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癌検診と早期発見のジレンマ [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

朝から処方などバタバタで書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
転移癌と早期発見のジレンマ.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌の、
巻頭に掲載された解説記事ですが、
癌検診と患者さんの予後との乖離についての、
興味深い論考です。

癌検診は何のためにするのでしょうか?

勿論、癌を早期に発見するためです。

それでは、何故癌を早期に発見することが、
意味のあることなのでしょうか?

早期に発見すればするほど、
その治療は容易になり、
生命予後を含めた患者さんの予後は改善する、
ということが想定されているからです。

臨床医の端くれとして患者さんの診察をしていて、
たとえばスキルスを除く胃の腺癌に関しては、
ほぼその通りのことが成立するのを、
実感として感じることが出来ます。

毎年胃カメラによる胃癌の検診をしていて、
早期の限局した段階で胃癌が発見されると、
その悪性度によって治療法は異なりますが、
病変を切除することによって、
その後長期間(10年以上)、
再発などはなく患者さんがお元気である一方、
検診を全くされていない患者さんが、
胃もたれなどの症状で胃カメラをして、
もう進行して治癒切除は困難な胃癌が、
発見されることが何度もあるからです。

こうした早期発見のために癌検診を行なう、
という考え方は、
癌というものの性質を、
次のように仮定することによって成立しています。

癌細胞は最初は1個の細胞から始まり、
その場所である程度の大きさまで大きくなってから、
周辺の組織に浸潤し、
リンパや血液に乗って、
全身に運ばれて転移を形成する、
という考え方です。

この考えでいけば、
ある程度の大きさの段階で癌を発見して、
その部分を切除すれば、
癌は完全に治癒し、
再発も転移も起こらない、
という理屈になります。

しかし、その一方でこうした考え方が成立しない癌もあります。

肉眼では病変が見えないくらいの初期の段階から、
全身に転移をしていて、
早期であると考えて、
その時点では1つしか見付からない病巣を切除しても、
それは治癒には繋がらない、
というような性質の悪い癌です。

こうした癌を相手にしている場合には、
局所のしこりを見付けるようなタイプの癌検診は、
実際には意味がない、
ということになってしまいます。

問題なのは、
それがどちらのタイプの癌であるのかを、
完全に見極めるような方法が、
現時点では存在していない、
という点にあります。

そこから導かれた極論が、
「全ての癌検診は無駄だ」
というものです。

ただ、こうした極論は、
医学の進歩や科学的な知見の積み重ねを、
無視している側面のあることも否定は出来ません。

歩みは遅くても、
こうした分野における科学の進歩が、
日々あることは事実で、
癌の性質に関しての研究も、
確実に進みつつはあるからです。

しかし、
現状の癌検診というものに、
問題の多いこともまた事実です。

こちらをご覧下さい。
癌検診と転移の発見率の図.jpg
上記解説記事に付せられた図です。

赤い線は乳癌を、
青い線は前立腺癌を示しています。
縦軸は癌が最初に転移した状態で、
発見される頻度を示しています。
アメリカの統計です。

前立腺癌は、
1980年代後半までは、
転移した状態で発見される頻度が高い癌であったのですが、
1980年代後半にPSAという、
血液のマーカーによる癌検診が大規模に開始されると、
その後数年で、
進行して発見される頻度が、
急激に低下していることが分かります。
データは示されていませんが、
1988年以前にも、
別個の統計により、
その頻度はほぼ一定であったことが分かっています。

これは癌検診により、
それまでは診断されなかった早期の段階で、
多くの前立腺癌が発見されるようになったことを示しています。

早期発見が癌検診の目的であるとすれば、
その目的は充分に達成されている、
ということが分かります。

その一方で対象的なのは乳癌です。

乳癌の早期発見の目的で、
1980年代にはマンモグラフィーによる癌検診が、
これも大規模に導入されました。
しかし、それにも関わらず、
転移して発見される進行癌の数は、
全く減ってはいないことが分かります。

乳癌が最初に発見される年齢も、
過去37年間平均で63.7歳と、
殆ど変化してはいません。

つまり、
マンモグラフィーによる検診を行なっても、
それまで転移して見付かる乳癌を、
転移する前に発見する役には、
あまり立っていないのです。

何故こうしたことが起こるのでしょうか?

前立腺癌の多くは、
最初に仮定したように、
その場所で徐々に大きくなり、
それから転移するような性質の癌なのです。
従って、PSAによる検診を行なうと、
より早期の段階で無症状のうちに診断され、
治療されるので、
より早期の癌が見付かり、
進行した癌は減ります。

その一方で乳癌の多くは、
小さなうちから既に転移していることが多く、
逆に言えば局所に留まるような乳癌は、
時間が経っても転移はしないことが多いので、
小さなしこりをマンモグラフィーで発見し、
治療を行なっても、
それであまり転移する癌が減る結果には結び付かないのです。

もう1つの説明は、
癌検診の手法にある、
という可能性です。

PSAはある程度前立腺癌の病勢を示す血液のマーカーなので、
転移があればより高い数値となります。
癌検診の結果と癌の進行度とは、
ある程度一致している訳です。

しかし、乳癌のマンモグラフィーのような、
その場所のしこりを検出するような方法は、
早期から転移する可能性の高い癌と、
そうでない癌とを区別することは出来ないので、
こうした結果になるとも考えられるのです。

それでは癌検診として、
前立腺癌検診の方が、
乳癌検診より優れているのかと言うと、
決してそうは言えないところが、
この問題の難しさです。

前立腺癌検診により、
確かにダイナミックに、
転移して見付かる癌は減っています。
しかし、それが患者さんの生命予後を、
劇的に改善はしていません。
前立腺癌自体はトータルには予後の良い癌なので、
生命予後にはそれほどの差が付かないのです。

その一方で、
診断されなくても生命予後には関係しない多くの癌を、
診断して治療するという問題が多く生じるのです。
過剰診断と過剰治療の問題です。

乳癌の場合には、
現行の検診は必ずしも早期発見には結び付いていません。
しかし、集学的な治療を行なうことにより、
予後の改善には一定の効果が確認されているのです。
現行想定されているマンモグラフィー以外の癌検診は、
超音波検査やMRIですから、
これは結局局所のしこりを診断するための方法で、
抜本的なこの問題の解決には、
結び付かないような気がします。

問題は全ての癌を同列に考え、
検診をすれば早期に癌を発見出来、
そうすれば予後の改善に結び付くと短絡的に考える、
単純な発想と思考にこそあるように思います。

実際には個々の癌の性質によっても、
検診の意義は異なり、
同じ部位の癌であっても、
早期から転移する性質のものもあり、
そうでないものもあるので、
今後はそうした癌の性質を、
鑑別する方法を確立した上で、
それぞれに対して適した方法の検診を、
検証する必要があるように思います。

皆さんも個々の癌検診の効果とその限界を、
よく確認した上で、
癌検診を受けるようにして下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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