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プロトンポンプ阻害剤と総死亡リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PPIによる総死亡リスク.jpg
今年のBMJ Open誌に掲載された、
プロトンポンプ阻害剤という最も広く使用されている胃薬と、
死亡リスクとの関連についての論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力な胃酸分泌の抑制剤で、
従来その目的に使用されていた、
H2ブロッカ-というタイプの薬よりも、
胃酸を抑える力はより強力でかつ安定している、
という特徴があります。

このタイプの薬は、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療のために短期使用されると共に、
一部の機能性胃腸症や、
難治性の逆流性食道炎、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用している患者さんの、
消化管出血の予防などに対しては、
長期の継続的な処方も広く行われています。

商品名ではオメプラゾンやタケプロン、
パリエットやタケキャブなどがそれに当たります。

このプロトンポンプ阻害剤は、
H2ブロッカーと比較しても、
副作用や有害事象の少ない薬と考えられて来ました。

ただ、その使用開始の当初から、
強力に胃酸を抑えるという性質上、
胃の低酸状態から消化管の感染症を増加させたり、
ミネラルなどの吸収を阻害したりする健康上の影響を、
危惧するような意見もありました。

そして、概ね2010年以降のデータの蓄積により、
幾つかの有害事象がプロトンポンプ阻害剤の使用により生じることが、
明らかになって来ました。

現時点でその関連が明確であるものとしては、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
急性と慢性を含めた腎機能障害と、
低マグネシウム血症、
クロストリジウム・デフィシル菌による腸炎、
そして骨粗鬆症のリスクの増加が確認されています。

その一方でそのリスクは否定は出来ないものの、
確実とも言い切れない有害事象もあり、
肺炎のリスクの増加や、
骨粗鬆症や認知症のリスクの増加などがあります。

今回の研究はアメリカの退役軍人の医療データを活用して、
プロトンポンプ阻害剤やH2阻害剤の使用と、
生命予後との関連を検証しています。

新規にプロトンポンプ阻害剤やH2阻害剤を使用した349312名と、
プロトンポンプ阻害剤の使用者と未使用者を比較した3288092名、
プロトンポンプ阻害剤の使用者と未使用者及びH2阻害剤の未使用者を比較した、
2887030名が対象となっています。

中央値で5.71年の観察期間において、
H2阻害剤の使用者と比較してプロトンポンプ阻害剤の使用者は、
その総死亡のリスクが1.25倍(95%CI;1.23から1.28)有意に増加していました。
複数の解析法で解析を行っても、
ほぼ同様の結果が得られました。

プロトンポンプ阻害剤の使用による総死亡リスクの上昇は、
30日以下の使用の場合と比較して、
361以上の使用では1.51倍(95%CI;1.47から1.56)と、
使用期間が長いほど有意に増加していました。

今回のデータは死亡原因などの詳細は不明なので、
不充分なものですが、
個々の病態以外に生命予後においても、
大規模な疫学データによりリスクの上昇が認められた点は、
軽視するべきではなく、
プロトンポンプ阻害剤の使用は、
必要最小限にとどめるような配慮が望ましいと思いますし、
今後どのような患者さんにおいて、
プロトンポンプ阻害剤のリスクが高いのか、
より詳細な検証が必要だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


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「海辺の生と死」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
海辺の生と死.jpg
「死の棘」で有名な作家の島尾敏雄の奥さんのミホさんが、
小児期から夫との出逢いまでを過ごした、
奄美の島の思い出を綴った作品に、
同じ出逢いの頃をモチーフにした、
島尾敏雄さんの短編小説などを組み合わせて、
昭和20年終戦直前の奄美を描いた映画を、
新宿の単館ロードショーで観て来ました。

上映開始から3週間近く経った金曜日でしたが、
客席は結構埋まっていました。

島尾さんの作品は矢張り「死の棘」が圧倒的で、
僕は大学生の時に読みました。
山崎哲さんがこの作品をアレンジして、
「うお傳説」という戯曲を書き、
僕は実際の舞台を観てはいなかったのですが、
一時期取り憑かれたようにその戯曲に拘り、
一度2人芝居に構成して大学で上演したことがあります。

「死の棘」は夫の浮気で狂気に陥った妻と、
夫との壮絶な葛藤を描いた作品で、
現実を素材にしていながら、
現実の裂け目のような部分から、
幻想や神話的な世界が、
現実を侵食し覆い尽くすような描写が強烈です。

その神話的な幻想の元になっていたのが、
島尾敏雄さんとミホさんが、
最初に出逢った昭和19年から20年の奄美のカゲロウ島です。

海軍中尉として150名余り(物語や記録によって差があり)の兵隊を率い、
一旦敵兵が島に近づけば、
簡素な舟での特攻を命じられた島尾中尉は、
昭和19年にカゲロウ島に赴任します。
そこで島で少女時代を過ごしたミホと出逢った島尾中尉は、
突撃と死の気配が濃厚に漂う南の島で、
ミホと恋に落ちて密かに逢瀬を交わし、
昭和20年8月13日に出撃のために待機せよ、
という命令が出た夜に、
中尉が出撃したら自分も死ぬと心に決めたミホと、
深夜の浜辺で抱き合い、
ミホはそのまま浜辺で朝を迎えますが、
結局出撃命令は出ないまま、
15日の終戦を迎えるのです。

この現実と言うにはあまりにドラマチックな出来事を、
島尾敏雄さんは昭和21年に「島の果て」という短編で、
朔中尉とトエという名前に変えて描き、
昭和37年には「出発は遂に訪れず」として再度描いています。
また島尾ミホさん自身が、
「海辺の生と死」というエッセイ集を出し、
その中にある「その夜」という原稿も同じ出来事を、
ミホの視点から描いています。

今回の映画は朔中尉とトエという、
島尾敏雄さんの小説にある名前を用いて、
朔中尉の昭和19年のガゲロウ島への赴任から、
昭和20年8月15日の終戦までを、
ほぼその2人だけの物語として描いています。

舞台は実際に奄美諸島を中心としたロケーションを行なっていて、
奄美の言葉が字幕付きで使われ、
多くの島唄も使用されています。
トエ役の満島ひかりさんや、
育ての父役の津嘉山正種さんも沖縄出身ですから、
奄美というリアルに非常にこだわった作品になっています。

オープニングはカゲロウ島の峠の道を、
トエが世話をやいている子供達と一緒に、
笑いながら歩くところから始まります。
そこで赴任した朔中尉と初めて出逢い、
峠の道はこれから通行は出来なくなる、
と告げられます。

島の景色は常に俯瞰ではなく近接で切り取られ、
役者さんの台詞は全てゆったりとした棒読みで語られ、
現実より明らかに長い間合いが取られています。
独特の雰囲気で、
何処か東欧の映画や台湾の映画などを思わせるタッチです。

この辺りはなかなか悪くないな、
と思って観ていたのですが、
物語が進んでも、
全く揺らがない淡々としたテンポのままなので、
段々観ているのがしんどくなって来ます。

この物語をしっかりと語るためには、
駐屯していた部隊の様子や、
次第に近づく戦乱の気配、
相次ぐ島への空襲などが、
ある程度の説得力を持って、
描かれなければいけないと思うのですが、
この映画では予算の関係もあるのだとは思いますが、
その辺りはかなりお粗末です。

部隊と言っても10人くらいしか兵隊は登場しませんし、
どのように駐屯しているのかも不明確です。
空襲の場面は1回だけ登場しますが、
安っぽいCGの飛行機が見え、
満島ひかりさんと子供達が逃げるところに、
これもCGでリアルさの欠片もない銃撃が、
ちょこっと描かれるだけです。

8月13日の夜には、
住民に防空壕で自決の命令が出たように、
原作の「その夜」では描かれているのですが、
映画ではその顛末がイメージ的にしか描かれていないので、
何が起こったのか皆目分からないような描写になっています。

イメージ優先の映画でも問題はないのですが、
そうであれば、
全体の核になるような印象的な場面や、
決定的な場面が必要であると思うのです。

それが残念ながらこの作品にはないように思います。

一番核になる場面は8月13日の海辺の邂逅だと思うのですが、
夜の海辺に固定されたキャメラで、
長い長いワンカットで撮影されています。
これがどうも非常に不自然で動きのない場面で、
抱き合ったままボソボソと内容のない台詞を、
アフレコで流しているだけです。
構図も平面的で面白くないですし、
これは何かのギャグなのでしょうか?

もし真面目に撮ったのだとしたら、
ちょっとその神経を疑う感じです。

トエが海に向かう前に裸体になって水をかぶるのですが、
その時に黄色い光が射して、
そちらを向いてトエは笑顔を浮かべます。
これは照明弾のようなものが落ちたからなのですが、
映画を観ても良く分かりません。
(原作では天岩戸が開いた瞬間を、
を主人公は思い浮かべています)
また、海辺での逢瀬の後に、
もういなくなった彼の砂に残った足跡を見て、
その部分の砂を自分に抱き寄せるのですが、
その部分も映画では分かりにくかったと感じました。

それからラスト近くに、
主人公のトエが自宅に戻って来ると、
縁側に座っている育ての父が、
「今日も暑くなりそうだな」
とポツリと呟く場面があって、
どうしてここで「東京物語」をしないといけないのか、
そのセンスにも脱力するような感じがあります。

役者さんは皆熱演で、
奄美の風景は美しく、
島唄の数々も印象的ですから、
そうした意味では良いところのある映画なのですが、
あまりに長く(2時間半を超える)
観客に緊張のみを強いるところは問題で、
そうした忍耐に相応しい魅力が、
あまりないように思えるところが、
問題であったように思います。

個人的には原作の「海辺の生と死」にあった、
奄美の風俗の描写などを前半に描いて、
主人公2人の逢瀬については後半に絞った方が、
作品としては収束感が増して良かったのではないかと思いました。

最近は日本映画を積極的に観ようと思って、
色々と観てはいるのですが、
僕の選択に失敗があるためか、
どうも独りよがりな感じの作品が多くて、
睡魔に襲われることも多いのがちょっと残念です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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松尾スズキ「業音」(2017年再演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
業音.jpg
2002年に荻野目慶子さんの主演で初演された「業音」が、
キャストも新たに今回再演されました。

これはもう素晴らしくて、
現代最高のアングラ女優(筆者認定)である平岩紙さんが、
ほぼ出ずっぱりの熱演というだけで最高ですし、
他のメンバーも大人計画のレジェンドが揃い、
極めて完成度の高い、
松尾スズキの極私的な世界が存分に繰り広げられていました。
時間が許せば毎日通い詰めたいような、
いつまでも観続けていたいような、
そんな至福の2時間でした。

この「業音」は松尾スズキさんが、
大人計画以外にプロデュース公演的に上演していた、
日本総合悲劇協会というユニットの1作で、
初演の2002年は松尾スズキさんと大人計画の人気が沸騰していた反面、
2000年の「キレイ」という、
ある意味松尾さんのそれまでの劇作の、
集大成的な傑作の上演以降、
おそらくはプライベートに生じた問題などもあって、
劇作という意味ではかなり煮詰まっていた時期だと思います。

実際その後1人芝居などの傑作はあっても、
松尾さんの戯曲としてのヒットは、
「キレイ」以降はなく、
純粋に戯曲として傑作と言える作品も、
今のところこの「業音」が最後のように思います。

この作品は草月ホールの初演を観たのですが、
かなりやぶれかぶれの感じがして、
「ヘブンズサイン」辺りの焼き直しの印象があったのと、
最初の「神の存在は是か非か?」という命題が、
結局「答えを聞いたけど歩いている間に忘れてしまった」
という脱力系の結論に至るので、
正直あまり感心はしませんでした。
当時はもっともっと先の世界を見せて欲しい、
という期待があったのだと思います。

ただ、今にして思うと、
この作品は松尾さんの劇作の中で、
最も個人的なギリギリの思いに溢れた、
限界点に近いような私小説的な作品で、
松尾さんが設定は違うものの「松尾スズキ」を演じ、
作中のその人物は死に取り憑かれていて、
超人的で支配的な女性に、
自殺を止めるという形で支配されている、
という物語なので、
それまでの大人計画の芝居とは一線を画した、
当時の松尾さんの遺書のような芝居であったのだと思います。

それを徹底した悪ふざけと猥雑な妄想、
中年男性に時間と共に変貌する老女や、
脳を切り取られ便器と一体化する女性、
自分のコピーを増殖させることが生きがいのゲイの怪人など、
グロテスクで奇怪なキャラクター達、
お騒がせ女優であった荻野目慶子さんを、
本人として出演させ、
自分の愛人役を演じさせるという、
虚実ないまぜの危険極まりない趣向を含めて、
極私的に生と死と演劇を突き詰めた、
怪作として成立させていたのです。

今にしても思うと壮絶な芝居でした。

さて、15年後の再演となった今回ですが、
松尾スズキさんの役柄は本人が演じているものの、
役名は「松尾」ではなく「堂本コウイチ」と変えられています。
皆川猿時さんや伊勢志摩さんも初演と同じ役を演じていますが、
役柄は矢張り架空のものに変更されています。

これはつまり純粋な虚構として、
今回は距離を取って作品を再構成しよう、
ということなのだと思います。

初演の荻野目慶子さんの役は、
今回は平岩紙さんが演じています。

それ以外のキャストも松尾さんが信頼する、
古くからの大人計画のメンバーで固められていて、
ややノスタルジックな感じのする、
非常に豪華で鉄壁な布陣です。

ある意味「最高の大人計画の芝居」を、
今の観客に見せよう、
というのが今回の眼目の1つであったように思われます。

そして、その目的なかなり高いレベルで、
果たされていたのではないかと思いました。

平岩紙さんは世が世であれば白石加代子になっていたのではないか、
とも思えるようなアングラ演技の逸材で、
聖女から狂女、
チンピラ女子高生から不倫するエロチックな人妻、
世界支配を企むSM女王様まで、
あらゆる役柄を変幻自在に演じ分け、
その一方で能面のように完全に表情を殺して、
物体として存在することも出来る技巧の持ち主です。

今回の舞台はある意味彼女のワンマンショーで、
その存在自体の素敵さと、
惚れ惚れとするような演技術には、
女優さんを観る喜びを、
心より堪能することが出来ました。

唯一不満は前回荻野目慶子さんは舞台上でほぼ全裸になったのですが、
平岩さんはラストまでシュミーズ姿のままだったことで、
平岩さんはCMもされていますし、
おそらくはそうした事情によるものなのかな、
と思いました。

基本的な戯曲の構造に変更はありませんが、
台詞は初演よりかなり分かりやすくなり、
現代を意識した細部の変化もあります。
演出も初演とほぼ同じでしたが、
キャストも変わった分、
とてもスタイリッシュで完成度の高いものになっていました。

以下は僕の勝手は推測なので、
そのつもりでお読み頂きたいのですが、
松尾スズキさんは実際にこの作品の初演の頃には、
死に取り憑かれていたのだと思いますし、
それを周囲の人や劇団員などによって、
監視され止められることによって生きていたのではないかと推察します。
そんな生活の中で、
神の存在を哲学的に思考し、
肉体のない精神だけの女性に、
支配されて生かされる自分を、
夢見ていたのではないかと思うのです。

この作品にはその頃の血を吐くような思いが、
吐露されているのだと思いますし、
それがグロテスクで甘美で奇怪な妄想の力を借りて、
唯一無二の演劇として成立している点が、
素晴らしいと思うのです。

是非ご覧ください。
これぞ掛け値なしの「演劇」です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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EBウイルス遺伝子検出による上咽頭癌のスクリーニングの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
EBウイルスDNAと上咽頭がん.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
ウイルス感染に関連のある癌の早期診断を、
そのウイルスの遺伝子を血液中で検出する方法で行なおう、
という興味深い臨床試験についての論文です。

EBウイルス(Epstein-Barr virus )は、
ヘルペスウイルス群に属するウイルスで、
1964年にバーキットリンパ腫という白血病の一種の細胞から、
分離されたウイルスです。
Epstein さんとBarrさんというのが、
発見した研究者の名前ですね。

リンパ球というのは身体を防衛する役割を担った、
白血球の1種ですが、
ポイントはこのウイルスは、
人間のリンパ球に感染して、
そこで生き続けるウイルスだ、
ということです。

通常のウイルスは人間に感染しても、
リンパ球などの人体防衛軍の働きによって、
短期間で身体から排除されるのですが、
EBウイルスのようなリンパ球に感染するタイプのウイルスは、
HIVもそうですが、
人間の免疫が完全に退治することが、
非常に難しいのです。

大人になるまでに、
95パーセントの人はEBウイルスの感染を受けます。

この時の症状は、
乳幼児では軽い風邪症状で、
咽喉がちょっと腫れる程度か、
全く症状の出ないケースもあります。

それがもう少し大きくなって、
小中学生以降で感染すると、
今度は高熱が出て扁桃腺が大きく腫れ、
全身的にもかなり重症感のある症状になります。
肝機能が悪くなって肝臓が腫れたり、
血小板が減ったり、
首のリンパ腺が大きく腫れるのも特徴です。

これを「伝染性単核球症」と呼んでいます。

咽喉にはB細胞というリンパ球があって、
それが身体の防衛に当たっています。
そのB細胞のうち、
CD21というマーカーがあるタイプのリンパ球に、
EBウイルスは感染を起こします。
するとこのリンパ球は勝手に増殖し、
咽喉に炎症を起こすのです。

そのリンパ球を封じ込めるために、
細胞障害性T細胞とNK細胞という白血球が増加します。
ウイルスを退治するというより、
ウイルスに侵入され、
そのコントロールを失った、
自分達の仲間を殺すのです。
EBウイルスに感染した細胞は不死化するので、
退治しなければ永久に死なないのです。
この辺り、ゾンビ映画のようですが、
それはまあ、ゾンビ自体が感染症の隠喩なのであり、
そうした恐怖は人間にとって根源的なものなのだと思います。

この細胞障害性T細胞とNK細胞が、
白血球の形態の分類から言うと、
主に「単核球」ということになるので、
「伝染性単核球症」という病名の由来はここにあるのです。

乳幼児はまだ免疫系の発達が未熟なので、
こうした病気は軽症で済むのです。
このウイルスは人間の免疫の力を逆用するので、
それだけ質が悪く、
また免疫が強い状態にあればあるだけ、
その初感染の時の症状は強いのです。

伝染性単核球症は通常自然に治りますが、
その完全な治癒までには1~3ヶ月が掛かり、
不明熱の原因となることや慢性化することもあります。

そして、最近注目されているのが、
特定の癌とEBウイルス感染との関連です。

このウイルスはリンパ組織のある上咽頭(咽喉の奥の上の部分)
に高率に感染を起こし、
その部位のリンパ組織の細胞に、
潜在的な感染が持続することにより、
上咽頭癌の発症の要因となっていることが、
最近の研究によりほぼ確実と考えられています。

上咽頭癌の癌細胞には、
高率にEBウイルス由来の遺伝子が検出され、
それが細胞から遊離した遺伝子断片として、
血液中でも検出が可能であることが明らかとなりました。
また血液のEBウイルスに対する抗体価が高いと、
それだけ上咽頭癌のリスクは上昇し、
放射線治療などによる寛解後には、
その抗体価も低下することもまた、
明らかになっています。

上咽頭癌は進行しないと症状を出すことはなく、
早期発見は難しい性質の癌の1つです。

それでは、
血液中のEBウイルス遺伝子を検出することにより、
その早期発見に結び付けることは出来ないのでしょうか?

血液中の細胞外DNAを増幅して検出することは、
それほど難しいことではありませんが、
問題は通常のEBウイルスの感染においても、
急性期には血液でウイルス由来のDNAが検出されても、
おかしくはないということです。

通常こうした場合に行われる方法は、
ある量以上に遺伝子が検出された場合に、
それを異常と判定する、という考え方です。

しかし、実際にはごく早期の上咽頭癌であれば、
血液中に漏れ出る遺伝子の量も少ないと想定されますから、
通常のEBウイルス急性感染との鑑別は、
より困難となるように思われます。

それではどうすれば良いのでしょうか?

上記文献の著者らの方法は、
4週間の間隔を空けて2回の測定を行い、
2回とも血液中のEBウイルス由来DNAが検出されれば、
その量に関わりなく異常と判断して、
上咽頭の内視鏡検査やMRI検査を施行する、
という考え方です。
通常急性感染においては、
血液中にウイルス由来のDNAが検出される期間は、
それほど長いものではないからです。

こうしたスクリーニングはまた、
上咽頭癌の発症リスクが高い集団に対して行わないと、
その効果は充分には得られません。

そこで今回の研究では、
上咽頭癌の発生頻度の高い香港において、
よりリスクの高い40歳から62歳の男性に絞って、
血液のEBウイルス遺伝子の検査を行い、
その経過を観察しています。
観察期間の中央値は22か月です。

対象者は20174例で、
初回の検査において5.5%に当たる1112名で、
EBウイルス由来のDNAが検出されています。
この陽性者に4週間後に再度検査を行ったところ、
全体の1.5%、初回陽性者の27.8%に当たる309名では、
再検査でもウイルス由来のDNAが検出されました。
この309名のうち、同意の得られた300名で上咽頭の内視鏡検査が、
275名では内視鏡検査に加えてMRI検査が施行されました。

その結果、
34名に上咽頭癌(鼻咽頭癌)が診断されました。
診断された上咽頭癌は、
ステージは1と2という早期である比率が、
これまでの報告では20%程度であったのに対して、
71%という高率になっており、
診断から3年後の段階で増悪せず生存していた比率も、
97%という高率でした。
つまり、比較的短期間の観察に過ぎないものですが、
このスクリーニングにより発見された上咽頭癌は、
これまで通常診断された場合より、
早期のものが多くその予後も良い可能性が高い、
ということが言えます。

検査を拒否した9 名のうち、
1名は登録から32か月後に、
進行癌の段階で診断がされています。

また、初回の検査でEBウイルス由来の遺伝子が、
検出されなかった対象者の中で、
1年以内に上咽頭癌を発症したのは1名のみでした。

こうした結果から、
今回の対象者に施行した場合のこの検査の有効性は、
感度(上咽頭癌の患者さんの中で検査が陽性になる確率)が97.1%で、
特異度(上咽頭癌のない人が検査が陰性になる確率)が98.6%と算出されました。
陽性的中率(この検査が陽性の時に上咽頭癌である確率)は11%です。

こうしたスクリーニングとしては、
かなり画期的な結果であると言って良いと思います。

ただ、アメリカのジョンホプキンス病院での調査では、
上咽頭癌の患者さんのうち、
血液でEBウイルス由来の遺伝子が検出されたのは、
全体の1%程度と報告されていますから、
今回の結果はかなりその対象群によって違いのあるものと思われます。
日本は香港と比較すると上咽頭癌の頻度は低い地域ですから、
こうしたスクリーニングの有用性はあまり高いものではない、
という可能性もあります。

従って、癌の予後改善のためのスクリーニング検査というのは、
そう簡単なものではないことは間違いがないのですが、
対象群と病気と検査を上手く選択すれば、
現状の技術水準の中でも、
可能であることが証明さえた意義は大きく、
今後の検証を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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去痰剤カルボシステインのCOPDに対する効果(2017年のメタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
カルボシステインのCOPDに対する効果.jpg
2017年のInternational Journal of COPD誌に掲載された、
カルボシステインという古く安価な去痰剤が、
慢性の肺の病気の急性増悪の予防や病気の予後改善に、
有効であることを示唆するメタ解析の論文です。

風邪で痰が絡んだり、
咳が出たりすると、
必ず処方される薬があります。

総称して去痰剤と呼ばれるもので、
カルボシステイン(商品名ムコダインなど)や、
アンブロキソール(商品名ムコソルバンなど)などが、
その代表です。

安い薬ですし、
市販の風邪薬や咳止めにも入っています。

飲んだ方の印象も、
「別に咳が止まる訳でもないし、
まああってもなくても大差のない薬だね」
といったところではないでしょうか?

ところが、
この去痰剤が意外に優れモノであることが、
最近の研究によって明らかになっています。

痰とは何でしょうか?

特にご病気のない人でも、
1日100ml程度の分泌物が、
気道では産生されています。

成分的には9割が水分で、
それ以外にムチンという糖蛋白質が、
その主成分です。

痰というのはこのムチンという成分が、
過剰に産生された状態です。

このムチンは粘り気のある物質なので、
これが多ければ分泌物はドロドロで固まり易くなり、
それが痰と呼ばれる状態なのです。

気道の感染症やアレルギー反応が起こると、
主に炎症性のサイトカインの影響により、
ムチンの産生は増加します。

これが喘息や風邪や肺炎で、
痰が増えることの主な理由です。

気道に炎症が起こると、
それが細菌感染であれば、
好中球という種類の白血球が多く気道に集まり、
そこに含まれる酵素の性質により、
痰には色が付きます。
概ね好中球がそれほど多くないと、
痰は黄色くなり、
ある程度以上多くなると緑色になります。

痰の生成は基本的には身体の異物除去反応で、
有害なものではありませんが、
気道が障害されて、
スムースに痰を外に出すことがし難くなると、
気道に痰が詰まり易くなり、
最悪はそのために窒息が起こることがあります。

特に寝たきりのお年寄りが肺炎に罹ったりすると、
そのために痰が詰まって、
亡くなる要因ともなるのです。

また、適切な量のムチンの産生は、
身体にとって大きな問題にはならないのですが、
気道の炎症が慢性化すると、
好中球という白血球が分泌する酵素の働きによって、
ムチンを産生する細胞が増加することが、
動物実験などで確認されています。
つまり、お年寄りや喘息の患者さんで、
常に気管支炎などの炎症が、
慢性的に起こっていると、
ムチンの産生が病的に増えて、
それだけ痰が出し難くなる、
という悪循環が生じてしまうのです。

ここに、痰を減らす薬の必要性があります。

去痰剤と呼ばれる薬があります。

その名の通り痰を減らす作用のある薬ですが、
そこにも幾つかのメカニズムの違いがあり、
また特徴があります。

痰の主成分はムチンですが、
これは糖と蛋白質との複合体です。

この糖と蛋白の間のS-S結合と呼ばれる部分を切り離すのが、
システイン系と呼ばれる薬剤で、
主に使用されているのは、
アセチルシステイン(商品名ムコフィリンなど)と、
メチルシステイン(商品名ペクタイトなど)と、
エチルシステイン(商品名チスタニンなど)です。

次にムチンの糖の部分を分解するのが、
塩酸ブロムヘキシン(商品名ビソルボンなど)です。

更にはムチンの蛋白質を分解するのが、
蛋白分解酵素剤ですが、
その代表格のセラペプターゼ(商品名ダーゼンなど)は、
プラセボと有効性に差がなかったとして、
現在は発売がされていません。

一方でアンプロキソール(商品名ムコソルバンなど)は、
ムチン自体は分解せず、
痰が気道に付着し難くして、
その排泄を促す、
というちょっと変わった作用の薬です。

そして、最近その効果が再評価されている、
カルボシステイン(商品名ムコダインなど)は、
ムチン産生そのものの抑制効果があります。
つまり、ムチンを分解するのではなく、
その産生量を減らすのです。

従って、ムコダインとムコソルバンとビソルボンは、
それぞれ別個のメカニズムを持つ、
別個の薬です。

粘り気の強い痰が少量の場合には、
ムチンを分解するような薬剤と、
その付着を妨害するような薬剤が適しています。
すなわち、ビソルボンとムコソルバンの併用が良く、
ムコダインはあまり良い選択ではありません。

一方で痰の量がやや多く、
粘り気はさほどでない場合には、
ムコダインが良い適応です。
それで痰が詰まり易い場合には、
ムコソルバンを併用します。

近年アセチルシステインは、
主に海外で肺線維症の進行予防効果が報告され、
アンブロキソールは2004年に、
カルボシステインは2007年から2008年に、
それぞれ慢性閉塞性肺疾患の、
増悪を抑制する効果が報告されて話題になりました。

今日の主題であるカルボシステインについては、
慢性閉塞性肺疾患の患者さんに、
1年間の長期間使用したところ、
その患者さんの症状の増悪回数や、
風邪を引く回数が減少した、
という結果が報告されました。
これはPEACE研究と名付けられ、
その一部はLancet誌に掲載されて、
その年の優秀論文の1つに選ばれました。
それがこちらです。
カルボシステインの効果Lancet.jpg

この内容とちょっと裏話的な話をします。

ムコダインは1981年に杏林製薬が発売した薬です。

元々ムチンの産生を抑え、
痰の粘性と量とを抑える作用の薬ですが、
2006年に風邪ウイルスの代表格であるライノウイルスの、
気道上皮への付着を妨害し、
その感染を予防する効果がある、
という内容の日本の論文が発表されました。
ウイルス感染は慢性の呼吸器疾患の、
増悪因子として重要なものです。

喘息の患者さんや肺気腫の患者さんは、
風邪を引くとそれをきっかけに呼吸の状態も悪化します。
これはウイルス感染によるサイトカインの産生が、
痰の産生を増やすことが、
その大きな増悪要因の1つです。

この点から考えて、
ウイルス感染を阻止するムコダインには、
慢性の呼吸器疾患の増悪を抑え、
その予後を改善する効果があるのではないか、
という推測が生まれたのです。

この推測を検証するために、
杏林製薬がお金を出して、
日本と中国とで合同で行なわれたのが、
PEACE研究です。

日本の研究は151例の慢性閉塞性肺疾患の患者さんを、
75例と76例との2群に分け、
一方にはムコダインを使用し、
もう一方は使用しません。
それで1年間観察し、
その間の急性の症状悪化の差を見るのです。
症例の年齢は平均が60代で、
比較的ご高齢の方の多い分布です。

その結果、増悪回数、感冒の罹患回数が、
ムコダインの使用群で、
有意に少なかったというデータが得られました。

一方で中国の研究は、
基本的に同様のものですが、
症例数は全体で791例と、
日本の5倍以上です。
そして、増悪の減少及びQOLの改善の2点において、
ムコダイン使用群が有意に効果が認められた、
というものです。

これは杏林製薬がお金を出した共同研究の筈ですが、
実際には中国の研究と日本の研究とは、
同じ内容にも拘らず、
別々に発表され、
その評価は圧倒的に中国側の研究の方が上です。
勿論例数に違いがあり、
日本の151例というのは、
大規模臨床試験としては、
明らかにショボイので、
仕方のないことかも知れませんが、
何と言うのか、
お金だけは全部出して、
功績は全て持っていかれているので、
今の日本と中国との関係を、
これだけでも如実に示しているような気がします。

余談でした。

さて、今回の論文はこのPEACE研究を含めて、
それ以降2016年の9月までに発表された、
介入試験と呼ばれる精度の高い臨床試験のデータを、
まとめて解析し、その効果を検証しています。

その結果、トータルで1357名のCOPDの患者さんのデータを、
まとめて解析した結果として、
偽薬との比較でカルボシステインを使用することにより、
COPDの急性増悪は57%(95%CI;-0.57から-0.29)有意に低下していて、
生活の質も有意に改善していました。
呼吸機能や有害事象、入院のリスクには有意な差はありませんでした。

このように、
PEACE研究以降それほど大規模なデータはないので、
メタ解析と言ってもそれほど意味のあるものとはなっていないのですが、
2017年の現在においても、
カルボシステインをCOPDの患者さんに継続的に使用することには、
一定の有効性があることは否定されておらず、
安価で古い薬ですが優れた薬であることは間違いがないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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