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マームとジプシー「クラゲノココロ」「モモノパノラマ」「ヒダリメノヒダ」(2016年3作品再構築上演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

朝から雨で涼しい日ですね。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
マームとジプシー.jpg
先日彩の国さいたま芸術劇場で行われた、
マームとジプシーの公演に足を運びました。

マームとジプシーは、
藤田貴大さんが構成・演出に当たり、
叙情的な世界をスタイリッシュでダンサブルな、
独特のセンスで舞台化している、
最近非常に評価の高い劇団です。

抽象的で鋭角な装置の中で、
白い衣装の役者さんが、
時には踊り、時には同じ動きや台詞を繰り返して、
ジグソーパズルのように、
細かい断章をつなぎ合わせるようにして、
全体を構成するという手法は、
非常に知的な感じはしますが、
個人的にはあまり好みではありません。

以前大絶賛された「Cocoon」という作品を観ましたが、
これなら原作の方が全然いいのに、
と思い、あまり乗れませんでした。

ただ、今回は好き嫌いは良くないと思い、
頑張って埼玉まで出かけてみました。

今回の作品は、
これまでに藤田さんが創作された、
「クラゲのココロ」、「モモノパノラマ」、「ヒダリメノヒダ」
という3つの作品を、
得意の構成力で組み合わせて、
1時間50分ほどの1つの作品としたものです。

いずれも中学生の、
生と死との狭間を揺れ動くような、
感受性の豊かな体験をドラマとしたもので、
7人の役者さんと1人のドラマーが、
それを完成度の高いスタイリッシュな演出で、
唯一無二の知的な作品にしています。

方法論自体は、
矢張りあまり好きにはなれないのですが、
今回は話も明確でわかりやすかったですし、
死と向かい合う中学生のスケッチは、
とても真摯に繊細に描かれていて、
とても心に滲みました。

今回はとても良かったです。

個人的には藤田さんは原作ものや、
古典の再構成より、
オリジナルのドラマの方が、
よりその資質に合っているのではないかと感じました。

以下ネタバレを含む感想です。

舞台は帯状に前方から後方まで3つの部分(レーン)に分かれ、
その間には素通しの額縁のような枠が置かれ、
その枠は横に3つ並んでいるので、
舞台は素通しの枠のみで9つの同じ大きさの小舞台に分かれています。
後方ににはドラムなどの生演奏スペースがあり、
その上方には3つのスクリーンが掲げられています。

3つのレーンはこの作品が、
元々3つの作品を再構築して作られていることを、
示しているように思われます。
3つのドラマのパートが、
同時に3つのレーンで演じられることもあり、
ただ、常にそれでは観ていてきついので、
通常は1つのレーンが中心となってドラマが展開されます。

印象的な転倒して起き上がるような動作などはありますが、
基本的には通常の動作と自然な演技が主体で、
同じ台詞や動作の繰り返しは多いのですが、
それほど不自然に感じるようなしつこさはありません。

発達障害でてんかん持ちの少年が自殺する話と、
左目の視力が落ちている少女が、
見える右目を塞いで左目だけで世界を見ていたところ、
存在しない少女を幻視する話、
そしてモモという猫を飼って育てる話などが、
互いに連鎖しながら進行して行きます。

思春期に近づく死の匂いが濃厚に舞台に漂うのですが、
ただ暗いというようなイメージではなく、
現実を超えた世界の存在であるとか、
他者の死を乗り越えて生きてゆくというイメージが、
前向きのものとして描かれていて、
個人的にはとても共感し、また感銘を受けました。

空間構成はとても巧みです。
役者さんも皆演出の意図を十全に心得ているので、
完璧なタイミングで全ては進行してゆきます。

豚の目玉を解剖したり、
幻視した少女の写真を暗室で現像したりする場面があり、
かなり具象的で生々しいのですが、
それを舞台中央の、
一番客席から遠い部分で処理して、
その一部は背後のスクリーンに映像で表現される、
というように、
生々しい表現をしながら、
それを距離を持って描いて、
全体のスタイリッシュなトーンと、
微妙なバランスを取っているのです。
この辺のさじ加減も感心しました。

総じて繊細で情感に溢れた佳品で、
その手法には必ずしも賛同出来ないのですが、
観劇後には重いけれど清々しい余韻が残りました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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