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高血圧の治療目標と心血管疾患の予後(2015年の新知見) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
SPRIT試験.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
厳密な血圧の降下療法が、
心血管疾患の予後を改善したという、
SPRINT試験という臨床試験の結果をまとめた論文です。

この領域でおそらく今世界的に一番のトピックと言って、
過言ではありません。

高血圧が心筋梗塞や脳卒中などの、
動脈硬化性疾患の大きなリスクになる、
ということは、
複数の大規模な疫学データによって、
厳密に立証された事実です。

つまり、高血圧は身体に悪いのです。

大規模な疫学データにおいては、
収縮期血圧が115mmHgを越えるレベルから、
心筋梗塞などの発症リスクは増加するとされています。
これまでの多くのデータをまとめて解析した文献でも、
同様の結果が得られています。

それでは、血圧の目標値も収縮期血圧が120未満くらいに、
するのが望ましいのでは、と考えられますが、
一方でACCORDと呼ばれる、
糖尿病の患者さんを対象とした大規模臨床試験の結果では、
上の血圧を140未満を目標とするコントロールと、
120未満を目標とするコントロールとの間で、
心筋梗塞などの発症リスクについて、
明確な違いは認められませんでした。

この結果は多くの研究者に失望を与えましたが、
自然の血圧が低めであるということと、
高血圧の患者さんの血圧を、
薬で強制的に下げることとは、
全く異なる事項ですから、
臨床の世界ではこうしたことは往々にして起こることなのです。

このように、大規模で精度の高い臨床試験においては、
収縮期血圧を140より下げることによる、
明確な生命予後の改善や、
心血管疾患のリスクの低下は、
確認されてはいないのです。

そのため、
一時期は120から130代が目指された血圧の治療目標値は、
現行のJNC-8と呼ばれるアメリカのガイドラインにおいては、
糖尿病などの病気の有無に関わらず140とされ、
60歳以上の年齢では150に引き上げられました。

そんな中で前述のACCORD試験と、
血圧コントロールと予後に関しては、
ほぼ同じようなプロトコールで行われたのが、
今回のSPRINT試験です。

アメリカの102の専門施設において、
収縮期血圧が130mmHg以上で、
年齢は50歳以上。
慢性腎障害や心血管疾患の既往、
年齢が75歳以上など、
今後の心血管疾患のリスクが高いと想定される、
トータル9361名の患者さんを登録し、
くじ引きで2群に分けると、
一方は収縮期血圧を140未満にすることを目標とし、
もう一方は120未満にすることを目標として、
数年間の経過観察を行ない、
その間の心筋梗塞などの急性冠症候群、
脳卒中、心不全、心血管疾患のよる死亡のリスクを、
両群で比較します。
平均観察期間は5年間とされていました。
年齢的には75歳以上の患者さんも、
両群とも1300名以上登録されています。

血圧コントロールのやり方は、
ACCORD試験と同じ方法で、
数種類の降圧剤を、
血圧値を測定しながら組み合わせて行きます。

ACCORD試験との最も大きな違いは、
ACCORDが糖尿病の患者さんのみを対象としているのに対して、
SPRINT試験は糖尿病の患者さんを除外していることです。
また効果判定の指標としている病変で、
ACCORD試験では心不全が含まれておらず、
また死亡リスクに関しては、
SPRINNT試験より幅の広く、
心血管疾患の可能性が否定出来ない死亡事例が、
含まれているという違いがあります。
更には脳卒中の既往のある方も除外されています。

この試験は本来はまだ観察期間中である筈でした。
しかし、平均観察期間3.26年の時点で終了となりました。
これは開始後1年の時点で、
既に統計的に明確な差が現れ、
かつ血圧を強く低下させることにより、
腎機能の低下にも明確な差が現れたことで、
それ以上の継続の意義がない、
と考えられたからです。

その結果は当初の予想を上回るものでした。

収縮期血圧120未満を目標とした、
強化コントロール群は、
140未満を目標とする通常コントロール群と比較して、
トータルな心血管疾患とそれによる死亡のリスクが、
25%有意に低下していました。
(Hazard Ratio 0.75 : 95%CI 0.64-0.89)

この内訳をみると、
心筋梗塞の発症には有意差はなく、
心不全及び心血管疾患による死亡リスクの低下が、
より明瞭に認められています。
総死亡リスクについても、
強化コントロール群で27%有意に低下していました。
(Hazard Ratio 0.73 : 95%CI 0.60-0.90)

こうした強化血圧コントロールによる予後の改善効果は、
試験開始後1年で明確化し、
年数が増す毎にその差は開いていることが確認されます。
従って、実際には中途で終了されましたが、
より長期間の観察により、
更にその効果が大きくなったことはほぼ確実です。
しかもこの影響は75歳以上の高齢者で、
より強く認められています。

その一方で、
強化コントロールを行なうことによる問題点も浮上しています。

低血圧やそれに伴う失神などのリスクは、
強化コントロール群でより多く認められています。
低ナトリウム血症や高カリウム血症などの電解質異常も、
強化コントロール群でより多く認められています。
一番の問題は急性の腎障害や腎不全が、
強化コントロール群で多く発症していることで、
元々腎障害のない患者さんで、
eGFRという腎機能の指標が、
降圧により30%以上低下して、
慢性腎臓病の基準に達するリスクは、
強化コントロール群で通常コントロール群の3.49倍(2.44から5.10)
有意に増加していました。

この腎機能に対する有害事象は、
降圧剤として利尿剤や、
レニン・アンジオテンシン系に作用する、
ACE阻害剤やARBと呼ばれる降圧剤が、
多く使用されていることによると想定されます。
電解質の異常もその影響です。

ただ、上記文献の記載によれば、
その影響は降圧に伴う一時的なもので、
降圧剤の中止や減量により、
回復が可能なものだと記載されています。

今回のデータのポイントは、
基本的な理解として、
収縮期血圧値は120未満くらいが、
最も心血管疾患の発症リスクが低いことは間違いがなく、
有害事象なく降圧が可能であるとすれば、
治療の目標としても、
年齢には関わりなく、
それを目指すことが望ましいということです。

ただ、実際には強力に降圧を行なえば、
有害事象も増えるのは利の当然で、
問題はどのような条件の患者さんが、
そうした降圧のメリットが大きく、
どのような患者さんはそれほどではないのか、
その辺りのこれまでより詳細な線引きにあるのではないかと思います。

この研究は、
ACCORD試験と一体で考えるべき性質のものです。
ACCORD試験のデータも、
サブ解析などをよくよく見ると、
傾向としては強力な降圧により、
心血管疾患のリスクが低下する傾向を示していることには、
違いはなく、
一番の問題は糖尿病の患者さんを対象とした時には、
糖尿病自体が心血管疾患の強力なリスクになり、
血圧降下の影響が、
トータルな予後に与える重みが、
糖尿病のない患者さんより少ない、
という点にあるように思います。

現状僕の考えとしては、
降圧治療の目標を140より低く設定する場合には、
腎機能および電解質の、
定期的なチェックが必須で、
腎機能が明瞭に低下した時には、
速やかに降圧目標を変更することが肝要だ、
ということです。

このデータが発表されて以降、
主に批判的な様々な反応が、
メディアなどをにぎわせています。

最後にその中から、
週刊文春の11月19日号に掲載された、
「血圧は120以下に」は本当か?
の内容をちょっとご紹介します。

まずサブタイトルに、
「この基準では日本人男性の8割、女性の7割が高血圧になってしまう」
と書かれています。

ここまで読まれた方にはお分かりと思うのですが、
こうした表現は意図的に不正確な煽りの典型です。

収縮期血圧が120を超えると高血圧、
ということを単純に当て嵌めれば、
確かにその通りと言えなくはありません。

ただ、上記文献の内容は心血管疾患のリスクの高い人に限定し、
脳卒中の既往のある方や糖尿病の方も外しています。
目標が120未満なのであって、
対象は130以上の方です。
ですから、試験の基準を当て嵌めても、
そうした比率にはならないのです。

心血管疾患のリスクが、
今後の10年で15%以上と想定されるような場合に、
通常の降圧剤による治療を強化することで、
それを4分の1程度低下させるオプションとして、
こうした方法もありますよ、
というくらいの意味合いなのです。

それから次のような記載もありました。
「この研究にはおかしな点がある」と語るのは○○大学名誉教授の××氏だ。「統計的に効果が認められたのは血圧132以下の人たちを120未満に下げた場合だけでした。降圧剤を必要とする血圧132以上の人には効果が認められなかったのです」

皆さんはこの記載を読まれてどう思われるでしょうか?

高血圧でもない人を下げた時だけ効果がある、
というのはインチキだな、
と鵜呑みにされた方もいらっしゃるかも知れません。

こちらをご覧ください。
SPRINTのサブ解析.jpg
上記の発言の元になった論文中のデータがこれです。

サブ解析として、
登録時の血圧毎に3つのグループに分けて、
その効果を検討しています。

確かにグループとして解析すると、
132を超えるグループでは単独での有意差は付いていません。
しかし、全てのグループでリスクが低下している傾向はあり、
トータルには有意差が付いているのですから、
このデータのみから、
「132以上の人には効果が認められない」
という言い方はミスリードであるように思います。
この試験自体が途中で終了した、
という事実も敢えて無視しています。
血圧が高めのグループでは効果によりばらつきがある、
というくらいが妥当な表現だと思います。

トータルな結果ではなく、
グループ解析の結果や有害事象の数値だけを抽出して、
さもおかしなデータであるように言い募るのは、
こうした発言をされる方の得意技ですが、
どうか皆さんには惑わされないようにお願いします。

個人的には安定した降圧が可能である、
という点が重要なのではないかと思います。

臨床医の多くは、
血圧が不安定で乱高下を繰り返すような患者さんと、
降圧剤への反応が良く、
血圧は110から120くらいで低めではあるけれど、
特にめまいなどの副作用もなく、
そのまま使用を継続している、
という患者さんを、
同じくらい抱えていると思います。

将来の心血管疾患のリスクが高く、
安定した降圧が可能であれば、
少し低めにコントロールすることは一定の意義があり、
今後は日本においても、
どのような条件の患者さんが、
最も降圧治療のメリットが大きいのか、
そうした面での検討が、
行なわれるべきではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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