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SPAC「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」(2016年奈良平城宮跡上演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
マハーバーラタ.jpg
僕のホームグラウンドでもある奈良市で、
「東アジア文化都市2016奈良市」というイベントがあり、
その一環として平田オリザさんのディレクションのもと、
平城宮跡の広大な芝地で、
SPACと維新派の野外公演が企画されました。

その第一弾として、
9月9日から12日の4日間、
SPACの「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」が上演されました。

日曜の午後の新幹線で奈良に行き、
翌朝早朝の新幹線で東京に戻りそのまま外来、
という強行弾丸スケジュールで観劇しました。

宮城聡さんが芸術監督になって以降のSPACを、
僕は今回初めて観ました。

ちょっと物足りない部分というか、
僕好みでない部分もあったのですが、
トータルには非常に素晴らしくて、
ナラ王に再会したと「味覚」で理解した瞬間の、
美加里さんの取り憑かれたような詩的な動きを観るだけで、
とても幸せな気分になりました。

もう少しこれまでにも観ておけば良かったと思いました。

演出の宮城聡さんは、
教駒から東大入学、そして中退と、
野田秀樹さんと同じ進路を辿って演劇界に入った方で、
風貌や雰囲気も何となく似ています。
最初「ミヤギサトシショー」という、
1人芝居のようなダンスのようなパフォーマンスを、
画廊みたいなスペースで上演していました。

その時に一度観に行ったのですが、
申し訳ないのですが、
何処が面白いのか全く分かりませんでした。
ビジュアルも冴えない(失礼!)お兄さんが、
特別上手くもない(失礼!)ダンスを踊り、
ちょっとセリフも喋ったりするもので、
個人的には何も観るものがない、
という感じがしました。

その後、1995年に「本牧マクベス」という公演が、
横浜で上演されました。
これは「マクベス」をセリフなどはそのままにダイジェストして、
色々な演劇手法を交えて上演するもので、
宮城さん自身も、
確か殺し屋の役だったと思いますが出演していました。
何か安っぽい段ボールのようなセットで、
役者さんのレベルもバラバラで統一感がなく、
総じて稚拙な学芸会レベルの芝居でガッカリしました。

それで、
もう絶対宮城聡さん絡みの芝居は、
見ないことにしようと決めたのです。

ただ、今にして思うと「本牧マクベス」に既に、
台詞と動きをバラバラに構成する感じとか、
洋の東西の古典を融合するという意図、
組み合わせパズルのような演出手法は、
「マハーバーラタ」の萌芽のようなものが、
既に現れていたようにも思えます。

その後「ク・ナウカ」というユニットを立ち上げて、
月蝕歌劇団の名花であった、
人気者の美加里さんをメインとして、
ギリシャ悲劇などの古典劇を、
台詞と動きを別々の人間が分担するという、
義太夫狂言の変法のようなことを始めます。

古典の再構成と読み換えと言うと、
鈴木忠志さんがすぐに頭に浮かびます。
重くて暗くて理屈っぽくてへんてこりんで、
俺は知的なんだぞ、とばかりに偉そうで、
僕はあの世界が大嫌いなので、
これでもうすっかり萎えてしまって行くのを止めました。

それがその後非常に評価を高め、
国外のフェスティバルなどにも精力的に出演しました。

鈴木忠志さんとも交流が生まれたようで、
2007年からはその後継者として、
静岡のSPACという舞台芸術センターの芸術監督に就任したのです。

そんな訳で、
僕はスズキ・メソッドもどきが本家を含めて大嫌いなので、
宮城聡さんのお芝居は観なくてOKと思っていたのですが、
毎回皆さんが絶賛されるので、
どうしても気にはなって来ます。

今回は「SPACが奈良にやって来た」ということなので、
これは良い機会ということで弾丸ツアーで足を運びました。

演目はク・ナウカ時代の2003年に初演され、
その後SPACでも再演されて、
海外公演も繰り返しつつ練り上げられた、
宮城聡さんの代表作の1つ、
「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」です。

結果は、
最初に書いたように大変素晴らしい舞台でした。

観客を取り巻く、
360度のリングのような野外舞台で、
打楽器主体の演奏ピットの上を、
役者が縦横無尽に走り回ります。

物語は典型的な貴種流離譚で、
ナラ王と王妃ダマヤンティの、
美男美女の理想的夫婦が、
悪魔のはかりごとで王が国を追われ、
夫婦も引き離されて森をさまよいます。
それが色々と人知を超えた冒険の末に、
2人は再び出会い、
王国も復活するのです。

このシンプルで古典的な物語を、
折り紙をモチーフとした白い衣装や小道具で、
美しくポエジーに構成し、
打楽器を主体としたリズミカルな生演奏に乗って、
多くの役のセリフの大部分を、
浄瑠璃語りを思わせる男優が1人で語り、
美しくかつダイナミックな動きの芝居で、
役者が演じます。
ただ、歌舞伎の義太夫狂言と同じように、
役者がそのまま自分の台詞を喋る部分もあり、
それが語り役に途中で引き継がれるような部分もあります。
神様や悪魔などは仮面を被っていて、
台詞は喋りませんが、
生身の役者は自分の台詞のパートもあるのです。

印象的な場面は数多いのですが、
まずオープニングでは、
正面の舞台の後方に本物の大きな木があり、
そこが背景のホリゾントと化して、
役者の影の列が木の葉に幻想的に映し出されます。

生演奏の効果音は躍動的で素晴らしく、
それに合わせて、役者は縦横無尽に360度の舞台を駆け巡ります。

ナラ王役の大高浩一さんは、
隆々たる肉体で独特の畸形の演技を見せ、
美加里さんは見事なまでに愛らしく、
ナラ王との再会を、
舌で感じて驚愕し、
二人羽織のような奇妙な動きから、
身体が波打って躍動し、
そのまま舞台を駆け巡る体技の美しさと奇怪さには、
陶然として見入る以外にはありませんでした。

欲を言えば、
広い舞台の割にはチマチマした感じの演出が多く、
スケールを感じさせる構図が少ないようには感じました。

せっかく頭上は青天井でそのまま本物の月が輝き、
周辺の野原には遮るものがなく、
遥か遠方には平城宮の復元建造物が、
ライトアップされて聳えているのに、
その空間の大きさが、
あまり活かされている感じはありません。

その辺りは非常に勿体なく感じました。

また、象を鼻だけで表現したり、
蛇を人間の連なりで表現したりするのは、
「ライオンキング」のミニチュア版のようで、
少し貧相に感じてしまいました。
もう少し違ったアプローチで、
巨大なものを想像力で見せるようなところが、
あっても良かったのではないでしょうか?
確かに象は鼻だけで巨体を表現している訳ですが、
あれでは当たり前過ぎて詰まらないのです。
もっと底知れぬ巨大さが、
幻想的に表現されても良かったと思いました。

いずれにしても、
宮城聡さんの2つのルーツとでも言うべき、
野田秀樹的世界と鈴木忠志的世界が、
上手く咀嚼されて一体化していて、
ポップでありながら重厚で、
前衛でありながら古典的な世界は、
非常に幸福な観劇体験をもたらしてくれるのです。

宮城聡さん、
先入観で長いこと観劇を怠り申し訳ありません。
今度また是非舞台に足を運ばせて下さい。

来月は維新派の最終公演です。
これも弾丸ツアーで駆けつける予定です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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