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甲状腺ホルモンのT3・T4併用療法について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は石原が健診説明会出席のため、
午後の診療は5時半で終了とさせて頂きます。
受診予定の方はご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺ホルモンコンビネーション療法.jpg
2005年のthe Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism誌に掲載された、
甲状腺ホルモンの併用療法を、
一般的な治療と比較して検討した論文です。

今日はこの文献を叩き台にして、
甲状腺機能低下症における、
ホルモン剤の使用法について、
考えたいと思います。

橋本病という病気により、
甲状腺に慢性の炎症が持続して、
ホルモンの出が悪くなったり、
甲状腺癌などの手術によって、
甲状腺を摘出した場合、
また稀ですが脳の病気により、
甲状腺が刺激されなくなったような場合には、
甲状腺のホルモンは体内で不足します。

つまり、
甲状腺機能低下症になります。

この甲状腺機能低下症の治療には、
飲み薬の甲状腺ホルモン剤が、
専ら使用されます。

この目的で、
現在殆どの場合に使用されているのは、
レボチロキシン(商品名チラーヂンS)です。

このレボチロキシンは合成された、
甲状腺ホルモンのT4の製剤です。

甲状腺ホルモンには、
T3とT4という2種類があります。

この3と4の数字は、
ホルモンが含むヨードの数を示しています。

このうちホルモンとして働くのは専らT3で、
甲状腺から分泌されるホルモンは、
その8割がT4で残りの2割がT3です。

血液中に出たT4は、
そのうちの必要量が脱ヨード酵素の働きによって、
T3に変換されてホルモンとしての役割を果たすのです。

このように甲状腺ホルモンには2種類がありますが、
甲状腺ホルモンが欠乏する病気の時、
補充するのはT4だけです。

それは何故でしょうか?

甲状腺ホルモンの治療を受けている患者さんが、
主治医にその理由を尋ねると、
概ね次のような答えが返って来ます。

「T4は身体でT3に変換されるので、
T4だけ飲んでいれば問題ないんですよ」

それは本当でしょうか?

そこには、
そう考えられるようになった経緯があります。

合成の甲状腺ホルモン剤が使用される以前には、
甲状腺末と言って、
牛の甲状腺をすり潰したエキスが、
甲状腺機能低下症の治療に使用されていました。

牛の甲状腺は非常に大きいので、
こうした薬を作るのは適していたのです。

この甲状腺末は有用な薬でしたが、
牛の甲状腺をそのままつぶしているので、
アレルギー反応などのリスクがありますし、
T3とT4の配合はまちまちなので、
同じ量を使っている筈なのに、
その効果が違ってしまう点など、
多くの欠点がありました。

その後合成の人間と同じT4とT3の製剤が、
使用出来るようになると、
活性型であるT3を使用する方法と、
T3とT4とを混合して使用する方法、
そしてT4のみを使用する方法の、
3種類の方法がそれぞれ試みられました。

ただ、活性型のT3を使用すると、
血液の濃度が上昇した時に、
心臓が刺激されて不整脈が起こる、
というような有害事象が多く起こり、
かつその効果は持続しないので、
少なくともT3のみを使用する、
という方法は、
ほぼ論外であることが分かりました。

後はT3とT4とを混合して使用するか、
T4のみを使用して、
体内でT3に変換されることを期待するか、
どちらか、ということになります。

僕が大学の内分泌の医局にいた、
1990年代の初め頃には、
もう甲状腺末を使用して、
甲状腺機能低下症の治療をするような先生は、
殆どいませんでした。

その当時に甲状腺機能低下症の治療は、
T4単独がより良いという考え方が主流になり、
1999年のNew England…に、
T3とT4の併用とT4単独の効果を比較した論文が出て、
T4単独の使用で何ら問題ない、
という結果であったので、
これがほぼ決定打となって、
それ以降T3を甲状腺機能低下症の治療に使用する、
という先生はごく少数になりました。

しかし…

患者さんの感じ方は、
必ずしも所謂「エビデンス」と一致はしていません。

これは別の文献の記載ですが、
甲状腺末をT4製剤に変更した患者さんの多くにおいて、
患者さんは以前の治療より、
体調が悪くなったと感じていて、
可能であれば甲状腺末の治療に戻したい、
という希望を持っています。

T3とT4の併用療法とT4の単独療法を比較した文献の多くにおいては、
甲状腺機能はT4単独で安定していて、
甲状腺機能に関わる症状のような数値も、
両者の治療で違いは見られない、
という結果になっています。

しかし、
実際の患者さんの感じ方では、
T3を含む処方の方が、
「より体調がいい」と、
感じているのです。

これは単純に心理的な影響でしょうか?

それとも何か他に原因があるのでしょうか?

この点を検証する目的で、
今回の文献においては、
橋本病による甲状腺機能低下症があり、
少なくとも半年以上、
T4製剤を使用していて、
その使用量も安定している患者さん141名を対象とし、
T4のみを継続する群と、
T4とT3とを10対1の比率で併用する群、
そして5対1の比率で併用する群の、
3つの群に、
患者さんにも主治医にも分からない形で分け、
その経過を15週間観察しています。

5対1というのは、
要するに生理的に甲状腺から分泌される、
T3とT4の比率にほぼ合わせていて、
10対1というのは、
安全を重視して、
それよりT3の比率を少なくする、
という意味合いです。

たとえば、
100μgのチラーヂンSを内服していたとすれば、
5対1というのは、
それを大凡83μgのT4と17μgのT3に分ける、
ということで、
10対1というのは、
それを大凡91μgのT4と9μgのT3に分ける、
ということです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

薬を変更することにより、
実際にはT4単独のままの群では、
29.2%の患者さんが「これまでの処方より良い」
と判断したのに対して、
10対1の併用療法では41.3%の患者さんが、
5対1の併用療法では52.2%の患者さんが、
それぞれ変更後の処方の方が良い、
との判断をしました。

つまり、
T3の配分量が増加するに従って、
患者さんの処方に対する満足度は上昇しています。

しかし、
その一方で具体的に「だるさ」などの、
甲状腺機能低下症の症状の指標を、
質問法などで検討していみると、
3群間で明確な差は付いていません。

つまり、
T3を含む治療の満足度の高さは、
必ずしも甲状腺機能低下症自体の、
症状の改善とは一致していません。

それでは、
一体何が違うのでしょうか?

甲状腺刺激ホルモンの数値は、
治療変更前には3群間で差はありませんでしたが、
変更後15週の数値では、
T4単独が平均0.64mU/Lであったのに対して、
10対1の併用療法では0.35、
5対1の併用療法では0.07となり、
T3の量が増えた群では、
明確に抑制されていることが分かります。

つまり、
やや機能亢進に傾いています。

そして、
治療15週間の前後で、
患者さんの体重は、
T4単独では変化がなかったのに対して、
10対1の併用療法では平均0.5キロ程度、
5対1の併用療法では平均1.7キロ、
それぞれ減少していました。

つまり、
甲状腺ホルモンの補充においてT3を併用すると、
甲状腺機能はやや亢進の方向に傾き、
生理学的な指標には殆ど変化はありませんが、
体重はT3の比率を生理量より高めると減少し、
患者さんの治療に対する満足度は、
明確に高まります。

別の研究グループによるこれとほぼ同じような研究が、
今年の同じJ Clin Endcrinol Metab誌に、
甲状腺末の治療とT4単独の治療との比較として載っていて、
矢張りほぼ同じ結論に達しています。

従って、
この結果自体は、
信頼性の高いものだと思われます。

一般的な方法であるT4製剤のみの使用に対して、
生理的な配分かそれよりやや少ないくらいであっても、
その一部をT3に置き換えると、
甲状腺刺激ホルモンはやや抑制され、
体重は減少し、
患者さんの治療満足度は上昇します。

甲状腺機能亢進状態にしたのだから、
体重が減るのは当然で、
そんなものは病的な状態なので、
治療とは言えない、
と即断される方がいるかも知れません。

ただ、
それはちょっと違います。

ホルモンのトータルな量は変えていないのです。
ただ、その組成をちょっと変えているだけです。
数値も明確な甲状腺機能亢進症、
と言えるほどは上がっていませんし、
その程度の機能亢進では、
通常は体重は減りません。

これはカロリーの消費に重要な役割を果たしている、
甲状腺ホルモンのα受容体に対し、
若干上昇したT3が影響を与えているためと、
2013年の論文の著者らは推測しています。

おそらくはこうした代謝状態の変化が、
容易に数値化はされませんが、
患者さんの治療に対する満足度に、
影響を与えているもののように思われます。

多くの甲状腺機能低下症の患者さんに対して、
チラーヂンSの単独の使用が、
必要にして充分な治療であることは事実です。

ただ、
それは全ての患者さんに対して、
という訳ではありません。

T4は脱ヨード酵素の働きにより、
体内でT3に変換して初めて、
そのホルモンとしての活性を示すのですが、
その酵素の働きには個人差があるからです。

上記の文献は橋本病の患者さんに限ったものですが、
手術で甲状腺を全摘された患者さんにおいては、
よりその不均衡は大きくなることが想定されます。

その一方で安易にT3を使用することは、
心臓に負担を掛けるようなリスクがあり、
T3を含む処方の満足度の高さは、
一種の依存に結び付く可能性も否定は出来ません。

従って、
全ての患者さんでは勿論ありませんが、
甲状腺ホルモンの補充を一部T3で行なった方が、
身体の状態がより生理的に近くなることも、
おそらくは事実で、
問題はどのようにして、
併用療法が適応となる患者さんを選択し、
その適切な量を設定することではないかと思います。

本来ホルモンの補充療法というのは、
生体の分泌するホルモン環境と、
同じに補充することが理想です。

その意味から言えば、
甲状腺からは2割のT3と8割のT4が出ているのですから、
その比率でホルモン剤を使用した方が、
より良いコントロールが得られる筈です。

しかし、
補充したT3はすぐに失活してしまうので、
実際には同じ量を飲んでも、
生理的な状態にはなり得ません。

つまり、
甲状腺ホルモンの補充療法には、
残念ながらベストの方法はないのです。

T4を用いる現在の方法も、
1つの代替案に過ぎず、
そのことを熟考した上で、
実現可能な案の中で、
その患者さんにとって最善の、
補充療法を考えるべきではないでしょうか?

今日は甲状腺ホルモンの併用療法についての話でした。

最後に補足しますが、
甲状腺機能低下症における、
T3とT4との併用療法は、
現行のガイドラインでは国内でも国外でも、
推奨はされていません。
T4のみを甲状腺刺激ホルモンの数値を基準にして、
調節するのがガイドライン通りの治療です。

ただ、
それではこうした治療が一切行なわれていないか、
というとそれは事実ではなく、
現にそれなりのレベルの医学誌に、
毎年併用療法についての論文は載せられています。

それはT4の単独の治療で、
体調の改善しない患者さんがいるという現実があるからで、
医療者たるもの、
そうした患者さんがいる限り、
より良い治療の可能性を模索するべきではないでしょうか。
この問題はまだ未解決の部分を残しているのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

tosh

T3を併用したときのTSH値と同じになるように、T4単独時のT4の量をちょっと増やしてみたらどうなるでしょう?
TSH値が同じでもT3併用とT4単独で満足度の違いがあるのでしょうか?
by tosh (2013-07-12 10:35) 

fujiki

tosh さんへ
コメントありがとうございます。

経験的にはT4を増やせばTSHは勿論抑制されますが、
通常量で体調の悪い方が、
良くなることは少ないように思います。
ただ、ご指摘のような可能性は勿論あります。
つまり、
シンプルに少し甲状腺機能亢進にした方が、
体調は良くなるのではないか、
という考え方です。
TSHが抑制されるということと、
身体が甲状腺機能亢進状態になっているということとは、
必ずしも同じことではないのですが、
それを臨床的に分離して検証するのは、
なかなか難しいと思います。
TSHを固定して検査する、
というようなことは実際には難しいので、
この問題をその視点から検証したデータは、
あまりないように思います。、
by fujiki (2013-07-13 08:16) 

れおみ

甲状腺一部残す手術をして半年になります。
チラージン100投薬中です。
体が慣れてくるから、、、と主治医に言われ
経過観察中なのですが、一向によくなる兆しが見られず
一生このままで終わってしまうのか、とさえ考えてしまいます。

無気力感、倦怠感、気持ちが上がらない。
年齢的なものも関係するのかもしれませんが(47歳、女性)
神経質、完璧主義だね、、、等と言われ精神安定剤を処方されていますが、やはりピンと来ません。
T3併用で少しでも症状が変わりますか?
by れおみ (2013-07-13 14:34) 

fujiki

れおみさんへ
コメントありがとうございます。
現状精神的な症状については、
T3併用ではっきり改善した、
というようなデータはあまりないように思います。
従って、
期待を持ち過ぎることは危険ですが、
リスクのない範囲で、
少量の併用で経過を見ることは、
1つの選択肢ではあると思います。
by fujiki (2013-07-15 22:43) 

☆

橋本病ではありませんが、甲状腺機能が低下ぎみで症状が強かったこともありチラーヂンSを服用していました。

2年間かけて少しづつ増量しましたが、
服用量に関係なく、数値が季節によって同じような変化傾向を示したことと、

倦怠感、頭の中に靄がかかった感じが消えない、電池切れして動けないなどの諸症状が改善されなかったので

主治医にお願いして乾燥甲状腺末のチラーヂン末に替えて頂いたところ、体調に変化が出たので

チラーヂンSの処方で治療するのが主流の中、
この記事を読んでより良い治療をと考えている医師がいることを嬉しく思いました。

by (2013-07-28 17:16) 

fujiki

☆さんへ
コメントありがとうございます。
チラーヂンで体調の戻らない方は、
実際には少なくないと思います。
世界的にも統一された見解はありませんが、
もう少し個別の検証が必要な現象ではないかと思います。
by fujiki (2013-07-29 08:13) 

やよい

初めまして。
私の母は個人病院で橋本病と診断されSで治療を開始しましたが
1年以上服用しても改善せず、別の個人病院経由で大学病院へ紹介されました。
最初はあまりに変化が無さ過ぎるので服用していないのではと疑われましたが
入院しても変化が無く、試しに末を飲んでみると数値に変化が現れ始め
その後亢進と低下を繰り返しながら調整し、ここ数年は落ち着いていました。
なのに今回末が製造中止になると知り戸惑ってしまい、ネット検索していてこちらに辿りつきました。
やはりチラーヂン末で効果が現れる患者さんもいるのですね。
使用している患者数は少ないでしょうが、とても残念です。
今後はチロナミンに切り替えてみるか、チラーヂンSと併用になるのか
次の診察の時に話し合う事になると思いますが
どちらにしても調整に時間がかかりそうだな、せっかく落ち着いていたのになと考えてしまいます。
2005年にこのような論文が出ていたのなら、尚更製造中止して欲しくなかったと思うと、本当に残念でなりません。

取り留めのないモヤっとした気持ちを書いて少しスッキリしました(笑)
長文失礼致しました。
by やよい (2015-02-01 00:19) 

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