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小児甲状腺癌の遺伝子変異(2016年アメリカの報告) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
小児甲状腺癌の遺伝子変異.jpg
今年のThyroid誌に掲載された、
小児甲状腺癌の遺伝子変異の頻度を検証した論文です。

甲状腺癌の頻度は成人でも子供でも、
世界的に増加しています。

ただ、症状のない段階での超音波検査などが、
以前より広く行われるようになったので、
そのために見掛け上頻度が増えている、
という可能性も指摘されています。

20歳以下もしくは18歳以下の小児甲状腺癌は、
成人の甲状腺癌と比較して、
その生命予後はトータルには良く、
甲状腺癌による死亡率は2%未満と報告されています。

その一方で、
小児甲状腺癌はその診断の時点で、
より進行していることが多く、
リンパ節や肺の転移も多いことが知られています。

甲状腺癌には、
幾つかの特徴的な遺伝子変異のあることが報告されていて、
その変異の有無と、
病状の経過や癌の組織型との間には、
一定の関連があることも指摘されています。

こちらをご覧下さい。
甲状腺癌の遺伝子変異の頻度の図.jpg
これは成人の甲状腺の遺伝子変異の一覧ですが、
一番頻度の多いのはBRAFの変異で、
基本的に乳頭癌には多いが濾胞癌にはなく、
進行した乳頭癌の場合には、
その予後に一定の影響を与えると考えられています。

次に多いのがRET/PTCの再配列の変異で、
これもBRAFと同じように濾胞癌にはなく、
主にRET/PTC1とRET/PTC3の2種類があり、
RET/PTC3の再配列の異常は、
放射線誘発癌の特徴の1つと考えられています。

RAS変異というのは、
非常に多くの固形癌に見られる遺伝子変異ですが、
甲状腺乳頭癌には少ないことが特徴です。

甲状腺癌の場合、
この3種類の遺伝子変異が、
重複せずに単独で存在していることが、
1つの大きな特徴だと考えられています。

それ以外に、
PAX8/PPARγの再配列の異常があり、
これはその意義は明確ではありませんが、
乳頭癌にはなく、
濾胞癌に多く見られることが特徴だと報告されています。

ただ、これは敢くまで成人のデータです。

小児甲状腺癌の遺伝子変異は、
成人甲状腺癌とは異なる特徴があるとされています。
BRAF変異が成人より少なく、
RET/PTC再構成の頻度は成人より多い、
ということは複数の報告がありますが、
そのデータは成人と比べると限られています。

今回のデータは、
アメリカ、サンディエゴの単独施設によるものですが、
39名の18歳以下の甲状腺癌の患者さんの切除組織において、
遺伝子変異の有無と種類を検証しています。

39名中29名は女性で、
平均年齢は14.7歳(7.9から18.4歳)でした、

その結果…

39例中53.9%に当たる21名で、
BRAF、RAS、RET/PTC、PAX8/PPARγの、
いずれかの遺伝子変異が認められました。
BRAF変異は9例に、
RET/PTCの再配列異常は6例に認められ、
いずれも甲状腺乳頭癌でした。

甲状腺乳頭癌の患者さん28例中、
57.1%の患者さんで上記4つの変異のいずれかが認められ、
32.1%はBRAF変異で、
21.4%がRET/PTC再配列異常
(5例がRET/PTC1で1例のみRET/PTC3)、
3.6%にRASの変異がある、
という比率になっていました。

濾胞癌5例のうちでは、
1例にRAS系の変異が、
もう1例にPAX8/PPARγ再配列異常が認められ、
濾胞癌の要素を含む乳頭癌6例のうち3例では、
いずれもPAX8/PPARγ再配列異常が認められました。

また、
BRAF変異を持つ患者さんの88.9%は、
15歳を超えていましたが、
RET/PTC再配列異常の患者さんは、
その全てが15歳以下でした。

今回の結果は、
これまでの報告とほぼ一致するもので、
15歳を超える年齢層では、
ほぼ成人と同じ遺伝子変異のパターンを示し、
甲状腺乳頭癌においては、
BRAF変異が主体ですが、
15歳以下においては、
RET/PTC再配列異常が遺伝子変異としては最も多く、
平均2.9年程度の観察期間においては、
その予後には特に差は見られなかったようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

オイスターズ「この声」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事になります。

それがこちら。
この声.jpg
名古屋を中心に活動している劇団
「オイスターズ」の新作公演が、
先日駒場アゴラ劇場で行われました。

この劇団は初見です。
何か初物で面白いものはないかと思っていて、
不条理な会話劇というような感想を読んだので、
どんなものかしら、
と思って観てみたのです。

役者は4人だけで、
ただの平板を置いただけの舞台に、
ちょっとした小道具が置いてあるだけのセットです。
暗幕もなく、
劇場の黒い壁を剥き出しのままで使用し、
ドアやエレベーターもそのまま使用しています。
音効も殆どなく、
照明も地あかりから始まり、
場面により少しアクセントを付けて方向を変え、
ラストに向けて色を少し入れて絞ってゆく、
というだけのシンプルなものです。

上演時間は1時間10分ほどの短さで、
役者の動きもあまりなく、
主に身体を固定したまま2人で会話を繰り返すだけの場面が、
その時間の多くを占めています。

不条理劇と言えなくもないのですが、
会話のすれ違いに、
あまり冴えたところを感じないので、
ただまどろっこしいだけ、
というように感じて、
2場面くらいを過ぎると、
観ているのが苦痛になります。
演技レベルがそれほど高いものではないので、
台詞にリズムがなく、
役者の動きや表情を見ていても、
明確な意識や感情の流れが感じられません。
棒読みと棒立ちは意図的なものだということですが、
仮にそうだとしても、
それを体現する演技水準は低く、
棒立ちと棒読みが芸にはなっていません。

つらいなあ、と思いながら、
最後までどうにか観た、
という感じで芝居は終わってしまいました。

他の方の書いた感想などを読む限り、
過去の作品には面白そうなものもあるので、
この作品のみで評価することは良くないと思うのですが、
正直最近観た芝居の中では、
技術的な面を含めて、
最も低レベルのもので、
この作品でお金を取って上演するのは、
ちょっときついなあ、
と感じたのが正直なところです。

辛口の感想になり申し訳ありません。

以下ネタバレを含む感想です。

舞台は女子高(おそらく)で、
中年の美術の先生(男性)と、
3人の女子生徒が登場人物です。

先生が油絵を描いているところに、
1人目の女子生徒が現れ、
友達がゾンビになりそうなので、
どうすれば良いのか、
という相談を先生にします。

ゾンビになってしまったら、
凶暴で押さえつけるのは難しいので、
ゾンビになる前に友達を押さえつけるべきでないか、
というような話になり、
女性徒は姿を消します。

入れ替わりに2人目の女性徒が現れ、
自分のクラスにいじめがあり、
ある生徒が別の生徒を鎖で縛ろうとしている、
というような話をします。

また入れ替わりに3人目の女性徒が現れ、
死んだらどうなるのか、
というような話をします。

先生はその3人の話を結び付け、
ゾンビになるというゲームをして、
友達をいじめている女性徒がいて、
3人目の女性徒がそのいじめられている生徒だ、
というように思うのですが、
3人目の女性徒にした天国と地獄の話が、
セクハラを受けた、
というような話になってしまい、
自分が責められる様な展開になるので、
慌てて弁明を始めます。
どうやら先生にも裏の顔があるようで、
自分の妻と子供を描いたという、
最後まで観客には見えることのない先生の絵は、
猟奇的な作品であるようにも思われます。
そのうちに、
鎖が舞台に持ち込まれ、
1人目の女性徒によって、
先生は鎖で椅子に縛り付けられてしまいます。

最後に3人の女性徒が一同に会すると、
実際には3人は初対面であったことが分かり、
3人が退場した後に、
先生は縛られて1人残されます。

誰かが虐待されている、
というような話をしているうちに、
している本人が同じように虐待される、
というような話は、
別役実の芝居などでは、
お馴染みの趣向です。

ただ、こうした趣向は、
最初はその人物が部外者であることが明確なのに、
知らず知らずのうちに当事者になってしまう、
という自然な移行にその妙味があるのですが、
この作品では、
1人目の女子生徒が鎖を引きずって登場し、
何の段取りもなく先生を縛り付けてしまうので、
不条理にも感じませんし、
ショッキングにも感じません。

ストーリーの核は先生にあり、
先生の心理が観客に共有されないと、
こうしたドラマは成立しないのですが、
先生役のキャストの芝居が、
あまり自然なものではなく、
大仰なアクションが唐突に挟まれながら、
意識の流れを観客に伝える技術がなく、
表情も乏しいので、
とてもそうした効果は出ていません。

要するにこうしたシンプルな会話劇で、
かつ自然な会話ではなく、
食い違いから物語が進行するような性質の舞台では、
自然に感情を伝えられるような役者の技量が、
何より重要なもので、
それがないと芝居自体が、
体をなさないものになってしまうのですが、
今回の舞台では演技がその水準には達していない、
ということなのではないかと思います。

ただ、戯曲自体もそれほど完成度の高いものとは思えません。

最初にゾンビが出て来て、
それからいじめが出て来て、
最後に天国と地獄が出て来るのですが、
死と暴力とエロスのイメージとして、
あまり観客の想像力を喚起するものではなく、
ゾンビの説明なども、
これまでの引き写しでオリジナルではなく、
イメージが固定化する一方で、
説明は詰まらないので退屈に感じます。

これはもっとオリジナルな設定を用意して、
それを徐々に説明するような手法が、
より良かったのではないでしょうか。

また、先生の内面にももう少し踏み込まないと、
物語が膨らまないと思うのですが、
猟奇的な絵を匂わす場面はあるものの、
それも展開しないままに終わってしまうので、
非常に物足りなく感じてしまうのです。
謎の絵は勿論、
最後まで謎のままで良いのですが、
謎がそれだけで展開がない、
という点が良くないと思うのです。

演出は、
オープニングに上演中の注意事項を、
校内アナウンスとして流す趣向が冴えていて、
そこだけは抜群に面白いのですが、
それ以外は感心しません。
暗幕も吊らずに劇場の壁を剥き出しにしているのですが、
それで壁に向かって結構大声を出すので、
声が反響して聞きづらくなっていました。
これではいけません。

何もない舞台で演じるのであれば、
演技がもっと水準の高いものでなければいけません。
お金を取ってプロとして見せている以上、
「何でお金を取るのか」
という点をもっと考えるべきではないでしょうか?

すいません。
期待が結構大きかったので、
辛口の感想になってしまいました。

これからも頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

刈馬演劇設計社「クラッシュ・ワルツ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
クラッシュワルツ.jpg
名古屋を中心として活動している、
刈馬演劇設計社の代表作の1つ、
「クラッシュ・ワルツ」が、
今駒場アゴラ劇場で上演中です。
今回が再々演になります。

これは非常に気合の入った面白い作品で、
観て良かったと思いました。

3年前の交通事故の加害者と被害者が、
事故のあった交差点に面する家で顔を合わせます。

このシンプルである意味平凡な設定から、
果たしてどのような演劇的興奮が、
導かれるでしょうか?

刈馬カオスさんによる台本は、
ちょっと詰め込み過ぎの感はありますが、
重層的で巧みな構成力で、
観客の想像力を簡単に超えて見せます。

その内容は、
市井の一事件を扱いながら、
最近の社会問題から人間の精神のあり方まで、
非常に普遍的で俯瞰的な構図を見せます。
それでいて、何処かの劇団のように、
安易に昨今の事件や社会問題を、
そのまま取り上げるようなことはしていません。

その凛とした姿勢に、
非常に共感と感銘を受けました。

更には、
舞台上で女優さんが生着替えをして、
そこで舞台の空気感が一変するような、
鮮やかな演劇的な仕掛けもあります。

ただ、言葉がかなり硬くて、
全て直球勝負の感じなので、
レトリックの面白みが希薄に感じます。
別役実にしても岩松了にしても、
本筋に関わりのない表面的な会話や、
レトリックのようなもの、
ある言葉や行為に対する固執のようなものがあって、
それが作品に深みを与えているのですが、
この作品には基本的にそうしたところがなく、
生の感情がぶつけ合うだけで終わってしまうので、
劇作としての深みには乏しい、
という印象がありました。

もう少し遊びがあり、
もう少し説明されない部分が、
あっても良いのではないでしょうか。

劇作の素晴らしさと比較すると、
役者さんの演技や演出面は、
素人的なものを感じます。

演技は部分的に様式化されていて、
すり足的な動きをしたり、
激情を身体は固定したまま至近距離で吐き出したりと、
かなり演出されている印象で、
転位21時代の山崎哲演出のような雰囲気もあるのですが、
それが徹底されている訳ではなく、
5人の役者さんの演技の質はかなり違いますし、
バタバタと身体を動かして、
コミカルな表現を見せたりもするので、
トータルなバランスは、
あまり良いとは思えません。

刈馬さんは平田オリザさんのところに、
以前は在籍していたそうですが、
それでどうして、
このような不自然でバランスの悪い演技スタイルを好むのか、
ちょっと理解の出来ないようなところがあります。

舞台も布を使い白い花を散らした、
ちょっと様式的なものですが、
あまり効果的なものではなく、
特に舞台の後方を役者さんが横切る姿を見せるのは、
見え方も良くないので、
まずいと感じました。

照明も素人臭く、
特にラストのワルツの場面で、
沢山の色の明かりが無造作にバッと点くのは、
幾ら何でも…と思いました。

以下ネタバレを含む感想です。

3年前に信号や横断歩道のない交差点で、
若い女性が5歳の子供を、
交通事故で死なせてしまいます。
それからその交差点に、
1日も休むことなく、
犯人の女性は白い花を供えます。

しかし、交差点に面した家に住む中年の夫婦にとっては、
家をマンションに建て替える計画があり、
そこが交通事故の現場であることを示すような花の存在は、
風評被害でマンションの価値を落とす結果になります。

それで、夫婦が別々に、
白い花を手向けたと思われる若い女性を、
家に連れて来るのですが、
それが犯人の女性と、
同じくらいの年齢の、
死んだ子供の母親であったので、
ひょんなことから、
立場の違う2人の女性が、
その家で顔を合わせる事態になります。

そこに更に、
今は離婚している死んだ子供の父親も、
姿を現します。

交差点に面した家の男は、
風評被害になるので白い花を手向けることをやめて欲しい、
と加害者の女性に言いますが、
女性はそれには答えず、
被害者の父親は強行にそれに反対します。
犯人は一生苦しむべきであり、
そのために花をこれからも手向けるべきだと言うのです。
交差点に面した家の妻は、
自分に事故の責任があるのだ、
と言い出します。
その交差点は信号や歩道がなく危険であることは、
以前から分かっていたのに、
安全神話のようなものを信じて、
事故の危険性を無視していた。
だから、自分達は罪を負うべきで、
加害者に何かを強制することは出来ない、
と言うのです。

そこで被害者の母親は、
加害者の女性を許すと言い、
派手な衣装を取り出すと、
黒い地味な服を着ていた加害者の女性に、
その場で着替えるように強制します。
彼女がその場で着替えた時、
犯人の女性が被害者の父親に強要され、
関係を結んでいたことが明らかになり、
その子供がお腹にいることも示唆されます。

その秘密が明らかになったことで、
白い花を毎日捧げるという儀式は、
その意味を失います。
客が去った交差点に面する家では、
実は妻は胃癌で長い命ではないことを、
夫が知っていて、
それでマンションを建てて家を売り、
余生を沖縄で静かに過ごそうと、
計画していたことが分かります。

隣家の子供の弾くたどたどしい「花のワルツ」の調べに乗せ、
妻は「誤りをおかしながら、それでも少しずつ良い方に向かっている」
という意味のことを話し、
2人は不器用にワルツを踊って終わります。

作劇はなかなか巧みで、
意外性もあり、
交通事故を扱いながら、
福島の原発事故を想定した台詞もあって、
随所にハッとさせるようなディテールがあります。

加害者役の女優さんが舞台上で生着替えをして、
それが予想外の展開を生む、
という段取りも、演劇的で良いのです。

別役実や岩松了、山崎哲に平田オリザという先達を、
巧みに咀嚼して独自の構成に活かしているのもよく分かり、
真摯なテーマに対する姿勢が、
それを単なる物真似に終わらせていません。

ただ、この作品を活かすのであれば、
もっとリアルな演技を普通にこなせる水準の役者が、
不可欠であると思いますし、
舞台装置もリアルな茶の間を、
基本的には感じさせるものの方が良かったと思います。
演出も着替えの場面にもっと神経を使うべきで、
そこでそれまで隠されていた、
1人の生身の女が立ち上がる、
というような情感が必須ではないでしょうか。

作品自体は素晴しいと思うので、
また違った演出での上演を、
期待したいと思います。

今日はもう1本あります。

それでは次に続きます。

佐藤信「キネマと怪人」(2016年西沢栄治演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原の担当になります。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
キネマと怪人.jpg
昔の黒テントで上演された、
佐藤信の「キネマと怪人」が、
流山児祥さんのプロデュースで再演されました。
その楽日に足を運びました。

この作品は「喜劇昭和の世界3部作」の1つとして、
1970年代に黒テントで連続上演されたものです。

第1作が「阿部定の犬」で、
第2作がこの「キネマと怪人」。
第3作が1979年の「ブランキ殺し上海の春」です。

何度も書きましたが、
僕はこの中で「阿部定の犬」だけを実際に観ていて、
それが黒テントの初体験でした。
それまでにつかこうへいの舞台などは観ていましたが、
アングラの初体験と言って良い観劇で、
非常に感銘を受けましたし、
すぐに2回目を観ました。
その個々の場面は、
今でも鮮やかに脳裏に甦ります。

その後学生劇団でも「阿部定の犬」を上演したので、
台詞も場面も殆ど暗記しているほどです。

「阿部定の犬」は、
226事件と阿部定事件を重ね合わせ、
幻想の世界で阿部定が、
切り取った男根が姿を変えた拳銃で、
昭和天皇を射殺し、
ラストでは本当に昭和が終わる、
という戯曲です。

今、昭和が終わる、と言っても、
「平成になったんでしょ」
と言われるだけですが、
当時「昭和が終わる」ということを、
劇中で実際に表現することは、
もっと戦慄的な表現であったのです。

続く第2作のこの「キネマと怪人」は、
元々は226事件と江戸川乱歩の怪人二十面相、
そして満州映画を絡めた「二月とキネマ」がオリジナルですが、
226事件は「阿部定の犬」で描かれたので、
その要素を排除して、
満州国の建国から滅亡を、
映画と絡めて描くという内容に改められました。

作品の中では満州国の皇帝溥儀によって、
昭和天皇が射殺されるのが眼目で、
ここでも川島芳子と李香蘭を合体させたような謎の女性によって、
拳銃が用意され火を吹くのです。

第3作の「ブランキ殺し上海の春」では、
ある革命家の夢として、
226事件が革命として成功し、
昭和天皇は廃位となって、
満州国に新たな政府が生まれる、
という筋立てになっています。

つまり、
この3部作では、
幻想の中で昭和が終わり、
昭和天皇が死ぬ、
という共通項があります。
黒テントが掲げる、
革命の演劇の最たるもので、
昭和の真っただ中の1970年代において、
歴史を第二次大戦に巻き戻し、
昭和をその時点で終わらせて、
「幻想の革命」を成立させよう、
という試みなのです。

この3部作の連続上演以降、
黒テントはその活動を継続はしますが、
革命の演劇という過激なニュアンスは、
次第に影を潜めるようになります。

政治的な演劇としてのアングラというのは、
おそらくこの辺りで完全に終焉したように思います。

さて、この「キネマと怪人」を、
演出西沢栄治、音楽諏訪創というコンビが、
流山児祥さんのプロデュースのもと、
小劇場での上演として新たに作り直して再演しています。
前回「阿部定の犬」も同じスタッフで上演されたのですが、
個人的には「阿部定の犬」は、
本家を観ていて思い入れが強いので、
劇場へは足を運びませんでした。

「キネマと怪人」は、
黒テント版は観ていませんし、
3部作の中では一番馴染みの薄い作品であったので、
興味を持って劇場に足を運びました。

これはかなりレベルの高い上演で、
作品の活かし方としては、
疑問に思う点はあったのですが、
オープニングからワクワクするようなハイテンションで、
若手主体のキャストに、
流山児さんのようなアングラ世代が数人混ざっている、
というバランスも良いですし、
声がしっかり出ていて、
テンションも持続されているので、
とても楽しい気分で観ることが出来ました。

音効は新たに作曲されたものですが、
作品世界にも上手く合っています。

ただ、元は3時間くらい掛けて上演された作品を、
1時間45分くらいで畳み掛けるように上演するので、
テンポは小気味よく楽しいのですが、
佐藤信さんの戯曲に特徴的な、
前半で謎めいた伏線が張り巡らされ、
それが後半になって非現実的な「儀式」の場面で、
解き明かされることによって、
カタルシスを産む、
という基本的な構図の持つ意味合いが、
ややボケてしまったようなきらいはありました。

以下、作品の内容にもう少し踏み込みます。

最初に満州国の建国から消滅までの年号が提示され、
ホテルひばりが丘では、
あらゆることが起こった、
という謎めいた言葉が音楽と共に語られます。

それから謎のホテルひばりが丘を舞台として、
物語は展開します。

まず「阿部定の犬」でご町内の3人組として登場した3人が、
映画の夢を語りながらホテルを目指していると、
同時に車に轢かれて死んでしまいます。
ジェームス・ディーンを名乗る青年が、
セレブのための石鹸の行商で、
ホテルに宿泊するのですが、
マリリン・モンローを気取った謎の金髪女性が現れ、
どうやら彼女はホテルで撮影されている、
謎の最終映画の登場人物のようです。
ホテルには明智小五郎がいて、
その助手の小林君は、
「オズの魔法使い」のライオンの扮装をしています。

ホテルの地下には謎のボイラー室があり、
そのボイラーの炎の中には、
セミの鳴く真夏の風景が広がっていて、
昭和天皇の声が旧式のラジオからいつも響いています。
最初に死んだご町内の3人組は、
ボイラー室で亡者となって働いています。

ホテルの頂上の部屋には、
腑抜けになった満州国皇帝溥儀と、
最終映画の想を練る監督、
そしてモンローのような女優と同じ浪子を名乗る、
女装の怪人がいます。

ラジオから皇帝円舞曲が流れると、
それに合わせて皇帝が踊り、
ジェームス・ディーンが襲い掛かると、
皇帝になり替わってしまいます。
軍服のマントを翻して、
怪人と共に男装の麗人が踊り、
明智小五郎は怪人二十面相を追い続け、
監督がフィルムを編集でちょん切ると、
女優の波子の胸から血が流れます。

そして、
朝には1匹の金魚が翌日には100匹になる、
という謎の言葉が発せられます。

要するに、物語に登場する、
殆ど全ての人物は、
セルロイドのフィルムに写し取られた亡者であって、
現実にはもう生きてはいない人間達です。
そこでは満州映画もハリウッドの映画も、
混ざりあってフィルムが保存されているので、
両方の登場人物が徘徊しているのです。
明智小五郎はその亡者を怪人二十面相と呼んでいます。

日本は満州国という幻想の国家を作り、
溥儀という傀儡の皇帝を置いて、
そこでアジア統一の夢を見たのですが、
それは幻想のままに消滅し、
多くの実在の日本人はその存在すら忘れてしまいました。

しかし、
そこで撮影された映画のフィルムに焼き付けられた人物や情景は、
そのままに残り、
戦後30年に積み重なって、
ホテルひばりが丘という迷宮を作り上げたのです。

壊れたボイラー室の炎は、
フィルムを焼いて燃え広がり、
それが頂上に達した時に、
漸く監督による最終映画は完成しますが、
金魚の謎は金魚を愛した溥儀の存在が、
キネマのフィルムによって再生産させることを意味していて、
炎の中で昭和天皇を溥儀が殺し、
溥儀も殺されて幕は下ります。
最後の台詞は、
これは1人の少女の孤独な死に過ぎない、
という女優の独白で終わります。

この複雑で如何にもアングラという戯曲を、
今回のプロダクションは、
小劇場の演技の方法論を身に着けた質の高い役者陣が、
途切れることのないテンションで、
疾走するように描きます。
これぞ小劇場というような、
ほれぼれとする気合いです。

僕は80年代の前半から、
流山児さんの芝居を観ていますが、
正直当時の役者陣は、
かなりムラのある芝居をしていました。
役者のレベルは、
今回の方が遥かに上だと思います。

当時はそんなことは思いもよらないことでしたが、
今滅びゆくアングラ芝居を、
部分的にせよ唯一継承しているのは、
流山児さんのところだけかも知れません。

ただ、そうした疾走感を重視したために、
物語の流れが単調になり、
クライマックスの最終映画の完成に向けて、
盛り上がるべきパートが、
そのまま流れてしまった感はありました。

昔の黒テントの芝居は、
ヴォードビル的な呼吸、
軽演劇的な呼吸があって、
迫力押しというのとはちょっと違っていました。
それが、クライマックスに至ると、
凄みのある緊張感にスイッチするのです。
力押しはラストに取っておくような感じがありました。

だからこそ、
落差があってクライマックスは見事だったのだと思うのですが、
今回の上演では、
最初から力押しで物語が展開されるので、
迫力のある反面、遊びがなく、
ラストの盛り上がりには欠ける、
という点があったように思いました。

たとえば、
溥儀が皇帝円舞曲で踊るという場面など、
初演時の劇評では、
グロテスクで不気味で、
それでいてコミカルなムードがあった、
と書かれているのですが、
そうした雰囲気のようなものは、
今回の上演では感じることは出来ませんでした。

来年は「ブランキ殺し」に挑むということなので、
この作品はより長大で、
あまり軽い要素はないので、
ちょっと同じような上演では、
気がかりな部分もあるのですが、
楽しみにして待ちたいと思います。

最後に僕の希望としては、
以前に上演して好評だった、
「鼠小僧治郎吉」のシリーズを、
是非もう一度上演して欲しいと思います。
前回は観られなかったので、
是非観たいのです。
流山児さん、よろしくお願いします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

高齢男性に対する男性ホルモン補充療法の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はクリニックは休診ですが、
老人ホームの診察には廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
高齢男性への男性ホルモン補充療法.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
高齢男性に対する、
男性ホルモンの補充療法の効果を検証した論文です。

女性に更年期があり、
様々な体調不良の原因となるように、
男性にも更年期のような、
男性ホルモンの低下が加齢に伴って起こり、
それによって、
多くの体調不良が起こっているのではないか、
という推測は、
以前よりされてきました。

具体的には疲労感や抑うつ、
運動機能の低下、
性欲や性機能の低下などが、
男性ホルモンの低下と関連のある可能性を指摘されていました。

しかし、
それでは男性ホルモンの補充により、
そうした症状が改善するのか、
と言う点については、
性欲や性機能には一定の効果は見られるものの、
それ以外の症状については、
これまであまりポジティブな結果が得られていません。

それどころか、
心血管疾患のリスクが、
男性ホルモンの補充により増加するのでは、
という弊害を示唆するようなデータも発表されています。

日本では2007年にLOH症候群という名称の元に、
男性更年期を血液の遊離テストステロン濃度で診断し、
主に注射薬の男性ホルモン製剤で、
その治療を行なうというガイドラインを発表し、
一時的はテレビや週刊誌などでも、
画期的な治療として盛んに取り上げられました。

しかし、この日本の独自基準には多くの問題があり、
今ではあまりその通りに治療をされる先生は、
ガイドラインの作成に関わった先生の中でも、
あまりいらっしゃらないようです。

ただ、それではどんな場合においても、
高齢者に対する男性ホルモン補充療法が無意味で有害なのか、
というと、
そうは決してそうは言えないと思います。

男性ホルモンの使用により、
心血管疾患のリスクが増加するという知見にしても、
そうした増加はない、
という報告も存在しています。

2003年にアメリカ医学研究所(IOM)は、
男性ホルモン補充療法の厳密な検証の必要性を提言しています。

今回の研究は、
その提言の趣旨に適う、
高齢者への男性ホルモン補充療法の効果についての、
精度の高い臨床研究です。

65歳以上で、
血液の男性ホルモンであるテストステロンの濃度が、
275ng/dL未満と低値であり、
うつ傾向や性欲低下、身体能力、疲労感などの指標が、
病気ではないものの低下を示していて、
男性更年期の症状が疑われる、
トータル790例を登録し、
対象者にも実施担当者にも分からないように、
くじ引きで2つのグループに分け、
一方はテストステロンのゲル剤を毎日塗布し、
もう一方は偽薬を塗布して、
1年間の経過観察を行なっています。

前立腺癌の既往や、
前立腺癌のリスクの高い場合、
3ヶ月以内の心筋梗塞や脳卒中の発症、
不安定狭心症や高度の心不全、
収縮期圧が160を超えるような高血圧、
顕性のうつ病などの患者さんは、
対象から除外をされています。
こうした項目に当て嵌る人は、
男性ホルモンの補充により、
リスクがあると想定されるからです。

その結果…

テストステロンゲルの使用により、
血液のテストステロン濃度は、
19から40歳の年齢層の基準値まで上昇しました。
このテストステロン値の増加は、
対象者の性欲や性衝動、勃起機能の改善と相関していました。
ただ、この性機能の改善は、
あまり持続的なものではなく、
勃起機能の改善は、
バイアグラのような勃起機能の改善のための薬剤の効果より、
低い有効性しか示してはいませんでした。

身体機能試験では、
解析法により若干の差が認められ、
活力試験では有意差はなく、
うつ尺度でも若干の差が認められました。

有害事象は副作用については、
両群で差がありませんでした。

今回の結果から分かることは何でしょうか?

男性ホルモン濃度の低い高齢者に、
男性ホルモンの補充療法を行なうと、
性欲の改善以外にも、
気力や体力に若干の改善が認められます。

ただ、その差は軽微なもので、
最も差が明瞭な性欲の改善についても、
勃起機能に限定すれば、
バイアグラのような薬剤に劣る程度の効果です。

1年程度の使用においては、
リスクのあるような事例を除外すれば、
比較的安全な治療だと考えられます。

従って、
高齢男性に対する男性ホルモン補充療法は、
上記のような限定のもとに行なうとすれば、
1つの選択肢としては排除するべき性質のものではなく、
比較的安全に施行出来るものですが、
その一方でその効果は軽微なもので、
推奨するべき治療であるとまでは、
言えない性質のもののように思います。

今後もう少し有効性の高い患者さんが絞り込めれば、
再び男性ホルモン補充療法は、
脚光を浴びることになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

スタチン関連自己免疫性ミオパチーの話 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
スタチンによる自己免疫性筋炎.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
スタチンというコレステロール降下剤の、
稀な有害事象についての総説です。

スタチンというのは、
コレステロールの合成酵素を阻害する薬で、
その作用によって、
血液中のコレステロールを強力に低下させる作用があります。

それに併せて、
抗炎症作用などの副次的な作用もあるとされ、
動脈硬化性疾患、
特に心筋梗塞の予防薬として、
その有用性は確立しています。

スタチンは基本的には安全性の高い薬ですが、
その広範な使用に伴い、
多くの有害事象や副作用も報告されています。

その中でも多いと考えられているのが、
筋肉の細胞を不安定にして、
筋肉痛や筋炎、筋脱力などの症状を来すという、
筋肉に関する有害事象です。

その判定のためには、
血液のCPK(もしくはCK)
という検査値を使用します。

スタチンの使用後に、
CPKが基準値を超えて上昇すれば、
筋肉の細胞が壊れている可能性を疑います。

正常上限の2倍程度までの上昇であったり、
一時的で改善するような上昇である場合には、
筋脱力や筋肉痛などの症状がなければ、
スタチンの使用は続行されるのが一般的です。
それを超えるような上昇が持続したり、
症状を伴う場合には、
一旦スタチンの使用を中止して慎重に経過をみます。

多くのケースではそれだけで、
速やかにCPKは正常化します。

ところが…

稀に重篤なケースもあることが報告されています。

年間1万人に1人くらいの頻度で、
横紋筋融解症と呼ばれるような、
重篤な筋肉の破壊が起こることがあります。
ただ、その多くのケースにおいては、
スタチンの中止のみで症状は改善に向かいます。

更に稀なケースとして、
自己免疫性の筋炎(ミオパチー)が、
スタチンの使用により起こる事例のあることが、
近年明らかになりました。

スタチンを使用する患者さんのうち、
10万人に2から3例くらいの頻度で、
この自己免疫性ミオパチーは発症します。

この病気は、
どのスタチンでも起こる可能性があり、
使用後すぐに症状が出現することもある一方、
数年間何の異常もなく服用を継続していたのに、
突然に発症することもあります。

両側の太ももなどに筋肉の痛みがあり、
筋力は低下して、
椅子から立ち上がったり、
階段を昇ったり、
物を持ち上げることなどが困難になります。
筋脱力は概ね軽度ですが、
重症の事例も報告されていて、
湿疹や関節痛を伴うこともあります。

血液検査を行なうと、
正常上限の10倍以上にCPKは上昇しています。
(90%の患者さんでは2000 IU/L以上になると記載されています)
両側で太ももなど身体の中心に近い部分の筋脱力が起こります。
そして、この症状はスタチンを中止しても、
持続したり悪化することが多いのです。

MRIの検査では筋肉の浮腫が認められ、
筋生検では、
筋細胞の壊死とマクロファージという炎症細胞の浸潤が認められます。
他に少数ながらリンパ球の浸潤も認められ、
これは自己免疫性壊死性筋炎の所見として合致しています。

コレステロールの合成酵素である、
HMG-CoAリダクターセに対する抗体が、
この生検組織において高頻度で検出されています。

HMG-CoAリダクターセに対する抗体は、
スタチンの使用により誘導されることが示唆されています。
ある報告ではこの病気の50歳以上の26名中24名において、
この抗体が検出されています。
更にはこの病気のないスタチン使用患者においては、
抗体の陽性が確認されていません。

ただ、HMG-CoAリダクターセは、
筋肉細胞の表面には存在していないので、
抗体がどのようなメカニズムで細胞の壊死に結び付くかについては、
まだ、明らかではないようです。

上記文献にあるアルゴリズムでは、
スタチンを使用中の患者さんで筋肉の症状があった場合には、
まずCPKを測定し、
その数値が2000を超えている時には、
まずスタチンを中止して8週間後に、
症状の改善の有無とCPKの低下の有無を確認。
CPKが再度2000を超えていれば、
筋生検を行なってHMG-CoAリダクターセ抗体の有無を、
検査する必要があると記載されています。

この病気においては、
スタチンを中止しても症状は改善しないことが多いので、
免疫抑制療法が施行されます。
筋脱力は軽症のことが多いで、
通常は体重1キロ当たり1ミリグラムの、
プレドニンが使用されることが多く、
その治療により8から12週間で症状の改善が認められない場合には、
免疫グロブリンやリツキシマブなどの使用が考慮されます。
糖尿病のあるケースなどでは、
最初から免疫グロブリンが選択されることもあります。
その予後は概ね良好とされていますが、
実際には精度の高い臨床試験は行われていないので、
正確な治癒率のようなデータは、
存在していないのが実状です。

それでは今日のまとめです。

極めて稀ですが、
コレステロール降下剤の使用後に、
コレステロールの合成酵素に関連する自己抗体が産生され、
それが筋肉を破壊してミオパチーの症状を出すことがあります。
スタチンを使用開始していて数年後に起こることもあるので、
初期でないからスタチンと無関係、
というような判断は出来ません。
階段が昇り難いなどの軽度の症状が多く、
血液のCPKは通常2000を超えて上昇し、
スタチンを中止して8週間が経っても、
CPKは低下することがありません。
こうしたケースでは速やかに筋生検を施行し、
診断を確定する必要があります。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

認知症は減っている?(アメリカの大規模疫学データの解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
認知症の30年の発症率.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
アメリカの大規模疫学データの解析による、
この30年間の認知症の発症頻度の推移についての論文です。

認知症は言うまでもなく、
高齢化社会における大きな問題です。

認知症は病気ではありますが、
老化の1つの形態であると言うことも出来るので、
高齢化が進むにつれ、
患者さんの数も増加することが想定されます。

ところが…

実は最近認知症は減っている、
という予想外のデータが、
アメリカでは報告されています。

これは、総数が減っている、という意味ではなく、
特定の年齢層の認知症の発症率が、
年を追って減少傾向にある、
という意味です。

しかし、研究によっては、
その反対の結果も報告されており、
この問題については、
明確な結論が出ていない状態でした。

今回の研究は、
アメリカで最も有名な疫学研究である、
フラミンガム心臓研究の対象者に対して、
認知症に対するサーベイランスを行ない、
年代毎の認知症の発症率を比較検証しています。

その結果…

年齢性別で補正した、
各年代の認知症発症率は、
1970年代後半から1980年代前半には、
100人5年当たり3.6人であったのに対し、
1980年代後半から1990年代前半には、
100人5年当たり2.8人、
1990年代後半から2000年代前半には、
100人5年当たり2.2人、
2000年代後半から2010年代前半には、
100人5年当たり2.0人と、
年代が下る毎に認知症の発症率は低下していました。

1970年代後半から1980年代前半と比較すると、
2000年代後半から2010年前半の認知症発症率は、
実に44%低下していることになります。

この発症リスクの低下は、
学歴が高校卒業以上という、
比較的学歴が高い群に限って認められていました。

しかし、APOEのε4遺伝子の有無や、
他の心血管疾患のリスクなどで、
その低下は部分的には説明可能でしたが、
全ては説明することは出来ませんでした。

つまり、
少なくともアメリカにおいては、
この30年で認知症の発症率は低下していて、
その原因は現時点では不明ですが、
学歴の高いグループで低下率が高いという事実は、
生活習慣病の改善のための公衆衛生的な取り組みが、
一定の効果を認知症予防に対しても、
挙げている可能性を示唆している、
という結論に、上記文献はなっています。

本当にそうでしょうか?

正直疑問に感じるところがあるのですが、
このような傾向が日本にもあるかの検証を含めて、
データの蓄積とその解釈の進展に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

DPP-4阻害剤による心不全リスクについて(2016年のメタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
DPP4阻害剤の心不全リスク.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
DPP-4阻害剤という、
特に日本で広く使用されている、
2型糖尿病の治療薬に関わる、
心不全のリスクについての論文です。

DPP-4阻害剤は、
インクレチン関連薬というタイプの、
経口糖尿病治療薬で、
シタグリプチン(ジャヌビア、グラクティブ)、
ビルダグリプチン(エクア)、
アログリプチン(ネシーナ)、
リナグリプチン(トラゼンタ)、
サキサグリプチン(オングリザ)、
テネリグリプチン(テネリア)、
アナグリプチン(スイニー)
などがそれに当たります。

このタイプの薬は、
海外では第一選択薬のメトホルミンに、
次ぐ第2選択薬の1つという位置付けです。
血糖降下作用自体はマイルドなのですが、
低血糖を起こしにくく、
使い易いことが利点です。
そのため、
日本ではより広く使用がされていて、
第一選択薬と言っても良いような使用のされ方です。

その一方で、
膵炎や膵臓癌のリスクを増加させるのではないか、
という報告と、
心不全のリスクを増加させるのではないか、
という報告とがあり、
その安全性について、
疑義が寄せられるようにもなっています。

2013年のNew England…誌に掲載された、
SAVOR-TIMIという大規模臨床試験の結果では、
DPP-4阻害剤のサキサグリプチンの使用により、
心不全による入院のリスクが、
1.27倍有意に増加していました。
その後行われたアログリプチンとシタグリプチンについての、
同様の診療試験では、
心不全による入院リスクの増加は認められませんでした。
つまり、DPP-4阻害剤に、
心不全を悪化させるような作用があるかどうかについては、
現時点で明確な結論が得られていません。

今回の研究は、
これまでの介入試験及び観察研究の結果を、
まとめて解析することにより、
この問題についての現時点での結論を、
得ようと試みたものです。

その結果…

心不全そのもののリスクを扱った、
38の介入研究と言われる精度の高い臨床試験のデータを、
まとめて解析すると、
心不全のリスクに、
DPP-4阻害剤と偽薬との間で、
差はないという結果が得られました。
一方で心不全による入院のリスクについて、
検討されている5つの介入研究をまとめて解析すると、
1.13倍(1.00から1.26)と、
非常にわずかながらDPP-4阻害剤の使用による、
リスクの増加が認められました。
介入試験よりは精度の低い、
観察研究のデータでは、
シタグリプチンの検討のみにおいて、
やや心不全入院リスクの増加傾向が認められましたが、
統計的には有意なものではありませんでした。

結論としては、
現時点で心不全による入院が、
DPP-4阻害剤により増加するという、
明確な根拠はないのですが、
データによってはやや増加した、
という結果は散見され、
特に心不全のリスクとなるような、
心臓の疾患を持っていたり、
そのリスクが高いような患者では、
よりその影響は大きいことが示唆されています。

従って、
現時点での判断としては、
心機能が低下していたり、
そのリスクが高いような患者さんでは、
DPP-4阻害剤の使用は、
より慎重に考えた方が良いのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

ピオグリタゾンによる脳卒中再発予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診療になります。

では今日の話題です。

今日はこちら。
ピオグリタゾンと脳卒中予防.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
ピオグリタゾン(アクトス)という、
インスリン抵抗性改善剤の、
脳梗塞の再発や心筋梗塞の予防効果を検証した論文です。

その原因はどうあれ、
脳梗塞や一過性脳虚血発作を起こした後では、
脳梗塞の再発は勿論のこと、
心筋梗塞などの他の心血管疾患の発症率も、
増加することが知られています。

当然その予防のために、
スタチンというコレステロール降下剤や、
アスピリンのような抗血小板剤が使用され、
一定の予防効果はあるのですが、
それでも再発率は高く、
予防として充分とは言えません。

脳梗塞を起こすような患者さんでは、
糖尿病はなくても、
インスリンの効きが悪いインスリン抵抗性があることが多い、
という指摘があり、
それが心血管疾患のリスクを上げる、
1つの要因になっていると考えられます。

そうであれば、
通常の予防的な投薬に加えて、
インスリン抵抗性を改善する薬を使用することで、
脳卒中後の患者さんの、
心血管疾患のリスクは低下するのではないでしょうか?

その推測を検証する目的で、
今回の研究では、
脳梗塞や一過性脳虚血発作を起こした患者さんに対して、
ピオグリタゾン(商品名アクトスなど)という、
インスリン抵抗性改善剤を使用して、
その効果を検証しています。

ピオグリタゾンは、
日本で開発された薬ですが、
日本より海外で評価が高いという、
ちょっと不思議な薬です。

インスリン抵抗性改善剤として、
その評価は確立していますが、
体液貯留を来すので、
浮腫みや体重増加が有害事象として認められ、
心不全の悪化などが報告されたこともあります。
また、膀胱癌のリスクを増加させる、
という指摘もあります。
こうした有害事象のイメージから、
日本では欧米よりも、
この処方は控えられる傾向にあるようです。

今回の研究では、
アメリカを主体とした179の病院において、
登録前の半年間に、
脳梗塞もしくは一過性脳虚血発作を来した、
40歳以上の成人で、
糖尿病はないけれども、
検査値よりインスリン抵抗性が確認されている
(HOMA-IRという数値が3.0以上)、
トータル3876名の患者さんを、
本人にも主治医にも分からないように2つのグループに分け、
一方はピオグリタゾンを1日15ミリグラムより開始し、
継続可能であれば1日45ミリグラムまで増量します。
もう一方はそっくりの偽薬を代わりに使用して、
平均で4.8年の経過観察を行ないます。
抗血小板剤やスタチンなどは、
多くの患者さんで両群共に使用されています。

その結果…

観察期間中に、主要な観察目標である、
致死性を含む脳卒中と心筋梗塞の発症は、
偽薬群で11.8%に当たる228例であったのに対して、
ピオグリタゾン群では、
9.0%に当たる175例で、
ピオグリタゾンの使用により、
脳卒中の再発や心筋梗塞は、
38%有意に抑制されていました。
(95%CI;0.62から0.93)

また、観察期間中に糖尿病を発症した割合は、
偽薬群で7.7%であったのに対して
ピオグリタゾン群では3.8%と、
こちらも有意に52%抑制されていました。

両群の死亡リスクには差は認められませんでした。

有害事象については、
4.5キロを超える体重増加が、
ピオグリタゾン群では52.2%に対して、
偽薬では33.7%と、
明らかにピオグリタゾン群で多く、
浮腫や骨折のリスクも増加していました。

このように、
高度のインスリン抵抗性が認められる、
糖尿病のない患者さんにおいては、
脳梗塞後にピオグリタゾンを使用することにより、
4割程度その後の脳卒中や心筋梗塞が予防されます。
糖尿病への移行も5割は抑えられます。
ただし、体重増加や浮腫は明らかに多いので、
体重管理には厳重な配慮が必要ですし、
有害事象が発症しないかについては、
慎重に経過をみつつ処方を継続する必要があります。

以前に糖尿病で施行された同様の臨床試験では、
心血管疾患の予防効果は、
傾向は認められたものの、
今回ほど明確な差は付いておらず、
おそらく糖尿病を発症したような状態では、
その効果は限定的なようです。

脳卒中の再発は予後の悪いことが多いので、
上記のような条件に当て嵌まる事例であれば、
試みる値打ちはある治療ではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

TRASHMASTERS「「猥リ現(みだりうつつ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

色々とやることが溜まっているので、
少しでも今日進めたいと思います。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
TRASHMASTERS.jpg
社会派で骨太の芝居を上演し続けている、
TRASHMASTERSが、
新作公演を今赤坂のレッドシアターで上演しています。

前回の「そぞろの民」が、
大島渚映画のような力作だったので、
今回も楽しみにして出掛けたのですが、
2日目でまだ練れていない、
ということもあったと思うのですが、
いつもの知的好奇心をくすぐるようなところがなく、
後半のディスカッションも内容が空疎で、
ラストは何処かのデモの呼び掛けみたいになってしまうので、
その主張はともかくとして、
演劇としての完成度は、
あまり高いものではなかったことが残念でした。

ただ、今までになくコミカルなパートがあり、
優柔不断な大学教授であるとか、
振られて逆ギレする塾講師のようなキャラが、
なかなか面白く描かれていて、
普通に笑いが客席から、
自然に発生していたのが新鮮でした。
大学教授はその存在にひとひねりがあるので、
人格は分裂してしまうのが、
劇作としては少し残念ですが、
塾講師に関しては、
意識の流れが巧みに持続して、
ある種の人間的成長が、
舞台上で自然に描かれていることに、
作者の筆の成長を感じる思いがしました。

今回のお芝居は、
むしろコメディにしてしまった方が、
より面白く完成度の高い作品になったように、
個人的には思いました。
勿論ラストの緊迫や不気味な感じに、
衝撃を覚える観客もいると思いますし、
ラストのアジテーションに、
共感する観客もいると思うのですが、
本当に普通に生きている人達が、
ちょっとした事件をきっかけに考えを深め、
議論を深めた上で、
ある決断をする、というような、
それだけの芝居にした方が、
作品の核にあるものは、
より輝きを放ったのではないでしょうか?

勿論今でなければ成立しない演劇というものはあり、
前作の「そぞろの民」はまさにそうした作品であったと思うのですが、
今回の作品の、
少なくとも前半で描かれている世界は、
普遍的で重要なものだと思うので、
それが今のみのアジテーションのようなもので、
ラストには単色に染められてしまうのが残念に思うのです。

端的に言えば、
主役として描かれている弁護士の川崎初夏さんのキャラが、
常に正論を主張し、常に正義である、
という感じに観ている方が引いてしまうのです。
これまでの中津留さんの劇作は、
そうではなかったと思うのですが、
今回については、
彼女が常に正義であり、
その主張も人格も全く揺るがないので、
劇中で戦わされる多くの議論が、
全て空疎で不毛なものに感じられてしまうのです。

矢張り主人公によりゆらぎがあり、
悩みや苦しみや考えの変化がないと、
演劇としてはまずいのではないでしょうか?

役者は、
久しぶりに龍坐さんが登場したのが嬉しく、
その得体の知れない大学教授は、
彼の面目躍如の芝居だったと思います。
ただ、前述のように、
ラストには別人のようになるのが少し残念です。
高橋洋介さんの毎回異なる丹念な役作りも、
いつもながら惚れ惚れしますし、
倉貫さんの直情な気合は、
最近のTRASHMASTERSに、
なくてはならないものになった、
という気がします。
塾講師の長谷川景さんも素敵でした。

すいません。
今回はちょっと僕には乗れませんでした。

でも、これからも頑張って下さい。
陰ながら期待しています。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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