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安部公房「人間そっくり」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日なので、
診療所は休診です。

朝から、いつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

今日は日曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
人間そっくり.jpg
安部公房の「人間そっくり」は、
僕が小学生の時に読んで、
それ以来トラウマになっている作品のうちの1つです。

今回本当に久しぶりに読み直しました。

これは早川書房の「日本SFシリーズ」として刊行された作品で、
小松左京の「復活の日」など、
錚々たる作品が並びますが、
小学生の時にすんなり読めたのは、
星新一の作品とこの「人間そっくり」だけでした。

星新一は読み易さで頭抜けていましたから、
これはまあ当然なのですが、
安部公房の文章は結構もってまわったものなので、
改めて読み直すと、どうしてこれが小学生の時に、
すんなり頭に入ったのかは良く分かりません。

安部公房さんは「人間そっくり」の他には、
「壁」、「砂の女」、「密会」くらいしか読んでいないので、
あまり良い読者ではありません。
何となくカフカの亜流のような先入観もあったのですが、
比較的最近読んだ「密会」は、
堂々たる翻訳文体で、
カフカの「城」そのものとも言えるのですが、
難病で変形してゆく少女とか、
不能の治療のために、
殺した男の下半身を繋いで馬人間になるとか、
グロテスクな奇想が山盛りで、
ラストはフェリーニの映画みたいな祝祭になる怪作で、
その本領をちょっと誤解していたように感じました。

安部公房さんは、
平気で今回は「○○風」と言う感じに、
好きな作品をほぼ丸ごとパクるのですが、
その模倣の仕方があまりに堂々としていて、
細部では原典を凌駕しているので、
単なる猿真似を越えた世界を現出する点に、
その特徴があるのです。

村上春樹さんの幻想に舵を切った作品や、
最近では小山田浩子さんの諸作も、
カフカの影響は著しいのですが、
そうした作品と「密会」を並べると、
その密度でも面白さでも、
矢張り安部公房さんの方が遥かに優れていて、
それが半端にオリジナリティを、
村上さんも小山田さんも、
保とうとしているためであることが分かります。

安部公房さんはその点が凄くて、
カフカの翻訳の生硬い文章を模倣するなど、
普通は恥ずかしくなるのですが、
そうした衒いが微塵もないのです。

この「人間そっくり」では、
星新一のプロットを模倣しています。

星さんのショートショートに、
こんな作品があります。

「わたしは火星人だ」という男が現れ、
精神疾患として治療を受けて、
「自分が地球人だ」
と信じるようになるのですが、
実は本物の火星人であったことが明らかになり、
元に戻そうとするのですが成功しない、
という内容です。

精神疾患の治療というものを揶揄すると共に、
アイデンティティという国家や集団の拠り所の、
不確かさを示唆した、
如何にも星新一というシンプルでシャープな作品ですが、
それをある意味剽窃したこの「人間そっくり」では、
行き詰まったラジオの台本作家の主人公の元に、
「わたしは火星人だ」と名乗る男が現れ、
散々にあの手この手で主人公を翻弄した挙句、
主人公自体が、
自分が火星人であるのか地球人であるのか、
定かでない環境に投げ込まれ、
そのまま途方に暮れているところで終わります。

中段では元の星新一作品のプロットが、
そのまま使用されるのですが、
ラストでは、真正の火星人も、真正の人間も存在しない、
ただ「火星人そっくり」と「人間そっくり」だけが存在する、
というアイデンティティを喪失した世界が、
不気味に立ち現れるのが、
安部公房さんの創意で、
主人公と共に読者も、
宙ぶらりんの嫌な気分で置き去りにされることになります。

構造は殆ど主人公と自称火星人の男との、
逆転に次ぐ逆転を孕んだ会話で大部分が構成され、
戯曲を思わせる感じもあります。

安部公房さんは小説の傍ら戯曲に手を染め、
自ら演出も行なって10年余演劇の上演にも携わりました。
ただ、70年代演劇を振り返るような特集に、
安部公房の演劇上演が、
取り上げられることは稀です。

これはどうしてかと言えば、
端的に新味も面白みもなかったためで、
その作品は典型的な「小説家の余技の戯曲」で、
読んでいる分には面白いのですが、
実際に上演してみると意外に詰まらないのです。

文学者の演劇活動としては、
寺山修司がすぐに頭に浮かびますし、
安部公房さん自身も、
その方向を意識していたと思うのですが、
寺山さんは小説は書けない人で、
それが功を奏したのではないかと思います。
また、胡散臭い興行師として、
猥雑で野蛮な世界に身を投じる覚悟がありました。
しかし、安部公房さんは敢くまで藝術として、
自分の世界を演劇化しようとしたので、
小説家の呼吸で演出をする、
という失敗を冒しました。
また、自分が興行師になる覚悟はなく、
堤清二さんに劇場を提供してお膳立てしてもらうような、
生温い態度に終始したのが良くなかったように思います。

個人的には、
安部公房さんは自分で自分の作品を演出するような、
あまり成果のない労力に時間を割くことがなければ、
もっと多くの小説の名品を、
世に送り出したのではないかと思えてなりません。

それはさておき…

「人間そっくり」は戯曲的な小説として、
なかなか成功していると思います。
一部屋で展開されるドラマが、
意外な膨らみを持ち、
最後の最後になって漸く家の外に出ると、
悪夢的な終盤が待っています。
この辺りが戯曲的形式にした構成の妙だと思います。

小学生で読んだ時には、
ラスト付近が訳も分からずに怖くて堪らなかったのですが、
今それがどうしてかとつらつら考えると、
子供というのは何かになろうと欲している、
要するにアイデンティティを欲している存在なので、
そうした時期に、
徹底してアイデンティティの喪失を追究するような作品に出合うと、
大人が読む以上に、
そこに深刻な恐怖を感じてしまうのかも知れません。

今改めて読み返してみると、
上手いな、とは思いますし、
優れた小説だと思いますが、
子供の頃に感じたような恐怖を、
体感することはありませんでした。

少し残念な思いもしますが、
仕方のないことですね。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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当初の記事に「書き下ろし」という記載があったのですが、
実際には連載後の単行本化のため、
コメントにてご指摘を受けその点を修正しました。
(2015年6月19日午前8時13分修正)
nice!(34)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 34

コメント 6

ぼんぼちぼちぼち

「人間そっくり」 安部作品の中で真骨頂だと思いやす。
あっしも過去記事にて 感想を書いてやす。
安部先生は 妙に感覚派にあこがれておられたようでやすが
こういう徹底した理論的作品が向かれてたと思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2014-08-31 18:39) 

fujiki

ぼんぼちぼちぼちさんへ
コメントありがとうございます。
多分時代にも合っていた作品でしたね。
by fujiki (2014-09-01 06:02) 

chima

おもしろかったです
「人間そっくり」読んでみますね
by chima (2014-09-01 06:36) 

fujiki

chima さんへ
コメントありがとうございます。
ちょっと今読むと怖さが今一つかも知れません。
by fujiki (2014-09-01 08:22) 

hide

人間そっくりは書き下ろしではなく、SFマガジンに三回に分けて連載され、翌年に日本SFシリーズで単行本化された作品です。
by hide (2015-06-19 07:47) 

fujiki

hideさんへ
ご指摘ありがとうございます。
昔単行本で読んで、
何となく書き下ろしのシリーズであったように誤解していました。
訂正させて頂きます。
by fujiki (2015-06-19 08:11) 

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