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チェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌を考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はチェルノブイリ原発事故後の、
小児甲状腺癌の発症について、
その代表的な文献を元に考えます。

これはご存じの方も多い話なので、
「そんなことは今更いいよ」と思われる方はスルーして下さい。
ただ、あまり根拠なく、
「あれは微小癌を見付けてしまっただけで、
実際にはそれほど増えてはいないのだ」
と言われる方が、
今でもチラチラいらっしゃるので、
そうしたご意見の方の誤解を解きたいと思い、
改めて記事にすることにしました。

こちらをご覧下さい。
チェルノブイリ後の甲状腺癌論文.jpg
1994年のCancer誌に掲載された、
比較的初期の文献です。
ミンスクの甲状腺腫瘍センターという一箇所の施設で、
1991年と1992年に手術された、
トータル84名の小児甲状腺癌のお子さんが、
その対象です。
ベラルーシとアメリカの研究者の、
共同研究です。

この施設において、
チェルノブイリの原発事故が発症した1986年に診断された、
15歳以下の小児甲状腺癌の事例は年間2例です。
1987年には4例で1988年には5例、
1989年は6例、1990年には23例で、
1991年には55例になっています。
これはその年に診断された事例で、
手術された事例ではありません。

明日改めてご紹介しますが、
1991年から1993年に掛けて、
色々な意味でご高名な、
長瀧先生や山下俊一先生らのグループが、
トータル5万人のチェルノブイリ被曝地域のお子さんの、
甲状腺の超音波検査と穿刺吸引細胞診による、
検診を行なっています。

この検診で発見された甲状腺乳頭癌は、
4例のみです。
論文は1995年に発表されました。

この事実から、
色々なことを考えさせられます。

それまで数例の小児甲状腺癌が、
同じ施設で急に4倍になり、
翌年にはその更に倍以上になったのですから、
実地の医療者は絶対におかしいと考えます。

こうした医療者の経験的な確信が、
臨床において異常事態を早期に感知するためには、
何よりも重要なことです。
統計的に有意かどうか…
のような議論は、
この場合にはナンセンスです。

上記の論文では、
1991年に手術された23例と、
1992年に手術された61例の小児甲状腺癌の患者さんの、
組織所見を含めた検討が行なわれています。
2年間で84例の手術が行なわれたのです。
その半数を超える43例は、
Gomel という地域の住人ですが、
長瀧先生らの8949名に及ぶ、
同地域のお子さんの検診で、
ほぼ同時期の3年間に発見された小児甲状腺癌は、
2例のみです。

このことの意味付けは非常に難しいのですが、
今回の原発事故後の検診においても、
同様のことが起こる可能性が皆無とは言えないことを、
僕達は常に考える必要があると思います。

それでは次をご覧下さい。
被曝後甲状腺癌年齢分布.jpg
お子さんの手術時の年齢分布です。
平均は9.5歳で明確な男女差はありません。
通常甲状腺乳頭癌は中年層の女性に多いのですが、
小児期に限って分析すると、
性差の見られないことは、
これまでにも複数の報告があります。

では次をご覧下さい。
被曝後甲状腺癌被爆時年齢分布.jpg
同じ甲状腺癌のお子さんの、
チェルノブイリ原発事故時の年齢分布を見たものです。
事故後手術に至るまでの年月は、
平均5.8年、早い事例では4年です。

この甲状腺癌の増加を、
甲状腺の放射線による被曝によるものと考えると、
この期間はどうも胡散臭い、
ということになります。

何故なら放射線誘発癌の被曝から発症までの期間は、
固形癌では概ね10年以上と考えられているからです。

その突っ込みを予想して、
上記の論文の著者らは、
お子さんの甲状腺癌についての、
これまでの報告を詳細に検証し、
それを放射線被曝由来のものと、
そうでないものとに分類して、
その特徴をまとめています。

ここにはお示ししませんが、
放射線被曝の既往なく発症する甲状腺癌は、
年齢と共に増加する傾向を示し、
特に5歳未満では報告例は極めて稀です。
この点で年齢で増加する傾向を示さず、
被曝後5年程度の期間を経て発症している、
この84例の小児甲状腺癌は、
被曝との関連を示唆すると、
著者らは推論しているのです。

更には甲状腺の放射線被曝の影響には、
外部被爆と内部被曝で組織所見の異なることが分かっていて、
内部被曝においては、
組織の線維化や局所の異形成、血管の変化等が、
より顕著に現われる、
という傾向があり、
今回の84例の事例の甲状腺の組織所見において、
同様の内部被曝による変化が、
より多く認められたと考察しています。

つまり、
被曝後の期間はこれまでの報告と異なるけれど、
他の特徴は放射線の内部被曝後の発癌と、
よく似た傾向を示しており、
原発事故の影響により、
小児の甲状腺癌が増加したことが、
強く示唆されると結論付けているのです。

もう1つ必ず指摘される点は、
この84例の癌は、
実は検診をしたから見付かった、
所謂潜在癌で、
通常なら見付からなかった甲状腺微小癌を、
無理に見付けたものではないのか、
という突っ込みです。

その点については、
次をご覧下さい。
被曝後甲状腺癌サイズ.jpg
画像が見え難くなってしまうので、
論文の図の右の部分を少し切っています。

一番左に甲状腺癌のサイズが書かれています。
甲状腺微小癌と表現する場合、
少し前の基準では大きさが1.5センチ以下、
今は概ね1センチ以下を微小癌と呼んでいます。

ご覧頂くとお分かりのように、
その多くは1センチを超える癌です。
典型的な乳頭癌の組織型のものでは、
9割以上が1センチを超える顕在癌で、
9割以上がリンパ節の転移を伴っています。
ただし術後の予後は良く、
概ね1年半程度の経過観察で、
死亡の事例は1例のみです。
つまり、所謂「未分化癌」ではありません。

皆さんご存知のように、
チェルノブイリ事故に由来する小児甲状腺癌は、
4000例を超えると言われています。

ただし、1995年以降くらいになってくると、
検診も熱心に行なわれるようになり、
実際に批判的な方が言われるような、
微小癌を過剰診断するバイアスも、
当然掛かって来ると思われます。

最初のうちは5ミリ程度の結節は、
むしろ様子を見るでしょうが、
小児の甲状腺癌が増加していることが、
ほぼ間違いのない事実として認識されるようになり、
高率にリンパ節への転移も起こる、
という理解が広がれば、
実地に診療の現場に立つ医療者は、
統計を取るためではなく、
患者さんを助けるために仕事をするのですから、
「癌の疑いが少しでもあれば手術しましょう」
という方針になるのは当然です。

従って、こういう現象で、
正確な統計を取る、
などということは現実には不可能です。

しかし、この初期のデータには、
間違いなくそうしたバイアスはないのです。

チェルノブイリの事故後に、
被曝による小児甲状腺癌が増加したことは、
間違いのない事実と、
ご理解頂ければ嬉しく思います。

問題は何故短期間で放射線の誘発による発癌が、
固形癌としては甲状腺のみに起こったのか、
というメカニズムにあります。

最後は多少の飛躍をお許し下さい。

僕の個人的な見解は、
多くの方の持っている甲状腺微小癌が、
放射線かもしくはそれ以外の、
何らかの原発事故に関わる外的要因の影響で、
急速に増殖するような変化を来たしたのではないか、
というものです。

放射線の影響で遺伝子変異が起こり、
それが発癌に結び付くには、
間違いなく一定の時間が掛かります。
身体の側の修復機能が、
非常に強固なものだからです。

ただ、もっと直接的に、
細胞において増殖のシグナリングが活性化された場合には、
その理屈は成り立ちません。

今月のNew England Journal of Medicine誌に、
BRAF阻害剤という抗癌剤の使用後に、
別種の皮膚癌が誘発される、
という内容の論文が掲載されていますが、
これはある種の遺伝子変異を、
予め持っている個体においては、
細胞内の増殖に関わるシグナリングが、
抗癌剤により切断されることにより、
別個の増殖経路が活性化され、
極めて短期間で発癌が生じる、
という事例が報告されています。
抗癌剤の使用後3ヶ月後に、
別個の顕在癌が発症しているのです。

つまり、
条件さえ整えば、
短期間の発癌は有り得るのです。

別に危険を煽る気持ちは毛頭ありませんが、
事故後通常の想定より短期間で、
特定の癌の増加が起こることは、
決して100%有り得ないものではない、
という認識を持って、
今後の経過を慎重に見守る必要があると僕は思います。

今日はチェルノブイリ事後後の小児甲状腺癌についての、
基礎となる文献の1つをご紹介しました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 5

人力

貴重な考察をありがとうございます。
山下教授らの初期の研究には、微小癌を早期に切除した形跡は無いという事ですね。そうすると、やはり5年で癌を成長させる因子が何か存在するという事ですね。

癌を駆逐する免疫系に異常が生じ、癌細胞の増殖を抑制し切れなかったか、免疫系をすり抜ける傾向の癌が発生したかですが、リンパ節転移の治療後の経緯が良好であるとすれば、一時的な免疫系の異常が発生したと考えるべきでしょうか?
by 人力 (2012-01-23 14:35) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
現実的にはかなり高度の被曝があり、
それにより急性の変化が生じたのかも知れません。
ただ、僕は矢張り正常細胞が癌化したのではなく、
所謂微小癌が急性増悪した現象と考えた方が、
筋が通るのではないかという意見です。
何らかの遺伝子変異のある個体に、
起こった現象なのかも知れません。
by fujiki (2012-01-24 09:21) 

koyan

甲状腺癌の検証は興味深く参考になりました。

「現実的にはかなり高度の被曝があり」と先生のコメントに有るように私もその可能性に疑問を持っています。

今中哲二先生の「ロシアにおける法的取り組みと影響研究の概要」
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Ryb95-J.html
の中でチェルノブイリ原発事故に関する1986年~1989年ソ連政府のチェルノブイリ関連法令を紹介されています。
・1986年5月12日:住民の被曝限度を年間500ミリシーベルトに決定した。
・1986年5月22日:被曝量限度は全住民に対し年間100ミリシーベルトに決定。
・1987年:被曝量限度は30ミリシーベルト
・1988年:被曝量限度は25ミリシーベルト
・1989年:被曝量限度は25ミリシーベルト 
事故の翌日に避難したプリピャチ市の住民4.5万人に被曝量が少なかった事に比べ、高線量下で残された30㎞圏内の住民9万人の避難が遅れた事と牛乳の消費が制限されなかった為に食物連鎖による内部被爆が大きかったと言われています。

チェルノブイリ原発事故と福島の事故を比較される時、専門家でさえ事故後5年(1991年)のチェルノブイリ関係国の避難基準と事故直後の福島の基準とを比較されて論じられる方が多く、私達一般人は混乱してしまいます。

中には、事故後12年経って1度行われた尿中セシウム濃度と事故直後の福島のデータを比較されて検証される専門家と称する方もおられます。
チェルノブイリ膀胱炎物語
http://www.cbims.net/doc/pdf/%20filename=7_56.pdf

先生の様に見識が有り、データーに基づき客観的に解りやすく説明出来る方に、是非チェルノブイリの事故直後の状況を福島と比較検証して頂きたいのですが、如何でしょうか?

ソ連崩壊前に起こった事故で正確なデーターが少なく検証は難しいかもしれませんが、将来を予測する上で、福島の方々をはじめ全国の多くの人が今1番知りたい事だと思います。

ご無理なお願いを致しまして申し訳ないですが、宜しくお願いします。
by koyan (2012-04-02 13:46) 

森島

石原先生の以下のご見解に質問させて下さい。

>数例の小児甲状腺癌が、同じ施設で急に4倍になり、
翌年にはその更に倍以上になったのですから、実地の医療者は絶対におかしいと考えます。

検診数が多くなれば、それだけ小児甲状腺癌の発見数は増加すると思うのですが、その点をどのようにお考えでしょうか?


by 森島 (2013-04-05 19:57) 

fujiki

森島さんへ
これはまだ、
放射線の内部被曝で甲状腺癌が増える、
という知見がなかった時の話なので、
検診自体がまだなく、
それで顕性の甲状腺癌が増えているので、
おかしいという話です。
その後検診が大々的に行なわれ、
放射性ヨードで小児甲状腺癌が増える、
というように認知された後では、
当然そのことによるバイアスは生じると思います。

by fujiki (2013-04-05 23:01) 

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