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治るための長い曲がりくねった道 [応援]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は1つの事例をお話します。

実際の事例を元にしていますが、
患者さんの特定を避ける観点から、
細部は事実を敢えて変えた部分のあることを、
予めお断りしておきます。

Cさんは20代の女性です。
九州の出身で、
大学卒業と共に、
東京の化粧品の会社に就職しました。

ごく普通の家庭に育ち、
内気な少女ではありましたが、
大学卒業まで、
これといった問題はありませんでした。
授業には真面目に出席し、
レポートも遅れたことはありません。
その割に成績は平凡なものでしたが、
特に悪い科目はありませんでした。
(双極性障害や発達障害を疑わせる兆候はなかった、
というこれは裏の意味合いです)

背も低いのに、ちょっと猫背の歩き方をします。
色白で、瞳は決して小さくはないのに、
いつも伏目がちで、
目を大きく見開くことは殆どありません。
化粧は薄く、服装も地味ですが、
ちょっとしたこだわりはあって、
特定のメーカーの特定のシルエットの服を、
好んで身に着けています。
友達付き合いが嫌いな訳ではありませんが、
皆と一緒でも、自分から発言することは多くはありません。
声は低く、柔らかなトーンで、
大声を出すところを見た友達は1人もいません。

上京して会社に入ってから、
1年は何事もなく過ぎました。
個別のお店からの売り上げ状況などを、
集計して会議の資料を作るような事務仕事です。
仕事のペースは早くはありませんでしたが、
大学時代のレポートと同じように、
平凡な出来で冴えたところはないものの、
出来た書類にミスはありません。

大抵5時には会社を出て、
夕食の買い物をしてから、
電車で20分ほどの1人暮らしのアパートに帰ります。
テレビを見ながら食事をして、
ちょっとした空想に耽りながら、
ぼんやりと時を過ごします。
友達からメールが来れば、
それを返し、
親から電話があれば、
結構長話もしますが、
自分からメールをしたり、
電話をしたりすることは、
余程の用事以外はありません。

平凡な、しかし落ち着いた時間が、
Cさんの周囲を流れて行きました。

ところが…

変調は職場の上司が、人事異動で代わってからです。

新しい同性の上司は、エキセントリックな性格で、
仕事に無意味な創造性を求めるタイプです。
「あなただけしか出来ない、個性の出る仕事をしなさい」
が口癖で、
Cさんが作ったいつもの会議用の書類に、
難癖を付けてOKを出してくれません。
「こんなオリジナリティのない書類は駄目よ。
うちはセンスが命の会社なんだから」

でも、別に外部の人の目に触れる書類ではないのです。
それまで会議に出席した会社の幹部から、
苦情の出た例もありません。

Cさんはそれでも何度か書類を作り直し、
提出しましたが、その上司は認めてくれません。
Cさんは生まれてから初めて、
袋小路にいて身動きの取れない自分に気付きました。
出口は何処にも見当たりません。

そのうちに、Cさんの体調に異常が現われます。

ある日の早朝に酷い吐き気と頭痛、
めまいで目を覚まします。
嵐の中に漕ぎ出した、
ボートに乗っているような気分です。
あまりの辛さに会社に電話を入れ、
入社してから初めて会社を1日休みました。

病院に行こうかと思いましたが、
立つのも辛い状態だったので、
そのまましばらく様子を見ました。

するとどうでしょう。

午後には症状はかなり和らぎ、
夕方には殆ど症状は消えました。

翌日も大事を取って会社を休み、
近くの病院で診察を受けました。
診察をして血液の検査をしましたが、
結果は異常はありません。

ところが、その翌日朝会社に行こうとすると、
再び同じような酷い頭痛とめまいとがCさんを襲い、
とても行ける状態ではありません。
結局そのまま10日間、
Cさんは会社には行けませんでした。

さすがに会社もそのままにはしておけず、
病気の診断書をもらってくるように、
とCさんに告げます。

それでCさんは、僕の診療所を受診されました。

僕は一通りCさんの話を聞き、
新しい上司の理不尽な要求が、
Cさんの症状の原因になっているのだと考えました。

こうした症状を、「ストレス性適応障害」と呼ぶのが、
一般的です。
周りの環境がCさんを追い込み、
心と身体のバランスが崩れたのです。

しかし、推測は簡単でも、
その治療は一筋縄では行きません。

このように強い身体の症状が出ているのですから、
当面会社に行くことは不可能です。
僕は「1ヶ月の休養を要する」という診断書を書き、
当面の症状のコントロールのために、
少量の抗うつ剤と抗不安薬とを処方しました。
処方は1週間分に止め、
必ず1週間後に受診するように指示しました。
その一方で、念のため脳の検査をしておく必要性があると判断、
脳のMRI の検査を提携している施設に予約し、
検査の指示も出しました。
Cさんがその時点で脳の病気に対する不安を、
強く持っていることが分かったからです。

勿論診察所見からは脳の異常は否定的です。
ただ、僕はこうした場合の検査を、
無駄なものとは思いませんし、
むしろ積極的にするようにしています。
患者さんの身体に対する不安を除去していくことが、
メンタルな治療の進行のためにも、
意義のあることだと思っているからです。

脳の検査は2日後で、
次の診察は1週間後です。

1ヶ月後の職場復帰に向けて、
スピーディーな回復を目指して、
全ては動き出したように見えました。

ところが…

Cさんが診療所を次に受診したのは、
丁度その1ヶ月後のことでした。
その翌日には、もう1ヶ月の休職期間は過ぎてしまいます。

「どうしたの?」
と聞くと、
「休んでいたら調子が良くなってきたので、
来なくても大丈夫かな、と思ったんです」
と言います。
脳の検査はその朝に急に頭痛が酷くなり、
キャンセルしてしまった、とのことです。
薬も勿論飲んではいません。
「じゃあ、明日から仕事に復帰出来そうなの?」
と聞くと、例によって伏し目がちのまま、
「そう思っていたんですけど、
昨日会社から電話があったら、
今朝はまた割れるみたいに頭が痛いんです」
と答えます。
会社にその通り連絡したら、
まだ復帰は無理だから、
しっかり治るまで出て来るな、
というニュアンスです。

さすがにちょっと唖然としましたが、
もう一度休職を1ヶ月延ばす診断書を書き、
今度は必ずと念押しをして、
1週間後の受診を指示しました。

ところが…

次に受診したのは、
実に2ヶ月後でした。
それまでの経過を聞くと、
実家に戻っていた、と言います。
徐々に体調が良くなった気がしたので、
こちらにいた方がいいのかな、と思い、
そのまま時間が経ってしまい、
1ヶ月になったので、
会社の窓口になっていた保健師に連絡すると、
診断書は後でいいから、
もうしばらく休みなさい、
との提案です。
それでもうしばらく実家にいて、
2週間ほど前にこっちへ出て来たのだ、
という話でした。

体調はその話とは裏腹に、
どうもあまり良くなってはいないようでした。

頭痛や吐き気、めまいは、
初めの頃ほど強いものではありませんが、
まだ時々現れますし、
何より睡眠のリズムがばらばらになって、
昼過ぎまで起きることが出来ず、
起きても動くとすぐ身体がだるくなって、
夕方にはまた寝てしまい、
夜中に目が冴えて、
翌日はまた昼過ぎまで起きられない、
という悪循環です。

今まで殆ど意識したことのなかった、
気持ちの落ち込みを強く感じるようになり、
その時期には動くこと自体が苦痛になります。
たまに気分の良さを感じる日があるので、
買い物に出掛けたりすると、
翌日は酷い疲労感で、
それこそ一歩も動くことが出来ません。
これが「気分が良いと油断すると罰が来るんだ」
という思いに繋がるので、
尚更動くことに慎重になり、
閉じこもりがちになります。

とてもすぐに職場復帰出来るとは思えません。

Cさんにそのことを尋ねると、
このだるさは最近始まったものなので、
何か他に身体に異常があるのではないか、
と心配になった、と言います。

正直がっかりしました。
検査をするタイミングはこれまでに幾らもあったのに、
その日急に調子が悪くなった、などと言って、
本人がそのチャンスを潰していたからです。

それで僕は大学病院にCさんを紹介することにしました。
このままずるずると同じことを続けていても、
仕方がありません。
Cさんにとっても主治医を変えるのが適切だと思いました。
まず総合診療科に紹介して、
身体の異常を一通りチェックしてもらった上で、
精神科に繋ぐ段取りを考えたのです。

紹介状をCさんに渡し、
くれぐれもすぐに受診するように、
お話をしました。

ところが…

案に相違して、と言うか、案の定、と言うか迷うところですが、
その後何も連絡はなく、
1ヶ月後にひょっこりCさんは診療所を再訪しました。

仕事は、と聞くと、
保健師さんに相談したら、
じっくり休んでしっかり治した方がいいから、
3ヶ月は休職を延ばしましょう、と言われたので、
診断書をまた書いて欲しい、と言いました。
大学病院には行ったの、と聞くと、
1度具合が悪くなったので、
夜中に救急で受診して、
紹介状を見せると、
何も検査はしないで、
全部大丈夫だから、
もう来なくていい、と言われたとのことです。

再び唖然としましたが、
最初ほどではありませんでした。
何となく、そうではないかと、
予期するものがあったからです。

僕は大袈裟に言えば、
ちょっと覚悟を決めました。
Cさんが、
受診日は絶対に守ってはくれないけれど、
僕に何かを求めて来てくれていることは、
間違いのない事実だと思ったからです。
それはひょっとしたら、
会社に提出する書類を書いて欲しい、
というただそれだけのことかも知れません。
でも、それでも僕はCさんが来てくれる限りは、
何処までも自分の責任で、
彼女が治る日のために、
僅かでも協力を続けよう、
と決めたのです。

それから、3年が過ぎました。

会社は2年後に正式に退職し、
それからは実家と東京とを時々往復しながら、
生活のリズムを整え、
少しずつ外出の機会を増やすなど、
自分なりのリハビリを続けています。

会社を辞めて半年くらいで受診された時、
僕はその表情が今までになく和らぎ、
言葉にも力が戻って来ているのに、
ちょっと驚かされました。

彼女はようやく治って来ている、
ということを肌で感じたのです。

Cさんの受診のペースは、
さして変わりはありません。
気が向くと2週間に1度のこともありますが、
概ね1ヶ月に1度くらいです。
薬は使いません。
血液の検査だけは、
本人の希望があるので、
定期的に行なっていますが、
異常は全くありません。

本人の話を聞くと、
気分にはまだかなり波がありますが、
睡眠のリズムを紙に付けてもらうと、
次第に乱れがなくなってきていることが分かります。

彼女も次第に、
自分が治りつつあることを自覚し始め、
そろそろアルバイトでも探してみようか、
と僕に言うようになりました。

Cさんの事例は、
僕に色々はことを考えさせます。

Cさんが最初から薬物治療に積極的であったら、
結果はどうだったでしょうか?
もっと早く改善した可能性も絶対ないとは言えませんが、
変わりはないか、むしろ悪化した可能性の方が、
ずっと大きかったのではないか、
と僕は思います。
Cさんはうつ病の診断基準を満たす状態ではありませんでしたが、
その経過の中では、
「非定型うつ」と呼ばれる症状と、
似通った病状を呈してもいます。
この時期だけを見れば、
そうした診断も可能でしょうし、
そこに双極性障害の可能性を見ることも可能でしょう。

しかし、僕はもっと普遍的に、
「気分」の不調が短期間で改善しない状況のある時、
身体が防衛的に自然に発する、
ある種の信号のようなものに、
思えてなりません。
そして、通常の薬物治療は往々にして、
その気分の振幅を増強し、
不安を高め、
治癒を遅らせることがあるのです。

僕は治療に前向きな姿勢を拒否したような、
Cさんの言動に苛立ち、
早く出すべき結論を殊更に長引かせているように感じました。

でも、今ではそれが誤りだったことが分かります。

CさんはCさんのペースで、
治ろうとしていたのです。
それは遅くもなく、
早くもなく、
彼女自身のペースだったのです。
医者がこういうケースで出来ることは、
そのペースとリズムとを肯定し、
それを乱すものとのみ、
戦うことではないかという気がします。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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