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喘息様気管支炎を繰り返すお子さんへの早期抗生物質治療の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
下気道感染へのアジスロマイシンの効果.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
風邪をこじらせて一時的な喘息発作を起こし易いお子さんに、
症状が悪化しない前に抗生物質を使用した場合の、
その効果と安全性についての論文です。

お子さんが風邪をこじらせて、
咳込みとゼーゼーがなかなかおさまらない、
という状態は、
多くのお母さんお父さんが経験する、
一般的な症状です。

こうした症状は、
海外の統計では生まれてから6歳までに、
お子さんの14から26%に発症しているそうです。

お子さんの呼吸状態が悪く、
咳込みが続いてゼコゼコも続いている、
ということは、
下気道感染症が起こっている、ということになります。

咽喉の声帯や喉頭と呼ばれる部分より上の炎症を、
上気道炎と呼び、
それより下の炎症を下気道炎と呼びます。
そして、更に炎症が奥に入って、
肺の実質が炎症を起こした状態が肺炎です。

通常の風邪というのは、
ウイルスが原因による上気道炎がその主体ですが、
前述のように下気道炎に移行し易いお子さんもいます。
所謂「風邪をこじらせた」という状態ですが、
多くの風邪が上気道炎のみで回復するのに、
何故一部の風邪が下気道炎になり、
しかも繰り返しやすいお子さんがいるのか、
という点については、
必ずしも明確なことが分かっていません。

下気道炎の炎症部位からは、
風邪にウイルスや細菌などが多く検出されます。
喘息のお子さんの急性増悪というのは、
これに非常に似た病態ですが、
この時にも肺炎球菌のような細菌や、
ライノウイルスのようなウイルスの感染が、
引き金としての役割を持っていると言われています。
また、RSウイルスのように、
下気道炎や肺炎を急性に起こし易い病原体、
というものも存在しています。

テリスロマイシンという抗生物質を、
急性の喘息発作の発症24時間以内に使用すると、
気道から検出された細菌の種別には関わらず、
発作の予後が改善したという報告が、
2006年のNew England…誌に掲載されています。
この薬剤はマクロライド系と呼ばれる抗生物質に近い性質を持ち、
広くマクロライド系の抗生物質には、
ある種の免疫や炎症の調整作用があって、
下気道感染症の増悪を予防する効果があるのでは、
ということを示唆するデータが他にも複数存在しています。

通常「風邪症状に抗生物質を使うのは悪い治療で、
そんな処方をするのはヤブ医者だ」
とテレビや本などでは言われています。

勿論ウイルス感染による上気道炎には、
抗生物質は無効で、
耐性菌を誘導するような悪影響もあるので、
その意見は誤りではありません。

その理屈で、
喘息様気管支炎を繰り返しているようなお子さんを診ると、
悪化する前にはただの風邪症状ですから、
抗生物質は使用しない、ということになり、
悪化して悪い状態になってから、
培養などの検査を行なって、
初めて抗生物質を使用する、
という段取りになります。

しかし、
前述のように下気道感染への移行や悪化を、
早期にマクロライド系の抗生物質を使用することにより、
予防することが可能であるとしたら、
こうした診療では、
抗生物質を使用するタイミングが、
結果として遅すぎる、ということになってしまいます。

それでは、
これまでに下気道炎を繰り返しているようなお子さんに限り、
まだ下気道感染には移行していない早期の段階で、
マクロライド系の抗生物質を使用することで、
その後の増悪を防ぐことが可能となるのではないでしょうか?

今回の研究はその仮説の元に、
アメリカの9箇所の専門施設において、
年齢が生後12ヶ月から71ヶ月までの、
それまでに下気道感染を繰り返しているお子さん、
トータル607名を、
家族や主治医にも分からないようにくじ引きで2つの群に分け、
一方はアジスロマイシン(商品名ジスロマック)を、
家族がこれまでの増悪時の初期を思わせる症状が出現した時点で、
一定期間使用し、
もう一方は同じ家族の判断で、
偽薬を使用して、
12から18ヶ月間の経過観察を行なっています。

これは予め薬を家族に渡しておいて、
どのような症状が出た時点で使用するかを、
個々に主治医と決めておき、
その時点で家族の判断で使用する、
という手法で行われます。
「いつもこじらせる前には夜中の咳が出る」
ということであれば、
夜中の咳の時点で薬を使うのです。

アジスロマイシンは1キロ当たり12ミリグラムを、
上限は500ミリグラムとして、
5日間使用します。
この量は1日量は日本とほぼ同じですが、
日本では3日間しか使用が認められていません。

その結果…

トータル607名中、
アジスロマイシン群は307名で偽薬群は300名です。
全体で処方が行われたのは937件で、
アジスロマイシン群が473件、偽薬群が464件でした。
このうち重篤な下気道炎に移行したのは、
アジスロマイシン群の35件と、偽薬群の57件で、
アジスロマイシンの使用により、
重篤な下気道感染は36%有意に低下した、
という結果になっています。
(hazard ratio:0.64 95%CI :0.41から0.98)
有害事象や耐性誘導については、
明確な差は認められていません。

ポイントとしては、中身の分析において、
特に下気道感染を繰り返しているお子さんほど、
その予防効果は高くなっていました。
観察期間中に1回しかそうした増悪のないお子さんでは、
それほどの差は付いていないので、
トータルには95%CIはかなり幅広い結果となっているのです。
従って、調査方法も厳密ですし、
こうした治療に増悪予防効果のあること自体は、
かなりクリアに証明されていると思います。

つまり、
風邪をこじらせてゼコゼコを繰り返しているような、
小学校入学前くらいのお子さんでは、
まだ悪くなる前の風邪症状の段階で、
アジスロマイシンを使用することは、
その後の増悪を予防する意味で、
一定の効果が期待出来るという結果です。

よく、
「悪くならないように早めに抗生物質を使いましょう」
というのは、
ヤブ医者の口癖であるかのように言われることがあるのですが、
こうしたやり方が経験的に行われて来たのは、
それが有効なケースが、
少なからずあるからで、
勿論抗生物質の濫用は慎むべきですが、
どのような場合に早期の抗生物質使用が、
風邪症状の場合に有効であるか、
という点については、
より科学的な検証が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

ブス会「お母さんが一緒」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
朝から呼び出しで出動が掛かり、
今戻って来たところです。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
お母さんが一緒.jpg
ペヤンヌマキさんの脚本・演出によるブス会の新作が、
今下北沢ザ・スズナリで上演中です。

ブス会はAV監督でもあるペヤンヌマキさんの企画公演で、
元々はポツドールの番外公演的に始まりました。
その最初の作品でもある「女のみち」の、
今年の2度目の再演は非常に素晴らしく、
AVの撮影現場を描いて、
唖然とするようなクライマックスに収斂する女だらけの舞台は、
如何にも小劇場らしい怪作でした。

それで今回の新作も期待したのですが、
もう中年の域に差し掛かった3人姉妹の心の葛藤を描く本作は、
正直僕の好みからは180度外れた舞台で、
面白いと思えるところが1つもなく、
難行苦行のような観劇となりました。

一番大事な部分や劇的な部分は敢えて描写しないという、
岩松了さんのような作劇なのですが、
岩松さんのように、
それが一種の芸になっていて、
何もない会話の連続なのに、
張り詰めた緊張感が感じられるようなところがなく、
3人姉妹の罵り合いが、
リフレインのように続くだけなので、
後半は本当に苦痛との戦いになりました。

その観客サービスのなさは徹底していて、
舞台は温泉宿の一室から動かず、
物語の主題となる「お母さん」は登場せず、
内田慈さんの抜群の美声も、
すぐに録音に切り替わって暗転してしまいます。

こうした中心不在型の芝居も、
勿論小劇場の定番の1つではあるのですが、
戯曲が練れていないので、
台詞がただの繰り返しの連続に終わっていて、
リズム感も収束感も皆無なので、
欲求不満が募るだけの結果に終わってしまいました。

3人姉妹を演じた役者さんは、
それぞれ過去には幾多の怪演や快演のある手練の方なのですが、
今回はその魅力を、
殆ど感じることが出来ませんでした。

「女のみち」のようなものを期待した観客を、
裏切るという意図は分かるのですが、
何か私的な思い入れはあるにせよ、
個人的には辛いだけの観劇でした。

とても残念ですが、
満足されたお客さんも勿論いらっしゃると思います。
演劇というのはつくづく難しいものだなと実感しました。

次の作品に期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

シベリア少女鉄道「Are you ready? Yes, I am.」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日なので、
午前中は石田医師が担当し、
午後は石原が診療を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
シベリア少女鉄道.jpg
演劇の枠には収まらない、
寺山修司に負けない前衛でありながら、
オタク趣味で間抜けなしょぼさを併せ持った、
愛すべき間抜けな前衛、シベリア少女鉄道の新作が、
今下北沢の駅前劇場で上演中です。

最近は年に2回ずつしっかりと公演してくれるので、
毎回非常に楽しみです。
ただ、今回はちょっと地味でしたし、
いつものパターンで、
意図したものとは言え、
まどろっこしい芝居の不自然さは、
シベリア少女鉄道の悪いところだと思います。

シベリア少女鉄道の良い時は、
カーテンコールのないことが、
当然であるように感じます。
ここまで徹底して世界の果てまで遊び尽くしたら、
カーテンコールは蛇足のように思えるからです。
かつての「永遠かも知れない」や「残酷な神が支配する」は、
間違いなくそうした世界でした。
また、世界が反転するようなネタが、
2回くらいあって、
その1つでは舞台機構も協力するのですが、
そうした面白みが今回は希薄で、
前半も少しある要素が、
後半に誇張され増強されるというだけで終わります。
これでカーテンコールがないのは、
何となく物足りないな、という気がします。
こうした時は失敗なのです。

チラシに「彼女がアップを始めたようです」
と書かれていて、
その部分にちょっとした趣向があるのですが、
それは小ネタというレベルで、
収まってしまっていました。

ただ、僕はどうしてもシベリア少女鉄道に、
アングラの前衛の匂いを感じてしまうので、
その方向性を期待してしまうのかも知れません。
要するにちょっと観方が不純なので、
皆さんはあまりお気にされないで下さい。

役者さんは川田智美さんと小関えりかさんの、
ヒロインツートップを含めて、
安定感のある布陣です。
浅見紘至さんと加藤雅人さんも鉄板です。
急遽代役の土屋さんが、
微笑ましいアクセントになっていました。
ただ、以前と比べると随分演技がまっとうになった反面、
「芝居」に作品が傾斜し過ぎているような気もします。

いずれにしても、
年に2回のお楽しみであることは間違いがなく、
これからもこのペースで続けて欲しいと思います。
それから、たまにかつてのような、
とんがった前衛を、
観せて欲しいと個人的には思っています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

ネット医学記事の「嘘」を考える [科学検証]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
昼には老人ホームの診療には出掛ける予定です。

それでは今日の話題です。

ネットには様々な医療情報が溢れています。
そのうちの何を信じて何を信じないかは、
非常に難しいところです。
僕もあまり他人のことは言えません。
僕なりの基準を持って、
正確な記事を心がけているつもりですが、
悪口を書かれることも一再ではありません。

ですから、
他の方の書かれたものの批判は、
極力しないようにしているのですが、
今回ネットであまりに酷い記載を見付けたので、
これだけは書かないといけないと思い、
禁を破ることにしました。

それが東洋経済オンラインに2015年11月26日付で書かれた、
次のような題名の記事です。
《サプリ過剰摂取は「死亡率」を引き上げていた》

某大学の名誉教授という肩書の方が、
書かれた記事なのですが、
内容は青魚の脂として有名な、
EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)で、
その過剰摂取により、
「死亡率」が引き上げられていた、
というビックリするような内容です。
その部分のみ引用します。

「外国の医学専門誌に発表された論文によると、EPAを医薬品として大量に摂取すると、死亡率が少し高くなることもわかりました(参考文献:Lancet2007;369:1090-98.)。その薬を服用した人たち(平均年齢61歳)を平均して4.6年間ほど追跡したところ、なんらかの原因で死亡した人の割合が3.1%でしたが、年齢、生活習慣、検査値などが同じで薬を飲まなかった人たちの死亡率2.8%に比べ、高い傾向が認められたのです。この論文の中では、死亡原因についての分析はなされていませんでしたが、脳出血などの副作用がわずかながら増えていたと報告されており、死亡率を高めた要因の1つだったと考えられるようです。」

これを読んで皆さんはどのように思われますか?

もっともらしい文章で書かれているので、
「そうか、EPAで死亡率が上昇した、という論文があるのだな」
と思われた方がいらっしゃるかも知れません。

しかし、実際にはそんな論文はありません。
この作者の脳内妄想中にしか存在していないのです。

こちらをご覧下さい。
JELIS.jpg
これが上記の引用の中にあるLancet誌の論文です。
僕も自分の本の中でご紹介した、
非常に有名な知見です。
日本で行われたJELIS研究と呼ばれるもので、
その根幹の部分は、
EPA(商品名エパデール1日1800ミリグラム)を、
高コレステロール血症の患者さんに、
スタチンに上乗せで使用したところ、
心血管疾患のリスクが19%有意に低下した、
というものです。
総死亡には差はついていません。
つまり、予防効果があったという結果です。

それがどうして「死亡率」の増加、
という記載になっているかと言うと、
総死亡がコントロール群では265名(2.8%)であったところ、
EPA使用群では286名(3.1%)になっていた、
ということから導いているのです。
ただ、これは統計的には全く差はなく、
Hazard ratioは1.09でp valueは0.333、
95%CIは0.92から1.28です。
これでもし記事にあるように、
「高い傾向が認められた」ということになれば、
両群で全く比率が同一でなければ、
常に「どちらかが高い傾向」と言えることになってしまいます。

専門家と称する方が、
論文を引用しながら、
こうした素人に誤った印象を持たせるような書き方をしては、
絶対にいけません。
しかも、個別の表現はそれほどの間違いはなく、
その結論と与える印象が誤っている、という点が、
「分かっていて敢えてやっている」
と想定されて、かなり悪質な感じがするのです。

有意差はないけれど、
少し高い傾向があった、
というようなことは論文の解説で書くことはあります。
ただ、その論文のメインの知見をまず説明し、
それに付け加えるような形で記載するべきだと思います。
上記の文献は誰がどう読んでも、
心血管疾患がEPAによって一定レベル予防された、
という知見がメインであるのですから、
少なくとも最初にそれを説明する必要があるのです。
それをしないで、
「ほら、大して意味はないけど、こっちが少し数字が大きいよ」
ということだけを説明する、
というのは、ミスリード以外の何物でもないのです。

そもそもこの試験は、
コレステロール値が一定レベル以上高い患者さんを対象としていて、
それほど死亡のリスクの高い方が対象ではなく、
スタチンに上乗せしての効果を見ているので、
それほどの差が付くことは、想定されていないのです。
それでも相対リスクで心血管疾患に2割の差が付いているのは、
かなり画期的なことで、
総死亡に両群で差のないのは、
ある意味当然の結果であると言って良いと思います。

これでエパデールは非常に注目されたのですが、
残念ながらその後この論文に匹敵するような、
EPAの心血管疾患予防効果を示すデータはなく、
その後のメタ解析やシステマティックレビュー的な文献の多くでは、
EPAのこうした作用には懐疑的な結論になっています。
エパデールを推奨される先生の見解では、
他の多くの同様の試験では、
サプリメントのEPAを使用していて、
純度の高い製剤を使用すれば、
また結果は変わる筈だ、
というようなことになるのですが、
実際にはその後そうした精度の高い、
エパデールに関するデータは、
存在していないと思います。

従って、
EPA製剤には心血管疾患の予防効果のある可能性があり、
スタチンが使用出来ないような患者さんにおいて、
その使用は一定の意義があるけれど、
その積極的な使用を行なうほどの、
データの蓄積には乏しい、
というくらいが、
現状のコンセンサスではないかと思います。

そして、僕の知る限り、
生命予後の悪化を含め、
明確な有害事象を示す、
精度の高いデータはないと思います。

いずれにしても、
色々な不正確でヘンテコな科学解析記事を読みましたが、
まともな論文を引用しておいて、
ここまで強引で出鱈目な解説に結び付けたものを、
読んだことは初めてです。
同じ著者が一般向けの本を出されているのですが、
怖ろしくて中身を読む気にはなれません。

どうか賢明な皆さんはこのような奇怪な情報に、
惑わされないようにして頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

前立腺癌検診の推奨中止とその影響について(2015年アメリカの知見) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともクリニックはいつも通りの診療になります。
朝から雨と風が激しく、
寒さも厳しくて、
昼には訪問診療もあるので、
ちょっと心配です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
前立腺がん検診中止の影響.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
アメリカにおける前立腺癌検診の、
推奨中止の影響についての論文です。

前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。

それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。

アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。

この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
癌検診と転移の発見率の図.jpg
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。

ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。

それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。

前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。

しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。

その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。

1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民健診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。

2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。

同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。

これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。

同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)

アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。

ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。

アメリカ予防医療専門委員会は、
この効果が小さいとみている訳です。

さて、今回の論文は、
2012年のPSA検診を推奨しないという発表以降、
PSA検診の数と前立腺癌の頻度が、
どのように推移したのかを検証しています。

2000年と2005年には50歳以上の男性の35%が受診していた、
PSA検診比率は、
2010年には36%で、
それが2013年には31%に低下しています。

その一方で前立腺癌の診断頻度は、
2008年には50歳以上の男性10万人当たり540.8件であったものが、
2012年には10万人当たり416.2件まで減少しています。

これをアメリカの人口で換算すると、
2011年に診断された前立腺癌患者は213562名で、
それが2012年には180043名に減少したことになります。
この1年に33519名減少したということになるのです。

この間に環境要因等が大きく変化したとは考えにくいので、
この患者数の減少は、
単純にPSA検診の受診者が減少したことを、
反映している可能性が高いと考えられます。
つまり、検査をしなかったから、
発見されなかっただけであって、
実際の病気の頻度自体は変わっていないのです。

ERSPCの最も長い13年間のフォローデータでは、
1人の前立腺癌の死亡を減らすために、
27名の患者が診断される必要がある、
という結果になっています。

これをそのまま適応すると、
前立腺癌のPSA検診の推奨を中止したために、
本来は診断される筈であった前立腺癌の患者が、
33519名見落とされ、
そのうちの27分の1に当たる1241名の死亡が、
検診が推奨されていれば救えた可能性のある命である、
ということになります。

これは敢くまで仮定に仮定を重ねた結論なので、
実際に見落とされた患者さんが、
今死亡している、ということではありません。

2012年にPSA検診が全面的に推奨されなくなったことにより、
PSA検診を受ける男性の数が減り、
そこで診断されなかった前立腺癌が、
そのくらいの影響を今後及ぼす可能性がある、
という試算に過ぎません。
実際にこうした超過死亡が生じるかどうかは、
2022年かそれ以降くらいにならないと分からないのです。

PSA検診の有効性から言って、
50歳以上の全ての男性にPSA検診を行なう、
という方針は誤りです。

このことはPSA検診に積極的な、
アメリカ泌尿器科学会も認めています。

受診者1000人に1人くらいで、
前立腺癌の診断数のうちの27分の1程度の、
死亡を減らすことと引き換えに、
膨大なコストと過剰診断と過剰治療の弊害が生じることは、
どう考えても割には合いません。

その一方で、
こうした癌の早期発見のための試みを、
完全に止めてしまえば、
救える命が救えない結果になる、
ということもまた事実です。

それではどうすれば良いのでしょうか?

ここはシンプルに、
より悪性度の高い癌のリスクを絞り込み、
そのリスクの高い集団に絞って、
検診を行なうしかないのです。
そして、診断後はその悪性度に合わせて、
すぐに治療を行なうのは、
病状の進行が認められる場合に限定し、
それ以外のケースは、
定期的な経過観察を基本とすることで、
過剰診断と過剰治療の弊害を、
最小限にとどめるような工夫を行なうのが最良なのです。

前立腺癌のPSA検診は、
世界規模の癌検診の「実験」でしたが、
多くの犠牲を払いながら、
将来のより良い癌検診に向けて、
着実な進歩は見えて来ているように思います。

最後に日本の対応ですが、
泌尿器科学会はPSA検診を推奨し、
厚労省は現時点で推奨していない点は、
アメリカと同じです。
悪性度の高い対象者の振り分けなどに関しては、
あまりしっかりとしたコンセンサスはないようです。
こうした問題については、
基本的に日本の行政も学会も、
アメリカなどの後追いを、
様子を見ながらしているだけなので、
「日本独自の検証」のようなことを、
言ってはいますが、
あまり実態はないように個人的には思います。
(失礼な発言をお許し下さい)

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

潜在性甲状腺機能低下症の認知症発症リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
潜在性甲状腺機能低下症と認知症.jpg
今年9月のJ Clin Endocrinol Metab.誌にウェブ掲載された、
潜在性甲状腺機能低下症と認知機能との関連についての論文です。

甲状腺機能低下症が認知機能に影響を与え、
高齢者の高度の甲状腺機能低下症が、
しばしば認知症と誤診されることは、
良く知られた事実です。

それでは、
甲状腺刺激ホルモンは少し上昇しているけれど、
まだ甲状腺ホルモンの数値自体は低下はしていない、
所謂潜在性甲状腺機能低下症でも、
認知機能に影響を与えるのでしょうか?

この問題については、
必ずしも明確な結論が得られていません。

潜在性甲状腺機能低下症が、
明確に将来の認知症のリスクになるのであれば、
特に他に症状はなく、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)の上昇は軽度であっても、
ホルモン剤の補充を行なった方が、
認知症の予防になるかも知れません。

しかし、その一方で、
高齢者における軽度のTSHの上昇は、
生命予後には良い影響があり、
むしろ低めであることが心血管疾患などのリスク増加に繋がる、
という複数の知見が存在しています。

このために、
高齢者のTSHの基準値は、
少し高く設定することが望ましいとされています。

ただ、こうしたデータは、
患者さんの生活の質にまで踏み込んだものではないので、
TSHの軽度の上昇が、
認知機能に悪影響を与える影響が、
全て否定はされているという訳ではないのです。

今回の研究では、
これまでの主だったこの分野の論文を、
まとめて解析する手法で、
潜在性甲状腺機能低下症と認知機能との関連性を検討しています。

13のこれまでの臨床試験のデータを、
まとめて解析した結果として、
75歳より若い年齢においては、
5から10程度の軽度のTSHの上昇が、
認知症の発症リスクを、
1.81倍(1.43から2.28)有意に増加させていました。
 
しかし、全年齢での解析では、
そうした傾向は有意には認められませんでした。

つまり、
75歳以前においては、
なるべくTSHは基準値範囲(概ね4以下くらい)であった方が、
その後の認知機能にも良い影響が期待出来る可能性がありますが、
75歳以降では、そうした傾向は消失していて、
この年齢層においては、
TSHは10を超えないレベルであれば、
特に認知症に影響しない、
と考えて大きな問題はなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

無症候性尿路感染症に抗生物質を使用してはいけない訳 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも、
いつも通りの診察になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
無症候性尿路感染症に対する抗生物質治療の有害性.jpg
今年のClinical Infectious Diseases誌に掲載された、
症状のない女性の尿路感染症を、
抗生物質で使用した場合の弊害についての論文です。

まあ、当たり前と言えば当たり前の内容なのですが、
臨床医の端くれとしては、
再度心に留めておきたいと思います。

特に発熱や頻尿、排尿痛や残尿感などの症状がなくても、
尿の検査を行なうと一定のレベル以上の、
細菌が検出されることがあります。

こうした症状のない尿路感染症を、
どのように考えるべきでしょうか?

症状がないものについては、
特に治療を行わない、というのが一般的な考えです。

ただ、例外は2つあって、
尿路系に関連する外科手術の前と、
妊娠中の場合です。

細菌性の尿路感染症は抗生物質が有効な病気の1つです。

排尿痛のような症状を伴う場合には、
抗生物質を原則短期間使用して、
除菌を図ることが一般的です。

しかし、特に閉経後の女性の場合には、
その再発は非常に多く、
治療に難渋することが稀ではありません。

症状のある尿路感染症を繰り返す人は、
当然無症候性尿路感染症も繰り返しています。

そうなると、
尿に細菌が出ているというだけで、
患者さんもまた症状が出るのではないかと気になりますし、
医者の方でも、
これをそのままにしておけば、
また症状が再発するのではないか、
と気になります。

そんな訳で、
症状がなくても、
おしっこに所見があれば、
抗生物質が使用されることが、
実際には多くなるのは、
ある意味自然なことのようにも思います。

しかし、治療のガイドラインにおいては、
こうした場合の抗生物質の使用は、
やってはいけないとされています。

それは何故で、
そうした処方をすることにより、
どの程度の弊害があるのでしょうか?

それを検証したのが上記の論文です。

今回ご紹介するデータは、
同じ医学誌に2012年に掲載された臨床試験の、
より長期の観察の結果を報告したものです。

最初の研究は、
673名の再発性尿路感染症の女性を対象としたもので、
くじ引きで2つのグループに分け、
一方は定期的に尿検査を行なって、
無症候性尿路感染症が診断されれば、
抗生物質による使用を行ない、
もう一方は診断されても治療は行いません。

それで1年間の経過観察を行なったところ、
症状のある尿路感染症の発症頻度は、
抗生物質を使用したグループの方がより多かった、
という結果になっていました。

今回のデータは、
登録された患者さんの経過を、
更に3年間延長して観察したものです。

ただ、この3年に関しては、
2つのグループとも、
症状のある尿路感染症が起こった時のみ、
抗生物質による治療を行なっています。

つまり、グループの差は延長期間については特にないのです。

ところが…

最初の1年に抗生物質治療をしなかったグループでは、
その後の3年間に症状のある尿路感染の再発は、
37.5%に認められたのに対して、
抗生物質を最初の1年間に使用したグループでは、
再発は69.6%という高率に認められました。

しかも、その原因菌は、
抗生物質未使用群と比較して、
耐性菌が有意に多いものになっていました。

要するに、
細菌が検出された、というだけで、
無症状の尿路感染に対して、
その都度抗生物質の使用を行なうと、
それは症状のある尿路感染症をむしろ増やす結果になるばかりか、
その悪影響は、
抗生物質のそうした使用を中止しても、
少なくとも3年間は持続する、
ということになります。

従って、
症状のない尿路感染症については、
妊娠中などの特別の状況を除いて、
抗生物質を使用しないことが、
何よりも重要なことになるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

若狭小浜妙楽寺「木造千手観音立像」 [仏像]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

昨日から1泊で福井に行きました。
福井在住の友達と会い、
小浜に仏像を拝観に行って、
それから越前海岸の民宿で蟹を食べました。
ほぼ数年前からいつものコースです。

昨年拝観出来なかった妙楽寺で、
ご本尊の千手観音を拝することが出来ました。

そのお姿がこちら。
妙楽寺千手観音.jpg
二十四面千手観音と言って、
形相の違う3面のお顔があって、
その上に小さなお顔が21面乗っています。
腕も小さなものを含めると、
きちんと千本揃っています。

奈良時代に完成された千手観音の造形は、
唐招提寺の仏様など、
十一面千手観音が通常で、
このように二十四面千手というのは極めて珍しい作例です。
インドの神様に近い雰囲気ですね。

桧の一木造りで、
このような複雑な造形を、
破綻なく端正にまとめた技巧が素晴らしく、
また正面のお顔の優しい美しさにも魅了されます。

平安時代の中期、
藤原初期くらいの造仏だと想定されています。

お寺の雰囲気はなかなか素晴らしく、
田園地帯の中にあり、
参道をゆるやかに山の方に上って行くと、
鎌倉時代の藁葺きの本堂が、
静かに参拝客を迎えてくれます。
紅葉も少しずつ始まっていました。

静かで邪魔されるものもなく、
お堂のライティングもきっちりされていますし、
間近でしっかりと拝観することが出来ます。
仏像好きにはほぼ理想的な環境で、
なかなかこうしたお寺は、
奈良・京都にも数少ないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

秋吉理香子「聖母」 [ミステリー]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
毎年一回の恒例で、
今日明日と福井に行きます。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
聖母.jpg
比較的新進のミステリー作家の、
秋吉理香子さんの新作です。

帯には「ラスト20ページ、世界は一変する。」
と叙述トリックとどんでん返しが大好きな僕には、
とても魅力的なコピーが踊っていて、
絶賛の声には「イニシエーション・ラブ」に並ぶ衝撃、
などと書かれているので、
どうせがっかりの尻すぼみなのではないかしら、
とは思ったものの、
騙されて読んでしまいました。

週刊ポスト誌に作者のインタビュー記事が載せられていて、
従来のミステリーのどんでん返しには不満があり、
あまりこれまでの作品を参考にはせずに、
独自のストーリーを目指した、
というような趣旨のことが書かれていたので、
より興味を持ったのです。

と言うのも、
叙述ミステリーというものにも、
幾つかのパターンがあって、
ほぼ全て書き尽くされている感があり、
これまでにない発想の叙述ミステリーというようなものには、
滅多に出くわすことはないからです。

叙述ミステリーというのは、
作品の記述そのものにトリックがあり、
読者の先入観を最後にひっくり返して、
予想外の世界に読者を誘うミステリーの1ジャンルで、
バシッと決まった時の破壊力と衝撃は抜群です。

ただ、そのパターンは大雑把に言えば、
人物をずらすか時間をずらすかのどちらかなので、
それが分かってしまうと、
なかなか新鮮な驚きには出会えなくなってしまうのです。

実際に読んでみると、
そう悪くはなかったのですが、
これまでにある2つのパターンを組み合わせた、
一種のバリエーションで、
あまり目新しい感じではなかったので、
少しガッカリしました。

特に小ネタの1つは、
あまりにありきたりなものなので、
これはやらない方が良かったのでは、
と思いました。

最後の大ネタがばれにくくなるように、
小ネタでカモフラージュしているのですが、
最初からその部分は見え見えなので、
どうも逆効果であったような気がします。

この作品はこの作者の長編3作目で、
これまでの2作品もどんでん返しのあるラストで仰天のミステリー、
ということだったので、
意外に前の作品の方が面白いのかも知れない、
と思って、そちらも読んでみました。

処女作は女子高の文芸サークルの闇鍋パーティで、
不在のヒロインについての短編小説を、
皆が披露してゆくうちに…
という話で、
アイリッシュの「晩餐後の物語」と、
バークリーの「毒入りチョコレート事件」をミックスしたような作品でした。
ラストもありきたりでビックリするようなものではなく、
展開もモタモタしていて退屈でした。
これはまずお薦め出来ません。

2作目は崖から落ちた高校生の、
魂が入れ替わって自分を突き落とした犯人探しをする、
というオヤオヤな感じの青春ミステリーで、
いずれも映画を元にしたと思しき、
2つのひねりがあって、
処女作よりは仕掛けは練れていました。
ただ、超自然現象を重ねるのは、
構成として如何なものかと思いましたし、
すぐに映画を連想してしまうので、
新味はありませんでした。

と言う訳で、
これまでの3作品の中では、
この「聖母」が一番のお薦めで、
帯の煽り文句は過大表現だと思いますが、
まずまず破綻なく書けていて、
一読の値打ちはあると思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

飴屋法水「ブルーシート」(2015年Festival // Tokyo上演版) [演劇]

こんにちは。

北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後は石原が外来を担当します。
本日午前10時からは健康教室を予定しています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ブルーシート.jpg
2013年にいわき総合高校の在学生が、
学校の授業の一環として上演。
たった2日の上演ながら大きな話題となり、
岸田戯曲賞の受賞作となった作品が、
2年後にほぼ同じキャストで、
初演と同じいわき総合高校のグラウンドと、
東京の廃校となった中学校のグラウンドで、
今回再演となりました。

その東京での公演に足を運びました。

後に書きますが、
チケット販売や当日の観客誘導のあり方、
作品の企画や演出のややあざとい部分など、
正直あまり共感出来ない部分もあるのですが、
トータルには感銘を受けましたし、
観て良かったと思いました。

12月に後2日間の上演が残っていますので、
ご興味のある方は是非。
控え目に言って、
今年観るべき舞台であることは間違いがありません。

以下ネタバレを含む感想です。

いわき総合高校は演劇の授業で有名な学校だそうで、
プロの演劇人が指導に訪れ、
学生と一緒に作品を作る授業が、
毎年行われているとのことです。

この作品もその一環として、
2013年に9人の在校生が出演して、
学校の校庭で2日間のみ上演されました。

観客は2日合わせて250名程度であったようですが、
上演直後から評価が高く、
2014年に岸田戯曲賞を受賞しました。

内容は実際に2011年の震災を福島で経験した高校生が、
皆自分自身を演じることで、
震災後の状況を再構成する、というものです。

最初は校庭に横一列に並んでの点呼から始まり、
キャストは9人ですが、
見えない10人目の生徒が並んでいることが示唆されます。
震災後の野原で、
人間以前の何か得体の知れない生き物と遭遇した、
という不思議な体験が語られ、
父親が東電に勤めている少女の話や、
親が除染の仕事をしている話、
初恋の思い出などがパーソナルに語られます。
ブルーシートが広げられて、
そこである一家の生活が表現され、
それがブルーシートごとクシャクシャに畳まれることで、
津波を間接的に表現するようなパートもあります。

それからいろいろな遊びを、
高校生たちはその場でするのですが、
ラストは椅子取りゲームとなり、
少しずつ人が減っていって、
2人になったところで唐突にゲームは終わり、
1人の男子高校生が、
黙々と震災を表現したヒップホップダンスを披露します。
その後もう一度点呼を取った全員は、
客席から遠く離れた校庭の向こう側に並び、
こちらに向かって声を掛けます。

今回の再演は、
基本的には初演と構成は同じなのですが、
2013年の高校生はもう卒業しているので、
卒業生として出演し、
1人の女性は妊娠中のため、
ビデオでのみ出演し、
代役は現在の在校生が演じています。

オープニングには初演時の、
校長先生の解説コメントが流れるのですが、
実は校長先生はその後癌で亡くなったことが、
劇中で語られます。

ノンフィクションとフィクションのすれすれを狙った、
非常に興味深い作劇です。

本人をそのまま役として演じる、
というような芝居は、
これまでにも沢山ありましたが、
今回は震災の体験を、
福島の地元の高校生が生の声で演じるのですから、
これまでの同様の試みとは凄みが違います。

福島でこそ意義のあった初演を、
どのようにして東京で再演するのか、
と思ったのですが、
初演のキャストの殆どが再結集し、
初演からの2年の時間を、
そのままに物語るという趣向が面白く、
重層的な時間が流れるという点で、
初演にはない面白さが付加されたように思います。

本職の役者でないキャストの演技は新鮮で、
廃校となった中学校の雰囲気も良く、
皆マイクを付けてPAを利用しているのですが、
かなり肉声に近い感じで上手く音響設計がされていて、
その辺りにも感心しました。

ここまでは良かったところです。

同時に不満もあります。

まず、公演の運営についてなのですが、
今回の公演は非常に早い時期に、
チケットは売り切れてしまいました。
椅子席と立見席があり、
後で立見席が再発売されたので、
これは立ち見しかないと思って、
立ち見を買われた方も多かったと思います。

それが実際に当日行ってみると、
椅子席が追加で当日券として沢山販売されています。

客席は3方向に数段階段状に設置されているのですが、
当初は正面のみであったらしく、
左右の客席には開演時にも余裕がありました。

立ち見席はその階段客席の後方にある段の上で立つので、
見難いですし、
かなりしんどい観劇体験となります。

番号順に整列しての入場となるのですが、
僕の番号は椅子席の当日で、
380番台だったところ、
並ぶ場所は200番くらいまでしかなく、
並ぼうと思っても何処に並んで良いのか分かりませんし、
スタッフもあまり誘導もしてくれません。
実際には220番まで呼んだところで、
「後は皆さんお入りください」
となってしまいました。
その時点で人数も20人くらいしかいませんでしたから、
どういう番号が振られていたのか、
極めて奇怪です。
お客さんも意地悪な人が多く、
チケットに書かれている番号を、
見せてくれないので、
並ぶことも出来ませんでした。

何より幾らでも椅子席は増やせる環境でしたし、
立ち見はかなり過酷であったので、
どうして立ち見をあれだけ沢山発券したのか、
運営側の判断を極めて疑問に思います。

確かにチケット代は違いますが、
椅子席を希望しながら、
チケットが売り切れとあきらめて、
立ち見の前売りを購入した観客も多かったと思うので、
それで沢山実際には椅子席が余っているという状況は、
何とかならなかったのかと思います。

おそらくは観客数の予測に、
問題があったのではないかと感じました。

それから、
作品の成り立ちに関することですが、
高校の先生がプロを招いて高校演劇の創作をする、
という試みに、
個人的にはあまり好感を持つことが出来ません。

演劇のプロにとって、
高校生の演技指導をして作品を作ることは、
新鮮で楽しいことは想像に難くありません。

しかし、
プロ野球選手がアマチュアの指導をしてはいけないのと同じで、
あまりあるべき姿ではないのではないでしょうか?
大人の押し付けになる可能性が高いと思いますし、
一部の高校生にのみそうした特権が生じることも、
不公平なことのように思うからです。

特に演劇というジャンルは、
どうしても作家や主催者が主張したいことを、
観客とキャストに押し付けるような部分があるので、
作品がニュートラルということはあり得ず、
その意味でこうした試みは、
教育には馴染まないように思います。

今回の作品は、
巧みに作者の主張を、見掛け上回避しつつ、
通底音としては忍ばせるという、
クレヴァーな手法を取っていますが、
それでも再演で付け加わった部分には、
「大人の押し付け」と感じるようなところが散見されました。
こういう嫌らしさが、
僕はあまり好きではありません。

この作品は戯曲が岸田戯曲賞を受賞しました。
この賞は上演された戯曲に与えられる賞なので、
選考委員の全てが、
実際に上演された舞台を観ている、
という訳ではありません。

選評を見ると野田秀樹さんが強く推していて、
岩松了さんと岡田利規さんは、
あまり推しているようには思えません。

推さなかった意見は予想通りで、
この作品が戯曲として独立したものとは、
考え難く、戯曲賞の受賞作としては馴染まない、
というものです。

妥当な意見だと思います。

その一方で野田さんは絶賛で、
そう思うとこの作品は、
野田さんの戯曲に、
非常に似通ったレトリックが多いことに気が付きます。

人間以前のような、
何だか分からないものに遭遇する、
という情景自体がそうですし、
同じ台詞や場面の繰り返しの仕方や、
ラストの寝そべった少女と、
空を飛ぶとんびが視線で繋がるという、
天空と地上を結ぶ豪快な構図など、
意識的なものなのかどうかは分かりませんが、
とても良く似ています。

どうやら、
野田さんは自分の戯曲が大好きで、
それに似た作品がとてもお好きなようです。

演出もかなり似通ったところがあって、
特にブルーシートを広げて家を表現し、
それをクシャクシャに丸めてしまうところなどは、
野田さんが紙や布の舞台装置を用いて、
繰り返しやっていることと同じ趣向です。

戯曲の物足りない点は、
重層的な盛り上がりに欠けていることです。

特に後半色々な遊びに高校生たちが興じる場面が、
ダブルミーニングのようなところがなく、
かなり平板で単調な上に長いのが、
今ひとつのように思うのです。
椅子取りゲームの後がソロダンスになりますが、
ダンスの得意な生徒であるとは言え、
男性キャスト1人で延々と踊り続けるというのも、
僕にはクライマックスとしては物足りない感じがしましたし、
それまでの集団創作という趣向が、
最後になってボケてしまったように思いました。

ただ、野田さんの作品であれば、
クライマックスはもっと執拗に、
強引な盛り上がりでテーマを押し付けるような感じになるので、
それをしなかった、というところが、
物足りない点である一方、
作品をよりニュートラルな、
キャスト目線のものにしている、
という言い方も出来るように思います。

総じて二度とまた実現することはないであろう、
極めて貴重な舞台であることは間違いがありません。
ただ、プロの舞台としては、
食い足りない感じはあり、
飴屋さんの言いたいことを、
遠回しにキャストに喋られせているような、
少し嫌らしい感じも、
ところどころにあります。
また、そのイメージと演出は、
やや野田さんの影響を受け過ぎているように思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
メッセージを送る