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Kyoto Heart Study の謎 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日こんな報道がありました。
「バルサルタン:降圧剤臨床、○○医大の3論文撤回」
○○医大のチームが09~12年に執筆した、降圧剤「バルサルタン」の効果に関する臨床試験の論文3本が、「重大な問題がある」などの理由で掲載後、相次いで撤回されたことが分かった、責任者のM教授は「データ集計の間違い」と説明しているが、単純ミスなら論文を修正するのが一般的で、撤回は極めて異例だ。(新聞記事を一部改変)

これは書いた記者の方は、
どういうことなのかは百も承知の上で、
でも個人攻撃になるとまずいので、
訳の分からない、
あやふやな表現を用いているのだと思います。

バルサルタンという血圧の薬があります。
商品名はディオバンです。

ディオバンは、
アンジオテンシン受容体拮抗薬というタイプの薬です。

このタイプの薬は、
ACE阻害剤という薬の一種のグレードアップ版ですが、
必ずしもACE阻害薬に匹敵するような、
心筋梗塞などの予防効果が、
確認はされていない、
という問題点があります。

また、
こうした薬の大規模な臨床試験のデータは、
その多くが海外のもので、
日本で数多く使用されていながら、
日本人のデータは乏しい、
という欠点がありました。

そこで、
日本人を対象とした大規模臨床試験が、
このディオバン関連で幾つか企画され、
そのうち2004年~2009年に行なわれたのが、
Kyoto Heart Studyと呼ばれる試験です。

この試験の取りまとめをされたのが、
上記の記事にある○○医大教授のM先生です。

こちらをご覧下さい。
京都スタディ論文.jpg
これが今回撤回された論文のうちの1つで、
この診療試験の結果として、
最初に発表されたものです。
2009年のEuropean Heart Journal誌に掲載されたものです。

Retracted(撤回)という、
烙印が押された恥ずかしい感じになっています。

論文の内容は日本において、
3031名の高血圧症の患者さんを対象とし、
未治療もしくは、
ディオバンと類似の系統の薬以外で治療されている患者さんを、
ディオバンを使用した治療と、
それを含まない治療の2つの群に分け、
ディオバン治療群は段階的に増量して、
血圧のコントロールはほぼ一定に保った状態で、
平均3.27年の経過観察を行ない、
その間に心筋梗塞や脳卒中を起こすリスクを、
比較したものです。

血圧は変わらずに、
もしディオバンを使用した方が、
心筋梗塞や脳卒中の発症が減るとすれば、
ディオバンには血圧を下げる効果以外に、
そうした発作を予防する効果がある、
ということになる訳です。

ただ、最もこうした試験の厳密なやり方は、
患者さんにも処方する医者にも、
どちらの薬が使われているのか、
分からないように行なう方法ですが、
この論文ではそうではなく、
医者や患者さんにはどちらの薬が使われているのか、
分かるようになっています。

つまり、
そう厳密な手法が取られた試験ではありません。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
京都スタディ血圧の経過.jpg
2つの群での血圧の経過を見たものですが、
ものの見事に両者が一致していることが分かります。

勿論一致していて悪いことはないのですが、
別箇の治療をしている筈なのに、
治療前後の血圧の平均値も標準偏差も、
ピタリと一致しているのは、
かなり奇異な感じがします。

つまり、
人工的な感じがするのです。

それでは次をご覧下さい。
京都スタディ効果の図.jpg
これがディオバンの効果のメインになる結果の図です。
縦軸は心筋梗塞や脳卒中を起こした比率を示しています。

使用後半年から、
明確にディオバン使用群とそうでない群には差が出ていて、
その差は時間と共に更に拡大し、
トータルにはディオバンを使用しない場合と比べて、
ディオバンを使用すると、
心筋梗塞や脳卒中のリスクは、
45%有意に低下した、
というデータになっています。

血圧は同じなのに、
これだけの明確な差がついていて、
しかもその差は使用後半年から既にあるのですから、
ちょっと俄かに信じられないほどの、
驚くべき効果と言わざるを得ません。

これを元にディオバンの効果が大々的に宣伝されたことは、
言うまでもありません。

ところが…

この論文と、
そのサブ解析の論文が全て、
撤回されるという事態になったのです。

こちらをご覧下さい。
京都スタディ撤回文書.jpg
論文の責任者によるお詫びの文書の一部です。

「不注意な誤記が多数存在する」
ということは一体どういう意味でしょうか?
「不注意な誤記」であれば、
それを直して修正すれば良いように思います。
しかし、直せないほど多い、
というようなニュアンスです。

「直せないほど多数の誤記」とは、
一体どのようなものでしょうか?

何度も当該の論文を読み直しましたが、
いささか出来過ぎの感じがあり、
数字が揃い過ぎているのは感じますが、
「直せないほどの多数の誤記」というのが、
一体どれを意味しているのか、
まるで分かりません。

断定は出来ませんが、
数字が揃っていること自体が、
「直せないほど多数の誤記」
ということだと推測されます。

すなわち、
「うっかりミス」により、
実際より見事な結果が出てしまった、
ということのようです。

これが意図的であれば、
「捏造」ということになりますが、
「うっかりミス」の集積なので、
「直せないほど多数の誤記」
という解釈になる訳です。

しかし、
こんなウッカリが有り得るのでしょうか?

上でご紹介した元論文については、
これもビックリするような記載がされています。

12件の不注意による誤記があり、
数値の桁が違っていたのです。

カリウムの数値というのは、
概ね3.5~4.5程度の幅でしか動かず、
上が6を超えれば明確に異常値ですが、
46とか89という、
途方もない誤記があったというのです。

ただ、
奇怪なことには、
これだけの誤記がありながら、
トータルな数字は揃っていて、
一見は何の問題もないように見えます。

一方の群に途方もない数値があれば、
群間で平均値や標準偏差もずれそうですが、
実際の論文の数値は、
見た目には全く何の問題もないように見えます。
上記のお詫びには標準偏差にずれが…
のような記載がありますが、
論文を見る限りそうしたことは、
サブ解析の一部のデータを除いて認められません。

つまり、
この桁違いの異常値が、
実際には綺麗に分散されていて、
全体の数値には何ら影響を及ぼさなかった、
ということになります。

こんな都合の良い偶然が、
果たして有り得るのでしょうか?

現在大規模な臨床試験では、
データの入力や解析などは、
第三者的な立場の機関で独立して行なうのが、
一般的な方法と思いますが、
上のお詫びの文章を読むと、
どうやらデータの入力なども、
担当する医師がやっていたように思えます。

この一点をもってしても、
この臨床試験のデータの信頼性には、
大きな問題がありそうです。

本来は論文のどの部分にどのような問題があったのか、
その点をもっとしっかり開示するべきではないかと思います。
この取りまとめのM先生は、
別の複数の論文の内容にも、
問題ありとされている人物でもあるからです。

しかし、
おそらくは学会の権威や仲間内の利益を守ろうという、
卑小な思惑があって、
肝心の「不正」の内容はぼかしたままで、
おそらくはこの問題はうやむやに終結することになりそうです。

末端の僕のような臨床医にとって、
大規模な臨床試験は、
どの薬を使用するのかの判断に、
大きな影響を与える情報です。

その結果がこのように問題があり、
恣意的なデータの操作が行なわれた可能性がある、
というのでは、
何を信じれば良いのか、
全く分からなくなってしまいます。

大変悲しいことですが、
特に特定施設のみで解析が行なわれるような、
日本の臨床試験については、
その内容は原則として信用はせず、
海外の同様のデータと比較した際に、
ほぼ納得のゆく結果であるもののみを残して、
後は速やかにゴミ箱に捨てるのが、
自分自身と患者さんの身を守るために、
重要なことのように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 5

船橋

デイオバン飲んでます。
薬に効果が無いのかもしれないんですか?
とりあえず血圧は下がって維持できてます。
他の薬に変えたほうがいいのかしらん。
by 船橋 (2013-02-23 09:23) 

fujiki

船橋さんへ
コメントありがとうございます。

勿論そうした意味ではありません。
血圧を下げるお薬としての、
ディオバンの効果は、
海外のデータでも実証されています。
問題は心筋梗塞などの予防効果で、
その点については、
日本のデータは、
現時点では信用しない方が良さそうだ、
という意味合いです。
ディオバンに効果がないとか、
危険である、というような意味ではありません。

その点はどうか誤解のないように、
お読み頂ければ幸いです。
by fujiki (2013-02-23 13:19) 

船橋

効果自体は確かなんですね。
ホッとしました(笑)
あ、遅くなりました。いつも楽しみにしています。
by 船橋 (2013-02-23 14:07) 

ゼファーななはん

KYOTO HEART Studyについては、循環器トライアルデータベース(http://circ.ebm-library.jp/trial/doc/c2003104.html)
によると桑島巌 (特定非営利活動法人臨床研究適正評価教育機構理事長,
東京医科大学兼任教授)氏が論文の捏造発覚撤回以前に、
以下のように書いている。
「高リスク高血圧患者においてARBの脳心血管合併症予防効果を非ARBと比較した
という点で,VALUE,JIKEI HEART,HIJ-CREATEと同系列のトライアルである。
結果はVALUEやHIJ-CREATEと正反対であり,JIKEI HEARTと似たものとなっている。
いずれも企業支援によるトライアルであるが,方法論においてVALUEは二重盲検法で
あるのに対して,本試験はJIKEI HEART同様にPROBE法で行われており,結果の信頼性は
大きく異なる。すなわちPROBE法においては,担当医の介入意図が入ってはならない
というのが大原則であるが,本試験では狭心症,TIAを含む脳卒中といった
介入の余地が大きいソフトエンドポイントにおいてARBが大きく優位に傾いており,
それが一次エンドポイントのARBの優位性に貢献している。」

JIKEI HEARTも上記の桑島がやはり循環器トライアルデータベースに
「ある意味で,本研究の結果は今日のわが国で公正な大規模臨床試験を行うことが
非常に困難であることを示唆する内容である。
まず本研究はdouble blind法ではなく,PROBE法で行われたことと,
狭心症,一過性脳虚血性発作(TIA)という客観性に乏しいイベントが
エンドポイントに含まれており,この2つのイベント発症の差異が
一次エンドポイントの差異に大きく貢献していることである。

本研究のように従来の大規模臨床試験の結果とはまったく異なる結果が
発表された場合には,その成績をそのまま鵜呑みにすることは危険である。」
と書いている。

どちらの試験もPROBE法でやられているのが根本的な問題ではないだろうか?
スタチンのメガスタディーもPROBEですね。
PROBE法は医師の気持ちが強く傾注しやすい試験法と言えるのではないでしょうか?
by ゼファーななはん (2013-06-04 15:15) 

fujiki

ゼファーななはんさんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘のように、
試験のデザインに大きな問題がありそうです。
これで医者の信頼が、
更に低下することになるのだなあ、
と思うと、
医者の端くれとしては辛い気分にもなります。
by fujiki (2013-06-05 08:15) 

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