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「レディエント・バーミン Radiant Vermin」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも、
石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
レディエント・バーミン.jpg
先日まで三軒茶屋のシアタートラムで上演されていた、
フィリップ・リドリーの「レディエント・バーミン」を観て来ました。

フィリップ・リドリーはイギリスの劇作家で、
最近白井晃さんが積極的に取り上げて、
昨年の「マーキュリー・ファー」には足を運びました。
如何にも白井さんらしい、鋭利で繊細な演出でした。
作品については、翻訳して日本で上演するには、
わかりにくくてちょっとキツイな、
という印象は持ちました。

今回の作品はリドリーの新しい作品で、
キャストは高橋一生、吉高由里子、キムラ緑子の3人だけです。
それもキムラ緑子さんが登場する場面はわずかで、
殆どは高橋さんと吉高さんの2人芝居の様相です。

以下ネタバレを含む感想です。

高橋一生さんと吉高由里子さんは、
オリーとジルという若い夫婦で、
客席から通路を通って巻頭楽しそうに現れると、
公開のテレビショーのように、
客席に話し掛けながら、
自分たちが「夢の家」をどのようにして手に入れたのか、
その顛末を語ると言って、物語が始まります。

マイホームを夢見てアパート暮らしの2人の元に、
ある日キムラ緑子演じるミス・ディーという謎の女性が現れ、
無償で一軒家を提供しよう、
という申し出をします。

実際に素晴らしい家が提供されるのですが、
内装や家具は揃ってはおらず、
家の外も家はあっても閑散としていて、
ホームレスの溜まり場になっています。

ある日ホームレスの男が家に侵入し、
誤ってオリーは男を殺してしまいます。
すると、その場で死体は発光(Radiant)して消え、
同時に家の一部が美しくリフォームされます。

その後も同じことが繰り返され、
次第に2人は意識的に家を美麗に飾るために、
ホームレス殺しを繰り返すようになります。
そのうちに周囲の住宅にも人が住むようになり、
町は活気づくのですが、
ホームレスを家に引き入れている、
という悪い評判が立ち、
次第に罪の意識にも2人は苦しむようになります。

すると、頃合を見てミス・ディーが再び現れ、
新たな場所により大きな家ががあるので、
そこに移らないか、という提案をします。
そこではこれまでの倍の人数を殺さないと、
リフォームは出来ないのです。
2人は喜々として転居に向かいます。

以上のような敢えて説明する必要のない、
資本主義の貪欲さに蝕まれる庶民の寓話ですが、
白井晃さんの演出は、
これを徹頭徹尾2人の魅力的な役者さんと、
観客との対話として描いています。

日本人の役者さんが日本語で、
「僕の名はオリー」みたいなことをするのですから、
正直ちょっと無理がある感じはします。

白井さんは非常に才能ある演出家で、
根暗でなく色彩感のある演出は、
蜷川さん以外あまりない感じと思うのですが、
時々こうした際どい観客参加のような無理なことをします。

今回もとても成立はしていないと思うのですが、
主役2人が立派なスターで、
観客も非常にウェルカムな体勢なので、
どうにか辛うじて、それもある種の力技で、
成立させてしまった、という感じです。

作品世界はシンプルで、
さすがにこれはシンプル過ぎるかな、
という気もします。
あまりに資本主義の害悪を単純化し過ぎていて、
もう少し複雑な陰影が欲しい気がするのです。
題名と言い、発光して消滅する死体と言い、
ある種の犠牲の元に町が栄えるという趣向と言い、
原発や放射能の問題は裏ネタのように思いますが、
あまりそれが効果的に機能している、
ということもありません。

役者さんはとても頑張っていて、
非常に華がありかつ魅力的であったのはさすがでした。
吉高さんのお客さんいじりを見ているだけで、
元は充分取ったような思いがあったのです。

そんな訳で作品と演出はやや疑問、
役者さんは抜群という舞台でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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