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喘息のお子さんに対する解熱剤の安全性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

台風が関東上陸とのことで、
朝から雨風が強くなっています。
受診予定の方は充分お気を付け下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
エセトアミノフェンの喘息に対する安全性.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
小児の発熱ではもっぱら使用される、
アセトアミノフェンという解熱鎮痛剤の安全性についての論文です。

乳幼児期のお子さんの発熱に対しては、
原則として一切解熱剤は使用しない、
という意見と、
アセトアミノフェンであればつらい症状の緩和に、
適切に使用するのは問題はない、
という意見があります。

アセトアミノフェンの安全性は、
概ね問題はないものと考えられていました。

しかし、2000年のThroax誌に、
アセトアミノフェンの安全生に、
警鐘を鳴らすような論文が掲載されました。
それがこちらです。
アセトアミノフェンによる喘息への影響.jpg
これは成人でアセトアミノフェンを頻回に使用していると、
そうでない人より喘息の患者や蓄膿の患者が多く、
かつ喘息の急性増悪などの頻度も、
アセトアミノフェンの頻回使用者で有意に多かった、
という結果になっています。
ケースコントロール研究という手法による臨床データの解析です。

気道に分布するグルタチオンという抗酸化物質があり、
アセトアミノフェンはそれを枯渇させる作用があるので、
その影響により気道の炎症が誘発されたのではないか、
というのがこの論文の著者らの見解でした。

その後観察研究において、
小児の喘息患者さんでも、
同様の喘息の悪化が認められるという報告があり、
喘息のお子さんへのアセトアミノフェンの使用は、
慎重に考えるべきという流れになりました。

ただ、ランダム化比較試験のような厳密な試験は、
これまで行われたことはないので、
こうした結果は確定的なものとまでは言えませんでした。

今回の研究では、
比較的軽症の気管支喘息のお子さんに対して、
発熱などの時に、
アセトアミノフェンを使用する場合と、
イブプロフェンを使用する場合を、
くじ引きで分け、
薬の違いが喘息の予後に与える影響を、
48週間に渡って観察しています。

対象は生後12から59ヶ月の軽症持続型の喘息の患者さん、
トータル300名で、
18箇所のアメリカの医療機関で登録されています。
本人家族や主治医にも分からないように、
発熱や疼痛時の頓用の処方として、
くじ引きで選択された一方ではアセトアミノフェンを、
もう一方はイブプロフェンを、
ほぼ同等の効果の得られる使用量で使用し、
観察期間中の喘息の急性増悪の頻度を比較します。

その結果…

トータルな頓服薬の使用回数の中央値は5.5回で、
両群で差はなく、
観察期間中の全身的にステロイドを使用するような喘息の悪化回数は、
アセトアミノフェン群で平均0.81回、
イブプロフェン群で平均0.87回と、
全く差は認めませんでした。

つまり、適切な範囲の使用であれば、
4年程度の観察期間において、
イブプロフェンの使用とアセトアミノフェンの使用との間に、
喘息の悪化の差はなく、
この試験では未治療(偽薬)という群は設定されていませんが、
その喘息増悪の頻度は、
これまでの同様の臨床試験での結果と差はなく、
明らかにアセトアミノフェンが、
喘息の経過に影響を与える、
という根拠は認められませんでした。

今回の研究はかなり限定的なもので、
これをもってアセトアミノフェンが安全、
というように言い切れるものではありませんが、
適切な範囲の対処療法としては、
特にアセトアミノフェンを特別視したり、
喘息の患者さんだからと言って、
その使用を控えるような必要性は、
現時点ではないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

歌舞伎座八月納涼歌舞伎(2016年第二部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
何もなければ1日のんびり過ごす予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
8月納涼歌舞伎.jpg
今月は歌舞伎座は3部制の納涼歌舞伎で、
今回は第二部のみ足を運びました。

染五郎と猿之助が弥次喜多を演じる、
「東海道中膝栗毛」にちょっと興味が湧いたからです。

染五郎と猿之助の共演というと、
三谷幸喜の新作歌舞伎「決闘高田馬場」が記憶に残っていますが、
歌舞伎座での本格的な共演というのは、
これまでにあまりなかったと思います。

今回は「弥次喜多」という大枠だけがあって、
あとはなんでもありの新作歌舞伎です。
構成に木ノ下歌舞伎の杉原邦生さんが加わっていて、
新時代の歌舞伎を創作しようという意欲を感じさせます。

内容的には猿之助のワンピース歌舞伎をかなり引きずっている感じで、
夢の場面で主人公の2人はラスベガスに行くのですが、
そこでは歌舞伎役者が仮装大会のような洋装で出演し、
背景は大きなLEDパネルで、
そこにラスベガスのネオンが映し出されます。

歌舞伎色ということで言うと、
もう1組の主人公として、
染五郎tの息子の金太郎と、
中車の息子の團子が、
お家再興に奮闘する若様とその従者、
という役柄を古典の呼吸で演じ、
染五郎、猿之助の悪ふざけ2人組と対比される、
というなかなか面白い趣向になっています。

ラストの花火の2人宙乗りまで、
見せ場は満載でとても楽しい2時間弱ですが、
これが新時代の歌舞伎なのか、
と言うと抵抗を感じる部分もあります。

澤瀉屋のファンとしては、
染五郎と金太郎が猿之助と團子より、
常に格上として設定されているのが、
かつての澤瀉屋の勢いを考えると、
モヤモヤ感がありますし、
これまで澤瀉屋を支えて来た、
右近や笑也が本当の端役扱いでの出演、
というのもかなりモヤモヤします。

内情はSMAP状態なのかも知れませんから何とも言えないのですが、
猿之助と中車ががっぷり四つで組んで、
そこに右近などの澤瀉屋の面々がしっかりとした芝居で支えるような、
敢くまで澤瀉屋中心の新作歌舞伎が観たいという思いが、
なかなか実現する気配がないのが、
とても切ない感じがするのです。

9月は久しぶりに吉野川の大舞台が観たくなったので、
玉三郎と吉右衛門の共演に足を運ぶ予定です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

唐十郎「ビニールの城」(2016年金守珍演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中が石田医師の外来で、
石原は健康教室を担当し、
午後は石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ビニールの城.jpg
1985年に第七病棟が上演して非常に世評の高かった、
唐先生の「ビニールの城」が、
新宿梁山泊の金守珍の演出で、
蜷川幸雄追悼公演としてシアターコクーンで上演されています。

蜷川さんが生前に成立した企画ですが、
亡くなられたために、
金守珍さんが急遽演出となりました。
ただ、出演者の顔ぶれを見れば、
当初から織り込み済みだったのかな、
と思わなくもありません。

戯曲が初演された1985年は、
僕が一番演劇にのめり込んでいた時期で、
唐先生の芝居も新作(1つは改訂)が4本上演されました。

春公演は「ジャガーの眼」で、
状況劇場の本公演でしたが、
李礼仙さんが出演しないという変則的な座組でした。
その代わりに「ご注意遊ばせ」という新作が、
山崎哲さんの演出で、
李礼仙主演で吉祥寺の劇場で上演され、
そこには唐先生も出演しました。
通常状況劇場は春と秋の2回公演をテントでするのですが、
その年の秋は、
若衆公演と銘打って、
旧作の「少女都市」を大幅に改訂して、
「少女都市からの呼び声」を新宿の小劇場で初演しました。
秋のテント公演は行われませんでした。
そして更に同じ時期に書き下ろしで上演されたのが、
この「ビニールの城」です。

唐先生の中で絶対ヒロインであった李礼仙の役割が揺らぎ、
状況劇場における金守珍さんと六平直政さんの役割が大きくなって、
新宿梁山泊の旗揚げにも結び付く、
そんな時代でした。

この4本のうち僕は3本を観ています。
NHKの録画もされた「ジャガーの眼」は、
前後数年の状況劇場の作品の中では、
最も充実した芝居でしたし、
秋の「少女都市からの呼び声」が、
小劇場での低予算の芝居でありながら、
唐芝居の神髄とも言える傑作で、
非常な感銘を受けました。
その一方で「ご注意遊ばせ」は、
演劇としては面白みに乏しい凡作で、
とてもガッカリしたことを覚えています。

「ビニールの城」は迷ったのですが、
結局行けませんでした。
当時は松本に住んでいて、
秋に2回芝居を観に東京へ行くのは、
なかなか経済的にも時間的にも厳しかったのです。

しかし、その後「ビニールの城」は絶賛を浴び、
1980年代の演劇を代表する1本、とまで言われたので、
僕は心底観なかったことを後悔しました。

その後この作品は再演はなく、
第七病棟自体も2000年を最後に公演はしていません。
残念無念と歯噛みをしましたが、
過去は戻っては来ないのでどうしようもありません。

そして、今回の再演です。

不安と期待の半々で劇場に出掛けましたが、
予想通りと言うか、
あまり伝説の再現というような舞台にはなっていませんでした。

まず戯曲ですが、
唐先生としてはテント芝居より文学に傾斜した芝居で、
新宿梁山泊に書き下ろした「風のほこり」にも似た感触があります。
ただ、文学系の芝居としては、
視覚的な見せ場が多いことが特徴です。
腹話術の人形と人間との三角関係というのは、
「少女仮面」を代表として、
唐芝居ではお馴染みのディテールの1つですが、
それが増幅されて出現するような感じがあり、
もう一方の極に「ビニ本の女」がいて、
対立の構図も綺麗に仕組まれています。
主人公の腹話術師は、
徹底して積極的な行動を起こせない消極キャラで、
こうしたキャラクターも唐芝居の定番ではありますが、
この作品ほど消極的で、
ヒロインの誘惑に全く反応しない、
というのも珍しいと思います。

そして観客論というのか、
その消極的な主人公が、
物言わぬ人形としての観客に対して、
革命闘争的なアジテーションをする、
という不思議な場面もあります。
おそらく直接的な観客へのアジテーションが存在する、
今のところ最後の唐作品なのではないかという気がします。

今回の舞台では、
初演では緑魔子が演じたビニ本のヒロインを、
宮沢りえさんが演じ、
初演では石橋蓮司さんが演じた、消極的な腹話術師を、
森田剛さんが演じました。

2人ともかなり頑張って演じていたと思うのですが、
元々が個人への当て書きなので、
ハードルはかなり高かったように感じました。

宮沢さんは線が細く、
低姿勢の場面をとても低姿勢のままで演じてしまうので、
トレンチコートやドレスですっくと立ち、
そこに大容量のスポットがドカンと当たっても、
堂々とした感じがあまり出ません。
つまり、飛翔するという感じに乏しいのです。

森田さんはニヒルで屈折した感じが、
昔の根津甚八さんに良く似ていて、
その意味では唐芝居のヒーローにはドンピシャリという感じがします。
ただ、今回の役柄はある種の卑屈さとユーモラスな感じがないと、
しっくり来ないような役柄なので、
セリフは少し空回りをしていたように感じました。
僕の観た日は声が嗄れていて、
腹話術の場面や歌などはかなり悲惨でした。

一方で脇役陣は非常に充実していました。
金守珍と六平直政さんのかつての状況劇場コンビが、
幼児性のある悪党を演じるのは抜群ですし、
鳥山昌克さん、柳ユウレイさん、広島光さんの腹話術トリオの、
水際立ったセリフ廻しも唐芝居の香気に満ちています。

活き人形の荒川良々さんも新境地の感がある快演ですし、
江口のりこさんが小さな役で身体を張っているのも、
とても贅沢な感じがします。

演出は期待はしていなかったのですが、
全体的にはまずまずだったと思います。
作品世界をそれなりに忠実に形にしていました。

赤い月が上がったり、
ヒロインを大容量のスポットでドーンと抜いたり、
蜷川演出を意識した場面もありました。

ただ、いつもの悪い癖も出て、
場面転換に大音量のロックを流すのは場違いと思いますし、
低身長の役者さんに人形を演じさせ、
そのためのなくもがなの場面をつけ足したり、
舞台転換に唐先生の「吸血姫」の劇中歌を、
皆で唐突に歌うのは、
幾らなんでもひどいと感じました。
ラストのビニールの城が立ち上がる場面も、
せっかく美しい仕掛けなのに、
時間を掛け過ぎて、
宮沢りえを載せたセリが上がったり下がったりを繰り返すので、
途中でダレてしまったのも良くありませんでした。
もっと瞬間で勝負しなければいけないと思います。
初めて御覧になった方は、
何か全体の流れと無関係な場面や、
不似合いな音楽などに違和感を持たれたのではないかと思いますが、
その違和感の原因の多くは、
そうした演出による戯曲の恣意的な改変にあるのです。
また、この芝居の雰囲気には、
劇場は大き過ぎると感じました。

蜷川さんであれば、
そうしたギャップをどのようにしてクリアしたのでしょうか?
何も違いはなかったかも知れませんし、
結構大きな差のある舞台になったかも知れません。

そんな訳で、
ちょっと物悲しい、
「あー、30年前に観ておけば良かった」
とそんな思いが残る観劇でしたが、
それなりに見応えはありました。
ただ、唐芝居の初心者には、
かなりハードルは高い芝居だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

原発性アルドステロン症の診断に静脈サンプリングは必要なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PAの診断とその経過.jpg
今月のthe Lancet Diabetes Endocrinology誌に掲載された、
原発性アルドステロン症の診断法と、
その予後の違いについての論文です。

原発性アルドステロン症というのは、
副腎からアルドステロンという、
ナトリウムと体液量を維持するホルモンが過剰に分泌されるため、
高血圧と低カリウム血症とが生じる、
二次性高血圧の代表的な病気です。

海外の統計によれば、
高血圧のある患者さんのうち、
5から15%はこの病気であるとのことです。

この病気はかつては見逃されることが多かったのですが、
最近ではレニン活性やアルドステロンの測定が、
以前より広く行われるようになったため、
診断される機会が増えました。

さて、この原発性アルドステロン症は、
片方の副腎に腺腫というしこりがある場合と、
両側の副腎にしこり(過形成)がある場合の、
2通りに分けられます。

このうち片方の副腎のみにしこりがあって、
そこから過剰なアルドステロンが分泌されているのであれば、
その腺腫を外科的に手術することにより、
血圧やカリウム値の安定が期待出来ます。
その一方で両側の副腎の過形成の場合には、
左右差はあっても両側の副腎からホルモンが出ているので、
一方だけを取っても有効ではないと考えられ、
通常ホルモンの効果を抑えるような、
薬物治療が選択されます。

それでは、
片側の腺腫と両側の過形成を、
診断するにはどうすれば良いのでしょうか?

通常まずCT(もしくはMRI)の検査をして、
副腎にあるしこりを検索します

片側のみにしこりがあれば、
腺腫である可能性が高く、
両側に複数のしこりがあれば、
過形成の可能性が高くなります。

ただ、これは機能的な診断ではないので、
本当にそのしこりから、
アルドステロンが出ているのかどうかは分かりません。
腺腫のように画像的には見えても、
実際にはホルモンを分泌していないようなしこりもあるからです。

それでは、
しこりがホルモンを出しているかどうかを、
どのようにして証明するかと言うと、
それは「副腎静脈サンプリング」という一種の血管造影の検査を行います。

これは足の付け根の静脈からカテーテルを入れ、
それを左右の副腎の静脈に挿入して、
左右の静脈から血液を採取し、
その場所のホルモンの濃度を測定するのです。

典型的な腺腫であれば、
それがある方のアルドステロンが増加していますから、
その左右差から病変の場所を確定するのです。

ある報告によると、
38%の術前診断では、
CTによる診断と静脈サンプリングによる診断は、
一致していなかったということです。

こうした結果からは、
原発性アルドステロン症の術前診断のためには、
副腎静脈のサンプリングが必須であると考えられます。

しかし…

原発性アルドステロン症という病気は、
診断が確定して手術をしても、
必ずしも臨床的に治癒する、
という病気ではありません。

手術後も降圧剤が必要となることは稀ではありませんし、
当初は腺腫と思われていても、
切除後しばらくしてから、
今度は対側にしこりが見つかるというようなこともあります。

つまり、
術前の診断が正確であっても、
それが患者さんの予後の差にも繋がる、
という確証は必ずしもないのです。

そこで今回の研究では、
原発性アルドステロン症が疑われる患者さん、
トータル200名をくじ引きで2つに分け、
一方はCTのみで腺腫か過形成かの診断を行い、
もう一方は副腎静脈サンプリングを行って、
より確実な診断を確定します。
そして、腺腫であれば手術を施行し、
過形成であればホルモン拮抗剤による内服治療を行なって、
1年後の血圧を含めた予後を比較します。

その結果…

184名の患者さんが観察期間を終えました。
CT主体の診断をされた92名のうち、
46名は副腎摘除術を行い、46名は内服治療を行ないました。
一方で静脈サンプリングを行った92名中では、
矢張り46名が副腎を切除し、46名がホルモン拮抗剤による治療を行ないました。

そして、1年後の降圧剤の使用と到達血圧には、
両群で有意な差はなく、
QOLにも差は認められませんでした。

要するにCTのみで診断を確定しても、
静脈サンプリングまで行っても、
患者さんのその後1年間の予後には、
特に差は付かなかったという結果です。

勿論静脈サンプリングまで行った方が、
診断の確実性が増すことは間違いがありません。
しかし、侵襲のある検査である割には、
その結果は患者さんの予後には大きな影響を与えないので、
サンプリングを術前に必須とまで考えるのは行き過ぎで、
要はケースバイケースで、
サンプリングの持つ意義が大きいケースに限って、
精密検査として行うのが妥当であるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

重症筋無力症に対する胸腺摘除術の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
MGにおける胸腺腫切除の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
重症筋無力症という病気に対する、
胸腺摘除術の効果についての論文です。

重症筋無力症というのは、
筋肉を使用しているうちに、
次第に力が入らなくなって来る、
という特徴的な症状を持つ病気です。

眼筋型と言って、
瞼を持ち上げる筋肉や目を動かす筋肉に、
主に症状が出るタイプでは、
朝は目がパッチリ開いているのに、
午後になると瞼が重くなって来て、
スムースに目が動かないので物が二重に見え、
上の瞼が下がり、
目を開けていることが出来なくなってしまいます。

足の太腿の筋肉に症状が出ると、
階段が登れなくなってしまいますし、
一番怖いのは呼吸に必要な筋肉の麻痺で、
重症になると呼吸が自力では出来なくなってしまいます。

この病気は神経から筋肉への信号が、
上手く伝わらなくなることで、
神経伝達物質であるアセチルコリンの受容体に対する、
自己抗体が出来ることがその主な原因です。
また、他の神経伝達物質に対する抗体が、
出現することもあります。

このように重症筋無力症は自己免疫疾患の1つです。
ただ、他の自己免疫疾患にあまりない特徴として、
胸腺の病変を伴うことが多い、
ということがあります。

胸腺というのは、
胸の中央の胸骨の裏側で心臓の前にある、
リンパ組織で、
小児期の細胞性免疫の成立に大きな役割を果たし、
通常は30歳くらいまでに萎縮して脂肪に置き換わります。

しかし、重症筋無力症においては、
75%の患者で胸腺組織の過形成を認め、
10から15%の患者では胸腺が病的に腫大した胸腺腫が認められます。

ここで明確に胸腺腫が認められるような事例では、
その胸腺腫を切除する手術を行うことにより、
患者さんの予後が改善し、
治癒する事例も報告されています。
最初の報告は1939年ですから、
かなり歴史のある知見なのです。

従って、胸腺腫のある場合には、
その切除が重症筋無力症の標準的な治療なのですが、
問題は臨床的に胸腺腫は認められない場合の対処です。

最初に胸腺切除の効果を報告したBlalockという研究者は、
胸腺腫のあるなしに関わらず、
重症筋無力症では胸腺の切除が有効である、
という見解を持っていました。
しかし、その後薬剤による免疫療法が進歩したため、
胸腺腫のない事例では、
必ずしも胸腺の切除は推奨されない流れになりました。

ただ、実際には胸腺の切除と免疫療法とを、
胸腺腫のない患者さんで厳密に比較したような臨床試験は、
これまでには存在していませんでした。

従って、胸腺腫のない場合の胸腺摘除術の有効性については、
確認はされていないのが実際であったのです。

今回の研究はMGTX研究と題された、
この分野では初めての国際的なランダム化比較試験です。

発症後5年未満で全身型の重症筋無力症の18から65歳の患者さん、
トータル126例を対象として、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は胸腺を切除してプレドニンの隔日投与を行い、
もう一方はプレドニンの隔日投与のみを行って、
3年間の経過観察を行います。

その結果、
臨床症状においても、
プレドニンの必要量においても、
胸腺の切除を行った方が、
3年間の患者さんの予後は改善をしていました。
増悪による入院の事例も、
胸腺切除群では9%であったのに対して、
切除を行わなかった群では37%と、
明確な差が認められました。
ステロイドの使用量も胸腺切除群ではより少なく、
他の免疫抑制剤を使用するケースも、
少なく抑えられていました。

現状の胸腺腫のない場合の重症筋無力症の治療の主体は、
ステロイドや免疫抑制剤による、
免疫抑制療法ですが、
副作用や有害事象もその長期の使用においては少なからず生じるので、
早期に胸腺摘除術を施行することにより、
その使用量が減り、
予後の改善も見込めるとすれば、
手術は1つの選択肢としては、
今後よりその適応が拡大する流れにはなりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

帯状疱疹予防ワクチンの接種法による有効性の差について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後はいろいろと雑用の予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
帯状疱疹ワクチンの皮内摂取と筋肉内注射.jpg
今月のthe Lancet Infectious Diseases誌に掲載された、
帯状疱疹予防ワクチンとその接種法の差についての論文です。

帯状疱疹は身体に帯状の湿疹が出来、
強い神経痛を伴う病気で、
症状自体は一時的ですが、
その後に帯状疱疹後神経痛という、
その名の通りの辛い神経痛が長く残ることがあります。

この病気は水ぼうそう(水痘)と同じウイルスの感染によって起こります。
初感染は水ぼうそうという形態を取り、
おそらくは神経節という部分に、
残存しているウイルスが、
身体の細胞性免疫が低下すると、
再燃して帯状疱疹を起こします。

通常水ぼうそうのウイルスに感染したことがあるかどうかは、
血液の抗体の上昇で判断し、
抗体が上昇していれば、
再び水ぼうそうに感染することはないのですが、
身体に潜んでいるウイルスが、
帯状疱疹という形で再燃することは、
抗体が陽性であっても起こり得るのです。

水ぼうそう自体の予防は、
抗体があれば充分ですが、
帯状疱疹の予防には、
このウイルスの抗原に反応する、
CD4陽性のTリンパ球という、
免疫細胞の産生が必要と考えられています。

水ぼうそうに罹ってしばらくの間は、
こうした細胞も多く存在しているので、
帯状疱疹は予防されているのですが、
時間が経つと次第にその数は減り、
年齢と共にその産生能自体も低下するので、
帯状疱疹が発症し易くなる、
という理屈です。

さて、帯状疱疹を予防するには、
抗原刺激を与えて、
それに反応するリンパ球が増えれば良いということになります。

その方法として、
通常考えられるのはワクチンの接種です。

水痘ワクチンは生ワクチンで、
このウイルスを弱毒化したそのものです。

通常小さなお子さんに2回接種して、
水ぼうそう自体を予防することを目的としています。

それでは、
このワクチンを大人に打てば、
免疫は再び賦活され、
帯状疱疹が予防されるのではないでしょうか?

この目的で国産のワクチンより、
基準値としては10倍以上多い力価を持つワクチンが、
帯状疱疹予防用に開発され、
アメリカにおいて大規模な臨床試験が行われました。
商品名はZOSTAVAXです。
その結果は2005年のNew England…誌に発表されています。
(一部データはその後に発表)
それによると、
50から59歳の年齢層においては、
帯状疱疹用の強化水痘ワクチンの1回接種によって、
帯状疱疹の発症が70%抑制され、
60から69歳では64%、
70歳以上では38%の抑制が認められた、
という結果になっています。
打った場所の腫れや痛み以外には、
目立った副反応は見られていません。
ワクチンの有効性は接種後10年は維持されますが、
発症の抑制が有意に確認されているのは、
8年までというデータがあります。

このように、
強化水痘ワクチンを接種することによって、
ある程度の細胞性免疫の賦活が起こり、
帯状疱疹の発症が、
一定レベル予防されることは間違いがありません。

ただ、数字を見て頂くと分かるように、
満足の行く効果とは言えません。

帯状疱疹は高齢者になるほど発症率は増えるのですが、
その一方でワクチンの効果は、
高齢になるほと低いものになってしまうからです。

このジレンマを解消する方法の1つは、
免疫増強剤などを用いて、
より強力に免疫を誘導するワクチンを開発することで、
もう1つの方法はワクチンの接種法を変更することです。

これは他のワクチンにおいても、
以前より指摘のあることですが、
ワクチンの効果は、
皮下注射よりも筋肉注射が強く、
そして筋肉注射よりも皮内注射の方が強いのです。

皮内注射というのは、
皮膚に盛り上がりを作るように、
浅くワクチンの薬液を注入する方法で、
ツベルクリン反応をイメージするのが分かりやすいと思います。

今回の研究においては、
50歳以上の成人トータル224名をアメリカの3箇所のクリニックで登録し、
アメリカで認可されている帯状疱疹予防ワクチン(ZOSTAVAX)を、
通常量で筋肉注射をした場合と、
通常量で皮内注射をした場合、
3分の1量で皮内注射をした場合、
10分の1量で皮内注射をした場合、
そして27分の1量で皮内注射をする場合に、
くじ引きで分けて、
その後の抗体の上昇の程度を比較しています。

その結果、
用量依存性に皮内注射による抗体の上昇の程度は高くなり、
3分の1量の皮内注射においても、
通常量の筋肉注射を上回る抗体反応を示しました。

つまり、帯状疱疹予防ワクチンにおいても、
明らかにその有効性は、
皮内注射が高いのです。

それでは全てのワクチンを皮内注射にすれば、
それで良いように思えますが、
実際にはそうではありません。

皮内注射は一定の技術が必要で、
接種の手間も掛かります。
接種の時の痛みも増し、
接種部位の腫れも強いのです。
小さなお子さんへの接種は、
時間が掛かり痛みも強いので困難です。

従って、
全てのワクチンを皮内注射にする、
というのはナンセンスなのですが、
帯状疱疹予防ワクチンのような場合には、
接種するのは50歳以上の年齢ですから、
比較的実現性は増し、
接種量は多くても3分の1で済みますから、
コストの削減にも繋がります。

ワクチンの種別によっては、
皮内接種検討することは、
意義のあることかも知れません。

日本においては通常の水痘生ワクチンが、
そのまま帯状疱疹予防に使用されています。
免疫増強剤を使用したワクチンも、
海外では開発されています。

ただ、その効果については、
まだデータは充分ではないのが現状のように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

血圧の変動と予後との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
血圧の変動と予後.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
血圧の変動と予後との関連についての論文です。

今多くの方が血圧を自分で測定していると思います。

健診などで血圧が高めであれば、
まずは自動血圧計で血圧を測定してみて、
体重の管理や食生活の改善などの生活改善を行い、
それでも高値であれば、
降圧剤による治療を検討する、
というのが通常のプロセスですし、
スポーツクラブやジムや健康教室、
薬局などにも血圧計があって、
気軽に測定することが出来ます。

一旦降圧剤による治療を開始すれば、
それがプレッシャーになって却って…
というような方を除けば、
自己測定も行なうことが多いと思います。

さて、血圧測定が健康の上で、
非常に重要な指標の1つであることは、
間違いがありません。

ただ、血圧の数値が、たとえば肝機能の血液の数値と同じように、
安定しているかと言うとそうではなく、
いつも血圧で受診をされている患者さんからは、
毎日測っても血圧が変動する、とか、
同じ日でも測る度に血圧が変わる、
というような話はよく聞きます。

確かに血圧の測定値は安定した数値ではありません。

血圧計が普及したような時期には、
測定のやり方により誤差が出るという考え方や、
血圧計によってもその精度にかなり差がある、
という考え方がありました。

その一方で血圧の変動が大きい人は、
同じ高血圧でも重篤な病気になり易いのではないか、
という見解も古くからありました。

臨床的に患者さんを診ていて感じることは、
特に動脈硬化が進行して腎機能も低下しているような方では、
朝は200を超えるような血圧であったのに、
ちょっと立っただけでそれが90くらいに急降下する、
というような大きな変動を起こすケースが、
しばしばあるということです。

そうした方は確かに脳卒中や心筋梗塞も起こし易く、
降圧剤による治療も困難であることは間違いがありません。

こうしたことから、
血圧の変動の大きい人は、
それだけ心血管疾患などの予後も悪いのではないか、
という推測は可能なのですが、
それを実証することはなかなか困難です。

血圧の変動というものを、
どのように定義するのかがまず難問です。

日本では24時間血圧計をお好きな先生がいて、
24時間血圧から変動幅を設定することも可能なのですが、
同じ条件で多数例を検査することは難しく、
また24時間血圧計の血圧値と、
通常の方法による血圧値が、
本当に同一であると言えるのか、
という問題もあり、
この結果のみをもって一般化することは困難だと思います。

比較的簡単に検証可能な方法としては、
外来に通院されている患者さんの外来での血圧値を、
長期間で平均してその変動を見る、というやり方があります。

それ以外に救急病棟に入院しているような患者さんでは、
24時間の血圧は常にモニターされているので、
その短期間の変動幅と病気の予後を見る、
というような方法は可能ですし、論文にもなっています。

更には患者さんが自動血圧計で自己測定した血圧値を、
記録してその変動を見る、というような臨床試験も、
行なわれています。

今回の論文においては、
これまでに行なわれた主な血圧変動の試験を、
救急病棟などの短期のものと、
自己測定による中期のもの、
そして外来血圧による長期のものに分類し、
それをまとめて解析することにより、
血糖の変動と心血管疾患との関連について、
システマティックレビューとメタ解析という手法により、
検証を行なっています。

実際には血圧変動を見るだけの目的で、
厳密に行われたような臨床試験は殆どなく、
後から血圧のデータを解析したようなものが、
その殆どなのです。

41の論文のデータを解析した結果として、
長期の外来血圧から得られたデータをまとめてみると、
血圧変動が大きい場合の総死亡のリスクは、
最大で1.15倍(1.09から1.22)増加し、
心血管疾患による死亡のリスクは1.18倍(1.09から1.28)、
心血管疾患の発症リスクは1.18倍(1.07から1.30)、
虚血性心疾患のリスクは1.10倍(1.04から1.16)、
脳卒中のリスクは1.15倍(1.04から1.27)、
それぞれ有意に増加していました。

一方で短期及び中期の血圧変動についても、
日中の収縮期血圧の変動は総死亡のリスクと相関をしていました。

実際にどのくらいの血圧変動にリスクがあるかと言うと、
標準偏差(SD)が10程度であれば変動は少なく、
15を超えているとやや変動が大きい、
というくらいの理解で良いようです。
ただ、これは研究によってかなり変動幅の定義には差があります。

収縮期血圧自体にはその上昇と共に、
心血管疾患のリスクが増加する訳ですが、
その血圧値には関わりなく、
変動幅が大きいこともまた、
心血管疾患や死亡の独立したリスクになり、
血圧を測定する場合には、
長期的なそうした変動にも、
より心を配る必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「貞子vs伽耶子」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

クリニックは今日まで夏季の休診です。
今日は秦野の実家に行く予定です。

休みの日は趣味の話題です。

お盆は怪談映画という世代なのでこちら。
貞子対伽耶子.jpg
もう公開は終わっていますが、
リングシリーズの貞子と、
呪怨シリーズの伽耶子が、
対決するという「見世物映画」を、
MX4Dで観て来ました。

1998年に公開された「リング」と「らせん」の2本立ては、
ジャパニーズホラーの歴史の中では画期的な意味を持つものでした。

封切りでは観なかったのですが、
テレビで観てその斬新さに驚きました。
特に「リング」のオープニングに脇役の少女が亡くなる場面が、
従来にはないような戦慄的な恐怖感で、
これは凄いと思ったのです。

ただ、演じていたのがまだ新人の竹内結子だったので、
今観るとそれほど怖くありません。
彼女が有名にならなかった方が、
映画の怖さは保たれていた筈で、
そう思うと皮肉な感じもします。

一方で呪怨シリーズは、
1998年には既にビデオでの製作が始まり、
2002年には映画版が公開されています。
清水崇監督はビジュアルには然程のオリジナリティはないのですが、
意表を付くオムニバスの構成に妙味があり、
「リング」の中田監督のような雰囲気重視ではなく、
怖がらせ方はショッカー的な、
お化け屋敷テイストも多いことが特徴です。

両者はシリーズ化され、
ハリウッドへも進出しました。
間違いなくジャパニーズホラーの両輪です。

そして今回、
新世代の白石晃士監督によって、
リングシリーズの貞子と、
呪怨シリーズの伽耶子という、
両作品の女怪物が、
対決するという企画が映画になりました。

どうやって両者が対決するのだろう、
というのは不思議に思うところですが、
呪いのビデオを見て、貞子に殺される運命にある少女が、
妖怪ハンタ-のような、
謎の霊能力者の手引きで、
呪怨の呪いの家にも入り、
それでダブルの呪いが掛かるので、
お互いに自分の呪いで相手を殺そうとして、
もめてしまう、という大胆な発想なのです。

発想はギャグすれすれですが、
白石監督はかなり真面目に怖がらそうとしていて、
呪怨とリングのパートは、
別々のの演出をする、という凝りようなので、
どちらのファンの人も、
結構楽しく観ることが出来ます。

貞子の魅力に取り憑かれた変な学者や、
サディスティックな女祈祷師、
そして赤い服の盲目の少女を引き連れた、
謎のイケメン霊能力者と、
次々と濃いキャラが登場するのも楽しく、
椅子が動き、水が掛かり、変な臭いや風まで吹く、
MX4Dの特殊効果と相まって、
なかなか楽しい時間を過ごすことが出来ました。

ラストはちょっと恥ずかしい感じもありますが、
日本映画としては頑張った方かな、
というように思いました。

ジャパニーズホラーとしては、
意外に気合の入った拾い物でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

大原三千院阿弥陀如来石仏(売炭翁石仏) [仏像]

こんばんは。
北品川藤クリニックの石原です。

先刻奈良から戻って来たところです。
今回は暑さがきつすぎて、
ちょっと仏像を拝観するような感じではありませんでした。

今日は京都大原三千院の境内にいらっしゃる、
京都随一と言っても良い、
古仏の石仏を観て頂きます。

それがこちらです。
三千院石仏2.jpg
京都大原の三千院には、
苔の庭にわらべ地蔵という、
愛らしい表情をした地蔵石仏が点在していますが、
あれは勿論新しいものです。

こちらは鎌倉時代中期に作られたことが、
ほぼ確実な石仏で、
大きさも2メートルを超える半丈六と言って良い大きさのものです。

石仏は室町後期以降のものと、
それ以前のもの、特に鎌倉時代までのものとは、
その貴重さと藝術的な価値、
そしてある種の精神性のようなものが、
まるで異なります。

室町後期以降の石仏というのは、
工房の制作するある種の「商品」となってしまうので、
作品の数はぐっと増えるのですが、
唯一無二の仏としての実在感や感銘は、
あまりないものとなってしまうのです。

京都は古都ですが、
鎌倉時代に遡る石仏は殆どありません。

その意味でこの三千院の石仏は、
その完成度の高さと大きさも含めて、
非常に貴重な仏様なのです。

今は簡素な覆い屋に入っていますが、
野ざらしになっていた時期が長かったのでしょうか、
お顔などはかなり摩耗しています。
ただ、そのフォルムの美しさと高い精神性には、
摩耗して尚、唯一無二の風格があります。

もう少し近づきましょう。
三千院石仏1.jpg
石仏というより、木彫に近いような完成度の高いフォルムです。
欲を言えば均整が取れすぎていて、
やや訴える力には弱いような気がしますが、
さすが古仏という素晴らしさが全体に漂っています。

真夏はきついので、
次回は少し気候の良い時に、
もう一度拝観したいと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「飴屋法水 本谷有希子 Sebastian Breu くるみ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はクリニックは夏季の休診中です。
これから奈良に行く予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
くるみと本谷有希子.jpg
これは題名があるのか、無題なのか、
良く分からないのですが、
本谷有希子さんが飴屋法水さんとコラボレーションをして、
久しぶりに演劇をする、
というので話題となった舞台が、
8月5日から9日まで、
原宿のVACANTというイベントスペースで、
上演されました。

非常に話題を集め、
チケットは即日完売となりましたが、
元々フリースペース的な空間なので、
結構沢山の当日券が出ていました。

これは本谷さん自身が出演をしていて、
後半は割としっかり台詞も喋ります。

本谷さんは劇団本谷有希子として、
演劇から活動を開始し、
最近は作家活動に軸足を移して、
今年は芥川賞も受賞をされました。
ただ、自分は基本的にはこれまで役者はやらず、
第8回公演の「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」では、
ちょこっと出演しましたが、
本当に恥ずかしそうに、
小声で数語喋るだけでした。

それが今回は出演者として登場し、
少し他人を演じるパートもありますが、
基本的に「自分自身」を演じます。

最初は飴屋さんの方が、
「私は本谷有希子です」
と語り始め、
そこに口パク的に本谷さん本人が囁く感じで始まり、
飴屋さんのお子さんのくるみさんが、
本谷さんを演じたりもするので、
「ははあ、これは結局自分は喋らないということなのだな」
と思ったのですが、
後半になると徐々に自分で台詞を語り始め、
ラストは詩的な独白を語ると共に、
飴屋さんがアングラの呼吸で、
徹底して本谷さんを糾弾し精神的に追い込む、
というパートでクライマックスを迎えます。

これは相当凄かったです。

追い込まれて、上気した顔に、
何か変な汗をかいているような本谷さんは、
尋常ではないような魅力を放っていて、
「僕は今紛う事なき天才を見ている」
という強烈な実感があったのです。

これまで多くの女優さんが、
本谷さんの台本で屈折した追い込まれるヒロインを演じましたが、
本人がこうして満を持して演じる姿を見ると、
ちょっとどんな名女優も所詮は女優に過ぎない、
という思いを強く感じました。
「遭難、」の松永玲子さんも、
「幸せ最高 ありがとうマジで!」の永作博美さんも、
その時はとても良いと感じたのですが、
こうして今回本谷さん自身による「本物」を観てしまうと、
これはもう比較にはならないな、
と感じたのです。

誤解のないように言えば、
本谷さんは役者ではなく、
従って演技は素人です。
しかし、彼女の中にある物は、
まさしく「演技の魂」なので、
彼女が描く作品の主人公は、
結局のところ彼女が演じないと、
本当の意味での輝きを持たないのです。

今回の舞台はもう1人の演劇の天才飴屋法水さんとのコラボで、
そこに更にセバスチャン・ブロイという、
ヨーロッパ的感性の才人が加わります。

僕の感触としては、
本谷さんが自分を語るパートは、
本谷さんが書き、
それ以外の部分の構成は、
主に飴屋さんの担当ではないかと思いました。
以前からの飴屋さん一家3人の家族劇に、
お客さんとしての本谷さんとブロイさんが、
加わったという感じです。

本谷さんはまず、
芥川賞を取ったことはとても嬉しかったのだけれど、
インタビューを受け続けているうちに、
何かが違うという気がしてきて、
別のことをやりたくなった、というような話をします。

これは誰が入れたのか分からないのですが、
フリードリヒ2世が、
多くの捨て子に全く言葉を与えることなく育てる実験をしたところ、
その赤ちゃんは何語を話すようになったのか?
という有名な挿話がクイズのように語られ、
見えない赤ちゃんを本谷さんがあやし、
実際には互いの言葉を全く理解していなかった2人が、
長い時間を一緒に過ごすことが出来た不思議とか、
使わなくなった言葉を捨てる穴の話など、
言葉を巡る思索が軽演劇として語られ、
それから本谷さんがメインになると、
昨年の10月に出産をした経験を語り、
腰椎麻酔で帝王切開をしたので、
出産の痛みを感じることがなく、
そのため子供が自分から生まれるという、
大切な瞬間を感じることに失敗した、
という話になります。

自分は耳から子供を生んだので、
子供に名前という言葉を与えることに躊躇する、
言葉は人を殺さないけれど、
意味は人を殺す、
というような話になり、
見えない子供を可視化するために、
もう一度そこで観念の子供を産んでみせろ、
と飴屋さんから詰め寄られます。
ラストは見えない子供に向かい、
本谷さんが「君は夏の雪、君は冬の熱風…」
と歌い、
最後に母と子が時空を超えて一体化して終わります。

ともかく凄い世界で、
何よりも天才が実在して目の前にいる、
という事実に圧倒されました。
凡人の身としては、
素朴に強い羨望を感じましたし、
人間という存在の不公平さを感じました。

前にデセイ様の歌を目の前で聴いた時にも感じたことですが、
この人に話しかけられたら、
その場で死んでも良いと思えるというか、
久しぶりに「藝術としての女性」に恋をして倒錯するような、
そんな思いに囚われたのです。

正直飴屋さんの家族劇の世界が、
日本にいる外国人の映像を延々と流したり、
死の灰が降ってくるという終末像を安易に入れたりと、
あまり僕の趣味には合わないのですが、
趣味が合わないというだけで、
飴屋さんも天才であることは間違いがなく、
2人の天才が目の前で心理的に戦うのですから、
これはもう演劇の究極というか、極北というか、
もうあまり後には何も残らないのではないか、
というような感じすらする世界なのです。

別に完成度が高いということではないのですが、
ともかく凄かったのです。
もうしばらく普通の芝居など観ても仕方がないな、
というように感じました。

絶品でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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