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冠動脈疾患の患者さんの安定期の血圧コントロールについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
虚血性心疾患における血圧コントロール.jpg
今年9月のLancet誌にウェブ掲載された、
心筋梗塞や狭心症の患者さんの、
安定期の血圧コントロールの目標値についての論文です。

高血圧の治療の目標値については、
最近議論の多いところです。

疫学データにおいては、
上の血圧である収縮期血圧が115mmHgを超えると、
心血管疾患のリスクはほぼ直線的に増加しています。
その一方で上の血圧を140より低い目標設定でコントロールすることにより、
心血管疾患のリスクや死亡リスクを、
明確に低下させるような結果は、
介入試験としては殆ど報告されていません。

そのため、2014年のアメリカのガイドラインでは、
一時期120から130とされていた、
収縮期血圧の目標値を、
基礎疾患に関わらず140とし、
60歳以上では150に引き上げました。

ところが、2015年にSPRINT試験という、
厳密な手法による血圧コントロールの介入試験の結果が報告されました。

ここではかなり対象は限定されていますが、
その既往のある方を含めて、
心血管疾患のリスクが高い50歳以上の9361名に対して、
140mmHg未満を目標としたコントロールと、
120mmHg未満を目標としたコントロールとを比較したところ、
より強化された120mmHg未満のコントロールの方が、
心血管疾患の発症と死亡のリスクを、
25%有意に低下させていたのです。

その後サブ解析が幾つか発表されましたが、
年齢を75歳以上に限定しても、
矢張り強化されたコントロールの方が、
心血管疾患の予後は改善していました。

ただ、この単独の試験の結果を、
確定された事実のように考えることもまた異論があります。

今回の研究は世界45カ国において、
安定した冠動脈疾患があり、
高血圧の治療を受けている22672例を対象として、
中間値で5年間の経過観察を行い、
血圧のコントロール値と、
その予後との関連を検証いる観察研究です。

例数は多いのですが、
SPRINT試験のように、
最初から血圧のコントロール目標を設定して、
患者さんを分けて経過をみたような、
介入試験ではありません。

安定した冠動脈疾患というのは、
発症3ヶ月以降の急性心筋梗塞や、
心臓バイパス手術や心臓のカテーテル治療後3ヶ月以降、
治療をされて安定している労作性狭心症、
などとなっています。

血圧は毎年1回の診察時血圧が使用されています。
原則として観察期間中の測定値の平均が、
血圧値として解析に使用されています。

その結果…

収縮期血圧が140mmHg以上の群は、
120から129mmHgの群と比較して、
心血管疾患による死亡と心筋梗塞及び脳卒中のリスクは、
140から149で1.51倍(1.32から1.73)、
150mmHg以上で2.51倍(2.17から2.89)、
それぞれ有意に増加していました。
一方で120mmHg未満の群も、
1.56倍(1.35から1.80)と、
これも有意に増加していました。

拡張期血圧については、
70から79mmHgの群と比較した時に、
同じく心血管疾患による死亡と心筋梗塞及び脳卒中のリスクは、
80から89mmHgで1.41倍(1.27から1.57)、
90mmHg以上で3.74倍(3.18から4.39)、
とそれぞれ有意に増加していました。
一方で60から69mmHgの群で1.41倍(1.24から1.60)、
60mmHg未満の群で1.99倍(1.49から2.67)と、
こちらも有意に増加していました。

つまり、
上の血圧は140mmHg以上で、
明確に心血管疾患のリスクが増加する一方、
120mmHg未満でもそのリスクは増加していました。

下の血圧も80mmHg以上でリスクが増加する一方、
70mmHg未満でもリスクの増加を認めていました。

今回の結果では、
安定した冠動脈疾患の患者さんに限った分析ですが、
血圧は140/80を上回ればリスクの増加に繋がっていますが、
120/70を下回っても矢張りリスクは増加していました。

これだけ見るとSPRINT試験を否定した結果です。

ただ、SPRINT試験は収縮期血圧が120未満を目標としての降圧、
ということになっているので、
結果としての血圧値が120未満であった、
ということではありません。
実際には120以上の患者さんが多かったということを考えれば、
それほど矛盾した結果とは言えないと思います。

数回のみの診察室血圧に、
何処までの精度があるのかを含めて、
この問題は今後更なる検証は必要であるように思います。

当面の個人的な見解としては、
心血管疾患の既往があるかそのリスクのある患者さんに対しては、
診察室での収縮期血圧は120から140程度、
家庭血圧は140を超えず、
110は下回らない程度に、
コントロールするのが妥当であるように思います。
拡張期血圧は正確な測定が難しいので、
補助的に考えた方が良いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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「何者」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

今起きて来たところで、
何もなければ1日のんびり過ごすつもりです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
nanimono.jpg
朝井リョウさんの直木賞を取った原作を、
ポツドールの三浦大輔さんが監督し、
人気者の役者さんを揃えた映画が、
今封切り公開中です。

これはまず小説を読み、
それから映画を観ました。

まあ就活の話なのですが、
ツィッターがある種の作品の仕掛けにもなっていて、
それほどリアルな感じはしないのですが、
SNSをドラマに取り込んだ感じが、
評価されたのかな、というように思いました。

映画版は小劇場で数々の煽情的で大胆な舞台で名を馳せ、
最近も全編殆どがリアルな濡れ場で、
精液が飛び散ったりするという芝居を、
松坂桃李さんに演じさせて唖然とさせた、
小劇場の暴れ馬、三浦大輔さんで、
舞台では煽情的でありながら、
非常に緻密で冷徹な演出をしているので、
それが映画でどう活かされるのかと、
期待半分不安半分の思いで映画館に足を運びました。

三浦さんはこれまでにも自作の映画で監督を務めていますが、
メジャーな映画は今回が初めてだと思います。

鑑賞後の感想としては、
原作をほぼそのまま映画化していて、
おそらくは映画製作のそれが前提条件であったと思われ、
その苦労がしのばれる感じはするのですが、
それでは映画として成功していたかと言うと、
かなり珍妙な作品になっているな、
というのが正直なところです。

僕は原作も先に読みましたし、
三浦さんのお芝居は大好きで沢山観ているので、
クライマックスのネタばらしのところで、
上下4部屋のアパートのセットが登場したら、
「ああこれは愛の渦だよね」
という感じで何がやりたいかが分かるので、
特段違和感はないのですが、
演劇のことも知らず、
原作も読まずに映画版を観ると、
「何が言いたいの?」
と当惑される観客も多いのではないかと思います。

映画として観た時には、
矢鱈と説明的なアップが多くて、
美しい場面もありませんし、
演劇ネタ以外で意外性のある場面や、
驚きのある構図もありません。
せっかくシネスコサイズなのに、
何をやってるの、というイライラする感じがあります。

この作品を「映画」として評価することは、
ほぼ出来ないと言って良く、
映画評論家という肩書で絶賛されている方が数名いらっしゃるのですが、
袖の下をもらっているのでなければ、
相当目が曇っていらっしゃるのではないかと思います。

一番問題なのは原作の台詞とツィッターの文章で、
読んでいる分にはまあ何となく読めてしまうのですが、
実際にその言葉を、
リアルに発したり、
ツィッターとして読んだりすると、
かなり生硬く不自然な感じになります。
特に後半に明かされる、
主人公のツィッターの内容は、
作文のような感じでとてもツィッターとは思えません。

これは推測ですが、
原作はかなり直木賞を狙った作品になっていて、
そのためにツィッターの文章も、
高齢者にも分かるような作文調ですし、
ラストの主人公の心の動きも、
一昔前の教養小説のような、
気恥ずかしくなるようなハッピーエンドです。

実際にそれで賞を取ったのですから、
小説としては成功なのですが、
そのまま映画にするとなると、
高齢者への分かり易さのために、
リアリティを犠牲にしたことが仇になるのです。

三浦さんも、
充分そのことは分かった上で、
「俺ならこの作品を台詞そのままに傑作に変えてやるl
と思ったのだと推測しますが、
そのハードルは実際には予想より遥かに高かったようです。

キャストの演技は、
こうした映画ではあまり意味をなさないような気もしますが、
一点主人公の佐藤健さんは、
何処から見ても就活中の大学生には見えませんでしたから、
それは問題であったように思います。

普通の映画を普通に楽しみたいという方には、
間違いなく不向きな映画です。

キャストのファンと、
三浦さんの演劇愛が、
どのように作品に反映されているかに、
強い興味のある好き者にだけお薦めします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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維新派「アマハラ」(奈良平城宮跡にて最終公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
アマハラ.jpg
関西野外劇の雄維新派が、
10月24日まで奈良の平城宮跡で、
野外公演を行いました。
今年主宰の松本雄吉さんが逝去されたため、
これが最後の維新派の公演となるようです。

内容は2010年の「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」
を再構成したもので、
その構想自体は松本さん自身によるもののようですが、
上演された作品はかなり初演時とは印象の違うものになっていました。

維新派最後の公演としては、
この公演に掛けるスタッフ、キャストの、
個々の思いが充分に感じられるもので、
熱の籠った良い舞台であったと思います。

今後どうなるかは分かりませんが、
仮に今回の公演が本当に維新派の最後であったとしても、
充分に納得出来る上演であったと思います。

ただ、松本さんがご存命であれば、
舞台の感触のようなものは、
おそらくもっと違っていただろうな、
という感じは受けました。

今回の作品に新しい驚きのようなものは皆無で、
取り敢えずあるものは全部出そう、という感じで、
衣装や小道具など統一感に欠ける部分がありました。
個人が目立つことは極力避けるある種の冷徹さが、
維新派の芝居のトーンで、
クローズアップにならず常に俯瞰で見る、
というようなところがあったと思うのですが、
今回の芝居では個の主張が強く、
「頑張って芝居してるぜ」というような、
以前の維新派にはあまり見られなかったムードが、
全体に漂っているのを感じました。

初演版はアジアの歴史を大俯瞰する、
というような感触があったと思うのですが、
今回は明確に太平洋戦争の始まりにより、
多くの日本人の南方への夢が潰えた、
という視点が強調されていて、
「反戦もの」としてのスタンスが強化されていました。

維新派の芝居は「キートン」以降は、
それまでのような大掛かりなセットや具象的なセットが、
次第に少なくなり、
抽象的かつシンプルになっていったのですが、
今回の舞台は部分的に結構大掛かりなセットが登場しながらも、
以前であればセットの見せ場になった、
南方が開発され町が出来る場面を、
語りだけで処理しています。

そこに統一感がないので、
語りの部分と群舞による動きの部分、
そして大掛かりなセットの登場するスペクタクルの部分が、
あまり綺麗に融合されずに提示されていた、
という感じがあるのです。

ラスト近くに女優さんのみ8、9人が舞台中央に並ぶのですが、
バランスを取り、それぞれにポーズを取って、
正面に小さく固まる姿は、
商業演劇の構図そのもので、
松本さんご存命中の舞台には、
絶対になかったような構図であったと思いました。

随所にそうしたほころびのようなものがあって、
それを観ていると、
「ああ、松本さんは亡くなって、維新派は終わったのだな」
ということを強く感じました。

維新派の作品は、
最近はかなり寺山修司作品に接近した感じがあったのですが、
寺山修司の死の直後の、
天井桟敷の舞台や旗揚げした万有引力の舞台でも、
キャストやスタッフはほぼ同一でありながら、
矢張り寺山修司存命中とはもう既に作品は変質していて、
もう完全に別個のものになっていました。

松本さんの最後の仕事は、
完成したものとしては、
寺山修司作の「レミング」の再演でしたから、
この作品は寺山修司の遺作でもありますし、
演劇の因縁のようなものを強く感じました。

それでも奈良まで足を運べて幸せでした。

オープニングは本物の見事な夕景が、
舞台の背後に広がっていたのは、
奇跡のように感じましたし、
ラストの盛り上がりまで、
唯一無二の世界を、
ノスタルジックに味わうことが出来ました。

これでもう見納めかと思うと、
とても寂しい思いもあるのですが、
最後がこの作品で良かったという思いは、
これも強く感じたのです。

お疲れ様でした。
そして、沢山の良い舞台をありがとうございました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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カフェインの心臓への影響について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
カフェインと不整脈.jpg
今月のJAMA Internal Medicine誌にウェブ掲載された、
不整脈のリスクのある患者さんへの、
カフェインの使用の影響を検証した論文です。

カフェインは覚醒作用のある植物由来成分で、
コーヒーやお茶、
風邪薬やエナジードリンクなどに含まれている、
皆さんお馴染みの成分です。

その致死量は3から10グラムを1時間くらいで摂取した場合で、
コーヒーに換算すると、
5リットルを一気飲みしたくらいになりますから、
通常の生活でその危険はないと考えられています。

ただ、肝臓の代謝酵素CYP1A2で代謝されるので、
大量飲酒時などにはその中毒のリスクは上がることが想定され、
実際に稀ですが、
エナジードリンクなどの大量使用での死亡の事例は、
国内でも報告があります。

もう1つカフェインで指摘があるのが、
心臓を刺激して不整脈を誘発するという可能性で、
そうした作用のあることは、
動物実験では確認されているため、
不整脈の既往のある患者さんや、
心機能に問題があったり、
心臓の病気を持っている人では、
原則カフェインの服用は控えることが推奨されています。

しかし、
動物実験やアルコール依存症など、
特殊な環境以外では、
カフェインの不整脈誘発作用は、
人間ではあまり明確に証明をされていません。
大部分の臨床データでは、
カフェインの摂取と不整脈の発症との間に関連はなく、
メタ解析でもそうした関連は認められていません。

今回の研究はブラジルにおいて、
カフェインは安全であるという前提の元に、
心不全の患者さんに対する臨床試験を行っているものです。

正直かなりリスクの高い試験で、
とても日本で施行出来るようなものではありません。
こんなことをして何かあったらどうするのかしら、
と不安にも思いますし、
事前に十分な説明がなされたような記載になっていますが、
本当それは事実なのかしら、
と疑問も感じるような内容になっています。
しかし、その分意義も大きいのですから、
臨床研究というのは難しいものだと思います。

ブラジルの単独施設の循環器の専門科において、
中等度以上の心不全の患者さん
(駆出率は45%未満で、埋め込み除細動器を使用している患者さんも含まれています)
トータル51名をくじ引きで2つの群に分け、
患者さんにも主治医にも分からないように、
その一方ではカフェインの錠剤を500mg内服し、
もう一方は偽薬を内服して、
その1時間後に運動負荷(トレッドミル)を行います。
そして、平均で6.7時間心電図のモニタリングをして、
不整脈の発生を比較しているのです。

その結果は、
カフェイン摂取群では血液のカフェイン濃度は増加しましたが、
運動負荷でも偽薬群との間に、
問題となるような不整脈の発生の差は、
認められませんでした。

要するに、
500mgのカフェインは、
不整脈を起こしやすい不心全の患者さんにおいても、
短期的には不整脈の誘発作用など、
心臓へのリスクの増加には結び付きませんでした。

これでカフェインが完全に安全とは、
勿論言い切れないのですが、
心不全の患者さんにおいても、
コーヒーなど
(安全域を考えると)、
1日に300mgを超えないレベルのカフェインの摂取は、
特に制限する必要はなさそうに思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍本日発売です。
よろしくお願いします。

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失神での入院患者中の肺塞栓症の頻度について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
失神と肺塞栓症.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
意識消失の患者さんの原因には、
意外なほど肺塞栓症が多い、
というイタリア発のデータです。

一時的に意識がなくなりまた回復した、
という一時的意識消失の症状は、
頻度としては結構多いものです。

一時的で後遺症なく回復する意識消失を、
通常、失神(Syncope)と呼んでいます。

この失神の原因は様々ですが、
てんかんや不整脈による一時的な血圧の低下、
脳卒中や脳震盪などの外傷、
また自律神経のバランスの乱れによる、
所謂迷走神経反射などが鑑別となります。

その中で、最近実際にはその頻度は結構多いのではないか、
という指摘があるのが、
肺塞栓症に伴う失神です。

肺塞栓症というのは、
下肢の静脈が腫れて炎症を起こしたような場所から、
血の塊が飛んで、
肺の血管に詰まるという病気です。
ここで心臓から肺に行く根本の方の太い血管が詰まると、
心臓からの血液の拍出量が低下して、
失神の要因となることがあります。

ただ、初回の失神ですぐに意識が戻り、
特に後遺症も認めらない場合には、
あまり肺塞栓症の可能性は疑わないのが実際です。

今回の研究では、
初回の失神発作の原因には、
これまでの推測より肺塞栓症が多いのではないか、
という推測の元に、
イタリアの11の病院で、
初回の失神で救急受診をし、
急性の脳卒中や痙攣発作、外傷は否定的な事例、
トータル560名を登録し、
まずウエルズ・スコアという、
肺塞栓症の簡易診断の検査を行い、
それと血液のDダイマーという血栓症で上昇する検査値を測定して、
両者の結果で肺塞栓症の存在がほぼ否定された事例以外の全例で、
造影CTもしくは換気血流シンチという検査を施行して、
肺塞栓症の診断を行なっています。

その結果…

対象となった560例中、
58.9%に当たる330例では、
ウェルズ・スコアで肺塞栓症の可能性が低いという判断で、
Dダイマーも正常範囲となり、
まず除外されています。
残りの230名のうち、
精査によるその42.2%に当たる97名では、
肺塞栓症が診断されました。

つまり、
最初に初回の失神を来たした患者さんのうち、
17.3%は肺塞栓症であった、ということになります。
肺塞栓症であった97名のうち、
61名では塞栓が肺動脈の主幹部にあるか、
肺全体の25%以上に塞栓による換気の欠損があるという、
重篤な状態であったことも確認されました。

要するにこれまでの推測より、
初回の失神で肺塞栓症が原因であるケースは、
実際にはかなり多い可能性があり、
ウェルズ・スコアとDダイマーでスクリーニングした上で、
可能性のある事例には、
積極的に診断の検査を行った方が良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き予約受付中です。
もうそろそろ書店の医学書コーナーには、
並んでいると思います。
よろしくお願いします。

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脂肪制限のない地中海ダイエットの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

新刊本そろそろ書店に並ぶ頃合いです。
クリニックにも置いてありますので、
お手に取って御覧下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
メンダリアンダイエット.jpg
今月のAnnals of Internal Medicine誌に掲載された、
地中海ダイエットの効果を検証したメタ解析の論文です。

地中海ダイエットというのは、
ギリシャなどの伝統的な食事で、
ナッツやオリーブオイルを豊富に使用しているのが特徴です。

この地中海ダイエットに、
心筋梗塞や脳卒中の予防効果があり、
肥満の予防にも有用で、
トータルに生命予後を改善する可能性がある、
という点に関しては、
多くの疫学データが発表されています。

ただ、元が伝統的な食事のパターンであるので、
同じ地中海ダイエットとは言っても、
臨床試験によってもその内容は一定ではなく、
その点が科学的な検証を困難にしています。

そのために、
こうしたメタ解析の論文も複数出ているのですが、
その結果が一定しているという訳ではありません。

今回の検証はこれまでのデータをまとめて解析したものですが、
地中海ダイエットの定義として、
まず脂肪の摂取量を制限しない、
という点を明確にしているのが特徴です。
その上で、
オリーブオイルのような一価不飽和脂肪酸の比率を増やし、
果物や野菜を沢山摂り、
豆類と沢山摂り、
穀類、シリアルを沢山摂り、
適度な赤ワインの摂取をし、
摂り過ぎないレベルで乳製品を摂り、
動物の肉とその加工品は極力摂らない、
という7項目のうち、
2項目以上に当てはまるもの、
というように規定をしています。

ちょっと疑問に感じる定義ですが、
それは置いておきます。

さて、例数が100人以上で、
1年以上の経過観察を行い、
生命予後や心血管疾患リスク、
高血圧や糖尿病のリスクと癌の予防効果を見た研究が、
対象となっています。

その結果…

2つの一次予防の介入試験の結果では、
地中海ダイエットによる生命予後の改善は認められませんでした。
1つの大規模な一次予防の介入試験の結果では、
地中海ダイエットの施行により、
心血管疾患の発症リスクが29%(0.56から0.90)、
乳癌のリスクが57%(0.21から0.88)、
糖尿病のリスクが30%(0.54から0.92)、
それぞれ有意に低下していました。

一次予防についてのコホート研究をまとめて解析すると、
地中海ダイエットの実施率が低い集団と比較して、
実施率が高い集団では、
トータルな癌の死亡リスクが14%(0.82から0.91)、
トータルな癌の発症リスクが4%(0.95から0.97)、
大腸癌の発症リスクが9%(0.84から0.98)、
それぞれ有意に低下していました。

二次予防の3つの臨床試験の検証では、
そのうちの1つにおいて、
心筋梗塞の再発と心血管疾患による死亡のリスクが、
地中海ダイエットの施行により有意に抑制されていましたが、
それ以外の項目は研究では、
同様の結果は得られませんでした。

従って、現状の評価としては、
脂肪制限のない地中海ダイエットの施行により、
心血管疾患のリスクと乳癌、糖尿病の発症リスクは、
最大で30%程度(乳癌は57%)抑制される可能性がありますが、
死亡リスクを低下させるという根拠は、
現状では希薄であるようです。

地中海ダイエットに一定の健康に良い効果のあることは、
ほぼ間違いがありませんが、
実際にはその定義自体が確定したものではないので、
その効果も今のところあまり定量的なものではなく、
今後より定義を明確にした上での、
厳密な評価が望まれるところだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。

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トラネキサム酸の心臓手術時の使用効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
トラネキサム酸と痙攣.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌にウェブ掲載された、
トラネキサム酸の注射薬を心臓手術時に使用した、
臨床試験の結果を報告した論文です。

トラネキサム酸(tranexamic acid )は、
必須アミノ酸のリシンが、
生合成される時の誘導体を元に、
人工合成された化合物です。

1960年代に当時の第一製薬が開発販売し、
現在でも第一三共製薬が、
先発品として商品名「トランサミン」で販売。
先発品自体安価な薬ですが、
ご他聞に洩れず、
小判鮫商法のジェネリックが多く発売されています。

開発者は後に神戸大学の医学部長などを勤めた、
岡本先生で故人です。
主にこの業績により、
ノーベル賞の推薦を受けたこともあります。

さて、このトラネキサム酸は、
そもそも止血剤として開発されました。

この合成アミノ酸の一種は、
プラスミノーゲンという蛋白分解酵素にくっつき、
その作用を妨害します。
このプラスミノーゲンは、
線溶と言って、
一旦凝固した血液を、
溶かすメカニズムに大きな働きをしているので、
それが妨害されると、
一度出来た血栓が溶け難くなり、
それだけ止血がし易くなる仕組みです。

血管に傷が出来れば、
血が部分的に固まって、
血栓を作り、その傷を塞ぎます。
しかし、どんどん血が固まり続ければ、
血管は詰まってしまいますから、
凝固と共に、
その血栓を溶かすような働き、
すなわち線溶が、
同時に起こっているのです。

人間の身体はこのように、
常に相反する働きを同時に持っています。

ただ、身体が色々な要因で出血に傾くと、
一時的には凝固を強めて線溶を弱めた方が、
身体の回復には望ましい、という状況が生じます。

それは大怪我をした時や、
外科手術の時、また鼻血や生理の出血が、
止まり難い時などです。

こうした状況では、
一時的にプラスミノーゲンの働きを弱め、
線溶を抑える薬の有効性が高まります。

その時に効果のあるのが、
このトラネキサム酸です。

トラネキサム酸は安価で、
飲み薬でも注射薬としても使えます。
この使用のし易さと効果の高さが、
この薬が50年以上に渡り世界中で使用されている理由です。

この薬は日本においては、
その抗炎症作用を期待して口内炎や咽頭炎に処方されたり、
プラスミンの抑制が肝斑に効果があるとして、
OTCが薬局で販売されたりしています。

ただ、こうした主に内服薬の出血予防以外の使用は、
殆ど日本のみの処方で、
その根拠もほぼ国内のもの以外にはありません。

アメリカのFDAはトラネキサム酸を、
2009年に重い生理出血の治療薬として推奨しました。

2010年の英国の医学誌「Lancet」には、
外傷後で救急の患者さんに、
急性期にトラネキサム酸を使用すると、
死亡のリスクが有意に低下する、
という論文が掲載されました。
2万人以上をトラネキサム酸使用群と、
偽薬に割り付けた、
非常に大規模な研究です。
危惧された血栓症の増加は認められず、
安全性も確認された形です。

この研究の取りまとめに当たった英国人の医師は、
岡本先生の妻に報告に訪れたと、
神戸新聞には記事が載りました。

このようにトラネキサム酸の効果は、
世界的にも確認がされています。

ただ、その一方でトラネキサム酸を、
特に高用量で静脈内投与した場合に、
痙攣が誘発されるのではないか、
という報告が同じ2010年に論文化されています。

術後などの使用により、出血系の合併症は減少するのですが、
その一方で血栓症のリスクが増加して、
脳梗塞などから痙攣が生じているのではないか、
という推測もなされています。

今回の研究は心臓の手術に際して、
トラネキサム酸を使用した場合と使用しない場合の、
術後の予後の比較を行っています。

これは元々アスピリンとトラネキサム酸の両方の効果を検証したもので、
2-by-2という方法で4群による比較が行われていますが、
今回はトラネキサム酸の効果のみの解析結果が報告されています。
アスピリンの結果は一足先に同じNew England…の紙面で発表されていて、
ブログ記事でもご紹介していますが、
アスピリンの有効性は確認されなかった、
という結果になっていました。

世界7か国の31の専門施設において、
バイパス手術などの心臓外科手術を受ける予定の患者さん、
トータル4662名を登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は術前の麻酔の導入後30分以上経過した時点で、
トラネキサム酸の注射剤を使用し、
もう一方は効果のない偽の注射を使用して、
術後30日以内の予後を比較しています。

結果として手術が施行されたのはそのうちの4631例で、
トラネキサム酸群が2311例で、
偽注射群が2320例です。

トラネキサム酸の用量は、
当初は体重1キロ当たり100mgが使用されましたが、
その後の知見で、
有効血中濃度の維持にはもっと少量で充分であることと、
トラネキサム酸による痙攣の発症は、
用量が多いほど多いという知見が発表されたことより、
安全に配慮する見地から、
体重1キロ当たり50mgに減量されています。

この50mgという用量は、
日本でも使用が可能な範囲のものです。

その結果…

術後30日以内の死亡と心筋梗塞や脳卒中など血栓症の発症を併せた事例は、
トラネキサム酸群では全体の16.7%に当たる386例で認められたのに対して、
偽注射群では全体の18.1%に当たる420例で認められていて、
統計的にはトラネキサム酸は死亡や血栓症のリスクを、
増加させることはありませんでした。

ちなみに死亡をされたのは、
トラネキサム酸群の26例に対し、
偽注射群の33例でした。

その一方で入院中の血液製剤の使用総数(単位)は、
トラネキサム酸群で4331単位に対して、
偽注射群では7994単位で、
トラネキサム酸は血液製剤の使用量を有意に抑制しており、
重篤な出血系の合併症や再手術を要する心タンポナーデ(心膜腔への出血)は、
トラネキサム酸群で1.4%に発症していたのに対して、
偽注射群では2.8%に発症していて、
これもトラネキサム酸群で有意に抑制されていました。

つまり、トラネキサム酸は出血系の合併症を減らし、
生命予後にも良い影響を与える可能性があります。

問題となる痙攣は、
トラネキサム酸群では全体の0.7%に当たる15例で発症したのに対して、
偽注射群では全体の0.1%に当たる2例で発症していて、
トラネキサム酸の使用は、
痙攣のリスクを7.6倍(1.80から68.70)有意に増加させていました。
これは心臓手術をした患者さん177例に1例、
術後30日以内の痙攣が、
トラネキサム酸の使用により発生する可能性がある、
という試算になります。

術後に痙攣を起こした患者さんは起こさない患者さんと比較して、
脳卒中のリスクが21.88倍、死亡のリスクが9.52倍、
それぞれ有意に増加していました。

つまり、
出血の合併症に有効性のあるトラネキサム酸ですが、
通常の用量においても痙攣のリスクがあり、
痙攣を起こした患者さんは予後が悪く、
脳卒中の発症ともリンクしていることから見て、
何等かの脳内の血栓形成などのリスクが、
関連している可能性があります。

トラネキサム酸をどのような患者さんの術中に用いるのが適切かは、
まだ未知数の部分があり、
今後痙攣のメカニズムや脳梗塞との関連などの、
より詳細な分析が必要となるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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バセドウ病を無機ヨードで治療する [殆ど日本だけの治療]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はバセドウ病の、
ほぼ日本だけで行われている治療の話です。

バセドウ病は甲状腺を刺激する自己抗体により、
甲状腺ホルモンが過剰に産生されて甲状腺が腫れる、
甲状腺機能亢進症を呈する病気の代表です。

バセドウ病の治療には、
大きく3種類の方法があります。

抗甲状腺剤を主体とした薬物療法、
放射性ヨード治療、
そして甲状腺を一部を除いて切除する手術療法です。

以前も何度かご紹介していますが、
海外では放射性ヨードや手術が主流の治療法で、
抗甲状腺剤の治療は、
それ以外の治療を希望しなかった場合の選択肢で、
かつ1.5年から2年くらいで薬が終了出来ない場合には、
他の治療に移ることが原則です。

しかし、日本においては抗甲状腺剤による薬物治療が第一選択で、
2年程度で治療を終了することを目標とはしているものの、
実際には10年以上処方が継続されるケースも、
稀ではありません。

抗甲状腺剤として通常使用されるのは、
チアマゾール(MMI;メルカゾール)です。
もう1つプロピルチオウラシル(PTU;チウラジール)がありますが、
妊娠初期を除いては、
その効果の強さと持続の長さから、
もっぱらチアマゾールが選択されます。
妊娠初期は先天異常のリスクがチアマゾールで高い、
という最近の知見により、
原則プロピルチオウラシルが使用されます。

ただ、このチアマゾールを用いる治療の問題点は、
薬疹や無顆粒球症などの副作用や有害事象が存在していることと、
治療が長期間に及ぶことが多く、
薬剤の終了の基準も明確ではないことです。

それで、殆ど日本のみの薬物治療として、
最近試みられているのが、
無機ヨード(ヨウ素)を単独もしくはチアマゾールと併用で、
バセドウ病の治療に利用する、
という方法です。

無機ヨウドというのは、
原発事故の時にその内服が行われた、
ヨウ素剤と同じものです。
ヨードは甲状腺ホルモンの材料の1つで、
大量の無機ヨードを服用すると、
甲状腺内にはヨードが一時的に入らない状態となります。

また大量のヨードの服用により、
甲状腺内でのホルモン産生の経路も抑制されるので、
甲状腺機能は低下します。

ただ、この効果はずっと続くものではなく、
エスケイプと言ってその有効性が低下すると、
却ってその後甲状腺機能亢進症が悪化する、
というケースもあると報告されています。

抗甲状腺剤が使用される前には、
無機ヨードはバセドウ病の治療薬として使用されていたのですが、
その効果の不安定さから、
次第に使用されなくなり、
抗甲状腺剤が使用困難なケースでの、
一時的な甲状腺ホルモンの抑制に、
使用は限定されるようになりました。

たとえば、
かなり症状が強く、ホルモン値も高値で、
一刻も早くホルモンを正常化させたい、
というような時には、
チアマゾールは効いて来るのに少し時間が掛かるので、
治療開始時に無機ヨードとチアマゾールを併用する、
という手法はよく行われて来ました。

それが最近になって、
チアマゾールと無機ヨードを併用することにより、
チアマゾールの初期量を減らせるので、
抗甲状腺剤の副作用を減らせるのではないか、
という発想から、
積極的にチアマゾールと無機ヨードを併用する、
という方法を推奨する機運が日本で高まりました。

その先陣を切った感じの英語文献がこちらです。
ヨードとメルカゾールの併用古いもの.jpg
2010年のClinical Endocrinology誌の論文で、
神戸の甲状腺専門病院、隈病院からの報告です。

これは134名の未治療のバセドウ病の患者さんを、
くじ引きで4つの群に分け、
それぞれ初期治療を、
チアマゾール30mgで開始、
チアマゾール30mgと無機ヨード38.2mg、
チアマゾール15mg、
チアマゾール15mgと無機ヨード38.2mg
という4種類の処方で治療を開始します。

甲状腺ホルモンの遊離T4濃度と指標として、
それが正常化したら、
無機ヨードは終了としてチアマゾールのみで治療を継続します。

この結果としては、
2週間後のホルモン値の正常化は、
無機ヨードの併用により有意に高率に認められました。

ただ、長期的に薬が終了出来た患者さんの比率については、
4つの治療法により有意な差は認められませんでした。

この論文では各治療群は30例程度ですから、
明確にその優越を云々出来るようなものではありません。
ただ、チアマゾールを30mg使用する代わりに、
その半分の15mgに無機ヨードを追加して、
同等の効果があるのだとすれば、
重篤な有害事象もそれだけ回避出来るのではないか、
という推測は可能です。

その点をもう少し明確化した論文が、
2015年のThyroid誌に掲載されています。
それがこちらです。
ヨードとメルカゾールの併用効果伊藤病院.jpg
これは伊藤病院のデータです。

隈病院の論文の4群のうち、
チアマゾール30mgと、
チアマゾール15mgに無機ヨード38.2mgの併用による初期治療のみを、
比較しています。

各群150例程度で比較されているので、
隈病院のものより例数はずっと多く、
比較にはこれでも十分とは言えませんが、
これまでで最も大規模なデータで、
本年発表されたアメリカ甲状腺学会の最新のガイドラインでも、
この文献のみが引用されています。

この論文では治療開始前のホルモン値が、
遊離T4濃度で5ng/dL以上である場合に限定して、
登録を行なっています。
これはこの濃度を超えるとチアマゾール15mg単独での治療が、
困難になるという知見があるからです。

この論文でも無機ヨードの併用は、
甲状腺ホルモン濃度が正常化した時点で中止されています。

結果としては、
治療開始後30日と60日の時点での甲状腺機能の正常化率は、
15mgと無機ヨード併用群の方が高くなっていて、
最終的な寛解率には有意な差はありませんでした。
抗甲状腺剤の副作用として最も深刻な無顆粒球症は、
無機ヨード併用群では発生はなく、
チアマゾール30mg群では2例が発症していました。
ただ、これはトータルな例数から言えば、
評価は難しいと思います。

以上の2つの知見より、
チアマゾール15mgでコントロールが困難と思われるケースでの、
無機ヨードの一時的な併用は、
1つの代案としては検討に値するようには思います。

ただ、無機ヨードの併用の方が、
チアマゾールを一時的に30mgで使用するより、
本当に安全であるのか、
という点については、
推測の域を出ないもののように思います。

また、甲状腺関連の臨床データは、
概ね国内外を問わずこのレベルのものなのですが、
偽薬を使用するような試験ではなく、
治療法は患者さんにも明らかにされていますし、
単独施設での検証にとどまっています。

無機ヨードの38.2mgという半端な量は、
ヨウ化カリウムの50mgの錠剤があり、
その1錠に含まれているヨードの量です。
つまり、かなり恣意的に決められているのです。

これ以外に、
まさか、と思うような、ビックリするようなデータが、
2014年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載されています。
それがこちらです。
ヨードのみの長期使用効果九州大学.jpg
これは九州大学の報告ですが、
まず初期治療としてチアマゾールを使用して、
副作用や有害事象で継続が困難であった場合に、
無機ヨードの単独で治療を行った、
という長期データです。

例数は44名で、
無機ヨードの使用量は、
最初は13mg程度から開始されて、
その後100mgまで増量されるようになっています。
200から500mgという高用量が使用されている事例もあります。
このデータはカルテを後からまとめた性質のものなので、
様々な事例が含まれているのです。

寛解率は必ずしも高いものではなく、
20年以上に渡り無機ヨードが使用されているようなケースもあります。

人間の身体に必要なヨードは、
概ね1日0.2mg程度です。
5mgのヨードで通常は甲状腺に入るヨードはブロックされます。
それを併用療法でも1日38.2mg、
九州大学のデータにおいては、
100mgを超えるような超高用量が、
場合によっては20年に渡り継続されています。

本当にこのような大量のヨードを、
使い続けて問題はないのでしょうか?

海外データにおいては、
ヨード摂取量が多い地域では、
癌を含む甲状腺疾患の発症リスクが高まる、
という報告もあり、
甲状腺機能の急激な悪化などの事例も報告されています。

日本の大規模疫学データの解析でも、
一部では甲状腺癌のリスクが高いという報告もあり、
最近のものは無関係とするデータが多いことは事実ですが、
まだ確定的な知見はなく、
一定のリスクはあると考えるのが妥当だと思います。

少数例の検討で特に大きな有害事象がなかったからと言って、
体内で活用されている微量元素を、
その常用量の時に1000倍以上を処方し、
年単位で使用し続けて、
それが安全であると言い切ることは、
問題があるように個人的には思います。

無機ヨードの治療を推奨される先生の見解としては、
日本のようにヨード摂取量の多い地域と、
ヨーロッパの内陸部のような、
ヨード欠乏地域とでは、
ヨードに対する甲状腺の反応の仕方が異なり、
かつバセドウ病で自己抗体が存在することで、
エスケープが起こらないのではないか、
というような仮説を展開されていますが、
別に実証されたものではなく、
使ってみたらたまたま上手くいったので、
症例を増やしてみた、
というようなレベルの話です。

こうした脆弱な根拠をもって、
海外では殆ど行われていないような治療を、
積極的に行うことが、
本当に患者さんに資する行為であるのでしょうか?

僕は懐疑的に思わざるを得ません。

個人的な考えとしては、
バセドウ病を無機ヨード単独で長期間治療するのは、
矢張りあるべきではないと考えます。
抗甲状腺剤でコントロールが困難な状態であれば、
放射性ヨードか手術という選択肢があるのですから、
その方向にシフトするべきではないでしょうか?

チアマゾールと無機ヨードの併用については、
考慮に値する選択肢ではあると思いますが、
重篤なチアマゾールの有害事象が減るのではないか、
という以外の明確なメリットと思えるものはなく、
少なくとも偽薬を使用するような介入試験で、
検証をする必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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黒沢清「ダゲレオタイプの女」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
今京都に来ています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
dagereo.jpg
黒沢清監督が初めてフランスで撮った、
キャストもフランス人の映画が今公開されています。
ただ、日本人のコーディネーターの方が企画して、
WOWOWなど日本資本も入っているので、
純粋にフランスの映画、
ということではないようです。

これは本格的なゴーストストーリーで、
黒沢監督のファンであれば、
文句なく没入出来るような性質の作品です。

オープニングの工事現場から古い邸宅に至る道のりの描写は、
アントニオーニの映画のようですし、
屋敷に入ってすぐに、
奥のドアがすっと開いて、
青いドレスの女が人間なのか幽霊なのか、
分からないように通り過ぎる場面などは、
「生き血を吸う女」を思い起こさせ、
邸内の雰囲気や、
父親が溺愛する娘をある種の科学実験の実験台にする、
という発想は同じ「生き血を吸う女」や「顔のない眼」ですし、
遠くを死んだ女の亡霊が通るところは、
「回転」の再現で、
亡霊と抱き合う場面は「白い肌に狂う鞭」
というように、
黒沢監督が愛してやまない、
ヨーロッパ製の純怪奇映画のディテールが、
この映画ではヨーロッパの本物の古い邸宅、
という最高の舞台装置を得て、
今回は思う存分に表現されています。

勿論ワンカットで階段を女性が登るところから、
長い不穏な静止の後、
転がり落ちて死亡するまでを描いたり、
邸内の横移動から亡霊の出現までを、
「エクソシスト3」の呼吸で見せたり、
男が銃で撃たれる場面をこれもワンカットで見せたりと、
黒沢監督らしい技巧も駆使されています。

内容は死者と生者との愛の物語、
という点では、
最近の黒沢監督の映画の、
1つの系譜を継ぐもので、
今回は物語の冒頭から既に存在している亡霊と、
物語の途中で生まれることになる幽霊とが、
それぞれ別個の愛と憎悪の物語を、
互いに交差しつつ展開するというのが基本的な構造で、
黒沢監督が以前から思い描いていた、
ヨーロッパ的な舞台装置の元での堂々たるゴーストストーリーが、
このように完成度高く結実したことは、
素晴らしいことだと思います。

正直2時間を超える上映時間は長く感じるのと、
独立して「ここは凄い」と感じられるような決定的な場面が、
1つあるといいな、とは思うのですが、
如何にも黒沢監督らしい作家性に溢れた映画で、
個人的にはとても楽しく鑑賞しました。

黒沢監督のファンの方は是非。
そうでない方には、
ちょっときつい部分はあるので、
好みは分かれるかも知れません。

これはこれで文学的で良いのですが、
もっと通俗に傾斜した、
シンプルに「怖い」ゴーストストーリーもまた観たいな、
というようには思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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竹内銃一郎「あたま山心中~散ル、散ル、満チル~」(2016年寺十吾演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
あたま山心中.jpg
竹内銃一郎さんが1989年に発表した戯曲を、
平岩紙さんと近藤公園さんが2人芝居として上演した舞台が、
10月19日まで下北沢の駅前劇場で上演されました。

平岩紙さんは大人計画での初登場時から、
偏愛している役者さんで、
ともかく抜群に上手いですし、
余人に真似の出来ない、
ちょっと人間離れのしたような、
足がしっかりと地には付いていないような、
独特の雰囲気を持っています。

最近は映像での役も大きくなりましたが、
どちらかと言えば映像で普通のおばさんを演じながら、
舞台での「狂気」を失ってはいないのがさすがです。

近藤公園さんは…
まあ…
ごめんなさい、普通です。

演出は寺十吾(じつなしさとる)さんで、
寺十さんの小劇場の演出は、
現在では最高と言って良い素晴らしいものなので、
今回の2人芝居は非常に期待をして出かけましたが、
作品は非常に高品質のもので、
期待は裏切られることはありませんでした。

以下ネタバレを含む感想です。

この作品は1989年に竹内銃一郎さんが、
吉田日出子さんを主役にして書き下ろした芝居のようです。

竹内銃一郎さんは、
トリッキーでミステリーに近いようなタイプの前衛劇を、
木場克己さんや森川隆一さんといった、
非常に魅力的な役者さんで上演し、
特に1980年代前半の、
「あの大鴉さえも」や「戸惑いの午後の惨事」は、
ちょっと他に類例のない世界を展開させた傑作で、
その観劇後の奇妙な高揚感のようなものは、
今でもありありと思い起こすことが出来ます。

ベケットなどの前衛劇を下敷きにして、
それをつかこうへい的な方法論と演技術で、
巧みに換骨奪胎して娯楽化したもので、
作品によってはつかこうへいに似すぎていたり、
別役実に似すぎているようなものもあるのですが、
「あの大鴉さえも」などは、
ベケットの「ゴドーを待ちながら」を、
大きな硝子を持った3人の男が、
開かない門の前で家の女主人の返答を待ちわびる、
という話に変え、
3人にとっての女主人がそれぞれ別の女性、
という趣向を巧みに取り入れて、
クライマックスではもんた&ブラースの名曲が流れる中、
それぞれ別の女性に3人が必至で呼びかける、
という奇妙な情感と感動を呼ぶ場面に収束します。

硝子は元々存在しなかったのかも知れないのですが、
それが間違いなく割れてなくなってしまった後も、
3人は共同幻想としての見えない硝子を信じて、
それをパントマイムで運び続けるのです。

この作品も別個の演出で上演されていますが、
僕はかつての思い出を大切にしたいので、
そちらは見るつもりはありません。

さて、1980年代の前半の竹内銃一郎作品は、
そうした訳で非常に素晴らしかったのですが、
要になった役者さんが抜けた後で、
かなり雰囲気が変わりました。
それまでの作品はある種の「オチ」というか、
クライマックスの前に世界観が反転するような瞬間があって、
それから情緒的なクライマックスに入る、
という感じがあったのですが、
「オチ」は特にない、散文詩的な作品に変化して、
正直物足りない感じがありました。

それで何となく観る回数が減りましたし、
竹内さん自体も、劇団を主体の活動から、
プロデュース的な活動に、
移行する感じがありました。

この作品の初演は1989年で、
僕は正直上演されたこと自体全然記憶にありませんし、
観てもいません。

内容的にはただ、
かなり過去の前衛劇のスタイルに近いものです。
2人芝居で、ある役を演じながら会話をしているのですが、
その本人が透けて見える感じが次第にしてきて、
2人が変則的な心中をすることに至る、
という筋立ては、
別役実さんのかたつむりの会などで上演した、
2人芝居に近い構成であり味わいです。

1人の狂った女性がいて、
そこに自分が兄のチルチルだと言って、
「青い鳥」の世界観で入って来る男性がいるのですが、
青い鳥を見つけに出掛ける筈の2人は、
準備だけしていてなかなか出掛ける様子はなく、
自分の頭に桜の木が生えた、
「あたま山」の話になって来ます。
落語の最後は頭に空いた池に飛び込んで自死する、
というところから、
自死のイメージが濃厚に漂い始め、
父親が愛人と首吊りをして、
そのことを認めることが出来ずに狂った母親の、
妄想に息子が付き合っていたことが次第に見えて来ます。

ラストは今度は精神病院に入った男が、
看護師の女を相手に膨らませた妄想であった、
というひねりで終わりになります。

昔は山のようにあったのですが、
今はあまりない「ザ・アングラ」という筋立てを、
平岩紙さんと近藤公園さんという、
今まさに脂の乗った演技派の2人ががっぷり四つで演じます。

平岩紙さんは本当に素晴らしくて、
世が世なら白石加代子になっていたのではないか、
という思いを強く感じました。
これまでの割と特異なとぼけた狂気のような演技は封印して、
能面のような表情の抑えた芝居に、
時々強烈で激烈な感情の高ぶりを爆発させます。
この呼吸こそアングラ演技そのものです。

作品的にも引用の多い世界は、
早稲田小劇場の「劇的なるものをめぐって」を思い起こさせます。

彼女は表情を殆ど変化させることなく、
能面のような美しい虚無感と不特定性を保ちながら、
少女にもなり大人の女性にもなり、
母親にも恋をする女にもおばあさんにも変貌します。
その変貌の鮮やかさは能の舞台を思わせるようなもので、
ご本人はそうは思われていないかも知れませんが、
まさしく天性のアングラ芝居であり、
表情を完全に殺せるところは、
かつての全盛期はともかくとしても、
今の白石加代子さんの芝居を超えていると思います。

竹内銃一郎さんの芝居は、
ご本人以外の演出では、
大抵ポイントを外して失敗するのですが、
今回の寺十吾さんの芝居は、
アングラの香気を今に伝える素晴らしいもので、
非常な感銘を受けました。

セットは人工的な木材を寄木のようにして、
巨大な桜の木を舞台に出現させ、
舞台の平板を不安定にそこここに配置することで、
それが現実ではなく「演技」であることを示しています。
ハラハラと桜は散り、
ラストのひねりの時には、
人工的なライトが桜の木のそこここに付きます。

作品はところどころに暗転がさしはさまれ、
そこに複数の音が闇の中で流れます。
その音効の感じもアングラの香気が感じられます。
欲を言えば、音楽があまりに抑制的で、
これはこれで悪くないのですが、
クライマックスではドカンと何かが流れた方が、
アングラ的でもあり、
竹内さんの芝居っぽくもあったのではないかと思います。
ちょっとお上品に過ぎた感じはありました。

いずれにしても、
かつての1つの典型的なアングラ芝居が、
今のレベルの高いキャストとスタッフで、
鮮やかに甦ったという感じの舞台で、
蜷川幸雄さん亡き後、
アングラの演出を精度高く出来るのは、
これはもう寺十さんしかいないな、
というのが実感です。

堪能しました。

それでは今日はこのくらいで。

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