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新規抗癌剤とその二次発癌のメカニズムを考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
BRAF阻害剤と発癌論文.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
新規抗癌剤による二次発癌のメカニズムについての論文です。

悪性黒色腫(melanoma)は最も悪性度の高い皮膚癌で、
皮膚以外に食道の粘膜などにも発症します。
特に転移を伴う悪性黒色腫は、
予後の悪い癌として知られています。

転移性の悪性黒色腫の治療には、
比較的古い抗癌剤である、
ダカルバジンという薬が、
手術後の化学療法として使用されていますが、
その効果は必ずしも充分なものとは言えませんでした。

転移性の悪性黒色腫の半数には、
細胞の増殖のシグナルに係わる、
BRAFという遺伝子の変異が認められ、
それが癌の増殖に重要な役割を果たしている、
と考えられています。

この変異をBRAFV600Eと呼んでいます。
この変異のある癌においては、
このシグナルを阻害する、
BRAF阻害剤が治療効果のあることが期待され、
そうして開発された選択的BRAF阻害剤が、
Vemurafenib です。

この薬は臨床試験の段階で、
これまでの抗癌剤を上回る効果が確認されましたが、
その一方で臨床試験の段階で、
1つの問題点が浮上しました。

それは、この抗癌剤を使用した患者さんで、
使用後に高率に他のタイプの皮膚癌が発症する、という事実です。

それは扁平上皮癌やケラトアカントーマと呼ばれる癌ですが、
この抗癌剤を使用した患者さんの、
15~30%という高率で発症しているのです。

勿論その予後から考えれば、
悪性黒色腫の方が遥かに悪いので、
治療の効果が否定されるというものではないのですが、
これだけの高率で、
抗癌剤の治療によって別の癌が誘発されるのですから、
そのメカニズムの検証なしに、
この薬を使用する訳にはいきません。

しかも、誘発癌の発症は、
抗癌剤の使用から、
数週間から数か月という、
非常に短期間で生じているのです。
これは直接的に発癌に繋がるステップが、
強力に促進されていることを示しています。

そのメカニズムは、
果たしてどのようなものなのでしょうか?

そこで今回の論文では、
実際にこの抗癌剤の使用後に、
二次発癌を来した患者さんの遺伝子を検査し、
動物の発癌実験とも組み合わせて、
二次発癌のメカニズムを検証しています。

その結果…

二次発癌を来した患者さんの6割に、
KRASという別の増殖シグナルに係わる遺伝子の変異が見付かり、
この変異のあるネズミに、
BRAF阻害剤を使用すると、
通常とは別個の経路において、
細胞の増殖シグナルが、
異常に刺激されて発癌に結び付く可能性が高いことが、
示唆されたのです。

こちらをご覧下さい。
BRAF阻害剤と発癌の図.jpg
これは論文自体ではなく、
論文の掲載された雑誌に載せられた、
解説から引用したものですが、
現時点で推測される、
BRAF阻害剤による抗癌作用の仕組みと、
それによる二次発癌のメカニズムを図示したものです。

まだ仮説の段階の話ですし、
複雑怪奇なので、
ここでこの図の細かい解説はしません。

簡単にアウトラインだけお話しますと、
何も遺伝子変異のない状態では、
一番左の図に書かれているように、
細胞の増殖を刺激する物質が、
細胞表面の受容体にくっつくと、
それがRASという蛋白質を活性化させ、
それが一連の物質を、
ドミノ倒しのように連鎖的に活性化することにより、
最終的にMAPKの活性化から、
細胞の増殖の指令が伝達されます。
細胞の増殖は、
RASが活性化されるかどうかで、
基本的には調節され、
勿論必要に応じて刺激されたり抑制されたりします。

ここでRASの下流にBRAFと呼ばれる蛋白があり、
これがRASに2量体の形で結合します。
このBRAFにたった1つの遺伝子の変異があると、
RASが活性化されないのに、
勝手にBRAFが活性化してしまい、
増殖のシグナルが暴走して、
発癌に至ります。

これが悪性黒色腫の発癌のメカニズムの1つであると、
考えられているのです。

そこで、このBRAFの暴走を抑制するために、
変異型のBRAFのみを阻害する薬が開発されたのです。
それが、今回ご紹介したBRAF阻害剤です。

ところが、
大元のRASに変異がある個体では、
変異したRASの信号は、
BRAFではなく、
CRAFという別の蛋白質を活性化させ、
そこにBRAF阻害剤と結合した変異型のBRAFが結合すると、
今度はより強力に、
増殖のシグナルを下流に送ってしまうのです。

これが、
BRAF阻害剤によって、
悪性黒色腫の進展が食い止められても、
別個の発癌が生じるメカニズムだと、
考えられています。

ややこしいですね。

現状考えられていることは、
まずより下流にあるMEKの阻害剤を、
BRAF阻害剤と組み合わせることにより、
その二次発癌のメカニズムを抑え込もう、
という発想です。
もう1つは予めRASの変異があるかどうかを調べておき、
BRAFの変異があってRASの変異のない方にのみ、
BRAF阻害剤を使用する、
という考え方です。

ただ、発癌のメカニズムはまだ未解明の部分があり、
そうした人間の浅知恵が、
また別個の予期せぬ影響を、
及ぼす可能性も否定は出来ません。

今回の現象を、
どう考えれば良いのでしょうか?

抗癌剤、特に特定の分子をターゲットとした、
所謂分子標的薬は、
他の治療で充分な効果の望めない、
悪性度の高い癌の患者さんにとって、
多くの可能性を秘めた治療の武器です。
特定の遺伝子の変異を持つ人だけに、
効果があるというその性質から、
今までの「細胞毒」のような抗癌剤よりも、
その副作用も少ないことが期待されます。

ただ、細胞の増殖に至る伝達系というのは、
非常に複雑で未解明の部分もあり、
ある癌に対して有効な治療が、
他の癌を誘発してしまうような作用が、
起こり得るのです。

今回のケースでは薬剤の使用後、
極めて短期間で別個の発癌が誘発され、
実際に発病している訳で、
それが高分化のものであったことは幸いですが、
仮に悪性度の高い癌が誘発されれば、
治療によって却って患者さんに、
より不利益を与えるような事態にもなりかねません。

また、短期間の発症のため、
臨床試験中にその事実が明らかになった訳ですが、
これが数年以上の期間を置いての発癌であれば、
臨床試験では問題なく、
多くの患者さんに使用されて初めて、
その事実が明らかになる、
という可能性もあるのです。

科学の進歩は発癌のメカニズムの、
かなりの根幹まで迫っていることは事実で、
今後も多くの進歩があり、
多くの新薬が発売されることになるでしょうが、
優れた抗癌剤というのは、
諸刃の剣の部分があるということを、
僕達はもう一度改めて認識し直す必要があるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

福島県甲状腺先行検査結果を考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

福島県において昨年10月から、
原発事故による健康影響検査の一環として施行されている、
甲状腺の超音波検査の結果の一部が、
先日公表されました。

今日はその結果について、
僕なりに考えてみたいと思います。

この検査は震災時に0歳から18歳までの全県民に対して、
甲状腺の超音波検査を、
数年間隔で一生涯行なう、というものです。
トータルな対象者は約36万人に達するのですから、
これはもう世界的にも例のない、
大規模な甲状腺検診です。

先行検査は平成23年10月から、
順次実施され、
概ね平成26年3月までに終了の予定とされています。
その後20歳までは2年毎、
それ以降は5年毎に検査を行なうとなっています。
改めて途方もない規模の検診です。

今回発表された資料によると、
平成23年12月末日の時点で、
14442名に検査が実施されていて、
これは予定された対象人数の73.3%となっています。

このうち福島県立医科大学で検査が施行された、
3765名の検診結果が公表されています。
これは川俣町、浪江町、飯館村が対象で、
対象人数の76.7%が検査を受けています。

その結果はどうだったのでしょうか?
次をご覧下さい。
福島甲状腺検診結果.jpg
検査結果の一覧表です。
これを見る上での1つのポイントは、
この超音波検査が、
甲状腺の全ての異常をチェックするものではなく、
基本的に結節(所謂しこり)と嚢胞(液体の入った袋のようなもの)の、
有無をチェックするのが目的だ、
という点にあります。

この検査の元になった、
チェルノブイリでの甲状腺超音波検診では、
論文を読む限りは、
甲状腺内の5ミリ以上の所見は、
全てカウントする、という方針になっています。

所見は結節、嚢胞、それ以外の超音波異常、
の3つに分類され、
必要に応じて穿刺吸引細胞診が施行されています。

つまり、
今回の日本の検診では、
チェルノブイリの検診よりも、
より狭い範囲の異常の検出に、
その力点が置かれているのです。

これが今回のデータを読む上での、
大きなポイントです。

結節はチェルノブイリと同じ5ミリを、
その異常の指標としていますが、
嚢胞に関しては20ミリを指標としています。

これは嚢胞の大多数は良性のものであるためと、
チェルノブイリの知見では、
濾胞癌のような嚢胞変性を伴う癌は、
増えていない、という知見が元になっていると思います。

また、これまでのデータ上、
数ミリの嚢胞が甲状腺に見付かる比率は、
かなり多いもので、
それを異常所見としてカウントすると、
見掛け上甲状腺の異常所見の比率が、
非常に多くなってしまうので、
その結果が報道された時に、
あらぬ疑惑や憶測を呼ぶことになるのでは、
と危惧したためと思われます。

上の結果を見て頂くと、
20ミリを超える嚢胞は、
実際には1例も検出されてはいません。
その一方で20ミリ以下の嚢胞は、
28.8%に検出されています。

嚢胞以外のしこりは、
大きさに関わらず2.2%ですから、
所見の多くは嚢胞であった、
ということが分かります。

実際に甲状腺の超音波検査をやってみると、
2センチを超える嚢胞というのは、
かなりの大きさです。
勿論稀にそうした嚢胞もありますが、
それは逆に悪性の存在を殆ど感じさせないものですし、
小児の甲状腺には滅多にない所見だと思います。

しこりの5ミリと言うのも、
超音波検査で検出される甲状腺のしこりとしては、
かなり大きな部類で、
今の標準的な機器では、
0.5ミリ程度のしこりも、
検出は可能だと思います。

仮に原発事故後に増加する可能性のあるのが、
小児の甲状腺乳頭癌のみであるなら、
こうした方針は誤りではないと思います。

たとえば1ミリ未満のしこりであっても、
実際には微小の乳頭癌である可能性はある訳です。
それは剖検の事例が証明しています。

ただ、その予後は未分化癌以外は通常は良いので、
臨床的には5ミリを1つの目安にして、
増加傾向を見ながら、
必要に応じて細胞診の検査を検討する、
という方針で問題はないのです。
それより慎重な姿勢を取れば、
却って不必要な検査や治療を、
増やす可能性が高いからです。

しかし、僕はチェルノブイリの結果を、
少し前提にし過ぎているような気がします。

確かに公式見解としては、
チェルノブイリ事故後に、
増加したのは小児甲状腺癌だけです。

ただ、これはロシア語の文献しかありませんし、
その信頼性にも疑問の残るところはありますが、
チェルノブイリ事故後数年から、
甲状腺の腫大や機能異常が、
増加した、という報告はありますし、
先日ご紹介したチェルノブイリ事故後の、
小児甲状腺超音波検診の結果を見ると、
乳頭癌だけではなく、
慢性甲状腺炎や嚢胞性病変も、
汚染地域で多くなっている、
という傾向は認められます。

従って、
確かにチェルノブイリと全く同じことが、
その被曝量に応じて起こる、
という仮定に立って考えれば、
甲状腺乳頭癌のスクリーニングのみを行なえばそれで良く、
かつ被曝量はおそらくはずっと少ないのですから、
そのリスクもずっと少ないことになる訳ですが、
その考え方は、
他の事象の起こる可能性を、
ある意味全て切り捨てているのですから、
これだけ大規模な検査をしておいて、
チェックするのはそれだけで良いのか、
と言う点については、
正直僕は疑問に思うところがあります。

特に嚢胞のサイズを20ミリを境としているのは、
科学的な判断というより、
政治的な判断だと思います。
それ以下では問題がない、ということではなく、
なるべく異常の比率が低くなるように、
調節しているという節があるからです。
本来はチェルノブイリの検診と同じように、
5ミリを超える病変は、
全て拾い上げる、
という判断の方が、
妥当だったのではないでしょうか?

ただ、これは今回が初回の検査だからであり、
実際には多くの情報が、
一緒に所見として取られている筈で、
数年後以降の、より本格的な検討においては、
その異常の振り分けの基準も、
変更することを想定しているのかも知れません。

それでは次をご覧下さい。
甲状腺検診結果通知書.jpg
これは検討会の資料の中にある、
検診を受けた方へと送られる、
検査結果の見本の文面です。

書かれていることに誤りはありません。

ただ、この文面であると、
次回の検査が平成26年以降に、
行なわれることは書かれていますが、
その検査の意味合いは、
今回の検査と同等か、
それより低いもののように、
感じられてしまう恐れがあるように思います。

多くの方がご存知のように、
今回の初回の検査の目的は、
被曝の影響を見るためではなく、
あくまで被曝以前に甲状腺に問題がないかどうかを、
確認する意味合いで行なうものです。

つまり、本当に大事なのは、
これから2年後
(実際には昨年初回の検査を行なった方の、
2回目以降の検査は3年後以降になる訳です。
被曝の多い地域から初回の検査を行なうのは、
これも一種の政治的な判断ですが、
実際には2年毎の検査にはならないのです。)
もしくはそれ以降の検査にあるので、
今回検査を受けた方は、
「絶対に」2年後以降の検査を受けなくてはならないのです。

本当に重要なことは、
数年毎に検査を欠かさないことだ、
という点を、
もっと強調した文面が、
望ましいのではないかと思いました。

当初の専門家の考えは、
数年後に甲状腺の検診を施行する、
というものでした。

本来は1人でも多くの方に、
特に被曝後数年後から10年後くらいの期間に、
検診を受けて頂き、
その場合は極軽度の所見も拾い上げて、
経過を見ることが望ましいのです。

こうして被曝直後に大騒ぎをして検診をすると、
その時に異常のなかったお子さんは、
次回以降の検査を受けない可能性が高くなるからです。

ただ、実際には世論に押されて検診の前倒しをした訳ですから、
それが却って逆効果になることのないように、
数年後の検診の受診率を、
むしろ今回より上げないといけないと思いますし、
メディアの皆さんにも、
是非そのための報道の充実を、
「数年後に」お願いしたいと思います。

最後に今回の検診を受けられたお子さんの保護者の方への、
僕なりの提案は、
検診を受診された際には、
極力その時の超音波の所見用紙を、
もらうように希望されるのが良いのではないか、
ということです。

所見用紙にはもっと細かい甲状腺の超音波の所見が、
書かれている筈で、
しかしその所見は将来的にも開示はされない可能性が高い、
と思われるからです。

この検診は皆さん自身の健康のために、
皆さん自身の税金で施行されているものですから、
希望があれば提供を受ける権利はある筈です。

そして、
仮に所見用紙にも結節や嚢胞以外の記載がないとしたら、
その検診自体の目的と有効性に、
疑問が残るのではないかと僕は思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル [コロラトゥーラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
色々あって遅い更新になりました。

今日はこちら。
バルバラ・フリットリ.jpg
現在最高のソプラノの1人、
バルバラ・フリットリが現在リサイタルのため、
来日中です。

イタリアはオペラの本場ですが、
実際にはイタリア出身の現役の名ソプラノは、
それほど多くはありません。
その中でエヴァ・メイと共に僕が最も好きなのが、
このフリットリです。

初来日はかなり遅かったのですが、
その後はコンスタントに来日を繰り返し、
オペラの舞台を主体に、
常に優れた歌唱を聴かせてくれました。
勿論人間ですから調子には高低もあるのですが、
常に水準以上の舞台を提供するプロ意識は、
さすがだと思います。
こりゃ駄目だ、と思うような舞台は、
聴いたことがありません。

オペラの舞台で僕が最も素晴らしいと思ったのは、
ウィーン国立歌劇場の来日公演で、
ムーティが指揮した
「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルディリージ役で、
彼女はコロラトゥーラも歌いますし、
声の重い役は歌わないのですが、
ベルカントも素敵なのです。

最近では多くのスターがキャンセルする中で、
震災後数ヶ月のメトロポリタン歌劇場の来日公演でも、
当初のキャストを土壇場で交代しながらも、
ネトレプコの穴を埋めて見事な歌唱を聴かせてくれました。

リサイタルは2009年が最初で、
今回が2回目です。
前回のリサイタルは、
ピアノの伴奏でしたが、
正直調子は今ひとつでした。

今回はオケの伴奏で、
彼女の出来も初日を聴く限り絶好調に近く、
僕は疲れていて途中でウトウトしてしまったのが、
本当に悔やまれるのですが、
抜群の出来でした。

曲目は少ないのですが、
1曲1曲が完成度が高く、
非常に慎重な準備の元に、
今回のリサイタルが組まれていることが分かります。
プログラムの構成も非常にセンスのあるものです。

また、今回3回のリサイタルが予定されていますが、
その中で1曲もダブる曲目はなく、
一期一会の覚悟を感じるのです。

上の写真はちょっと「ふくよか」ですが、
今はもう少し身体が絞れていて、
ビジュアル的にも素敵ですし、
体調も良さそうで声の伸びも良く、
それほど高音は出ないのですが、
彼女の選択するレパートリーの中では、
全ての音域が安定しています。
東京フィルのオケも、
気合の入ったサポートで、
悪くありませんでした。

今週の水曜日にもう1回公演がありますので、
ご興味のある方は是非。

現在最高水準のソプラノの至芸が、
聴かれることは僕が保障します。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
 
(付記)
ご指摘を受け誤りを修正しました。
(2012年1月31日午後1時半修正)

高齢者の高血圧治療にはメリットがあるのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
高齢者の高血圧治療.jpg
British Medical Journal誌の今月号に掲載された、
80歳以上の高齢者に対する、
高血圧の治療についての論文です。

高血圧の治療が、
心臓病や脳卒中の予防のため、
また腎臓や心臓の働きの低下を抑制するために、
意味のあるものであることは、
その意味付けには色々な意見があっても、
トータルには立証された事実です。

ただし、その元になるデータは、
主に中年層で検討されたもので、
高齢者、特に80歳以上の年齢層においては、
本当に意味があるのか、
という裏付けのデータは、
実際には最近まであまり存在してはいませんでした。

その一方で、
年齢と共に血圧が上がるのは、
ある意味生理的な現象で、
高齢者の高血圧は、
治療する必要はないのだ、
という意見があり、
テレビの健康番組などでも、
医療の専門家と称する人が、
そうした発言をされていることがあります。

実際に脳卒中後の血圧を低くし過ぎると、
死亡率や再発率が上昇する、
というようなデータは複数存在します。

しかし、それでは大きな病気のない80代の方で、
上の血圧が160であったら、
それは様子を見るべきなのか、
それとも薬を使用して下げるべきなのか、
また、
中年期から血圧の治療を継続し、
安定した状態で80代に達した方は、
果たしてその後も血圧の治療を続けるべきなのか、
それともその時点で治療を終了しても、
特に違いはないものなのか、
というような点については、
これまでに信頼のおける、
大規模な臨床データのようなものは、
最近まで殆ど存在しませんでした。

その意味で画期的な業績とされているのが、
今回の論文の元になった、
HYVET(Hypertension in the Very Elderly Trial)と称する、
ヨーロッパ主導で行われた大規模臨床試験で、
その結果は2008年のNew England Journal of Medicine誌に掲載されました。

この試験は80歳以上で上の血圧が160mmHg以上の高齢者、
4761名を登録し、
最終的にはそのうちの3845人を、
高血圧の薬を飲む群と、
偽薬を飲む群の2つに、
本人にも処方する医師にも、
どちらであるのか分からない形で振り分け、
その後の経過を観察したものです。

使用された降圧剤は、
インダパミド(商品名ナトリックスなど)という利尿剤と、
ペリンドプリル(商品名コバシルなど)という、
ACE阻害剤というタイプの降圧剤です。
どちらも現在日本でも使用は出来る薬ですが、
使用頻度はそれほど高くはありません。
降圧目標値は150/90mmHgです。

その結果、追跡期間平均1.8 年という、
中間報告の段階で、
脳卒中の発症リスクが降圧剤使用群で41%低下し、
全ての原因による死亡のリスクも、
24%有意に低下したため、
これ以上の試験は、
降圧剤未使用者の不利益になるとの判断で、
試験は中途で一旦終了となりました。

つまり、80歳以降で治療を開始し、
1年程度の治療においても、
死亡リスクと脳卒中リスクを減少させる効果が、
降圧治療で確認されたのです。

前置きが長くありましたが、
今回の論文は、
この試験の延長試験の結果です。

今度は患者さんに自分達が何を飲んでいたのかを、
明らかにした上で、
降圧剤使用群の患者さんではその降圧剤の使用を継続し、
それまで偽薬を飲んでいた患者さんでは、
その時点から降圧剤を開始します。
それでもう1年の経過観察を行ない、
その結果を検証しました。
つまり、2年以上降圧剤を飲んだ患者さんと、
1年しか飲んでいない患者さんとを、
比較したのです。

降圧剤使用後1年間の脳卒中の罹患率や、
心臓病の罹患率には両者の間で差はなく、
このことは少なくとも1年間降圧剤を使用して、
血圧を150mmHg以下にコントロールすれば、
脳卒中の発作予防には、
一定の効果が得られる可能性が高い、
ということを示唆しています。

一方でその1年間の総死亡リスクと、
心疾患による死亡のリスクに関しては、
2年間の降圧剤治療を行なった患者さんの方が、
有意に低下している、
という結果でした。

これはつまり、
心疾患による死亡リスクの低下に関しては、
1年の降圧剤治療では不充分で、
2年間の治療の継続が最低限必要である、
という可能性を示唆しています。

今回のデータは海外のものですが、
対象者にはチェニジア人と中国人が含まれており、
ある程度同様の結果が、
日本人にも適応出来る可能性が高い、
と考えられます。

これが全て正しいとは言い切れませんが、
現時点での最も信頼性の高いデータであることは間違いがなく、
大きなご病気のない80代の高齢者で、
血圧が常時160を超えているケースでは、
少量の利尿剤とACE阻害剤を使用して、
上が150以下程度までマイルドな降圧治療を行なうことは、
その後数年の死亡リスクと脳卒中のリスクを低下させることは、
期待出来ると考えて良いのです。

今日は高齢者の降圧剤治療についての最新の知見の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

直接レニン阻害剤と他剤併用のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ラジレスの安全性情報.jpg
先日このような報告がありました。
当該の製薬会社の方は、
いつもとても熱心に情報提供をしてくれるのですが、
この件については、
多分郵便か何かは来ていたのだと思いますが、
先日僕が聞いて初めて、
そのことを教えてくれました。

ラジレス(一般名アレスキレン)は、
以前一度記事にしたことがありますが、
直接レニンを阻害するという、
それまでにない画期的な作用の新薬で、
主に高血圧や心不全の治療に使用されています。

レニンというのは、
レニン-アンジオテンシン系という、
身体の体液を維持する、
非常に重要なホルモンメカニズムの、
その大元に位置する物質です。

それを何故阻害するのかと言えば、
多くの高血圧の患者さんでは、
レニン-アンジオテンシン系が過剰に活性化していて、
それが身体に悪影響を及ぼしている、
という考え方があるからです。

レニンの活性化は、
最終的にアルドステロンというホルモンを上昇させます。

このアルドステロンが塩分を貯留し、
高血圧や心不全の増悪因子となっていることは、
ほぼ立証された事実です。

それで、アルドステロンと、
その手前にあって血管を収縮させる、
アンジオテンシンⅡという物質を、
抑えるタイプの薬剤が開発され、
高血圧治療の主力として使用されています。
その代表がアンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)と、
アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)です。

この両者の薬剤は非常に有用性が高く、
特にACE阻害剤が心不全や虚血性心疾患、
腎疾患の進行抑制などにも、
効果のあることはほぼ確立した事実です。

ただ、この薬はいずれもレニンより下位で、
その作用をブロックする薬なので、
その結果としてレニンは却って増加する、
という結果が生じます。

このレニンの増加が、
単独でも心不全などの悪化の要因である、
という知見があり、
これが事実とすると、
せっかく薬でアルドステロンやアンジオテンシンⅡを下げても、
その効果の一部はレニンの上昇で相殺されてしまう、
というジレンマが起こるのです。

そこで、
ラジレスという、
レニンを低下させる薬が2009年に発売され、
その効果が期待されたのです。

その降圧効果は上限の使用量の1日300mgで、
上の血圧が平均14mmHgの低下ですから、
比較的マイルドな効果です。

つまり、単独で中等度以上の高血圧を治療するには、
やや覚束ないものがあります。

そこで他の薬剤とラジレスとの併用が、
検討されることになります。

最初に検討されたのが、
カルシウム拮抗薬というタイプの薬剤で、
そのメカニズムから言っても、
理に適った選択肢です。

次に検討されたのが、
今回問題となった、
他のレニン-アンジオテンシン系に作用点を持つ、
ACE阻害剤やARBとの併用です。

本来は同一の部分に作用点を持つ薬剤は、
併用はしないのが、
安全性の意味での鉄則です。

しかし、こうした鉄則は、
概ね破られるためにあるのです。

ARBを使用してレニンが上昇する弊害があるなら、
それにラジレスを組み合わせれば、
より強力にレニン-アンジオテンシン系を抑えられると共に、
副作用を帳消しに出来て一石二鳥と考えます。
製薬会社サイドから考えると、
ARBもラジレスも、
共に高い薬なので、
両者を併用することで、
より収益に繋がるメリットもある訳です。

こちらをご覧下さい。
ラジレスと心不全効果.jpg
これはラジレスの宣材にあるものですが、
ALOFTと呼ばれる試験が紹介されています。
これは心不全の患者さん302例に対して、
通常の治療へのラジレスの上乗せ効果を検討したものです。
心不全の治療では、
ACE阻害剤かARBは基礎薬として使用しますから、
これは両者とラジレスの併用の試験になるのです。
今読むと副作用の発症率は、
ラジレス使用群で2倍近くになっていますから、
有意差はなくても、
おや…という感じはします。
使用量は1日150mgという少なめの使用量です。
BNPが低下した、というのは、
心不全の改善を示唆するものですが、
数値だけの改善は、
必ずしも患者さんにとって、
はっきりとしたメリットになっているかどうかは分かりません。

では次をご覧下さい。
ラジレスの腎保護作用.jpg
同じ宣材に、
AVOIDという試験が紹介されています。
これは599名の糖尿病の患者さんに、
ロサルタンというARBの上乗せに、
ラジレス150~300mgを追加したものです。
それにより腎臓の低下による、
おしっこの蛋白量が低下した、
というものです。
これは要するに追加により、
糖尿病の腎機能低下の進行が抑えられるのでは、
という結論になっています。
安全性には差がない、という結果ですが、
今読むと矢張りラジレス群では、
副作用の頻度は高い傾向はあるのです。

今回問題になった臨床研究は、
ALTITUDE試験と言って、
糖尿病で腎障害もしくは腎機能低下を有する、
8606人以上の患者さんに対して、
ACE阻害剤もしくはARBへの、
ラジレス1日300mgの、
上乗せ効果を見たものです。

試験の内容は基本的にAVOIDに似ていますが、
例数はグッと多く、
心臓病のリスクの高い患者さんを対象としているので、
より病状が進行した方が、
対象となっている、
という違いがあります。

今回その中間解析結果が検証され、
脳卒中や腎臓の合併症、高カリウム血症や低血圧、
といった有害事象の発症率が、
ラジレス上乗せ群で有意に高く、
試験は中途で中止されました。

この試験においては、
ACE阻害剤やARBに対する、
ラジレスの上乗せが患者さんにとってメリットがある、
という予測が否定されたのです。

この結果を受けて、
当該製薬会社は声明を出し、
糖尿病を合併している患者さんについては、
ラジレスとACE阻害剤もしくはARBとの併用は、
しないように注意喚起を行なっています。

元々ARB等とラジレスの併用は、
併用注意の扱いとなっているので、
製薬会社は特に困らないのです。

ただ、実際には上にお示ししましたように、
両者の併用はむしろ推進されていた面があり、
僕はこうしたプロモーションは基本的に信用しないので、
併用している事例はありませんが、
いつものことですが、
末端の医療者に対して、
ちょっとフェアではない、
という思いがあります。

まだ中間報告の詳細な分析は明らかになっていないので、
またそれが出た時点で検討したいと思いますが、
こうした結果は逆に言えば、
ラジレスという薬が、
非常に強い効果を持っている、
ということの1つの証左であると、
僕は現時点では考えているので、
今後この結果が、
より患者さんに役に立つ、
ラジレスの使用法に繋がることを、
期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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