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トラネキサム酸の心臓手術時の使用効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
トラネキサム酸と痙攣.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌にウェブ掲載された、
トラネキサム酸の注射薬を心臓手術時に使用した、
臨床試験の結果を報告した論文です。

トラネキサム酸(tranexamic acid )は、
必須アミノ酸のリシンが、
生合成される時の誘導体を元に、
人工合成された化合物です。

1960年代に当時の第一製薬が開発販売し、
現在でも第一三共製薬が、
先発品として商品名「トランサミン」で販売。
先発品自体安価な薬ですが、
ご他聞に洩れず、
小判鮫商法のジェネリックが多く発売されています。

開発者は後に神戸大学の医学部長などを勤めた、
岡本先生で故人です。
主にこの業績により、
ノーベル賞の推薦を受けたこともあります。

さて、このトラネキサム酸は、
そもそも止血剤として開発されました。

この合成アミノ酸の一種は、
プラスミノーゲンという蛋白分解酵素にくっつき、
その作用を妨害します。
このプラスミノーゲンは、
線溶と言って、
一旦凝固した血液を、
溶かすメカニズムに大きな働きをしているので、
それが妨害されると、
一度出来た血栓が溶け難くなり、
それだけ止血がし易くなる仕組みです。

血管に傷が出来れば、
血が部分的に固まって、
血栓を作り、その傷を塞ぎます。
しかし、どんどん血が固まり続ければ、
血管は詰まってしまいますから、
凝固と共に、
その血栓を溶かすような働き、
すなわち線溶が、
同時に起こっているのです。

人間の身体はこのように、
常に相反する働きを同時に持っています。

ただ、身体が色々な要因で出血に傾くと、
一時的には凝固を強めて線溶を弱めた方が、
身体の回復には望ましい、という状況が生じます。

それは大怪我をした時や、
外科手術の時、また鼻血や生理の出血が、
止まり難い時などです。

こうした状況では、
一時的にプラスミノーゲンの働きを弱め、
線溶を抑える薬の有効性が高まります。

その時に効果のあるのが、
このトラネキサム酸です。

トラネキサム酸は安価で、
飲み薬でも注射薬としても使えます。
この使用のし易さと効果の高さが、
この薬が50年以上に渡り世界中で使用されている理由です。

この薬は日本においては、
その抗炎症作用を期待して口内炎や咽頭炎に処方されたり、
プラスミンの抑制が肝斑に効果があるとして、
OTCが薬局で販売されたりしています。

ただ、こうした主に内服薬の出血予防以外の使用は、
殆ど日本のみの処方で、
その根拠もほぼ国内のもの以外にはありません。

アメリカのFDAはトラネキサム酸を、
2009年に重い生理出血の治療薬として推奨しました。

2010年の英国の医学誌「Lancet」には、
外傷後で救急の患者さんに、
急性期にトラネキサム酸を使用すると、
死亡のリスクが有意に低下する、
という論文が掲載されました。
2万人以上をトラネキサム酸使用群と、
偽薬に割り付けた、
非常に大規模な研究です。
危惧された血栓症の増加は認められず、
安全性も確認された形です。

この研究の取りまとめに当たった英国人の医師は、
岡本先生の妻に報告に訪れたと、
神戸新聞には記事が載りました。

このようにトラネキサム酸の効果は、
世界的にも確認がされています。

ただ、その一方でトラネキサム酸を、
特に高用量で静脈内投与した場合に、
痙攣が誘発されるのではないか、
という報告が同じ2010年に論文化されています。

術後などの使用により、出血系の合併症は減少するのですが、
その一方で血栓症のリスクが増加して、
脳梗塞などから痙攣が生じているのではないか、
という推測もなされています。

今回の研究は心臓の手術に際して、
トラネキサム酸を使用した場合と使用しない場合の、
術後の予後の比較を行っています。

これは元々アスピリンとトラネキサム酸の両方の効果を検証したもので、
2-by-2という方法で4群による比較が行われていますが、
今回はトラネキサム酸の効果のみの解析結果が報告されています。
アスピリンの結果は一足先に同じNew England…の紙面で発表されていて、
ブログ記事でもご紹介していますが、
アスピリンの有効性は確認されなかった、
という結果になっていました。

世界7か国の31の専門施設において、
バイパス手術などの心臓外科手術を受ける予定の患者さん、
トータル4662名を登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は術前の麻酔の導入後30分以上経過した時点で、
トラネキサム酸の注射剤を使用し、
もう一方は効果のない偽の注射を使用して、
術後30日以内の予後を比較しています。

結果として手術が施行されたのはそのうちの4631例で、
トラネキサム酸群が2311例で、
偽注射群が2320例です。

トラネキサム酸の用量は、
当初は体重1キロ当たり100mgが使用されましたが、
その後の知見で、
有効血中濃度の維持にはもっと少量で充分であることと、
トラネキサム酸による痙攣の発症は、
用量が多いほど多いという知見が発表されたことより、
安全に配慮する見地から、
体重1キロ当たり50mgに減量されています。

この50mgという用量は、
日本でも使用が可能な範囲のものです。

その結果…

術後30日以内の死亡と心筋梗塞や脳卒中など血栓症の発症を併せた事例は、
トラネキサム酸群では全体の16.7%に当たる386例で認められたのに対して、
偽注射群では全体の18.1%に当たる420例で認められていて、
統計的にはトラネキサム酸は死亡や血栓症のリスクを、
増加させることはありませんでした。

ちなみに死亡をされたのは、
トラネキサム酸群の26例に対し、
偽注射群の33例でした。

その一方で入院中の血液製剤の使用総数(単位)は、
トラネキサム酸群で4331単位に対して、
偽注射群では7994単位で、
トラネキサム酸は血液製剤の使用量を有意に抑制しており、
重篤な出血系の合併症や再手術を要する心タンポナーデ(心膜腔への出血)は、
トラネキサム酸群で1.4%に発症していたのに対して、
偽注射群では2.8%に発症していて、
これもトラネキサム酸群で有意に抑制されていました。

つまり、トラネキサム酸は出血系の合併症を減らし、
生命予後にも良い影響を与える可能性があります。

問題となる痙攣は、
トラネキサム酸群では全体の0.7%に当たる15例で発症したのに対して、
偽注射群では全体の0.1%に当たる2例で発症していて、
トラネキサム酸の使用は、
痙攣のリスクを7.6倍(1.80から68.70)有意に増加させていました。
これは心臓手術をした患者さん177例に1例、
術後30日以内の痙攣が、
トラネキサム酸の使用により発生する可能性がある、
という試算になります。

術後に痙攣を起こした患者さんは起こさない患者さんと比較して、
脳卒中のリスクが21.88倍、死亡のリスクが9.52倍、
それぞれ有意に増加していました。

つまり、
出血の合併症に有効性のあるトラネキサム酸ですが、
通常の用量においても痙攣のリスクがあり、
痙攣を起こした患者さんは予後が悪く、
脳卒中の発症ともリンクしていることから見て、
何等かの脳内の血栓形成などのリスクが、
関連している可能性があります。

トラネキサム酸をどのような患者さんの術中に用いるのが適切かは、
まだ未知数の部分があり、
今後痙攣のメカニズムや脳梗塞との関連などの、
より詳細な分析が必要となるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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