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線虫の嗅覚による癌スクリーニングについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
線虫による癌診断.jpg
今月のPLOS one誌に掲載された、
癌のスクリーニングに寄生虫の感覚を用いるという、
風変わりな研究の報告です。

九州大学の研究チームによる報告で、
テレビや雑誌、新聞などでも盛んに取り上げられています。

アニサキスのような寄生虫の嗅覚を利用して、
癌の患者さんの尿を嗅ぎ分ける、
という発想が、
そんなことが本当にあるの?
と興味が湧き、
そこに日立製作所などの大手企業が参入して、
数年後の商品化を目指す、
という話なので、
企業が乗り出すからには、
これは本物に違いない、
STAP細胞とは違う筈だ、
ということで盛大に報道がされているのだと思います。

しかし、どうなのでしょうか?

週刊誌やテレビのはしゃぎ放題のような紹介ぶりを見ていると、
皆さん何をSTAP細胞から教訓として学ばれたのだろう、
いやいや、決して反省も学びもしない、という潔癖さが、
あの方達の本分であるのかしら、
と複雑な思いにも捉われます。

勿論今回の研究はまっとうなもので、
それ自体に疑義を呈するものではありません。
ただ、こうした癌の簡便な早期診断は、
多くの研究があり多くの方法が開発されながら、
検診のスタンダードとして国際的に採用されるようになったものは、
少なくとも僕がブログを始めた6年前からは、
1つも存在はしていないと思います。
便中の遺伝子産物の測定や、
血液中のアミノ酸の分析などは、
有望ではあると思いますが、
まだ本格的な導入には至っておらず、
その解釈や評価も様々です。

報道をされる方も、
長くこうした情報に接していらっしゃれば、
癌検診としてこうした「面白検査」が実用化されるには、
極めて多くのハードルがあり、
滅多に最初の報道が実現するということはない、
という事実は良くご存じだと思いますし、
上記の発表がなされたPLOS oneという医学誌は、
速報性とオープンアクセスが特徴のウェブのみの媒体で、
内容は玉石混交というのが一般的理解です。
つまり、現状はまだ完成されたデータではありません。
それも先刻承知の上だと思います。

僕の現時点での個人的な意見としては、
多分実用化は難しいと思います。
お腹立ちの方がいらっしゃるかも知れません。
その意見が正しいかどうかは、
5年後10年後に、
判断して頂ければと思います。

前置きが長くなりましたが、
論文の内容に入ります。

犬が人間の癌を匂いで判別する、
という話題は世界的にあり、
論文も数多く発表されています。
一流誌に載っているものもあります。
犬の嗅覚が鋭くて、
犯罪捜査や麻薬の探知などにも使用されていることは、
周知の事実ですし、
癌の患者さんの吐いた息や、
おしっこなどには、
特有の癌の判別を可能とするような、
成分が含まれているようです。

臨床医としては、
進行した癌に特有のにおいがある、
というのは、ありそうに思います。
ただ、まだ症状のないような段階の早期癌において、
人間が嗅いで分かるような匂いはなさそうです。

興味深いことは、
早期癌においても、
犬の嗅覚による癌の判別は、
それなりのレベルでは可能と思われることです。

癌のごく初期から、
嗅覚受容体を刺激するような物質が増えていて、
それが敏感な嗅覚であれば感知可能、
ということでしょうか?

癌というものの成り立ちから言うと、
そうしたことは考え難いようにも思えます。

さて、上記文献の共同研究者の1人は、
犬の嗅覚による癌の探知の研究をされていて、
そこから、もっとトレーニングの必要のない動物で、
同様の癌探知が出来ないかと考え、
サバなどにいる寄生虫であるアニサキスが、
胃癌の組織に集まる性質がある、
と言う知見から、
実験などに用いる寄生虫である線虫を用いる手法を、
考案されました。

実は線虫には犬と同じような嗅覚物質を感知する能力のある、
嗅覚受容体が存在しているのです。

この辺りはとても面白いですね。

まず癌の培養細胞の培養液と線虫とを一緒にして、
その動きを観察すると、
癌細胞の培養液へと線虫は吸い寄せられるように移動します。
それで、実際の患者さんの癌の切除組織の細胞と、
通常の人間の細胞とで同様の検討を行なうと、
矢張り癌細胞の培養液にのみ、
線虫は引き寄せられます。

それで、次に実際の患者さんの血液や尿を採取して、
同様の検討を行ないます。

血清では濃度を変えて何度か実験しても、
癌の患者さんとそうでない方とで何ら変化が見られませんでした。
それで、今度は尿で検討すると、
培養細胞を用いた時と同じような、
癌の患者さんにおける線虫の移動が観察されました。

この時、
カルシウム濃度の上昇による間接的な変化ですが、
嗅覚神経の興奮に伴うカルシウム濃度の変化が、
癌でない被験者の尿では観察されず、
癌の患者さんの尿では観察されました。

つまり、
尿中にある何らかの癌由来の物質が、
線虫の嗅覚受容体に結合することによって、
こうした現象が起こった可能性が示唆されたのです。

次に、
218名の癌がないと想定される対象者の尿と、
24名の癌の患者さんの尿とで、
同様の検討を3回ずつ行なったところ、
24名の癌の患者さん中では23名において、
線虫の引き寄せ反応が認められました。
その一方で癌でない対象者では、
218名中で207名が、
逆の遠ざかる反応を示しました。
つまり、このスクリーニングで癌を検出する感度は、
95.7%で、
特異度は95.8%ということになります。
陽性的中率は67.6%で、
有効率は95.0%です。

ちなみに同時に数種類の腫瘍マーカーが測定されています。
CEAの感度は25.0%、
特異度は96.3%、
陽性的中率は42.9%、
有効率は89.3%です。

それ以外に抗p53抗体とジアセルスペルミンという、
癌の早期に比較的陽性に出易い、
とされるマーカーが測定されていますが、
より判断は難しいという結果になっています。

癌の患者さんの内訳は、
食道癌が1例、胃癌が5例、大腸癌が10例、
乳癌が5例、膵臓癌が1例、胆管癌が1例、
前立腺癌が1例、となっています。

このうちの5例は当初は癌ではないグループに入っていたのですが、
2年間の間に早期癌が見付かっています。
つまり、臨床的に癌が発見される前に、
線虫の検査でその予測がされた、
という結果になっているのです。

確かに興味深い結果です。

ただ、色々と疑問に思う点もあります。

犬の場合もそうですが、
嗅覚で癌が見分けられる原因は、
癌から分泌されるある種の物質が、
嗅覚受容体に結合して神経を刺激するためではないか、
という推測がされています。

しかし、
これまでのところ、
その物質というものは確認されていません。

今回の研究においても、
癌細胞の培養液や癌の患者さんの尿に、
線虫は反応しているのですから、
何らかの物質が、
そこにはあり、
それが嗅覚受容体に結合したことが示唆されています。

それは一体どのような物質なのでしょうか?

これだけ分析化学が進歩している時代に、
その同定が全く出来ない、
というところがまず疑問に感じます。

今回のデータにおいては、
まだ臨床的には見付からないような早期癌の状態でも、
高率に線虫は癌を見分けたとされています。

0期の大腸癌や食道癌で、
尿の検体に線虫が反応しています。

これだけ小さな病変しかなく、
癌細胞の数も少ないのに、
そこから検出可能な範囲のものが、
尿から排泄されているのでしょうか?

しかもそれが癌に特異的な物質なのです。

そんなことがあり得るでしょうか?

癌細胞というのは、
それほど多くの点で人間のその他の細胞と、
大きな違いはないものの筈ですし、
そもそも癌と言う物自体、
人間が簡単に断じるほど、
正常と異常との境が明瞭なものではない筈です。
悪性度の高い癌もあれば、
そうではない癌もある訳です。

従って、
全ての癌が、癌になった瞬間から、
「僕は癌だよ」という意思表明を行なうように、
ある種の物質を放出し、
それが必ず尿で感知可能だ、というのは、
これまでの癌についての知見の積み重ねから考えれば、
考え難いことのように僕には思えます。

今回血清でも同様の検討が行われ、
血清では線虫の引き寄せ効果は認められていません。
その説明として、上記文献の著者らは、
血液中には他にも線虫を引き寄せるような、
癌由来ではない物質が存在しているので、
それに影響をされたのではないか、
という推論を行なっています。

しかし、これがその通りであるのなら、
別箇の物質によってこの検査の効果は干渉されることになり、
それが癌由来の非常に特異性の高い物質である、
という前提と矛盾しているようにも思えます。

勿論、この嗅覚受容体の刺激による癌判別の話は、
犬やネズミ、線虫と、
種の境を越えて同様のデータが、
複数の研究グループから寄せられているのですから、
実体のないものではないと思うのです。

「STAP細胞はありまーす!」
と1人の研究者が言っているだけのものとは違うのです。

しかし、本質であるその「癌由来の物質」が、
正確に同定されるまでは、
こうしたデータの判断は、
保留にするのが妥当なように思います。

今回のデータでは旧来の腫瘍マーカーが同時に測定され、
それに対する線虫検査の優位性が主張されているのですが、
CEAは4期の癌では100%が陽性となっていて、
矢張り進行癌に対しては、
それなりの意義のある検査だ、
ということが分かります。

CEAは何を測っているのか、
その物質は完全に同定されていて、
その意味合いもある程度分かっています。
その意味で、
線虫や犬の嗅覚という、
かなり客観性の乏しいセンサーに、
頼らざるを得ない検査と比較すれば、
頼りないけれど科学的ではある、
ということは言えるのです。

僕の意見は端的に言えば、
こうした検査は「何を計測しているのか」が、
明瞭に同定された段階で、
臨床的には意味を持つものであって、
今はまだその前段階ではないか、
というものです。
確かに画期的な発見である可能性はありますが、
この研究の目的が癌の早期発見にある以上、
その施行にはより慎重であるべきです。
今後の研究の進捗は、
「検査を500円で出来るようにする」
というような方向ではなく、
もっと本質的な部分に、
その労力が割かれるべきではないかと思うのです。

先入観を極力持つことなく、
今後の研究の積み重ねを注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
当初の記事には、
「何を計測しているのかが分からなければ『科学』ではない」
という趣旨の文章があったのですが、
ご指摘を受け、
不適切で不正確な表現と思いましたので、
その部分を修正しました。
(2015年3月26日午後11時修正)
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コメント 4

Silvermac

ニュースで採り上げられた話題、大変興味深く拝読しました。「癌由来の物質」が早期に発見されると人類にとって死亡原因のトップに根絶になりますね。解説有り難うございました。
by Silvermac (2015-03-23 09:29) 

fujiki

Silvermacさんへ
コメントありがとうございます。
今後の経過をみないと、
何とも言えないのが現状のように思います。
by fujiki (2015-03-24 06:27) 

さき

お疲れさまです。
このお話は先日、何日間もTVでも取り上げられてましたね。
医療従事者ではない私は、本当かな?と思いました。イメージすると気持ち悪いです(苦笑)

盛り上がるだけ盛り上がったら、ピタリとそのニュースは取り上げられなくなり、忘れた頃に
また…のパターンは、
もうたくさんですと言いたいです。
by さき (2015-03-30 13:14) 

fujiki

さきさんへ
コメントありがとうございます。
ちょっと過剰な宣伝と感じました。
内容は本当は素晴らしいのかも知れませんが、
僕は直感的には、これはないのではないか、
と思います。
実際は分かりません。
by fujiki (2015-03-31 08:23) 

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