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甲状腺機能低下症の治療を考える(2016年アメリカの総説より) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺機能低下症の治療の将来.jpg
今年のAnnals of Internal Medicine誌に掲載された、
甲状腺機能低下症の治療についての総説です。

甲状腺ホルモン製剤の使用について、
T3とT4との所謂「併用療法」の有用性についてもかなり踏み込んだ、
興味深い内容になっています。
ご興味のある方は、
是非ご一読頂きたいと思います。

甲状腺機能低下症(クレチン症)の症状については、
そうした病気のあること自体は、
19世紀の中頃には症例報告としての記載がされています。
しかし、その時点では原因は不明でした。
それが19世紀の後半になり、
甲状腺を別個の原因で手術により切除した患者に、
同様の症状が出現したことから、
甲状腺機能低下症の存在が、
確認されることになったのです。

1880年代には、
既に甲状腺を移植する試みが行われたり、
甲状腺を食べることにより、
症状が改善することが治療として行われるようになりました。

手術はともかく、
甲状腺を食べることにより、
甲状腺機能低下症の症状は、
短期間ですが劇的に改善しました。

しかし、その時点では、
その治療を評価するような検査や指標が存在していませんでした。

その後20世紀の初頭になって、
基礎代謝率の測定という方法が行われるようになりました。
甲状腺機能低下症では身体の代謝が低下していて、
それを測定することにより、
甲状腺機能が低下している可能性を推測し、
それが正常化することを目標にして、
甲状腺の食べる量を調節する、
という治療が可能となったのです。

その後、
蛋白結合ヨードの測定と言う方法が、
1940年代に開発され、
TSH(甲状腺刺激ホルモン)の測定が可能となる1971年まで、
基礎代謝率と蛋白結合ヨードという、
2つの指標のみが、
甲状腺の製剤による甲状腺機能低下症の、
治療の指標となったのです。

さて、初期の甲状腺機能低下症の治療には、
ウシやブタの甲状腺をすり潰した抽出物が使用されていました。
それが1926年に甲状腺ホルモンの1つであるT4の化学構造が同定されると、
1941年には合成されたT4が薬として使用されるようになります。
T3 の存在が発見されたのが1952年のことで、
その数年後には合成されたT3も同じように使用されることになります。

ここで1950年代には、
3種類の甲状腺ホルモン剤が、
実際に患者さんに使用されるようになりました。

動物の甲状腺の抽出物、
そして合成されたT4とT3です。
御存じのように甲状腺ホルモンにはT3とT4の2種類があり、
活性のあるのは主にT3ですが、
T4の方が安定していて、
身体の各組織で、
脱ヨード酵素の働きにより、
T4はT3に変換されます。
通常では甲状腺から分泌されるホルモンは、
8割がT4で2割がT3です。

初期の甲状腺機能低下症の治療は、
基礎代謝率や蛋白結合ヨードの濃度を、
正常にすることを目標として、
甲状腺ホルモン製剤の量を調節していました。

すると、
甲状腺抽出物で1日120から210ミリグラム
T4製剤で1日200から350マイクログラム、
T3製剤で1日100から175マイクログラム、
というくらいの量が必要となります。
 
しかし、この量で治療を行なうと、
髙い確率で狭心症などの心臓の症状が起こりました。

つまり、基礎代謝率などの指標をもとにして、
甲状腺機能の推定を行なうことには限界があったのです。

1971年に甲状腺診療の歴史において、
極めて画期的な進歩がありました。
それがTSH(甲状腺刺激ホルモン)の測定が可能となったことです。

甲状腺機能が正常であれば、
TSHも正常範囲に維持され、
甲状腺に原因のある甲状腺機能低下症では、
TSHの数値は上昇します。

ここにおいて、
基礎代謝率ではなく、
TSHを正常にするように、
甲状腺ホルモン剤を使用するという、
それまでにない画期的な治療が可能となったのです。
1972年にはT3の、
1973年にはT4の測定も可能となりました。

TSHを正常化することを指標にして、
甲状腺機能低下症の治療を行なうと、
それまでの2分の1から3分の1の用量で、
補充は十分であったことが分かりました。

次に問題になったのは、
どのような製剤を使用することが、
最も治療にとってメリットが大きいのか、
ということです。

治療の初期の検証では、
甲状腺の抽出物を使用しても、
T4やT3を単独、もしくは組み合わせて使用しても、
それほど効果には違いがありません。

ただ、甲状腺の抽出物は、
同じように製造しても、
原料である動物の甲状腺の状態により、
そのホルモン剤としての効果はまちまちで、
強く効いてしまうことがある一方で、
全く効かないこともある、
という不安定さがあります。
T3の製剤はより有効性はあるのですが、
経口摂取して2から5時間でピークに達する、
というその動態から、
動悸や狭心症などの副作用が、
より出やすいという欠点があります。
それに対してT4のみの治療は、
T4が体内で安定して存在しているので、
効果が変動することがありません。
当初は身体から分泌されるホルモンはT3とT4であるので、
T3も補充しないと問題があるのではないか、
と想定されたのですが、
身体の組織は脱ヨード酵素を持っていて、
その組織でT4をT3に変換することが出来るので、
T4のみの補充でも、
問題はないとする研究結果が多く報告されました。

自然の甲状腺はT3とT4とを併せた格好で産生しているので、
より自然に近づけるという意味では、
T3とT4との併用が妥当とも思われるのですが、
T3の心臓に対する影響が、
単独療法の時代にクローズアップされたことと、
併用療法とT4単独療法との比較において、
その有効性に差がない、
という臨床試験の結果が報告されたことより、
アメリカ甲状腺学会は1995年の提言において、
T3とT4の併用療法を明確に否定したので、
これを潮目として、
少なくとも日本においては、
併用療法を行なう医者は専門医では殆どいなくなりました。

ところが…

甲状腺機能低下症をT4(商品名はチラーヂンS)単独で治療した場合、
患者さんの10から15%では、
患者さんが満足のいくような症状の改善が起こりません。
認知機能や神経症状の改善も認められません。
そして、TSHを正常化しても、
患者さんの15%ではT3は正常化しません。
こうした患者さんにT3の補充療法を行なうと、
今度は症状の改善が見られたとする報告が複数存在しています。
(いずれも海外の統計です)

つまり、8割以上の患者さんでは、
確かにT4のみの治療でT3も正常化し、
機能低下の症状も改善します。
しかし、1から2割の患者さんでは、
T4を十分量投与しても、
T3が正常化しないか、
見掛上正常化しても、
組織のレベルでは甲状腺ホルモンの作用が、
足りないという状態が起こるのです。

こうした現象の起こることのメカニズムは、
現時点ではクリアではありませんが、
その一部はおそらく末梢の組織における、
T4をT3に変換する酵素の働きにあり、
その働きの悪い患者さんでは、
T4が適切にT3に変換されないので、
TSHが正常化するようにT4を補充しても、
実際には組織の甲状腺機能低下は改善していないのです。
患者さんの症状が改善しないのは、
それはもう理の当然です。

脳視床下部はT4そのものに反応して、
TSHを抑制するような指令を出すので、
T4が正常化すればTSHも正常化するのですが、
それは必ずしも全身の組織において、
甲状腺機能低下症が改善していることを意味してはいないのです。
 
甲状腺のないラットにおいて、
T4のみの補充療法を行なってTSHを正常化させても、
脳、肝臓、骨格筋における組織の甲状腺機能低下のマーカーは改善せず、
T3の使用により改善した、
という動物実験のデータがあります。
組織の酵素活性の低下に結び付くと想定される、
脱ヨード酵素の変異の存在も明らかになりつつあります。

このような流れを汲んで、
2014年のアメリカ甲状腺学会の提言においては、
甲状腺機能低下症の患者さんをT4のみで治療しても、
T3は正常化しないケースがあることを認め、
そうした患者さんでは甲状腺機能低下による症状が、
残存するということも認めた上で、
まだエビデンスは不足していて、
T4単独療法が第一選択であることに間違いはないけれど、
T3とT4の併用療法も、
患者さんによっては治療の選択肢になり得る、
というこれまでとは異なるニュアンスが付け加えられています。

現状でT3とT4の併用療法の問題点は、
T3には一時的な効果しかないので、
どうしても副作用のことを考えれば、
その量を少なくする必要があり、
それでは十分な効果が得られにくい、
という点にあります。
しかし、たとえば持続性のT3製剤のようなものが開発されれば、
一気に併用療法が治療の主流となる可能性があります。

日本においてはまだ、
併用療法を頭ごなしに否定される先生が圧倒的に多く、
TSHが正常化しても身体のだるさが取れない、
というような訴えをすると、
「それは精神的な症状で甲状腺とは無関係だ」
と断言された、というようなお話を、
しばしば患者さんからお聞きすることがあります。

しかし、前述のようにそうした見解は誤りで、
間違っているのは、
そうした症状に苦しむ患者さんの頭の中ではなく、
処方しているその医者の硬直した頭の中なのです。

勿論T4の単独治療が、
甲状腺機能低下症のスタンダードな治療であることには、
異論を挟む余地はないのです。
しかし、そうした見解も、
歴史的には紆余曲折があり、
これまでに長く併用療法が行われて来た蓄積もあります。
T3を使用する場合の危険性と言われているものの多くは、
実際にはTSHの測定系が確立される前に、
大量のホルモンを使用した時代のデータなのです。
医療というものは決して単独の正解のあるものではなくて、
患者さんのニーズに合わせて変化する性質のものなのですから、
適切で標準的な治療を行なっても、
患者さんの症状が改善しないのであれば、
それをあたかも患者さんの責任のように言い募って、
顧みないような姿勢は、
何処か問題があるのではないでしょうか?

個人的な予言としては、
5年くらいのうちには、
T3とT4の併用療法は再び脚光を浴びるようになり、
今「併用療法などとんでもない」
と言われる専門の先生の多くが、
手のひら返しでそうした処方をする日が来るように、
思えてなりません。

この予言が当たるかどうかは、
皆さんのご判断にお任せしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ミチル

いつも勉強させて頂いております、ありがとうございます。
わたしは橋本病です。
毎年健康診断で引っかかり、去年は子宮頸部腺がん、今年はコレステロール値などが高くまた要精密検査。体調も優れなかったことから子宮の方を初め疑ったのですが、検査の結果、バセドウと言われのちに訂正され、橋本病と診断されました。
甲状腺専門医に診てもらっていますが、体調に変わりなく、本当にチラーヂンだけ飲めば良くなるのか疑問を感じています。
TS3とTS4は数値は正常に収まるようになりましたが、TSHが冬になると高くなります。チラーヂン50から62.5になりました。
午前中はずっと寝ていて、抜け毛がひどく前髪に10円玉2つ分くらいのハゲがあります。
先生は数値からするとハゲるほどではない、と皮膚科を受診するように言い、皮膚科を受診すると皮膚疾患ではないと言われ、橋本病に良いと漢方薬を処方されました。(十全大補湯)
皮膚の乾燥もひどくなり、爪はボロボロ、喉のつっかえ、忘れっぽい、色々な症状があり、数年前から考えると体が変わってしまったと、一生このままなのだろうかと不安です。
九州に住んでいるのでなかなかそちらを受診することが出来ず、大変残念です…
甲状腺の研究は進んでいるのでしょうか?
いつか完治出来るといいのになぁ、切に願うばかりです。
by ミチル (2016-01-16 21:52) 

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