン作動性神経の、
高度の機能低下を現わしていると思われ、
そうした事例でのドネペジルの有効性は、
それほど期待出来るものではない、
と考えて良いのではないか、
という結論です。

これはまだ比較的少数例の検討に過ぎませんが、
診断目的の検査や所見によって、
ある程度薬の有効性が推測可能であるという結果は興味深く、
実際今回のデータでも3分の2の患者さんは、
薬の効果が充分ではなかったのですから、
臨床的にもこうした検討には大きな意義があり、
不必要な投薬を減らして治療の精度を高め、
医療コストの削減にも繋がるものだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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柴幸男「わたしが悲しくないのはあなたが遠いから」(フェスティバル/トーキョー17) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事も演劇の話題です。

それがこちら。
わたしが悲しくないのはあなたが遠いから.jpg
ままごとの柴幸男さんが、
今年のフェスティバル/トーキョー17の一環として、
東京芸術劇場の地下の隣り合った2つの小劇場で、
同時に一連の作品を上演する、
という興味深い企画を行っています。
上演は本日までの予定です。

ままごとは何と言っても「わが星」が素晴らしく、
小演劇史上に燦然と輝く大傑作で、
今年リクリエートされた「わたしの星」も、
感動的な傑作で感銘を受けましたので、
これはままごとの作品は全て傑作なのではないかしら、
と思って今回も急遽観ることにしました。

企画も興味深くて、
震災のような、
その場にいない人にとっては「遠くにある悲劇」をテーマに、
観客は同時には観ることが出来ない、
隣り合った2つの劇場で、
同じモチーフの芝居を同時に上演し、
それが所々でリンクする、
というこれまでにない発想の公演です。

僕はイースト版を最初に観て、
それから別の日にウエスト版を観ました。

率直な感想は、
「今回は準備不足」というもので、
無理して両方行くこともなかった、
というのが正直なところでした。

また練り上げての上演を期待したいな、
というように思う一方で、
この発想はもっと別の形で活かすべきで、
今回は失敗と捉えた方が良いのでは、
というようにも感じました。

当たり前のことかも知れませんが、
ままごともいつも面白い、
という訳ではなかったようです。

以下ネタバレを含む感想です。
上演は本日までですので、
本日観劇予定の方は、
終了後にお読み下さい。

東京芸術劇場の地下には、
隣り合ったほぼ同じ大きさの劇場が2つ並んでいて、
一方がシアターイーストでもう一方がシアターウエストです。
両方とも小さな箱の割には、
無機的な感じがして、
新国立劇場の小劇場と同じように、
客席と舞台が一体感を持つことが、
難しいような印象をいつも持っています。
この劇場で観た芝居は、
概ね地味で面白くない、ということが多いのです。

今回は同時上演ということで、
2つの劇場の入り口に、
仮説の空港の入場ゲートのようなものが、
設けられています。
イーストウイングとウエストウイング、
ということのようです。

それはそれで良いのですが、
安っぽいベニヤの工作みたいなセットなので、
ちょっとガッカリします。

両方の劇場ともシンプルなセットで、
1時間15分程度の3幕に分かれた、
ほぼ同一のストーリーが展開されます。
ただ、演出は両者で異なっていて、
シンプルなセットも、
イースト版は背景がスクリーンになっていて、
映像を映すという趣向の一方で、
ウエスト版は客席に前後から挟み込まれた、
中央の横長ステージになっていて、
そのため横移動が多く、映像は使われません。

イーストでは東子(トーコ)さんという女性が主人公で、
ウエストでは西子(セイコ)さんという女性が主人公となり、
東子さんは標準語を話し、
西子さんは関西弁です。

どちらの設定でも、
生まれた時から自分の隣に、
合わせ鏡のような女の子がいて、
その子との距離が、
次第に離れて行く、
という趣向になっています。

そして相手の側に次々と悲劇が起こり、
それは震災であったり、テロであったりします。

主人公はそれを否定しようとしたり、
過去にさかのぼってそれを止めようとしたり、
遠くで起こったことだからと無関心を装ったりもするのですが、
そのどれでもない別の答えを探して、
生まれることを繰り返す、
という物語です。

戯曲はかなり観念的で、
言葉で説明する部分が多く、
児童劇的なスタイルを取ったり、
お説教じみた部分も多いのが、
個人的にはかなり退屈でした。

言わんとすることが良く分かりますし、
遠い世界で起こった悲劇にどう向き合うべきか、
というのは、極めて今日的なテーマであると思います。
如何にも柴さんらしい、
純粋で真っ直ぐな考え方だなあ、という風には思います。
同感もします。

ただ、それをそのまま芝居にするのは、
あまり効果的なことではないように感じました。
どちらかと言えば、
トークショーで観客と語り合ったり、
テレビ番組にしたり、
講演会のテーマにする方が合っているようなテーマです。

要するに演劇にはテーマ自体があまり向いていないし、
咀嚼をされていないし、演劇化されていないように感じたのです。

素の舞台でダブダブの衣装を着た女優さんに、
「その時遠くの世界で海が燃えました」
みたいなことを言われて、
それで何を感じないといけないのでしょうか?

悪く言えばとても独りよがりな世界を感じました。

劇場の横にドアがあって、
そこを開くとその向こうにもう1つの劇場がある、
という趣向なのですが、
実際には別に2つの劇場を直線的に繋ぐ道はないので、
音を飛ばしてそれらしく見せているだけです。

当日の話題などを幕間で役者さんが通路越しに話し合って、
「ほら、つながってるでしょ」みたいなことをするのですが、
それがどうした、というくらいにしか感じませんし、
観客に呼びかけて、客いじりをするようなことに、
あまり慣れている役者さん達ではないので、
とても反応が良いとは言えない観客相手に、
空しく呼びかけ進行するのも何か白々しい感じです。

「そちらは順調に進んでいますか?」
「順調です」
「良かった。こっちも順調です」
みたいなことを何度かやるのですが、
順調であることを確認してどうするのでしょうか?
見えない世界で悲劇が起こっている、
というお芝居なのですから、
順調でなくならないと、
やる意味がないのではないでしょうか?

実際に劇中で何度か東西の役者さんが入れ替わって登場するのですが、
それがとても効果的、ということもありませんでした。

柴さんの演出はいつも感心して観ていたのですが、
今回は台湾のスタッフが音楽と衣装を担当していて、
それも作品世界にマッチしていないように感じました。
ダブダブの色気の欠片もないような抽象的な衣装は、
とてもつまらなく舞台の単調さを増していましたし、
いつもなら音楽はとても舞台に合っていて、
クライマックスでは情緒的な盛り上がりを見せるのですが、
今回は予め作曲された音楽を、
「使わなければいけなかった」ということのようで、
音楽が舞台の流れを消すという、
嫌な感じになっていました。
音楽を舞台に合わせてつけ直すだけでも、
作品の印象はかなり変わるのではないかと思います。
長い紙を広げて波を表現したりするのも、
野田秀樹演出と似すぎていて興ざめでした。

総じて練り上げが不足していて、
中途半端な舞台でした。
せっかくの面白い企画であり上演だったと思うので、
こうした結果になったことは非常に残念に感じました。

勿論これは個人的な感想ですので、
面白いとお感じになった方もいるかと思います。
色々な感想があるということで、
ご容赦を頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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前川知大「関数ドミノ」(2017年寺十吾演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

昨日は変な夢を見ました。

加藤浩次さんが、
朝の情報番組の傍ら弁護士をしている事務所で、
何故か僕はバイトをしているのですが、
そこで変なおじさんに、
悪徳政治家にパワハラをされていると弁護を頼まれ、
僕は素人なので加藤さんにお願いすると、
着手金は200万だけどお前ならまけてやる、と言われ、
お願いするのですが、
良く考えてみると自分が弁護を依頼している訳でもないのに、
何故僕がお金を出さなければいけないのだろう、
とはたとそのことに気づいて、
加藤さんに連絡を取るのですが繋がらない、
という夢です。
困りました。

今日は日曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
関数ドミノ.jpg
イキウメの前川知大さんが、
2005年にイキウメで初演し、
2009年と2014年に再演された「関数ドミノ」が、
今回ナベプロの主催で寺十吾さんの演出により再演されました。

キャストは若手中心ですが、
瀬戸康史さん、柄本時生さん、勝村政信さんと、
なかなかの曲者演技派が揃っています。

「関数ドミノ」は2009年版を初めて観て、
とても感銘を受けましたし、
かなり衝撃的でした。

内容も演出スタイルも、
新しい芝居だと興奮したのです。

それからイキウメのお芝居はほぼ全部観ていますが、
正直2009年の「関数ドミノ」を超えるものはないと感じています。
もちろん初物の新鮮さあってのことかも知れません。

2014年の再演もその意味でとても期待したのですが、
前川さんは前回の脚本に大きく手を入れていて、
演出も大幅に変えていたのですが、
それが個人的には「改悪」としか思えず、
最初から「違う違う、こんなんじゃ台無しじゃないか!」
と叫びだしたい気分になりました。
勿論元々前川さんが書かれたものですから、
僕が文句を言う筋合いはないのですが、
それでも2009年に観た時の新鮮な衝撃が、
汚されたように感じたのです。
これだけ大きく変更してしまうのなら、
全くの新作を書けば良いのに、
と正直を言えば思いました。

今回の企画上演では、
前川さん自身が2009年版を使用する、
とチラシにも書かれています。
それから寺十吾さんの前川作品の演出にも興味があり、
期待をして観に出掛けました。

観終わった後の感想としては、
この作品の持つ力を、
再認識させるような公演には充分なっていたと思います。

これはワンアイデアの作品なのですが、
ラストのある秘密が明らかになる瞬間の破壊力が素晴らしくて、
ほぼ予想の付くような筋書きではあるのですが、
単なるどんでん返しではなく、
今の世の中に生きる多くの人間が持っている病理のようなものを、
演劇的に露わに視覚化している、
という点が何より素晴らしいのです。

2009年版のラストで、
自分の人生が思い通りにならないことを、
全て他人のせいにしていた主人公が、
その拠り所を失って、
舞台上で途方に暮れる姿が非常に印象的でしたし、
「散歩する侵略者」のラストにも通底する感じがありました。

2014年版では話を複層的に複雑化していて、
原案のシンプルさが失われていたのが最低でした。

今回の寺十吾さんの演出では、
イキウメの舞台が、
いつもやや無機的でスタイリッシュな感じなのに対して、
ややレトロで昭和趣味のセットを作り、
舞台奥に壊れた半透明の車と、
風力発電のプロペラの列を配して、
それがラスト途方に暮れる主人公の背後に浮かび上がると、
ある種の「負の力」が世界に波及して破滅の引き金を引くような、
サイバーパンク的な終末観を演出して効果的でした。
これはただ、前川さんの戯曲の、
本来のラストの意味合いとは、
ちょっと違うようにも思いました。

何より真相が明らかになる場面を、
仰々しいくらいにメリハリを付けて盛り上げてくれましたし、
「ドミノ」の部屋の盗聴をする場面などは、
部屋を左右に置いて、
非常にわかりやすく演出していました。

寺十吾さんの演出意図は、
アングラ的素養をベースに置きながら、
戯曲の構造をわかりやすく提示することに重点を置き、
オープニングとラストにだけ、
戯曲の世界観にないものを付加する、
という構想で、
これは蜷川幸雄さんの演出に非常に近いものではないかと思いました。

多くの演出家が蜷川さんの仕事を、
引き継ぎ乗り越えるような試みを、
少しずつされていますが、
僕はアングラの素養を持ち、
それをスペクタクル化する技量をもっている、
という意味で、
寺十吾さんこそ、
蜷川幸雄に近い演出家ではないか、
という感じを今回持ちました。

イキウメは最近は個性的な役者さんも、
育って来てはいるのですが、
演技にはやや平坦な印象があり、
役柄にも無理を感じることも多いのですが、
今回はプロデュースとあって、
その役柄に違和感のないメンバーで固められていて、
作品世界にすんなりと入ることが出来ましたし、
皆なかなかの熱演でした。

主人公の瀬戸康史さんは、
最近病的な感じを少し出し過ぎかな、
というようには感じますが、
主役にふさわしい熱演でしたし、
勝村政信さんがさすがの風格で作品を締めてくれました。
持病を持って苦悩する山田悠介さんも、
とても良かったと思います。

そんな訳で当たり前のことですが、
戯曲が良く演出が良く役者が良ければ、
芝居が良くなるのは当たり前であることを、
改めて認識させてくれた上演で、
寺十吾さんにはこれからも、
小劇場の不幸に埋もれた名作の復活を、
是非お願いしたいと思います。

今日はもう1本演劇の話題が続きます。
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日本のラジオ「カーテン」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
カーテン.jpg
「日本のラジオ」という劇団の新作「カーテン」を、
三鷹市芸術文化センター星のホールで観劇しました。
この劇場で毎年企画されている、
注目の若手劇団シリーズの1本です。

これは正直に言うと物凄く詰まらなくて、
最近久しぶりに「しまった。時間を完全に無駄にした!」
という絶望感と敗北感に苛まれることになりました。

上演中にそんな感想を書くのは失礼なので、
書かなかったのですが、
もう公演は終わっていますので、
率直な感想を書きたいと思います。

以下ほぼ全て悪口ですので、
この劇団がお好きな方や、
この公演を見られて気に入ったというような方は、
ご不快に思われたら申し訳ありません。
色々な感想があるということで、
ご容赦頂ければ幸いです。

お芝居の内容は結構意欲的なもので、
沖縄をモチーフにした架空の島が舞台となっています。
そこでは本土から独立しようとする過激派がいて、
その集団が島の劇場を占拠して、
収監されている同志の解放を要求する事件を起こします。

観客には予めその事件に関する、
パンフレットを兼ねた詳細な資料が配布されていて、
事件は4日目に軍の特殊部隊の突入により終結し、
テロリストは全員射殺、
人質のうち33名も窒息死した、
という経過が書かれています。

劇場は素舞台の側が仮設の客席となっていて、
観客は裏手から誘導されて、
通常の舞台上に座ります。
観客の目の前には舞台と客席を分ける緞帳が下がっています。

緞帳が開くと、
客席を見下ろす格好になり、
何の装飾もない客席のあちこちに、
布の頭巾を被せられた役者さんが腰を下ろしていて、
2人のテロリスト役の役者さんが、
自分達の主張の記録動画を撮っているところが見え、
そこから物語が始まります。

確かにその一瞬はなかなか刺激的で面白いのです。

客席から舞台を見上げる代わりに、
客席という舞台を見下ろすという恰好になりますし、
客席をそのまま舞台装置にする、
という発想も斬新です。
そこに頭巾で顔を隠した役者さんが、
ズラリと並んでいるのも異様な感じがします。

ただ、1時間半の上演時間中、
舞台(実際には客席)の風景には、
全く変化が見られず、
役者さんが自分達のパートでは頭巾を脱ぎ、
自分達のパートが終わると頭巾を被って、
不特定の人質に代わる、
という繰り返しが、
延々と続くだけです。

リアルにそこを劇場として見せたいのかと思うと、
必ずしもそうではなく、
テロリストの持っている銃や爆弾も、
簡素な小道具と見えるものになっていますし、
結果として生き残った人質という設定かと思いますが、
人質役の役者さんが、
もう事件が終わった後の時制から、
過去を振り返るような独白をセリフに挟んだりもしています。

パンフレットに書かれている事件の経過のうち、
占拠事件の翌日から舞台はスタートし、
軍の特殊部隊が突入する寸前で、
物語は終了します。

つまり、基本的に劇的なことや大きく状況が動くという場面については、
舞台上では描かれず、
テロリストと人質との、
ある種淡々とした「日常」の部分のみが描かれます。

これはまあ、平田オリザさんや岩松了さんの劇作に、
基本的には近いスタイルのものだと思います。
また素材自体で言えば、
TRASHMASTERSや劇団チョコレートケーキ辺りに、
近いという印象です。

ただ、平田さんや岩松さんの劇作であれば、
客席と舞台を入れ替えるというような無理はせず、
オーソドックスに安心出来るような舞台を作り、
展開されるドラマ自体に観客の意識を集中させたと思いますし、
人物描写はもっと繊細かつ緻密に紡がれて、
舞台上で実際には描かれない部分にも、
もっと魅力があったのではないかと思います。

一方でTRASHMASTERSであれば、
言葉の暴力を含めて暴力的な闘争はもっと凄味を持って描かれ、
強烈なテンションに貫かれた作品になったと思いますし、
劇団チョコレートケーキであれば、
人物のディテールはもっとリアルに磨かれ、
重厚でリアルな作品となったのではないかと思います。

ただ、劇作自体は、
やや平凡でパンチの効かないものではあっても、
そう悪くはなかったと思うのです。

この芝居がたとえばスズナリ辺りで、
オーソドックスな演出で上演されれば、
「あまり面白くはないけど、まあこんなものかな」
というくらいの感想だったと思います。

問題は演出です。

この作品で客席と舞台を逆転させた意味は何処にあるのでしょうか?

観客は簡易の椅子でとても居心地は悪く、
客席から舞台の距離も不必要に遠くなっています。
舞台面に全編全く変化がなく、
音効効果や照明効果も全くないので、
とても単調で退屈を感じます。

確かに緞帳が上がった瞬間はインパクトがありますが、
そんなものは数秒で終わる性質のものです。

たとえば観客を人質に見立てるというような、
明確な意図があればそれでも良いですし、
通常の舞台と客席では得られない臨場感を、
感じさせるような作品であれば、
それはそれで良いと思うのですが、
前述のように設定はリアルではなく、
平田オリザさんのスタイルに近いような台詞劇なので、
観客は無理をして舞台に意識を合わせるような気分になり、
無用に集中して舞台を見ないといけない羽目に陥ります。

これはいくら何でも観客に失礼ではないでしょうか?

せっかく設備の整った劇場に招聘されての公演なのですから、
ワンアイデアで押し切るのではなく、
もう少し手間と時間とお金を掛けて、
演出に変化を付けるべきではなかったのでしょうか?

パンフレット自体は出来の良いもので、
背景の説明は全てそこで済ませて、
そこにない余白の部分を演劇化する、
という趣向は良いと思うのです。
しかし、そうした発想であれば、
舞台自体はもっとオーソドックスな作りにした方が、
間違いなく良かったと思います。

その一方でもっと滅茶苦茶で前衛的な舞台にしたいのであれば、
ディテールを固める必要などあまりなかったと思いますし、
もっと過激で押して欲しかったと思います。
客席と舞台を反転させるという仕掛けを最初にしておきながら、
その後は1時間半、
ただおとなしく居心地の悪い椅子に座って、
平田オリザさん的舞台を見続けるだけ、
というのはいくら何でもおかしいと思うのです。

これでは、
単純に舞台予算を削減するための演出と言われても、
仕方がないもののように思いました。

今回の芝居で舞台と客席の交換、
という趣向を外してしまうと、
音効も照明もなくセットもない素舞台での芝居、
ということになり、
それは余程の覚悟がなければ、
手抜き以外の何物でもないからです。

劇団のサイトを見ると、
あまり劇場では公演は行わず、
音効や照明も極力使用しない、
と書かれているので、
いつもの通りだったのかも知れません。
今回の芝居でも、
たとえば施設の通路や中庭での公演であれば、
これでも良かったと思いますが、
通常の設備のある劇場を使用してお金を取っておいて、
この使い方は有り得ないように思うのです。

役者の肉体さえあれば何処でも芝居は成立する、
まあそれは確かにそうでしょう、
しかし、今回の芝居に登場した肉体に、
そうした覚悟や凄味はなかったように思います。
何も装飾のない芝居を成立させてお金を取ることは、
一部の天才のなし得る境地で、
そうしたことは滅多にはないからこそ、
多くの劇団は照明や音効やセットに頼るのではないでしょうか?

僕は最低でも同じ劇団の芝居は、
2回から3回は観に行くようにしているのですが、
さすがにこれだけ辛い経験をすると、
もう一度見る元気は、
なかなか起こって来ないのが実際です。

ただ、その一方で僕はデタラメな芝居、
観客を置き去りにしたような芝居も嫌いではなく、
以前にも「なんだこれはひどいな」と思って、
意外にそうした劇団がその後急成長、
というようなことも何度も経験しているので
(僕にとってはケラさんの芝居もそうでした)、
次はビックリ素晴らしい芝居、
というようなこともないとは言えないと思うのです。

おそらくはこの劇団の皆さんにも、
皆さんなりの狙いがあり、
意地があるのだと思うので、
今後の活躍を期待したいと思います。

頑張って下さい。

ただ、最後に1つだけ言いたいことは、
詰まらないお芝居ほど多くの娯楽の中で苦痛なものはなく、
一度そうした芝居を見てしまうと、
お芝居や演劇というもの自体が、
その後一生嫌いになってしまうことがあり、
そうした芝居嫌いの人を僕自身沢山知っているので、
これが地下の小劇場や、
余程の好き者しか行かないような場所での公演であれば良いのですが、
今回のような、
公的な劇場で若手の良いお芝居を集めました、
というような企画の場合には、
演じる側も、
観客の中にはお芝居を見るのが初めてという人もいて、
そうした観客にとっては、
この機会が一期一会で、
この芝居が面白いかどうかが、
その後の演劇に対する姿勢を決定することもある、
ということは是非念頭において欲しいと思うのです。
要するに何にせよTPOということはあるのではないか、
というのが僕の唯一言いたかったことです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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高リン食による老化のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
リンによる老化のメカニズム.jpg
今年のScientific Reports誌に掲載された、
高リン食による老化のメカニズムを、
ネズミの実験で検証した論文です。
慶應義塾大学の宮本健史先生らのグループによる研究です。

最近老化のメカニズムとの関連で注目されているのが、
血液のリン濃度と老化の進行との関連です。

リンはカルシウムに次いで身体に多いミネラルで、
その多くは骨の構成成分としてカルシウムと共に存在しています。
身体には副甲状腺ホルモンと言って、
血液のカルシウムを上昇させてリンを低下させる、
という役割を持つホルモンがあり、
このためカルシウムとリンの比率(カルシウム・リン積として表現される)は、
ほぼ一定に維持されるような仕組みになっています。

これ以外に血液のリン濃度が上昇した時に、
リンを単独で低下させる物質として、
FGF23という物質が高リン食で増加することも、
最近分かって来ています。

さて、カルシウム・リン積が増加すると、
血管の壁や皮下などに石灰化が起こることは分かっていましたが、
老化とリンとに関連があるとの知見が広まったのは、
抗老化遺伝子として同定されたKlotho遺伝子が欠損して、
全身の老化や動脈硬化が急激に進行しているネズミでは、
血液のリン濃度が著明に増加していて、
血液のリン濃度を正常化すると、
老化の促進の多くが抑制される、
という研究結果が発表されてからです。

どうやらリンを適切に身体から排泄するシステムが壊れ、
過剰なリンが身体にたまると、
それが老化を促進する大きな因子となることは、
ほぼ間違いがなさそうなのです。

しかし、リンと老化との間にどのような関連があり、
それがKlotho遺伝子とどのような関連を持っているのか、
といった詳細はまだ不明のままなのです。

今回の論文はそのミッシングリンクにメスを入れたもので、
Enpp1という遺伝子が、
そこを介在しているのではないか、という結果になっています。

動脈硬化などで起こる身体の病的な石灰化は、
老化現象の大きなシグナルの1つですが、
この石灰化はカルシウムと無機リンから形成されたハイドロキシアパタイトが、
コラーゲン繊維に沈着することにより起こります。
一方でその石灰化を抑制しているのがピロリン酸という物質で、
その産生を促進するのがEnpp1という酵素です。

ピロリン酸はリン酸が2つ結合した化合物です。
それが行き過ぎた骨化を抑制するようなスイッチの働きをしているのです。
リンが過剰になると異所性石灰化が起こり易くなり、
それを同じリンの化合物が止める働きをして、
身体のバランスを保っているのです。

このEnpp1遺伝子が欠損すると、
正常な骨の石灰化が起こらなくなります。
人間の遺伝性低リン性骨軟化症という病気がありますが、
この病気ではEnpp1遺伝子が正常に働かないような変異があることが、
確認をされています。

上記論文の著者らは、
Klotho遺伝子による老化の抑制が、
一部はEnpp1を介しているのではないかとの推測の元に、
Enpp1遺伝子が欠損しているネズミに高リン食の負荷を行ない、
その全身に与える影響を、
Enpp1が通常に機能しているネズミと比較検証しています。

その結果…

Enpp1遺伝子が欠損しているネズミに、
高リン食の負荷を行なうと、
Klotho遺伝子が欠損しているネズミと非常に似通った、
加齢が促進されたような変化が起こり、
異所性の石灰化は促進されて、
動脈硬化や骨粗鬆症が進行、
寿命も短縮してしまいます。

ややトリッキーですが、
Enpp1遺伝子の欠損ではなく、
別の遺伝子の欠損による骨軟化症のモデル動物のネズミで、
同様の高リン食負荷を行なっても、
老化の進行に結び付くような変化は見られませんでした。

ここでEnpp1遺伝子の欠損による変化をみてみると、
高リン食の負荷により、
リンを下げる働きを持つFGF23と、
リンを取り込んで正常な骨を作る活性型ビタミンD(1,25OH2D3)が、
共に過剰に産生されて、
これはKlotho遺伝子の活性低下に伴うものの可能性が高い、
という結果になっています。

こちらをご覧下さい。
高リン食への対応正常.jpg
これはEnpp1が正常に働いている場合の、
生体内でのリンの調整メカニズムを示しています。

余分なリンを身体から排泄する仕組みの主体は、
FGF23というホルモンにあります。
血液の無機リン濃度が上昇すると、
骨細胞からFGF23が産生されます。
このFGF23 は腎臓にある受容体に結合しますが、
そこではEnpp1で刺激されるKlothoが受容体とリンクしていて、
これがCyp27という酵素を抑制し、
ビタミンDの活性化を阻害するので活性型ビタミンDは低下、
消化管からのリンの吸収が抑えられて、
リンの上昇にストップが掛かります。
FGF23は尿細管からのリンの再吸収も抑制しますから、
その2つの働きにより、
リンは排泄されて定常状態に戻るのです。

それでは次を御覧ください。
高リン食への対応異常.jpg
これはEnpp1が何等かの原因で働かない場合の、
高リン血症時の身体の働きを見たものです。

リン濃度の上昇により、
骨からはFGF23が産生されますが、
Enpp1の働きがなくなることで、
Klothoの活性が落ち、
Cyp27の抑制もされないために。
活性型ビタミンDが過剰に産生されてしまいます。
このビタミンDがリンの吸収を促進するので、
リンの過剰は悪循環に陥るということになります。

このリンが過剰である状態での活性型ビタミンDの過剰産生が、
異所性の石灰化に結び付き、
老化促進の要因にもなっているのではないか、
という仮説です。

今回の結果は1種類の特殊な実験動物でのものなので、
それが人間でも当て嵌まることであるのかどうかは、
現時点では何とも言えません。
他の矢張りEnpp1が欠損したモデル動物では、
高リン食でも異所性石灰化は見られなかった、
というような報告もあり、
今後より詳細な検証が必要であるように思います。

いずれにしても、
リンが生体内で過剰に存在するかどうかで、
石灰化に関わる身体の仕組みが変化し、
それが老化に結び付いているという知見は興味深く、
老化とリンとの関連は、
これからも大きなトピックであることは、
間違いがないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
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  • メディア: 単行本


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抗凝固剤の使用と血尿との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
抗凝固剤と血尿との関連について.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
抗凝固剤の有害事象としての血尿のリスクについての論文です。

アスピリンなどの抗血小板剤や、
ワルファリン、ダビガトランなどの抗凝固剤は、
心血管疾患の予防薬として、
また心房細動による脳梗塞の予防や、
静脈血栓症に伴う肺塞栓症の予防薬として、
幅広く使用され、
その有用性が確認されている薬剤です。

その副作用として最も多いのが、
胃潰瘍や脳出血などの出血系の合併症です。

このうち、
消化管出血や脳出血については、
そのリスクはよく調べられていてデータも多いのですが、
その頻度が少なく比較的軽症に留まる場合が多い、
という判断からか、
あまり触れられることがないのが血尿などの泌尿器科系の出血です。

ただ、実際には血尿が止まらずに入院に至るというケースもあり、
抗凝固剤を中止せざるを得ないケースも、
実際には相当数あると思われます。

今回の研究はカナダのオンタリオ州において、
66歳以上の全人口を対象とした非常に大規模なもので、
2518064名が対象となり、
そのうちの808897名が何等かの抗血小板剤か抗凝固剤を使用していました。
これは1回でもそうした処方が出た人はカウントされています。
観察期間の中央値は7.3年です。

全く抗血小板剤や抗凝固剤を使用していない場合の、
血尿に伴う救急受診と入院、
そして泌尿器科的処置を併せた頻度は、
年間1000人当たり80.17件であったのに対して、
こうした薬を一回でも使用している場合には、
年間1000人当たり123.95件と有意に増加していました。

未使用の場合と比較して、
アスピリンなどの抗血小板剤のリスクは、
1.31倍(95%CI; 1.29から1.33)、
ワルファリンやダビガトランなどの抗凝固剤のリスクは、
1.55倍(95%CI; 1.52から1.59)、
両者を併用した倍は格段に高く、
10.48倍(95%CI; 8.16から13.45)となっていました。

こうした薬剤未使用の場合と比較して、
1種類でも使用していると、
その後半年に膀胱癌と診断されるリスクは、
1.85倍(95%CI: 1.79から1.92)有意に高くなっていました。

このように、
抗血小板剤や抗凝固剤の使用により、
他の出血系のリスクと同様、
血尿による入院などのリスクが増加することは間違いがなく、
それは特に2種類以上の薬の併用で顕著となっています。
膀胱癌の増加は、
薬が癌を誘発したのではなく、
血尿よりその二次検査が行われるので、
そのために見かけ上診断が増加したものと想定されます。

比較的軽症例が多いので、
やや軽視されがちですが、
抗血小板剤や抗凝固剤が、
泌尿器科系の出血リスクを増すことも間違いはなく、
そうした薬の使用時には、
血尿の有無にも注意を払う必要があるのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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非ビタミンK阻害抗凝固剤の併用薬と出血リスクとの関連(台湾の大規模研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
NOACの併用薬と出血リスク.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
最近多く使用されている経口抗凝固剤と、
その併用薬による出血リスクについての論文です。

心房細動という年齢と共に増加する不整脈があり、
特に慢性に見られる場合には心臓内に血栓が出来て、
それが脳の血管に詰まることにより、
脳塞栓症という脳梗塞を発症します。

これを予防するために、
抗凝固剤と呼ばれる薬が使用されいます。

この目的で古くから使用されているのがワルファリンです。

ワルファリンは非常に優れた薬ですが、
納豆が食べられないなど食事に制限が必要で、
定期的に血液検査を行って、
量の調節を行う必要があります。

こうしたワルファリンの欠点を克服する薬として、
2011年以降に日本でも使用が開始されているのが、
直接トロンビン阻害剤やⅩa因子阻害剤の、
非ビタミンK阻害抗凝固剤と呼ばれる一連の薬剤です。

直接トロンビン阻害剤のダビガトラン(商品名プラザキサ)、
Ⅹa因子阻害剤のリバーロキサバン(商品名イグザレルト)、
アピキサバン(商品名エリキュース)、
エドキサバン(商品名リクシアナ)などがその代表です。

この非ビタミンK阻害抗凝固剤の有効性は、
コントロールされたワルファリンとほぼ同等と考えられています。
ワルファリンと比較した場合の主な利点は、
消化管出血などの出血系の有害事象が少ないことと、
量の調節が基本的には不要である点です。

ただ、こうしたタイプの薬が広く使用されるようになると、
矢張り問題となるのは出血系の有害事象です。

こうした有害事象は特に複数の薬を、
併用している場合に多いと考えられています。
ワルファリンと比較すれば薬物間の相互作用は少ないとは言え、
その代謝は主にCYP3A4という肝臓の代謝酵素を介して行われ、
同じ代謝酵素で代謝される薬物との併用は、
抗凝固剤の血液濃度を上昇させて、
出血リスクを高めることが想定されます。

心房細動のある患者さんの多くは高齢者で、
糖尿病や高血圧などの疾患を一緒に持っていることが多く、
複数の薬を併用していることが、
実際には大多数であると思われます。

しかし、通常の薬の臨床試験においては、
そうしたリスクの高い患者さんは除外されていることが多いので、
実際よりそのリスクは低く見積もられてしまうことが、
これも多いと想定されるのです。

そこで今回の研究では、
国民全ての医療データが解析可能な台湾において、
心房細動に対する非ビタミンK阻害抗凝固剤の治療の併用薬が、
その合併症の出血リスクに与える影響を大規模に検証しています。

解析されているのは、
非弁膜症性心房細動の診断があって、
非ビタミンK阻害抗凝固剤のうち、
ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバンの、
いずれかを使用されているトータル91330名の患者さんで、
その平均年齢は74.7歳です。

抗凝固剤の内訳は、
ダビガトランが45347名、
リバーロキサバンが54006名、
アピキサバンが12886名で、
合計が合わないのは、
途中での変更があるからだと思われます。

併用薬として多かったのは、
スタチンのアトルバスタチンが27.6%、
カルシウム拮抗薬のジルチアゼムが22.7%、
強心剤のジゴキシンが22.5%、
抗不整脈剤のアミオダロンが21.1%などとなっています。

その結果、
有意に併用により出血リスクが増加していたのは、
アミオダロン、抗真菌剤のフルコナゾール、
抗結核剤のリファンピシン、
抗痙攣剤のフェニトインの4種類でした。

具体的には、
アミオダロンが未使用と比較して1.37倍(95%CI; 1.25から1.50)、
フルコナゾールが2.35倍(95%CI; 1.80から3.07)、
リファンピシンが1.57倍(95%CI; 1.02から2.41)、
フェニトインが1.94倍(95%CI;1.59から2.36)となっていました。

一方で併用によりむしろ出血リスクが抑制されていたのは、
アトルバスタチンが0.71倍(95%CI; 0.64から0.78)、
ジゴキシンが0.91倍(95%CI;0.83から0.99)、
抗生剤のエリスロマイシンもしくはクラリスロマイシンが、
0.60倍(95%CI; 0.48から0.75)となっていました。

この結果はやや意外なもので、
マクロライド系の抗生物質はCYP3A4に影響を与えるので、
リスクが高くなってもおかしくはなさそうですが、
使用期間が比較的短期に留まることが多い点などが、
関係しているのかも知れません。

アトルバスタチンやジゴキシンとの併用は、
比較的安全と思われる一方、
フェニトインは神経痛などで長期継続されるケースも多く、
注意が必要と考えられます。

こうしたデータは関連する因子をそれなりに補正はしていますが、
患者さんの状態はまちまちで、
薬の違い以外の背景に、
影響されている可能性は否定出来ません。

ただ、実際の臨床データが大規模に解析されている、
と言う点では非常に意義のあるもので、
同じアジア人のデータとしても、
日本での臨床にも大きな意義のあるものだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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マグネシウム濃度と認知症との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
マグネシウムと認知症.jpg
今年のNeurology誌に掲載された、
血液のマグネシウム濃度と認知症の発症との関連についての論文です。

マグネシウムはカルシウムに似た性質を持つミネラルで、
植物では光合成に必須の働きを持ち、
人間ではその多くがリン酸塩として骨に存在していますが、
抗炎症作用や代謝の調節などにも関わっています。

脳との関連では、
興奮性グルタミン酸神経の伝達を担っている、
NMDA受容体の調節に関与していて、
マグネシウムの脳内濃度低下が、
うつ病や認知症と関わっているという仮説が存在しています。

人間においても、
血液のマグネシウム濃度の低下が、
片頭痛、てんかん、認知症、うつ病と関連している、
という疫学データが発表されています。

ただ、マグネシウムと認知症との関連についての知見は限られていて、
疫学データは小規模なものしかなく、
その結果もまちまちですし、
初期の認知機能低下の患者さんに対するマグネシウムの使用が、
記憶の機能などを若干改善したという小規模な報告がありますが、
単独の報告に留まっているようです。
マグネシウムが認知症の発症予防に有効というのは、
ネズミのデータがあるのみです。

そこで今回の研究では、
オランダのロッテルダム研究という、
大規模な疫学データを活用して、
登録時に認知症のない55歳以上(平均年齢64.9歳)の9569名を、
中央値で7.8年の経過観察を行い、
登録時のマグネシウム濃度と、
その後の認知症の発症との関連を検証しています。

マグネシウム濃度は5群に分けて分析されていて、
一番低値の群は0.79mmol/L以下
(ほぼ1.9mg/dL以下に相当)で、
一番高値の群は0.90mmol/L以上
(ほぼ2.2mg/dL以上に相当)です。
日本での現行のマグネシウム濃度の基準値は、
概ね1.8から2.4mg/dLに設定されていますから、
大体その上限と下限を見ていることになります。

その結果、
観察期間中に823名の登録者が認知症と診断され、
そのうちの662名はアルツハイマー型認知症でした。

そして、マグネシウム濃度が0.84から0.85mmol/L
(ほぼ2.0から2.1mg/dLに相当)を基準とすると、
マグネシウム濃度が低値であっても高値であっても、
認知症の発症リスクは増加していました。
具体的には0.79mmol/L以下の群では、
そのリスクは1.32倍(95%CI; 1.02から1.69)となり。
0.90mmol/L以上の群では、
1.30倍(95%CI; 1.02から1.67)となっていました。
これは認知症トータルでの解析ですが、
アルツハイマー型認知症のみで解析しても、
ほぼ同様の結果が得られました。

このように、
マグネシウム濃度は一定の範囲に保たれていることが重要で、
それを外れれば高めであっても低めであっても、
認知症のリスクは高まるという結果になっています。

ですから単純にマグネシウムを補充するような介入を、
闇雲に行なっても認知症の予防や治療に結び付くとは思えず、
問題はその調節メカニズムの解明と、
脳神経細胞に対する働きを、
より精緻に観察することにあるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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アンナ・ネトレプコ スペシャル・コンサート in JAPAN 2017 [コロラトゥーラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アンナネトレプコ.jpg
ロシア出身のソプラノで、
今世界で最も売れっ子のオペラ歌手の1人である、
アンナ・ネトレプコが昨年に続いて来日し、
オペラアリアのリサイタルを行いました。

昨年2010年以来の来日を果たし、
さすが世界のプリマドンナ、という歌唱を聞かせてくれましたが、
今年もなかなか聴き応えのあるコンサートでした。
ただ、アンコールもなく、
やや省エネ気味の舞台ではありました。
昨年の方が良かったことは確かです。

ネトレプコは2000年代の初めころに頭角を表したソプラノ歌手で、
美貌の歌姫で貫禄充分なところは、
ゲオルギューの再来という感じがありました。
ただ、演技の大きさでも、
歌唱の技術的な面でも、
ゲオルギューを遥かに凌いでいると思います。

そのレパートリーは、
コロラトゥーラからベルカントまで幅広く、
力押しも出来る一方で、
そう上手くはないのですが、
コロラトゥーラのような装飾歌唱もそこそここなし、
何より演技の大きさが魅力です。

日本にはマリインスキー・オペラに同行したのが、
確か始まりで、
小澤征爾のオペラ塾でムゼッタを歌い、
2005年にはロシア歌曲主体のリサイタルを開きました。
このリサイタルは聴いていますが、
可憐な容姿と繊細な歌い廻しが素敵で、
アンコールで歌ったルチアの第一アリア(2幕)は、
確かな技術も感じさせました。

2006年にはメトロポリタンオペラの来日公演で、
「ドン・ジョバンニ」のドンナ・アンナを歌っています。
これは非常に豪華なメンバーの公演でしたが、
もう既に堂々たる貫禄のドンナ・アンナで、
観客の人気を最も集めていました。
この時は本当に目の覚めるような美しさでした。

オペラの歌唱として、
極めて印象的だったのは、
2010年の英国ロイヤルオペラの来日公演で、
ネトレプコはマスネの「マノン」のタイトルロールを歌い、
抜群の歌唱と演技を見せると共に、
ドタキャンして来日しなかったゲオルギューの代役として、
1日のみ「椿姫」の舞台に立ちました。

この時は「マノン」が最高で、
思わず2回足を運びました。
特に3幕で男たちを引き連れて女王然として登場し、
装飾技巧を散りばめたアリアを歌うくだりなどは、
これぞプリマドンナという、
惚れ惚れとするような姿であり演技であり歌唱でした。

1日のみ代役で歌った「椿姫」は、
高音に失敗したりして、
準備不足の否めない出来でしたが、
それでもおそらく日本では唯一の機会となるであろう、
ネトレプコのヴィオレッタを堪能しました。

この時のお姿は、
正直以前よりかなりあちこちにお肉が付き、
ぽっちゃりとされていました。

そして、2011年にメトロポリタンでの来日が予定されていたのですが、
震災の影響でキャンセルとなり、
その後もなかなか来日の機会はありませんでした。

もう駄目なのかしらと思っていると、
一昨年12月に再婚したテノール歌手、
ユシフ・エイヴァゾフさんのお披露目旅行の意味合いがあったのでしょうし、
中国公演のおまけなのかも知れませんが、
旦那さんとのデュオコンサートとしての、
来日公演が昨年実現しました。
これは待っただけのことはある素晴らしいコンサートでした。

今回はそれに引き続いての来日で、
旦那さん以外にバリトンを同行していて、
「イル・トロヴァトーレ」の1幕3重唱をラストに歌うのが、
今回のメインでした。

正直昨年のコンサートと比較すると、
ネトレプコ自身の曲目は少ないですし、
アンコールもなかったので、
少し欲求不満は残る部分はありました。

ただ、スケジュールを見ると世界中を、
過密にコンサートで飛び回っているので、
省エネになるのは仕方のないことなのかも知れません。

昨年は肉体はかなりのボリューム感でビックリしたのですが、
今回は多分昨年より5キロくらいは絞れている感じでした。

それより気になったのは、
ヴェルディのマクベス夫人や「アイーダ」のタイトルロール、
「トゥーランドット」のタイトルロールと、
力押しのドラマチック・ソプラノの歌唱が主体で、
繊細さや細かいコロラトゥーラなどの技巧は、
陰をひそめている感じがあったことです。
「仮面舞踏会」や「イル・トロヴァトーレ」での歌唱も、
装飾歌唱などはかなり大雑把で正確さには欠けていました。
中ではロシア物の「皇帝の花嫁」の狂乱の場が、
これだけは繊細な歌唱で面白かったのですが、
突出した感じはありませんでした。

これから何処に向おうとしているのか、
ちょっと疑問に思うような感じもあったのです。

いずれにしてもその風格と演技力、
声の振幅の大きさとスケール感など、
これぞ世界のプリマドンナという表現力自体は圧巻で、
これからもしばらくは、
世界のトップに君臨し続けることは確実と思われたのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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