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セクショナリズムの悲劇 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に、
都内の2箇所を廻ります。

それでは今日の話題です。

今日は「セクショナリズム」の悲劇と、
それを繰り返さないための方策についての話です。
いつも長いブログですが、
今日は多分今まででも一番長い部類なので、
どうかそのおつもりで、
おトイレなどは先に済ませてからお読み下さい。

よろしいでしょうか。

ではまず事例をお示しします。
事実に基づいていますが、
守秘義務と患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて事実を変えた部分のあることを、
お断りしておきます。

患者さんはDさん。70代の男性です。

ある年の健康診断のお腹の超音波検査で、
左の腎臓にしこりが見付かりました。
ある総合病院の泌尿器科で精査を行ない、
「左腎盂癌」との診断の元に、
左の腎臓と尿管の一部を切除する手術を受けました。
ある程度進行した状態であったため、
転移の可能性も危惧されましたが、
術前の検索でははっきりした転移はありませんでした。

術後の経過は順調でしたが、
2年後に今度は膀胱にしこりが見付かりました。
膀胱癌でした。

以前の記事で取り上げたように、
腎盂癌と膀胱癌は別の病気ではなく、
ひと繋がりのものです。
腎盂から尿管、膀胱、そして尿道の一部は、
「移行上皮」という組織で出来ていて、
その一部に癌が発生した時は、
それ以外の部分にも再発の可能性が高いのです。

従って、この膀胱癌は一種の再発だったのです。

幸い早期であったため、
内視鏡で癌は切除されました。

しかし、その翌年、膀胱癌はまた再発します。

今度は切除した後で、
膀胱の中にBCGを注入する治療も行ないました。
BCGは元々結核のワクチンですが、
膀胱癌の再発を抑える効果のあることが確認されています。

これで済めば良かったのですが、
その更に翌年、今度は肺にしこりが見付かりました。

同じ病院の呼吸器外科で精査を行ない、
腎盂癌の転移であることが確認されました。
転移はおそらく以前から存在していたのですが、
手術の前には小さくて分からなかったのです。
肺癌の手術を行ない、
癌は切除されました。

しかし翌年、別の場所に肺癌が見付かり、
再度手術が行なわれました。
今度は放射線治療も併用されました。

この時点でDさんは、
同じ総合病院の泌尿器科と呼吸器外科と放射線科とに掛かっていました。
泌尿器科では膀胱癌の経過を診て、
経口の抗癌剤を服用されていました。
呼吸器外科では肺の状態を、
そして、放射線科は肺に対しての、
放射線治療の担当でした。

長く厳しい治療が続きましたが、
Dさんは心を強く持って、
治療に耐え生活を続けました。

3度目の肺の手術を終えて退院すると、
さすがのDさんも気力と体力の衰えを感じました。
ひょっとしたら病院まで通えなくなるのではないか、
という不安を覚え、
往診を頼める診療所として、
僕の所に依頼をして頂いたのです。

総合病院での治療を継続しつつ、
お風邪を引いたり、腰の痛みが出たり、
といった身の周りのことについては、
僕が診療を担当することになりました。

放射線治療の継続中から、
Dさんは咳込みが強くなり、
鮮血の混じった痰が出るようになりました。
放射線科の医者にそのことを話すと、
自分の担当ではないので、
胸部外科の担当医に相談するように、
と言われました。
それで胸部外科の主治医に相談すると、
何も検査はせず、
「取り敢えずは2週間様子を見ましょう」、
と言われます。
Dさんは不安を感じながら1週間待ちました。

その間にも血痰は続き、
心配したDさんは僕の所に相談に見えました。
お話を聞いて肺癌の再発を疑ったので、
痰の検査と胸のレントゲン写真を撮りました。
レントゲンは病院でも撮っていましたので、
Dさんに確認したのですが、
Dさんは病院で写真を撮っても、
説明らしい説明は何もない、
とのことだったので、
御同意を得た上で1枚だけ撮影しました。

結果は明らかに再発でした。
両側の肺に、多発性の影があり、
胸には水も溜まっていました。
癌性胸膜炎です。
痰の検査でも悪性の細胞が検出されました。

僕はその旨を手紙に書いて、
胸部外科の主治医に持って行って頂きました。

その数日後、
Dさんを診察した胸部外科の主治医は、
簡単な検査の結果を見て、
「肺の状態はあまり良くない」と言いました。
「ただ、もう手術は無理なので、
放射線の治療以外に方法はありません。
この癌は、元々泌尿器科の癌なので、
泌尿器科と放射線科に相談して下さい」、
と続けます。
「次はいつ来ればいいですか?」と聞くDさんに、
主治医は冷たく、
「もうこちらへは来なくていいですよ」と言いました。

それでDさんは放射線科に行きました。
放射線科の主治医は、
「もうこの状態では放射線をかけても効果はありません。
今日で終わりにしましょう」、
と言います。
勿論もう来る必要はない、という意味合いです。

不安に思ったDさんは、
予約日ではなかった泌尿器科を受診しました。
すると、泌尿器科の主治医は、
何をしに来た、と言わんばかりの態度でこう言います。
「泌尿器科的には治っているんです。
抗癌剤はもう無意味なので終わりにしましょう。
肺は呼吸器外科の担当ですから、
私には分かりません」
でも、そもそもは腎盂癌の転移なのです。
それでこの言い方は、
あんまりではないでしょうか。
Dさんは内心そう思いながらも、
言い返すことはせず、
外来を後にしました。
泌尿器科の主治医も、
次の外来の予約は取りませんでした。
「もう来なくていい」ということだったのです。

Dさんは僕のところへ相談に見えました。

僕の手元にある情報の範囲で、
Dさんに病状を説明しました。
後で総合病院の主治医に連絡を取ると、
矢張り肺の転移については、
積極的な治療は困難だ、という判断でした。
更には膀胱にも癌は再発していました。
にも関わらず泌尿器科の主治医は、
「治らないのだから」という判断で、
「もう来なくていい」と言ったのです。

Dさんは緩和ケアを希望されました。

その病院には、緩和ケアの病棟があります。
ところが、病院内の紹介状がないと、
緩和ケアへの入院は出来ない仕組みになっているのです。

Dさんは再度病院を受診し、
呼吸器外科と泌尿器科の主治医に、
紹介状を書いてくれるように頼みました。
ところが、呼吸器外科の主治医は、
「泌尿器科の癌の転移だから、泌尿器科に書いてもらえ」、
と言い、泌尿器科の主治医は、
「今の病気は肺にあるのだから、私には書けない」、
とお互いに相手の仕事だと言って、
なかなか書いてはくれません。

結局僕が放射線科の主治医に手紙を書き、
それを見た放射線科の医師が、
「俺は関係ないんだけどなあ」、
と言いながら紹介状を書いてくれました。

そしてようやく、Dさんは緩和ケア病棟に入院。
それから2週間ほどで亡くなられました。

これがセクショナリズムの悲劇です。

巨大な病院は一種の官僚機構です。
全ての病院がそうである訳ではありませんが、
往々にして科毎の連携はあまりなく、
特にDさんのように外科で手術をして、
その癌が転移して別の外科に移ったような場合には、
治療の経過が思わしくないと、
どちらの外科でも責任を押し付け合い、
自分の科で最後まで、
責任を取ろうとはしないことがあるのです。

Dさんのケースの場合、
本来は泌尿器科の主治医が、
全体のマネージメントを取るべきだったのだと、
僕は思います。
肺の治療がもう限界に達しているのであれば、
Dさんへの説明ははっきりと行ない、
せめて緩和ケアへの橋渡しをする責任は、
あったのではないでしょうか。
しかし、全身の管理は自分の責任ではない、
との感覚があると、
面倒なことは御免だ、とばかりに、
この事例のような対応を取ることがあるのです。
特に全ての科があり、
全ての分野の専門医がいる大きな病院では、
却って専門外は診ない、
という対応になり勝ちです。
人間そのものの専門医など、
存在してはいないからです。

こうしたことが、
医療不信の1つの原因になっているのではないか、
と僕は思います。

それでは、どうすればいいのでしょうか?

主治医は常に一般医で家庭医であるべきだ、
というのが僕の意見です。
一般医が専門医に依頼し、
専門的な検査や治療を行ないますが、
あくまでその患者さんの主治医は1人です。
治療の経過は逐一主治医に報告され、
説明や判断は基本的には全て主治医が行ないます。
「人間」を診るのが主治医の役割です。
この場合、専門医は患者さんに責任を持つというより、
主治医に対して責任を持ち、
主治医だけが直接患者さんに責任を持つのです。
こうすれば、責任の所在ははっきりして、
無用な押し付け合いは起こりません。
仮にトラブルがあれば、
患者さんは主治医にクレームをつけ、
主治医が専門医にクレームをつけます。
患者さんが専門医に納得がいかなければ、
そのことを主治医に言い、
主治医が場合によって専門医を変更します。
そして、患者さんが主治医に納得がいかなければ、
患者さん自身が、
主治医を変更すればいい訳です。

どうでしょうか。
こうしたシステムを取れば、
少なくともDさんのような事例は減る筈です。

このシステムでは、
専門医は人間を診る必要はないのです。
ちょっと誤解を招く言い方かも知れませんが、
患者さんを、主治医から紹介された、
「修理して欲しい高価な商品」、
として捉えればいいのです。
セクショナリズムというのは、
そもそも人間を診るためのシステムではないからです。
だって、そうでしょう。
眼科は目だけを診、皮膚科は皮膚だけを診ます。
でも、目だけの人間や皮膚だけで中身のない人間はいない筈です。
人間の臓器毎に専門医を定める、
と言う行為そのものが、
基本的に「人間を診るシステム」ではないのです。

従って、現在のシステムに立つ限り、
「大病院の専門医は非人間的で情がない」とか、
「人間ではなく実験動物のように扱われた」、
といった良くある批判はナンセンスなものなのです。
目しか治療しない医者が、
その目を持つ人間の人間性に悩まされたら、
却って治療の精度は落ち、
手術に失敗するかも知れません。
相手を失敗の許されない高価な「物」と割り切って、
そのことだけを考えた方がうまくいくに決まっています。

人間の起こすミスの殆どは、
「物」ではなく「人間」を扱う時に生じるものだからです

従って、人間を診て、マネージメントする医者と、
人間性をある意味捨てて、
治療行為に専念する医者とを分離する方が、
ミスも少なく、かつ人間性のある医療が実現するのです。
そのためには、専門医は本当に技術のある医者に限定して認定。
今より人数も減らして専門病院に配置し、
患者さんは直接は専門医には掛かれないシステムにします。
そして、主治医としての家庭医の数を増やし、
人間としての患者さん1人1人に対応するのです。

人間という優秀な道具をうまく使うには、
責任の所在をはっきりさせることが何よりも大事です。
責任を持つ、という意識のみが、
人間をマネージメントする資格だからです。
僕の考えたシステムでは、
各々の患者さんにとって、
それぞれたった1人の主治医のみが、
その患者さんに全面的に責任を負うのです。
これこそが、医療不信を解消する最良の方法だと思うのですが、
皆さんはどうお考えになりますか?

ええと、誤解のないように補足しますが、
僕は決して全ての専門医は人間性のない方がいい、
と言っている訳ではありません。
ただ、あらゆる医者に全ての能力を求めるのは、
医者の仕事の内容が、
極めて多岐に渡るという現状を考える時、
現実性が乏しいのではないかと思うのです。
「手術の腕は抜群だが、それ以外は全く駄目」、
という医者がいてもいいのではないか、
その医者には技術を磨くことに専念してもらい、
それを補完するシステムがあればいいのだから、
というのが僕の意見です。

それでは今日はこのくらいで。

長々とお読み頂きありがとうございました。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

けろきち

おはようございます。
先生のご意見に賛成です。
役割があるのですよね。
家庭医、プライマリ・ケア医、かかりつけ医・・・
呼び方は様々ですが、このようなシステムが当たり
前に機能するようになるといいですね。

うちの近くに以下のような方針を掲げている医院が
あります。
近くにあるのに何年か知らず、お世話になることも
なかったのですが、これをみて「ここを家庭医にし
よう!」と思いました。

きっと、先生のお考えに近いのではないでしょうか?!

『地域のかかりつけ医として生きる心構え
1.病気に関する悩みについて気楽に立ち
 寄ってもらえる医院作りを進めています。
2.苦しくない検査、最小限の検査で早期
 診断、適切な治療方針を建てます。
3.高度の医療を受ける必要がある方にふ
 さわしい医療機関を紹介します。
4.健康管理・老後・生き方・死について一緒
 に考えます。
5.次代を担う(世界の)子供達への援助。
6.在宅医療を受けたいと希望する方への
 協力・援助を致します。       』
by けろきち (2009-02-25 09:28) 

fujiki

けろきちさんへ
最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。
単なる分業ではなく、
責任の所在をはっきりさせる形が、
望ましいと思うのですが、
現実はなかなかそうした方向には、
動いていないようです。
by fujiki (2009-02-25 22:24) 

midori

どんな事柄でも,窓口は一つにしないと,問題が起きますね.
by midori (2010-01-04 20:17) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

医療に一番必要なことは、
調整だと思いますが、
それがなかなか難しいのが、
実態なのだと思います。
by fujiki (2010-01-04 21:21) 

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