So-net無料ブログ作成

低リスク甲状腺乳頭癌の治療における国内外の差について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺アブレーションの放射線量論文.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
低リスクの甲状腺乳頭癌の治療方針についての論文です。

この内容を説明するには、
幾つかの前置きが必要です。

甲状腺疾患の治療というのは、
日本と欧米との間で、
大きな違いのある分野です。

これは多くの医学の領域が、
「グローバルスタンダード」の理念を掲げ、
ほぼ同一の治療指針を作成しよう、
という流れから言うと、
かなり特殊なことと、
言えるかも知れません。

一番大きな違いは、
放射性ヨード治療の位置付けです。

欧米、特にアメリカでは、
放射性ヨード131を使用した、
バセドウ病や甲状腺癌の治療が、
広く行われていますが、
日本ではそうした治療は、
非常に限定されてしか行われていません。

バセドウ病においては、
メルカゾールなどの抗甲状腺剤と呼ばれる飲み薬の治療が、
日本では主流ですが、
アメリカではむしろ放射性ヨード治療が主流です。

甲状腺癌の治療においては、
アメリカでは甲状腺を手術により全摘出し、
その後で放射性ヨードにより、
甲状腺組織を根こそぎ廃絶させてしまう、
放射性ヨード131によるアブレーション、
という方法を行なうのが一般的です。

それに対して、
日本では放射性ヨードによるアブレーションは、
甲状腺癌の転移が明らかな場合や、
その可能性が高い場合に、
限定して行なわれているのが実状です。

たとえば、
2.5センチのしこりが甲状腺の右側にあり、
転移はなさそうで、
組織は乳頭癌の可能性が高いような場合、
日本では通常はリンパ節の切除を伴った、
甲状腺の右側のみの切除が、
概ね行なわれ、
放射性ヨードは使用されませんが、
これがアメリカであれば、
ほば確実に、
甲状腺の全摘出が選択され、
リンパ節の切除は行なわれず、
その後に放射性ヨードのアブレーションが追加されます。

何故これだけの違いが、
日本とアメリカではあるのでしょうか?

甲状腺癌の予後は未分化癌以外は極めて良好だ、
と言われます。

ことに最近は、
放射線の被曝による、
小児甲状腺乳頭癌の増加の可能性が、
危惧されていることもあり、
「専門家」は、
甲状腺乳頭癌は仮に発生しても予後が良いので、
心配は要らない、
というニュアンスの発言を繰り返し発信しています。

それほどに予後の良い癌であるのなら、
アメリカのように、
転移のない可能性が高い小さな癌でも、
全切除した上に放射線まで掛けるという徹底した処置は、
誤りであるように思います。

アメリカの専門家は、
日本の専門家とは違って愚かなので、
無意味な治療をしているのでしょうか?

勿論、物事はそう単純ではありません。

甲状腺癌の予後は確かに良いのです。

ただ、それはあくまで他の癌に比べて、
という話なので、
癌である以上、
治療により100%治る、
という訳ではありません。

予後は良くても術後の再発や転移は、
しばしば認められ、
不幸な転帰を取る、
悪性度の高い癌も存在します。

問題は悪性度が低いと組織からは判断される、
甲状腺乳頭癌であっても、
稀にそうした不幸な転帰を取るケースがあることです。

この点を重視する立場に立つと、
一見悪性度の低い癌と思われても、
甲状腺組織を全て切除し、
その後に放射性ヨードによるアブレーションを行なうことで、
再発を限りなくゼロに近づけよう、
というアメリカなどの方針が生まれます。

放射性ヨードのアブレーションとは、
どのようなもので、
それにはどのような意味があるのでしょうか?

甲状腺を全部摘出する手術をしても、
甲状腺組織は若干は残存することがあります。
人間のすることですから、
微量の取り残しはあることの方が多いのです。
更には悪性度が低く、
転移は存在しないように見えても、
検査では見付からないような、
小さな転移は、
実際には存在している可能性はあります。

アブレーションというのは、
大量の放射性ヨード
(概ね3.7ギガベクレルですから、
37億ベクレルくらいになります)を、
投与して、
身体に存在するヨードを取り込む組織を、
根絶やしにしてしまう、
という治療法のことです。

当然甲状腺ホルモンは一切造られなくなりますから、
甲状腺ホルモン剤の使用は、
一生涯必要になります。

しかし、理屈の上では、
ヨードを取り込む能力を持つような、
甲状腺癌の再発は、
ほぼゼロにすることが期待出来るのです。

もう1つのアブレーションの利点は、
このことにより、
サイログロブリンという、
甲状腺由来の蛋白質が、
血液での計測でゼロになるので、
万一再発があった場合にも、
サイログロブリンを血液検査で測定することにより、
敏感に察知することが可能になる、
ということにあります。

同じように、
甲状腺のヨードシンチも、
その検出感度が上昇することになります。

つまり、
アブレーションをする意味は、
甲状腺癌の再発を、
限りなくゼロに近くすると共に、
万一の再発の時にも、
その診断を早期に行なうことを、
可能にすることにある、
ということにあります。

しかし、
その欠点は、
間違いなく甲状腺機能低下症となり、
その治療自体は一生必要になることと、
大量の放射性ヨードの使用により、
放射線による二次発癌のリスクが、
生じることにあります。

一方で日本の手術のみの方針の利点は、
それほど予後が変わらないとすれば、
患者さんに無用の負担を掛けないことにあり、
欠点は僅かにせよ、
アブレーションで防ぐことの出来た、
再発や転移の発症を許すことと、
その診断の良い方法が、
なくなってしまうことにあります。
ただし、日本でも術後の甲状腺ホルモン剤の使用は、
甲状腺の全摘でなくとも、
多くの事例で行なわれていますから、
必ずしも長期的な患者さんの負担が、
日本の方が軽いとは言えません。

昨年のMedical Practice誌の、
日本の甲状腺腫瘍ガイドラインの解説を読むと、
日本では甲状腺癌の治療に放射性ヨードは使用し難い、
という現状があり、
その原因は法律上の放射性物質の規制が厳しいことと、
保険点数が低いなどの経済的な理由による、
と書かれています。

しかし、
それはあまり正当な理由とは思えません。

実際には日本における甲状腺癌の治療は、
一部の甲状腺専門施設や大学病院に、
ほぼ限定されて行なわれており、
特定の実力者の意向が、
大きく反映する構造になっています。

従って、
本当に欧米と同じような放射性ヨードの治療が、
必要性が高いという判断があれば、
その必要性を強く働き掛けると思いますし、
行政もその圧力に無関心ではいられないと思います。

要は経験的な判断として、
日本の甲状腺外科の専門医は、
甲状腺乳頭癌に関しては、
原則として手術治療で充分であり、
放射線ヨードの治療をするには及ばない、
という考え方があったのだと思います。

こちらをご覧下さい。
甲状腺アブレーションの効果論文.jpg
これは2008年のアメリカの医学誌に掲載された、
高分化の、すなわち低リスクの甲状腺乳頭癌に対する、
放射性ヨードのアブレーションの意義についてのレビューです。

アメリカで、
原則として1センチを超える甲状腺乳頭癌では、
高分化のものでも、
甲状腺の全摘と放射性ヨードのアブレーションが、
推奨される治療となっているのは、
幾つかの臨床研究において、
甲状腺癌の生命予後が、
手術のみより、
有意に良いものとなっているからです。
この場合再発は1%程度に留まります。
これを多いと見るか少ないと見るかは、
難しいところです。

こうした検証が、
日本ではあまり行なわれていない、
と言う点が、
日本の甲状腺癌治療の大きな問題点です。

ただ、アメリカでは逆に、
本来は慎重にその適否を検討するべき、
よりリスクの低い甲状腺乳頭癌に対しても、
同様のアブレーションを含む治療が、
行なわれている、
という事実が問題になっています。

物凄く前置きが長くなりましたが、
今回ご紹介する論文は、
T1N0という、
大きさが2センチ未満で、
リンパ節や遠隔転移のない、
最も初期の段階のものを含む、
リスクの低い甲状腺乳頭癌に対して、
3.7ギガベクレルの放射性ヨードを使用する代わりに、
より放射線量の少ない、
1.1ギガベクレルの放射性ヨードを使用し、
その効果を比較したものです。

もう1つ、
これまでの方法では、
手術後に使用していた甲状腺ホルモンを、
アブレーションの前に2週間止めるのですが、
それをしない代わりに、
甲状腺刺激ホルモン製剤を使用し、
その代用とする試みをしています。

この論文のせいかどうかは分かりませんが、
丁度今月この目的の甲状腺刺激ホルモン製剤の使用が、
日本でも認可されています。

アブレーションを成功させるためには、
甲状腺組織へのヨードの取り込みが、
刺激されている必要があるのですが、
甲状腺を全摘して甲状腺ホルモン剤を使用していると、
甲状腺刺激ホルモンは抑制されているので、
アブレーションの効果が充分に得られないのです。
しかし、甲状腺ホルモンを一時的にせよ中止すると、
当然重度の甲状腺機能低下症になりますから、
アブレーションの前後は、
かなりの苦痛に耐える必要があるのです。

甲状腺刺激ホルモンを使用すると、
それによりヨードの取り込みは、
強制的に増加するので、
甲状腺ホルモンを中止する必要がなくなり、
患者さんの負担が減ることになる訳です。

論文の結論としては、
低リスクの甲状腺乳頭癌の治療には、
1.1ギガベクレルの放射性ヨードで、
充分な効果が期待出来、
甲状腺ホルモンを中止しなくても、
甲状腺刺激ホルモン製剤の使用で、
これも充分代用可能だ、
というものでした。

今後の流れとしては、
アメリカでも、
低リスクの甲状腺乳頭癌に対する、
アブレーションの適応が、
より厳密に限定される方向に、
進むことになりそうです。

つまり、
日本の方針に近付く訳です。

ただ、
それは必ずしも、
日本の治療が正しい、
ということにはならないのではないかと思います。

日本においては、
あまり科学的に厳密な比較検証がないまま、
経験的な判断と、
患者さんには全く関わりのない、
放射性物質の扱いの煩わしさなどの理由から、
必要以上に放射性ヨード治療が、
限定されているという現状があり、
そのことが一部の患者さんに、
不利益を与えている可能性があるからです。

今後より実証的な甲状腺癌の治療指針が、
日本でも議論されることを期待したいと思います。

今日は甲状腺癌治療の、
国内外の差についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(29)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 29

コメント 4

まうす

アメリカ在住です。のどのしこりが気になって、検査やら問診やらを続けて(こちらはとにかく時間がかかります)

昨日の1月3日に、専門医から、左甲状腺のしこりのひとつが、乳頭がんだと診断されて、手術で左側のみを取り除くことにしましょうと、言われました。ドクターは、日本では、様子を見るという方法も取ってるんだよね、など話もしてくれました。

大きさは6ミリです。自覚症状はさわって、しこりを感じる、のどに圧迫感があるときがある(いつもではありませんが)です。セカンドオピニオンを取りに行こうと思います。できればしばらく大きくなるかどうか様子を見たいと思っています。日本では6ミリぐらいだと、様子を見ることが主流になってるといいますが、やはりそうですか?

去年甲状腺の数値が低めで、呑んだ薬で髪が少なくなったり、気分にむらが出たのがすごく不快で、またおなじような薬を飲むことになると考えるととても不安を感じています。
by まうす (2014-01-05 13:19) 

fujiki

まうすさんへ
6ミリの乳頭癌で転移などの所見がないとすると、
判断は微妙で、
一般的には矢張り手術を勧められると思いますが、
患者さんが強く希望されれば、
慎重に経過を見る、
という方針になるのではないかと思います。
そのニュアンスは、
医療機関や医師によっても、
少しずつ異なるのではないかと思います。
by fujiki (2014-01-07 08:45) 

まうす

fujikさま
ありがとうございます。その後、自分なりにリサーチをしましたが、日本に帰って診ていただくという方法も検討しています。
次にドクターに会うときに、様子を見たいという希望を伝えてその場合の注意点、など、詳しく聞こうと思います。

by まうす (2014-01-09 14:15) 

karita

私もアメリカ在住です。
頸部に3.5cmのしこりがあり、検査したところ、乳頭がんということで、近々全摘手術をします。そして、100マイクロキュリーというヨードを服用してアブレーションをやると説明を受けました。先生がお話のように、こちらでは当たり前の治療法のようです。日本ではそこまですることがないらしい、本当にこんなことが必要なのかと不安に思っていましたが、このブログを読んで、一概にはそうではないとわかり、少し気が楽になりました。しかし、やはり日本人なので被爆ということのリスクがどうしても引っかかっていることは確かですが、がんを根絶するというその言葉にかけてみようと思います。自分が1%にならないために。
ありがとうございました。


by karita (2018-01-09 02:23) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

メッセージを送る